71 キアラの訓練日誌 2
私はすぐに訓練所の臨時職員に応募した。人手不足だったので即日採用された。次の日、彼よりも早く出勤し、弟子入りを申し出た。しかし、断られた。それでも諦めずにお願いしたら「貴方の師匠にはなれませんが、ただの先輩としてなら、少しくらいはアドバイスしますよ」と言ってくれた。
師匠と弟子という関係でなく、先輩と後輩という形にはなったが、彼に指導してもらえることが嬉しくてたまらなかった。とにかく彼の一挙手一投足を真似して、自分のものにしよう。
「レナード先輩、まず私は何をすればよろしいのでしょうか?」
「そうですね・・・やはり生き残ることでしょうか?」
「どういうことでしょうか?」
「つまり・・・・」
レナード先輩のアドバイスはこうだった。
〇誰に対しても礼儀正しく接すること
〇目の前の相手がどんな相手か、常に力量を計ること
〇自分よりも明かに強い者がいた場合は、気配を消して近寄らない
「それでは、何か困難から逃げてるような・・・」
「多分、すぐに分かると思いますよ。とりあえず1週間やってみてはどうでしょうか?」
「分かりました」
せっかくアドバイスを頼んだのに、いきなり口答えしてはいけないと思い、そのまま実践することにした。
訓練が始まるとすぐにその理由が分かった。訓練所の所長のケルビン先生、「疾風の切り裂き姫」ことアイリス王女をはじめとしたメンバーはどう考えても今の私では太刀打ちできない。模擬戦を挑んでも、何もさせてもらえず、治療院送りになることは間違いないだろう。訓練を続けるためには、今は悔しくても生き延びることを優先しなければならない。
「悔しいかもしれませんが、すぐに強くなることはありません。大事なのは継続です。自分に合った相手を見付け、徐々に実力を付けて行ってください。お勧めはやっぱり団長ですかね」
「はい、レナード先輩」
レナード先輩は私のことを気に掛けてくれている。
あるとき、気弱そうな少年が訓練に来ていたので、ちょっと模擬戦をして胸を貸してあげようと思った。その少年に近付こうとしたところ、レナード先輩に止められた。
「キアラさん、見掛けに騙されてはいけませんよ。まあ、見ててください」
嘘!!団長が押されている!!
その少年は、ランカシア帝国第三皇子のライアット・ランカシアだった。迂闊に模擬戦を申し込み、調子に乗ってボコボコにされていたら目も当てられない。
模擬戦は僅かの差で、団長が勝利した。
「もう私が負ける日も近いですなあ」
「いえいえ、いつもご指導ありがとうございます」
レナード先輩が言う。
「気を配り、常に礼儀正しくすることの重要性が分かったと思います。そういう私も騎士団にいたころは分かりませんでした。しかしこの地に来て、礼儀正しく、気を配ることが、命に係わることだと理解しました」
レナード先輩の言うことは一言一言に重みがある。
★★★
1週間が経ったころ、訓練所にチンピラがやって来た。私の訓練初日にやって来たチンピラと同じような感じだ。いつものことらしく、みんな冷めた目で見ている。
レナード先輩が対応しようとしたので、私がレナード先輩に言った。
「今回は私が行きます」
私なりに丁寧な対応をしたつもりだが、相手はいきなり襲い掛かってきた。
「獣人の小娘が偉そうに!!」
その言葉でキレてしまった。相手が気絶しても殴り続けていたので、レナード先輩に止められた。
「キアラさん、やり過ぎですよ。今日の治療術士さんは新人さんなので、その辺を考えて対応してくださいね。それにこの方も、もしかすると私達と一緒に訓練することになるかもしれませんから」
治療術士の腕が良ければ、これくらいはやってもいいってことだろうか?
因みに私の訓練初日にレナード先輩に打ちのめされたゴーダッグという男は、心を入れ替え、早朝から訓練に参加している。
★★★
そんな感じで、日々は過ぎて行ったが、とうとう私がビースタリアの王女として姿を現すときが来た。
研修先のヤマダ商会を尋ねた。正式に他の王族と会う前に町のことを知ってもらいたいので、獣人の雇用にも積極的なヤマダ商会で是非研修をしてほしいとのことだった。ヤマダ商会の商会長室にはクリスという商会長とアイリス王女がいた。
訓練所で何度か見たが、私は気配を殺していたので、相手は全く気付かない。レナード先輩に言われたことを実践できて良かったと思う。
研修自体は楽しく、新鮮だった。獣人達は生き生きと働き、学校では種族関係なく、子供達が仲良く学んでいた。
食事も美味しく、楽しいときを過ごす。
アイリス王女もクリスという商会長も話しやすく、同年代だったので会話も弾む。私に友達はいないのでよく分からないが、友達になれるかもしれないと思った。
そして、午後の研修で訓練所に向かうことになった。遅かれ早かれ、私が王女ということはバレるだろう。私は正直に話すことにした。
私が王女だと知るとレナード先輩との関係が壊れてしまいそうで不安だった。でも、それよりも、騙し続けるほうが耐え切れなかった。しかし、私の心配は杞憂だった。
私が正直に話しても、レナード先輩の態度は変わらなかった。
そうだ、先輩は相手の身分や境遇で態度を変えるような人ではない。
そして、もう一つの懸案事項も解決した。私はこれからも訓練所の職員として働きたいと言うとクリス商会長は言った。
「そうなんですね。こちらからキアラ王女に、何か仕事を紹介しようと考えていたのです。というのもこちらのアイリス王女は、当商会で仕事をしてますし、サマリス王子も会社を経営しています。ライアット皇子も転職神殿の神殿長としての業務があり、ムリエル王女は領主ですからね。
仕事を通じて、キアラ王女に様々な経験をしてもらうようにとロトリア王より、承っております。訓練所の職員も立派な仕事ですし、そのまま続けて下さい」
ここに来た時は、人間どもを屈服させてやろうという気持ちでいっぱいだったが、レナード先輩をはじめ様々な人と接していくうちにそのような考えが馬鹿らしいと思えるようになった。
★★★
訓練所での業務になれた頃、私は魔物討伐訓練に参加することになった。なんでもグレートボアをメインで狩るらしい。この大陸でそんな強力な魔物が出るなんて聞いたことがない。ロトリア王国は勇者の加護があると言われていて、比較的弱い魔物しか出ないのに。
まあ、少しいるくらいだろう。
現地に行ってみると違った
何だこれは!!
グレートボアだけでなく、グレートコングやグレートベアまでいる。私が驚ていいるとレナード先輩が声を掛けてきた。
「びっくりしたでしょう。私も最初にここに連れて来られたときは、この世に地獄ってあるんだと思いましたよ。誰しもが通る道なので、頑張っていきましょう。キアラさんは今回が初めてなので、私が付きっきりで指導します。他の訓練員の方とは別行動になりますので」
「はい、頑張ります!!」
やったあ!!レナード先輩と二人っきりだ!!
地獄に来た絶望よりも、先輩と二人っきりになれることのほうが嬉しかった。
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