66 ある訓練所職員の話 1
~訓練所職員レナード視点~
最近やっと慣れてきた。
神官騎士を辞め、ムリエリアの訓練所の職員になって半年、戻るはずだった神官騎士団は解散し、この先どうしたらいいか分からず、将来が不安で仕方がない今日この頃、いつもどおり、早朝から訓練所で清掃をしている。
そんなとき、一人の女性が訓練所に入って来た。獣人で凛とした雰囲気のある女性は多分獅子族だろう、スラっとはしているが出るところは出ている。雰囲気から多分訓練に来た新人さんか何かだろうか。
「おはようございます。訓練所を利用されるのは初めてでしょうか?」
「そうだ」
「そうですか。申し訳ないのですが、訓練が始まるのはもう少し後になります」
「まあいい、早く戦いたくて早朝から目が覚めたからな。ここで待たせてもらう」
ああ、俺にも経験があるぞ。訓練所に通い始めて数日は、嫌過ぎて眠れなかったし、吐き気がしてほとんど食事も取れなかった。
同じ境遇を経験した先輩として、できるだけ親切にしてやろう。
「時間がありますので、この訓練所の説明をさせてもらってもよろしいでしょうか?」
「そうだな、よろしく頼む」
「分かりました。まず料金の説明をしますね。1日利用ですと30ゴールドになります。月に6日以上通う場合は月会費150ゴールドのコースがお得ですよ。それで使いたい放題になりますからね」
「なら、150ゴールド払おう」
「丁度お預かりしました」
結構、お金持っているな。駆け出しの冒険者ならみんな悩むところなんだけど。もしかしたら貴族の娘さんとかかもしれないな。冒険者の真似事がしたいとかいうパターンだろうか。俺には関係ないけど。
まあ俺は、誰であろうと新人には親切にすることに決めてるからな。
しばらくして、ぽつぽつと訓練参加者がやって来た。一通り受付を終えると見知った顔に挨拶をする。
「お久しぶりですね、団長」
俺の元上司、神官騎士団の元団長だ。バーバリアに移り住み、武の道を極めんとしている人だ。人望もあり、騎士団長としての手腕を買われ、今では警備隊の要職に就いている。
「おう、久しぶりだな。警備隊の任務で旧転職神殿に行っていたからな。再開発が始まって、警備隊もそっちに派遣されてな。人が足りんからお前にも応援を頼むかもしれんな」
「是非、お願いします。ここでフルボッコにされるよりは、魔物や犯罪者のほうが楽ですからね」
「それは違いない。ここは魔物ではなく、怪物が出るからな」
そうだ。今日は団長が訓練指導をしてくれるから新人さんを紹介してあげよう。新人さんを呼び出し、団長に紹介する。
「団長、初めて訓練に参加される・・・えっと・・・」
「キアラだ」
「キアラさんは、今日が初参加なのでよろしくお願いします」
「そうか、なら午前中は体力強化を中心にやろう。お前がサボっていなかったかチェックせんといかんからな。サボっているようだったら、午後から来るケルビン殿に・・・」
「ちょっと待ってくださいよ!!サボってるわけないじゃないですか!!」
「冗談だ。お前に限ってそんなことはないと分かっているよ」
そんな軽口を叩きながら訓練はスタートする。訓練所を軽く走り、ダッシュを繰り返す。俺は団長の指示で、なぜか分からないが鉄の重りを背中に背負って走らされている。最初は自分の不幸を呪ったが、不思議なもので慣れてくるとそうでもない。俺は誰よりも一生懸命に走り後続を引き離す。ここで頑張ってますアピールをすることの重要性を誰よりも理解しているからだ。少し手を抜いていた時期があったのだが、ケルビン先生にバレてフルボッコにされたことがあり、それ以後訓練で手を抜くことは無くなった。
ふと、新人のキアラさんを見ると肩で息をしながらも、基礎訓練をこなしている。それに獣人だけあって走るのも速い。ダッシュでは俺、団長に継ぐ3位が定位置だった。頑張っている彼女に声を掛ける。
「凄いですね。初めての方でここまでついてこられるのは珍しいです。絶対強くなれますよ」
「これでも体力には自信があるんだ。それはそうと、なぜ貴様はそんな重りを着けて平然と走っていられるのだ?我にもその重りを寄越せ!!」
こういう負けず嫌いなところが彼女の強さなのだろう。このとき、俺は悪魔の考えが浮かんだ。
この子に少し重りを分けてあげれば、俺は楽に訓練を乗り切れるんじゃないのか?
そうしよう。挑戦する新人さんに優しくしている感じを出せばバレないだろう。
「分かりました。半分お貸ししましょう。じゃあ取り付けますね」
「これで半分というのか・・・一体貴様は何者なんだ?」
「何者って、ただの訓練所職員ですが」
新人のキアラさんは頑張っていた。重りを着けたせいで、走り込みの順位は後方に下がったが、死に物狂いで食らい付いている。もしかしたら、彼女は訳ありなのかもしれない。
あの「殲滅の鞭姫」と呼ばれているクリスさんだって、家出して冒険者になったみたいだし、彼女もそんな感じなのだろうか?
★★★
午前中の訓練が終わり、昼休憩に入る。キアラさんはバテて、床に寝転がっている。さっと昼食を取ると訓練所の清掃をする。少しでも汚れていると午後から来るケルビン先生の機嫌が悪くなるので、丁寧に掃除をする。
そうしたところ、ガラの悪い5人組が訓練所にやって来た。
ああ、また来たか・・・早く追い返さないと、ケルビン先生が怒るんだよな・・・
朝早くから訓練に参加している者は比較的真面目な者が多いのだが、この時間にやってくる奴は禄でもないのが多い。
「俺はゴーダッグだ!!レートランド王国じゃあ、ちっとは名の知られた者だ。ケルビンかアイリスを出しやがれ!!ここで決着をつけてやる」
仕方ない。いつも通りやるか・・・。
「すいません。こちらの訓練所を利用されるのであれば、受付をしていただき・・・」
「だ・か・ら!!今すぐ強い奴を連れてこいって言ってんだよ!!」
「申し訳ありません。ここのルールを守れないようでしたら、どうぞお帰りください」
「ふざけやがって!!」
いきなりゴーダッグとか言う男は真剣で斬り掛かってきた。
ふざけてんのはどっちだよ!!
そう思いながら、剣を躱し、両腕に木剣を叩き付ける。多分、両腕が折れたと思う。ゴーダッグはうずくまって動かない。それを見た取り巻き達は一斉に真剣を抜いて切り掛かってくる。同じように腕や足を木剣でへし折る。一人だけ、無傷の者を残した。連れて帰ってもらわないと困るからだ。
「いきなり斬り掛かって来たのはそっちですからね。一応訓練時の怪我扱いにはしてあげますから、治療術士さんに事情を説明してお金を払ってください。多分しっかりと治してくれますよ。今日の治療術士さんは腕がいいですからね」
男達は怯えた様子で、訓練所をそそくさと立ち去った。
治療術士の腕がいいのは本当だ。これも元上司だからだ。因みにちょっと回復魔法を掛けるだけで、俺の3倍の日当がもらえる。羨ましい限りだ。
しばらくして。キアラさんは慌てた様子で近寄って来た。他の訓練参加者はいつものことなので、休憩したり、食事をしたりしている。
「お、お前は一体何者なんだ?それに今の技はなんだ?」
「技って言われても基本通りの小手打ちですよ。それに私はただの訓練所職員ですから」
キアラさんは驚愕の表情を浮かべている。
ああ、多分実戦経験が少ないんだ。
そうだよな、真剣を振り回してくる奴は実力が大したことはなくても怖いよな。
「大丈夫ですよ。すぐに慣れますから」
キアラさんは、震えていた。
気が向きましたら、ブックマークと高評価をお願い致します!!




