63 幕間 凡人王のすすめ 2
私はフィリップ・ロトリア。第111代ロトリア王国の国王だ。
最近頻繁に他国の式典や国際会議の出席依頼が届く。どうしてなのだろうか?
これも「凡人王のすすめ」に習ってすべて断っている。
「極力国際会議や他国のイベントには行くな。厄介ごとを押し付けられるだけだ。考えてもみろ。なぜ無能な俺達に助けを求めるんだ?そんなの何か裏があるに決まっているんだよ。そういう俺も若いときに苦い経験をした。調子に乗って会議に参加したらどちらの陣営に付くかの回答を迫られて大変な思いをした。だから断れるものは、なるべく断れ」
まあ、私は何もしていないのだが、トンネル開通式でランカシア帝国のライアット皇子の留学が決まったり、ダグラスのために馬車の手配を依頼したら、新型の乗物の竜車やホバークラフトが開発されたことが大きいのかもしれない。
また、各国の使者や国王なども頻繁に我が国を訪れるようになった。詳細はすべて部下に丸投げしている。それにムリエリアやバーバリアに案内してやれば大抵は大喜びしてくれる。一応、「凡人王のすすめ」にも使者がやって来た場合の対策も記されている。
「普段何もしてないんだから、このときくらいは国王の仕事をしろ。その国の資料を取り寄せて少しは勉強しろ。そして代表者にその国のいいところを最低三つは褒めろ。そうすれば、多少諍いが起きてもなんとかなるもんだ。どんな小さな国の使者が来ても同じ対応をしろよ。その国が力をつけたらあっという間に立場が逆転するんだからな。それに相手の国を馬鹿にするようなことはするなよ。お前達の方が無能で馬鹿なんだからな」
このお陰で大きな問題は起きず、逆に感激されることもあった。獣人国ビースタリアの王が来たときのことだ。「凡人王のすすめ」のとおり、ビースタリアのことを褒めた。
「ビースタリアの獣王戦士団は大変強いと聞く。魔王軍の戦いでもこれほど心強いことはない。是非協力してもらいたいものだ」
「フィリップ殿は分かっておいでだ。そうだ、我が獣王戦士団はランカシア帝国の騎士団とも互角に渡り合えるだろう」
相手は上機嫌で、何でも協力すると言ってくれたし、こちらがムリエリアの発展は獣人達のお陰でもあると言うと心底喜んでくれた。
「我ら獣人にここまで理解がある王に会ったのは初めてだ。これからもよろしく頼む」
後に報告書を見るとビースタリアの獣王戦士団が色々と協力してくれたようだった。
★★★
全てが順調に進んでいるようだったが、問題も起きた。宰相が叫ぶ。
「アンデットが大量発生してバーバリアに向かっている!!それに旧転職神殿で悪魔召喚ですと・・・」
ムリエルが持って来た報告に側近達も驚きを隠せない。もちろん私も驚いている。
だが驚きを隠し、動じていないフリをする。
「緊急事態に無能なお前達が焦ったところで、状況は変わらない。だったら優秀な部下に任せて、いつも通り何もするな。普通に食べて、普通に寝ろ。それでも解決しなければ、残念だ。この国は亡びる」
これも「凡人王のすすめ」のとおり対応する。
当初は最大限の援助を求めたムリエルとあまり積極的支援をしたくない宰相とで舌戦を繰り広げていたが、ムリエルに説き伏せられ、宰相も最大限の援助をするべきだと意見を変えた。私は彼らの意見に従うだけだった。
宰相に舌戦で勝つとはムリエルも成長したなとしみじみと思う。だがムリエルと宰相とは意見が合わないようだったのでムリエルにアドバイスをした。
「宰相のような奴も必要なのだ。この国の官僚がすべて奴だったら国は亡ぶだろうが、一人くらいは居てもいいと思うのだ」
これも似たような一節が「凡人王のすすめ」にあった。
「側近や部下には、駄目な奴や嫌われ者を絶対に一人か二人は入れておけ。そいつらが居れば俺達の無能さが覆い隠せる。情勢が悪くなると人は犯人捜しをしたくなるものだ。そいつらが悪者になってくれる。だから、偶にでいいから、そいつらには優しくしておけよ」
そして、ムリエルに無理をするなという意味を込めて、こう言って送り出した。
「ムリエルよ。このような緊急事態だ。重圧はあるし、不安もあるだろう。しかし、こういうときこそ、なるべく普段と変わらない生活をするように。しっかりと食べ、ゆっくりと眠れ」
まあ、ここまでくれば分かると思うが、私は具体的な指示は何一つしていないし、難しい決断もしていない。
★★★
この件も解決した。もちろん私の実力ではない。
しかし、思わぬ問題も発生した。旧転職神殿を今後どうするか?という問題だ。元々転職神殿があり、交易の中心地であったので、放置することはできない。そんなことをしたら、盗賊などが住み着いて大変なことになってしまう。事態が事態だけに関係国の代表者を呼んで会議をすることになった。参加メンバーはランカシア帝国皇帝、サンクランド魔法国国王、獣人国ビースタリア国王、マリシア神聖国の代表だ。
私としてはできれば関りたくない案件だ。今もビースタリアの国王がマリシア神聖国の代表者を怒鳴り散らしている。
「そもそもお前達が人間至上主義とかいう訳の分からんことを言い出すからこうなったんだ!!」
「申し訳ありません。マリシア神聖国としましては、旧転職神殿の一切の権利を放棄いたします。どうかご勘弁を!!」
今回の事件を引き起こしたのは人間至上主義を掲げるクラン派だという。そして今回ここに来た代表者はクラン派に代わって政権を取った別の派閥の者だ。マリシア神聖国にしてみれば、旧転職神殿の権利を主張したところでメリットはない。転職神殿を新たに開くにしてもバーバリアの転職神殿には競争で勝てないし、クラン派が国内を無茶苦茶にしているので、それどころではないのだ。
少しでも傷を浅くするために、平身低頭謝罪をしている。ここで逆ギレしてもいいことはない。賠償金を請求されるのがオチだろう。
それを分かった上でプライドを捨て、ひたすら謝る彼はかなりできる男なのだろう。できる男には優しくしておくのが今後のためと「凡人王のすすめ」にも書いてあったので、仲裁に入ることにした。
「ビースタリア王よ、その辺で勘弁してやったらどうだ?彼がやったことではないし、権利も放棄すると言っていることだしな」
「フィリップ殿がそう言うのであれば、この辺で勘弁してやろうか」
「ありがとうございます」
何とか収まったが今度は、どちらが主導権を取るかでランカシア帝国とサンクランド魔法国が揉め始めた。取り巻き同士が口論をしているが、皇帝と国王は静観している。最近、気付いたのだが、この二人は大国のトップであるだけに自分の意見が言えないという欠点がある。不用意な発言で戦争になるかもしれないという自覚があるからだ。大国の王は大国の王で、私と同じように苦労しているのだろう。
議論が煮詰まったとき、不意に私に話が振られた。
「ところでフィリップ殿はどのようなお考えでなのでしょうか?」
私に言うな!!
そう叫びたくなったがグッと堪えた。
そしてこう言った。
「若い者に任せてはどうだろうか?」
場の空気が一気に変わる。サンクランド王とランカシア帝が一斉に賛同する。
「それは素晴らしいアイデアだ。我が娘アイリスもいるし、ライアット皇子もおられるからな」
「そうだな。こういったことを経験させるのも我らの務めかもしれん。どうせならビースタリア王も誰か若い者を寄越せばいいのではないのか?」
「おう!!なら我が娘を派遣しよう。ともに若い者が切磋琢磨するのは望ましいことだ」
私の提案は諸手を挙げて賛成された。
しかし、よく考えて欲しい。次の世代に厄介ごとを丸投げしただけだ。
これも「凡人王のすすめ」にこう書いてある。
「いくら無能な王でも決断を求められることはある。そのとき、「若い者に任せてみよ」と言ってはどうだろうか?成功すれば称賛されるし、失敗しても年寄りの幹部は「これだから若い者はなっとらん!!」とか言って怒り出し、溜飲を下げるだろう。失敗した若手には「お前は若い、次がある」とでも言っておけ。逆にチャンスをもらったことで感謝されるだろう」
少し心苦しいが、無能な私がやるよりもいい結果になるだろう。サマリスとムリエルは自慢の子供だし、アイリス王女やライアット皇子も優秀で人格者だ。
これで失敗するなら誰が何をしても失敗するだろう。
父として、王として、彼らが成功することを心から祈っている。
もし仮に失敗したら、私が責任を取ろう。
その覚悟だけはできている。
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今回で第四章が終了となります。次回からまた新展開です。




