115 幕間 凡人王のすすめ 4
ダグラスから詳しく事情を聞く。
まあ、分からなくもない。
勇者としての重圧、勇者ではないサマリスやムリエルの活躍を耳にして、自分は何をやっているんだという焦り、思うように進まない冒険・・・人には言えない悩みを抱えていたところにあんな卑猥な恰好をした、そこそこ美人の女に迫られたら過ちも起こるだろう。
同じ男として同情する余地はあるが、失敗や間違いを犯したなら素直に謝罪するべきだろう。これは「凡人のすすめ」に関係なく、人として当然のことだと考える。
「ダグラス、クリス殿に誠意をもって謝罪しろ」
リンダとの結婚については、反対の声も多かったが、事情が事情だけに宰相を中心として有力貴族を説得してもらった。リンダも伯爵令嬢であるから家格は問題なかったことも大きかったと思う。
そして日を改めて、ダグラスがクリスに謝罪したのだが、クリスは気丈に振舞っていた。文句も言わず、陞爵も断り、度々衝突していたリンダに非礼を詫びていた。
本当にデキた女性だ。
更にクリスは、私の妻であるダグラス達の母親の墓前で最後の挨拶をしたいと言ってきた。彼女も母親を早くに亡くしているので、思うところがあるのかもしれない。
そしてこれが思いがけず、素晴らしい出来事となった。妻の墓には手紙とミスリルのインゴットが隠されていたのだ。手紙には私や子供達に宛てたメッセージが記されていた。これがきっかけで、最近ギクシャクしていた兄弟の関係も修復されたようだった。我が妻ながら、本当に素晴らしい女性だったと改めて思う。
「凡人王のすすめ」のある一節を思い出した。
「もしこの世に神がいるのなら、無能な我々に対して救済措置がなされるだろう。それはどこかの怪しげな宗教団体が言うような奇跡のことではない。それは何かというと我々を支える人物を用意してくれているはずだ。お前達にも一人くらいは心当たりがあるだろう。
人生の先輩としてアドバイスをするなら、そいつを大切にしろということだ」
今思えば、それは妻だったのかもしれない。
不器用で小心者で優柔不断な私が、ここまでやって来れたのも彼女のお陰だ。
もうそんな彼女もこの世にはいないのだがな・・・
しかし、クリスという女性は本当に私達親子の救世主としか思えない。ダグラスの冒険のサポートだけでなく、サマリスやムリエルが成長したのも彼女のお陰だろう。何事に対しても冷めた態度のサマリスがあんなに一生懸命に仕事に取り組んでいることも、引っ込み思案だったムリエルが宰相を言い負かすくらいに意見を主張するなんて、考えてもみなかった。
ダグラスが駄目ならサマリス、それで駄目ならムリエル・・・・
そんな思いが強くなりすぎてしまって、オーガスティン領のイベントでは酔って、クリスに窘められてしまった。
「貴方!!しつこい男は嫌われますよ」
妻の言葉が思い出される。
一世一代の大勝負と思って、積極的に妻にアプローチしたら、そう言われた。落ち込んで、塞ぎ込んでいたらこう言われた。
「しつこいのも嫌われますが、会いにも来てくれないのも寂しいものですよ」
男女の仲も交渉事も駆け引きとタイミングが重要だと教えてくれていたのだ。
努力はしたが、結局、その才能が私にはないと分かったのだがな。
★★★
執務室で報告書を読む。
ダグラスはよくやっているようで、オーガスティン領との交易も順調なようだ。大公となり、国を治める立場となったダグラスからは個人的な手紙も届いていた。
そこにはこう書かれていた。
大公となり、国を治める立場になって初めて、父上の偉大さがよく分かりました。このような重圧に耐え続けるだけでも厳しいのに・・・・
私も最初はそう思ったものだ。「凡人王のすすめ」を紹介したいが、ダグラスには不要だろう。経験を積めば自然とできるようになると思っている。私からできるアドバイスとすれば、「自分を信じ、仲間を頼れ」ということだろうか。
自分を信じ切れず、他人に頼ってばっかりの私が言うのも恥ずかしいがな。
続いてムリエリアやバーバリア、旧転職神殿関係の報告書を読む。
旧転職神殿が正式に自治都市「ハーモニア」として独立し、記念式典を近々行うと記載されている。基本的には合議制を取り、出資した各国の代表が持ち回りでハーモニアの市長となるようだ。記念すべき最初の市長は獣人国ビースタリアのキアラ王女が務めるそうだ。
獣人に配慮した人選は好感が持てる。これで、少しは獣人との諍いが収まればいいのだがな。
この報告書にもムリエルから手紙が添えられていた。
こちらは「お父様にメインの役割を担ってもらいたいが、国際情勢から来賓の一人として出席だけしてもらうことになる。これまでの功績を考えると心苦しいが・・・・」との内容だった。
ムリエルよ、来賓の一人として空気のように過ごすのは得意中の得意だから心配するな。
さてと、報告書もこれで最後だな。
最後に目を通したのは、最近の国際情勢が記されたものだった。
まだ、マリシア神聖国はゴタゴタが続いているのか・・・。人間至上主義のクラン派が盛り返してきただと!!
少しはまともな連中が政権を取ったと思ったのに、また逆戻りは勘弁してもらいたい。
「神は信じているが、神を騙って色々と言ってくる奴はほとんどが詐欺師か、イカれた馬鹿ばかりだ。絶対に付き合うなよ!!」
「凡人王のすすめ」にもそう記載されている。
そこは心配してもらわなくて結構だ。誰が好き好んであんな奴らと付き合うものか。
まあ、ここまで無能ながらなんとかやって来た。我が子供達の代は大丈夫だろうが、後の子孫に無能に悩む王が出てくる可能性もあるだろう。そんな者達の為に私も手記でも残そうか?
タイトルは・・・・そうだな・・・・
「凡人王のすすめ 実践編」
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今回で第六章は終了となります。次回からはいよいよ最終章となります。




