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1-6

 ひがんは隠花をつれて教室から出て行き、やがて学校の敷地からも抜け出していく。

 隠花は半ば無理矢理に連れてこられたので、普段は背負っているカバンは手に持ったままで襟のスカーフの形も少し崩れていた。


「ね、ねえひがんちゃん……?」

「…………」

「あ、あの……ひがんちゃん」

 学校の敷地を抜けて少し離れた路地にて。

 隠花は戸惑いながらも何度かひがんを呼んだ。


「なぁに?」

 ひがんは掴んでいた手を離すと、弱々しい声で隠花の方を振り向いて、光の乏しい瞳を向けてきた。


「さっきは……、ありがとう」

「うぅん。気にしないで。”姫”を守るのは私の役目だから」

「ひ、ひめ……?」

「そぅだよ、隠花は姫で、私は騎士なの」

 ひがんはそう言っている時も終始無表情だった。


「ごめん……、全然理解出来ないや……」

 隠花は苦笑いをしながらそう答えた。


「ついてきて」

「わわっ、ちょっとー!」

 そんな隠花の態度を見た後、ひがんは再び隠花の手を握り彼女を引いて歩いて行く。

 隠花はよろけながらも、ひがんの後をついていき……。


「ここは……、喫茶店?」

「うん」

 たどり着いたのは、裏路地にある一軒のお店だった。

 見た目は築数十年は経っていそうな三角屋根のレンガ壁の家で、重厚な木製の扉はステンドグラスの小窓がはめ込まれている。

 そんな佇まいから、一見さんにはちょっと入りづらい雰囲気を出している。

 入り口の前にあるウェルカムボードには”闇寧喫茶店 - ANNE Cafe -”とおすすめメニューがいくつか書かれていた。


 ひがんは隠花を掴んでいた手を離すと、その手で何の迷いも無く扉の取っ手を持ち、引いて開けると中へ入っていく。

 隠花は少し戸惑いながらも、ひがんの後を追ってお店の中へ入っていった。


 店の中は照明が薄暗く、環境音代わりにクラシックが流れている。

 所々傷が入っているチョコレート色の西洋の家具、壁にかけられた中世後期からルネサンス時代にかけて描かれた感じの人物画や風景画、細かい刺繍とフリルをあしらった白いレースのカーテン。

 それらからは、内装もかなりのこだわりがある事が窺える。

 珈琲店というだけあって、店内の香りは仄かに苦い。


「いらっしゃい。……って、ひがんか」

「こんにちはマスター」

「あー! この人ー!」

 カウンターには一人の男性店員が居た。


「ああ、連れてきたのか」

 その人は、少し前に隠花と出会い、隠花と契約を果たした蝕美と名乗る男性だったのだ。

 執事風の格好が、この喫茶店の雰囲気ととてもマッチしている。


「奥へ連れて行ってもいい?」

「そうだな」

「こっちに来て」

「う、うん……、おじゃまします……」

 この時、店の中には蝕美と隠花とひがんしか居なかった。

 隠花は周囲をうかがいながらも、少しおどけながらひがんの後をついていき、”スタッフオンリー”の札が貼られた扉の先へと進んだ。



 隠花が連れてこられた部屋は、所謂バックヤードと呼ばれる部屋だった。

 家具や雰囲気は店と同じだが、机の上には書類が高く積まれたり、難しい本が入った棚があったり、パソコンが置いてあったりしていた。


 隠花はアルバイトをした事が無く、アニメや小説でしかこういう場所を知らなかったので物珍しそうに周囲を見ていた。

 そんな時。


「ちょ、ちょっと!」

「なぁに?」

「な、何で脱いでるの」

 ひがんはクローゼットから服を取り出すと、着ていた制服を脱ぎだしたのだ。


「私、ここで働いてるから」

「いや、だけども、う、うーん……」

 同性とはいえ、突然人前で脱ぎだすひがんに圧倒されてしまった隠花。

 そんな隠花とは逆に、無表情のまま慣れた手つきで着替えていくひがん。


 隠花は手で顔を覆ったが、指を少しだけ広げてひがんを見た。

 珠のような白い肌、ほどよい大きさかつ形の整った胸、無駄な肉付きがない体。

 紫色の宝石がはめ込まれたタリスマンは、ペンダントにして首から下げている。


 下着姿ですら、隠花は圧倒と魅了をされてしまっていた。


「おぉ……」

 そして着替え終えたひがんを見て、隠花は思わず感嘆の声をあげた。


 長い袖に全円スカートのロング丈の黒いワンピース。

 使い込まれて少しくたびれた感じはするものの、真っ白で肩紐にフリルをあしらったエプロン。

 ひがんの銀髪にまけないくらいの純白のフリル付きカチューシャ。


 それら全てがまるでひがんの為に用意されたかのようにも感じ、コスプレ……という俗な言葉で表現するにはあまりにも似合っていて、そして魅力的なひがんのクラシカルなメイド姿を見たからだ。


「ひがんちゃん、すごく似合ってる」

「そぉお?」

「うん! とっても似合ってるよ!」

 隠花は大きく息を飲みこんだ後に、興奮しながらまくしたてるようにそう告げた。

 そんな賛辞の言葉にも、ひがんは表情を変えず淡々としており、どういう意図かは分からないがスカートを軽くたくし上げて隠花に頭を少しだけさげた。


「待たせたな」

 隠花が感動している最中、蝕美もバックヤードへ入ってきた。


「それでひがん、学校の様子はどうだった?」

「うん。当たりだよ」

「やっぱそうか」

「……隠花。詳しい事はまだ話せないが、お前は明日も学校休まず行け」

「えっ? う、うん……」

「今日見た通り、ひがんが守ってくれる。ひがんの近くに居れば絶対安全だからな」

 蝕美の言う事を、隠花は信じていた。

 複数人居た男子生徒も、ガタイのいい男子生徒も蹴散らし、周りを囲まれた状況から容易に脱出出来たのを体感したからだ。


「あ、あの」

「どうした?」

「ひがんちゃんは私の事を姫って言ってて、自分の事を騎士って言って、それってどういう意味……なんでしょうか」

「今はまだ話せない」

 隠花は少し不満げな顔を蝕美に見せたが、蝕美は真剣な表情のままそれ以上を語ろうともせず、ひがんは二人の話には入って来ず、近くにあった白い布でテーブルを拭き始めた。


「そもそも話したところで普通の人間では理解出来ないからな。こういうのは直接見た方がいい。百聞一見にしかずだ」

「う、うーん……」

「あとそうだな、渡したタリスマンは持ってるか?」

「え? は、はい。一応……」

「それは肌身離さず持っていろ。いいな?」

「はい」

 こうして何が何だかわけのわからないまま、隠花は家へと帰った。

 帰りの道中、話の中で出てきたタリスマンを出してみてみたが、特に何も変わった感じはなかったので再度セーラー服の胸ポケットにしまった。

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