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8-1

 病室の扉がゆっくりと開き、一人の男性が入ってきた。


「初めまして、東日本放送局取締役の藤壺です」

 藤壺と名乗る男性。

 塵一つついていないストライプ柄の高級そうなスーツを着こなし、締めてあるネクタイは真っすぐで、目尻に深いしわのある堅い印象の強い初老の男性だ。


「えっ? もしかしてあのキー局の……?」

 隠花は藤壺の肩書を聞いて目を丸くした。

 東日本放送局は全国放送をしている大手テレビ局だったからだ。


「ああ、そうだ」

 蝕美は頷きながら隠花へ告げると、隠花は口を開けたまま藤壺を見つめていた。


「……信用、出来るの?」

 ひがんは掛布団をぎゅっと握り目を少し細めて藤壺を睨む。

 それは、テレビ業界の全ては春先の息がかかっていると信じており、この人物も春先と内通しているのではないかと考えたからだった。


「警戒するのも無理はないが、出来るぞ」

 蝕美はひがんへそう告げた。


「ふぅん……」

 だがひがんは釈然としない様子のまま、掛布団を握る手を布団の中に隠して視線を下に向けた。


「私も業界に深くかかわってきた人間だ。信用されないのも無理はない。だが分かって欲しい。業界内は春先のような人間ばかりではない」

 藤壺は静かだが強く芯に響く声でそう告げた。


「そう……」

 だが両親をホーリネスにされてしまった事が原因か、ひがんの態度が変わる事は無かった。


「今日は顔合わせだけだ」

「あれ? 詳しい事は話さないんですか?」

 隠花は意外そうな顔をして蝕美にそう問いかける。


「確かにここは個室だが、別に防音ってわけではないからな。それに話を聞いて無茶されたら困る」

 蝕美は視線を下に向けるひがんの方を見つつ、そう答えた。

 それに気づいたひがんは顔を上げるが、相変わらずの無味乾燥な表情を向けるだけだった。


「今はともかく養生しておけ。ひがんが回復したら二人には頑張ってもらうからな」

「はい!」

「うん」

 蝕美の言葉に、隠花は元気よく答えてひがんも軽く一つだけ頷く。

 それを見た藤壺は隠花とひがんに一つだけ頭を下げて、蝕美と一緒に病室へ出て行った。



 それから数週間後。


 ひがんは無事に退院する事が出来た。

 蝕美、隠花、ひがんの三人は退院の手続きを済ませ、その足で闇寧喫茶店へと向かった。


 闇寧喫茶店内にて。


「ねえひがんちゃん」

「なぁに?」

「退院してすぐだけども……、大丈夫?」

「うん。大丈夫」

「無理しなくても、もうちょっとお休みしてからでも……」

「うぅん」

 隠花は胸に手を当てながら、ひがんへ心配そうな眼差しを投げかける。

 そんな隠花の気持ちとは裏腹に、ひがんはいつも通りの無表情だ。


「病院内で詳細を言わなくて良かっただろ? こいつなら這ってでも行くだろうからな」

「う、うん……」

 蝕美の言葉を聞いた隠花はひがんの方を向いた。

 それに気づいたのか、ひがんは無表情のまま隠花と目線を合わせる。

 そんな様子を見た隠花は、苦笑いをしながら蝕美に同意した。


「こんちゃ」

「こんにちは皆さん」

 そんな中、情報屋の八坂とテレビ局取締役の藤壺が店へと入ってきた。


「お、退院おめでとう」

「うん」

「相変わらず反応薄いね」

 八坂がそう言うと、ひがんは表情を変えず鼻を鳴らした。


 全員が揃ったのを確認すると、蝕美はサイフォンに入ったコーヒーをカップに入れて全員に振るう。


「今回の作戦を話すぞ」

 そして全員に淹れたてのコーヒーが回ったのを確認し、ゆっくりと口を開いた。


「ひがん、隠花、最近芸能ニュース見たか?」

「えっ? ネットニュースくらいなら……?」

 唐突に言われたせいか、隠花は少しきょろきょろとしながらそう答えた。


「うぅん、見てない」

 ひがんは相変わらず無表情で即答した。


「じゃあまずこれを見ろ」

 二人の反応を見ると、蝕美は一冊の週刊誌をカウンターテーブルの上へ置いた。


 隠花は不思議そうな顔をして、その週刊誌を手に取り中身を開いていく。

 そしてページをめくっていき、隅を折ってあるページにたどり着くと蝕美の方を向いた。


「これですか……?」

「ああ、そうだ」

「これって、今話題の大物アイドルがアナウンサーに無理矢理性的行為や暴行を繰り返したって……」

「そうだ」

 名前を聞けば誰もが知る国民的アイドル。

 そのアイドルが女性アナウンサーへの性的暴行があった。

 最初は週刊誌の情報のみだったが、アナウンサー本人の闘病姿が公開された事で、一気に拡散されて知る人ぞ知る内容となったのである。


 ネットニュースは見ていた隠花は、おおよその概要は知っていたのでそう答えた。


「えっと、このアイドルって男の人ですよね……? しかも春先と全然関係なさそうですし」

 特別楽曲を提供されているわけでもなく、所属事務所も異なり、さらには女性中心をターゲットにしてきた春先にとって男性アイドルは縁が無いと思ったからだ。

 だから隠花は不思議そうな表情をしながら蝕美に問いかけた。


「ところがそうでもないんだ。咲良倉さん」

 そんな中、今まで静観していた藤壺が話し始める。


「アナウンサーを大物アイドルに斡旋していたのがテレビ局の取締役の一部の人達で、主犯が春先なんだ」

「ええっ⁉ そうなんですか!」

「しかもアナウンサーを斡旋していたのは大物アイドルだけではなく、大手スポンサーの役員やプロスポーツ選手、官僚や議員、SNSで活躍中のインフルエンサーや動画配信者といった影響力の大きい人物ばかりだ」

 その事を聞いた隠花は、以前ぶたりくを成敗した時にあった”ピュアプリンセス”の事を思い出し、そして眉をしかめて大きく息を吐いた。


「でもこの雑誌に載ったからって上手く春先を成敗出来るんでしょうか……? 春先なら揉み消すんじゃ……?」

「この一件でスポンサーは離れてしまった。社内でも、春先に責任を取らせる声が大きくなっている。彼が選ぶ道は引退か逮捕しか無いよ」

 隠花はテレビを見る事はほとんどなく気づかなかったが、今問題のあったテレビ局のCMは全て番組宣伝へと切り替えられていた。


「近々テレビ局が記者会見をすると発表した。いよいよ奴も年貢の納め時だな」

 春先の権力は絶対的なのは知っていた。

 ここまでやっても逃げ切るのではないだろうか?

 隠花はそう思いつつ、作り笑顔で頷いた。

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