八十二話 奴隷鉱山を蝕む影、迫る脅威
ジョブチェンジを済ませたヴァンダルーは、第七開拓村から【飛行】して先行したエレオノーラ達を追いかけていた。
ただ今日はやけに大鴉が多く、木の上を飛ぶとぶつかりそうで面倒なので、木の枝よりも低い高さを縫うように飛んでいた。
すると、ぽとりと後頭部に違和感を覚えた。
「ん?」
鳥の糞か木の実でも落ちて来たのかと思ってその場で止まり、髪を手で払うが何も無い。しかし、何かが這い回るような感触がする。その感触を指で追っても、【幽体離脱】して自分の後頭部を目視で探しても、落ちてきた何かの姿は無い。
「……まあ、いいか」
【危険感知:死】に反応は無いし、こそばゆいがあまり気に成らない。放っておこう。
海藤カナタの魂の消滅を、ロドコルテは輪廻転生システムが警報を上げるよりも早く確認していた。
何故ならカナタがアンデッドにされる事は無いにしても、ヴァンダルーに魂を砕かれたりヴィダの新種族にされたりする可能性がある事に彼は気が付いていたからだ。
勿論、それはカナタがヴァンダルーを始末できれば要らぬ心配だったのだが、結果は敗北。しかもただの敗北ではない。
『状況は最悪一歩手前か』
魂が砕かれた事は残念だが、カナタの輪廻転生は彼がヴァンダルーを始末した場合渡す報酬……地球に似た魔術も魔物も無い世界の、富豪の元に絶世の美少年として転生させる準備のため、システムから外していたので大きな障害にはなっていない。
問題なのは、カナタがヴァンダルーに対して転生者全員がこれから彼を殺しに行くような事を口走った事、更にラムダで殺されてもすぐに再び転生できると宣言した事だ。
お蔭でヴァンダルーの警戒心を煽り、更に転生者は魂を砕かなければ際限なく向かってくると思わせてしまった。
『実際には、そう上手くいっていないのだが』
カナタがラムダに転生した後も、三人の転生者がオリジンで死亡している。どうやらオリジンでは、獅方院真理がカナタを殺した事と、そしてその動機、カナタが裏でやっていた悪事が明らかに成り、その結果ロドコルテの予想より犠牲者の数は少ないが、転生者同士の仲違いが起きたようだ。
同じ地球からの転生者で、同じ船に乗っていたとはいえ、共通の思想を持っていた訳では無い集団だ。それにオリジンに転生してから三十年近くたてば、価値観にも変化が出る。
今まで纏まっていたのは、他の転生者から抜きんでた実力を持つ雨宮寛人の存在が大きかったからだろう。
問題なのは、三人の転生者はロドコルテの依頼に良い顔はしなかった事だ。
あのアンデッドの正体が自分と同じ転生者である事には驚いていたが、ラムダでも殺して欲しいと言われると首を横に振ったのだ。カナタが要求したような報酬も提示してみたが、それでも良い返事は聞けなかった。
成人の身体で転生して今すぐカナタに協力する事は勿論、通常通り子供からやり直してもヴァンダルーを殺すつもりは無いと答えたのだ。
『もう、殺し合いには疲れたの。普通の人生を生きたいのよ』
『あいつから俺達を見分ける手段は無いんだろ? だったら、関わりたくないな』
『カナタに協力? 冗談じゃない、元はと言えばあいつがしでかした事のせいで、あんな目にあったんだぞ』
一人目は戦いその物を拒否し、二人目は自分には関係無いと関わりを拒否し、三人目はヴァンダルーと言うよりも、カナタ憎しで協力を拒否された。
オリジン同様、同じ転生者同士生きていれば再会する様に運命を与えたが、彼らがヴァンダルーに対してどう出るかは不明だ。
宣言通り関わらない様にするかもしれないし、逆もあり得る。ヴァンダルーが彼等の転生した先の国や町に大きな不利益を及ぼす存在と成れば、彼らも無視はできないだろうが。
逆に仲間に成ろうとするかもしれないが、オリジンで死んだ直後の狂態を思えば、ヴァンダルーが彼らを受け入れる可能性は低いはずだとロドコルテは考えた。
『尤も、どうなるかは様子を見なければ分からんが。ヴァンダルーは本当に何を考えているのか、予測が出来ん。まさか、魔王の封印の一部を解き、しかも吸収するとは』
ラムダでも何人かは魔王の欠片を利用している者は存在する……しかしいくら魔力が多くても、普通なら体内から魔王の一部に乗っ取られ徐々に正気を失うはずなのだが。
『まあ、良い。これも転生者達の説得材料に使えるだろう』
ヴァンダルーは魔王の封印を解く危険な存在だと説く訳だ。尤も、この情報をラムダの神々に教える訳にはいかないが。
アルダ達に知られると、ヴァンダルーだけでは無く他の転生者も狩りだされかねない。
カナタの無思慮な行いのせいで嗅ぎつけられたのではないかと肝を冷やしたが、どうやらまだアルダ達は転生者の存在に気が付いていないらしい。
カナタをただのユニークスキル持ちの犯罪者だと思ったのか、ロドコルテが思っている以上にアルダ達には余裕が無く、信者数名の記録を見る暇も無いのかもしれない。
『何はともあれ、次の転生者からはヴァンダルーが魂を砕ける事、更にオリジンでの力を取り戻し、一部は超えつつある事を告げるべきか』
怖気づかれては困ると考えてカナタには黙っていたが、その結果カナタはヴァンダルーを過小評価し過ぎて緊張感も無く、無策に攻撃した結果敗北してしまった。
魂を砕かれる危険性について告げておけば、転生者達も警戒するだろう。告げた結果、依頼を断られる事も多いだろうが、無駄に転生者の数を減らされるよりはまだ良い。
『オリジンでの仲違いは表面上は収まったか。では、また暫く待つとしよう』
ゴブリンキングに占拠されていた廃墟は、すっかり様変わりしていた。城壁の外側は同じだが、内側は幾つもの建造物が立ち並び、見張り櫓も建てられている。
まるで町が復興したかのようだ。
しかし、その町に集まった者達の姿を見たらとても町が復興したとは思わないだろう。
『ああ、皆……無事では無いけれど、また皆に会えるなんて……』
中心で感動に声を詰まらせているのは、一見すると炎のような色の髪と瞳をした、起伏に富んだ褐色の肌をやはり炎を思わせるレオタードの様な物で包んでいる巨人種の美女だ。
だが膝のやや上あたりで足が途切れて、空中に浮かんでいる。炎を思わせる髪やレオタードは、実際に炎で出来ている。
タロスヘイムの元第一王女レビア、彼女は海藤カナタを倒した事でランクアップし、ランク5のブレイズゴーストにランクアップしていた。
『王女様っ!』
『レビア様、俺達はっ……!』
『オノレ、ハートナー公爵家メ!』
そしてレビア王女を囲む数百人の巨人種アンデッド達。
『すまない、お前達っ! 俺達はお前達に託された者を、誰一人守れなかった!』
『言うな、悪いのは公爵家の裏切り者共だ! お前達を殺し、レビア様を焼いた畜生共だ!』
『ウオオオッ! 坊主っ、今すぐ奴隷鉱山に殴り込んであいつらを助けたら、この公爵領を蹂躙しようぜ!』
「まあまあ、落ち着きましょう。前にも言ったけれど、ハインツ達が居るから公爵領を蹂躙するのは危険です」
怒り狂うボークス達をヴァンダルーは宥めた。実際、ここにある戦力だけでこのハートナー公爵領に甚大なダメージを負わせる事は出来る。
ランク10の上位アンデッドであるボークスが剣を一振りすれば、どんな城壁でも打ち崩せる。兵士も騎士も、肉の壁にすらならない。
そこに他のアンデッド達と、ヴァンダルーが加わるのだ。
業病猛毒をばら撒いて老若男女を殺し尽くし、犠牲者をアンデッドにして殺戮を繰り返す。殺した分だけ味方を増やして行進する、死の軍勢だ。
だが実質S級冒険者と同等の実力を持つハインツ達【五色の刃】に、他にもA級やB級の上級冒険者が居るはずだ。それに、大事に成れば選王国の他の公爵領からも応援が駆けつけて来るだろう。
そうなると負ける。
「なので、今回は奴隷鉱山を襲撃するだけで抑えましょう」
『それでも良いっ、早速行こうぜ!』
「だからダメですってば」
そうボークス達を止めるヴァンダルーだが、それは失敗を恐れての事ではない。ボークス達の戦闘能力なら、最前線でもない奴隷鉱山を守る兵士や砦くらい、苦も無く残骸に変えてしまえる。
「巻き込まれて奴隷の皆が死んじゃったら、悔やみきれないじゃないですか」
しかし強引に攻め込むと、それで発生したパニックで何が起こるか分からない。混乱した兵士が奴隷を盾にしようとしたり、どうせ死ぬならその前にと女の奴隷を襲ったりするかもしれない。
それに、奴隷達がボークス達を自分達を助けに来たのではなく、殺しに来たただの魔物だと勘違いしてしまうかもしれない。
それで、「どうせ助からない、生きたまま喰われるよりは」と自害でもされたら事だ。流石にボークス達にはそこまでは言えないが。
「っと、言う訳でまず潜入して、大人しく助けられるようにと理解を求めます」
『ぬぅ~……仕方ねぇ。だが公爵家はどうする?』
「そっちは、スキャンダルを公にしたり城を物理的に傾けたり、奪われた宝物の一部を取り返したりしてきたので、今回はそれぐらいにしましょうよ」
ヴァンダルーは【ゴーレム錬成】で簡単に建物を建て、若しくは直し、更には移動させる事も出来るのであまり実感は無いが、魔王の封印が解けた事を偽装するために地下墓地を潰して城を傾けた事は、誰もが青ざめる様な損害だ。
すぐに崩れるという事は無いだろうが、城はハートナー公爵領にとっての国の象徴で、いざという時の守りでもある。
だから新しく建造しなければならないが、莫大な費用がかかるだろう。それこそヴァンダルーが助力でもしない限り。
『ところで坊ちゃん、取り返した国宝ですが……』
「はい、とりあえず今は俺が持っています」
城から取り返した国宝は、奪われた内の半分程度だ。残りは褒美として他の貴族家に下賜されたり、ポーション等は使用された後だったり、中央の選王領へ寄付(という名目で援助を受けるために売った)等して、散逸していた。
残っていたのはアイテムボックスの様な高価で貴重なマジックアイテムではなく、殆どが宝飾品だった。最近まで公爵に憑いていた霊によると実際にはアイテムボックスもまだあるらしいが、旧サウロン領と接している軍事拠点に物資の輸送をするために使用している最中らしい。
それに二百年前の戦争でボークスがミハエルに砕かれた魔剣もタロスヘイム王に下賜された国宝だったので、タロスヘイムの国宝は元々マジックアイテム類が少なくなっていたらしい。
巨人種は第二王女のザンディア等の一部の例外を除き魔術に向いていない種族なので、約十万年も孤立していたタロスヘイムはザッカートの遺産を除けば魔術の後進国だったのだ。
「でもブラガ達に持って行ってもらいましょう」
ブラガ達ブラックゴブリン部隊は、マリー達恋人を連れて先にタロスヘイムに戻る予定に成っている。マリー達には一応最終的な意思確認をしておいたが、彼女達の意思は変わらなかった。
「大変だと思うけど、生まれ変わったつもりでこの人と生きていきます」
「きっと大丈夫よ。だってこの人ったら、人間じゃないのにあたしが今まで会ったどの男よりも優しいのよ」
「俺っ、二人を大切にする」
二人の夫に成ったブラガが、急に大人びて見えた。これがモテる男の貫録か。
そんな事を考えているヴァンダルーを、ブラガは一転して半眼で見つめ返す。
「キング……何考えてるか分からないけど、俺よりキングの方がモテてる」
「……自覚が無い訳じゃないです」
両サイドからむぎゅっと抱きしめられているヴァンダルーは、豊かな谷間に埋もれる様な恰好のまま言った。
『ふぅ……久々の坊ちゃんは効きますねぇ~』
『うう、本当に。ダメなのに離れられない~』
リタは恍惚とした顔で、サリアは若干恥じらいつつも欲求に逆らえない様子でヴァンダルーを抱きしめていた。そろそろ異性を意識し始める微妙な歳なので、人前では止めて欲しいのだが。
「二人とも、いい加減にヴァンダルー様を離しなさい」
『エレオノーラさんは今まで一緒だったから良いじゃないですかっ! 私達は留守番だったんですよ!』
『エレオノーラさん、私達メイドは主人から三日以上離れると禁断症状が出るんです!』
「……メイドってそんな職業でしたっけ?」
ヴァンダルーが冷静に突っ込むが、何故かエレオノーラは二人の言い分に理があると認めたようだ。
「仕方ないわね。でもヴァンダルー様が疲れないようにするのよ」
仕方ないらしい。
『『はーい』』
若干力を緩めてくれたので、呼吸はしやすくなった。鎧以外の部分は霊体で出来ているリタとサリアの身体は、夏には丁度良い冷たさなので、呼吸さえできれば抱かれ心地は良い。
『坊ちゃん、タロスヘイムにはグールの皆さんやラピエサージュ、パウヴィナちゃん、そして誰よりもダルシア様も待っていますので……今の内にご覚悟を』
「わー、俺ってモテモテですねー」
どうやら、タロスヘイムに帰ったら皆に熱烈な抱擁をされるらしい。ハートナー公爵領でささくれ立った心が滑らかに研磨されそうだ。
(俺って、何か身体から出しているのかな? ヴァンダニウムとかビタミンVとか、ヴァン酸とか)
ラムダには検査機器が無いので確認は出来ないが、未知の栄養素やミネラルが存在するのかもしれない。
キチキチキチ。
『あ、坊ちゃん、髪の中に大百足が居ますよ』
大百足。ランク1の魔物で、中型の蛇と同じくらいの大きさの百足である。主食は鼠や昆虫などの小動物で作物に無害な事から、益虫扱いされる事が多い。ただ、時折木に登って下を通る動物に掴まり移動する事がある。
『そう言えば【蟲使い】にジョブチェンジしたんでしたね。早速テイムしたんですか?』
「はあ、何時の間にかしたみたいですね」
大百足は暫くヴァンダルーの頭を這い回った後、再び髪の中に潜って行った。
「俺の髪の中は一体どうなっているんでしょう? まあ、別に害は無いようなので良いですけど」
「本当に害は無いのっ!?」
エレオノーラが慌ててヴァンダルーの髪の中の百足を探すが、見つからないようだ。
「大丈夫ですよ、痛みも何も無いですし」
ただ皮膚の下を蟲が這い回っている様な、こそばゆい感触がするが。
「ピートと名付けよう」
そう言えば、日本に髪の中に百足を忍ばせた神様が居た気がする。あれは何の神様だったろうか?
『あ、あのー、宜しいですか?』
ふと記憶を掘り起こしていたヴァンダルーに、レビア王女がスーッと近付いてきて遠慮がちに話しかけてきた。
『王女様もですか?』
ただし話しかけたのはヴァンダルーではなく、リタ達だった。
『はい、今はまだ陛下とは手をつなぐ以上の事は……でも、そうなるのが自然な事だと思いますし』
炎の明度を上げてそう言うレビア王女。表情と仕草から推測すると、多分頬が赤くなる代わりに恥じらいを表現しているのだろう。
「そうなるのが自然……まあ、そうよね」
『旧王族の姫君が、新国王と……歴史上珍しい話ではありませんな。大抵は悲劇か、ただの政略結婚ではありますが』
エレオノーラとサムによると、ヴァンダルーとレビア王女がそうなるのは自然な成り行きらしい。
「わー、話が纏まっていきますねー」
どうやらそう言う事になるようだ。別に不満は無いし、それどころか【死霊魔術】スキルを使うためにはレビア王女の存在は欠かせないので、彼女が一緒に居てくれる事は好都合だ。
心情的にも美人に慕われて嬉しい。肉体年齢の関係でその手の欲求はまだ微妙だが、美しいと感じる人を好むのは当然だ。
それに元々レビア王女の妹のザンディア王女の左手も託されているし。
『おーし、娶っちまえ坊主っ! ザンディアの嬢ちゃんよりも先にレビア様を自分色に染めるとは思わなかったが、それでこそ男だぜ!』
「ボークス、さっきまでの怒りと怨念は何処に?」
『それはそれ、これはこれだ』
『分りました、一緒に坊ちゃんを支えていきましょう』
『ありがとうございます』
『生まれも死に場所も違う私達ですが、死後は一緒です』
「私はまだ死んでないけど、ヴァンダルー様に尽くすのなら私達は同士よ」
『ところで、そのお召し物は……もしかして私達への対抗意識ですか?』
『いえ、これは私の炎で出来ていて、ドレスのような形にも出来るのですが面積を多くするほど魔力を使うので、節約です』
女性陣の話は纏まったらしい。
『末永く、よろしくお願いしますね。出来れば、姉妹共々』
足があれば二メートル半ば以上ある巨人種の美女の抱擁は、埋もれると表現できる抱かれ心地だった。
「俺の末は長いですよ。千年単位で生きますし」
因みに、レビア達の身体の温度は調節が可能で、下げれば風呂ぐらいの熱さを保つ事が出来る。
触れても温まる程度で火傷しない自分の炎と霊体に包まれているヴァンダルーに、レビアはくすくすと笑った。
『それを言うなら、私達にはもう寿命もありませんよ。死んでいますもの』
「それは一本取られました」
和やかな二人とそれを祝福するエレオノーラとアンデッド達の外で、危機感を覚えている者達が居た。
「あなた、もしかしてヴァンダルー様って、手当たり次第なの?」
それは移住する国の統治者の異性関係に不安を覚えたマリー達だった。政治の知識などほぼ無い彼女達だが、古来統治者の女癖の悪さは、国が乱れる原因の中でも代表的に語られている。
「そんな事無い、キング、ちゃんと選ぶ」
そう言ってブラガ達はマリーを説得するのだった。
ハートナー公爵領は、境界山脈に接していながら鉱物資源が限られている。それは山脈が地中でさえ魔物が跋扈する危険地帯であるため発掘事業を行う事が出来ない事と、山脈以外の山から有望な鉱脈が発見されないからだ。
だからハートナー公爵領では幾つかのダンジョンと、公爵領南端の鉱山に鉱物資源を頼っていた。
尤もその鉱山の産出量は、約二百年前に大きく減り、以後現在まで横ばいのままだ。タロスヘイムとの交易がまだ続いていた頃は金属を輸入しながら、鉱山に新しい鉱脈が無いか調査していたが、今ではそれも諦められている。
鉱山から坑夫達の姿は消え、代わりに姿を現したのは監獄の様な壁と兵士達と、奴隷達だ。
現在では正規の坑夫ではなく、犯罪奴隷を主に使って鉱石を掘り、製錬していた。
ただ、初期は犯罪奴隷ではなく濡れ衣を着せて犯罪奴隷に落としたタロスヘイムの女子供で運営していた事から、通常とは違った処置が取られている。
監獄の様な外観の内側には、奴隷達の村が存在する。普通なら鉱山では牛馬以下の扱いを受ける犯罪奴隷だが、当時の公爵には「もしタロスヘイムに生き残りが居たら」と言う危機感があった。
特に、当時A級冒険者だった【剣王】ボークスや【聖女】ジーナ、【小さき天才】ザンディアの生死がまだ不明だった。
実際にはミハエルに三人とも殺されていたのだが、原種吸血鬼グーバモンの手の者がジーナとザンディアの遺体を盗み、致命傷を負って一人撤退してきたミハエルと鉢合わせして殺し合ったため、正確な情報が伝わらなかったのだ。
そのため万が一生き残りが居た時の為の人質が必要だった。レビア王女でも良かったが、彼女を生かしておくと他の公爵領の手の者が彼女を旗印にしてアミッド帝国ではなくハートナー公爵領を糾弾する可能性が捨てきれない。
それに、頑健な肉体を持つ巨人種は子供でも人種の大人以上の肉体労働をこなす。そのため簡単に使い潰すような事は極力避けて鉱山の運用が行われた。
そして時が流れる内にそのまま慣習と成って続き、奴隷鉱山の奴隷達は他の鉱山よりも生き長らえる環境が与えられていた。
生来の奴隷階級の一族を管理する、兵士の町。そんな状況だ。
「聞いたか、次に何時新しい『物資』が入るか分からないって話」
そんな奴隷鉱山で首輪を付けられた坑夫達が働くのを監視しながら二人組の兵士達が雑談に興じていた。
「ああ、町で魔物の暴走が起きたって言う話だろ。その話題は聞き飽きたよ」
昨日到着し、そして今日の朝発った食料品などを運搬する隊商から、ニアーキの町で魔物の暴走が起きた事は既に奴隷鉱山中に広がっていた。
ニアーキの町出身の兵士などは、行商人に頼んで家族に宛た手紙などを渡していた。この兵士達は他の出身なので他人事だったが。
「代わりに煩い新兵やボンボンも来ないし、良いんじゃないか?」
「まあ、そりゃあそうだが……ゴブリンを殺すのにも躊躇って、吐くような奴も偶にいるしな」
この奴隷鉱山に配属される兵士は大きく二種類に分かれている。歳や怪我で厳しい前線では活躍できないだろうが、首にして食い詰められて犯罪に走られても困るので配属されたリタイア組と、土地が広くて魔物もゴブリン等弱い種族しか出ないので、演習と訓練をするために新兵が派遣されてくる。
この兵士達は前者で、新兵が派遣されてくるとその面倒を見なければならないので仕事が増えるのだ。特に、貴族家の三男以降の家は継げないがプライドが高いお坊ちゃんは、本当に面倒なのだ。
軍の序列ではただの新兵なのだが、同時に貴族である上に将来の士官候補でもあるので扱いにも気を使う。
兵士達の上官がしっかりしていれば、その辺りも楽に成るのだが……今の奴隷鉱山の代官はベッサー法衣子爵。ルーカス公子の派閥に居た軍系の貴族だったが、ヘマをやらかし左遷された、「貴族にあらずんば人に在らず」と公言する貴族至上主義者だ。
ベッサー子爵が彼等平民出身の兵士と軟弱とは言え貴族のお坊ちゃん、どちらの味方かは考えるまでもない。
「だが、『物資』が来ないのはなぁ……この頃狩の獲物もゴブリンばっかりだしな」
「そう言えば、何故かゴブリンが多いよな。最近は減って来たが。近くにキングでも出たのかね?」
「止めてくれよ、縁起でもない。俺が言いたいのは、『物資』も美味い物も食えないなんて日々の楽しみが無いって事だよ」
「まあ、こんな所だしな」
奴隷鉱山は兵士達にとって十分な職場ではなかった。美味い物を食べたければ狩に出るしかない。勿論日々の無聊を慰める劇場や見世物小屋、大道芸人も無い。
行商人が運んでくる支給品と、ちょっとした買い物。そして『物資』が兵士達の娯楽だった。
「しばらくは昨日運ばれてきた『物資』があるだろ」
「お前見てないのか? 昨日来た『物資』には上物が一人もいなくてな……」
「それはお前が欲張ってるだけだ。鉱山に回される奴隷に、上物が居る方がおかしいだろ」
兵士達が先ほどから言っている『物資』とは、奴隷の事だった。勿論芸をさせる等、そんな用途で日々の楽しみを兵士達に供する訳では無い。
「犯罪奴隷の女山賊が回されて来た時があったじゃないか」
「まあ、顔は良かったけどあれは腕が無かっただろ。頭の中身も壊れ気味だったし。そもそも、何年前の話だよ」
鉱山に回される奴隷は在庫と化し奴隷商人の負担に成るような売れ残りか、元々誰も買いたがらないような犯罪奴隷が殆どだ。だが、その中には当然女もいる。
その女達が兵士達の慰み者になっていた。
「巨人種ならいるだろ」
そしてタロスヘイムの避難民の女も、そう扱われている。
「俺は他の奴らと違って、デカい女は嫌いなんだよ。なんだか見下されたような気分になるからな。それに、やりすぎるとこっちが懲罰の対象に成るから、あんまり無茶は出来ないし。あーあ、また開拓村が廃村にならねぇかなぁ」
「いや、他の奴隷でもやり過ぎたら懲罰の対象だけどな。あの時も無茶やって何人か死なせて、子爵が金切り声を上げてただろ。労働力を無暗に減らすなって」
「そうだな。仕方ない、とりあえず適当なのを見繕って……あれにするか」
兵士の片割れが目を止めたのは、白い髪で顔にボロ布を巻いた隻眼の子供の奴隷だった。瞳が死んでいるのは鉱山で働く奴隷では珍しくはないが、日にあたった事が無いような白い肌が気に入ったのかもしれない。
「おい、幾らなんでも小さすぎないか?」
「別に良いだろ、どうせ長くても来月まで持たないんだ。それがちょっと縮むだけで」
そう言うと、兵士は鉱石が入ったトロッコを押している白髪の奴隷に声をかけると引きずるようにして何処かに行ってしまった。
当然勤務中なのだが、こう言う事はずっと前から行われていた事なので、ベッサー子爵か新兵の見ている前でない限り見過ごされる。当然もう一人の兵士もそうした。
だが、ほんの十数分で同僚が一人で戻って来た時は妙だなと思って話しかけた。
「おい、妙に早いがあの奴隷はどうした? 死なせたなら、ちゃんと死体は処分したのか?」
子供でも奴隷の命が尊いとは欠片も思っていない兵士だったが、死体を放置するのは良くない事は知っていた。虫が湧くし、病気が発生したら彼自身の身も危ない。
確認された兵士は、まるで人形のような無表情のまま眼球だけを動かして話しかけてきた同僚に答えた。
「大丈夫デス、問題無イデス」
「……おい、本当に大丈夫か?」
「本当ニ、大丈夫デス。私ハ、何時モ通リダ」
「いや、どう見ても真面じゃないぞ。神官殿に診て貰え」
明らかに異常な様子の同僚の肩を掴むと、そのまま医者の役割も兼ねている神官の所に連れて行こうとする。他の兵士に一言声をかけてから。
「こいつの様子がおかしいんだ。ちょっと神官殿の所に連れて行って診せて来る」
話しかけられた兵士の一人が、手伝うつもりなのか近づいてきた。
「大丈夫デスカ、私モ手伝イマショウ」
「ああ、悪いな。おい、しっかりしろ」
その兵士の顔を見ないまま、友人でもある同僚兵士の様子を心配そうに見ながら、彼は歩いて行った。
戻ってきて何事も無かったように勤務を続ける二人の兵士に、他の同僚が話しかけた。
「大丈夫か? 顔色が悪いようだが……」
「ハイ、大丈夫デス。タダノ寝不足デス」
「神官殿ニ相談シタラ、良クナリマシタ」
「アナタモ神官殿ニ、相談シテハドウデスカ。気分ガ晴レマスヨ」
「そ、そうか、俺は、遠慮しておくよ」
話しかけた同僚は二人の薄気味悪い様子に顔を引き攣らせて、持ち場に戻って行った。
その横を白い髪と肌の子供の奴隷がトロッコを押しながら通ったが、そんな事よりも同僚の異常が気になっているらしい。
彼の後ろ姿を、幾人かの兵士達の虚ろな瞳が映していた。
《【精神侵食】スキルのレベルが上がりました!》
・名前:レビア
・ランク:5
・種族:ブレイズゴースト
・レベル:0
・パッシブスキル
霊体:5Lv
精神汚染:5Lv
炎熱操作:6Lv
炎無効
実体化:5Lv
魔力増強:3Lv
・アクティブスキル
家事:5Lv
射出:5Lv
憑依:3Lv
・魔物解説:ファイアゴースト フレイムゴースト、ブレイズゴースト
火災の犠牲者や火刑に処された罪人等、深い怨念を持ったまま死んだ霊が邪悪な魔力に汚染され魔物化した存在。
その多くは焼かれ死ぬ苦しみで狂っており、生前の記憶どころか理性も失い、自分の同類を増やそうと生者に襲いかかる邪悪な存在である。
火刑で処刑された罪人をいい加減に葬ると、この魔物と化して蘇り人々を害するとされる。ファイア、フレイム、ブレイズの順で危険度と強さが増す。
主な攻撃方法は燃える身体での体当たりや格闘戦で、多少知恵が残っている個体は身体を構成する燃える霊体を射出する遠距離攻撃を行う。
ただ最も危険なのは【憑依】で、憑りつかれた者は祓うまで生きながら焼かれる苦痛を味わう事になり、最悪狂死する。
物理攻撃は【実体化】スキルを使用している時以外はほぼ効かず、火属性以外の魔術か武技を使用しなければ倒せない。霊体が本体であるにもかかわらず魔石は発生するが、その他に素材が採れないため冒険者からは不人気な魔物である。
レビア及び彼女の護衛だったタロスヘイムの戦士達のゴーストは、ヴァンダルーの【精神侵食】スキルにより自分達が殺された当時の負の感情を思い出した事でこの魔物と化したので、生前の記憶を殆ど持っている状態である。
また姿も通常この魔物は動く焼死体同然だが、レビア達は脚が膝や腿の半ばまでしかない事以外はほぼ生前の姿に、炎の衣を纏っている程度である。
彼女達の力は、ヴァンダルーの【死霊魔術】スキルと莫大な魔力によって最大限を越えて発揮される。
ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援お願いします。
2月28日に83話を、3月2日に84話を、6日に85話を投稿予定です。




