八十話 三度目で終わりの男
【忌み名】が解除された文がありましたが、【忌み名】の解除条件を私自身が間違えていたため、ご指摘を頂き修正しました。
すみませんでした。
ヴァンダルーが城の地下に向かっている事を【ターゲットレーダー】で知ったカナタは、舌打ちした。
空間が限られる地下では、カナタは自分の力を存分に発揮できないからだ。
全力で魔術を放つと、崩落などで自分も危うくなる。土砂は【グングニル】で透過できても、酸欠はどうにもならない。
それに、彼が得意な銃……ラムダでは【弓術】に成ったが、射撃は地下だと障害物が多い等使い辛い事が予想される。【グングニル】でカナタが放つ矢は障害物を「透過」するが、カナタの目は障害物を「透視」出来ないからだ。
だからオリジンでは赤外線スコープや探知魔術でターゲットの位置を特定していたのだが……ラムダに赤外線スコープは存在せず、探知魔術を唱えるとヴァンダルーにそれを察知され、逆に自分の位置を知られる可能性があった。
仕方ないと、カナタは遠距離からの狙撃を諦め近距離での暗殺に思考を切り替えた。
この時カナタがここで仕掛けるのを諦め、後日暗殺の好条件が揃うのを待つ、若しくは揃う様に策を巡らせる事を選ばなかったのは、ヴァンダルーが自分より機動力に優れているため逃げられるかもしれないという理由もあったが、一番大きかったのはさっさと仕事を終えて四度目の人生を始めたいという理由だった。
そして憑いている霊を浄化するために、(この時点で霊達はヴァンダルーの所に向かうために離れていたのだが)凌辱した女冒険者の一人から手に入れた聖水を被った。
それから【ターゲットレーダー】を頼りに【グングニル】で壁や床を透過して地下空間に辿りついて早々、ヴァンダルーに気がつかれたのが解った。
スキルではなく、カナタが腐っても命をやり取りする修羅場を何度も潜り抜けて来た経験者の勘だ。
「待ってくれっ! 話を聞いてくれっ! あの時は悪かった、赦してくれっ!」
頭の中で描いていた予定より早く姿を現し、そして土下座した。
(神様の情報よりも多少は大きくなってるな。それに情報に無いバケモノを大量に引き連れやがって。何だ、あの炎の人型?)
内心では何時の間にか手駒を増やしているヴァンダルーを「ゲテモノ趣味が」と吐き捨てながら、表面では必死に見える謝罪を行う。
「……どう言うつもりですか?」
ヴァンダルーが攻撃ではなく会話を選んだ事に、カナタは胸の内で喝采を上げた。やはりこいつは甘ちゃんだと。
「お、オリジンでの事を覚えてないか? 俺は海藤カナタ、あんたと同じ高校の生徒だった男だ」
霊から海藤カナタの名前を聞いたヴァンダルーは、当然既に見当がついている。ラムダで海藤なんて苗字の奴は居ないだろう。
そうでなくてもカナタの言動全てが奇妙過ぎて、逆に転生者だろうとしか思えないのだ。
「俺はあの時、研究所であんたを倒してしまった一人なんだ」
「……あー、そう言えば、居たような気がしないでもないです」
それは初めて聞く情報だった。あの時は成瀬成美や、見覚えのある元クラスメイトばかりに目が行っていて、カナタの様に元々覚えていない者の事は、記憶に殆ど残っていなかったのだ。
思っていた以上にヴァンダルーのリアクションが薄いので、カナタは若干戸惑ったが舌は滑らかに動いていた。
「あの時はあんたが俺達と同じだって知らなかったんだ、本当にすまない、赦してくれ。許せないなら俺は殺しても構わない。でも、どうか他の奴らを殺すのは止めてくれないか」
「いいですよ」
「お願い――え?」
「だから、オリジンで俺を殺した事に対する謝罪を受け入れると言っています」
思わず顔を上げたカナタを、ヴァンダルーは無感動な瞳で見ていた。
「悪いのはロドコルテですし、そうやって謝ってくれればもういいです。俺や俺の仲間の邪魔をしなければ、関わろうとは思いません。こっちはやりたい事もやらないといけない事も山積みなので、そんな暇はありません」
今だって奴隷鉱山で働かされている巨人種達を助けに行かなくてはならないのだ。無害ならカナタ以外の転生者はどうでもいい。それは本音だ。
寧ろ仲間にしてくれとか、逆に仲間になってくれと言われた方が迷惑だ。どう考えても価値観が合わない。転生者達がゾンビやスケルトン等のアンデッドに一人の人格を認め、敬意を払えるのなら考えなくもないが。
無理だろうけど。地球やオリジンでは、基本的に死者をアンデッドにするのは「死者を冒涜する行為」で、各宗教の逸話を含めた多くの物語で、不死者は速やかに葬らなければならない、そうでなければ悲劇的な結末を迎えるのがお約束だ。
地球の映画やゲームなどで頻繁にある、「こいつはもう彼、彼女じゃない」と哀しみながらもゾンビの頭部に銃弾を撃ちこむ展開を現実でもやりかねない。
良くて、兵器として使う事を認める程度ではないだろうか?
そんな連中、危なっかしくてタロスヘイムに近付けられない。
「そう、なのか? 分かった。他の皆にもちゃんと伝える。あんたの邪魔は結界」
カナタは【グングニル】で床を透過させたまま隠していたクロスボウの引き金を、素早く引いた。彼はヴァンダルーがどう答えたところで、隙をついて射殺するつもりだったのだ。
矢はヴァンダルーが反射的に張った結界を透過して、そのまま彼の耳を掠めて後ろの壁に音を立てて弾かれた。
矢が外れたのではない。ヴァンダルーが避けたのだ。
「なるほど。お前のチート能力は透過……物質だけでは無く、俺の張った結界も透過する事が出来ると」
上手く行くと確信していた不意打ちをあっさり回避されカナタの顔が強張るが、【危険感知:死】は彼が土下座する前からずっと反応していたのだ。
だからヴァンダルーはじっとカナタを見続けていた。隙がある様にカナタが思ったのは、彼の無表情を読み切れなかっただけに過ぎない。
それに、実はカナタのチート能力が透過能力である事は、霊からの話を聞いて大体察しがついていた。
少なくとも、障害物や結界を盾にして安心できる相手ではないだろうなと思っていた。
「チィっ! 炎の帯よっ、踊れっ!」
衝撃から立ち直ったカナタが、魔術で起こした炎でヴァンダルー達の視線を遮る。
『野郎っ!』
「ズラン、エレオノーラ、言った通り俺に任せてください。……他の転生者の力がどの程度か知りたいので。後、新しいスキルも試さないと」
ヴァンダルーは【奪熱】で荒れ狂う炎の帯を瞬時に消して、舌と爪からアンデッドのズランや【状態異常耐性】を持つエレオノーラには効かない、揮発性の高い毒を分泌しながらカナタを追う。
「床っ、地面っ」
想定していたよりも素早いヴァンダルーに対して、カナタは【グングニル】で床を透過して隠れる。
「退け、【死弾】」
だが、やはりヴァンダルーが瞬時にカナタの周りの床やその下の地面をゴーレム化させ、【生命感知】で割り出したカナタの位置に【死弾】を撃ちこむ。
「ぐあっ!? は、速い!」
盾にしようとした地面が動き出して、ヴァンダルーに姿を晒したカナタは驚愕しながらも【死弾】の直撃を避け、掠るだけに止めた。本来なら掠るだけでも即死しかねない魔力を込めたのに、まだ素早く動くカナタにヴァンダルーも若干驚く。
それに、毒も効いていないようだ。
「動きの速さや魔術の威力から推測すると、能力値は俺と同じか若干高い程度で、想像を絶する生命力の持ち主には見えない。ロドコルテに耐性スキルでも貰いましたか?」
「【大焼失】、魔力!」
ヴァンダルーの質問に答えないまま、カナタは大規模な火属性魔術を唱える。高温で広範囲内に存在するすべてを燃やし尽くす術だ。
(本来ならあの結界や、熱を奪う術で防げるだろうが、術を発動した後【グングニル】も使った! この灼熱は防げないぜっ、大人しく後ろのゲテモノ共々灰に成りな!)
勝利を確信しながら息を止め、炎が一段落したら【グングニル】を解除して風属性魔術で呼吸するための空気を作るカナタ。ヴァンダルーさえ殺せれば仕事は完了し、その後は報酬の四度目の人生を生きるために自害するつもりの彼だが、流石に仕事の完遂を確かめないまま死を選ぶほど考え無しではない。
「自分ごととは大胆な手段を使いますね」
だが、ヴァンダルーは平気な顔で立っていた。炎に包まれたままで。
「ジーザスッ! 何の魔術だ!?」
「いえ、彼女達に守ってもらっただけです」
「彼女達だぁ!?」
訳が分からない様子のカナタの前で、ヴァンダルーを包んでいた炎が解けて幾つかの女のシルエットを取る。
その女達の顔にカナタは見覚えがあった。
「そいつらはっ! クソっ、聖水なんて被って損したぜ!」
炎で体が出来た女達はハンナを始め、カナタがラムダに転生して殺してきた女達だった。
「そんなアンデッド、オリジンでもこっちでも作ってなかっただろうが!」
「ついさっき出来るように成ったばかりです。とりあえず、【炎霊の抱擁】と名付けましょう」
ヴァンダルーの背後で、同じようにファイアゴースト達に護られていたズランとエレオノーラが姿を現す。
二人の顔には、納得の表情が浮かんでいた。
「この程度なら、ヴァンダルー様の敵じゃないわね」
『全くだな。慌てて損したぜ』
二人が言う様にヴァンダルーとカナタの様子は既に殺し合いと呼べるものではなく、一方的にカナタが追い詰められるばかりになっていた。
「こういう風に出来ます?」
『任せて!』
ヴァンダルーが渡した魔力と意思に従って、ファイアゴースト達が……炎の死霊達がカナタを攻撃する。ある者は炎の槍となって、ある者は蛇の様に這い寄って、またある者は巨大な髑髏に姿を変えて、カナタをその赤黒い炎で焼こうとする。
先ほどヴァンダルーが習得した【死霊魔術】の効果だ。【死霊魔術】と聞けば、今までヴァンダルーがしてきたような、死体を操りゾンビやスケルトンにするような術だと思うかもしれない。しかし、実態は【精霊魔術】に似て非なるスキルだった。
【精霊魔術師】が精霊に魔力と意思を伝えて、通常の属性魔術よりも効率良く術を行使するのと同じで、ヴァンダルーは死霊に魔力と意思を伝えて、術を行使して貰っているのだ。
【死属性魅了】で魅了されたファイアゴースト達は、自分達の仇であるカナタに対して容赦無く攻撃を続ける。
「ほ、炎っ、【風じ――】ぐああああ!? なんで透過出来ねぇっ!?」
最初は避けようとしたカナタだが、炎の槍や蛇や髑髏は全て姿を変えたファイアゴーストだ。避けても逃げても執拗に追ってくる。
堪らず【グングニル】で透過し、風属性魔術で反撃しようとしたが、彼の思惑とは裏腹に赤黒い炎は彼の身を通り過ぎずに包んで焼き始め、悲鳴で呪文の詠唱が途切れてしまう。
「地面っ!」
今度は地面の下に逃げようとするカナタだったが、彼の足は全く沈みこまない。
「な、何でだ!? なんで俺の【グングニル】が発動しねぇっ!?」
「発動してますよ。ただ、貴方のそのグングニルですか? その透過能力で『霊体』が透過できないだけで」
カナタの【グングニル】は、指定した存在全てを透過してしまう能力だ。武器を指定すれば、敵の武器だけではなく、自分が持つ武器も彼の指をすり抜けて落ちてしまう。
それは霊達から聞いた話で大体予想していた。「武器」を指定した時は素手で戦っていたそうだし、他にも例は幾つもある。
だからカナタが透過できない存在をヴァンダルーは使った。それが「霊体」だ。
霊体は人間を初めとした生命体が生きている内から、身体の中に宿っている。それを【グングニル】で透過すると言う事は、カナタにとって肉体から自分の霊と魂を放り捨てるに等しい行為だ。自殺と何も変わらない、本能的に出来る訳が無い。
なので、カナタは本体が燃える霊体であるファイアゴースト達の攻撃を回避できない。そして、この地下墓地にはヴァンダルーの【霊体化】した肉体の一部が壁や床、天井の裏に伸ばされており、【実体化】している。
「ああ、他にも透過できない攻撃は在りますよ。例えば……■■■■■っ!」
口を窄めて、ヴァンダルーは指向性の【叫喚】を放つ。【火属性耐性】や【死属性耐性】で耐えつつ、何とか反撃に転じようと足掻くカナタは、その直撃を受けて悲鳴を上げて耳を抑えた。
「み、耳ガアアアア!」
【精神汚染】でヴァンダルーの【精神侵食】はほぼ防げるが、【叫喚】は魔術では無くただのスキルだ。そのため、ガラスを擦り合わせる様な耳障りな大音声がカナタの聴覚を直撃するのを防げない。
これも【グングニル】の弱点の一つだ。音を透過してしまうと、カナタ自身も呪文を唱えられない。そのため、呪文を唱えるつもりなら、音は透過できない。
「あと、最後の弱点ですが――」
耳から血を流して苦しむカナタに、ヴァンダルーは無警戒に近づいて行く。
「グゥっ、魔力っ!」
焼け爛れた手でナイフを抜いたカナタが、起死回生を狙ってヴァンダルーに向かってそれを投擲する。
ヴァンダルーはそれを無造作に鉤爪で弾き飛ばした。
「あなたがどんな攻撃をしても、狙われた相手の肉体は透過できない。したら、目標を傷つけられませんからね。だから、俺は自分の肉体を使って守れば良い。勿論、鉤爪――」
「鉤爪っ!」
話している途中でカナタが再び投じたナイフを、今度は伸ばした舌で叩き落した。
「鉤爪を指定しても、鉤爪以外で防げば良いだけですし」
「……っ!?」
「まあ、その大きさのナイフでは当たっても死にませんけどね、俺」
スキルレベルが上昇した事で、更に長く伸びる様になった舌をくねらせながら告げると、カナタは今度こそ絶句した。
「まあ、つまるところ……初見殺しのチート能力をひけらかし過ぎたんですよ、お前は。
後、何で武技を使わないんですか? 使えばもうちょっと善戦出来たのに」
ヴァンダルーを殺そうとするその時まで、誰も殺さず【グングニル】も使わずにいれば、ここまで完封される事は無かったろうに。
更に武技を使っていれば、まだヴァンダルーを殺せる可能性は在ったかもしれない。少なくとも、舌でナイフを弾かれたりはしなかった。
心の底から呆れたヴァンダルーはレビアと、カナタの犠牲者達を含めた全てのファイアゴースト達に魔力を渡す。
「このまま舌で刺し殺しても構いませんけど……できますか?」
『はい、皆手伝って!』
赤黒い炎のドレスを大きく広げ、レビアがカナタに迫る。
「ぎっ!?」
瞬く間にレビアの姿が変わり、カナタがそれに縛られる。身体を十字に戒められた彼の足元から、炎の亡者たちが這い上がって行く。
カナタの口から、醜い絶叫が上がった。
「【火刑葬々】……【火属性耐性】を持っているようですが、それが仇に成りましたね。凄く痛くて苦しいでしょう? でもすぐには死ねませんよ」
全身をじわじわと焼かれながら、カナタは「話が違う!」と胸中では絶叫していた。
(何故オリジンで軍の厳しい訓練を受けさせられてきた俺よりこいつは強い!? なんで俺のナイフをあっさり避けられる? 動揺も恐怖もしない!? こいつは二十年オリジンでモルモットをしていただけの奴だぞ!?
それに何が弱体化だ! アンデッドだった時より厄介じゃねぇか、毒も病も効かない身体を手に入れたのに、ここまで相手に成らないなんてよぉ!)
ロドコルテから渡された情報を自分の中の常識だけでヴァンダルーを見切ったつもりになっていたカナタだが、それが間違いだった。
ロドコルテから受け取った情報は、あくまでも彼が手に入れた時点での情報でしかない。しかも、その情報は他人の目を通して得た物だ。解説の無いドキュメンタリー番組を見た程度で、生の情報ではない。
そしてその後もヴァンダルーは成長を続けていたし、ラムダに転生した後はカナタ以上に厳しい経験を重ねている。
それに対してカナタはラムダに転生した後は何の努力もしていない。精々ジョブ無し、通称一般人ジョブのレベルが0から100に上昇したため能力値が若干増えただけだ。
既にカナタの魔力は尽きており、逃げられずただ焼死体に変わるのを待つ以外にない。それでもカナタは自らを省みて反省しようとはしなかった。彼にとって、これは最後ではまだなかったからだ。
「畜生! だが調子に乗んなよ、ネクロフィリア野郎がっ! どうせお前、俺をアンデッドにして情報を吐かせようと思ってんだろう!? ひひ、生憎だったなぁ!」
「……どう言う事ですか?」
「俺達転生者はっ、死んでもアンデッドに成る前に神様の所に行けるのさっ! だからテメェが幾ら俺達を殺しても切りがないぜぇっ、何度でも何度でも神様に転生させてもらってよぉっ、お前を殺してやるからなぁっ!」
カナタはこのまま大人しく死んで報酬を諦めるつもりは無かった。ロドコルテに頼み込んで落ち零れの癖に自分を見下したヴァンダルーに仕返しし、そして今度こそ報酬の安楽な四度目の人生を手に入れるつもりだった。
「今度はもう油断しねぇっ! 一人でお前を相手しようなんて真似も無しだ! 他の奴等と協力してっ、お前を嬲り殺してやるぜぇっ! お前を殺せば、それだけで一生贅沢に暮らせる四度目の人生を神様が約束してくれたからよぉっ、お前の命を誰もが狙う! あの雨宮だって、成瀬だってなぁっ!」
ヴァンダルーの口から出たままになっていた舌が、カナタが喚いている内にだらりと垂れ、口の中に戻って行く。
カナタはそれをヴァンダルーの心が折れた証拠だと思い、身体を焼かれる痛みを忘れる程の喜悦を覚えた。
「覚悟しろぉぉぉっ! お前を殺した後には、お前の周りの女も――かへっ?」
怨嗟の声に紛れかねない小さな濡れた音と、硬質な何かに罅が入る音がした。
「――【舌鋒】」
カナタが見ると、自分の胸板をヴァンダルーの舌が貫いていた。だが、血は出ていない。無意識に【グングニル】を発動していたのかと困惑する彼に、ヴァンダルーは舌を戻して言った。
「今、霊体化した舌で魂を砕きました。舌でするのは初めてだったので、一撃で粉々には出来ませんでしたが深い罅が入ったので、すぐ砕けるでしょう」
「えっ? はっ? た、魂を?」
「つまりお前はここで消滅。死後も、転生も、四度目もありません」
「う、嘘だっ! そんなっ――があ゛ぁっ!?」
初めて顔を青ざめさせ、喚くカナタに身体を炎で焼かれるのとは全く別の痛みが駆け巡る。激痛なのに、何処が痛いのか分からない。
「そんなっ、があああっ! 事っ、神様は、一言も!」
カナタの身体はまだ炎に耐えていたが、『海藤カナタ』を構成する大切な何かに亀裂が走り、広がっていく。
「やっぱり知りませんでしたか。知っていたら、さっきみたいな馬鹿な事言いませんもんね。まあ、言わなくても砕くつもりではありましたけど」
これまで焦ったり引きつったりはしたが、生々しい絶望を浮かべる事の無かったカナタの顔がそれで染まる。
「い、嫌だっ、止めてくれっ、何でだっ、何でそんな酷い事が出来るんだよ!? そんな、もう次が無いなんて……ま、まだやりたい事が沢山あるんだっ! 死にたくねぇっ、助けてくれよっ!」
じわじわと自分が崩れていく恐ろしい感覚に、カナタは絶叫を上げた。そんな彼に、ヴァンダルーは深い溜め息をついた。
「誰だってそうだと思いますよ。お前が殺した人達も、俺が殺した人達も。
人生はリセットできるゲームじゃないんですよ? もっと現実を見るべきでしたね」
四度目は要らないと、ラムダで三度目の人生を懸命に生きているヴァンダルーにとって、カナタの生き方は失笑に値するものだった。
無表情の奥に自分に対する呆れがある事に気がついたカナタは、意識が塗りつぶされる程の怒りを覚えた。
「チクショォォォォォ! テメェも道づれにしてやるっ、落ち零れの糞野郎!」
ゲームみたいだと馬鹿にしていたステータスで、【任意のアクティブスキル】を使用して【限界突破】スキルを5レベルまで習得。
それを使用して、限界を超えたカナタはヴァンダルーに一矢報いようとしたが。
「――あぴゅ」
滑稽な声を口から漏らすと、そのままがっくりと頭を垂らす。そして、まだ心臓は動いているのにピクリとも動かなくなった。
「王女様」
ヴァンダルーが魔力を渡すと、それを使ってレビアはカナタを戒めたままその首を焼き切った。
断面が炭化しているカナタの生首が転がる。
そして経験値が入り一気にレベルが上がった。レビアだけでは無く、伸び悩んでいたヴァンダルーのレベルも。
《【無手時攻撃力強化】、【身体強化(爪舌牙)】スキルを獲得しました!》
《【敏捷強化】、【指揮】、【死霊魔術】、【神殺し】スキルのレベルが上がりました!》
・名前:ヴァンダルー
・種族:ダンピール(ダークエルフ)
・年齢:7歳
・二つ名:【グールキング】 【蝕王】 【魔王の再来】(NEW!) 【忌み名】
・ジョブ:毒手使い
・レベル:100
・ジョブ履歴:死属性魔術師、ゴーレム錬成士、アンデッドテイマー、魂滅士
・能力値
生命力:344
魔力 :379,120,344
力 :188
敏捷 :251
体力 :159
知力 :784
・パッシブスキル
怪力:4Lv(UP!)
高速治癒:6Lv(UP!)
死属性魔術:7Lv(UP!)
状態異常耐性:7Lv
魔術耐性:4Lv(UP!)
闇視
死属性魅了:7Lv
詠唱破棄:4Lv
眷属強化:8Lv
魔力自動回復:6Lv(UP!)
従属強化:4Lv
毒分泌(爪牙舌):4Lv(UP!)
敏捷強化:2Lv(UP!)
身体伸縮(舌):4Lv(UP!)
無手時攻撃力強化:小(NEW!)
身体強化(爪舌牙):1Lv(NEW!)
・アクティブスキル
業血:2Lv(吸血から覚醒!)
限界突破:6Lv
ゴーレム錬成:6Lv
無属性魔術:5Lv
魔術制御:4Lv
霊体:7Lv
大工:4Lv
土木:3Lv
料理:4Lv
錬金術:4Lv
格闘術:5Lv
魂砕き:6Lv
同時発動:5Lv
遠隔操作:6Lv
手術:3Lv
並列思考:5Lv
実体化:4Lv
連携:3Lv
高速思考:3Lv
指揮:2Lv(UP!)
農業:3Lv
服飾:2Lv
投擲術:3Lv
叫喚:3Lv
死霊魔術:2Lv(NEW!)
・ユニークスキル
神殺し:4Lv(UP!)
異形精神:4Lv
精神侵食:3Lv
迷宮建築:4Lv
・呪い
前世経験値持越し不能
既存ジョブ不能
経験値自力取得不能
性根が腐っていても輪廻転生の神からチート能力を得た転生者、そこらの魔物や人間とは比べ物にならない経験値が入ったようだ。
「ヴァンダルー様、後九十九人ね」
『御子にかかっちゃ、チート能力ってのも大した事ねェな。この調子なら、貴族に成るよりも先に全滅出来るんじゃないか?』
『私達も新たな王の手足となって戦います!』
ヴァンダルーから強敵だと聞いていたチートな転生者を一方的に倒した事に皆が沸き立つ中、倒した本人は落ち着いていた。
「いやいや、残り九十九人を殺すとは限りませんよ。もしかしたら、俺と戦うのを嫌がる人も居るかもしれませんし」
「でも、この下衆は……」
「下衆の言う事なんて信用に足りません」
ヴァンダルーはカナタが言った事の内、彼以外の転生者に関する事はあまり信じていなかった。
カナタがオリジンではどんな立場に居て、他の転生者とどんな関係だったのかは知らない。しかし、あの言動から推測すると、中心的な人物だったとは思えない。親しい者が居ても、数人程度だろう。
そして転生者はカナタの消滅とそれを成したのがヴァンダルーである事を今頃、若しくはこれから知る事になるのだが……それで意見を変える者も少なくないのではないだろうか?
(ロドコルテは、【魂砕き】を黙っていた事以外にも俺を舐めて転生者達に伝えていると思う。その場合、俺がカナタを消滅させて勝った事は、他の転生者が考え直す理由には十分だ)
勿論、転生者の中にはカナタの魂を滅ぼしたヴァンダルーを咎める者もいるだろう。カナタがどれだけ非道な事をしていたと訴えても、「それでも同じ人間じゃないか!」と言って聞かない頭にお花畑がありそうな奴も居るかもしれない。
でも全員じゃないはずだ。
「とりあえず、転生者に対しては今までの方針通り対処するとして……でも、皆大人の身体で転生して来たらどうしましょー」
しがらみ完全無しでスタートされたら、これから苦労して手に入れる名誉貴族位と社会的名声で、迂闊に手を出せない環境を作る試みが……。
『いや、無駄にはならねぇんじゃないか? 御子の方が先に偉くなればよ、転生者共が英雄気取りで御子に難癖着けても、周りが御子の味方をしてくれるだろ』
「そうね。凄いスキルを持っていても正体も生まれも分からない謎の人物と社会の名士なら、普通は名士の方を支持するんじゃないかしら」
『え? もうタロスヘイムを治めているのに、これ以上偉くなりたいのですか? 意外と野心家なんですね』
『我々の新たな王は、世に覇を唱えるつもりなのか……っ!』
『道理で神が刺客を送りつけるはずだ』
『既に死した我らだ、この身が王の覇道の礎となるなら本望!』
「待ってー、覇を唱えるつもりも覇道を進むつもりもありません」
盛り上げるレビア王女と、その護衛のゴースト達。とりあえず、彼女達とはもっと話し合う必要があるようだ。
「とりあえず、魔王の血の封印が解けたと騒がれない様にここは潰して、そこに転がっている奴に濡れ衣を着て貰うとして……レビア王女達から奪った宝物がある宝物庫に寄って帰りましょうか」
ヴァンダルー達が城に侵入して魔王の封印を解いた事が判明すると拙いし、だからと言って流石にハートナー公爵城の人間を皆殺しにするのも拙い。
今はこれだけで我慢して置こう。
「じゃあ、明日の夜には飛んでボークス達が向かっているトンネルの近くにある町跡に向かいましょうか」
魔王の血が封印されていた棺と、鞭の残骸も回収し、ヴァンダルー達はハートナー公爵の城を後にしたのだった。
ネット小説対象に参加しました。宜しければ応援お願いします。
2月23日に81話、27日に82話、28日に83話を投稿する予定です。




