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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第四章 ハートナー公爵領編
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七十二話 四度目がいい男

 オリジンの様子を見ていたロドコルテは、小さく呟いた。

『まずは一人』

 海藤カナタが死んだ。彼の死を皮切りに、雨宮寛人が押さえ纏めていた転生者達は動揺し、これから彼の元を去る者も出て来るだろう。


 そしてこれから転生者達も最低でも十数人は、多ければ半分程は命を落とす事だろう。

 ロドコルテは彼らが簡単に死なない様に配慮したが、逆に彼らを無敵にも不死にもしなかった。カナタのように同じ転生者に殺される場合もある。

 少なくとも、オリジンの状況で天寿を全うできなかったのが天宮博人と海藤カナタの二人だけという事には成らないだろう。


「ん……? ここは……畜生っ! 真理め、あいつ俺を本当に殺しやがったな!?」

 ロドコルテの前にやって来たカナタが、気がついて叫び声を上げる。そう言えば彼もここに来た時は叫び声を上げていたなと、ロドコルテは思い出した。


「なぁっ、神様! 頼むよっ、もう一度俺にチャンスをくれ! まだ三十にもなってなかったのに……幾らなんでも短すぎるだろ!?」

 しかし、海藤カナタの方が理性的だったようだ。彼はもう一度自分に命をくれと、ロドコルテに懇願を始めた。

 二度の人生を合わせて四十年以上というのは、そう短くは無いとロドコルテは思うのだが。生まれた直後に死ぬ者や、そもそも生まれる前に死ぬ者もいるのだから。


 それ以前に、カナタがオリジンで殺した人間の中には三十代未満の者も少なくなかったはずだが。死の直前に殺したテロリストも含めて。


「頼むっ! 何でもするから!」

『それには及ばない。君には、既に三度目の人生を生きて貰う事が決まっている』

 そう告げるとともに、ロドコルテはヴァンダルーにしたように一瞬でラムダとそこに転生させるに至った事情を伝える。


 するとカナタは驚いて一瞬硬直したが、すぐにげんなりとした様子でこう言った。

「神様、確かにもう一度チャンスをくれとは言ったけど、もうちょっと別の世界にしてくれないか?」

『ラムダは気に入らないか? 君達が好きな剣と魔術の世界だ。ドラゴンも存在する』

「いや、神様公認で劣等扱いの世界を気に入るはずないだろ。非日常はもうオリジンで十分だよ。それに世界を発展とか、そんな苦労しそうな事したくないし」


『ふむ……君の力を活かせば、王侯貴族の様な暮らしもハーレムも手に入るはずだが、それでも?』

「王侯貴族の様な暮らしったって、電気もネットも無いんだろ? ハーレムにも興味無いね。女遊びは一人につき何回かだけで十分だ」


 ロドコルテの想像以上に海藤カナタは、ラムダへの転生に乗り気ではなかった。尤も、彼に選択権は無く、何をしても彼の転生が覆る事は無いのだが。


「ん? 待てよ、真理もこのラムダに転生するのか?」

 っと、突然声に張りが戻ったが、嫌な予感がする。

『……その通りだが』

「だったら今度は俺があの女を殺してやる! もう油断はしねぇっ、必ず俺の仇を取ってやる!」

 やはりこうなるかと、ロドコルテは呆れた。前世の記憶と人格を持ったままだと、どうしても前世の恨み辛みも付いてきてしまうようだ。


 かと言って、記憶か人格どちらか片方だけでは転生後に精神的に不安定に成るし、両方消してしまっては転生させる意味が無い。恨みに関する記憶だけを消すなんて器用な事は、ロドコルテには難しい。彼は魂の専門家であって、精神の専門家ではない。精神は魂と密接な関係にあるが、似て非なる物なのだ。


 元々、地球で死んだ時に一連の転生をプログラムしたので、今から時間をかけて記憶を換算して消去するような事は出来ないのだが。


 しかし今回は丁度良いかもしれない。ヴァンダルーの時と違って対象が一人だけで、早急に対処しなければならない事案もある。それに、これくらい殺意に溢れている方が依頼もし易いだろう。


『その前に、君には頼みたい事がある』

「何だよ、神様。このブレイバーズで最初の死者カナタ様が、面倒な事以外は何だってしてやるぜ」

『いや、君は転生者の中で最初の死者ではない。天宮博人が最初の死者だ』


「雨宮寛人? あいつ死んだのか!?」

『いや、彼では無い。雨ではなく、天宮だ』

「……そんな奴居たのか?」


 海藤カナタにとって、天宮博人はそんな程度の認識だった。高校ではクラスも違っていたし、天宮博人自身がボッチで空気だったため、記憶に全く残っていなかったのだ。

「あー……そう言えば、転生するのを拒否した奴が二人いて、その内一人が雨宮寛人と似た名前の奴だって話なら聞いた事あるな。あいつの女が暫く荒れてたっけ」


 成瀬成美。クラスの人気者だった彼女は、他のクラスのカナタの記憶にも残っていた。彼女は雨宮を天宮が転生した人物だと思い込んで近づき、その後誤解だと分って一悶着あったようだが、色々あって交際して結婚していた。

 その二人のなれ初めを思い出したカナタは、「似た名前の奴」が天宮博人だと思い至った。


『彼に関する情報を渡そう』

「いや、別に欲しくないってうおわっ!? あいつあのアンデッドだったのかよっ、ジーザス!」

『何かね?』

「いや、あんたじゃない!」


 ロドコルテから再び情報を流し込まれたカナタは、オリジンで自分達が倒した死属性魔術を世界で唯一使えるアンデッドが天宮博人であり、彼が既にラムダに転生している事を知って思わず悲鳴を上げた。

 このままでは自分の仇を取るどころか、自分が仇として殺されてしまうじゃないかと。


「おい、転生を取り消してくれ! 俺一人であの化け物に勝てる訳ないだろ!? せめて他の連中が死んでここに来るまで待てよ!」

 あのアンデッドは、天宮博人はカナタが血相を変えて前言を翻す程規格外の存在だった。


 まず常に魔力と物理エネルギーを無効にする結界を張り巡らせていて、その内側から自分は自由に攻撃してくる。コミックなどでありがちな、自分が攻撃する瞬間は結界に穴が空くなんて事も無しだ。

 しかも周囲には致死性の猛毒や病原菌、カビが常に発生していて、宇宙服でも着なければ真面に近づけない。


 それだけならカナタのチート能力で透過出来るが、他にも逃げ出そうとした警備員が突然発狂して自分の指で眼球を抉りながらゲラゲラ笑いだしたり、研究助手が突然ミイラになったり、命乞いをした女研究者が身体の内側から虫のような物に食い破られたり、正体不明の攻撃手段を幾つも持っていた。何を透過すれば良いのか分からないのでは、カナタの能力ではどうしようもない。

 もう生物の天敵としか言いようがない危険な存在だった。


 なのに自分と同じ実験体にされていた人間が居ると、監禁されている部屋の扉を蹴破り身体に埋め込まれていた制御装置だけ壊して、逃走を助ける奇妙な救助活動をしていた記録も残っていた。


 自分達に望んで殺されたようにしか見えなかったあの行動も合わせて、あのアンデッドには人間性が残っていたのだと解釈されていたが、それは正解だが完全な真実では無かったのだ。

 あのアンデッドは、カナタ達と同じ転生者だったのだ。


『君にはその天宮博人、ラムダではヴァンダルーと名乗る存在を殺して欲しいのだが』

「だから無理だって!」

『今の彼はあのアンデッド化した時よりも弱体化している。君一人でも倒せるはずだ』

「……マジか?」


 そしてロドコルテはカナタに彼が持つ、ヴァンダルーの情報を話した。ただ、輪廻転生システムの事を定命の存在に明らかにする訳にはいかないので、彼が魂を砕く事が出来る事は黙っておいた。殺して欲しい理由は、カナタやそれ以外の転生者を皆殺しにされたら困ると言う事にする。

(それに、魂を砕かれると聞いて再び怖気づいたら困る)

 そんな計算も働いていた。


 一方、完全ではないが概ね事情を聞いてカナタは、そんなロドコルテに「こいつ、馬鹿じゃねぇの?」と印象を改めた。

 ヴァンダルーを呪うとか、自害に追い込むとかそんな面倒な事では無く、オリジンで死んだ時点で何故懐柔しようとしないのか。少なくとも、カナタだったらそうする。


 裕福な家に生まれ変わらせてやるとか、今度こそチート能力を付けるとか、それこそ自分で言っていたハーレムを築けるようにしてやるとか、色々あるだろうに。

 とりあえず、事情は理解した。あまりやる気は湧かないし、ちょっとはヴァンダルーに同情する。しかし、同時にこれはチャンスだと、彼は考えた。


「なあ、そのヴァンダルーを俺が始末してやっても良いが、二つ条件がある」

『条件?』

「当たり前だろ、こっちはあんたのミスの尻拭いをしてやるんだぜ」

『……君自身の身を守る事にもつながるはずだが?』


「別に俺はあいつの前で命乞いしても良いんだぜ。あいつの靴でも足でも舐めながら、俺は何も知らなかったんです、皆あの雨宮寛人と円藤硬弥の言う事に逆らえなかったんです、情報でもなんでもお渡しするのでどうか命だけはお助け下さいってさ。

 そこまでやれば結構許してくれるんじゃねえかな? あいつ優しそうだし」


 自分と同じ実験体の人間は進んで助けていたし、どう考えてもお人好しだろう。そう考えたカナタがそう言うと、実際ロドコルテは暫く沈黙した後、先を促した。


『条件とは?』

「まず、報酬だ。俺がヴァンダルーを首尾良く始末したら、地球かそれに近い科学文明が発展している、魔術も魔物も無い世界に記憶も人格もそのままで転生させてくれ。勿論オリジンは無しで。

 生まれ変わる先は大金持ちで、恵まれた家に。あと、今度は絶世の美男子で頼むぜ」


『四度目の人生を望むのか。そのためにはラムダで死ななければならないが?』

「死ねばいいだけだろ。ヴァンダルーを始末したら、さっさと死ぬさ」


(劣等世界での人生なんざ、全く興味ないね。仕事が終わったらスパッと自害して、後は地球に近い快適な世界に転生して、大金持ちの御曹司をしながら死ぬまで楽しく暮らしてやるよ。他の連中が糞みたいな世界で一生懸命生きてる間ずっとな)


 そんなカナタの思考はロドコルテに筒抜けなのだが、ロドコルテは彼の思考にあまり興味は無いし、それを咎める必要も感じなかった。

 百一人の転生者の内でカナタはオリジンの発展に寄与していない方で、ラムダでもあまり期待出来ないだろうと考えていたからだ。


 戦闘能力しかない捨て札一枚で、厄介な問題を解決できるなら安いものだ。

 それにカナタの求める報酬も、ロドコルテにとっては簡単に叶えられる部類の物だった。


『いいだろう、その報酬を約束しよう。それで、もう一つの条件とは?』

「勿論バックアップだ。まず俺を大人の身体でラムダに転生させろ」

『通常の生まれ変わりではなく?』

「当たり前だ。あんた、俺の仕事が終わるまで、何年待つつもりだよ」


 いくらカナタが戦闘能力、特に対人戦に優れていても体が赤ん坊や幼児では無理がある。動けるようになるまで、親から離れて自由に行動する事を考えると十数年、長ければ十五年から二十年はかかってしまう。

 だが最初から大人の身体ならまだ子供のヴァンダルーに対しても有利だ。面倒な保護者も居ないから、自由に動ける。


 それに劣等世界で十何年も生活するなんて、カナタにとっては避けたい事だった。


『いいだろう。多少力を使うが、不可能ではない』

 上記の優位性を考えても、ロドコルテにとってはある問題があって本来ならやりたくない事だが今回は仕方ないだろう。

「じゃあ、他に毒と病気、後死属性に対する耐性だ。それと、万が一俺がやられてもアンデッドにされない様に俺の魂はすぐ回収してくれ」


『君達転生者の魂は、死後必ず私の元に来るようになっている。天宮博人のアンデッド化は本人の魔術による例外だ。

 毒と病気、死属性については耐性スキルを得られるようにしておこう。死属性についての耐性スキルは本来人間が習得不能であるため、授けられるのは5レベルが限界だが』

「スキル?」

『ラムダには、スキルやジョブが存在し、それらはステータスで確認する事が出来るのだ』


「なんだそりゃ、まるでゲームだな。そんな遊びみたいな事をしてるから発展してないんじゃないの、その世界?」

『……それで、他に必要な物はあるかね?』

「とりあえず、装備だな。銃とナイフと――」

『待て、ラムダの世界に無い物を持ちこむ事は不許可だ』


「マジかよ、スナイパーライフルだけでもダメか?」

『何故許可すると思ったのかね?』

「チッ!」

 遠距離からの狙撃でイージーモードを考えていたカナタは、大きく舌打ちした。しかし、これはロドコルテとしても断るしかない。


 そもそも、そんな事が出来るならとっくに自分で異世界の産物を大量に送り込んでいる。彼が司る力では不可能だから、やらないのだ。

 あくまでもロドコルテは輪廻転生の神でしかない。


「じゃあ、せめて服くらいは良いよな? まさか全裸で転生しろって言うつもりか?」

『……通常なら誰でも生まれて来る時は裸なのだが。分かった、どうにかなる様に調整しよう。

 では、後はヴァンダルーと遭遇する様に運命を――』

「待った! その運命って奴も調整してくれ。なんて言うか、レーダーとかそんな感じにして、思ってもみなかったタイミングで遭遇するなんて事が無いようにしてほしい」


 何と注文の多い事だろうか。そう思いつつも、「分かった」と了承するロドコルテ。実際、その程度の調整なら難しくは無い。

『強い死属性の魔力の主を探査するレーダーと、その持ち主に遭遇する運命。そう調整しよう』

「良し、なら後は問題無い」

 そして、注文も出尽くしたらしい。


『では、これから君をラムダに転生させる。転生後は冒険者ギルドか他のギルドに登録、ジョブに就きレベルを上げて能力値を上げながら、スキルの使い方を学ぶことを薦める』

「だから、そう言う遊びはいいんだって。そんな事しなくても、サクッと始末してやるよ」

 そう言いながら、カナタは転生して行った。




 第二開拓村の人達を前に、ヴァンダルーは用意した品々を前に調理を始めようとしていた。気分は、某三分で出来るクッキングである。

「まず用意するのはゴブリンの肉と、ゴブブ草です。ゴブリンの肉の部位は胸肉でも腿肉でも、心臓でもどこでもいいですが、最低でも一匹分あると良いですね。あ、レバーも大丈夫です。ゴブブ草は、用意したゴブリン肉の半分くらいの重さがあると丁度良いです」


 用意したゴブリン肉とゴブブ草の山を指すと、村人達の何人かはうぇっと呻く。ラムダではオーク等の人型の魔物の肉も食べるが、それでもゴブリンとゴブブ草はゲテモノどころか廃棄物扱いなのでこの反応は仕方ない。

「次に、ゴブブ草を磨り潰します。この際臭くて服に着くとシミになる汁が出るので、汚れないように注意してください。

 今回はこのゴブブ草を磨り潰すため専用の石臼を用意しましたので、それを使います」


 【ゴーレム錬成】で夜の内に作って置いた石臼を陰になっていた場所から持ってくると、今度はどよめきが起こった。それは大人でも運ぶのに苦労する石臼を、ヴァンダルーの様な子供が軽々と持ち上げている事に対しての驚きだったが、ヴァンダルーは石臼がウケたのだと解釈していた。


 ゴリゴリとゴブブ草を磨り潰し、嫌な臭いのする汁が石臼の下に設置してある桶に溜まって行く。


「そしてゴブリンの肉を適当な大きさに切り刻みます。俺は刃物を持っていないので自前の爪を使いますが、ちゃんと綺麗にしたのでご安心を」

 そう言いながら、鉤爪で肉を切り刻む。再びどよめきが起こる。


「肉を切り終わったら、樽の中に肉と汁を入れます。この際、肉が汁にちゃんと浸る様に気を付けましょう。入れ終わったら蓋をして、一日置けば完成です。

 今回は完成した物をご用意しました」


「え? 何時の間に?」

「御使いパワーで用意しました」

 鋭いツッコミを入れて来る村人が居たが、実は【経年】の魔術で一日たった状態にした物ですとは言えないので、強引に誤魔化す。


「これが完成したゴブゴブです。どうぞ、食べてみてください」

 樽を開けて、紫色に変色した肉っぽい物を取り出して皿の上に並べる。それを見た村人達は、思わず後ずさる。紫色の肉を食べろと言われた人の正常な反応である。


「ほ、本当にこれは食べられるのですか?」

「勿論です。一緒に食べましょうか?」

「い、いえっ! 頂きますじゃっ」

 意を決した村長がゴブゴブを一つ掴むと、目をぎゅっと瞑って齧りついた。しかし何度か咀嚼するうちに、眉間の皺が無くなって行く。


「これは……美味くは無いですが、不味くも臭くもありませんのぅ」

 村長がそう言うと、村人達は恐る恐ると言った手つきではあったが、ゴブゴブを口に運ぶ。

「確かに、親父殿の言う通り食べられなくはない味じゃ」

「いや、冬の間食べた木の皮の団子や草のスープに比べればずっとマシじゃないか?」

「そうだな、あれと比べればずっと旨い」


(凄い食生活をしていたんだな)

 ゴブゴブを悪くない、それどころか旨いと言う村人達に、心底同情するヴァンダルー。しかし、彼らが実りの少ない冬の間に食べる代替食……栄養は無いが空腹を紛らわせるために食べる物は、本当にゴブゴブよりも不味いのだ。


「ああ、ゴブリンの肉をただ食べるよりもずっと旨い」

 中には、空腹のあまり退治したゴブリンの肉を食べた村人もいたようだ。不作に喘ぐ彼らは、本当にギリギリの生活をしてきたのだろう。奴隷商人が来ていたら、子供を飢え死にさせるよりはと売っていたかもしれない。


 そんな時に退治しても捨てるしかなかったゴブリンの肉や、ゴブブ草で保存食を作る方法が分かったのだ。栄養価も、肉である以上木の皮よりはずっと高いはず。

 これを喜ばないはずがない。


「えー、今ならヴィダの祠を建立するだけで、石臼と木の樽二十個に加え、ゴブリン肉を汁に漬ける前に塗しておくと出来上がった時に旨味が増す塩が手に入ります。どうでしょうか?」

「喜んで! 我々は女神ヴィダに帰依いたします!」

「いや、帰依まではしなくて良いので――」


「貴重な塩まで頂けるなんて、本当にありがとうございます!」

「うう、領主さまや神官様に遠慮して祠は建てなかったが、以前のようにお祈りはしていました。ヴィダ様に届いていたんですねぇっ」

 同情して、つい通行税代わりに持ち込んでいたタロスヘイム産の海塩も出してしまった。岩塩が残っているし、山賊から小銭も手に入れているので問題無いだろうけれど。


 因みに、村人達の言葉が気になったので尋ねてみると、サウロン領ではアルダよりもヴィダへの信仰が盛んだったらしい。実際開拓村の人達を見ても、一番多いのは人種だしダークエルフは居ないが、獣人や巨人種の村人がそれなりの割合で居る。


 しかし、受け入れてくれたハートナー公爵領では公爵を含めた貴族の殆どがアルダやその従属神を信仰しており、栄えているのはアルダ神殿。そして開拓村で兵士達が建立したのはアルダの祠で、巡教に来るのは第七開拓村にも居たアルダの神官。

 はっきりと禁じられた訳ではないが、圧力を感じて失った故郷の村のようにヴィダや他の神々の祠を建立するのを止めていたらしい。


(また嫌な情報が手に入ってしまった)

 少し気が重くなるが、それ以上に気がかりなのはタロスヘイムから避難してきたはずの第一王女レビアと、彼女と一緒に避難したボークスの娘を含む避難民達だ。


 アルダ教の力が強くなっているこの公爵領で今も生活しているのだろうか?

 それとも、他の公爵領に移住したのか。やはり早く町まで行って調べた方が良いだろう。

(この開拓村の事も気になるけど……村の周りにレムルースを配置しておくか。後、村の近くにストーンゴーレムを何体か埋めておこう。胸にヴィダの聖印を刻めば、村の人達は味方だと思ってくれる……かな?)

 多分大丈夫だろう、きっと。


「やっと追いついたぞ!」

 そしてヴァンダルーがここ数日で大量生産していたレムルースを各開拓村に配置していたら、カシム達と神官の男が駆けつけてきた。第七開拓村に居た彼らが、何故第二開拓村に来たのだろうか?


「まさか全部の開拓村を回るだなんて思わなかった……」

「一度戻ってこいよ、みんな心配してたんだぞ」

 口々にそう言うカシムとフェスター。


「俺達、お前がカインを乗せて飛んで行った次の日の朝に第五開拓村に向かったんだよ」

 同じ元サウロン公爵領の難民仲間の第五開拓村と、村の仲間の命の恩人は無事なのか。カシム達はアルダ神官と四人で第五開拓村に急いだ。


 そこで見たのは、ヴィダの祠を村の何処に建立するか話し合っているカイン達だった。

「その後お前は他の開拓村に飛んで行ったって聞いて、追いかけたら……本当にお前何者なんだ? 凄すぎるだろう」

「そうだ、村じゃお前とカインが途中で落っこちているんじゃないかって心配してたのに、結局全部の開拓村を回っちまった」


「しかも、全部の村で信じられない人助けをしているし。俺達は聖人の後でも追いかけているのかと思ったよ。ねぇ、神官様」

「全くです」


 額に浮いた汗を袖で拭って見せるアルダ神官の顔は、微妙に引きつっていた。薄っぺらい笑顔よりも人間味が感じられた。

「一昨日は共に善行に励みましょうと言いましたが、寧ろ教えを請うた方が良いかもしれません。一体どうやって村人全員の病気を癒し、専門の癒し手でもなければ難しい火傷跡の治療を行い、井戸を瞬く間に掘ったのですか? 他にも、貴方の手から聖なる滴を賜ったお蔭で病気が治ったと言う話も聞きました。どうか教えてください」


 神官にそう問われて、ヴァンダルーは(うわ、凄い事をしたもんだな、俺)と改めて思った。ただ、爪から分泌した点眼薬等の薬を聖なる滴とは話を盛りすぎだと内心思ったが。

 しかし、どう答えたものだろう? 村人達のように「御使いパワーです」で誤魔化されてくれるとは思えないし、だからと言って真実を話すつもりも無い。


 では一部の真実だけ話して、それ以外は秘密のまま押し通そう。

「ちょっと特殊なスキルを持っていまして」

 そう答えると、神官やカシム達が目を見張った。


「特殊なスキルって、もしかしてユニークスキル!?」

 この世界には、ヴァンダルーが持つ【神殺し】の様なユニークスキルが存在する。所謂超能力や特殊な才能のような物で、非常に珍しい。割合的には、一万人に一人程度。

 神官とカシム達は、ヴァンダルーの数々の行いはその固有スキルによるものだと誤解した。


「そ、それはどのようなスキルなのですか!?」

 興奮した様子の神官が身を乗り出して尋ねるが、ヴァンダルーは首を横に振る。

「俺もこれから冒険者として身を立てて行こうとしている身ですので、話す事は出来ません」

「そんな事を言わずに、教えてください! 秘密は守りますから」


「ダメだ、神官様!」

 食い下がる神官を、カシム達が止めた。

「俺達冒険者は身体が資本だ。スキルを無理に聞き出すのは、マナー違反だぜ」

「そうだ、気になるのは分かるけど、皆を助けてくれたヴァンダルーから無理に聞き出すのは仁義に反するって」


 そう、カシム達が言うように冒険者にとって自身のステータスに表示される情報は、そのまま自身の強みであり弱点である。自分から話すなら兎も角、ステータスやスキルを話すよう強要するのは、「お前の弱みを見せろ」と要求しているのに等しい。

 ヴァンダルーはこれから冒険者になる事を明言しているのだから、彼にとってもそれは同じだ。


「それも……そうですね。失礼しました」

 カシム達に制止された神官も、渋々引き下がった。

「いえ、分かって頂ければ十分です」


「しかし、このような事が出来るのなら冒険者に成らずとも、幾らでも仕官の道があると思いますが?」

 ……微妙に未練が見えるのは何故だろう? 巡教の神官が、仕官の斡旋が出来るコネがあるとも思えないのだが。

「そうかもしれませんが、俺はまだ若輩者です。仕官するにしても、まず冒険者になって見聞を広め、経験を積んでからにしようと思っています」

 何処かの貴族や商家に仕えてしまうと、家臣や使用人になってしまうので爵位を得にくいし、都合が悪くなっても簡単には辞められなくなる。


 それは避けたいのだ。


「なるほど、確かに見聞を広めるのは大切ですな。お若いのに考えておられる……」

「ああ、少なくともフェスターよりずっと将来について考えているな」

「何で俺が出て来るんだよ!?」


 一応嘘は言わずに(【死属性魔術】もスキルである事に違いは無い)済んだので、ヴァンダルーは気分良くカシム達と一緒に第七開拓村に一度戻るのだった。




 海藤カナタは、前触れも無く戻ってきた肉体の感覚に深い満足感と感動を覚えた。

 あの時、まるで夢の中のように頼りなかった四肢には力が漲り、生命力に満ちた自身の鼓動を胸の奥に感じる。

 そして瞼を開いた彼は「やったぜ!」と歓声を上げた直後、戦慄きながら叫んだ。


「やっぱり裸じゃねーか!」

ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援お願いします。


2月3日に73話を、4日に74話、7日に75話を投稿予定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 何度読んでいても思う ここでそんな力使うくらいならそれこそ主人公を懐柔するのに力使ってやれよと
[一言] マジであの神ポンコツすぎんか
[気になる点] 普通に面白い。面白いのだけれども、、、、、、、 [一言] 唐突なNTRに脳が破壊されました助けてください。 んぐぅああああぁあああああぁああああああああああああああああぁぁぁあぁああ…
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