五十六話 マヨネーズ会議の結果、戴冠します
主だったメンバーの内ダンジョン攻略等で留守にしている者を除いて、王城のホールにヴァンダルーは集めていた。
確実となったミルグ盾国軍と吸血鬼の侵攻を報告し、これからどうするか相談するため。そしてマヨネーズの試作品を味見してもらうためだ。
『うめぇっ! 滅茶苦茶旨い!』
「我はもう少し刺激を加えるべきだと思う。ワサビを入れてみたらどうだ?」
「そうか、儂はこのままでも行けると思うが……」
「これは……! こんな調味料食べた事ない、ヴァンダルー様、これはどんな料理に使うの!?」
『お゛ぉぉぉぉぉおん!』
「れえろ……あ゛……あ゛あぁぁぁぁっ!」
「えっ? なっ……ひえええええっ!?」
『ああっ! ラピエサージュがタレアさんの口元に付いたマヨネーズを狙って組みついた!』
「見てないで止めて下さいまし!」
『あは♪ 私達が食べられない美味しい物を試食するタレアさんの言う事なんて聞こえません☆』
「いやあああああああっ! この人でなし!」
「仕方ないのぉ、ほれこれをやるから止め――」
「あ゛ぐうぅ。ぢゅずずずずず~っ」
「……坊や、このゾンビ娘、全力で儂の指を吸ってくるのじゃが」
「うーん、やっぱり本人の霊じゃないと知能がほぼ獣並に落ちるなぁ。霊体を追加してもあまり意味が無かったし」
っと、軍の事はさて置いてマヨネーズの試食の方が主題に成っていた。皆食欲には勝てないのだ。
まあ、ラピエサージュは話し合うも何もそこまで頭が良くないのだが。彼女はヴァンダルーの言う事に従う以外は、まんまゾンビで未だに言葉一つ話さない。
骨人の時のように霊体を新たに追加してみたが、効果は全く無かった。やはりあれは骨人が特別だったのか、それとも相応の学習や人生(?)経験値が必要なのだろうか? とりあえず後者だと推測して今は育つのをゆっくり待とう。
ゾンビもスケルトンも、子育てと同じですぐには育たないのだ。
「ラピ、ザディリスの手から口を放して」
「……う゛ぅ」
紫色の唇を開いて、ねっとりと糸を引く青い舌をザディリスの細い灰褐色の指から離すラピエサージュ。ゾンビにした後、何故か彼女の唇や舌の色は変化してしまった。ちゃんと【鮮度維持】の魔術で腐敗は止めているのだが。
「ぬぅ……おもいっきり儂の爪まで舐めおって。麻痺しても知らんぞ」
「彼女、アンデッドですから」
「知っとるわい。思いっきり縫い目が見える」
「ふぅっ、危うくヴァン様の前で同性のゾンビに唇を奪われるところでしたわ」
「油断も隙も無いわね」
慌てて口元を拭うタレアとエレオノーラ。地球のゾンビ物では、ゾンビは視覚が鈍い代わりに嗅覚が鋭いと言う設定の作品がよくあったが、ラムダのゾンビではそうでもない。
特にラピエサージュは頭に人間の物を使っているから、アンデッド化で手に入れた【闇視】以外はほぼ人間の五感そのままだ。だから口元を拭っただけでもうマヨネーズに気が付かない。
それを考えると、地球のゾンビって意外とハイスペックなのかもしれない。
「さて、じゃあそろそろミルグ盾国軍に付いて――」
『皆殺しで決まりだろ。そんな事よりマヨネーズ無いのか?』
「試作品だからもう無いです」
『なにぃっ!? ならもっと作ろうぜ!』
「ヴァンダルーっ、どうやって作るんだ!?」
「待て、そもそも材料が足りなかったら無駄じゃろうが。坊や、何が必要なのじゃ?」
「……作るから話を聞いて」
とりあえず、ラムダ産マヨネーズは好評のようだ。
その後ラピエサージュやクノッヘンを除き、ヴァンダルーも含めて全員がそれぞれマヨネーズを作りながら情報の共有化と、ミルグ盾国軍に対する話し合いが行われたのだった。
これが後に伝わる新生タロスヘイムのマヨネーズ会議である。
ヴァンダルーがマヨネーズを作っている最中に、ミルグ盾国側に繋がるトンネルを塞ぐ岩が破壊され、中から冒険者と吸血鬼が現れた。話している内容から判断すると――
・【悦命の邪神】ヒヒリュシュカカを奉じる吸血鬼達は、帝国や盾国を利用して二百年前のタロスヘイム侵攻と同じ事をしようとしている。
・ヴァンダルーの居場所は、マジックアイテムでエレオノーラの居場所を調べて、そこからタロスヘイムに居ると推測したようだ。
・ただ、タロスヘイムを今から偵察するつもりは今の所無いらしい。以前ヴァンダルー達が戦わずに密林魔境から逃げたので、同じ事が起こる事を警戒していると思われる。
後、偵察の過程でもし死者が出たら、その霊から情報が漏れる事を危険視しているようだ。
「確かに何度か血を取られた覚えはあるけど、まさかそんなマジックアイテムが有ったなんて……」
「まあ、気にせず。真っ直ぐこっちに来てくれる分には好都合です。
それで今は冒険者パーティー四人と、吸血鬼一人が残ってトンネルの出口を守っています。吸血鬼側には戻った吸血鬼が。ミルグ盾国側には、マジックアイテムで連絡したようです」
流石十万年以上生きる原種吸血鬼がトップに居るコミュニティだけあって、エレオノーラも知らない様々なマジックアイテムを所有しているようだ。とは言っても、あのアイテムは明らかに裏切り者の居場所を探り出すための物だから、【悦命の邪神】の教義やビルカインの性格を考えると、似合いのアイテムと言えるだろう。
(ヴァレン……父さんの居場所もあのアイテムで探し出したのか? まあ、それは兎も角……)
「それで、来るのは何時頃に成りそうなのじゃ?」
「具体的にはまだ決まってないようです」
冒険者達の話から推測すると……これからトンネルの安全の確認と出口を守るための冒険者と騎士が来る。それと交代で冒険者達は帰還。それと同時にトンネルの発見とその後の侵攻に付いての軍議をアミッド帝国主導で行う。
その軍議で予算やら動員する兵や騎士の数、何処から出すかを決める。
トンネルの方では「古代の悪霊を退ける為」とかなんとか口実を作って、アルダ神殿の神官達が派遣され聖水を振りまきながら浄化作業を行う予定。実際には【霊媒師】だと推測されているヴァンダルー対策だろう。
そしてアミッド帝国とミルグ盾国連名で今回の遠征について大々的に発表。式典やら祭典やら派手にやって、国民の士気を高める。そしてアミッド帝国でマウビット将軍主役の遠征勝利の前祝のパーティーをして、それから子飼いの騎士団と帝国を出発、傭兵団に扮した吸血鬼達と途中で合流して、同時期にミルグ盾国の方でも参加する兵士と騎士を国中から集めて、式典をして……。
「以上のプロセスを考えると、どんなに急いでも冬に成るかと」
「……人間は急ぐと死ぬのか? 百年も生きないくせに何故我等より気が長いんだ?」
「うーむ、さっさと来ればいいものを」
グールのヴィガロとザディリスには、やたらと途中で入る式典やらパーティーやらが無駄に思えるのだろう。
ヴァンダルーも決起集会的な意味のパーティーならまだしも、式典は無駄に思える。まあ、やらないと騎士や兵士の士気が落ちるのだろうが。
「そういう儀式が好きなものなのですわ、人間って」
「そんな習性と生態の生き物だと思うと楽よ」
っと、元人のタレアとエレオノーラ。
『父さんが、偉い人は偉いように見せないといけないんだって、昔教えてくれました』
まあ、そういう物だ。世襲不可とは言え、貴族に成る事を目指すヴァンダルーも将来的にはそうしなくてはならない問題だが。
『なら、来るのは春だろうぜ。この辺りは冬でも雪が降る事はねぇが、冷えるからな』
ボークスの言う通り、山脈に挟まれたタロスヘイムの冬は寒い。雪が降らないのに、滅茶苦茶寒い。
多分東西どちらかの山脈で雪雲は止まるが、寒気はそのまま山脈を越えて吹き降ろして来るのだろう。
そう言う訳で、冬は行軍するのが厳しい。あのトンネルからタロスヘイムまで、普通に歩いて五日ほどかかる。トンネルを抜けた後は、雪は無いが道が整備されている訳でもないし、向こうはタロスヘイムがある方向は二百年前の記録で解っても、広がった魔境を避けて進む事は不可能なはず。
それを行軍しようと言うのだから、冬に実行したらタロスヘイムに来るまでに軍は大分弱るだろう。
『まあ、連中はこの辺りの気候に明るくねぇだろうが』
「しかし、明るくないからこそ慎重になると思います。吸血鬼達は冬の寒さも平気でしょうが、奴らは今回人間の軍を利用するつもりです。無理矢理冬に動かそうとはしないはず」
「確かに、それをするぐらいなら、最初から人間と組まずに吸血鬼だけで来るわね」
真剣な顔で話しあう一同。ただし、全員片手にハンドミキサーゴーレム、もう片方の手には油が入った容器。それでボウルの中身を掻き混ぜたり加えたりしながらマヨネーズを作っている。
とてもシュール。
「じゃあ、やっぱり春か。あっ、ボークス、油を入れるペースが速い」
流石に夏までグズグズしてはいないだろうから、春だろう。
『う~ん、中々面倒だな』
「旨い物を作るのは面倒な物じゃよ。坊やが何時もやっておるじゃろ」
『まだ自分で食べられないのに私達が作っているんですから、弱音を吐かないでください』
「それで、そのトンネルを守っている冒険者と吸血鬼はどうする? 始末しておくか?」
「それはとても魅力的ですけど、放置で」
放置する理由は幾つかある。まず採算が取れない。冒険者と吸血鬼を数人始末するなり捕まえるなりしても、手に入る情報も意味は無い。
何故なら敵側はこれから遠征軍に投入する戦力を集めるからだ。今の段階でライリーや吸血鬼達が知っているとは思えない。吸血鬼側の戦力も同様だ。見張りをしている様な奴が重要な位置にいるとも思えない。
そもそもライリー達のいるトンネルの入り口に行く事自体がかなり面倒だ。道も何も無い、魔境を幾つも横切らなければならないのはこっちも同じなのだから。
去年ボークス達が一度行って、その道中でかなりの数の魔物を倒しているが一年も経てば他の魔物が縄張りにしているはずだ。それと戦いながらこっそり近づいて襲撃してまた帰って来るのはかなり面倒だ。失敗する可能性も高い。
それに成功しても、敵の警戒心を煽るだけに成るかもしれない。
『魅力的って、誰か居たの?』
「【緑風槍】のライリーって冒険者が。声に聴き覚えがある」
忘れもしない、エブベジアで聞いたハインツの仲間の声だ。ダルシアを捕まえゴルダン高司祭に売り渡して手に入れた金で、彼女が火炙りで殺された日に酒を飲んで供養しようと言った奴の声だ。
それをヴァンダルーが説明すると、皆は顔を強張らせ、ダルシアは心配そうに息子を見つめた。
『ヴァンダルー、今は……』
「はい、今は放置します。別に一人でこっそり殺しに行こうとか、そんな事しないから安心して、母さん」
仇を討ちたい。討たなければ、奴らは何時またこっちを殺しに来るか分からない。
そして可能なら自分の手で殺したいが、無理なら別に良い。
「どうやら奴も遠征に参加するそうなので、戦場で遭遇したらお願いします。でもA級冒険者だから気を付けて」
『ほほぅ、A級か』
「冒険者に我の力がどれくらい通じるか、試してみたい」
『ヂュウゥ、滾りますな』
「そうさな。今の状況で冒険者に遠慮する理由はあるまい」
っと、戦意の高い一同。向こうは明らかに敵で、吸血鬼とも組んでいる。そしてヴァンダルーの仇だ。慈悲も同情も湧く理由が無い。
「ミハエルの再来を自称しているみたいですよ」
『マジか? A級で槍使いねぇ、そいつは益々面白れぇ』
ライリーは特にボークスの殺意を煽ったようだ。それに奴は遠征軍でも目立つ、際立った戦力に成るだろうから倒せば兵士の士気が落ちるだろう。
是非首を持って帰って欲しいものだ。
『ボークスさんも皆も、ヴァンダルーと私のためにありがとう。でも無理はしないでくださいね』
「うむ、もちろんじゃ。ところで坊や、そろそろ出来上がりかの?」
「私のも、そろそろだと思いますわ」
そしてマヨネーズが出来上がり、皆で山菜に塗ったり、ワサビやニンニクや生姜を混ぜて肉にかけたりして、色々試しながら食べて行く。
ギーガ鳥の卵と敗戦花油のマヨネーズは、地球で食べた物よりも味が濃い気がした。
(お好み焼きやたこ焼に合う様な気が……でもドングリ粉の生産が……)
ヴァンダルーにとって、前から準備していた対遠征軍問題よりも食糧関連の方がよっぽど悩ましい事だった。
幸い、イモータルエントから取れるドングリは流水に晒さなくても灰汁が薄く、そのままドングリ粉に出来る。
しかし、イモータルエントの数の関係で一日に作れるドングリ粉の量は、タロスヘイムの現在の人口と比べると十分とは言えない。
(まあ、上手く行けば来年の初夏から夏までには解決の目途が立つか)
「っと、言う訳で当初の予定通り遠征軍を壊滅させ、その後使い捨て用新戦力を補充。その後、ミルグ盾国に大打撃を与えて国力を削り、その後トンネルを破壊します」
『おーっ!』
「……お゛ぉお?」
マヨネーズを舐めていて遅れたラピエサージュも加わって、その場にいた全員で声を合わせたのだった。
何故遠征軍を壊滅させた上に、ミルグ盾国にも大打撃を与えて国力を削らなければならないのか? やはり恨みか? 二百年前の復讐なのか?
それが無いとは言わないが、意外な事に合理的な理由がちゃんとある。
まず基本的に今のタロスヘイムと、ミルグ盾国とその宗主国であるアミッド帝国の間には、互恵関係どころか和平が成り立たない。人間社会、それもアミッド帝国にとって今のタロスヘイムは国ではない。廃墟に住みついただけの危険な魔物の群だ。
規模と危険度が違うだけで、ゴブリンの群と変わりない。
ヴィダの新種族の一種とは言え文明を持つ巨人種の国に、使者も送らず降伏勧告も無く攻め滅ぼし捕虜も獲らずに殺し尽くしたのだ。今更彼らにとってのゴブリンの群と話し合いが成立するとは思えない。
自分達が劣勢に成れば撤退勧告ぐらいは受け入れるだろうが……その後更に数と戦力を増やした遠征軍が派遣されてくる可能性が高い。
様々な工夫や挑戦を続け、困難と挫折にめげずに、何年何十年とかければ現場レベルの話し合いなら望みはあるかもしれない。
しかし、アルダ神殿が大人しくしていると思えないし、アイスエイジの言動から推測すると、帝国が奉じるアルダ神そのものも話が通じるとは思えない。
更に、アミッド帝国とミルグ盾国には中枢のかなり深い所に【悦命の邪神】ヒヒリュシュカカを奉じる吸血鬼達のシンパが居る。そう、遠征軍を派遣させる事が出来るほど中枢深くに。
友好を試みれば、それを利用されるのがオチだ。
そして遠征軍を撃退するだけではなく何故ミルグ盾国本国にまで打撃を与えるのかと言うと、それはこれまでの歴史に学んだからだ。
アミッド帝国は、宗主国と属国の関係を維持する事を重視している。二百年前の侵略もそうだし、そして今回の遠征も、帝国の中枢ではミルグ盾国が最近増してきた国力を削るためのものとされているらしい。
つまり、遠征軍を撃退してもミルグ盾国の国力がまた増せば同じ事が起こる可能性が高いのだ。
逆に、国力が落ち込んでいる間は境界山脈を越えて遠征を行おうなんて言いださない。吸血鬼のシンパが中枢に居ても、アルダ神殿関係者が金切り声を上げても。
アミッド帝国の敵は隣国のオルバウム選王国なのだから。それを無視して遠征を繰り返せば、いずれミルグ盾国だけではなくアミッド帝国その物の国力も落ち、オルバウム選王国との戦争に負けてしまうだろう。
(まあ、吸血鬼はどうにもならないけどトンネルさえ潰せば暫く……今度は数年から長くて十年以上持たせられるだろうし)
ヴァンダルーが発見したミルグ盾国側のトンネルを破壊しなかったのは、あえて通り道を残す事で吸血鬼やミルグ盾国軍が動いた時、すぐに察知するためという理由があった。
吸血鬼達が他に山脈を越えるルートを探し出してしまったら、事前に気が付く事が困難だからだ。
しかし、その理由が満たされた以上トンネルは潰してしまった方が良い。軍が来なくなっても、冒険者が個人的に入り込んで来たら困るからだ。人類未踏の大陸南部と言うフレーズに誘われてA級冒険者パーティーがうろつき始めたら、厄介この上ない。
『っで、坊主。これから戦争に成る訳だよな?』
ボウル一杯のマヨネーズを様々な食べ物に付けて食べて、一心地着いた様子のボークスが不意に口を開いた。
「そりゃあ、そうですね」
向こうにしてみれば魔物の討伐だろうが、こちらから見れば防衛戦争と逆侵攻だ。戦争と言えば、戦争だろう。
『じゃあ、色々な物が必要に成るよな』
「そりゃあ……でも武具はタレアとダタラが十分作ってくれているし、それ以外にも肉や魚は春までの間に備蓄して、ドングリや胡桃、油はイモータルエントから収穫できるし、蜂蜜も大丈夫。水は運河が町の中を流れているし、井戸も幾つかあるし……何かあります?」
このタロスヘイムは周囲にダンジョンがあるため、籠城戦に強い。二百年前もそうだったが、巨人種がアンデッドに成ってヴァンダルーが来てからは益々籠城戦に強くなった。
備蓄は半永久的に保存できるし、そもそも戦力の半数以上がアンデッドとゴーレムだ。グールはちゃんと食べる必要があるが、最悪、敵兵をそのまま食料にしてしまえば問題無い。
運河に毒を流されてもすぐ【消毒】の魔術で毒性を消す事が出来る。今から慌てて集める必要のある物というのは、ヴァンダルーには思い浮かばなかった。
『決まってんだろ、旗頭だ。戦争するには大将が必要だろうが!』
「えー、またその話ですか」
どうやらまだボークスはヴァンダルーをタロスヘイムの王位に就ける事を諦めていなかったらしい。
国家的に破綻している今、ヴァンダルーが王位に就いても何も変わらないと思うのだが。
「ヴァン様、そろそろ観念するべきだと思いますわ」
『そうですよ坊ちゃん、広場の石像も完成したじゃないですか!』
「あれに関しては色々言いたい事が無い訳は無いんですけど……」
王城前の広場に飾られているヴァンダルー像について思い出し、ヴァンダルーは歯切れ悪く言った。
あの石像、出来は良い。流石石工職人達がプライドを持ってやってくれた仕事だと思う。
しかし……石像の方が表情豊かなので微妙にヴァンダルーに見えないのだった。
「だけどヴァンダルー様、オルバウム選王国の人間達もタロスヘイムには来られないのでしょう? ならば懸念する事は無いのでは?」
エレオノーラの言う通り、オルバウム選王国側の山脈にあったトンネルは普通の手段では修復する事は不可能な壊され方をしていた。
この世界の土木技術がどうなっているのかヴァンダルーは知らないが、一流の土属性魔術師が百人規模で働いてもきついのではないだろうか?
【ゴーレム錬成】スキルと二億越えの魔力を持つヴァンダルーでも、修復するには数日はかかりきりになる必要がある。
いっそ、他の場所で一から掘り始めた方が早そうだが……数千年前にトンネルを掘ろうとしたら、地中に生息していた魔物が出てきてトンネルどころか周囲の領地を蹂躙されて、それが切掛けで国が滅んだという逸話が残っている。
教訓は、境界山脈には手を出すな。
「まあ、そうですけど……」
「それにじゃ、向こうから見たら坊やがもうここの王みたいなものじゃろう。坊や、戦争が始まるとして作戦を指揮するのは誰じゃ?」
「ええっと、ボークスやヴィガロやザディリス――」
「それは現場指揮官じゃ。全体を指揮するのは誰じゃ?」
「……俺ですか?」
『それはそうですよ。皆坊ちゃんが言い出した事じゃないですか』
リタが言う通り、遠征軍と吸血鬼への備えから来年春の戦争の流れと作戦は、ヴァンダルーが立てた物だ。勿論皆の意見を聞いたり間違いを指摘されて修正を加えたり、新しく加えたり、取りやめた事もある。しかし、作戦全体を発案したのはヴァンダルーだ。
「それに、タロスヘイムで『誰が長だ?』と聞かれてお前以外の名を出す奴がいるのか? 我はヴァンダルーと答えるぞ」
『ぢゅ。既にこのタロスヘイムは主の存在が不可欠、配給も交換所も主が居なくなれば業務が止まってしまいます』
既に……いや、以前からタロスヘイムで暮らす者達にとって、ヴァンダルーは長だった。グールやブラガ達新種にはグールキングであり、巨人種アンデッド達には神託の御子であり、それ以外のリタやエレオノーラやセメタリービーには主人だ。
そして骨人が指摘した通り、タロスヘイムの日常はヴァンダルーが居なければ回らなくなっている。ゴーレム工場は魔力が切れるまで動き続けるし、鰹節を燻す施設は完成している。今作ったマヨネーズも、手間はかかるが作れる。
しかし味噌や魚醤は彼が居ないと作れないし、昆布は作るのに年単位の時間が必要になる。
それにゴーレムだって数十年程度なら兎も角、永久に動く訳じゃない。
どうやら、何時の間にか名乗りを上げた訳でも意思表明をした訳でも、どちらかと言えば拒否していたのに実際にはタロスヘイムの代表者に成っていたらしいと、ヴァンダルーは思い至った。
(気は進まないけど……まあ、二つ名に成る可能性は『神託の御子』が何時まで経っても二つ名に成らないから大丈夫か。
それに、成っても今更か)
将来冒険者に成って名を上げる予定があるので、ギルド登録時にステータスがばれる場合を考えていたのだが……ふと、今更遅い事に気が付いた。
【死属性魔術】や【死属性魅了】、【精神汚染】に【眷属強化】はまだしも、二つ名の【グールキング】にスキルの【魂砕き】やユニークスキルの【神殺し】と言った、パッと見て異常だと分かるスキルが既にある。
まあ、それを見るのはギルドの受付の人だろう。ギルドマスターといった偉い人が、態々子供のギルド登録をしてくれるとは思えないし。登録した後その町からダッシュで逃げて、活動するのは他の町にすればそう大事には成らないかもしれない。
そう自分を納得させて、ヴァンダルーは言った。
「分かりました。俺、王に成ります」
《【料理】、【遠隔操作】、【従属強化】のレベルが上がりました!》
ネット小説大賞に応募いたしました。良ければ応援よろしくお願いします。
57話は12月9日、58話を10日中に投稿する予定です。




