五十四話 甘噛みされたり植林したりしている間に、近づくよ
「そういう訳でアンデッドが増えました」
『おめでとうございます! 坊ちゃんが虫と恐竜アンデッド以外を作るのは、私達以来ですね』
『わぁ、後輩が出来ると思うと嬉しいです!』
『おぉぉぉおぉん?』
『クノッヘンは作られたと言うより、変化したので違うのでしょう』
因みに、ボーンキマイラの名前はクノッヘンにした。ドイツ語で骨と言う意味である。
『何はともあれ、おめでたいですな』
和やかにサリア達の前で新人(?)のお披露目だ。
ミハエルの仲間の死体のパーツを使って、ヴァンダルーはアンデッドを作る事にした。
本人の霊が無くとも、英雄の仲間の死体と大量の魔力を材料にアンデッドを作れば最初から強い仲間を作れるのではないかと思ったからだ。
まず、ベースに成るのは、一番損傷が少なかった女魔術師の死体だ。そして頭は褐色の肌をした女戦士の物を使用する。幸いサイズはそう違わない。
残っていた下顎を首から角度に気を付けて切断し、女戦士の首をくっつける。
しかし女魔術師の首から下も、見えない部分では骨が砕け散っていたり皮膚と筋肉がズタズタだったりした。ゾンビにする以上内臓は多少潰れていても問題無いだろうが、胃は経験値取得に関わるし、できれば綺麗な状態にしておきたい。
見えない所にも拘るのが、良い作品を作る秘訣だと地球で耳にしたし。
ただ女戦士の肉体もバラバラに成っているので頭部以外の内臓器官は無事な部位が無い。他の死体は言うまでもない。
なので、冒険者ギルド跡に行って魔物の内臓を幾つか調達する事にした。
骨は丈夫なトライホーンの角を【ゴーレム錬成】で加工して、肝臓や腎臓はヒュドラの物を、肺はドラン水宴洞で偶に出現する首長竜の肺を整形してサイズを整える。
そして飛行能力を持つ仲間が欲しかったので、背中には翼竜の翼を付けた。これが地味に大変で、肩甲骨の形を変えたり、オーガから筋肉繊維や筋を取って翼を動かすための器官を追加したりと大手術に成ってしまった。
後尾骶骨から尻尾を生やす事にした。寿命を迎えて亡くなったセメタリービーの毒針と毒腺、そこにヴェノムワイバーンとヒュドラ、鮫喰いイソギンチャクの毒腺も加えて注入する毒を毎回選べるようにする。
そして肘から先と膝から下をオーガの物にする。これで怪力が期待できるのではないだろうか?
後は女魔術師の肉体は身体を支える筋肉が不足していたので女戦士やオーガの物から必要な分を取って、肌も傷や火傷が多い部分は女戦士から取って、最後に材料に使った魔物の魔石を体内に埋め込む。
「そして出来たのが彼女です」
『あ゛ぁ~……』
待機させていた物陰から出て来た女ゾンビ、名付けてラピエサージュだ。確か『継接ぎ』と言う意味だったと思う。オリジンで使われていた言葉だから、細かい意味は異なるかもしれないが。
大人と少女の間にある澄んだ美貌に、成熟した女性らしい曲線と鍛えられた戦士の凛々しさを同居させた胴体。しかし肘から先と膝から下の四肢は人間の頭蓋骨を軽く握り、踏み潰せるオーガの物。
背中には皮膜の翼、腰には蜂の毒針が先端にある蛇のような尻尾、そして全身の肌は縫い目を残し、蒼白と褐色とオーガの暗緑色が混じっていて異様な美しさ、異界の美と言えるものを表現していた。
一見して美しくも妖しい正体不明な女ゾンビと言うしかない物に成っていた。
そしてステータスは以下の通り。
・名前:ラピエサージュ
・ランク:4
・種族:パッチワークゾンビ
・レベル:0
・パッシブスキル
闇視
高速再生:5Lv
猛毒分泌:尻尾:5Lv
物理耐性:3Lv
魔術耐性:3Lv
怪力:1Lv
・アクティブスキル
帯電:2Lv
高速飛行:1Lv
中々のハイスペックだ。内臓にヒュドラの物を使ったからか高い再生能力を持ち、尻尾からは麻痺毒、神経毒、出血毒をそれぞれ分泌して切り替える事が出来る。更に女魔術師と女戦士が持っていたのか、それとも他の要因かは知らないが物理と魔術両方の耐性スキルを獲得。
更にオーガ譲りの【怪力】も1レベルだが手に入った。
意外なのはトライホーンが持っていただろう【帯電】スキルを持っている事だ。あの角を骨に使った事で手に入ったのだろう。迂闊に触れるとビリリと痺れる。
オーガの四肢を一部使ったため、ベースにした女魔術師の本来の身長よりも長身に成ってややバランスも悪そうだが、悪くない出来だろう。
『やっぱり結構ムキムキしてますね。しかもムチムチしてます』
「これでほっそりしていたら、自重で動けなくなるじゃないですか。それに筋肉はパワーです」
『きっとグーバモンとやらも悔しがるでしょうな。名は残っていなくても英雄の仲間達の死体を、坊ちゃんに奪われてしまったのですから!』
「確かに、どんな顔をするか想像すると愉快だ。まだ見た事無いんですけどね、グーバモンの顔」
最初からランク4の即戦力で、多機能。武術系のスキルを持っていないため、これから鍛える必要はあるが実験は大成功だった。
ついでに、将来仇に精神的なダメージを与える事が出来る。
「素晴らしいわ、ヴァンダルー様っ」
エレオノーラも目を感動に潤ませていた。
「既に複数の死体をただ組み合わせるだけでは無く、その機能を引き出せるなんて! 既にグーバモンやテーネシアと同じ事が出来るのよ!」
「なるほど。まだ同じ事なのか……」
流石十万年も生きているだけあって、アンデッド作りでも原種吸血鬼の方が一歩勝っているようだ。きっとヴァンダルーが知らない技法や秘訣を知っているのだろう。
何時に成るか分からないが、魂を砕く前にそれだけは聞き出しておこう。
『う゛ぅ……あ゛ぐ……んぎっ』
「き、貴様! ヴァンダルー様を食べるな!」
『あはは、ラピエサージュったら坊ちゃんに甘えて』
『甘噛みしていますな』
「甘噛みにしてはちょっと痛いような――」
『おぉぉぉおぉん』
「ちょ、クノッヘンは止めて」
あぐあぐとヴァンダルーの腕を甘噛みするラピエサージュに触発されたのか、クノッヘンまで猿や狼の頭で彼をコツコツし始める。
この出来事でヴァンダルーはゾンビの大量生産計画は暫く控えようと思うのだった。フランケンシュタイン博士の二の舞に成らないのは分かったが、量産して全身甘噛みされたら流石に痛い。
【手術スキルを獲得しました!】
ラピエサージュには格闘術の実戦訓練をさせ、他の皆にはオリハルコン装備を配布して行く。
そして【ゴーレム錬成】スキルの経験を積むためと対吸血鬼戦に備えて、例の装置を修理する。ミルグ盾国軍の壊し方が雑だったのと、装置自体は二百年経っても経年劣化していなかった事だろう。
だから幸いレベルの上がった【ゴーレム錬成】で直す事が出来た。これが修理されているなんて吸血鬼は夢にも思わないだろうから、切り札に成る筈だ。
その途中で何度か竜種と戦って、ボークスがストームドラゴンと激戦を、ヴィガロが全身から炎を撒き散らすオーガの変異種、バーストオーガと熱戦を、ザディリスが魔術を習得した木の魔物、グレートトレントと魔術戦を、それぞれ繰り広げた。
素材的にも経験値的にもとても美味しい。ストームドラゴンの刺身はワサビに良く合い、バーストオーガの皮は耐熱耐火に優れた防具に、グレートトレントの木材は良い杖の材料に成った。
そして何よりの収穫はニンニクの原種を発見した事だ。
原種なので臭く、栽培されているものよりもキツイが、そこは死属性魔術で品種改良して行こう。
「口臭を消すためのアイテムも作っておいた方が良いかな。……ミントで口臭グッズを作るよりも【消臭】の魔術を込めたマジックアイテムを作った方が簡単な気がしてきた」
「口臭を消す為だけにマジックアイテムを作るのか?」
『流石に贅沢なんじゃねぇか?』
『坊ちゃん、貴族でもそんなマジックアイテム持っていませんよ』
「贅沢なのか……よし、是非作りましょう」
こうしてヴァンダルーはニンニクの栽培と口臭用マジックアイテムの制作に取り組むのだった。
夏も本番に成った頃、幾つかの出来事があった。
まずニンニクの栽培が超絶好調。準魔境であるタロスヘイムの土壌と、【発酵】で作った肥料が合ったらしく、ニンニクが凄い勢いで育っている。一週間に一回収穫できる程だ。
品種改良の結果、地球で流通している大きさで臭いも抑えた物が出来るようになった。しかし栄養価や有効成分は多分変わらない……っと、思う。魔術で調べた感覚ではそうなのだが、検査機器が無いので断言はできないが。
ニンニクは調味料の一つとして冒険者ギルド跡の新商品に加わり、若干だが魚醤の需要も低くなった。
後、口臭用のマジックアイテムの開発も成功した。形は大きな樽型でそれに水を入れると【消臭】や【殺菌】の効果がある、うがい用の水に変化すると言うアイテムだ。
これを町の広場や各公衆浴場、主だった建物に設置した。人々はここから汲んだ水で食前に手を洗い食後にうがいをするのだ。
次に、ブラガがランク5のブラックゴブリンニンジャにランクアップした。
ヴァンダルーから忍者の事を聞いたブラガは、その話を元に修業をして鍛冶師のダタラにせがんで手裏剣やクナイ、忍者刀っぽい刀を打ってもらい、レベルを上げる事暫く、見事ニンジャの名を持つ魔物にランクアップしたのだ。
これにはヴァンダルーも驚いた。まさか自分のフィクションが多分に混じった知識を聞いたブラガが、ラムダ初のニンジャに成るとは思わなかったからだ。
身体能力の高さと、何より早熟なブラックゴブリンの特性が合わさった結果だろう。
「キング、こんなに跳べるぞ! ニンニン!」
楽しそうにピョンピョンと五メートル以上跳躍するブラガ。その内この世界初の【忍術】スキルを獲得したり、巨大ガマを召喚したり、特撮物のように変身したりするのだろうか? ……話して聞かせたらどれもやってのけそうな気がする。
『俺も負けちゃいられねぇな!』
ブラガの斥候職の師、巨人種アンデッドのズランも何故か燃えている。彼もニンジャ修業をしているそうなので、ラムダで二人目のニンジャが誕生する日も近いかもしれない。
ある日、アヌビスのゼメドやグールに連れられて町の一角に行くと、そこには密林魔境で何度も見た赤ん坊の頭位の大きさの青い果実が生っている木が生えていた。
「キング、コボルの木が生えて来たぞ!」
そう、魔境の中でもコボルトが生息している場所にだけ生えるコボルの木だ。
「この青いのがコボルの実か。初めて見た」
「本当に食べられるの? 凄い青よ」
周囲にコボルトが居らず、コボルの実を初めて見るゼメドやメメディガはその色に戸惑っているようだ。
しかし、明らかにコボルの木が生えたのはアヌビス達が居るからだ。町の中にコボルトが一匹もいない以上、それ以外に考えられない。
まさかアヌビスでもコボルの木が生えて来るとは思わなかった。
「逆に今まで生えてこなかったのは町に比べてアヌビスの数が少なかったのか、偶々か。それとも誰かが遠くまで行ったときに食べたコボルの種が、偶然ここに落ちたからか。
まあ、考えても仕方ないか」
確かなのは、魔境以外で育たないコボルの木がこのタロスヘイムでは育ち、実を食べる事が出来ると言う事だ。
「でもまだ小さいぞ、キング」
「確かに」
しかし、コボルの木はまだ高さ一メートル半ば程で、生っている果実の数も十に届かない程度だ。
これでは少なすぎる。
「うーん、とりあえず魔力を供給してみよう」
魔境で魔物ばかりか普通の植物の成長まで早いのは、土壌が魔力に汚染されているからだ。
なら、意図的にヴァンダルーが土壌に魔力を供給すればコボルの木の成長が促進されるのではないだろうか?
そう考えてヴァンダルーはコボルの木の周りに魔力を大量に垂れ流し、ついでに【発酵】で作った肥料を撒いて置いた。
次の日、コボルの木は高さ三メートルを超えていて何十個も果実を実らせていた。
それだけでは無く、周囲にもコボルの木が生えていた。
これは良いと調子に乗ったヴァンダルーは、別の場所で別の果実を付ける木を栽培する事にした。
第一城壁と第二城壁の間、まだ建物が一つも無いここにドングリや胡桃を含めた幾つもの種子を植えて実験に取り掛かる。
「とりあえず、今日はもう魔力を使わないので二億くらい行きましょうか」
【幽体離脱】して腕を触手状に枝分かれさせて、肉体の方と合わせて地面に【魔力譲渡】。自重せずに朝から昼食を挟んで、夕方まで魔力を注いだ。途中魔力が回復したので、最終的に三億程地面に注いだのではないだろうか。
【遠隔操作】や【同時発動】スキルで一度に使える魔術の数が増えたお蔭だ。
しかし次の日になっても何も変化が無い。
ただ魔力を注いでもダメなのかと思い、二日目は手製の肥料を撒いてから魔力を注いだ。
「これが上手く行けば、毎日色々なフルーツが食べられる。オルバウム選王国に行った時も、珍しい果物や木の種を持ち帰って……このタロスヘイムにフルーツの王国を……フフフフ……」
そして野望を滾らせながらこの日も三億程魔力を注ぐ。
そして次の日、今日こそ木が生えているかなと期待して足を運ぶと、期待以上に木が生えていた。
「おー、我ながら凄い事をしてしまった」
念のために木に生っている果実に毒が無い事を確認したヴァンダルーは、町にとんぼ返りしてこの実験結果を報告した。
「おお、何と素晴らしい! 御子よ、貴方は人々の為荒廃した荒れ地を豊かな森に変えた女神ヴィダの伝説を、このタロスヘイムに再現したのです!
これぞ奇跡! これぞ神威!」
「いやいや、奇跡はまだしも神威じゃないから。俺は人だから」
『でも凄いのは確かね。ヴァンダルーが居れば、砂漠でもすぐに森に出来ちゃいそうだわ』
「母さん、林一つ作るのに二日くらいかかりましたよ」
『それで十分早いわよ。森が一つ出来るまで何百年、何千年とかかるんだから』
宗教的熱狂に猛り狂っているヌアザ程では無かったが、皆に程よく褒めてもらってヴァンダルーは上機嫌だった。
「この花は何の役に立つんだ?」
「敗戦花じゃな。確か、前に坊やがこの木の種から油が取れると言っていたはずじゃ」
今まで纏まった数が無かった椿に似た、花が落ちる様が敗戦した将が首を落される様子を連想させる事から名付けられた敗戦花の木からは、油が取れる。
花が落ちた後に出来る実を蒸して絞ると、燃料や食用に出来る油が手に入るのだ。
住民の殆どが月明かりで十分読書が出来る【暗視】や、暗闇でも昼間と変わらず物が見える【闇視】持ちのタロスヘイムでは照明の需要は無いが、ヴァンダルーは食用油を実は欲していた。
「これで天ぷらや素揚げが、後マヨネーズも……」
ドングリからも油が取れない訳ではないが、気が付くとドングリ粉の方の需要が高くなっていたし、オークや魔物からラードを取るのは、植物から油を搾るよりも手間がかかる。だから今まで実行していなかった料理や調味料の制作に、これからはかかる事が――。
『坊ちゃん、あの木動いてませんか?』
「え? そんな、木が動く訳が無いじゃないですか」
美味しい妄想の翼を広げていたヴァンダルーは、リタが指差した木を見てそう言った。
しかし、言い終ってからふと「あれ? 最初に来た時あんな所に木があったかな?」と首を傾げる。
そのヴァンダルーの前で、木が根を足のように動かしてのっそりと動いた。
「……動きましたね」
「動いたようじゃな」
『ほらっ、だから動いたって言ったじゃないですか!』
「どうやらエントの様じゃが……何処から紛れ込んだのじゃ?」
「まあ、一本ぐらい我にかかればすぐに木材にしてやろう」
念のために切り倒しておくかと、最近戦う木こりと化してきたヴィガロが愛用の斧を構える。
すると、ずずずぅんっと音と立てて、林が蠢いた。
『……いま、見える限り全ての木が動きませんでしたか?』
「もしかして、この林の木、全部エント?」
カチアの言葉は大正解だった。
エント、ランク3の植物系魔物だ。
根を足の代わりに動かし、幹に人間に似た顔がある。力は身体の大きさに比例して大きく、幹は鉄に匹敵する硬度を持つ。木であるため火に弱そうだが、【火属性耐性】スキルを持っているため燃えにくい。
ただ動きは鈍重で、戦闘方法も枝や根を振り回す事しかしない。更に昔話の印象や人間に似た顔がある事から頭が良いと言うイメージがあるが、エントの知能はゴブリンと大差ない。
しかし植物としての特性が色濃く残っているため、自衛以外では余程乾燥して枯れた土地以外では他者に襲い掛かる事は無い。魔境でも不用意に近づいたり、近くで火を焚いたりしない限り安全な、数少ない魔物である。
その若葉は湿布薬の材料に成り、幹は高級木材として取引される。討伐部位は、顔の部分。
因みにその発生原因は長く研究者達を悩ませてきた。主流な学説は『エントの種』が存在し、それが育って大木に成るとエントに成るという説。しかし、現在に至るまでその種の存在を証明できていない。
もう一つの説は、魔境で普通の樹木が魔力に汚染されるとエント化すると言う物だ。この説も今まで高名な魔術師が土壌に魔力を注いで実験したが、遂にエント化する木は無かった。
「それでヴァン、どれくらい魔力を注いだの?」
「確か、昨日は回復しながら注いだので三億くらいです」
「……相変わらず魔力に関しては凄い性能よね、ヴァンって」
前よりも打ち解けた様子で話すカチアは、億と言う単位に溜め息を付いた。最近魔術の修行もしているカチアだが、その魔力はまだ百を超えたくらいだ。
その自分の三百万倍の魔力を、目の前の五歳児は一日で地面に注いだのだ。常識から外れすぎではないだろうか?
「ちょっと分けて欲しいぐらいよね。まあ、時々分けてもらってるけど」
「そうじゃな。高名な魔術師がどれ程の物だったとしても、億はあるまい」
どうやらヴァンダルーの大量の魔力が土壌に注がれ続けた結果、極普通の植物の種が全てエント化してしまったようだ。
これでエント発生の真実が明らかに成った訳だ。
人間社会にそれが発表されるのは、何年も後の事に成りそうだが。
「ところでこれ、大丈夫かな?」
「我等を呼ぶ前に歩き回ったんだろう? なら大丈夫じゃないか?」
『普通に私達が近づいても攻撃してくる様子がありませんな』
「御子よ、【死属性魅了】は如何ですか?」
「うーん……効いているらしいです」
植物系の魔物、それも名前に死とか墓地とか付かないエントに何故【死属性魅了】が効果を及ぼすのか。
不明だが効いているのは否定しようがない。
でも一応鑑定してみると……【ランク:4 名称:イモータルエント 解説:種子の段階から死属性の魔力を大量に浴びて変異したエント。ただし邪悪な性質を持っている訳ではない。あらゆる環境、物理攻撃、魔術攻撃に耐性があり、優れた復元能力を持つ】と言う結果が出た。
つまり、凄く死ににくいエントらしい。
「まあ、戦力と食料源が増えたと言う事で」
とりあえず、今やるべき事は敗戦花油の精製である。早速ゴーレムを作って工業化しよう。
暗い、大きな通路を七人のグループが進んで行く。
ランタンを灯し様々な武装に身を固めた男女の集団は、冒険者が遺跡かダンジョンの攻略中と言った様子だと思うだろう。
それは半分正解だ。
「思った以上に手ごたえが無いな。十万年前に閉ざされた神代の時代の大遺跡って触れ込みの割には」
そう言いながら、槍を持った二十代半ばから後半の男がデーモンを刺し殺す。汚染された魔力が凝り固まり、邪悪な意思を持って魔物化したデーモン系の魔物は、今男が倒した最下級の黒山羊の頭と足を持つレッサーデーモンでも、ランク6の強敵なのだが……。
「雑魚ばかりだ、軽い運動にも成らねぇぜ」
「全くですね、ライリーの兄貴!」
軽装の斥候職らしい小男の追従を受けて、【緑風槍】のライリーは白けていた顔を小さく笑みの形に歪めた。
「仕方ないわ、だって二つ名持ちで今やA級冒険者の貴方に丁度良い相手がそう転がっているはず無いもの」
大きく開いた胸元から胸の谷間が見えている、杖を持っていなければ魔術師では無く情婦だと見られるだろう女の媚びた言葉で、ライリーは更に笑みを深くした。
「お前もそう思うか? フラーク」
「………」
「ああ、そう言えば喋るなって首輪の設定を弄ったんだったか。まあ、いいや」
鉄よりも重く硬い黒鋼の板金鎧を着て兜を被り、小男よりも大きな盾を持った盾職の男、フラークは話しかけられてもライリーに視線一つ向けなかった。しかし彼は気にした様子も無く、くくくと嗤う。
「まあ、仕方ないよなぁ。歴史に残る英雄も、常に派手な活躍をしてたわけじゃない。こんな地味な仕事もしないとな。
特に、マウビット伯爵からの依頼と成ればな」
「流石未来の英雄は言う事が違うぜ!」
「きゃーっ、素敵っ! 惚れ直しちゃうっ☆」
「……」
小さく短いため息を吐いたフラーク以外の二人は、先程よりもあからさまな媚びを浮かべてライリーを賞賛する。
このやり取りだけを見ても彼等が対等な冒険者パーティーではないと分かるが、フラーク達がしている首輪を見ればそれは確実に成る。
三人の首には、黒い硬質な首輪が嵌められていた。彼らはライリーが所有する奴隷なのだ。それも、首輪に刻まれた印から、犯罪奴隷である事が分かる。
借金を返せば解放され一般人に戻れる借金奴隷とは違い、どんな扱いをしても罪に問われず死ぬまで解放されないのが、犯罪奴隷だ。
対等な仲間の筈が無い。彼らは生殺与奪の権利をライリーに握られているのだ。そんな奴隷ばかりでパーティーを組めば、ライリーが調子に乗るのも不自然ではない。
しかし、一行にはライリーとその奴隷以外にも三人の人物がいた。彼らのやり取りに苦笑いを浮かべる、一様に紅い瞳と青白い肌を持つ三人の人種が。
「あんた等もそう思うかい?」
ライリーに話しかけられ、三人の中の一人は苦笑いをやや大きくして答えた。
「……取引が出来てありがたいとは、思っているよ。ライリー殿」
その口元からは、牙が覗いていた。
次話は12月2日投稿予定です。




