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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第二章 沈んだ太陽の都 タロスヘイム編
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五十一話 お前は敵だ

 ドラゴンゴーレムの胴体の罅割れから、氷柱が爆発的な勢いで伸びた。

 ヴァンダルーやエレオノーラは離れていたが、近くに居たヴィガロ達は逃げる間も無く巻き込まれた。

『ガアアアアア!』

『ゲエエエエエ!?』


 氷柱に貫かれた骨狼や骨鳥達の悲鳴が響き、骨や鎧のパーツがヴァンダルーの横にまで転がって来る。

 カンっと音を立てて落ちてきた頭蓋骨と、目があった。

「骨人……他のパーツは?」


『ヂュッ! 下半身が反対側に、右腕は氷に飲み込まれました。他はこの周りに!』

 カタカタと元気に顎と歯を鳴らして骨人が答えた。どうやら、自分からバラバラになって氷柱から脱出したらしい。


「さ、流石アンデッドじゃな」

「自分の不死性に自信が無くなって来るわね」

 安堵しつつも苦笑いを浮かべるザディリスとエレオノーラが改めて見てみると、リタやサリアはパーツが足りないが再結合して立ち上がっていたり、ヴィガロが無傷だったり、ボークスは本当に頭が半分に成ったまま跳ね起きたりと、思いの外損害は少なかったようだ。


「あの氷柱……呪いの氷が内側からドラゴンゴーレムの破片を鎧のように纏って動いている。オリハルコンの欠片が氷柱の表面に含まれているから、俺の【エネルギー奪取】もザディリスの【矢避け】も無効にしてしまう」

 その上、呪いの氷自体がオリハルコンとヴァンダルーの死属性の魔術以外では壊せない特殊な物だ。


 咄嗟にバラバラになって回避した骨人達は兎も角、反射的に氷を受け止めようとした骨猿や骨熊は一溜りも無かっただろう。

『ゲエエエ……』

 足が一本無い骨鳥が、悲しげに鳴く。ヴァンダルーの目には、紅い骨猿の大腿骨から色が抜け、元の白に戻るのが見えた。


『主……っ!』

「分かってる」

 右手を【霊体化】して、骨猿、骨熊、骨狼の霊に接続して魔力を注ぎ、傷ついた霊体を維持する。オリハルコンのせいで霊体が傷つき、修復は可能だがすぐに戦線復帰するのは難しい。


「無事か!?」

『チィ! 色男が台無しだぜ!』

 ヴィガロとボークスは、手に柄以外は辛うじて武器の形をしているだけの粗製とは言え、オリハルコンの武器を持っていた。

 彼らはそれで自分に迫るオリハルコンが混じった氷柱を迎撃し、身を守ったのだ。


 なのにヴィガロが無傷なのに対して、ボークスが骨だけに成った頭の右半分を砕かれたのかと言うと……。

『おらよ、リタの嬢ちゃん』

『ありがとうございます』

 リタのビキニアーマーのブラの部分のパーツを咄嗟に掴んだからだった。


『皆の前で胸が裸のまま戦うのは恥ずかしいなって思ってたんですよー』

『胸って……何もネェじゃねぇか』

 鎧以外は相変わらず靄のような霊体だけのリタに、何処となくがっかりした様子のボークスがそう言うが彼女は取り合うつもりは無いらしい。


『父さんみたいに【霊体】スキルのレベルが上がれば見える様になります。坊ちゃん、これからどうしますか?』

「そうですね……この状況を説明できる人はいますか?」

「推測なら」

 爆発的に伸びた後は、一転してギシギシミヂミヂと氷が軋む音を立てながら蠢く氷とゴーレムが混じった物の一点を指差して、エレオノーラが口を開く。


 彼女が指差したのは、変わらずドラゴンゴーレムの胸部に突き刺さったままの魔槍だった。

「多分、あの魔槍、アイスエイジが暴走しているのよ。きっと、機能を停止したドラゴンゴーレムの核から魔力を得て、あの氷を発生させたのね。まさか防衛機能が生きているだけじゃなく、こんな真似まで出来るなんて」

 つまり、全部ミハエルが悪いらしい。


「じゃあ、これからどうなるか分ります?」

「あの魔槍が何で暴走しているのか、何故ゴーレムの核から魔力を得られるのかも分からないけど、無目的に暴走しているなら、魔力が無くなるまで滅茶苦茶に暴れまわるでしょうね。手当たり次第に」

「なるほど、手当たり次第に」


 壁も床も、もしかしたら扉の向こうの蘇生装置まで。


 頭の無い、足に所々オリハルコンが生えた氷のタコかイカのような形に変わりつつあるドラゴンゴーレム……魔槍アイスエイジは、そんな嫌な予感をあっさり超えた。

 真っ直ぐ真後ろに向かって、蘇生装置に向かって動き出したのだ。


「あの腐れ槍を止めます」

 もうそれ以外の選択肢は無くなった。態勢を立て直して出直してきても、蘇生装置が破壊されたら意味が無い。


『おおっ! 任せとけ!』

 粗製オリハルコン武器を持って、ボークスとヴィガロが走る。氷が呪いの氷である以上、アイスエイジに有効打を与えられるのは彼等か、ヴァンダルーだけだからだ。


 そして二人の攻撃は面白いように当たる。氷の脚は、避ける素振りも見せず砕けて破片を撒き散らした。

 だが、幾ら砕かれても氷が減らない。

「ヌウウウ! きりが無い!」

『魔力だっ! ゴーレムの核の魔力がある限り、あの槍が氷を増やしやがる!』


 アイスエイジの氷はゴーレムの様な身体でも無いため、幾ら砕かれてもアイスエイジ本体に被害は無い。手足の代わりに使っているため砕かれればその分移動が遅くなるが、それでは文字通り時間稼ぎ以上の意味は無い。

 ヴァンダルーも床をゴーレムにして止めようとするが、氷はそれを易々と踏み潰しゆっくりと、しかし確実に進んで行く。


『なら槍そのものを圧し折ってやるっ! 【即応】!』

 ボークスがその巨体からは想像しがたい速さで氷の脚を駆け上がり、アイスエイジ本体に間合いを詰める。

 しかし彼が剣の間合いにアイスエイジを納める前に、無数の氷柱が生え、射出された。


『クソ! 槍の近くの氷は糞速いぞ!』

 一発一発が一抱えほどもある氷柱のマシンガンに、流石のボークスも脚を止め下がるしかない。

 だが、精製した直後に打ちだされるため、オリハルコンの欠片が含まれていない。だから、氷柱だけなら別に当たってもゾンビであるボークスには痛手では無い。

 しかし、槍から射出された氷柱も暫くはアイスエイジの支配下にあるようで、剣で弾いた氷が不気味に蠢くのに彼は気が付いていた。


 氷柱に当たった後その場に縫い留められたら、ヴァンダルーに氷を融かしてもらうまで動きが取れなくなってしまう。


『畜生! 持ち主だけじゃなくて槍まで俺じゃあ勝てねぇってのか!』

「ヴァンダルーっ、手が足りない!」

 ボークスは吠えながらも諦めずに機会を伺い、ヴィガロは槍から離れた足を砕き続けて時間を稼ぐ。二人とも、魔力切れを狙っているのだろう。


 しかし、アイスエイジから氷が発生する勢いが衰える様子は無い。


「見てられないわねっ」

 大きなオリハルコンの破片を持って、エレオノーラが飛び出して行った。

『リタっ、私達も!』

 落ちていたオリハルコンの破片の内、比較的マシな形をしていた破片を掴んでサリアとリタもそれを追う。


 そしてその破片でアイスエイジの脚を攻撃し始めた。あの破片の形状では武技はとても使えないが、都合が良い事に二人ともかなりの腕力の持ち主だ。力任せにオリハルコンを叩きつければ、十分氷を砕ける。


 エレオノーラは大きな破片を盾代わりにして、ボークスの援護に回った。氷柱の弾丸を引き受けて、少しでもチャンスを得ようと。

『ゲエエエ!』

 片足の無い骨鳥すら、霊体の羽を射出し続けている。氷を砕けないのは解っているが、少しでも時間を稼ごうとしているのだ。


 全員ヴァンダルーが蘇生装置を手に入れるために、懸命に戦っている。だが、ヴァンダルーはこれ以上何もできそうにない。

 既に魔術を同時に六つ維持している。

 アイスエイジの足元のゴーレム化は効果が無きに等しかったので止めたが二振りのオリハルコンの粗製武器の維持、そして右手の【霊体化】と骨猿達の霊の保護で六つだ。


 【同時発動】スキルがあっても、限度を超えている。もう【限界突破】は起動済みで、【高速治癒】も稼働中。その上ザディリスが光属性の治癒魔術を唱えてくれているが、それでも脳が沸騰しそうだ。

 大きな湖があっても、一度に汲める水の量は手に持った桶の分だけ。それと同じでどんなに大量の魔力を持っていても、一度に唱えられる魔術の量は限られる。


(どうすれば良い?)

 今行われているのは、殺し合いじゃない。今のままなら、誰も死なない。蘇生装置が破壊されるだけだ。

 あの槍には、明らかに何らかの意図があって動いている。暴走しているのなら、蘇生装置があるだろう場所に一直線に向かっていくのは不自然だ。


 あれは【氷神槍】のミハエルが携えた、水と知識の女神ペリアに仕えた氷の神が勇者のために鍛えた魔槍だ。間違いなく伝説級、もしかしたら神話級のアーティファクトかもしれない。

 なら独自の意思を持っていても不思議はない。そしてその意思は、ミハエルを……勇者ベルウッドや法命神アルダの正義を是とする物だろう。


 何時発展するとも知れないこの世界独自の文化文明のために、異世界の物を認めず今ある繁栄を否定し破壊する勇者。

 自らの敷いた法に背く命を認めず、十万年以上経っていてもヴィダの種族に差別的な教えを是とする神。

 それらを大義に巨人種の国に止めを刺した国の英雄。


 その英雄の魔槍が狂ったように暴れながら、ヴァンダルーが求める蘇生装置を壊そうとしている。

 彼らの主張は、一理あるだろう。完全に間違っているとは言えない。

 では自分達は間違っているのか? 殺された母親を生き返そうとするのは、一理も無く害悪なのか?


 違うだろう。怪我人を癒す、病人を治す、何時か例外無く死ぬ生き物の命を長らえさせるのが良い行いなのに、何故死者の蘇生だけが悪なのか。


(でも奴らは認めない。なら勝つしかない。どうすれば勝てる? 俺には魔力がある。魔力があるのに、このままじゃ勝てない。脳が足りない、脳細胞が少なすぎる。どうすれば良い?)


「坊やっ、もう限界じゃ!」

 ザディリスが悲痛な声を上げる。もう限界、もう無理、もう負けるのを、取り戻す希望を奪われるのを見ているしかない?


 方法は、一応は在る。骨猿達の霊を諦める、すると脳にかかる負担が少なくなる。

 でもダメだ。蘇生装置は取り戻す希望だ、それを手に入れるのにまた失ってどうする。骨猿達は、最初はただの手足だった。だがここまで育てた大事な駒だ。骨は幾ら壊れても変えられるが、霊は替えが無い。


(そうだ、霊は――ああ、なんだ。脳があるじゃないか)

 はっと気が付いたヴァンダルーは、ずるりと分裂した。

「ぼっ――!?」

 少なくとも、ザディリスにはそう見えた。しかし、そうではないと直ぐに気が付いた。


「霊体!?」

 そう、ヴァンダルーは肉体から抜け出た……幽体離脱したのだ。

 普通なら魂の無い肉体は朽木のように倒れ動く事は無い。しかし、ヴァンダルーの肉体は魔術を行使し続けている。


 ヴァンダルーが習得した【遠隔操作】スキルで、霊体のヴァンダルーが肉体のヴァンダルーを操作しているのだ。

『これで脳が二つ。ザディリスは俺の肉体の方をお願いします』

「う、うむっ、任せるのじゃ」

 霊体と肉体両方からの声にはっとしてザディリスが回復魔術に集中する。


 これでギリギリ維持していた六つの魔術を、三つずつに分けられる。だがまだ足りない。あの見苦しく悶える神が作った棒切れを止めるには、もっと必要だ。

 しかしこれ以上どうすれば良いだろうか?


(脳が……ん? 今の俺は霊体だ。じゃあ、形に拘る意味があるのか?)

 肉体の方を見ると、【霊体化】した右腕が三つに枝分かれして傷ついた骨猿達の霊体を維持するために、魔力を供給している。


 肉体を【霊体化】させた場合は、今の右腕のように自由に形を変えられる。なら、完全に霊体だけに成った今形を変えられない訳が無い。

 ずるりと、視界が増えた。

 【霊体】スキルで霊体を操って、頭が首からずれて二つに成った。これで脳が三つ。


 まだ足りない。ずるりと、更に増やす。これで脳が五つ。

 増えた脳で、ゴーレムを作る。作る、創る、造る。作ったゴーレムに、オリハルコンの欠片を取り込ませる。

 要はあの棒切れと同じだ。氷では無く床や壁で作ったゴーレムにオリハルコンを混ぜて、武器にする。


『うおおおおおおおおおん』

 身体から黒い金属片が突き出た石人形が、氷のタコに次々と体当たりして行く。

『坊ちゃんっ!? 何ですその姿は! 頭がいっぱいあるし二人に成ってる!?』

「我は何も見ていないぞーっ!」

「ああっ! なんて悍ましくも美しいの!」


『皆、主の姿に構わず戦うのです!』

『テメェら口より手を動かさねぇか!!』


 壁を無くし床に穴を空ける勢いで次から次に現れる援軍のゴーレムに、驚いて視線を走らせるとヴァンダルーが二人に増えて、しかも片方が異形に成っていた。

 それに驚き……何故かエレオノーラは瞳に畏怖と感動を浮かべたが、ヴァンダルーの足元に転がる骨人の声と、ボークスの叱責で我に返って氷を破壊する作業に戻る。


 そう、既に作業だ。

 魔槍は確かに伝説級以上のアーティファクトだ。しかし、本来なら自立して戦闘を行う力は無い。ドラゴンゴーレムの核に込められた、莫大な魔力を何らかの方法で得て氷を産み出し操って、無理矢理足掻いているだけだ。

 だから呪いの氷の動きは鈍く、硬い。もしオリハルコンでなくても砕ける普通の氷だったら、一分と持たずにボークス達だけで砕きつくされて終わっていた。


 そしてその呪いの氷も、無数のオリハルコン片付けゴーレムに集られ、ヴィガロやリタ達に砕かれ、その上にヴァンダルーの死属性魔術を直接溶かして行く。ボークス達を退けるどころか、氷の弾丸の生成を止めても氷の維持が出来なくなって行く。


『忌々しいぜ! この糞槍が!』

 そして抵抗虚しくボークスに刺さっていた胸部から弾き飛ばされ、回転しながら床に落ちた。その瞬間、氷は動きを止めた。


 終わったかと、ヴァンダルーはすっと肉体に戻った。その瞬間減った視界の数に眩暈を覚えるが、ザディリスのお蔭で膝を着かずに済んだ。

「とと……助かりましたけど、何でこんなガッチリ俺の頭を抱えてるんですか?」

「いや、こっちの頭まで増えたら大変じゃろうなと思ったのじゃ」

 ザディリスは彼の頭部を、左右の腕で抱きかかえるようにして抑えていた。霊体の頭部分裂は衝撃が強かったらしい。


 腕を【霊体化】して触手状に枝分かれさせる事は、今までも頻繁にしていたのだが。やはり腕と頭部ではインパクトが違うのか。

「それよりも、まず骨熊達の身体を用意しないと」

 本当は蘇生装置に今すぐ飛びつきたい。しかし、それは最後で良い。


 まずは骨熊達の復活が先だ。霊体の傷は身体に入れてから直せばそれで良い。大した手間でもなければ、時間がかかる訳じゃない。

『グルルル』

『ガルルル』

 しかし、元通りにしようとすると骨猿達には異議が出た。


 自分達のせいでヴァンダルーに負担をかけた、それは弱いからだ。だから、もっと強くなるために元には戻りたくないと言う。

『ゲエエエエ』

 骨鳥も同意見で、骨猿達と混じるつもりらしい。


「……可能だとは思いますけど、それで良いんですか? 一度なったら、戻れるか分りませんよ」

『ガアアアア』

 既に生前の形を失い、骨の形をしている骨狼達の霊と骨鳥は頷いた。


 彼らは元々彷徨っていた雑多な動物や蟲の霊だ。生前の形は覚えておらず、そもそもアンデッド化するまでの記憶もほぼ無い。そんな彼らが重視するのは、身体を与えたヴァンダルーへの忠誠だ。寿命も無く、捕食も生殖も必要無い、本能の楔の無い不死者なのだから。


「分りました」

 骨鳥の身体から霊が抜け、骨猿達の霊が形を失い、混ざり合う。

 そして散らばっていた骨熊達の骨の欠片がガラガラと転がりながら一つの場所に集まる。

 そして混ざり合って形を失った霊体がそこに入った。


『お゛ぉぉぉぉぉおぉぉぉん』

 咆哮を上げながら誕生したのは、骨の怪物だった。別のパズルのピース同士を無理矢理くっつけたような造形で、熊と猿と狼と鳥の骨が入り混じっている。

 良く言えば骨の合成獣キマイラだ。日本人なら、骨だけのぬえだと思うかもしれない。


「これはボーンキマイラか。複数の動物や人間、魔物の骨が一つの怨念に囚われて生まれると言う……儂も初めて見た。

 骨鳥、骨猿、骨狼、骨熊、骨人。見事な忠義じゃ」


『あの……私はここに居るのですが』

「あ、そうじゃったな」

 骨人はまだ頭蓋骨だけで転がっていた。魔槍の暴走が終わったので、徐々に集まりつつあるが。


「骨人、足りない骨があったら言ってくださいね」

『御意』

 ボーンキマイラを連れて、ヴァンダルーは床に転がる魔槍に向かった。


「ヴァンダルー様っ、その槍に近づくのは危険よっ!」

 エレオノーラが止めるが、大丈夫と手を振って応える。

 流石アーティファクトと言うべきか、傷一つない魔槍をどす黒い死属性の魔力で包み、その上で触れる。


『私に触れるな!』

 すると、頭に声が響いた。この魔槍には、想像していたよりもはっきりとした自我を持っているようだ。知識と意思を持つ武器、インテリジェンス・ウェポンと言う物だろうか?

『汚らわしいダンピールよ! 貴様がどんな目的を持っているかは知らんが、必ずやその忌むべき命はミハエルを継ぐ次代の我が所有者によって砕かれるだろう! 精々束の間の勝利に酔うがいい!』


「ああ、そう言うの要らないので事情的な物を聞かせてもらえますか? そもそも、貴方はアルダじゃなくてペリアに仕える氷の神が作った槍ですよね?」

 氷の魔槍アイスエイジの罵倒やら詰りやらが混じった声から推測したところ、氷の神ユペオンはヴィダと交わり人魚の片親となった海の神トリスタンとは違い、アルダと勇者ベルウッド側に近い考え方を持っていたらしい。


 そのユペオンに創られたアーティファクトのアイスエイジも、その意思に同調した。そして二百年以上前に勇者に代わる所有者として認めたのが、【氷神槍】のミハエルだ。彼は敬虔なアルダ信者で、アミッド帝国とミルグ盾国の正義を心から信じる英雄だった。


 しかし女神の作ったドラゴンゴーレムにあと一歩の所で敗退し、アイスエイジはゴーレムの胸に突き刺さったまま所有者の手を離れてしまった。

 そして彼はミハエルが戻って来ない間、不完全とは言え喪われた命は戻らないと言う世界の秩序を乱す蘇生装置に誰も触れられないよう、自らが創り出す呪いの氷で封印する事にした。


 本来ならアーティファクトと言えど所有者も無く出来る事ではないが、必要な魔力は偶然穂先が僅かに届いたドラゴンゴーレムの核から調達する事が出来た。壁を何重に作り、ミハエル以外通れない様にしたのだ。

 ザンディアの手首を撒き込んで凍った壁は、ミハエルではなくアイスエイジが行った物だったのだ。


『だが、現れたのはミハエルでもその意思を継ぐ者でも無く貴様等だった。不浄なる二匹の不死者を従えた、命を弄ぶ傲慢なる者! 無念だ、後一歩で貴様の野望を完全に潰えさせることが出来た物を!』

「それは――何だって?」

 それは残念でしたね。そのアイスエイジの叫びを聞いて、ヴァンダルーはそう言おうとした。しかし、その奇妙な言葉に引っかかった。


(二匹……二匹って言った。今日来た時はリタやサリアを除いても、ボークスに骨人に骨熊……六だ。こいつはアンデッドを人型と動物型で数え方を変えたりしないだろう。

 なら何故二匹? ここに始めて来た時、ボークスとヌアザと俺の三人だった。それか)


 この魔槍の五感がどうなっているのかは分からないが、ドラゴンゴーレムの胸部に突き刺さっている間も働いていたらしい。

 確かに、考えてみれば当然か。アイスエイジは二百年前、その状態で広間の入り口や、ここから離れた廊下、そして地下への入り口に呪いの氷で壁を作っていたのだから。


 約二年前にヴァンダルー達が一度ここまで来た事に気が付いても不思議はない。

(なら、それから今までこいつは何をしていた? ミハエルを継ぐ者では無く、アンデッドを連れた呪いの氷を溶かせるダンピールが現れた後、一年以上こいつは何をしていた!?)

「ヴァンダルー、さっきからどうした? その槍と話でもしてるのか? おいっ?」

『坊ちゃんっ、どうしたんですか!?』


 ヴィガロ達に声をかけられたのにも気が付かず、ヴァンダルーは走り出していた。ドラゴンゴーレムが守っていた扉に向かって。

 壁と同じ材質で作られた見分けがつきにくい扉は、ヴァンダルーが近づくと自動ドアのように開いた。番人であるゴーレムが敗れたら開くようになっていたのだろう。


「っ!」

 扉の向こうには、正体不明のガラスに似た大きな筒や、魔術陣、解読不能の文字がびっしり刻まれたモノリス、地球の薄型テレビに似た物等があった。

 それらの全てが、でたらめに生えた氷柱が刺さり、傷つけられ、壊れていた。


『ふっ……ふははははははははっ! どうやら上手く行ったようだ! ゴーレムの核から魔力は得られるが、その代わりに我は動けなかったのでな、離れた空間に氷を生じさせても装置を壊せたか確信が無かったが、これならば安心だ!

 ダンピールよ! 貴様の邪悪な企みは潰えたのだ!』


 耳障りなアイスエイジの哄笑が、ヴァンダルーの意識に醜く響く。背後では、ボーンキマイラが哀しげに鳴き、ヴィガロ達も立ち尽くしていた。

 そしてヴァンダルーは、見開いた瞳をそのままアイスエイジに向けた。

(壊れたら直せば良い、それが無理なら他の手段を探せば良い。母さんの蘇生を諦める事は、無い。

だけど、その前に処理しなければならない)


『我を破壊するか、ダンピールよ。確かに神々にしか許されないオリハルコンの操作すら行う、不遜な貴様なら可能だろう。

 だが意味の無い事だ。我は氷の神ユペオンに創られしアーティファクト、我はユペオンの分身に等しい。例えこの槍が破壊されても我が意思はユペオンの元に戻り、そしていつか再びミハエルの様な大英雄と共に貴様の前に立ちはだかり、今度こそ汚らわしい不死者諸共その邪悪な命脈を断ってくれる!』


 自分が絶対的に正しいと確信している、醜い声に吐き気がする。

「一応聞いておきますが、本気ですか?」

 だが念のため、確認を取るために聴いておいた。

『無論だ! 後悔するならばその呪われた生まれを――』

「じゃあ、滅ぼしますね」


 霊体化した指を、ずぶりと魔槍に突き入れた。オリハルコンの抵抗と、それを無理矢理破る事で生じる激痛、生皮を剥しながら露わに成った肉と骨をヤスリで削られるような痛みを感じる。

『がうあえあぎうう゛ぁあああああ!?』

 アイスエイジの声が、一転してノイズのように乱れる。それが痛みを忘れるほど耳に心地良い。


「偉い神様の分身だそうですが、俺達の正真正銘敵で、存在する限り全力で情けも一片の例外も無く俺達を貶し否定してやると言われたら、こうするしかない」

 アイスエイジはヴァンダルーが何故蘇生装置を手に入れようとしたのかを、知らないかも知れない。しかし、関係無い。


 その場合、アイスエイジは何も知らないのに『邪悪な目的』と言い切った事に成る。だとしたら、こいつにとってダンピールは完全な悪、百害あって一利も無い害虫より下の存在で、そんな存在の目的は調べるまでも無く邪悪だと思っているという事だ。


 そりゃあそうだろう、ミハエルのした事をこの魔槍は是としているのだから。

 山脈を隔てて、ただ繁栄していた巨人種の国に宗主国の言いなりに成って攻め込んだ祖国を良しとして参加し、巨人種の国に止めを刺した英雄を。


 そしてその英雄が殺したせいでアンデッドに成った者達を、汚らわしいと言うのだから。

 魔槍アイスエイジは、存在する限りヴァンダルー達が何をしようと悪と断じて罵り、虎視眈々と穂先で臓腑を抉る機会を狙い続ける。そう言う存在だ。


「そんな奴を野放しにしたら、落ち着いて母さんを生き返す方法を探せないし、将来幸福に成る事も出来やしない。

 ああ、あった。神様の分身と言うからあるだろうなと思ったけど、良かった。俺でも無い物は滅ぼせないから」

『ぎべぺぺぺぴぶげぎぎぎぎい゛ーっ! ぎっ、様っ、神を敵に――』

「いや、俺達が何をしようと俺達は神の敵なのでしょう? だったら何をしても良いじゃないですか」

 自分達から交渉や休戦、和解や融和の機会を潰して置いて何を言っているのだろうか?


 まさかこれだけの事をしてあれだけの事を言って、覚悟も無く自分は無事で済むなんて思い込んでいたのだろうか? だとしたらその神経の太さだけは羨ましい。自分にはとても無理だ。


「無理だと思いますが、ユペオンに伝えてください。お前は敵だと」

『ぎっ、がっ、ミ、みハえエぇ――』

 パキィィィィイィン


 アイスエイジの素晴らしい歌が途切れて、神の分身の魂が砕ける清んだ音がした。




《【ゴーレム錬成】、【霊体】、【同時発動】、【魂砕き】、【遠隔操作】スキルのレベルが上がりました!》

《ユニークスキル、【神殺し】を獲得しました!》

11月18日中に閑話を、19日中に1章&2章キャラクター紹介を投稿します。


後、キャラクター紹介を挟んだのに二章のまま続くのも何なので、五十二話から三章と言う事にしようと思います。

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― 新着の感想 ―
しかし、頭pktnの神しか居ないのかねこの世界は、会話すら出来ないって
そう上手くはいかんかったか… ヴァンダルーの悲願…
[良い点] 魔術を使用するのに脳が足りない。ならば霊体化して2つにすればいいじゃないか!更に霊体スキルで複数に! この辺がなんともヴァンダルーの狂気と言うか魅力と言うか。個人的に物凄く好きな所。
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