四百九話 オリジンにも逃げ場がないヴァンダルーと、最終面接
戦後処理の問題や『罪鎖の悪神』ジャロディプスとの対話など、ヴァンダルーにとって優先度の高い問題は片付いた。
他にもナインロードとその信者達の動向や、生き残ったアルダ勢力の神々、そして封印した魔王軍残党の邪悪な神々等、様々な諸問題がある。
しかし、そうした問題にばかり目を向けていたあまり、ヴァンダルーは異世界で大きな試練に直面する事になった。
『な、なんと言う事でしょう。今からでもどうにか出来ませんか?』
「不可能です、主よ」
『国家権力とか、諜報組織による工作とか、プロパガンダとか』
「無理です、主よ」
合衆国大統領セルゲイは、縋りつくヴァンダルーの肩に手を置いて答えた。
「残念ながら……我が国は民主主義国家なのです。国民の、ヴァンダルー教のシンボルが欲しいという要望を否定する事は出来ません。
それにぶっちゃけ、大統領である私もがっつり関わっています」
ヴァンダルーが直面した試練。それは、『オリジン』世界の人々がヴァンダルー教のシンボルとなる施設を欲している事だった。
アルダとベルウッドをその身に降ろしたハインツとの戦いにおいて、勝敗を決める大きな要因になったヴァンダルーへの『オリジン』世界の人々からの祈り。
その祈りに応えるため、ヴァンダルーは戦いが終わった後『オリジン』世界の神となっている自分を通して人々に夢で「あなた達のお陰で勝つことが出来ました」とお礼のメッセージを送った。
その結果、『オリジン』世界の人々のヴァンダルーに対する信仰心が爆発的に高まり、国境や人種を超えて加速した。
そして、人々はヴァンダルーを信仰するためのシンボル……いわゆる聖地や神像等の信仰の中心となる物を欲したのだ。
そして、セルゲイが大統領をしている合衆国ではヴァンダルー教をテーマにしたテーマパークの建設が決定した。
『セルゲイ、大統領のあなたが何故関わるのですか? テーマパーク建設を主導しているのは、俺を信仰する宗教法人でしょう? 政教分離は何処に行ったのですか?』
『オリジン』世界に何時の間にかできていた、ヴァンダルー教の宗教法人。ヴァンダルーの加護を得た人々がネットなどを介して繋がっていく事で結成された団体である。
当然、『オリジン』世界の合衆国にも大統領が議会を通さず、勝手に便宜を図るような事は法律で禁止されている。
「各州にバラバラに点在されるよりは、一か所に纏まってくれた方が良いと考えました。それに、信仰心の無い利益を得る事にしか興味のない輩が主の名を利用するより、社会のためかと。
それに、行っているのは私個人の寄付なので議会を通さなくても問題ありません」
そのため、セルゲイは法の許す範囲内で関わっていた。
それにヴァンダルー教の宗教法人を運営しているのは、ヴァンダルーが加護を与えた人々だ。そのため、ヴァンダルーを知っているセルゲイにとっては、他の人間に任せるよりも信用に値する。
『うう、やはり民意には勝てない』
セルゲイを説得する言葉が見つからなかったのか、ヴァンダルーはばったりと床に倒れ込む。セルゲイは反射的に支えようとしたが、脱力したヴァンダルーの体はスライムのように掴みどころがなく指の間をすり抜けてしまった。
「主よ、我が国以外にも主を信仰するための施設の建設に動いている国や組織は世界中にあります。その中には民主主義国家ではない国もある。そちらに向かうべきではないでしょうか?」
「そうした国があるのは知っています。しかし、俺はそうした国の為政者とは直接知り合いではありません」
倒れ伏したまま述べたヴァンダルーの答えに、セルゲイは目が眩むほどの優越感と陶酔を覚えた。
主は選んだ結果この国に降臨し、自分の前でくつろぎ、願いに沿う事は出来ないが頼っている。おお、合衆国に栄光あれ。
そして実際、ヴァンダルーはセルゲイなら自分の我儘より大統領としての立場を選んで断ると信頼しているから、彼に我儘を言っている。
「バンダーのまねっ!」
そんなヴァンダルーの横で、冥がペタリと床に寝転ぶ。ちなみに、彼女に憑いているバンダーも倒れ伏したまま動かない。
「冥っ、床に寝転んじゃダメだろ」
そんな冥を叱るのは母親の雨宮成美ではなく、兄の博である。彼らは今、『オリジン』の合衆国のセルゲイが用意した郊外の家に滞在していた。
「地面じゃないよ? 床だよ?」
「床でもダメなの。この国は家の中でも靴を脱がないのが普通なんだから」
「畏まりました。我が国も家の中では靴を脱ぐよう義務付けましょう。君、今日中に大統領令に署名をしたい。書類の作成とスピーチの原稿を頼む。報道官にも連絡を」
即座に動き出そうとするセルゲイ。彼はどういう訳か、ヴァンダルー(神)よりも冥(巫女)に忠実だった。
もしかしたら、冥を自身の息子を助けてくれたプルートーと同一視しているのかもしれない。
「うわあああっ!? ごめんなさいっ、待って!」
「大統領! 急すぎます! 署名するのは三日後にしましょう!」
「署名しなくていい! バンダーでもヴァンダルーでもどっちでもいいから止めてくれ!」
そしてセルゲイが連れてきた秘書も、熱狂的な冥信者だった。慌てる博は常識人が周りにいない事に気が付き、頭を抱えたくなった。
『セルゲイ、落ち着いてください。大統領令に署名して室内で靴を履くのを禁止したら、絶対議会が紛糾します』
「ご安心ください、主よ。議員の過半数が主を奉じ、残り半分も口先だけですが信仰しています」
『しまった、そうでした』
しかも、熱狂的な冥信者がいるのはここだけではない。合衆国政府の議会を構成する議員の過半数もそうだった。彼らは与党と野党に関係なく存在し、冥に関する事では日頃の利害関係を棚上げして団結する。団結した後、該当する問題が片付くと、棚の上に置いた利害関係を手元に戻すが。
残り半分の議員は、選挙活動中の演説でヴァンダルーやプルートーに感謝している、祈っている等と口にし、実際に寄付を行った者達だ。明らかに選挙のためのファッション信仰だが、ある意味彼らの方が理性的で頼れる政治家だ。
なお、彼らを当選させた有権者の中にヴァンダルー教徒は数割しかいない。意外な事に、そうでない有権者の方が多いのだ。
しかし、前大統領や前副大統領、そして政府高官が国民を六道聖に売り渡した売国奴だった事が明らかになっていた。そのため、既存の政党は有権者からの支持をほぼ失っていた。
逆に、合衆国を含めたこの世界を守るために降臨したヴァンダルーを信仰し、夢で神と交信したと称する立候補者を有権者は支持したのだ。
もっとも、世界的な政治不信の中で行われた選挙だったからこうなっただけで、次回以降の選挙では有権者は公約や政策、今までの実績などを重視して投票先を選んでくれるだろうと、ヴァンダルーは祈っている。
「大統領さんも止めようよ。議会は通っても、絶対反対する人が出るだろ」
そして、博が言うように反セルゲイ……反ヴァンダルー教派は早くも世界中で生まれている。今のところはそれぞれの国の、それぞれの場所で議論を戦わせているだけで暴力沙汰には発展していない。しかし、セルゲイが冥のためだと言って強権を振るえば、その限りではないだろう。
「大統領さん、ごめんね」
「いいえ、冥。君は何も悪くない。私がついジョークを言ってお兄さんを困らせてしまったのがいけないんだ。そうだろう、君?」
「はい、大統領。私も先ほどの大統領のジョークに乗ってしまい、申し訳ありませんでした」
そして、冥に合衆国の文化を強引に変えるつもりは全くないので、すぐに事態は沈静化した。
「バンダーもヴァンダルーもしっかりしろよな。父さんと母さんもお前には強く意見できないんだから」
「『以後気をつけます』」
しかし、ヴァンダルーの問題は沈静化も解決もしていない。むしろ、これからしばらくの間……おそらく十年程は沈静化しないだろう。
合衆国だけではなく、他の国にもヴァンダルー教関連の施設が次々に建つのは止められない。ヴァンダルーにできるのは、時が過ぎるのを待つだけだ。
(もう、俺には『地球』しか残されていないのかもしれません)
地球。ヴァンダルーが一度目の人生を生きた世界。各種レシピや知識を得た今では、全く心残りの無い世界だったが、『地球』の人々はまだヴァンダルーの事を認知していない。そう言う意味で、『地球』はヴァンダルーにとって重要な場所になりつつある。
しかし、『地球』にヴァンダルーが行けば最後だ。
無意識に波長の合う人物を導いてしまうヴァンダルーが『地球』に降り立てば、彼がそこで何もしなくても、指一本動かさず静止したままだったとしても、『地球』の人間を導いてしまうかもしれない。
そして多分、この『オリジン』と同じような状況になるだろう。
『地球の神々』も『来ないでくれ!』と一致団結して訴えるだろうし。
「社会的名声のある名誉貴族になりたかっただけなのに、何故いつの間に神様をする事になったのでしょう?」
「う~ん、よくわからないけど凄い有名になってるじゃん」
「うんうん、皆バンダー達の事知ってるよ」
遠い目をするヴァンダルーが博と冥の言葉を聞きながらこれまでの事を顧みると……だいたいほぼロドコルテのせいのように思えるが、もうロドコルテは存在しないので不毛な事は止めようと思ったのだった。
ヴァンダルーの復讐が終わってから更に十日ほど経ち、オルバウム選王国側ではファゾン公爵領が正式に降伏した。
その前に、ある女性S級冒険者二名とA級冒険者グループが一つ、そしてダンピールの少女が姿を消した。
「船で大陸から出るつもりのようだ。行き先は聞かなかったが、誰も追うどころじゃないだろし、追う気も無いだろうからそのままだろうな」
まるで見てきたように報告する『真なる』ランドルフだが、実は実際に『五色の刃』の生き残りのダイアナとジェニファー、そしてダンピールのセレンに大陸から出るよう説得し、手引きしたのは彼だ。
「それは良かった。二度と彼女達に会いたくなかったので、助かりました」
彼女達にある目的のために接触するよう、ランドルフに依頼したのはヴァンダルーだ。しかし、大陸から出るよう促したのは、ランドルフの独自の判断である。
だが、ヴァンダルーはランドルフならそうすると期待したうえで依頼したのだが。
何故そうしたのかというと、セレンがこのままファゾン公爵領のアルダ神殿に残っていると、ファゾン公爵家の戦争の責任を取らせるという名目で処刑されたり、逆恨みで殺されたりするかもしれないからだ。それはヴァンダルーにとって、面白くない展開だ。
ヴァンダルーはセレン達と二度と会いたくないだけで、セレン達に死んでほしいわけじゃない。それどころか、神になってしまった今では、彼女達に未来永劫生き続けてほしいとすら思っている。数万年……いや何億何兆もの永い時があったとしても、現世に留まり続けてほしい。
なぜなら……死んだら魂が自分の前に来てしまうかもしれないから。
ちなみに、戦争……聖戦を起こした責任者は、ヴァンダルーから見れば『法命神』アルダ本人以外にない。アルダが神託を下して自らとその従属神の信者達を扇動し、戦争を起こさせたのだから。
もっとも、そう言ったところで現ファゾン公爵は公開処刑から、引退後に(毒入りの盃を煽って)病死ぐらいにしかならないだろうけれど。
「それはともかく、頼んだものは渡してきてくれましたか?」
「ああ。二人の遺髪は確かに渡した」
そして、ヴァンダルーがランドルフに依頼したのは、ハインツとデライザの遺髪をセレンに届ける事だ。こうする事で、セレン達の自分に対する恨みが減る事を期待したのである。
幸い、デライザの脳を内側から喰らって肉体を乗っ取り、ハインツを攻撃した事は彼女達に知られていない。
「では、此方が依頼料になります」
「確かに受け取った。ただ、もうしばらく依頼は受けないからな。俺は冒険者を本格的に引退して、ドラマーになる」
「それはそれでしょっちゅう顔を会わせる事になりそうですね」
なお、ランドルフはこの後、カナコから何故かボイストレーニングやダンスのレッスンを受け、渋い男性アイドルへの道を歩むことになるのだった。
一方その頃、アミッド神聖国側では、神聖国はまだ正式に降伏していないが……ミルグ盾国以外の三国の属国それぞれにマシュクザールとその家族を引き渡したので、これから独立運動が激化するだろう。
そんな外の世界から隔離されたヴァンダルーの体内世界の一つで、『呪毒の邪神』ドポペゼパルオは困惑していた。
『何のつもりだ? 何故我を見逃す? しかも、我が魂に巣くっていたグドゥラニスの魂の欠片まで除去して』
「見逃したつもりはありません。ここは外とは隔離された場所です。空間属性魔術でも使わなければ、外に出る事は出来ません」
そうヴァンダルーに告げられたドポペゼパルオは改めて周囲を見回した。辺り一面、草木一本生えていない荒野というより岩石が転がる砂漠のような地形が広がり、空には灰色の雲が垂れ込めている。風は殆ど吹かず、まるで価値を感じない場所だ。
唯一の特徴は、辺り一帯が疑似神域となっているため力を消費せずに地上に留まる事が出来るようになっている事ぐらいだ。
『……』
なので、ドポペゼパルオはとりあえず猛毒を分泌した。ビチャビチャと明るい緑色や紫色のカラフルな毒液が地面に降り注ぎ、毒々しい紫色の霧が空に立ち上る。
ヴァンダルーは半眼になると、無言のまま後ろに下がってドポペゼパルオから距離をとった。
『ふぅ……これで少しはマシになった。それで、結局我に何をするつもりだ? 先ほどの答えは、ここがどんな場所なのかに関する事だけで、態々我を滅ぼさずにこうして封印を解いた答えになっていない』
ドポペゼパルオは、ヴァンダルーを攻撃しようとしたつもりはなかった。ただ単に、毒にも薬にもならない無害で無味乾燥とした場所が、気に食わなかっただけだ。
殺風景な部屋に観葉植物やインテリアを飾る感覚に近い。……そんな感覚で常人が無防備に吸ったり浴びたりしたら即死するような猛毒を出した事から、ドポペゼパルオがどれほど危険な存在か分かるだろう。
「用件を聞く気はあるのですか? さっきのは俺への攻撃とみなされてもおかしくないと思いますが」
ヴァンダルーがそう抗議をしても、ドポペゼパルオはまったく気にした様子はない。
『グドゥラニスの魂や肉体の欠片を喰らった貴公にとって、この程度の毒はただの水や湯気に等しいはず。それとも、脆弱なムシケラを扱うように愚弄した方が適切だったか?』
しかも、ヴァンダルーの前で猛毒を分泌したのは、ドポペゼパルオにとってそれなりの敬意を表した結果だった。これにはヴァンダルーも驚き、思わず後ろを振り返る。
一見すると、ここには彼とドポペゼパルオ以外誰もいないように見えたが……。
「偉大なるヴァンダルーよ、早々に打ち切ってもいいのではないかと愚考します」
彼の背後に音もなく背後邪神、グファドガーンが出現した。
『自分も見限った方が良いと思うっスけど……でもまあ、面会の趣旨を考慮すればまだ早いとは思うッス』
『同意する。まだ話を始めてもいないのだ。用件を話してからでもいいだろう』
さらに、彼女に続いて『五悪龍神』フィディルグ、『時と術の魔神』リクレントが現れた。
ドポペゼパルオはフィディルグの事は殆ど覚えていなかったが、大神であるリクレントの事は記憶にしっかり留めていた。そんな大物が、何故魔王グドゥラニスに仕えた邪悪な神々の中でも有数の力を持ち、封印から解かれた後も敵対した自分の前に現れたのか、理解できず困惑した。
「ドポペゼパルオ、これから行うのは面接です。これから、お前がこの世界の神としてやっていく事が出来るのか、それとも無理か、判断します」
そして、ヴァンダルーが態々この場を用意した理由はドポペゼパルオを始めとした、封印されていた魔王軍残党の神の面接を行うためだった。
『氷の神』ユペオンや『断罪の神』ニルタークなど、アルダ勢力の神々で滅ぼした方が良いとヴァンダルーが考える神が複数存在する。そして、封印から目覚めたばかりで力が回復していないヴィダ派の神々は大勢いる。そして人が新しく神になるには時間がかかる。
そのため、ヴァンダルーやリクレント達大神は、ザッカートに倣って元魔王軍の邪悪な神でもこの世界で新たに、まっとうな神としてやっていく意思があるなら受け入れるべきだという考えに至ったのだった。
もっとも、九割九分無理だろうなとも思っているが。
全柱失格で当然。一柱でも合格すれば、ラッキー。その程度の認識だ。
魂を喰らって滅ぼす事はいつでもできるのだから、滅ぼす前にダメ元で試してみようという訳だ。
そうしたニュアンスは、ドポペゼパルオにも伝わっていた。ヴァンダルー達に、自分を配下として欲する様子や、自分の能力を必要としている熱意のようなものは全くなかったからだ。
この面会とは、いわば死刑執行の前に念のために行う確認のようなもの。この、目の前に垂れてきた蜘蛛の糸を逃せばグドゥラニスのように魂を食われ滅ぼされてしまう。
『神としてやっていく? この世界でか。笑……いや……』
それを理解したうえで、笑止と言って嘲笑いかけたドポペゼパルオだったが、ふと自身が本気で出した業毒を全て飲み干し、「美味しい」と言ってのけた存在がいた事を思い出した。
十万年以上前、魔王グドゥラニスに率いられ『ラムダ』世界に現れたドポペゼパルオは、この世界に生息しているのは、自分が分泌する中で最も弱い毒にも耐えられない、生きる価値のない脆弱な生物ばかりだと思っていた。
その認識は、勇者ベルウッド達によって封印されても変わらなかった。
毒に毒されないよう工夫を凝らすような醜悪な小賢しさは認められない。道具に頼って毒を防ぐのは、種としての、生命体として毒に耐えられない証拠でしかない。
だがあの異形の龍は、道具はもちろん魔術すら使わずにドポペゼパルオが全力で分泌した、最も強い毒を全て飲み干した。
あれほど強力な、そして大量の毒を飲み干す事は、ドポペゼパルオを魔王の世界で奉じていた種族すら不可能だっただろう。
(もしかしたら、この世界の生物に生存の価値無しと断じた我が判断は間違っていたのか?)
そんな馬鹿なと、動揺のあまり冷や汗……の代わりに毒が流れる。
「とりあえず、黙り込んだまま反応しなくなってしまったので俺達は俺達で勝手に話し合いましょう」
一方、ヴァンダルー達はドポペゼパルオが何をしても無反応……ヴァンダルーが目の前で分裂し、フィディルグと奇怪な踊りを踊ってもピクリとも動かなくなったので、勝手に話し合う事にした。
「では、ドポペゼパルオについて意見がある人。まずはグファドガーン」
「御意に、偉大なるヴァンダルーよ」
魔王軍から離反して十万年以上昔から『ラムダ』世界の神として……よりもヴァンダルーの背後邪神としての在り方に重きを置いているが、貴重な意見が聞けるはずだ。
「ドポペゼパルオが分泌する毒は、この世界の人間や生物や魔物はもちろん、亜神等にも脅威となりえます。【毒耐性】や【状態異常耐性】どころか、【毒無効】や【状態異常無効】スキルの持ち主にも何らかの悪影響を与えます」
「え、そんなにですか?」
『ドポペゼパルオが本気で出した毒を【無効】スキルで無毒化できる程度なら、奴は魔王軍の大幹部にはなっていなかっただろう』
『勇者達を召喚する前の我々の主力は、亜神を除けば肉体を持たない我々のような神と分霊や御使い、英霊達だ』
『そんな、本来なら毒せない存在をも毒すことができるから、奴はグドゥラニスに大幹部を任されたのだ。流石にマルドゥークやゼーノ、ガンパプリオは奴が全力で放った毒にも耐える事が出来たが』
驚くヴァンダルーに、現在過去未来を表す三人の姿を持つリクレントが、それぞれの口で説明する。
言われてみれば確かに、グドゥラニスが神に対して有効な攻撃手段を持たない邪悪な神を大幹部に据えるとは思えない。
ドポペゼパルオが直接魔力を込めて分泌する、本気の業毒の前には【耐性】スキル程度では気休めにしかならず、【無効】スキルでも長時間、もしくは大量に毒を取り込めば、防ぎきれず死に至る危険性がある。
そんなドポペゼパルオを当時の勇者達はどうやって封印したのかというと……ザッカート達生産系勇者達が作った防護服を鎧の下に着て、酸素ボンベを装着して外部の全てを遮断したベルウッド達戦闘系勇者が、防護服が溶ける前に攻撃して倒して封印したらしい。
ドポペゼパルオの毒は、あくまでも毒。呪と違って物理的な接触や吸引を防げば防げるのだ。
「ところで、バクナワはその毒を全て飲み干し続けても平気でしたよ? それに、俺も多分平気です」
『『『汝らは特別、もしくは例外だ』』』
と言う事らしい。
そんなヴァンダルーやバクナワ以外に危険な毒を作れる存在だから危険だと主張しているのかと思ったが、そうではなかった。
「しかし、奴が分泌する毒は問題ではありません。私が問題視しているのは、奴からこの世界の神になる意思が感じ取れない事です。
偉大なるヴァンダルーよ、意志さえあれば何とでもなります。逆に、意志がなければどうにもなりません」
グファドガーンがドポペゼパルオを見込みなしと判断した理由は、彼にこの世界で共存していく意思が見られない事だった。
精神論だけで現実は変わらない。しかし、意志もないのではそもそも現実が変わるはずがない。特に、神は。
この世界に適応する意志さえあれば、異世界から来た邪悪な神々であっても意外とどうにかなる。それはグファドガーン自身やフィディルグ、そしてこの場にはいないが『罪鎖の悪神』ジャロディプスが証明している。
性質を変え、新たな信者に寄り添い、新しい在り方を見出せばいいのだ。そこに至るまでの間に、変化に伴って耐えがたい苦痛を味わうかもしれないが、生まれた世界とは全く異なる異世界に適応するのだから、それぐらいは当然だろう。
そのため、ドポペゼパルオ本人に意志がないのでは仕方がない。脅して無理やり、と言う事も可能だろうがそれでは意志が長続きしない。隙を見て逃げ出そうとするだろう。
『たしかに一理ある』
『しかし、早々に見限ってはこの面会を行う意味は最初からない』
『ダメで元々とはいえ、新たな兄弟となりえるか、より時間をかけて判断するべきだ』
そして、リクレントはグファドガーンの主張に対してそう意見を述べた。
グファドガーンの意見も正しいが、面接するのはこの前アルダが封印を解く間で眠ったままだった魔王軍の大幹部やその配下。彼らの時間はついこの間まで魔王グドゥラニスが健在だった約十万年前で止まっていた。そして、この前はアルダによってグドゥラニスの魂の欠片が埋め込まれていた。
そんな状態から再び封印を解かれて目覚めたばかりで、この世界に適応しようと考えるのは無理だ。ダメで元々とはいえ、もっと時間をかけるべきだと主張している。
『それで、ドポペゼパルオなんスけど、多分こいつ、美醜や善悪の判断が毒に耐えられるか否かだけで決めてるんだと思うっス』
『我々の世界には、美醜や善悪、優劣や快不快等の判断基準が一つに纏まっている神もいた』
『もっとも、そうした神の殆どはザッカートの話に耳を貸さなかったし、戦争を生き残った後もヴィダ派に転向しようとは思わなかったから、今のヴィダ派には一柱を除いていないが』
「別々の価値観の基準が一つに纏まっているとは、面妖ですね」
毒に耐えられる存在は美しい、毒に耐えられる存在は善、毒に耐えられる存在は優れており、心地よい。
逆に、毒に耐えられない存在は醜く、悪で、劣っていて不快。
ヴァンダルーだって筋肉だけで美醜や善悪、優劣や快不快を判断しない。そんな彼にとってドポペゼパルオの価値基準は面妖としか言えなかった。
「ちなみに、その一柱は……?」
『もちろん彼女ッス』
なお、ヴィダ派にいるドポペゼパルオと同じタイプの神とは、フィディルグが目で指した『迷宮の邪神』グファドガーンである。
彼女の場合の基準は、毒に耐えられるか否かではなく、ヴァンダルーだが。もしかして、彼女がドポペゼパルオに厳しいのは、一つの基準しか持たない自分のような存在の危険性を自覚しているからかもしれない。
「では、もう少し時間をかけて話す事にしましょう」
しかし、ヴァンダルーはグファドガーンと同じと考えるとある程度理解……共感は出来ないが、「こう考えているのか」と想像して納得する事は出来る気がしてきた。
そのため、ドポペゼパルオとの対話をもう少し続けてみようと考える。
『……あの龍はどうしている?』
しかし、それより先にドポペゼパルオの方から話しかけてきた。
「バクナワの事ですか?」
ドポペゼパルオが「あの龍」と指すのは、彼が封印されるまでの間、彼の毒を飲み続けたバクナワ以外にいないだろうと推測して名前を出すと、正しかったようだ。
『バクナワというのか。我が分泌した神をも毒す毒を、魔王グドゥラニスですら耐えられはしても決して自分からは触れようとはしなかった毒を、美味であると全て飲み干したあの龍は』
そう言いながら遠い目をするドポペゼパルオ。同時に、バクナワの規格外さを改めて知ったリクレントとフィディルグの瞳が遠くを見つめる。
「ええ、そのバクナワがどうかしましたか?」
『あの後、意識を失ったり臓腑が腐ったり、血を吐いたりはしていないか?』
「いえ、元気いっぱいです」
今この時も義理の姉のエリザベスと彼女のパーティーメンバーと一緒にピクニックをしている。『美味しいよ~』とおやつを勧めて、全力で拒否されているところだ。
なお、バクナワがエリザベス達に勧めているおやつは、おやつ用使い魔王……つまりヴァンダルーの分身である。
『そうか……。あのバクナワとは、どのような存在なのだ? 我がこの世界に来た頃は存在していなかったはずだが』
「俺とティアマトの息子です」
ドポペゼパルオはその答えを聞いて暫く黙っていたが、突如地面に降り立った。そして、神妙な様子で告げた。
『貴様……いや、貴殿に服従しよう。魂を喰らって滅ぼすも、下僕に加えるも、貴殿の自由だ。我はこの世界の住人について……判断を誤った』
急な掌返しだが、バクナワの事を聞かれた時からこうなるのではないかと察していたヴァンダルーは、驚かずに尋ねた。
「念のために聞きますが、何故そう思ったのですか?」
『むろん、貴殿の子、バクナワだ。我の毒を飲み干し、美味であると言い、糧とする。かの龍は、全てを超越した至高の存在だ』
自身の毒に耐えられるか否かを全ての価値基準としているドポペゼパルオにとって、バクナワは至高の存在に等しかった。
今のドポペゼパルオにとって、バクナワはかつての主であるグドゥラニスを含めた全ての存在より美しく、正しく、偉大で、価値のある至高の存在だ。
そんなバクナワを育んだこの世界の存在が、生きる価値が無いはずがない。
つまり、十万年前の自身が下した判断が間違いだったのだ。
「では、この世界の新たな神として転職ならぬ転界してもらいますが……どうしましょうか?」
『どう考えても、普通にその辺に居てもらうのは大問題っスね』
ドポペゼパルオが暴れまわった時代から約十万年が過ぎ、彼に直接恨みを持っている存在はそれこそ神々ぐらいだろう。
しかし、その教義の特殊性から、人間社会でやっていけるとは考えにくい。ヴィダの新種族の社会でも同様だ。毒を含めた状態異常に強い種族も存在するが、毒を好んでいる訳ではない。
そこで悩んだ結果……依り代としてアーティファクトを作って、バクナワと一緒にいてもらう事にしたのだった。
なお、アルダがグドゥラニスの魂の欠片を埋め込んで封印を解いた他の邪悪な神々は、面接の結果全て失格となったのだった。
毎度遅くなって申し訳ありません。
7月24日に児嶋建洋先生による拙作のコミカライズ版が更新予定です。ニコニコ静画、コミックウォーカーで閲覧していただければ幸いです。




