三百七十七話 新サウロン公爵誕生
山脈を三日かけて動かし終わったヴァンダルーは、その後も微調整を続けた。
「境界山脈と違って、アーク山脈の上空は魔空じゃないので、空を飛ぶ相手には無防備ですからね」
魔空とは、魔素によって魔境と化した空の事だ。魔空では地面のように歩く事ができる雲があったり、空気中に漂う塵が固まってできた島が浮かんでいたり、大気が全て有毒ガスに変わっていたり、環境の変化が著しい。
汚染がさらに深刻になると重力が働く向きがぐちゃぐちゃになる場合や、空間が歪んで壁のない迷宮と化す場合など、足を踏み入れるだけでも危険な魔境になる。
発生する魔物も地上の魔境とは違い、鳥型の魔物やワイバーンなどの竜種、クラウドジャイアント等の巨人、そしてガス等の気体の体を持つストーカーや、魔物化した雲であるギズモ、水中ではなく空中を漂うクラゲのような魔物に、そして飛行可能な魔物のスケルトンやゾンビなどのアンデッド。
そして魔物達は多くの場合魔空の環境を熟知し、適応している。少し動いただけで重力が働く向きが下から上、右から左に変わる空を自在に舞う魔物が襲い掛かってくるのだ。冒険者にとっては、危険極まりない。
さらに述べるなら、そもそも上空数千メートル……低くても雲が浮かんでいる二千メートル程の高さに存在するため、魔空に到達すること自体が困難だ。そのため、挑戦できる冒険者の数は少なく、冒険者ギルドが持つ魔空に関する情報はさらに少ない。
それでもこの世界の空が魔空で覆われずに済んでいるのは、魔素が空中に留まるのは水中以上に難しく、魔空が発生し辛いからだ。
魔大陸や魔王の大陸のように地上がどうしようもないほど魔素に汚染されていて、魔素の逃げ場が上空以外にない広大な土地。もしくは、境界山脈のように雲に届くほどの魔境化した高山が連なる山脈の上空。それ以外の空は、まず魔空にはならないはずだ。
そして、空は地上から離れているうえに魔物が空に適応しすぎているために、暴走しても地上に被害が及ぶことは少ない。そのため、各国も多額の資金と研究機関を費やして無理やり討伐や探索のための部隊を空に送り込むことはなく、挑戦するのは名声や冒険を求める命知らずの冒険者が少数だけという状況が人間社会では何万年も続いている。
魔大陸では『月の巨人』ディアナが、地上よりは食料が調達しやすいからという理由で有志を連れて狩りをしている。
『魔空も山脈について動いてくれれば楽でしたな』
サムの言うように、アーク山脈となった境界山脈の一部の上空の魔空は、今も同じ位置に存在している。山脈と大気は一体ではないから仕方がない。
「でも、魔空があってもヴァンダルーが警戒している『五色の刃』や『邪砕十五剣』なんかには、障害にもならないなんてことはないの?」
カチアと交代してきたビルデにそう尋ねられたヴァンダルーは、「まあ、確かにそうかもしれません」と答えた。
「魔空がいくら普通の冒険者にとって攻略の難易度が高いとしても、A級冒険者相当の者達にとってはたどり着く手段さえあれば通り過ぎるのは難しくないでしょう」
魔空でも発生する魔物のランクは高くて10程度。それぐらいなら、ハインツや『邪砕十五剣』ならあっさり倒してしまうだろう。
「しかし、それが狙いです。魔物がハインツや『邪砕十五剣』に倒されて霊になれば、その霊が俺に奴らの接近を知らせてくれます」
ヴァンダルーは使い魔王などの分身を配置するなどして、境界山脈で霊が発生すればすぐ彼に導かれる体制を構築している。そして、既にそれと同じ事をこのアーク山脈でも可能にしていた。
つまり、魔物自体が警報装置なのである。ハインツ達でも、魔物を一匹も倒さず山脈を抜けるのは不可能なはずだ。
そして、上空は魔空が無いので魔空の代わりに使い魔王を浮遊させ、さらに魔物の霊から作ったゴースト等を大量に放ってある。
なお、【魔王の魔眼】などでアーク山脈上空を魔空化させるのは、時間がかかる事が分かったので断念した。
「じゃあ、山脈自体を破壊して攻め込んできた場合は?」
「山脈を破壊するような派手な事をしたら、それ自体が警報代わりになります。……そもそも、山脈自体をゴーレムにしていますし、山脈を割るなり砕くなり大穴を開けるなりすれば、結局山脈に生息している魔物を大量に殺すことになるので、必ず気が付きます」
ハインツ達や『邪砕十五剣』の中でも上位の実力を持つ者達なら、山を破壊する事ができるだろう。しかし、それは軽々と山を破壊できるという訳ではない。【御使い降臨】や【限界突破】などのスキルを使用して、それなりの体力と魔力を消費してやっと山を破壊する事ができるのだ。
山脈をゴーレム化しているので、そうした準備をしている段階で必ず察知する事ができる。
「そして、【転移】などで空間を越えて侵入する場合はグファドガーンがいます。彼女以上の空間属性の魔術の使い手は、人では存在しません」
「必ずや、偉大なるヴァンダルーの期待に応えて見せましょう」
そして【転移】等の方法で攻め込んでくる場合でも、『迷宮の邪神』であるグファドガーンの目を掻い潜る事が難しい。少なくとも、アルダに与する神々には彼女以上の空間属性の神は存在しない。
「それじゃあ大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫ですよ、パウヴィナ。とはいえ、それほど奇襲からの大攻勢を警戒してはいませんが」
ヴァンダルーの言葉に、前世では騎士の一隊を率いていたユリアーナが食いついた。
「それは何故ですか? 相手は名を変えてもアミッド帝国です。油断は禁物であると考えます」
前世ではアルクレム公爵家の末妹だった彼女は、高度な教育を受けているため自国と敵国の戦争の歴史を知っている。
しかし、今はユリアーナが学んだ歴史とは状況が異なり過ぎている。
「何故かというと、アミッド神聖国の狙いは俺の命だからです。武功でも領土でも財宝でも捕虜を得て身代金を要求する事でもありません」
それは、今のアミッドを動かしているのは人ではなく『法命神』アルダだからだ。
神であるアルダは、人と違って人間同士の政治や利害関係、戦争の結果自国が負う損耗と、得る利益を秤にかける事もないはずだ。
「もちろん、アミッド神聖国の人間達はそれらも狙うでしょうし、アルダとしても俺が治める魔帝国や今のオルバウム選王国は邪魔でしょうから、攻撃目標ではあるでしょう。
でも、俺を殺せなければアルダにとっては勝利にならないはずです」
そんなアミッド神聖国が動く目的は、ヴァンダルーを殺すためだ。そのため、奇襲でヴァンダルーに察知される前にヴィダル魔帝国に大きな被害を与える事を狙うとは考えにくい。
それでヴァンダルー側の戦力を削る事はできるが、決定打にはならない。それに、ヴァンダルーと戦う前に消耗してしまう。
『五色の刃』や『邪砕十五剣』のメンバーなら山を割る事はできるが、彼らの体力や気力、そして魔力は有限だ。ヴァンダルーの魔力のように早く回復する手段もない。
そんな消耗した状態で、本来の目的であるヴァンダルー抹殺に挑戦するのは彼らも避けたいはずだ。
とはいえ、絶対やらないとも思えない。アルダ勢力……というより、アミッド神聖国には、あまり時間がないはずだからだ。
しかし、対策はちゃんと練ってある。その一つとして、タロスヘイム以外の境界山脈の国々、ハイゴブリン国やハイコボルト国の戦士達に加護を与え、さらに【御使い降魔】スキルを習得してもらっている。
こうする事で、もし前触れもなくアミッド神聖国の襲撃を受けたとしても、戦士達の一人でも【御使い降魔】を発動する事に成功すれば、何かあった事がヴァンダルーに伝わる。それに、防衛戦力自体も高くなる。
既に各国に使い魔王を配置しているので、情報伝達の手段としてはそれほど重要ではないのだが。
「では他の質問なのですが……何故ビルデさんの血は吸って、私達の血は吸ってもらえないのですか!?」
「そうだよ、ヴァン。ローエンさんだって色々覚悟してきたのに」
「いえ、私の事は気にしないでください」
サムの荷台の中には、ビルデ以外にもパウヴィナとユリアーナ、それに何故か竜人国の女剣士、ローエンもいた。
しかし、ヴァンダルーはビルデの血しか吸っていない。それは実の妹同然のパウヴィナや、その妹同然のユリアーナ、そして面識はあっても友人以上の関係ではないローエンの血を吸うのは憚られたから、ではない。
「それは単に魔力がほとんど減っていないからです。今しているのは微調整だけなので」
ただ必要かどうかの問題だった。大きな作業はビルデの血を吸い終わった直後に終わったので、ユリアーナ達の血を吸う理由がなくなったのである。
実の母であるダルシアの血も吸うヴァンダルーには、そうした躊躇いは存在しない。
なお、退治した山賊の血もスナック感覚で吸うが、ヴァンダルーの中ではあれはユリアーナ達とは別のカテゴリーに分けられている。
「必要性はどうでも良いからついでに吸ってよ、ヴァン。ヴァンが魔力を回復させるために血を吸う機会を待ってたら、次が何年後になるか分からないし」
「私達の体の事を心配しているのなら、それは無用です! 私達の体はもう大人です!」
そう豊かな膨らみを振るわせて胸を張るユリアーナに合わせて、パウヴィナも同じポーズをとる。
「それは見ればわかります。二人の成長を心から嬉しく思います」
ラフな格好の二人を見上げてヴァンダルーは、しみじみと頷いた。タロスヘイムに来た時はまだ生まれていなかったパウヴィナに、約二年前に転生したばかりのユリアーナ。
パウヴィナは生まれてから四ヶ月でヴァンダルーより大きくなったし、ユリアーナもみるみる大きくなっていった。そして今は人間と同じサイズだったら十五歳ほどに見える身長約三メートルの巨少女と、身長約二メートルの少女となっている。
彼女達よりヴァンダルーの方が年上だと聞いても、事情を知らない者は信じないだろう。
「それにローエンさんがこのままじゃ……」
「いいえ、本当に気にしないでください。国の長老達は、帰った後もう一度殴り倒してきますので」
そして竜人国の長老達が『我が国からもヴァンダルー殿の傍に誰か派遣しなくてはならん!』と奮起した結果送り込まれてきたローエンは、そう言って拳を握った。
どうやら、送り込まれる前に一度殴り倒してきているらしい。
パウヴィナ達の説得を受けたヴァンダルーは頷きながら舌を伸ばしつつ、言った。
「それもそうですね。【統血】のスキルのレベル上げにもなりますし。では、順番に――」
舌が枝分かれして、先端が注射針のような口吻……蝶の口と同じような器官に変化する。
「え、ちょっと待ってください! 私は別に――あぁっ!」
そんな声を聞きながらビルデは呟いた。
「今日はレバニラ炒めかな?」
赤飯よりも鉄分が求められる初体験である。
その頃、ミルグ盾国では、アーク山脈と名付けられた部分から溢れ出した魔物の群れの討伐を村や町に到達する前までに何とか成功し、差し迫った危機をやり過ごしていた。
国境近くの村や町で暮らす民は魔物討伐の報せに喜び、離れた場所で暮らす民は安堵していた。それはミルグ盾国の上層部も同じだ。だが、理由が異なる。
それは、魔物の討伐に成功したのはアミッド神聖国から来た援軍によるものだったからだ。
ミルグ盾国の城砦や砦は堅牢で、精強な守備兵と騎士が守っている。しかし、想定している敵はオルバウム選王国軍であって、境界山脈の魔物ではない。
だが、それでもランク5や6、7の魔物であったなら騎士と守備兵達は魔物に負けなかっただろう。騎士にも魔物との戦闘経験はある。
アルクレム公爵領で乗りこなしやすい品種であるレッサーワイバーンが開発されたことで増えた竜騎士に備えるために、ワイバーンを駆る竜騎士も詰めている。
だが、ランク10のストームドラゴンが動く山脈からこちら側に逃げて来るのは想定外だった。
多くの竜種で弱点になるはずの腹でさえ黒曜鉄より硬い鱗に覆われ、掠っただけでワイバーンを木の葉のように翻弄する嵐のブレスを吐く竜種の中でも最強クラスとされる存在。
そんなストームドラゴン相手に絶望的な防衛戦をしていた城砦に駆けつけたのが、アミッド神聖国からやってきた英雄達だ。
神の加護を得ている彼らは、手練れの竜騎士ですら手も足も出なかったストームドラゴンを瞬く間に倒し、他の魔物も同様に掃討した。
おかげで砦や城塞の被害は抑えられ、街や村が壊滅する事は避けられた。
だが同時に、アミッド神聖国が保有する戦力の大きさを思い知らされたのだ。もしアミッド神聖国に弓を引けば、自分達が手も足も出なかった魔物を容易く倒せる英雄達を相手にしなければならないと。
そう、ミルグ盾国の上層部を形成する者達の何割かが、アミッド神聖国が近々崩壊すると予想して、宗主国からの独立を企てていたのだ。
元々はミルグ盾国内部では独立を考える者達は少数派だった。しかし、それは宗主国が盤石な支配体制を築いていたアミッド帝国だったからの話だ。
だが上層部の残りは、今独立を企めば仮に成功してもアミッド神聖国と共倒れになると考えていた。
なにせ、ミルグ盾国は他の属国と違い、オルバウム選王国と国境を接しているのだ。独立したからといって、オルバウム選王国が今までの遺恨を忘れてくれるとは思えない。
かといって、ミルグ盾国だけでオルバウム選王国に勝てるとは思えない。なら、今まで通り宗主国の援助を受けながらオルバウムと戦うしかない。そう上層部は考えていたのだが……しかし、気が付けばその思惑も大きな軌道修正をしなければならなくなった。
ミルグ盾国は、オルバウム選王国に対する盾である。それはアミッド帝国が神聖国と名前を変えても変わらないはずだった。オルバウム選王国を占領し、国是であるバーンガイア大陸統一を成し遂げるその日まで。
だが、その未来は山脈が動くという驚天動地の出来事によって脆くも閉ざされてしまった。
これで独立派が不満を訴える根拠の一つ、「宗主国の都合のいい盾にされ、美味しいところは持っていかれる」が解決した。何故なら、山脈が再び動かない限りミルグ盾国は敵国への盾として機能しないからだ。
だが、同時に属国としての存在意義を失ってしまった。いや、そもそもこの状況でオルバウム選王国との戦争は継続可能なのか? 城砦や砦の維持費は? 今から農業国への転換を迫られるのか? それとも国家解体か?
そうした疑問は尽きないが、英雄達によると宗主国である神聖国はミルグ盾国に何かを迫るつもりはないそうだ。代わりに信仰を促してきた。
それはそれでアミッド神聖国の先行きが心配になったが、ミルグ盾国の上層部はとりあえず様子を見る事にした。
あまりにも短期間に情勢が変わり過ぎた。恭順か独立か、どちらに舵を切るべきか決断を下す事に危惧を覚えたのだ。
「なにより、動く山脈の上空にいたという異形の龍と巨大な百足……それを従えるヴィダル魔帝国皇帝とやらから、我が国を守るためだ」
ミルグ盾国国王はそう言ったという。
もちろん、彼等はアミッド神聖国と手を切ってヴィダル魔帝国に降伏すればヴァンダルーと戦わずに済むとは考えていない。
オルバウム選王国……特にサウロン公爵領と深い遺恨があり、二百年前タロスヘイムに攻め込み、滅ぼした経緯がミルグ盾国にはあるためだ。
それに、近年では第二次タロスヘイム侵攻を行ってしまった。宗主国の意向であった事からミルグ盾国の立場では逆らう事が出来ない戦争だったが、当時の上層部も乗り気だった事は否定できない。さらに、ヴィダル魔帝国の皇帝が当時存在を囁かれていたグールを連れてタロスヘイムに逃げ込んだダンピールである事を、上層部は薄々察している。
侵攻作戦から生還した者がいないので、彼らの手元に確かな情報はない。しかし、彼らにとっての最悪の事態を想像するのを止める事は出来なかった。
自分達がヴィダル魔帝国皇帝やサウロン公爵の立場なら、絶対にその遺恨を忘れない。降伏は認められないか、蹂躙されるよりも酷い条件を迫られるに決まっている。
そう考えているからである。自分の物差しで物事を測る、人間らしい考え方だった。
そしてそんなミルグ盾国上層部は、自国の将兵や冒険者の中でも優秀な者達が次々に神の加護を得て祖国ではなくアミッド神聖国に忠誠を誓っている事に、気が付いていなかった。
神域では、ロドコルテが新たな英雄候補達に次々に加護を与えていた。
『そうだ。貴様は言われた事だけをしていれば、それでいい』
その横には、杭を持ったアルダが佇んでいる。彼は戦力増強のため、ロドコルテに大量に刺した杭を一部引き抜き最低限動くことができるようになった彼に、加護を与えるよう命じたのだ。
従わなければ、また杭を刺すと脅して。
『くっ、ま――』
『発声する事を許可した覚えはない』
何かを訴えようとしたロドコルテの額に、アルダが杭の先端を突き刺す。
『―――っ!!??』
ロドコルテが断末魔染みた叫び声を轟かせるが、アルダは構わず杭をぐりぐりと動かして彼の額をえぐり続ける。
『またこの私を騙し、良からぬことを企んでいるのだろうがそうはさせん。貴様に許されているのは、私の言葉を聞き従う事のみだ。他は何もするな、何も言うな。私はもう騙されない』
アルダはロドコルテに発言させるつもりはなかった。それが媚びだろうが罵倒だろうが、なんであったとしても。
何もさせなければ、騙される事も陰謀を企まれる事もないからだ。
(ファゾン公爵領にある我がダンジョンの最下層、神域への扉は閉じた。ヴァンダルーに間違っても神域に侵入される事はない。
だがアミッド神聖国側に神々の試練のダンジョンをいくつか降ろさせるべきか。いくら加護を与えて伸び代を増しても、伸びるための経験が積めないのでは意味がない)
アルダはロドコルテの御使い達が独自に動いている事に気が付かないまま、彼にしか見えない理想の世界へ続く道を歩み続けていた。
アーク山脈の微調整が終わったヴァンダルーは、次にエリザベスの戴冠式に出席していた。
各種神殿や温泉都市の建設などは、サウロン公爵領の政策だ。ヴァンダルーは(表向きは)援助するだけなので、エリザベスが公爵にならなければ始まらないのだ。
「エリちゃん、あんなに立派になって……あなた、見てる?」
「見ていますよ、この目でばっちりと」
『右からも見ています』
『左からもしっかりと』
『天井からもです』
サウロン公爵領のヴィダ神殿長が辞退したため、エリザベスはダルシアに誓いの言葉を述べ彼女から王冠を受け取った。
その様子を、涙ぐんでみているアメリアと、彼女の横と会場の左右と天井から見つめている複数のヴァンダルー。もちろん、アメリアの横以外にいるヴァンダルーは使い魔王である。
後でエリザベスとダルシアの晴れ舞台である戴冠式の様子を上映するため、それぞれ異なる角度から見て記録しているのだ。
「【女神降臨】」
小さくつぶやいたダルシアの意志に応えて、ヴィダが光の柱となって彼女に降臨する。それだけでヴィダ信者の多い出席者や会場の外に集まっている民からは感嘆の声があがる。
『ここに、『生命と愛の女神』の名において新たなサウロン公爵の誕生を宣言し、祝福します』
ヴィダを体に降臨させたまま、ダルシアはそう宣言すると、エリザベスの額に軽く口づけをする。すると、エリザベスの全身が淡く輝きだした。
「あ、ありがとうございます!」
これによってエリザベスはなんと、大神に祝福された公爵となったのだ。サウロン公爵領の民の間ではあまり知られていなかった彼女だが、これで民の支持を一気に得る事が出来ただろう。
『お姉ちゃん、おめでとう』
『ギシャァア! ギシャアアアアアアア!』
その中でもっとも大きいのは、やはりバクナワとピートの歓声だった。街の建物のすぐ上を浮遊するように飛んでいる二人の存在が、貴族や民の中にいるエリザベスを快く思わない者達にこれでもかとプレッシャーをかける。
『えりざべす・さうろん様、バンザイ!』
『バンザイ! えりざべす様、バンザイ!』
『永劫ノ忠誠ヲ捧ゲル事ヲ、偉大ナルヴぁんだるー様ノ名二カケテ誓イマス!』
そして会場の外でエリザベスを称えるアンデッドの群れも、異様な存在感を放っていた。
先頭に居るのは、首が奇妙に傾いている仮面を被ったゾンビ……処刑された後アンデッド化させられたウルゲン・テルカタニス。その後ろに続くのは、ヴァンダルーがこれまでオルバウム選王国で潰してきた悪人達から創ったゾンビやスケルトン達だ。
山賊やチンピラならともかく、犯罪組織となると経理や事務仕事担当の構成員がいる。そうした者達をアンデッド化させて、研修を施してアンデッド文官としたのである。
彼らはヴァンダルーから、「俺の命令よりエリザベス様を優先しなさい」という難題に応える事ができた、エリートアンデッド文官である。
エリザベスの命令なら、血涙を流し精神的苦痛に苛まれながらも創造主であるヴァンダルーに逆らう事ができるよう調整されている。
……ここまでしないと、アンデッド達がヴァンダルーの意向を勝手に汲んで内政干渉をしてしまう危険性があるのだ。
ただ、ここまでできれば絶対に裏切らず、情報を漏らさず、汚職にも手を染めない不眠不休で働ける文官になるので有用だが。
そして、アンデッド文官達の存在は「裏切ればああなる」という警告になる。エリザベスを公爵としては幼いと甘く見て汚職に手を出そうと考えていた者は、震えあがる事だろう。
こうしてエリザベスのサウロン公爵領の治世は、ほぼ盤石と言っていい状態からスタートしたのだった。
次の話は一日お休みをもらい、7月2日に投稿する予定です。
冥帝神の骸骨騎士の解説は、諸事情により次話に持ち越しになりました。申し訳ありません。
前話の骨人のレベルを95から55に修正しました。




