四十五話 俺は彼女にとってナンバーワンでオンリーワンらしい
アンデッドや霊等の声と、主人公等の内心の声が同じ鍵括弧『』を使用していて見分けがややこしいという声を頂きましたので、以後心の声は()を使用して表現したいと思います。
セルクレントの魂を砕いて、恐竜ゾンビ達にその肉を喰ってもらって経験値にした後、ヴァンダルーはエレオノーラを連れて食堂に移動した。
そこで主だった者を集め、エレオノーラから話を聞くためだ。
「申し訳ございませんでした!」
そう土下座せんばかりの勢いで謝罪するのはエレオノーラでは無く、タレアだった。
「あっさり魅了され、ヴァン様の秘密をベラベラ喋った挙句呑気に寝ていたなんて! 何とお詫びすればいいのか……」
「いえいえ気にしないでください」
エレオノーラからタレアの事を聞いた時は慌てたが、冬の真夜中に石の床の上で寝ていた割に元気そうなので良かった。それ以上は何も考えていなかったので、そんなに謝らなくてもとヴァンダルーは思っていた。
「タレアよ、仕方あるまい。【状態異常耐性】や【魔術耐性】等の耐性スキルのレベルが余程高かったとしても、魔眼には抵抗できなかったじゃろうからの」
「それに、それ以上謝ってもヴァンが困るだけだぞ」
「うう、ありがとうございます。でも……何故こうなっていますの?」
タレアは、自分の真横に座っているヴァンダルーに聞いた。二人は、一人用だが巨人種用の大きな椅子に並んで腰かけていた。息が触れあうどころか、既に体が触れあっている。
「何でも俺との距離を感じて悩んでいる様子だったと聞いたので、ゼロ距離にしてみました」
「だ、誰にそんな事を聞きましたの!?」
「エレオノーラ」
「うああああああっ! なんて事をばらしやがるのこの女!」
「タレア、タレア、口調が悪くなっておるぞ。後悶えるな、今坊やに肘が入ったぞ」
前後不覚に陥る前、口にしていた事が全てヴァンダルーに知られているらしい事に頭を抱えて悶えるタレアの肘は、結構効いた。
「それで、なんでこの女がここにいますの!?」
がばっと立ち直った途端、エレオノーラを睨むタレア。彼女の顔では無く首から下に視線を向けているのは、『魅了の魔眼』を警戒しているようだ。
睨まれたエレオノーラは、神妙な様子で椅子に座っている。しかし、手足を縛られず猿轡や目隠しもされず、そのままだった。やろうと思えば、そのまま飛んで逃げられそうでもある。
「勿論、ヴァンダルー様に私の知る全てを話す為よ」
そして何故かエレオノーラはヴァンダルーを様付けで呼び、臣下の礼を取っていた。
(あの後、止めるのが大変だった)
エレオノーラは別にいいと言ったのにヴィダの女神を称え、その後ヴァンダルーの手にキスをして忠誠を誓った。止めなければそのまま足にだってキスしただろう。
更に、エレオノーラがあまりに畏まった口調で話すので素の、もっと砕けた口調で話すように頼むのも手間だった。「そんな畏れ多い」と言う彼女に、「これは命令だ」と言いながら、指先で何かを砕くような手つきをしてやっとである。
何故かその時も怯えているのか喜んでいるのか分からない顔をしていたし。
『あのー、とりあえずエレオノーラさんの話を聞いてから、後の事を話し合わない? 私、起きたら色々あった後で何が何だか分からないのよ』
『っと、ダルシア様が言っておりますので、そうしませんか?』
馬車で王城の食堂に入ると言う暴挙を行ったサムがダルシアの言葉を通訳し、そしてエレオノーラは自分達が来た理由や、【悦命の邪神】ヒヒリュシュカカに従う吸血鬼達がダルシアとヴァンダルーにした事を話し始めた。
因みに、エレオノーラやセルクレント達に今まで殺した者達の霊が憑いていないのは、前もって聖水を全身に何度も被って来たかららしい。【霊媒師】対策に、自分の接近を知らせる霊を連れて行かない様全身火傷を負いながら耐えたそうだ。
ヴァンダルーに対してとても有効な方法だが、随分過激な方法を取ったものだ。
「思っていたよりも大がかりな話になっているなぁ」
それを聞きながら、ヴァンダルーは息を吐いた。これまで彼の父ヴァレンを殺した吸血鬼は、記憶を取り戻した後直接かかわって来なかったし、その情報も得られなかったので印象が薄かった。
どうしてもゴルダン高司祭やハインツの後ろに隠れて、存在感が霞んでしまったのだ。
それに天敵の筈の法命神アルダを国教に据えるアミッド帝国の、属国であるミルグ盾国の裏で糸を引いていたとは夢にも思わなかった。
対吸血鬼を標榜するなら、最低限その辺りはしっかり防いでほしいものだ。
「まあ、ミルグ盾国とアミッド帝国は元から敵ですけど」
『事実は小説よりも奇なりですな』
元ミルグ盾国民のサムも知らない衝撃の事実だった。
原種吸血鬼のビルカイン、テーネシア、グーバモン。その配下の貴種吸血鬼に、従属種吸血鬼。あとトーマス・パルパペック軍務卿。
仇を一人滅ぼしても、敵が爆発的に増えて行くかのようだ。
『しかも、二百年前の戦争にも関わってるのか! あれはお前らの差し金かよ!?』
その上【悦命の邪神】派の吸血鬼達はかなり悪質だ。タロスヘイムがミルグ盾国に滅ぼされた戦争の裏にも彼らは存在したらしい。
ボークスが全身から怒気を放つのも無理は無い。
「わ、私はその時生まれていなかったから、詳しい事は分からないわ!
ただグーバモンが戦争を利用して、配下にタロスヘイムの英雄の死体を回収させたと聞いているけど」
ボークスが怖かったのか、エレオノーラはやや早口になってそう言った。
【悦命の邪神】ヒヒリュシュカカの教義は、ざっくり言うとこの世には命を弄ばれる者と、弄ぶ者しかいない。だから他人の命を弄べば、より上位の存在に成れると言うものらしい。
その邪神の加護を得ると通常ではテイムできないアンデッドをテイム……作って僕にする事が出来るようになるらしい。
そして邪神の加護を得ている三人の内一人、原種吸血鬼のグーバモンは英雄と称えられる者の死体をアンデッドにしてコレクションすると言う趣味があるらしい。
そのため、彼は英雄が命を落とす戦争や大規模な魔物討伐などに配下を送り込み、死体を回収させているそうだ。
二百年前の戦争でも配下を送り込んでいたらしい。
『なるほど、ジーナやザンディアの嬢ちゃんの死体が残って無い理由はそれか。だが、何で俺の死体は持って行かなかったんだ?』
「損傷が酷かったからでは? 利き腕と魔剣を砕かれていたので、アンデッドにしても戦力に成らないと判断しても、おかしくないと思いますが」
『ヌアザ、俺が戦力に成らねェだとぉ?』
「私ではありません! 吸血鬼達がそう判断したのではないかと言っただけです!」
「耳に挟んだ程度だけれど……あんたの死体は損傷が酷かったから先に他の死体を運び出して、いざあんたの番と言う時にミハエルが戻ってきたらしいわ」
そして鉢合わせしたミハエルと吸血鬼達は、そのまま戦闘に突入したらしい。吸血鬼達にして見たら満身創痍で愛槍を無くしたミハエルもついでに殺して、死体を持ち帰ればグーバモンから褒美が貰えるとでも思ったのだろう。
しかし、S級確実といわれていたミハエルは二つ名の由来に成った魔槍が無くても強く、吸血鬼達を逆に撃退する事に成功する。しかし、それで体力を使った上に傷の手当てが遅れ、死んでしまったらしい。
『俺が死んでる横で、そんな事があったとはな。じゃあ、あの氷は吸血鬼が入らない様にするために張ったのか』
ミハエルに止めを刺したのは女神謹製のドラゴンゴーレムでは無く、死体を回収しに来た吸血鬼達だったとは。何とも微妙な話だ。
「でもドラゴンゴーレムを倒しても、二人の死体は手に入らないみたいですね」
『よし、坊主。略奪だっ、グーバモンって吸血鬼から嬢ちゃんたちを奪い返せ! 男は女を奪って初めて一人前だ!』
「あー、エレオノーラさんは? ビルカインって吸血鬼から奪った事になりません?」
『こいつはノーカンだ!』
「えー……まあ、将来的には滅ぼしたい連中ですけど、十年単位で待ってくださいね」
略奪愛とか、そういうシチュエーションは嫌いなのだが。されるのでもするのでも。いや、そもそも略奪愛の範疇に含まれるのか疑問だけれど。
しかし、どういったところで結局は【悦命の邪神】派の吸血鬼とは殺し合う事になるだろうし、ヴァンダルーが生き残り幸福な人生を過ごすためにはゴルダン高司祭やハインツ以上に抹消する事が必要不可欠な集団である事に違いは無い。
なんたって吸血鬼だから、寿命が無い。生かしておくとこっちが死ぬまで延々と何か企みそうだ。
その結果ジーナとザンディアの死体を回収してアンデッド化させる事には抵抗は無いし、既にアンデッドにされているなら奪うのは当然の選択だと思うのだが……。
「後、俺を王位に就けようとするの止めません?」
何故かボークスはヴァンダルーに生前第二王位継承権者だったザンディアをくっ付けて、彼をタロスヘイムの王位につけようとしていた。
『何だよ、もうキングなんだろ? ならいいじゃねぇか』
「坊やも往生際が悪いのぉ」
『まあ、貴族に成る練習だと思えばいいのでは?』
『坊ちゃん、心配要りません。誰も法律や税の知識はありませんし、今も税を取ってないじゃないですか』
『そもそも、今のタロスヘイムでは国の形を取っていませんからごっこ遊びみたいなものですよ』
「新しい称号を獲得してボークス達をより強化出来るかもしれないぞ」
しかもヴァンダルー以外全員賛成の様子なのが一番困るのだが。
『あのね、皆さん、ヴァンダルーも嫌がっている訳じゃないの。ただ、選王国に居る第一王女様とその子孫に遠慮しているだけなのよ』
っと、ダルシアが息子の考えを代わりに話してくれた。
昨夜エレオノーラをオルバウム選王国側の工作員や密偵だと勘違いした時のように、オルバウム選王国に逃げた第一王女やその子孫がタロスヘイムの王権を主張し、再興を訴えているかもしれない。
二百年前だと、巨人種のグールと同じ約三百年の寿命ではギリギリらしいが、存命している可能性があるのだ。
もしそうなったらヴァンダルーがタロスヘイムで仮にも王位に就いていると、とても面倒な事になる。
「レビア王女様とそのお子様方なら、タロスヘイムを再興した御子を称え、喜んで王位を譲られるのではないでしょうか?
何といっても御子はこのタロスヘイムの城も街並みも城壁も、全て在りし日の姿を取り戻してくださったのですから」
ヌアザの言う通り、それはヴァンダルーの功績と言っていいだろう。巨人種アンデッドやグール達に木の伐採や魔物の駆除をしてもらったとしても、建造物を修理したのは彼の【ゴーレム錬成】スキルのお蔭だ。
もし第一王女達がタロスヘイムまで戻って来られたとしても、ヴァンダルー抜きで都市を元に戻すには数十年単位の時間と、莫大な労働力とそれを賄う資金が必要になった。それをかけずに整え再建したのだから。
「でも流石に王位は譲らないと思いますよ。それに、王女様の人柄がどんなに良くても選王国側の思惑とか色々あるでしょうし」
暗殺者が送り込まれてくる可能性すらある。最悪、上級冒険者による討伐隊が組まれるかもしれない。
今このタロスヘイムに居るのはダンピールのヴァンダルーを除けば、選王国では人間だと認識されない者ばかりだ。強引に排除して、都市を占領しても選王国は法律上何の問題も無い。
「と、いう訳で選王国側の動きが分からない内は迂闊な事は出来ません。まあ、もっと早く考えるべきだったかもしれませんけど。
これからは魔物だけでは無く、人に対しての防備も考えないと」
そう、分からない内はだ。ヴァンダルーには、このタロスヘイムを手放すつもりは無い。折角手に入れ、整えた皆の居場所だ。誰がただでくれてやるものか。
地下にはダルシアを蘇生できる魔術装置もある。例え相手が選王国でも、奪おうとするなら敵だ。
「それで、早速諸々の対策を話し合おうと思うのだけど」
「ヴァン様、その前にこの女の処遇を決めませんと!」
ヴァンダルーの声を遮って、タレアはエレオノーラを指差した。彼女の『魅了の魔眼』に惑わされた事が余程屈辱だったのだろう。
しかし指差されたエレオノーラは眉一つ動かさずタレアの方を向くと、頭を深々と下げた。
「昨夜は申し訳ありませんでした」
「ええっ!? そこで素直に謝りますの!?」
「勿論よ。悪いのは私だもの。私はヴァンダルー様の敵になるのだけは嫌なの。それは何よりも恐ろしい事だわ、貴種吸血鬼のプライドなんて、そのためなら捨てて構わない。そう思うほどにね」
謝罪されて驚くタレアに、すらすらとエレオノーラは何故素直に謝罪したのかを説明した。
セルクレントの魂を滅ぼした後、ヴァンダルーはエレオノーラと従属種吸血鬼達の霊から話をざっと聞いている。
そして、ヴァンダルーは従属種吸血鬼達の魂を全て砕いて滅ぼした。
彼らが自分の命を狙ったからではない。彼らが父であるヴァレンに直接手を下したからであり、そしてタレアを殺そうとしたからだ。
そしてエレオノーラが今拘束もされず無傷で座っているのは、ヴァンダルーに敵ではないと判断されたからだ。
ヴァレンの死に関わっていない、最初は殺すために来たが実行する前にその気を喪失した、タレアを殺そうとする吸血鬼を止めた。その三点でもって、エレオノーラは敵では無いとヴァンダルーは認識していた。
「あのー、何故そこまで俺に入れ込むんですか? 神の加護云々については、ただの勘違いですよ」
そういうヴァンダルーに、エレオノーラは「いいえ、貴方はある意味神よりも恐ろしい力を持っているわ」と答える。
「魂を滅ぼすなんて、伝説の魔王にしか出来ない事よ。私の前の主人の原種吸血鬼は勿論、【悦命の邪神】ですらね」
『俺もガキの頃にお伽噺で聞いちゃいたが……だから坊主が魂を砕いて見せた時は驚いたぜ。思わず硬直しちまった。これが死後硬直って奴だな』
ボークスの冗談はさて置いて……。
ラムダでは、魂を滅ぼす事が出来る存在はいない。何故なら、人の輪廻転生はラムダに存在する神では無く、ロドコルテの権能だからだ。
彼はオリジンや地球等、ラムダを含めた複数の世界の輪廻転生のシステムを司る神だ。そのため、各世界で魂が勝手に滅ぼされない様にしている。
だからどんなに力のある神や邪神でも、魂を滅ぼす事は出来ない。死ぬまでの間にどれほど凄惨な拷問を行い、悍ましい死に様を与え、死後もその魂を何百何千もの年月縛ったとしても、何時かはロドコルテの元に行く。そして、新しい生命体として転生するのだ。
ロドコルテの存在をエレオノーラも含めたラムダ世界の住人は知らない。しかし輪廻転生を誰もが信じている。
輪廻転生が保障されているから、人々は死後に希望が持てる。何時の日か再生し、新たな人生を歩める。
魂が無事なら、死後神々に掬い上げられ眷属に迎えられるかもしれない。今まで何人もの英雄や偉人がそうして神々の従属神や眷属として迎え入れられ、死後もその行いを称えられている。
そして神本人なら、魂が無事である以上復活する望みがある。
それらの望みや希望を全て否定するのが、魂の滅びだ。
今までそれを可能とするのは伝説の魔王のみであり、魂を滅ぼす力を持っているからこそ魔王は神々に恐れられ、数多の邪神や悪神を従える事が出来たのだ。
「だから、魔王亡き今あなたはこの世界で最も恐ろしい力を持っているのよ。貴方に比べれば、ビルカインもヒヒリュシュカカも足元にも及ばないわ。
だから、私は貴方の敵になりたくないのよ」
エレオノーラは、今も昔も恐怖の奴隷だった。
彼女を恐怖で支配した親に奴隷として売られ、買った奴隷商人は当時やせっぽちで色の黒かった彼女に大した価値を認めず、身体に傷をつくのも構わず荒っぽく扱い、更に買われた先の鉱山主は消耗品として彼女を使い潰す事を当然の事としていた。
そして彼女の素質を偶然見出したビルカインに買われ、より大きい恐怖で支配された。だがそれまでと違い、ビルカインは結果を出す限り彼女を優遇した。
他の子供達よりも優れた結果を出せば、硬い拳ではなく賞賛をくれる。
言いつけを守っていれば、冷たい鎖や首輪ではなく柔らかで綺麗な服を着られる。
どんなに汚く凄惨な事でも従えば、腐りかけの野菜屑が入ったスープではなく、贅を凝らした料理を口にできる。
媚を売り尻尾を振っていれば、身体に付けられるのは傷跡ではなく美しい宝飾品の数々。
そして美しく成長したエレオノーラは貴種吸血鬼の一人として迎えられ、『魅了の魔眼』を獲得しビルカインの寵愛を得た。
しかし、同時に彼の寵愛を失う事を何よりも恐れていた。確かにエレオノーラの優秀さはビルカインも認めていたが、ビルカインがエレオノーラの事を「唯一無二の存在」だと思っていない事を、彼女は解っていたからだ。
ビルカインにとってエレオノーラは最近のお気に入りではあったが、彼女程度の吸血鬼は千年もあれば最低でも一人、多ければ十数人仕立てる事が出来る。
そう、たった千年だ。十万年を生きてきたビルカインにとって、それは決して長い時間では無い。
だからエレオノーラはビルカインに尻尾を振り続けた。しかし、彼女はビルカイン以上に恐ろしい存在に出会った。それがヴァンダルーだ。
飼い犬がダンピールに乗り換えたと知ったらビルカインは屈辱に震え、怒り狂うだろう。もし捕まれば、恐ろしい拷問を覚悟しなければならない。しかし、魂が滅ぼされる事だけは無い。
「本当にいいんですか?」
だからあなたの方につきますと言われても、タレアだけでは無くヴァンダルーも首を傾げていた。
「絶対向こうの方が給料高いですよ。甲斐性も上だろうし。そもそも向こうの方が強いですよ、圧倒的に」
「そんな事ないわ。セルクレントを一方的に嬲り殺して見せたじゃないの。私が完全な状態だったとしてもあれほど冷酷に、そして残虐に勝つ事なんて不可能よっ」
「……褒められているのか、分からなくなってきた」
やはり向こうの方が甲斐性は上だとはエレオノーラも思っているらしい。あまり重要視してないようだが。
「昨日のあれはセルクレント、でしたっけ? あれが無謀だったから一方的に殺せただけですよ」
それにヴァンダルー自身、セルクレントが弱かったとは思っていなかった。奴は無謀だったというか、色々運が悪かっただけだ。
ヴァンダルーについて正確な情報が無かったので、床を抜かれて床と天井付近に手下と分断された。
更に、ヴァンダルーがこっそり呼んでおいたボークスによって片腕片足を切り落とされ、そのボークスと恐竜ゾンビ達によって手下を皆殺しにされる。
極めつけがヴァンダルーに魔術が効かないと思って、傷が塞がる前に鉤爪での接近戦を選んでしまった事だろう。そのため残っていた腕を【停撃の結界】に捕えられてしまい身動きが出来なくなり、【無治】をかけられて再生力を無効にされて失血死の危機に狼狽する事になった。
ブゴガンのように武器ならまだしも、直接腕が【停撃の結界】に囚われてしまうと筋肉から直接運動エネルギーを吸われてしまい動けなくなるのだ。しかも、以前の反省を生かしてヴァンダルーは結界に大量の魔力を込めている。
その上スキルレベルも上昇していたので、結界そのものの性能まで上がっていたのだ。
ここまで不利な条件が続くと、運が悪かったとしか言いようがない。
「エレオノーラの話を聞くと前から色々と追い詰められていたみたいですけど、それもあって焦っていたのかな?
でも、もしあいつが距離を取って遠距離戦に徹すれば逃げるくらいは出来たかも」
それでも勝てたとも善戦は望めたとも言わないのは、あの場にボークスが居てヴァンダルーが結界の中に留まっただろうからだ。
背後には格上の相手、前方には絶対に傷つけられないターゲット。これでセルクレントが勝てる見込みがあるはずが無い。
「どうせ逃げてもあいつには処刑しか待っていなかったから」
「吸血鬼社会も厳しいな。まあ、兎も角まだ俺は強くありません。防御特化なだけです」
ボークスのように剣の一振りで敵を惨殺できるような攻撃力は無い。いや、あるにはあるけど【魔力弾】はあまり精密な狙いが付けられないし、弾速は弓矢より鈍く、射程は短い。
「だけどいつかビルカイン達を殺す……滅ぼすのよね?」
「それは勿論」
いくら十万年生きる原種吸血鬼でも、チート能力もちの転生者よりは倒せる見込みは大きいだろう。邪神の加護があるにしても、邪神そのものでは無いのだし。
「でも強くなる前にビルカインって奴が直接乗り込んで来たらどうします?」
「それは無いわ。奴らが直接動いて境界山脈を越えるなんてありえない」
エレオノーラは自信を持って断言した。その自信には根拠がある。ビルカイン達原種吸血鬼は確かに強力だが、原種吸血鬼同士で仲が良いとは決していえない関係だからだ。
ビルカインが直接動くとなれば、同格のテーネシアやグーバモンといった残り二人の原種吸血鬼が「そうか、頑張って。部下を貸すよ」と言って協力を約束する。しかし、実際にはビルカインの留守の間に組織を掌握しようとするはずだ。
「お山の大将っていうのはね、山に居るから大将で居られるのよ。一度でも山から下りたら戻るのは至難の業なの」
流石邪神を奉じるコミュニティ。助け合いの精神では無く、蹴落とし合いの精神が根っこまで息づいている。
「だから俺に付いても大丈夫だと?」
「そうよ、この世界に貴方ほど恐ろしい人はいない」
「だからタレア達とも仲良くしようと最大限努力する?」
「勿論よ。彼女達の敵は、貴方の敵でしょう? 足の裏を舐めてでも許しを請うわ」
実際、タレアを殺していたらヴァンダルーはエレオノーラも殺していただろうから、その対応は正解だ。
若干潔良すぎる気もするが。
「じゃあ、タレアが許したらそれでいいです。これからもよろしく」
そしてヴァンダルーも切り替えが早かった。
『ヴぁ、ヴァンダルーっ? そんな簡単に信じてしまっていいの!?』
「坊やっ、こいつの言っている事はつまり、坊やより恐ろしい存在が出来たらまた裏切ると言うのと同じじゃぞ!」
っと、止めるダルシアとザディリス。ヴァンダルーは「まあまあ」と慌てる二人を宥めるように両手を動かす。
「信じていいかは、当人の希望で保険をかけるから大丈夫。
後ザディリスのいう事はあってますけど、世の中そんなもんです」
人間は自分に最も利益を与えてくれる存在の下に集まる。
地球に居た頃聞いたニュースで、従業員がすぐ給料の良い別の企業に行ってしまって工場や企業が困っているという報道があった。
エレオノーラはそれと同じだ。
「エレオノーラの判断基準は『恐怖』で、俺以外に魂を滅ぼせる人が居ない限り裏切らないでしょう。魔王が復活するとか」
後、転生者の中には居る可能性もあるが、多分心配無いだろう。ロドコルテが自分の領分を侵されるような力を与えるとは考え難い。
「む~、まあ恐怖で支配する方法は昔から在るが……」
「後、エレオノーラを仲間にする理由としては……父さんの件に彼女は関わっていなかったから、敵じゃない。邪神派の吸血鬼の情報を彼女から手に入れられる。戦力になるから。
後は――」
『別嬪だもんな。良い身体してるしよ』
「そうそう」
口を挟んできたボークスにヴァンダルーが頷くと、数秒後何故か妙な空気が漂う。本当に何故だろう。
「ヴァン様……そこは慌てて否定するのがお約束ではありませんの!?」
「俺、必要のない嘘はつかない主義なので」
「そんなっ! じゃあ私よりもこの女の方を気に入ったのですか!?」
「いえいえ、タレアの方が良い身体してますよ」
だってタレアの方がエレオノーラより筋肉が、特に二の腕の筋肉が。あと触ってみると腹筋も中々。
「まぁ♪ そういう事でしたら……」
恥じらうように頬を手で隠すタレア。「いや、絶対筋肉の量の事じゃろ」「それ以外にないな」とザディリスやバスディアが囁き合っているが、その通りだ。
『それで坊ちゃん、保険と言うのは?』
っと、サムが脱線していた話題を修正する。
「俺がピアス型のゴーレムを作って、彼女に刺します。これで常に居場所が分かりますし、もしもの時はゴーレムで身体の内側から攻撃させます」
エレオノーラに取って厳しい保険だと思うが、これは彼女自身が望んだ事だった。
それにエレオノーラを仲間に加えるのを皆が納得しやすいように、ヴァンダルーがあえて厳しい案を提案したという事情もあるが。
因みに、作るピアスは内部に水銀を仕込み、腐食しないよう【鮮度維持】をかけて作る予定である。
「そこまでするなら我も文句は無いが、そのピアスは何処に付けさせるつもりだ? やっぱり臍か?」
『坊ちゃんはお臍が好きですからねー。ふぅ……筋肉といい手首といい、私達に無い物ばっかり』
「ヴィガロ、リタ、分っていると思いますけど筋肉以外は誤解です。というか、リタにある物ってなんですか?」
『可憐さです☆』
そんな冗談を混ぜつつ、ヴァンダルーは「舌に着けてもらう予定です」と言った。
「舌……」
『ヴァンダルー、それはちょっと……』
何故か皆に引かれた。
「一つでも二つでも幾らでも賜ります!」
そう言いながらエレオノーラは「さあ、穴をあけて」と言わんばかりに赤い舌を出すし。
「あのー、これからタロスヘイムの防衛体制について相談したいので、この話題はここまでにしません?」
大変なのはこの後の筈なのだが。
因みに、獲得した【魂砕き】スキルの検証は暫く後回しだ。
・名前:エレオノーラ
・ランク:8
・種族:ヴァンパイアバロン (貴種吸血鬼男爵)
・レベル:47
・ジョブ:魔眼使い
・ジョブレベル:70
・ジョブ履歴:奴隷、使用人、見習い魔術師、見習い戦士、魔術師
・年齢:6歳(吸血鬼化当時の年齢 20歳)
・パッシブスキル
自己強化:隷属:3Lv
怪力:5Lv
高速再生:2Lv
状態異常耐性:5Lv
直感:3Lv
精神汚染:3Lv
魔力自動回復:3Lv
気配感知:3Lv
・アクティブスキル
採掘:1Lv
時間属性魔術:5Lv
生命属性魔術:5Lv
無属性魔術:2Lv
魔術制御:3Lv
剣術:1Lv
格闘術1Lv
忍び足:3Lv
盗む:1Lv
家事:2Lv
・ユニークスキル
魅了の魔眼:7Lv
次話は11月8日中に投稿する予定です




