三百六十話 振り下ろされる杭と、戦後のオルバウム
遅くなってすみません(平伏)
激痛のあまり気絶する事すらできない生き地獄を、肉体を持たない神も味わう事ができる。身をもってそれを証明したロドコルテは、まだ起き上がる事もできず、倒れ伏したまま考えていた。
六道聖だけではなく、ゴーストと化した守屋達、計七名の転生者の魂を一度に食われた激痛はロドコルテを打ちのめしていた。
(グドゥラニスは、結局ヴァンダルーに食われてしまった。こうなるのだったら奴の言う通りにするべきだったか?)
それは自分が襲われる危険性を考えて、自身が管理している封印をグドゥラニスの元に届けなかったことだ。
のど元過ぎれば熱さを忘れるという言葉通りだ。しかし、実際あのグドゥラニスはヴァンダルーを倒す可能性があるという意味では、貴重な存在であった。【魂の欠片】もそうだが、吸収した六道聖と狂った彼の配下のゴースト達、そしてエドガーのステータス。さらに【魔王の欠片】で構成された肉体。問題点もあったが、それらが合わさって力を発揮していたのも事実だ。
同じ戦力を創りだそうとしても、難しい……いや不可能だ。【魂の欠片】と転生者の魂だけではない。【魔王の欠片】に関してもそうだ。
オルバウム選王国の【魔王の欠片】は、ほとんどヴァンダルーに吸収されてしまった。残っているのは、テルカタニス宰相が集められなかった欠片だけだ。
【魔王の腕】は、【右手親指】や【左手小指】、【左手の掌】等が統合した結果【魔王の腕】となったもの。【魔王の脳】も【魔王の小脳】や【大脳】、【前頭葉】等が統合して【魔王の脳】になったものだ。
まだ腕や脳の【欠片】は存在するかもしれないが、なくても他の【欠片】が補える程度のものでしかないはずだ。
グドゥラニスの肉体は、神話では千々に引き裂かれたと記されている。しかし、それは当然だが肉体の【欠片】が千ある事を意味しているわけではない。千々とは、細かく分かれた事を意味する形容詞に過ぎないのだ。
魔王軍残党がグドゥラニスの復活を企てる可能性があると、当時のベルウッド達は真剣に警戒していたので、正確な【欠片】の数を記録して広めるわけがないのだ。
そして、ラムダ世界でもっとも繁栄しているのがバーンガイア大陸である。その大陸の三分の一を治めるオルバウム選王国には、それだけ多くの欠片が存在していた。しかし、今やほとんどヴァンダルーに吸収されている。そしてヴィダ側が管理していた欠片は、既に吸収されているだろう。
つまり残っているのは、バーンガイア大陸の残り三分の一を支配するアミッド帝国とその属国に存在する【欠片】だ。
十分な肉体を【魔王の欠片】で構成するには、アミッド帝国に存在する【欠片】を殆どかき集めなければならないだろう。
(もっとも、それを行ったところで【本能】と【記憶】もなく、ステータスの恩恵を受けていないグドゥラニスに勝ち目があるのか否かが問題だ。
まさか、ヴァンダルーが【欠片】を完全に自分の一部にするとは……何故十万年前に現れなかった!?)
そう内心の苛立ちを神域の床に拳を何度も叩きつける事で表すロドコルテだが……そもそも時系列的にヴァンダルーが十万年前に現れるのは無理がある。
グドゥラニスに砕かれたザッカート、アーク、ソルダ、ヒルウィロウの四人の魂の欠片を、ほかならぬロドコルテが一つに纏め、十万年の間地球で輪廻転生を繰り返させる等の経緯の末に誕生したのがヴァンダルーなのだから。
『っ! そうだ、今はそんな事を考えている場合ではない……!』
我に返ったロドコルテは、理不尽な八つ当たりを止め立ち上がろうと足掻きだした。
『この件を、どうにか誤魔化さなければならん! アルダが追及に来る前に何か手を考えなければ!』
いや、無理だろ。そう遠くで御使いとなった亜乱達が呟いたのも耳に入らない程、ロドコルテは焦っていた。
エドガーに【魔王の粉】を施した件は、まだ何とかできるだろう。魂が傷ついたエドガーの治療をロドコルテに任せたのはアルダであるし、現役に復帰できるように……しかもできるだけ早くなんて無理な注文をしてきたのもアルダだ。
自分はそれに応えただけ。だが、【粉】とはいえグドゥラニスの魂の一部を使った事を黙っていたのはたしかに悪かった。そう謝罪する余地はある。そう、ロドコルテは思った。
しかし、六道聖にグドゥラニスの【本能】と【記憶】を施し、わざわざ【魔王の欠片】の肉体を用意するのに協力までして、それを詰問に来たアルダに嘘をついて騙したことには弁解の余地がない。
六道が……グドゥラニスがヴァンダルーを殺し、そして彼が治める国の民を殺し尽くしてくれていれば、ロドコルテは『ラムダ』世界の住人に殆ど認知されていない存在に戻り、『ラムダ』から高跳びする事ができた。もしそうだったらアルダがどう思おうが、『ラムダ』世界がどうなろうが……結果的に滅亡したとしても知った事ではなかった。
輪廻転生システムが担当する世界の一つが消えるだけ。一度は『地球』や『オリジン』ごと切り離す事を決めた世界だ。失わないで済むならラッキーだが、失う事になっても惜しくはない。
だが、その未来は絵に描いた餅のまま。今の状態で形ばかりとはいえ、アルダとの協力関係が崩れるのは不味い。
(もはや手駒になりえる転生者は、六道が消滅した事で茫然自失になったままのダー・ロンただ一人。私だけではヴァンダルーを殺すための戦力を集められない。アルダとその従属神に全て任せる事になる。
グドゥラニスの口から、私がヴァンダルーの命だけではなく奴の民の命まで狙っている事を知られた! ヴァンダルーは、いつか必ず私を殺しにやってくる!)
ヴァンダルーがロドコルテの神域に侵入する事ができるのか、できたとしても複数の世界の輪廻転生システムを管理するロドコルテを滅ぼすような暴挙を犯すのかは不明だが、否定する材料もない。そもそも、ヴァンダルーが暴挙を犯そうが、ロドコルテが消滅しても問題が起きないよう何らかの工夫をしてから彼を滅ぼそうが、ロドコルテ本人にとっては関係ない。滅ぼされる事に変わりはないのだから。
ロドコルテが生き残るには、生き残ったハインツ達をさらに強化してヴァンダルーを倒させる事がもっとも現実的で可能性のある方針なのだ。
『ロドコルテよ……』
その時、神域に威厳のある声が響きアルダが姿を現した。
(もう来たのか!?)
まだ何も思いついていないロドコルテは狼狽えたが、何とか口先で時間を稼ぎその間に策を考えようと顔を上げた。
『アルダよ、まずは私の話を――』
顔を上げたロドコルテの視界に入ってきたのは、青白い顔をしたアルダと彼の腕。そして自分の顔面に振り下ろされる杭だった。
耳を劈くような悲鳴をあげていたロドコルテが、神域の床で痙攣するだけになるのを見てアルダはようやく振り上げていた腕を降ろした。
『怒りのままに突き刺したが……まさか、『ラムダ』の神々にしか効果の無いはずの我が神威『法の杭』がロドコルテに効くとは……』
アルダはロドコルテに騙されていた事に気がつき、しかもグドゥラニスが復活してしまった事で激怒した。そして、そのままロドコルテに杭を振り下ろした。神威が効くとは思っていなかった。ただ、怒りをぶつけずにはいられなかったのだ。
『そういえばグドゥラニスが言っていた……ヴァンダルーを殺すだけではなく、奴の国を亡ぼすと。なるほど、ロドコルテはヴィダの新種族に認知され、この世界の神となっていたのか。
だから、追い詰められ焦っていたのか?』
何本も杭が刺さっているロドコルテに、問いに答える余裕はない。しかし、そういう事だろうとアルダは納得した。
それよりも、先に確認するべきことがある。場合によっては、全ての杭をすぐに抜かなければならない。
『ロドコルテの御使いよ! 答えよ!』
『は、はいっ! 何なりと!』
『ラムダ』では見ない奇妙な服を着た男の御使い……円藤硬弥はアルダの前に参じた。それはもしアルダが自分達にまで怒りを向けた場合、自分が犠牲になってシステムにより習熟している亜乱と泉を逃がすためだったが……それは杞憂に終わった。
『輪廻転生システムは、我が神威がロドコルテを罰している間も問題なく作動し続けているか?』
ロドコルテに何度も杭を突き刺した事で溜飲が下がったのか、アルダは硬弥達が考えていたよりも理性的だったのだ。
『はい。問題なくというか……問題が発生した場合はロドコルテの手入れや整備が必要ですが、問題が起きなければ、このままでも暫くなら問題ありません』
ロドコルテの輪廻転生システムの完成度は高い。ロドコルテが活動不能の状態にあっても、自動的に輪廻転生を行い続ける事ができる。さらに、御使いとなった硬弥達がシステムの扱いに習熟してきたため、簡単なメンテナンスやエラーへの対処なら彼等だけでも可能だ。
ただ、今回はその完成度の高さがロドコルテの不運に繋がった。
『汝の言う問題、そして暫くとは?』
『問題とは、ヴァンダルーが魂を消滅させた場合です。ただ、それでも暫くの間なら誤魔化せます。
暫くとは、数年から十年ほどです』
『それは『ラムダ』だけではなく、ロドコルテが輪廻転生を管理する全ての世界もか?』
『はい、全ての世界の輪廻転生も同じです』
『なるほど……なら、杭を抜く必要はないか』
アルダはロドコルテがいなくても問題がない事を知って、杭を抜くのを止めそのままにすることにした。もし、輪廻転生システムがロドコルテのメンテナンスを頻繁に必要としていたら、ロドコルテが味わうのは地獄のような激痛と恐怖だけで済んだのだが……。
『では、お前達にはこれから暫くの間輪廻転生システムの管理をしてもらう。主であるロドコルテを助け出そうとしても無駄だと思え』
『分かりました! 無駄な事は考えず、輪廻転生システムの維持管理に集中します! では!』
硬弥はそう一礼すると、システムの元に戻って行った。本来なら主であるロドコルテの身を案じる筈だが、その様子が全くないその態度に、アルダは逆に戸惑いを覚えた。しかし、ロドコルテの人徳の無さ故だろうと考えた。
『御使いとすら良好な関係を築けないとは……。だが、輪廻転生の問題は暫くの間はどうにかなった。これでロドコルテや、奴の転生者に頭を悩まされる事はなくなる。
後はハインツ達と英雄候補か……ハインツの目が覚めたのはせめてもの幸運だが、エドガーを喪ったのは痛い。それに、オルバウムを信仰的に失うかもしれないとはな』
ハインツ達を育てるためにダンジョンを創ったため、アルダは地上に降臨する力の余裕を失っていた。それに、降臨してグドゥラニスと戦っていれば、ヴァンダルーに攻撃される危険性があった。
だが、それをオルバウムの人々に理解しろというのは無理がある。彼等の目には、ヴァンダルーは『救世主』に見えただろう。
その実態がどれほど悍ましく、邪悪であったとしても。実際に、彼らはヴァンダルーに助けられたのだから。
ハインツ達もアルダ勢力の神々の信者として戦ったが、その活躍はヴァンダルーと比べると圧倒的に小さい。幸いグドゥラニスが復活した経緯は、明らかになっていない。エドガーの事も、悲劇として伝わるだろう。しかし、地上で戦っていた英雄候補達の記憶に残るのは、「エドガーが死んだ」という悲劇だけだろう。
英雄候補達も、【ロドコルテの加護】を得させていた神々について不信の念を抱いているようだ。ルビカンテの以前の英雄候補のように、彼らの内何人かは切り捨てる事になるだろう。
そして、切り捨てるのはオルバウム選王国のいくつかの公爵領もだ。
『本来の予定では、アミッド帝国とオルバウム選王国をハインツとエイリークを中心に纏め、戦力を集結させて対ヴァンダルーに当たらせる予定だったが……アミッド帝国を主に進めるしかないか』
ハインツ達はナインロードが、オルバウムから離れた場所に逃がした。そのままアミッド帝国側に逃げ延びるよう神託で伝えるとしよう。
後はアミッド帝国側にハインツ達を受け入れるよう、新教皇のエイリークにも神託を出さなければならない。ハインツ達は、生まれはアミッド帝国の属国であるミルグ盾国だが、建国以来の敵国に活動の拠点を移し名誉貴族位まで得ている。それを知っている者の中には、彼らを国賊と呼んでいる者も多い。
だが、ベルウッドを眠りから呼び覚まし、彼の聖剣を携えている事を知らしめればアミッド帝国の人々の彼に対する見方も変わるだろう。いや、変えなくてはならない。
アルダは早速ハインツに神託を下した。
《【迷宮創造】スキルのレベルが上がりました!》
《【装影群術】が、【装魔界術】に覚醒しました!》
グドゥラニスを倒し、ハインツ達に逃げられたヴァンダルー達は早速事後処理に動いていた。
「……見ろ、『門』がカルガモの雛のようだ。どうやら、私は疲労のあまり目がやられてしまったらしい」
「ヘンドリクセンさん、しっかりしてください。あれは現実です」
『とりあえず、薬草茶でもいかがですか?』
口を半開きにしたヘンドリクセンと、彼を気遣うアーサーと使い魔王の前を、ヴァンダルーが『門』を引き連れて歩いていく。
「できれば、こういう事はしたくなかったのですが。これもすべて六道……ダークアバロンが悪い」
六道がオルバウム中に出現させたダンジョンの『門』は、六道と彼を乗っ取ったグドゥラニスが消滅しても、そのまま残り続けた。
そして『門』の向こうのダンジョンも、健在である。現時点では殆ど魔物は駆除されているが、時間が経てばまた出現するはずだ。
それをどうにかしなければ、オルバウムの再建復興は不可能。しかし、ダンジョンを破壊して機能を停止させることはできない。
『アルダの試練のダンジョン』や『ザッカートの試練』のように、ダンジョンを管理する者が存在するならそれを滅ぼせば、ダンジョンの機能を停止させることができるが、そうでないならヴァンダルーでも階層に穴を開けるだけだ。
そのため、ヴァンダルーは【迷宮創造】スキルで『門』を一か所に集める事にした。そして、『門』を一つ残して他の『門』をダンジョンの中に入れてしまう。
ダンジョンの中にダンジョンの出入口が無数に設置されるという複雑な事になるが、これで外界と繋がる出入口が一つしかない普通のA級ダンジョンになる。
ダンジョンの出入口を動かせることを明らかにするのは、ヴァンダルーとしては抵抗があったが……既に色々やらかしているので、今更気にする事もないだろうと開き直る事にした。
その避難所に避難した人々は、一部の例外以外はまだ外に出ていない。瓦礫だらけの外へ慌てて出すよりは、避難所で過ごしてもらった方が安全だし、火事場泥棒などの犯罪が起きる危険性がないからだ。
ちなみに、食料はオルバウム中にあふれかえっている魔物の死体を解体して調達している。
「ヘンドリクセン! いつまでも現実から逃げるな! 肉を捌く作業に戻れ!」
「いくらやっても終わらない……何故か骨が抜かれている死体が多いから、普段よりは楽だが」
『食材に使わない素材は纏めて買い取るので、ここに集めるように!』
「買い取れるのか、こんなにたくさんの、しかも高ランクの魔物の素材を。冒険者ギルド、破産するんじゃないか?」
アイラの声に、解体作業をしている冒険者の一人が思わずそう呟いた。彼がそう心配するのも無理はない。
ランク7の魔物の素材でも大金で売れるのに、ランク10を超える伝説にしか存在を記されていなかった魔物が数えきれないほど出たのだ。損傷が激しく使い物にならない死体もあるが、それでもそんな伝説の魔物の素材の山ができている。
買い取るのに何千万……何億バウム必要になるか分からない。
「いや、国から補助金が出るだろ」
「その国もこの有様だぞ?」
男の言葉に隣で皮から肉を削ぎ落としている男が反論する。しかし、そう言い返されては男も「そうだな」と言うしかなかった。
今朝まで存在した街並みは半分が瓦礫に、そして残りは建物としての形は残っているが半壊状態でそのままではとても使えない状態だ。特に貧民街は壊滅状態になっているらしい。元々、廃屋と区別がつかない建物ばかりだったから仕方ないが……。
奇跡的に無事な一角もあるが、無傷の建物はシルキー・ザッカート・マンションのような例外を除けばほんの一部しかない。その中でも不思議な事に、選王城は崩れることなくその威容を保っているのがここから見えるが……。
(いや、選王城ってあんな形だったっけ? 塔の数が増えた……いや、場所が変わっているような?)
すっかり様変わりしたオルバウムの風景を眺めていた男は、ふと見慣れていたはずの選王城の形が変わっているような気がして、首を傾げた。
(いや、気のせいか。城壁も穴だらけだし、空に巨大な帆船や肉塊、百足に龍が浮かんでいる異常事態だ。城はグドゥラニスとの戦いの真下にあったのだし、形が変わる被害が出ても当然だろう)
男はそう意識を逸らし、別の事を口にした。
「それにこれからどうなるんだ? 『五色の刃』もどこかに消えたまま帰ってこない。それに……あいつら、揉めていなかったか? 『救世主』と」
「……分からん。離れていて声は聞こえなかったし……」
男達は、ヘンドリクセンと同じ英雄候補……アルダ勢力の神々から加護を得た者や、その仲間だった。そのためロドコルテがグドゥラニス復活の原因と聞いて不安を覚え、そして『五色の刃』と『救世主』ヴァンダルーが揉めていたらしい事を知って困惑していたのだ。
アルダ信者のハインツとヴィダ信者のヴァンダルーが、平時なら揉めるのはおかしい事ではない。しかし、魔王グドゥラニスを倒したヴァンダルーと、しかも倒した直後に揉めるのはどうなのか? たとえ信じる神が異なっていても、世界が救われた事を共に喜ぶべきではないのか?
そもそも、ハインツ達はヴィダ信者とヴィダの新種族との融和を主張するアルダ融和派だ。そのハインツ達がヴィダに『救世主』と称えられたダンピールのヴァンダルーとトラブルを起こすのはどうなのか。
考えれば考えるほど、彼等にはハインツが何を考えているのか分からない。もっとも、グドゥラニスとヴァンダルー達が空で戦っている間、彼らは地上で……それもヴァンダルー達から離れたところで戦っていたので、状況を把握している訳ではないのだが。
グドゥラニスの復活宣言や咆哮、そしてヴィダがヴァンダルーを称える声は聞こえたが、状況や経緯をしっかり確認できたわけではないのだ。だから、何か事情があったのかもしれない。もしくは、自分達が誤解しているだけの可能性もある。
しかし、事情を問うべき『五色の刃』はどこかへ……それも、神の力でどこかへ去ってしまった。
だが、男達が奉じる神からは指示を下す神託はない。
「ヘンドリクセン! アーサー! お前達は何か神託を受けてないのか!?」
不安を加速度的に増した男は、堪らず近くにいた頼りになる相手にそう尋ねた。
「いや、何も受けていない。だが、こうは考えられないか? 神は、今は我々に何も語る必要はないと言っているのだと」
最初に応えたのは、ヘンドリクセンだった。ヴァンダルーが、本来不動のはずのダンジョンの出入口を移動させるという信じがたい光景から立ち直った彼は、すっかり冷静さを取り戻していた。
「な、何も語る必要はない!?」
「それは、どういう事だ!?」
ヘンドリクセンの言葉をオウム返しに言い、さらに質問を飛ばす英雄候補達。彼等に次に答えたのはアーサーだった。
「復活したグドゥラニスは、無事倒された。そして我々は街の再建と復興のために、できる事をしている。これで十分ではないでしょうか」
アーサーの強面に慣れた英雄候補の男達は、はっとした。
「なるほど、そういう考え方もあるのか」
「確かに……今はそんな事をしている場合じゃないな。後で機会があれば、『救世主』やアイラさん達に聞けばいいし」
そう話しているのを聞き流しながら、ヴァンダルーは『門』を一か所に集めていく。
「旦那様、二つお尋ねします。一つは……『五色の刃』やアルダ勢力の神々を非難しなくてよろしいのですか?」
秘書のように横について歩いているベルモンドにそう尋ねられたヴァンダルーは、魔術で自分達の声が他に届かないよう防音を施してから、「ええ、しません」と頷いた。
「正確に言うなら、今はまだ俺達がする必要はありません。ヴィダ信者の俺達がアルダやその信者のハインツを、積極的に非難すれば、人々の反感を買ってしまいます。
避難していた人々は、何があったのか見聞きしていませんから」
ヴァンダルーのお陰で命を助けられたオルバウムの人々だが、だからといってヴァンダルー達の言葉を妄信してくれる訳じゃない。特にアルダ勢力の神々を信仰している人々は、ヴァンダルー達が一方的にアルダ達神々を非難し、ハインツを糾弾しても信じるどころか疑いの眼差しを向ける者が少なくないはずだ。
彼らにしてみれば、突然今朝まで平和だった町が魔物に襲われて命からがら避難したばかりだ。それで信仰している神々を非難されても、訳が分からないだろう。
ヴァンダルー達にとっては明白な真実でも、人々にとっては違うのだ。彼等を信用させられる証拠があるわけでもないのだし。
「ただ、俺達は穏やかに、人々に分かりやすい『事実』を話せばいい。エドガーにグドゥラニスの【粉】が施されていた事は、秘密にしておきましょう。
アイラが広めてくれたダークアバロン、アサギが漏らしたロドコルテ、そしてこれから再建と復興をしなければならないオルバウムから去った『五色の刃』……俺達が声を張り上げなくても、人々がどう思うかは明らかでしょう。それに……積極的に非難する役は、外注する予定ですし」
「なるほど。今頃クノッヘンの中で話し合っている彼らですか。
それに、グドゥラニスを倒した『救世主』である旦那様や我々がオルバウムの再建と復興に尽力すればするほど、人々は好意的になり、アンデッドやデーモンに対するイメージも変わるという事ですね」
「そうです。それで、もう一つは?」
「はい……私の血は、いつ吸っていただけますか?」
頬を僅かに染めて尋ねたベルモンドに、ヴァンダルーは首を傾げた。
「その、事前に採血してジーナやボークスに注入した私の血を飲んでいただいた事は既に聞き及んでいますが……やはり、旦那様に直接吸っていただきたいので……そういえば、ザディリス達には牙ではなく口吻で血を吸ったそうですが、何か意味があるのですか?」
「いえ、ただ細い口吻の方が牙よりも痕が消えやすいかなと思っただけです。ザディリス達には【高速再生】スキルがありませんから。
それでベルモンドの血を吸う機会ですが……この後、ダンジョンの門を一つにして出入口の周りを整備したり、その後オルバウムの街を守る城壁を【ゴーレム創成】で元通りにしたり、いくらでも魔力を使うのでその後にしましょう」
瓦礫をゴーレムにして建物を直せるヴァンダルーだが、オルバウムの街全体をそれで直すつもりはなかった。建築業者が失業しかねないし……後々面倒だからだ。
急いで整備が必要なダンジョンの出入口周りや、城壁、後は各ギルドの建物等は行う予定だが。
「後はスラム街の整備事業ですね。では私やパウヴィナ、ギザニアやプリベル、ミューゼ、エレオノーラの血を吸う機会も早く回ってきそうで、安心しました」
「……皆、貧血になっても知りませんからね」
本来なら、『救世主』であっても名誉伯爵の子息でしかないヴァンダルーが、王侯貴族達の許可もなく事業を進めていい訳がない。ただの修理ならともかく、スラム街の整備事業などもってのほかだ。
だが、問題にならないだろうとヴァンダルー達は確信していた。何故なら……もうコービット選王達から了解を得ているからだ。
所々崩れた選王城の前に聳える、白い城……変形したクノッヘンによる万骨宮殿の広間に設置された、無数の骨を組み合わせて作った巨大な円卓を、避難所から外に戻った一部の例外であるコービット選王やドルマド軍務卿達は囲んでいた。
彼らは一様に顔色が悪く、中には死人のように土気色の肌をしたものや、ガタガタと小刻みに震えて用意されたお茶を飲む事もできない者もいる。……中には強い苛立ちを堪えている者や、怒りで顔が赤くなっている者もいたが、それは少数派だ。
「では……オルバウム選王国緊急会議を行う」
コービット選王の声にも、心労が濃く出ていた。
「願わくば、これがオルバウム選王国最後の会議にならぬよう、各々知恵を絞ってほしい」
申し訳ありませんが、次話は一日伸ばして2月19日に投稿する予定です。




