三百四十四話 堪える英雄候補達
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ある日を境に、オルバウム選王国の首都オルバウムの冒険者ギルドでは、どこかピリピリとした空気が……まるで大きな戦いを控えた砦のような緊張感が漂うようになった。
ある程度の腕がある者や、経験を積んだギルド職員は全員それに気がついている。そうした者達は、緊急性を要する依頼でもあるのかと調べたり、特定の冒険者パーティーが険悪な関係になっているのかと見回した。
しかし、紙代わりの葉や樹皮などに書かれた依頼書が張り出されているボードはいつも通りで、近くに危険指定されている魔物や、新しいダンジョンの出現などは起きていない。
そして冒険者達にも、激しい口論や取っ組み合いのけんかに発展しそうな様子の者達はいなかった。
だが、ここ数年の間に急激に力をつけた腕利きの冒険者達が、この妙な緊張感の中心にいる事に気がついた。
しかし、彼らに何かあるのかと尋ねてみてもはぐらかされるばかりで答えは返ってこない。きっと、仲間内で何かあったのだろうと、知り合いの冒険者やギルド職員は深く立ち入らない事を選んだ。
そして、それは正解だった。何故なら、しつこく食い下がられても話せる内容ではないし……そもそも具体的に何が迫っているのか、彼ら……英雄候補達も知らされていなかったからである。
「危機に、それもオルバウムが壊滅しかねない危機に備えよ……か。その危機がいつ起こるのか、どのような危機なのか分からない。これはやはり、神託を正しく受け取る事が出来ない我が身の不徳か?」
どこか気品のある顔立ちをした青年は、憂いを吐き出すように溜息をつく。
「ヘンドリクセン、それはあなたのせいではありません」
「そうです、ヘンドリクセンさん。思いつめないでください」
青年と同じテーブルに集まっている者達が、そう言って彼を慰める。そう、青年の名はヘンドリクセン・ヘーゼン。『聖槍の女神』エルクに選ばれ加護を与えられた、英雄候補だ。
彼はアルクレム公爵領から離れて、このオルバウムで冒険者として活動していた。そして以前よりも多くの自分と同じ神に選ばれた者達と出会い、時に競い、時に協力して名を上げてきた。
アルクレム公爵領を離れた後、アルクレムを復活した悪神が襲うという大事件が起きたと知った時はヘンドリクセンも自身の行動を後悔した。しかし、ヴィダ信者で今や名誉伯爵となっているダークエルフの活躍で解決したと聞き、安堵した。
そして過去に過ちを犯したとはいえ、やはりヴィダは『法命神』アルダと肩を並べる大神なのだと考えを改めた。
だが、悔しさを覚えなかったわけではない。アルクレムで活動していた自分が、アルクレムの危機の解決に、何の貢献も出来なかったことに。
だからこそ、もし同じような事があった時に役立てるようにと腕を磨き、力を蓄えてきた。そして今、その力を発揮すべき時が迫っている。
そのはずなのに、神は具体的にどうすればいいのか教えてくれない。ただ街で待機していればいいのか、それとも犯罪組織の動きを探ればいいのか、それとも近くのダンジョンが暴走しないよう重点的に見まわるべきなのか。
大きな危険が迫っている以上、神託に逆らうわけにはいかない。しかし、どうすれば神の真意に沿えるのか分からない。
ただこうして街に留まり、何かあった時にすぐ対応できるようにしている事しかできないのか。危機を事前に回避、もしくは解決する事はできないのか。いくら考えても、実際に動いてみても、答えらしきものは得られない。
「何となく、何となくだが【魔王の欠片】が関係している事は分かったが……それぐらいだからな」
「今、神殿にコネのあるパーティーが探りを入れている。その結果次第で、何か分かるだろう」
「いや、もしかしたら神殿ではなく邪悪な神を信仰する教団や、吸血鬼の残党が何か企んでいるのかも」
テーブルに集っている者達……ヘンドリクセンと同じ英雄候補の冒険者達は、そう言った。彼等も、そしておそらく英雄候補達の全員が、ヘンドリクセンと同じ神託を同時期に受けている。
だからこそ、彼らはオルバウムに大きな危機が迫っていると緊張感を高めていた。
彼等は一人一人が既にA級冒険者相当の力を得ている。他のパーティーメンバーにも、この数年で自分と同様に加護を得た者も少なくない。
多少の危機なら、ヘンドリクセン達の内一組が動けば解決できる。それなのに全員が同じ神託を受けたということは、全員で当たらなければならない程大きな危機が迫っているという事だ。
それがヘンドリクセン達の共通認識だった。
「やはり、『五色の刃』と話してみるか? 噂ではアルダの試練を受け、『英雄神』ベルウッドを復活させその加護を得たと聞いている。彼等なら、我々以上に詳細な情報を神託から得ているかもしれない」
そしてオルバウム選王国のS級冒険者である『五色の刃』の面々の動向は、既にオルバウムに知れ渡っている。アルダの加護を自分達が他の神の加護を得るずっと前から得ているハインツを、英雄候補達には自分達の先駆者とみなす者が多い。
ちなみに、アサギ達に関して英雄候補達はあまり注目していなかった。彼等にとってアサギ達は、ビルギット公爵家に雇われているただの冒険者でしかない。もしかしたら自分達と同じように、何らかの神の加護を得ているのかもしれないと思っている者もいるが、話を聞きに行くほどの確証を持っている者はいなかった。
「そうだな……話ぐらいは聞くべきかもしれない。このタイミングで彼らがオルバウムに来たのも、ただの偶然ではないだろう。
だが、それなら神託で『五色の刃』と協力するようにと指示があってもいいと思わないか?」
「たしかにそうだが……それも俺達が聞き取れなかっただけじゃないか?」
「その可能性はあるな。君はどう思う、ミリアム?」
「わ、私ですか!?」
急に話を振られた『ハート戦士団』のリーダー、最近ギルドで『軍団長』と呼ばれている女性冒険者ミリアムは、驚いた様子で自分を指さした。
彼女がヘンドリクセン達の集まりに参加するようになったのは、ここ数か月の事だ。はっきり言えば、ダルシア・ザッカート女名誉伯爵がオルバウムに滞在して十日ほど過ぎてからだ。
当初ヘンドリクセン達は、ミリアム達『ハート戦士団』の事を警戒していた。名前からしてヴィダ信者であるし、ダルシア・ザッカートと縁が深い事を隠そうともしなかったからだ。
しかし、危険視する者はいなかった。何故ならヘンドリクセン達はヴィダ信仰を認めているオルバウム選王国の国民で、ヴィダ信者だから危険だと考える発想はなかったからだ。
……それでも警戒したのは、『ハート戦士団』のメンバーの外見と、神からの神託が大きな理由だった。一見するとリーダーに見える巨漢の剣士は、冒険者というよりも山賊の頭の方が似合いそうな尋常ではない強面。その妹らしい神官の女は、美女なのに聖職者ではなく悪女にしか見えない。ドワーフの魔術師は、ただひたすら不気味で恐ろしい。
冒険者歴がもっとも長いらしい髭面で隻腕の剣士と、四肢が全て義肢になっている獣人種の女格闘士はまだ普通に見えるが、剣士はどこか言動がチンピラめいているし、女格闘士は口調が荒々しい。
そして、本当のリーダーであるミリアムはあまりに普通なので、何かの罠のように見える。
そして神からも、『ハート戦士団』は危険だと神託を受け取っている。
しかし、『ハート戦士団』を露骨に避け続けるのも具合が悪いし、複数のパーティーが連携する事を求められる依頼でそんな態度を取ったらギルドから叱責を受けてしまう。
そのため同じアルクレム公爵領出身のヘンドリクセンが、率先して『ハート戦士団』に接触した。そして、ヘンドリクセンは自分達がいかに色眼鏡を通して彼女達を見ていたのか思い知ったのである。
「ああ、君の意見が聞きたい。見れば、君は我々の中でもっとも冷静さを保っているようだ。気がついている事があるなら、何でもいい。教えてくれ」
強面の剣士アーサーは、そこらの冒険者より礼儀正しく裏表のない好漢。その妹のカリニアは、心の優しく美しい聖女に相応しい女性。そんな兄妹の幼馴染である魔術師ボルゾフォイは、ドワーフらしからぬ痩身で体が弱いのを押して友を助ける面倒見の良い賢人だった。
隻腕の剣士サイモンと、四肢全てが義肢の女格闘士ナターニャも、冒険で負ったハンデを克服した強靭で気高い精神の持ち主だった。
そんな彼らを纏めるミリアムも、尊敬に値する人物なのだとヘンドリクセンは確信していた。どこが尊敬に値するのか、まだ言葉に出来ないが……それはまだ彼女の真価を理解できない己の不徳のせいだろうと彼は思っている。
しかも、アーサーは『雨雲の女神』バシャス、カリニアは『闇夜の女神』ゼルゼリア、ボルゾフォイは『影の神』ハムルの加護を、サイモンとナターニャはなんとヴィダの加護を、そしてミリアムはそれら四柱の加護を全て得ているヘンドリクセン達と同じ神に選ばれた英雄達だったのだ。
そのためヘンドリクセンは、もしかしてミリアムは『ハート戦士団』だけではなく、自分のような神の加護を得た英雄候補全体のリーダーとして神々に選ばれた存在ではないかと、内心考えるようになった。それにしては『法命神』アルダの加護を得ていないのが不自然なので、まだこの推測は誰にも話していないが。
もちろん、そのヘンドリクセンの推測は大外れだ。たしかにアーサー達三人は、元々ヘンドリクセン達と同じアルダ勢力の神々の英雄候補だったが、今はバシャスたちがヴィダ側に転向したためヴィダ派の英雄候補であり、ヴァンダルーの仲間となっている。
そしてミリアムやサイモン、ナターニャはただのヴァンダルーの仲間で、ヴィダに見込まれただけだ。
そして、それを利用してヘンドリクセン達英雄候補の中にスパイとして入り込んでいた……という訳ではない。ただ依頼で一緒になったヘンドリクセン達と交流しているうちに仲良くなり、そしてそのまま成り行きで英雄候補達に仲間として認定されてしまっただけだ。
(激しく場違いなのを感じる。ヘンドリクセンさん達を騙しているようで、すごく後ろめたい! しかし、本当の事を教えるわけにはいかないし。でも、分かりませんって答えるだけじゃ私が何も考えてないみたいだし、ヘンドリクセンさん達に何も教えないのも悪いですし……)
そう色々考えたミリアムは、何とか捻りだした答えを口にした。
「私が感じたのは……ええっと、不愉快に感じるかもしれませんが、多分神様にもどんな脅威が迫っているのか、分からないんじゃないでしょうか?」
信仰心が強固な信者が聞けば、神への不敬と取られかねない言葉だ。しかし、ここにいるのは神の加護を得ていても冒険者ばかりだ。彼等は信仰心が薄い訳ではないが、日々の現実も見ている。
「なるほど……たしかに、言われて見ればその通りだ」
「神々は全能でも全知でもない。それを俺達は忘れていたようだな。まったく、加護を受けておきながら神に甘え切っていたとは情けない」
「加護を得て、その効果を知る我々だからこそ、神々の力を妄信していたという事か。ありがとう、おかげで目が覚めたよ」
「え、あっはい。お役に立てて光栄です」
次々寄せられる素直な賞賛に、ミリアムは逆に驚かされた。しかし、ヘンドリクセン達にとって見れば、「神にも分からない事がある」というのは、もっともな指摘だった。
神々が全知全能なら、そもそも人々に加護を与えて魔物や魔王軍残党の邪悪な神々、【魔王の欠片】の対処などさせるまでもない、神々自身が軽く片付けるはずだ。
そもそも、異世界から現れた魔王グドゥラニスも、勇者を召喚するまでもなく撃退しているはずだ。
それが出来なかった時点で、神々は全知全能ではない。人よりも遥かに広く深い知識を持ち、人を遥かに超える偉大な力の持ち主だが、全知全能には及ばない存在だ。
そもそも、ヘンドリクセン達に加護を与えた神々のいくつかは、偉業を成し遂げた人間が神に至った存在だ。この世の全てを知っていると思うのは、無理がある。
「おそらく、神々は我々よりも鋭い直感や経験則でオルバウムに危機が迫っている事を知った。しかし、それが具体的に何なのか、何時起こるのかは知らない。
だからこそ、我々は危機に備えながらその正体は何なのか、調べなければならない。そういう事か」
「ええ、まあ、そういう事じゃないかなぁって……」
ミリアムにとっては、神は全知全能ではないというのは最近になって知った事だ。彼女が良く知る神様は、意外と何も考えていなかったり、普通に失敗したり、自分は人間ですと強硬に主張したりする。
魔王の大陸で戦った亜神達も、人より優れていてもそれだけで、人を超越したというほどの存在ではなかった。
もちろん、ただ自身の経験に基づく意見を口にしただけではなく、ヘンドリクセン達が『五色の刃』とあまり接触しないようにしたいという思いもあっての発言だ。
「では、【五色の刃】に情報提供を求めても無駄か……」
「いや、念のために話を聞くのも悪くない。それに、いざって時のために顔を繋いでおきたい」
しかし、ヴァンダルーと【五色の刃】の関係を語る事は出来ないため、結局ヘンドリクセン達は『五色の刃』と接触を持つことにした。
「その役目は――」
「もちろん私達で行うさ、安心してくれ」
「ああ、ミリアム達では気まずい事もあるだろうからな」
「ありがとうございます。助かります」
ハインツ達との顔つなぎの役をしないで済んで、ほっとミリアムは息を吐いた。ヘンドリクセン達は、彼女達の……というより、師や友人であるヴァンダルーが掲げるヴィダ原理主義と、アルダ融和派の宗教的な問題に配慮したのだ。
「しかし、アルダとヴィダ……宗教的な対立を抜きにして協力し合えればいいのだが。せめて、神殿に所属していない冒険者同士だけでも」
そう嘆くヘンドリクセンの肩に手を置いて、アーサーは語った。
「ヘンドリクセンさん、あなたの言う事はもっともです。邪……悪神フォルザジバルが復活した時、我々やダルシア様だけではなく、アルダ神殿の方々も共に立ち上がりました。
今回も、オルバウムに危機が迫っている事を知れば誰もが立ち上がってくれるはずです」
「俺が暮らしていた、モークシーって町がダンジョンの暴走で危なくなった時も、俺達冒険者も騎士も兵士も、皆立ち上がったものさ」
「だから、今は備えましょう。いざという時のために」
「その通りだ。いざという時のために力を蓄え、何時でも動けるようにしよう!」
下がっていた士気が、アーサーとサイモンの言葉に励まされたヘンドリクセンの号令で戻っていく。
「い、良いんでしょうか? なんだか騙している気がするんですけど……」
ただ、ミリアムはその仲間になれずにいた。アーサーもサイモンも、嘘は言っていない。ヘンドリクセン達を自分達に有利な方に誘導しているという訳でもない。
ただ、いざという時(六道が動き出した時)に周囲の被害を抑えるために、協力してくれるよう根回しをしているだけである。
たしかに真実を全て話していないという点では、非はある。あるが、転生者云々の話はヘンドリクセン達にとっては荒唐無稽な話で、信じてもらえるか疑わしい。それに、自分達は陰謀を働いている側ではなく、防ごうとしている側である。
転生者同士の戦いに巻き込もうとしている、という訳でもない。六道聖がヴァンダルーだけを狙っているなら、その通りだ。しかし、六道聖が『オリジン』で行ったことを考えれば、彼がヴァンダルーやその仲間だけを狙い、無関係な人々が巻き込まれないよう配慮するとは考えられない。
だから、無辜の人々が危険な目に遭わないよう、ヘンドリクセン達に協力を頼むのは悪い事ではない。
「大丈夫よ。彼らが真実を知るのは……すべてが終わった後だわ」
「ヒヒヒッ、彼らに加護を与えた神々も儂らの事をとやかく言っていないのじゃ、それは彼らが神々から、『オルバウムの人々に危険が及ばないように動く』ことを期待されているからじゃ。ミリアムが気に病む事ではなかろう?」
「うん、別に『五色の刃』に関して何か吹き込んでいる訳じゃないし、オレも悪い事はしてないと思うよ」
「そ、それもそうですよね」
カリニアとボルゾフォイ、そしてナターニャにそう説かれたミリアムは、若干の後ろめたさ以外は納得したのだった。
なお、ヘンドリクセン達に加護を与えた『聖槍の女神』エルク達が彼らに『五色の刃』に協力するように、もしくはミリアムやその背後にいるヴァンダルーを警戒し、敵意を煽るような神託を出さないのは、今までヴァンダルー達が英雄候補を狙っていないから、その小康状態を維持する事を狙っているからだ。
ヴァンダルーとの対立は本来の目的だが、その結果もしテルカタニス宰相の背後にいるのが六道聖だったら、漁夫の利を与える事になってしまう。
それを防ごうとした結果、オルバウムの英雄候補達をただただ待機させる事になってしまっていた。
なお、この時すでに『五色の刃』とアサギ達はオルバウムに到着している。
しかし、『五色の刃』は冒険者ギルドに一度顔を見せに来ただけ、そしてアサギ達に至っては一度も訪れていない。
ハインツ達『五色の刃』は冒険者ギルドよりもアルダ神殿やアルダ融和派の貴族等と接触しての情報収集や、融和派の結束をたしかなものにするために時間を割いている。正確には、割く事を融和派の聖職者や貴族達に求められている。
ヴィダ原理主義が活発に活動してきたため、ハインツがダンジョンから出たこの機会にアルダ融和派は巻き返しに躍起になっている。そして、情報収集のためにも彼らの力が必要なハインツは、それを抑える事ができない。
アサギ達は、オルバウムの冒険者ギルドでヴァンダルーやその仲間と不意に遭遇したら、トラブルに発展する可能性があると考えたからだ。
結果として、皮肉な事に英雄候補達は人々のために動くことができる状況が維持されていた。
その頃、ヴァンダルーはニョロニョロについて考え、思索していた。
ニョロニョロとは形容なのか、それとも動作なのか。適した太さや本数は? 表面はヌルヌルか、テラテラか? 議論を重ねるが、答えは一つしか出ない。
「ニョロニョロ~ッ!」
きゃっきゃとはしゃいだ様子で波打つ触手の海で遊ぶ冥に、ヴァンダルーとバンダー、そしてスキュラのプリベルやラミア国の女王のタナト、そしてマリ、ヤマタは頷きあった。
「めー君は、紐状でニョロニョロ動くなら、何でも嬉しいみたいですね」
『そういう意味での好みはないようです。ただ、最近ニョロニョロだけで誰か分かるようになったみたいですよ』
「うん、触手を見ただけで誰なのか言い当てるんだよ。吸盤や鱗、動きの癖で見分けをつけてるみたい」
「初めて当てられた時はマジで驚いたよ~」
「本当ですか?」
「本当よ。私が変身してもママの目は誤魔化せなかったわ」
『マリのニョロニョロは、最初からぎこちない~』
『『『ニョロニョロじゃなくて、クネクネって感じ』』』
「くぅっ、だって人間には触手や尻尾が無いから……必ずママに満足してもらえるニョロニョロを……!」
「なあ、ヴァンダルー、他に用件があって来たんじゃなかったっけ?」
マリが【メタモル】の変身能力をさらに高めると決心した時、半眼になった博に声をかけられたことで、ヴァンダルーははっと我に返った。
「そうでした。六道を探す手がかりを求めて、マリ達に六道の事を聞きに来たのでした」
「それで、なんでニョロニョロについて話す事になるんだよ」
「面目ありません」
袖から複数の触手……表面に吸盤や鱗、モフモフの毛などに覆われたタイプの異なる触手を伸ばしたままのヴァンダルーに、博は溜息を吐いた。
「それで六道おじ……六道の事の、何が聞きたいんだ? 俺はそんなに知らないけど……」
「隠れて悪い事をする時に、それをどのように隠すか、とかですね」
「ああ、うん、俺には無理っぽい」
ヴァンダルーの言葉に、博は早々に白旗を上げた。何せバンダーが現れるまでは六道聖にすっかり騙され、尊敬していたので、六道の本当の性格や癖はほとんど何も知らない。
「それで考えたのですが、私もあまり知りません。ただ、完全主義というか、想定外の事が起こると一気に崩れそうですが、それがない限り完全な準備を行う奴でした」
「フフフ、『オリジン』での準備は普通なら完璧でしたからねぇ、おかげで我が神や女神の元にはせ参じたのが、奴が事を起こしてからになってしまいました」
不器用に【メタモル】で生やした触手を動かすマリと、触手の海の底から這い出るようにして現れたボコールはそう答えた。
マリは【メタモル】の変身能力を利用され、六道聖の影武者として使われていた。実は、博が知っている六道聖のいくつかは六道に変身していた彼女だった。
そしてボコールは、六道の死属性魔術研究の実験体の一人だ。個人的な付き合いはないが、六道の狡猾さ、用意周到さを知っている。
「うわっ、なんでそんなところから出てくるんだっ!?」
「もちろん、我が女神と共に神の祝福を受けるために身を投じたからです。ガブリエルとユキジョロウは、まだ出てきていないようですね」
「うわーっ!? ガブリエルッ!? ユキジョロウさんっ!? って、マッシュッ!? なんでお前までっ!?」
「いや、楽しそうに見えてつい……ところでこの吸盤をとってくれ……」
「あ、ごめーん、それボクの触手の吸盤だ」
触手の海は、色々な人を巻き込んでいたようだ。何故なら飛び込んできた者は、冥だけではなく誰でも受け入れる。海だけに。
「それで、六道についてだけど……実はあまり知らないのよね。個人的な癖とか、口調とか、表情はいくらでも真似できるんだけど。
こんな感じに」
マリはそう言いながら、両手を触手状にした姿から人間だった時の六道聖の姿に【メタモル】で変身した。
「私が重要な物や私自身を何処に隠すか……その推測も難しい。『オリジン』なら廃棄されたことになっている潜水艦や、南極大陸に在った小規模な隠れ家等見当も付けられるが、『ラムダ』では君達より詳しい人はいないだろう……としか。それに、『アークアバロン』と自称していた姿になった時には、性格が大きく変わったようだった」
そう人間だった頃の六道の姿で語ったマリは、さらに『アークアバロン』……身長三メートル程の姿に変身する。
「この姿になってからの六道の事は、君達と同じくらいしか知らない。本性がでたと言うべきか、それともネジが外れたと評すべきか……」
「姿はもちろん、話し方まで似ていますが、記憶や思考まで似せる事はできないので、それもそうでしょう。俺も神になろうとする六道の考えはさっぱりわかりません」
「……まあ、そうだろうね」
自分を人間だと言い張る神、ヴァンダルーの言葉にマリはアークアバロンの姿のまま頷いた。
「やっぱり、今度も建設反対運動するの? ボクは諦めた方が良いと思うけど」
「世論には勝てないと思うしねー」
「もちろん、断固として抗議します。少数派だからと言って、声をあげず黙っているわけにはいきません」
プリベルとタナトがそう諫めても、ヴァンダルーの決意は固かった。
巨大神像建設の時と同じ結果になるのは明らかだ。世論の支持の無い権力者の意志は蹂躙され、ヴァンダルーをテーマにしたテーマパーク大神殿の建設が止まる事はないと分かっていても。
「というか、スキュラが移り住んだ大湿地帯とラミア国にも俺の巨大な像を建てたじゃないですか」
「「ばれたか~」」
「ひぃっ!? 六道!?」
「あっ、ごめんごめん、今変身解くから」
様子を見に来た【エコー】のウルリカが、アークアバロンの姿を見て驚いて悲鳴をあげ、マリが変身を解く。
「マリだったのか、驚いた……それでなんで奴に変身していたんだ?」
「実は――」
かくかくしかじかと説明を受けたウルリカは、なるほどと頷いた。しかし、彼女も当然六道の潜伏場所や、工作方法について情報は持っていない。
「プライドは高いままだったから、マリがあの姿でカナコから習ったダンスでも踊れば、すぐに出てくるんじゃないだろうか?」
「それは嫌ね。私にも羞恥心がある。あの姿でダンスを踊るなんて、さらし者じゃない。とても堪えられない」
マリにとってはダンスではなく、アークアバロンの姿で踊る事が屈辱であるらしい。
「じゃあ、私に分かるのは、ヴァンダルー達が絶対に見つけられない場所に、見つけられない方法で潜んでいるという事くらいか」
「ウルリカおばさん、それってどうしようもないって事じゃない?」
「博、私達はバンダーに教えられるまで六道に騙されていると、全く気がつかなかったんだぞ」
「……あー、うん、そうだったね。俺もバンダーに言われるまで、全然気がつかなかったし」
一同は、改めて六道の演技や偽装の完全さを思い知った。もっとも、子供である博が気づかなかったのは、無理もない事だが。
「……なるほど。もしかしたら、六道が見つかるかもしれません。ありがとう、ウルリカ」
しかし、ヴァンダルーは何か思いついたようだ。
「えっ!? どういう事、バンダーっ!?」
『博、俺も常に本体と思考が繋がっている訳じゃないから』
「別に妙案とかじゃありませんよ。ただの数任せです」
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名前:タダノ・ネズミ
ランク:1
種族:インプマウス
レベル:5
・パッシブスキル
暗視
嗅覚強化:5Lv
精力絶倫:5Lv
病毒耐性:5Lv
身体強化:前歯:3Lv
直感:2Lv
高速治癒:1Lv
能力値強化:ヴァンダルー:10Lv
能力値強化:導き:1Lv
・アクティブスキル
忍び足:5Lv
気配感知:5Lv
限界突破:1Lv
連携:1Lv
指揮:1Lv
・ユニークスキル
ヴァンダルーの加護
〇魔物解説:インプマウス ルチリアーノ著
ヴァンダルーの血肉を与えられ、デーモン型の魔物と化したネズミ。小悪魔のネズミという意味で、魔物としては戦闘能力が低いが、知能はかなり高くなっている。
また、体の大きさはネズミだった時のままであるため、隠密能力がかなり高い。
毒を分泌するような特殊能力を持たないため冒険者どころか一般人に対しても致命傷を与えるのは至難の業だが、普通の猫には簡単に負けない程度の身体能力がある。
また、【能力値強化:ヴァンダルー】のスキルを高レベルで持つため、ヴァンダルーの血肉を食せば身体能力を爆発的に高める事が可能。タダノ・ネズミの場合、中型の猟犬を上回る。
ただ、やはり隠密能力に特化した魔物である。また、繁殖力もネズミと同じく旺盛。
なお、【指揮】や【ヴァンダルーの加護】を持っているのは、今のところインプマウスの始祖であるタダノ・ネズミだけのようだ。
次話は11月19日に投稿する予定です。




