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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十四章 冒険者学校編
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三百三十三話 半吸血鬼の居ぬ間に……

 アメリアに出された食事の代わりに【体内世界】で調理した料理を出すと、彼女はとても驚いたが、それ以上に喜んだ。

「あなたと二人っきりで食事をするのは、本当に久しぶりね」

 実際には初めてである。

「そうでしたね。ここの医院は家族で食事をする事を許してくれませんから」


「そんな事を言ってはダメよ、あなた。ここの人達も私のような病気の人達を治そうと、頑張ってくれているのだもの」

「……そうですね」

「あなた、焦らないで。お医者様も、神官様も、治療には根気が必要だって……私も少しでも良くなろうとしているけれど、何をすればいいのか分からなくて……」


「そうですね、アメリア。大丈夫、きっと良くなります」

 そう会話と食事を続けながら、ヴァンダルーはアメリアが自分の置かれている状況をどう認識しているのか、聞き出す事に成功した。


 アメリアは、自分が非常に重い病にかかり、入院していると思い込んでいた。だが、病については、具体的な事は何も語らなかった。「重い病」としか認識していないからだろう。

 エリザベスは勉強のためにマヘリアと共に学校に通っており、夫である「あなた」はサウロン公爵領を取り戻すために、仕事をしている。


 具体的な事は殆ど何も語らず、細部が曖昧だ。まるで幼子に聞かせる物語のように。

「ご馳走様。ふふ、こんなに食べたのは久しぶりだわ。少し太ってしまうかも」

 そう腹を摩るアメリアは、病的に白くなっている肌のせいか太るどころか痩せているように見える。治療のためにも、適度な運動と日光浴が必要かもしれない。ヴァンダルーはそう思った。


「……アメリア。明日、ここを抜け出してピクニックに行きませんか?」

「まあ、病室を抜け出すなんていけないわ! ……でも、面白そう。お医者様に見つかったら怒られるけれど、窓や壁から出入りできるあなたと一緒なら、きっとバレないわね」

 こうして明日の予定は決まったのだった。


 そしてヴァンダルーは、この医院が用意した昼食の、空になった皿だけを残してアメリアの病室から去ったのだった。




 自分の病室に戻ったヴァンダルーは、自分の姿に化けていたスライムのキュールとゴーストに話しかけた。

「何かありましたか?」

『ぶぐるる。職員の中に、不埒者が数名』

「その中でも危険な男がこいつだ。……今の内に始末しておくか?」


「今は止めておきましょう。証拠一つ残さず、偽の犯人をでっちあげたとしても、誰かが必ず俺と関連付けるでしょうから。

 ただ、アメリア達に実害が及びそうなときは始末しましょう」

 ゴーストが描いた似顔絵を見て覚えたヴァンダルーは、心の中の要注意人物のリストにその職員を並べた。


「偉大なるヴァンダルーよ、アメリア・サウロンの食事を調べたルチリアーノより、結果が出たとの事です」

 グファドガーンの声がしたと思ったら、空間に穴が開き、中からルチリアーノが現れた。

「空間を繋がなくても、書類を届けてくれるだけで良かったのだがね。

 やあ、師匠。こちらに送られてきた料理からは毒や薬は検出されなかったよ。念のために囚人に食べさせてみたが、泣きだされてしまった。美味いといってね」


 囚人……ブラガ達が顔を剥いだ後拉致したアルクレム公爵領の犯罪者や、ヴァンダルー達がオルバウムで捕まえた犯罪者や山賊たちだ。

 彼らの内まだ生かされている者は、ルチリアーノの元で研究や実験に有効活用されている。


「確かに、そこそこの味だった」

『ぶぐるるる』

 ヴァンダルーがいない間に運ばれてきた食事を代わりに食べたゴーストとキュールが頷く。どうやら、この施設では患者に美味い食事を提供しているようだ。


「その囚人が【毒耐性】などの耐性スキルを持っていた可能性は?」

「それはないだろう。彼には何日か前も、薬の実験台になってもらったばかりだからね。ただ、薬を盛っていないのではなく、食事に混ぜる必要がないだけではないかな?

 師匠の新しい奥方は、今まで出された薬を素直に飲んでいたのだろう?」


 アメリアが薬を飲むのを拒否していればともかく、出された薬を素直に飲んでいるのなら、態々食事に混ぜる必要はないという事らしい。

「もしくは、いきなり入院してきた師匠を警戒していて、暫くは薬も混ぜず息を潜めるつもりなのかもしれない。まあ、頑張って調べてくれ」


「それは分かりましたが、新しい奥方とは?」

「違うのかね? 中々の熱々ぶりだと聞いたが」

「否定はしませんが、広めないように。心の病が快方に向かい、認識能力が戻ったら俺の事など見向きもしなくなるかもしれません」


 アメリアがヴァンダルーに対して親密な態度で接するのは、ヴァンダルーを「夫」だと誤認しているからだ。正気に返れば、彼女にとってヴァンダルーは娘のパーティーメンバー、友人や仲間でしかない。当然、これまでの態度とは一変するだろう。


 そう心に予防線を張って、ルチリアーノの冗談に応えるヴァンダルーだった。


「……今までのパターンを考えると、そうはならないと思うがねぇ。まあ、いいさ。それでは、手に入ったらこの施設で出している薬の実物を送ってくれ。解毒剤の類が作れる薬とは限らないが、やるだけやってみるから」

 そう言ってルチリアーノは再び【転移門】をくぐって研究所に戻って行った。


「最近、俺の研究所兼作業場がルチリアーノに乗っ取られている気がしますね。それはともかく、ゴースト、薬の調合施設を探してきてくれませんか?」

「分かった、任せろ」




 ヴァンダルーが精神治療院に入院してから、三日が過ぎた。その間に、彼の入院はオルバウムに存在する権力者たちの間で衝撃と共に知れ渡った。

 何故なら『ラムダ』において心の病とは治療法の分からない、重症なら奇跡でも起きない限り完治しない不治の病と同様の認識をされている。


 それに何かと噂になっているヴァンダルーがかかり、治療実績が絶望的である事が有名である精神治療院に入院したのだ。話題にならない訳がない。

 宰相のテルカタニスやドルマド軍務卿は、タッカード・アルクレム公爵と不仲になったか、公爵とダルシアが情を交わし、邪魔になった息子を闇に葬ろうとしているのではないかと、推測を重ねたが真実には辿り着けなかった。


 商業ギルドの関係者はヴァンダルーが行っている商売に食い込む、もしくは吸収するチャンスではないかと不穏な動きを始め、魔術師ギルドはヴァンダルーがアンデッドを従えられたのはその特異な精神性に理由があるのではないかと議論をし、冒険者ギルドではアーサー達の元に見舞いの言葉や品が集まったりした。


 そしてただの噂好きや、ヴァンダルーの事を気に食わないと思っている者達は、「ついに気が触れたのだろう」「アンデッドを使役する者が正気のはずがないと、前々から思っていた」等と陰口を囁いた。


 そんな中、最も冷静な組織はメオリリスが校長を務める英雄予備校と、オルロックが長を務めるテイマーギルドだった。彼女達はそれぞれヴァンダルーから「七日程入院します」と書かれた手紙を受け取っていた。

 そう書かれている以上は、七日経ったら退院するつもりなのだろうと、周りが何を囁いていても静観の構えを崩さなかった。


 二人が手紙に書かれていた事を貴族に知らせれば、それなりの謝礼を受け取る事ができただろう。だが、二人はそれぞれ生徒や組合員の個人情報を売る気はなかったため、黙っていた。

 逆に、この騒動で一二を争うほど動揺し、焦ったのはエリザベス・サウロンの後見人のはずのドラッツェ・リームサンド伯爵。そして、彼女の腹違いの兄の一人でありサウロン公爵家の別邸で暮らすヴィーダル・サウロンだった。


「あの欲の皮が突っ張った強欲タヌキめ! いったい幾ら貰って奴の入院を許可した!? 奴が病人のはずがないだろうが!」

 多額の寄付をしている自分の意向を無視しやがってと、リームサンド伯爵は医院の院長を罵りながら、執務机を叩き、グラスの中の酒を呷った。


 荒々しい怒声と物音が響き、リームサンド伯爵の頭に酒精が回る。彼の苛立ちは収まるどころか増すばかりだ。

「奴は何を企んでいる? やはりアメリアをどうにかする事か? アメリアをどうにかして、儂からエリザベスを奪う気なのか?

 だとしたらどうすればいい? ……いっそのこと殺し屋を雇うか?」


 ふと口に出したアイディアが、妙案のようにリームサンド伯爵には思えた。医院は堅牢だが、ヴァンダルーが普段暮らしている幽霊屋敷とは違う。買収すれば簡単に殺し屋を内部に引き入れてくれる職員にも、あてがある。

「雇い主が儂だと分からんよう、人を間に挟めば万が一にもバレはしない。よし、幾つか伝手を当たってみるとしよう」


 しかし、リームサンド伯爵の企みは上手くいかなかった。何故なら、オルバウムの腕利きの殺し屋……つまり、実績を積んできた者達はヴァンダルーの手の者によって殺されるか、モルモットにされるか、彼を見た瞬間に導かれ忠誠を誓い、殺し屋を引退したからである。

 そのため、彼の伝手ではすぐに殺し屋を用意する事は出来なかったのだ。


 そしてヴィーダル・サウロンはひたすら困惑していた。ヴァンダルー、そしてその背後にいるはずのアルクレム公爵の狙いが分からなかったからだ。


「エリザベスに肩入れしているように見えたのは、ヴァンダルー・ザッカート個人が友人になったからと思っていたが……まさかエリザベスを利用して、こちらに対して政治的な工作を仕掛けるつもりなのか?

 兄上から情報収集と同時に警戒せよと言われているが、これはどうすればいいのだ?」


 ヴィーダルの立場は、オルバウムでのサウロン公爵領の大使に相当する。

 法律上同じなのだが、実際は公爵領という国の集まりであるオルバウム選王国は、中央とも呼ばれる選王領での外交と政治によって大勢を維持している。後継者争いをリタイアして現公爵であるルデルに恭順するふりをして手に入れた、重要な地位だ。


 ……実際には監視付きで、尻尾を出さないか見張られているのだが。最後まで後継者の座を争い続けたヴィーダルは、現当主のルデルにとって目障りだが簡単には消せない存在である。家臣に忠実な者はいないが、ある程度の影響力を維持している。何よりサウロン公爵家で生き残った数少ない男子であるためだ。


 ルデルとしては、ヴィーダルに地位を与えて重用するふりをしつつ、彼が処分されても仕方のないミスをするか、自分の公爵としての立場が強固になるのを待つつもりだったのだろう。今のところは、その思惑に反してヴィーダルはミスをせず尻尾も出さず、ルデルの公爵としての立場は不安定なままだ。


 しかし、ここにきてヴィーダルは重要な案件に頭を悩ませていた。

「まさか、アルクレム公爵はエリザベスを取り込んで、サウロン公爵家の後継者争いを再燃させるつもりなのか? そんな馬鹿な、アルクレム公爵にとってもサウロン公爵領の安定は重要なはずだ。

 それとも、エリザベスを取り込み、サウロン公爵家の血を継ぐ身内を確保して、将来再びお家騒動が起こった時の保険にする気か? そうだ、そうに違いない!」


 そうヴィーダルは推測し、本国へ送る書類に記した。ルデルの政治力が弱まるのは彼にとっても歓迎できる事態だが、推測通りの事態なら自分にとっても都合が悪くなる。そうである以上、ルデルの応援をしなければならない。

 だが、彼も、まさかアルクレム公爵の背後にヴァンダルーがいるとは夢にも思わなかった。


「ふぅ、しかしエリザベスも哀れな奴だ。勝ち目のない後継者争いに担ぎ出されたと思ったら、後ろ盾のはずのリームサンド伯爵が妾にしようと企み、今度はアルクレム公爵に血筋と胎を狙われるとは。

 私のように、表向きだけでも兄上に降っていればそれなりの地位についていただろうに」

 エリザベスが政治の駒として扱われていると思い込んでいるヴィーダルは、そう腹違いの妹を哀れんだ。


 ちなみに、彼は不名誉な噂を流してアメリア・サウロンを精神的に追い詰めた事に対して良心の呵責は覚えていない。それどころか、噂を流すよう指示した事すら記憶に留めていなかった。

 何故なら、彼は権力闘争として取れる手段を取っただけで、悪い事をしたという認識すらなかったからだ。アメリアが精神的に追い詰められ、病んで入院したというのなら、それは病んでしまった弱い彼女に責任がある。それがヴィーダルにとって、当たり前な価値観なのだ。


 そして、そのアルクレム公爵家では華々しい舞台が催されていた。


 キラキラとした魔術の演出に、今までにない音楽。そして形状を変える衣装を纏った、美女と美少女の歌と踊り。

「素晴らしい。あのようなリズムの速い踊りを踊りながら、歌声を響かせるとは……」

「これは華々しい。私は伝統的な音楽を好んできましたが、彼女達の演奏と合唱は見ているだけで楽しくなってきますよ」


「でも少し肌を露にしすぎではありませんこと? 特にあの姉妹は、鎧と言ってもまるで下着のような形ですし……」

「奥様、あれはザッカート女伯爵のご子息の従魔のアンデッドだそうです。ですので、厳密に言えば肌ではないそうです」

「まぁっ、そうなの!? どうりで肌が白すぎるはずだわ」


 アルクレム公爵に招待された貴族達には、アイドルライブはそれなりに好意的に受け止められたようだ。


「皆、お疲れ様。急なステージになっちゃったけど、皆のお陰で大成功よ」

「いやはや、ご迷惑をおかけしました」

 ダルシアの言葉に続いて、アルクレム公爵家の別邸で代官を務める男が繰り返し頭を下げる。彼が招待客から「アルクレム公爵領で広まっている面白い音楽」の公演を要望され、急遽ステージをやる事になったのである。


「いえいえ、アルクレム公爵にはお世話になっていますし、日頃からレッスンをしていますから、これぐらい余裕ですよ。

 でもまあ、演出面では難がありますけど。……やっぱり使い魔王を使った演出じゃないと、百パーセントのパフォーマンスはまだ発揮できませんね」


「カナコ、外で滅多なことを言うでない。まあ、確かに坊やの力添えがあった方が頼もしいのは事実じゃが」

『お見舞いに行きたいんですけど、従魔お断りなんですよね。あの医院』

『姉さん、誰かに着て行ってもらうってのはどうでしょう? ねえ、ダルシア様?』


 ステージのメンバーはダルシア、そしてヴァンダルーの【体内世界】にいたカナコとザディリス、そしてシルキー・ザッカート・マンションにいたリタとサリアである。


「あたしも踊りたかったー」

『たー』

 パウヴィナとアイゼンはステージの広さの問題で、今回はジュース作りに専念していた。


「もっと大きなステージなら、みんなでできるんですけどね。やっぱり許可は下りませんか?」

「申し訳ございません。どうやら、アルダ神殿と……ヴィダ神殿の一部が手を回しているようでして。それに、貴族の中には従魔の皆様を頑なに認めない者も少なくなく、公共の場所で従魔に芸をさせるのはみっともないと言い出す始末でして……」


 代官が言っているような理由で、カナコが欲する広くて大勢の人々が見る事ができる舞台での公演はまだ実現していなかった。


「やはり融和派の力はまだ強いですか……そう言えば、なんで融和派は一つに纏まらないんでしょうか?」

 ふとカナコが疑問に感じたように、オルバウム選王国のアルダ融和派と、それに好意的なヴィダ信者達は組織として纏まっていない。彼らはアルダ神殿の中の融和派、ヴィダ神殿の中の親融和派として信者の中に混じって存在している。


 彼らに比べれば、過激派のアルダ信者の方がよほど組織として纏まっている。……見習ってほしい訳ではないが。


「それは、ハインツが表に出てきていないからじゃないかしら。ダンジョンの中からじゃ、派閥を纏めるのは難しいだろうから」

『たしかに、それじゃあ融和派のシンボルリーダーじゃなくて、影の黒幕ですよね。誰もが存在を知っていますけど』


 だが、ダルシアとサリアの意見で疑問が氷解した。融和派は組織として纏まっていないのではなく、纏まる事ができない状態なのだ。

 融和派には神殿でも高司祭や枢機卿など高い地位にある者はいるが、他の公爵領の神殿にまで強い影響力を発揮できる者がいない。親アルダ融和派のヴィダ信者も同様だ。


「それに、一纏めになったら儂らに狙われやすくなるとでも思っているのかもしれん」

『たしかに、纏まってくれた方が分かりやすいですよね。過激派よりもずっと数が多いので、隠れて集まるのも難しいでしょうし』


 そして、ザディリスとリタが「ヴァンダルーに危機感を覚えている立場からの見方」として意見を述べる。今やヴァンダルー達はヴィダ原理主義という名称で知られ、人間社会でも警戒されている。

 組織として纏まる事で衝突が起こる事を警戒しているとしても、おかしくはない。……特に、ハインツ達は。


「あの、皆さま……物騒な話題はパーティーが終わった後にしていただけないでしょうか?」

「「「すみませんでした」」」

 ただ、それ以上の議論は代官によって中断させられてしまった。アルクレム公爵に招待された者しかいないが、身内だけを招いたわけではないので、滅多なことは話さない方が望ましいのだ。


「失礼、ダルシア・ザッカート女名誉伯爵。舞台でお疲れのところすまないが、お話を伺っても構わないだろうか?」

 たとえば、たった今話しかけてきたジャハン公爵のように。

「これは、これは、ハドロス・ジャハン公爵閣下」

 代官がダルシア達の前に出て、一礼する。巨人種としては平均的だが、二メートル半ばを超える威容を誇る彼は、アルダ神殿の高司祭位を持つアルダ信者だ。


 司祭や高司祭の位を持つ貴族は珍しくない。特に公爵のような大貴族にとっては、称号のようなものだ。実際には神殿の業務に口を出さない、関わらない者が圧倒的に多い。


 しかし、ジャハン公爵は例外で彼は自領のアルダ神殿の組織改革を行うほどの敬虔な信者である事が知られている。……ジャハン公爵領がオルバウム選王国の中でも北東にあるため、アミッド帝国では「巨人種の公爵」としか知られていないが。


「まだオルバウムに留まっておられるとは思いませんでした。ご挨拶に伺うのが遅れて申し訳ありません」

「なに、我が領は雪国なのでね。春が来るのが遅いのだよ。アルクレム公爵領は、冬の寒さを忘れるほど春が続いているようだが。結構な事だ」


 そして、アルクレム公爵領との関係は悪い。隣り合っている訳でもないため普段はお互いに無関心だが、アルクレム公爵がアルダ融和派に転向した時は非難する手紙を送り付けられた。……そして、ヴィダに転向してからは静かな敵対姿勢を取られている。


 とはいっても同じオルバウム選王国を構成する公爵同士なので、流血沙汰は起きていない。配下の貴族家同士の政略結婚が破談になったり、社交界で嫌味を言いあったり、パーティーを開いたときお互いに相手を招待しなかったり、ヴァンダルー達からすると敵同士というより、ただ仲が悪いだけに見える程度の敵対関係だ。


 だから、今回のパーティーでアルクレム公爵の代官がジャハン公爵家に招待状を送ったのも、「我々は邪険にしていませんよ」というアリバイ作りのためだった。そのため、まさか本人が、しかもパーティーが開催されてから暫く経ってから乗り込んでくるとは思わず、対応が遅れてしまったのだ。


「ところで、私はザッカート女名誉伯爵と話をしたいのだが?」

「申し訳ありませんが、名誉伯爵達は舞台を終えたばかりで疲れておりますので、お話があれば私が承ります」

「長い話ではない。ただ、ご子息の事が気がかりでね。心を病み、入院してしまったそうじゃないか。アンデッドをテイムするなど、稀有な才能の持ち主だと聞いているから心配でね」


 表面上は穏やかに見える舌戦を繰り広げるジャハン公爵と代官。

「まあ、それはありがとうございます。きっとあの子も喜びますわ」

 しかし、そこにダルシア本人が加わってしまった。代官は一瞬驚いた顔をするが、仕方がないと公爵の前から一歩引く。


「……良ければ、一度お見舞いに行きたいのだが、構わないかね?」

「息子の治療は医院の方々にお任せしていますので、医院の先生から許可を頂いたのなら構いませんわ。でも、話は短めに切り上げてくださいね。今、息子はとてもデリケートな状態なので」


 そう、デリケートな状態なのである。学校の友達の母親の夫役をしながら治療し、医院の怪しい部分を調べている。幽閉する予定の皇帝自身に、自分を幽閉するための施設を作らせる計画を真面目に進めるぐらい、扱いに注意が必要な時期だ。


「分かった。希望にできるだけ添えるようにしよう。それと、先ほどの舞台は見事だった。素晴らしい聖歌に、思わず聞き惚れてしまった。

 機会があれば、是非我が領でも公演してほしい」

「ええ、機会があれば」


 ダルシアはにこやかに見送ったが、ハドロス・ジャハン公爵はどこか困惑したような雰囲気を漂わせたまま去って行った。おそらく、息子が入院した事に対してダルシアが平然としており、見舞いも簡単に許したからだろう。


「ダルシア様……普通の貴族ならご子息が心の病で入院している事はできる限り隠そうとするものなのですよ。今回はジャハン公爵も毒気が抜けたのかあっさり引いたので良かったですが」

「ごめんなさい。普通の貴族がどうするのかは聞いたけれど、今更隠そうとしたところで意味があるとは思えなかったものだから、つい」


 何せ、関係者には全員知らせたし、関係者以外も知っている。この状態で面倒な舌戦を繰り広げてまで隠そうとする意義を、ダルシアは感じなかったのだ。


「それに、あの公爵がすぐ帰ったのには、ダルシアとアルクレム公爵家との上下関係が逆である事に気がついたからかもしれんぞ」

「代官さんとダルシアさんの様子を見れば、どちらの立場が上か察するのは難しくないでしょうからね」


 ザディリスとカナコの言葉に、うっと呻く代官。対外的にはヴァンダルーは魔皇帝ではなく、アルクレム公爵家に仕える名誉伯爵の子弟という事でまだ通す予定のため、実際の力関係は隠すよう彼は命じられていたのだ。


「ご、ごめんなさい、しゃしゃり出てしまったせいで」

『大丈夫ですよ、ダルシア様。ばれたところでどうにもなりませんから』

『せいぜい、ルチリアーノさんの所に送られる人が増えるくらいですか。そう言えば、ジャハン公爵から公演のお誘いがありましたけど?』


「あれはただの社交辞令です。本気にしたら馬鹿を見ます。アルクレム公爵の名前を使って良いなら、『あの時言いましたよね?』ってごり押しする事もできそうですけど……」

「どうかご勘弁ください」

「代官さんもこう言っていますし、暫くは様子を見ます。さっきも言いましたけど、大分お世話になっていますし」


 カナコが言うように、アルクレム公爵の代官は見えないところで色々なものを守っている。たとえば、一人息子が精神を病んで入院……貴族社会では再起不能と同じ意味の状態になったため、コブが無くなったと解釈してダルシアに近づこうとする貴族や、アイゼンを狙って従魔を引き取ろうとする貴族などが会場に入らないようにするなどしているのだ。


「代官さんも大変だね」

『そうだねぇ。お飲みぃ』

「ありがとうございます」

 パウヴィナとアイゼンの労いとジュースの差し入れに、思わずほろりとした代官だった。




 そして、夜が明けてヴァンダルーが入院して四日目の朝。医院の薬師が動いた。

「さすがに、そろそろ薬を飲ませなければならんな。しかし、例の患者……ヴァンダルー・ザッカートが入院して来てから、異変ばかり起きている。アメリア・サウロンが急に快方に向かっているのもその一つ。

 アメリア・サウロンに薬を飲ませる際には、慎重にならなくては」


ただいま戻りました。


次話は9月17日に投稿する予定でしたが、諸般の事情で19日に延期させていただきます。度々申し訳ありません。

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