三百三十話 カラフルな野望の貴族達
ゾーナが【ヴァンダルーの加護】を得た事から、もう彼女からアルダ勢力の神やロドコルテへ情報が流れることはないだろうと、ヴァンダルーは確信した。そのため、彼女が獲得した【ヴァンダルーの加護】については勿論、様々な事について打ち明けた。とはいえ、全て話すと日が暮れてしまうので、簡単な説明だけだが。
その間にパウヴィナとも合流し、ヴァンダルーはゾーナへの説明と同時にパウヴィナへの事情の説明も行った。
「『っと、いう事なのです』」
肉体の顔と霊体の顔、同一人物の別々の口から語られる事情に、二人は異なる反応を見せた。
「分かった。じゃあ、今からアレックス先輩に、『めっ』てしてくる」
鋼鉄の塊も砕く拳を握って宣言するパウヴィナ。その拳で「めっ」されるよりもいっそ石製の棍棒で殴られた方が、まだ生き残る可能性がありそうだ。
「……ヴァンダルー君、本当になんでここにいるの? クーデターでも起こすの?」
そしてゾーナは光の消えた瞳でヴァンダルーを掴んで揺さぶっている。今日はよく彼女と触れる日だなと思いながら、ヴァンダルーは二人に「いいえ」と答えた。
「パウヴィナ、アレックス先輩は今日の出来事で心が折れているので、『めっ』は勘弁してあげてください。心だけではなく体が砕け散ってしまいます」
今、パウヴィナに「めっ」されたら、体以上に心が砕け散って再起不能になってしまうかもしれない。ヴァンダルーとしては、彼が田舎に帰って畑を耕して平和な一生を過ごしても別に困らない。契約が無意味になるが、別に損はしていない。しょせん、ヴァンダルーにとって彼らは他人なのだ。ステータスを見ようとした結果、パウヴィナに小突かれたとしてそれは自業自得でしかない。
しかし、首席卒業を目標とするエリザベス達を磨くのに、アレックスというライバルは丁度いいヤスリだ。なので、利用価値があるからしばらくは活かしておきたい。
「ゾーナ先輩、そんな物騒な目的はありません。ただ、ヴィダの布教やテイマーギルドを利用して従魔関係の常識を変えようと思っているだけです。後、ついでに【魔王の欠片】を集めたり、犯罪組織を壊滅させたり、色々するつもりですが」
【魔王の欠片】はまだ一つも見つかっていないし、犯罪組織もまだ幾つかしか潰していないが。
「む~。分かった、アレックス先輩が立ち直ったら、『めっ』ってしに行く」
「ううん、十分物騒な目的のような気がするけど」
「俺もそう思うぞ、ヴァンダルー」
パウヴィナは納得してくれたがゾーナと、さらにユーマの同意は得られなかった。だが、考えてみれば確かにそうかもしれないとヴァンダルーは思い直した。
彼の目的の一つは布教だが、いくらオルバウムが選王国の首都でも、まだ特定の神を信仰していない人々が何千何万人といるわけがない。つまり、布教とは既にアルダ教の信者だった人々をヴィダの信者にする事だ。つまりアルダ神殿という既得権益を持つ組織から、信者を奪う事になる。
他の目的も同様に考えると、物騒と言われても仕方がないだろう。
「訂正します。物騒な目的がありますが、オルバウム選王国そのものをどうにかするつもりはありません。クーデターや侵略する理由も必要性も皆無です」
「よく正直に言った。偉いぞ、ヴァンダルー」
「……正直に言われても、なんだかなぁって感じだけど、もういいや」
「緊張感とか、野望に燃えるとか、そんな感じじゃないもんね。でも、オルバウム選王国を侵略する気がないのは本当だよ」
既にオルバウム選王国を超える国土を持つ魔帝国をヴァンダルーは治めている。境界山脈内部だけではなく、魔大陸、ガルトランド等の飛び地も含めれば、『ラムダ』世界の歴史でも類を見ない広大な領土を誇る。そのため、オルバウムを侵略する理由がないのだ。
資源も食料も十分あり、逆に領土的な野心は無い。新しい土地が欲しければ、ダンジョンを創ればいいし、そうでなくても地上に利用していない土地はいくらでもある。……魔大陸は勿論、魔王の大陸の魔境を農地や住宅街にするのは難しいが、先に述べたようにそれらの需要は高くない。
そのため、布教してヴィダの新種族の権利が保証され、アンデッドに対する認識が改められ、最終的にヴィダル魔帝国と貿易を公にできる状態になれば、それで十分なのだ。そこに至るまでの障害が多いし、既得権益を受けている側からすればとんでもない話だろうが。
「うーん、まあ、そこまで言うなら納得する。考えてみれば、クーデターを起こすのに冒険者学校に入学するのは不自然だし」
ヴィダル魔帝国を実際に見ていないゾーナにはピンとこない話だったが、ヴァンダルー達がそうした目的のために動いていないという主張は信じられる話だった。
「じゃあ、ヴァン。そろそろルヴェズ出して」
「わかりました。グファドガーン、手伝ってください」
「えっ? 誰かいるの? もしかしてダンドリップ先生が言ってた、空間属性魔術師!?」
狼狽えるゾーナの前で、虚空に黒い穴が空き、中から一頭のワイバーンが現れた。
「あれ、普通のワイバー……デカ!?」
一見すると、現れたのは普通のワイバーンだった。鱗の色も普通で、背びれや角も生えておらず、頭部や翼の数も多くない。ただ、頭部や後ろ足に装飾品をつけているだけで。
しかし、その大きさは通常のワイバーンの倍以上だった。……これだけで充分通常のワイバーンではない。
「うわ~っ、凄い、大きさ以外は普通のワイバーンみたい!」
「おお、本当だ。国でよく捕れたワイバーンそっくりだ!」
「皆と作った幻で普通のワイバーンに見えるようにするマジックアイテムは、予定通りの性能を発揮しています」
巨大なワイバーンの正体は、当然だが『暴邪龍神』ルヴェズフォルである。ピートやペインと違い、【縮小化】のスキルを獲得できなかった彼を無事テイマーギルドに登録するために考えた、「普通のワイバーンよりちょっと体が大きな変異種です」と言い張るという苦肉の策である。
『屈辱だ……この我がワイバーンの仮装をしなければならんとは!』
そして当人にとってこの変装は、屈辱の極みだった。
「しゃべったっ!?」
『うおっ!? どちら様だ!? パウヴィナ様、新しいお友達ですか!?』
ルヴェズフォルと初めて会ったゾーナが驚愕の声をあげ、ルヴェズフォルも初めて見るゾーナに驚いてパウヴィナに問いかける。
「ううん」
『そうでしたか。聞くがいい、ドワーフの小娘よ、我こそは『暴――』
「ヴァンの友達で新しい仲間で、恋人の一人になるかもしれないゾーナ先輩だよ」
『パウヴィナ様の僕のルヴェズフォルと申します。以後よろしくお願いいたします』
胸を張って翼を広げた威厳も迫力もある姿勢から、流れるような動作で額を地面に擦り付けるルヴェズフォル。その一連の動作は、芸術的ですらあった。
「な、なんなのこいつ!?」
「ゾーナ、これくらいで怯えていては体がもたないぞ。頑張れ!」
「ええっ、これで『これくらい』なの!?」
腰を抜かしそうになったところをユーマに支えられているゾーナは、驚きの声をあげるが……実際には封印されている状態のルヴェズフォルより、アイゼンやエレオノーラの方がずっと強い。それなのに彼女がルヴェズフォルに対して怯えたのは、アイゼン達が実力を見せた事がないからだろう。
「頑張ってこれから慣れる。それにしても、ヴァンダルー君の秘密が次々に明らかに……ってまた何か出る!?」
ゾーナの見ている前で、再び虚空に黒い穴が出現した。しかし、穴から現れたのはルヴェズフォルの十分の一以下の小さな人影だった。
「『初めまして』、私は偉大なるヴァンダルーの崇拝者にして僕、グファドガーン。以後お見知りおきを」
姿を現したグファドガーンをゾーナはまじまじと見つめた。銀をそのまま溶かしたような銀髪に、黒子一つ無い白い肌、尖った耳に、人形のように整った瞳に桜色の唇。金色の瞳が虚ろだが、最近そうした瞳には見慣れていたので欠点だとは思わなかった。
そのため、彼女には非の打ち所のないエルフの美少女に見えた。
「……よしっ」
しかし、胸の大きさでは勝っている。そのためゾーナは大きな敗北感を覚えずに済んだ。
「こちらこそ初めまして。いくらエルフでも、その歳で空間属性魔術を使いこなすなんて……ん? 空間魔術師って事はもしかして……実習の時から、ずっとどこかにいたの?」
「はい。私は偉大なるヴァンダルーの背後に、常に控える栄誉を受けています」
「じゃ、じゃあ、あたしがヴァンダルー君を……」
「あの実習の出来事なら、最初から終わりまで、全て見ていました。あの者の狼藉、およびダンドリップという教師の接近を止められなかった責任は――」
ゾーナはグファドガーンの言葉の最初以外は聞いていなかった。血が一気に頭に上り、頬が燃えるように熱くなる。
「いやあああああっ! お願いだから忘れてぇ!」
『恥ずかしがることなんてないですよ、ゾーナさんっ! とっても面白かったです! 私なんて見ているだけでドキドキ――』
「いやああああっ! おっぱいお化けぇぇぇぇ!」
『おっぱ!?』
「ゾーナ先輩、落ちつふぃふぇふゅらはい」
『この娘っ! ヴァンダルー様の唇を物理的に奪おうとするとは、大胆な……!』
突然現れたレビア王女に驚き、声をあげて手を振り回すゾーナ。彼女の言葉にショックを受けて固まるレビア王女と、頬を掴まれて振り回されるヴァンダルー。そして、戦慄しているらしいダローク。
「……ゾーナが落ち着くまでしばらく待とう」
「そうだね。ところでユーマちゃん、その髪飾りってなんのドラゴンの骨?」
「魔大陸で発見した新種のドラゴンの牙製だ。ゾッド師匠がくれた素材から作ってもらったんだ」
「へー、いいなぁ。今度ヴァンに連れて行ってもらおうかなぁ」
『ところで、我はもう許されたのでしょうか?』
そしてヴァンダルー達はゾーナが落ち着くのを待って、共にユーマを連れてオルバウムに戻った。門番もこの頃になるとヴァンダルーの事を覚えており、しかも誰かが「下手に関わるな」と指示しているのか、審査で揉めることはなかった。
むしろ、そのでかいワイバーンを連れて早く入れと急かされたぐらいだ。
オルバウムを頻繁に出入りしている冒険者や、近くの村や町から何度も往復している村人や行商人はもうヴァンダルー達に慣れているので、少し怯えるぐらいで済んでいる。しかし、初めてヴァンダルー達と遭遇した隊商の商人は腰を抜かし、傭兵団は思わず剣や槍に手を伸ばしている。
長く時間をかけて審査をすれば、トラブルが起こるのは目に見えていた。一刻も早くテイマーギルドに押し付けなければならない。
押し付けられたテイマーギルドはたまったものではなかったが、それが仕事なので拒否はできない。
たださすがに通常のワイバーンの倍以上の大きさを誇るルヴェズフォルを、屋内に入れる事はできない。そのためギルドマスターであるオルロックの方が外に出て審査する事となった。
「……ワイバーンの変異種だが、体が大きいだけ。そう言ってはいたが、もしかして言葉を理解しておらんかな、こいつ?」
「そりゃあ、言う事を聞いてくれるから、分かると思うけど」
ルヴェズフォルに触れたり話しかけたりして、彼の様子を見ていたオルロックの鋭い言葉に、パウヴィナが内心焦りながら、事前に考えていたセリフを口にする。しかし、彼は誤魔化されなかった。
「いやいや、パウヴィナ君が言っているのはよく仕込まれた犬と同じ意味の『言葉が分かる』じゃろう。儂が言っているのは、言語の意味を理解しているという意味だ。のう、ワイバーン君?」
『…………』
不意に尋ねられたルヴェズフォルだが、彼はオルロックを無視して沈黙を維持した。しかし、その瞳には、『人間風情が、この我をワイバーン呼ばわりだとぉぉぉ!?』という怒りの炎が燃えている。まさに、目は口よりも語る状態だ。
「しかし……これ以上儂がゴネてもどうしようもないか。テイマーギルドとしては、テイマーが従魔を制御、つまりテイムしていればそれでいい。変異種だろうが、言語を理解する能力があろうがなかろうが、従魔のランクが申告しているランクより高かろうが、それは審査そのものにとっては問題ではない。……これは儂を納得させるための独り言だが。
よかろう、従魔として認める。ただ、竜騎士連中やバッヘムから問い合わせがあるのは覚悟するように」
ワイバーンは龍の劣った子孫である竜種の中で、最も人に飼い慣らされている種族だ。ワイバーンに騎乗する竜騎士や、ワイバーンに吊り下げた籠に乗って移動する竜籠等、需要は高い。
それだけにワイバーンをテイムしているテイマーの需要も高く、その実力と技術を求めて様々なところから声がかかる。
「うん。でも、ルヴェズを最初にテイムしてくれたのはヴァンだから、あたしは普通のワイバーンをテイムするのは無理だよ」
「そういう訳で、何かあったらパウヴィナではなく俺に話を通してくれると助かります」
それはヴァンダルー達も知っていたので、事前に決めていた話をする。
「分かった、分かった。それで、君の要件はそっちのお嬢さん達に首輪を嵌める事かね?」
オルロックはそう言いながら、ユーマとゾーナに視線を向ける。その眼差しには、すっかり諦観が宿っていた。
「違う違うっ、あたしは付き添い! ドワーフ、ただのドワーフだから!」
ゾーナは慌ててオルロックが首輪を二つ用意しようとするのを止めた。恋人や愛人になるのは構わない彼女だが、衆人環視の中首輪をされるのは、さすがに避けたいらしい。
「ただのドワーフ……たしかにそう見える」
「そうでしょっ!? それはそうよね、それ以外に見える訳ないんだから!」
「――して、その正体は?」
「そう、あたしの正体はって、だからただのドワーフだって言ってるでしょ!」
「そうなのかね?」
「ゾーナ先輩、あなたはただのドワーフで終わる人ではありません」
「そうだ、もっと自信を持て。お前の筋肉を見れば、今までたゆまぬ努力を続けてきた事は分かる!」
「ありがとう! でもそういう事じゃないから!」
このままだとドワーフ出身の吸血鬼とか、そんな誤解をされかねないと必死に声を張り上げるゾーナ。普通に考えれば、吸血鬼なのに昼間外を出歩けるわけがないのだが……エレオノーラやベルモンドが日光を浴びても平気な顔をしていたのを思い出し、口に出すのをやめた。
「はっはっはっは! いや、八つ当たりをしてしまってすまんなお嬢さん。もう察していると思うが、この坊ちゃんには散々好き勝手されていてな、少しばかり意趣返しがしたかったのじゃよ。……本人はこうして動揺した様子もないが」
「ご迷惑をおかけしています」
無表情のまま頭を下げるヴァンダルーに、オルロックは「まあ、気にせんでいい」と答えた。
「お前さんは、蟲型やアンデッドの魔物をテイムできている。それで十分じゃ。ギルドは組合員に利用されてこそじゃし、組合員を守ってこそギルドじゃ……しかし、最近ちいと煩くなってきてな」
そう言いながら、オルロックは職員に持ってこさせた書類の束をヴァンダルーに手渡す。
「お前さんところの従魔に対して問い合わせてきた連中だ。魔術師ギルドは研究のために見せてほしいとか、抜けた毛や唾液、できれば血液も提供してほしいとか、常識的だったが……貴族の中には従魔を『寄こせ』と要求してくる者もいて参ったわい」
「従魔を寄こせ……ピートじゃなくて、アイゼンやザディリスやエレオノーラ達が目的ですか」
「そういう事じゃな。どうせ言葉が通じるなら、テイマーでなくても従えられる……自由にできるとでも考えたのだろう」
オルロックに言わせれば、愚かな浅知恵だ。言葉が通じる、つまり人間と同等の知能のある存在が何故従魔としてテイマーに従っているのか、その理由を全く考えていない。
「直接要求するのは、アルクレム公爵の権威や英雄であるご母堂の実力が恐ろしい。冒険者ギルドを通すと、メオリリス校長の耳に入る。だからテイマーギルドに要求してきたのだろう。
もちろん、全部追い返しているが」
「お手間をおかけしています」
ヴァンダルーが受け取った書類を見てみると、見覚えのない名前の家名が並んでいた。見聞きしたものを忘れず脳内に記録する事ができる、【完全記録術】スキルを持つヴァンダルーに覚えがないという事は、余程無名の貴族なのだろう。
しかし、無名でもこの書類に並んだ貴族ばかり剥ぎ取られた顔だけ残して行方不明になったら怪しまれるので、警告の手紙を出すだけに留めようとヴァンダルーは思った。
この貴族達がそれで報復を考えて、ヴァンダルーの仲間を狙う事も考えられる。しかし、ゾーナ達はこの書類に名前が並んでいる貴族と同じ貴族だ。家の格も、それほど変わらない。
サイモン達を狙った場合は、放たれた刺客が返り討ちに遭うだけだろう。
そして常識的らしい研究目的の問い合わせには、研究内容によって応えればいい。吸血鬼やグール等、ヴィダの新種族の正しい認識を広めるのに使えるだろう。
「それで、本題の審査だが……合格でいいじゃろ」
そう言ってオルロックは首輪を一つヴァンダルーに渡し、新たな従魔としてユーマは登録されたのだった。
この後、馬鹿貴族からの「従魔を寄こせ」という要求はさらに過熱したが、ザッカート名誉伯爵家の名で出された手紙が各貴族に届けられるとすぐに鎮静化した。
そして手紙は、ゾーナやマクト達の実家やリームサンド伯爵家にも届けられた。内容は異なっていたが。その結果、ゾーナやマクト達はオルバウムの貴族達からヴァンダルーの仲間……アルクレム公爵派と見られるようになったが、「情報を集めろ」という圧力を受けることはなくなったのだった。
ただ、後日ある人物から手紙を受け取ったヴァンダルーは、その場で地面に崩れ落ちたらしい。
ぐしゃりと手紙を握り潰し、壁に向かって投げつけたドラッゼ・リームサンド伯爵は「クソが!」と吐き捨てた。
「名誉貴族風情が生意気な事を! 薄気味悪いアンデッド使いめ! 何様のつもりだ! アルクレム公爵も公爵だっ! 邪神殺しの英雄だか何だか知らないが、いいように使われるとは情けない! ダークエルフの色香にでも迷って色ボケたか!?」
離れで夕飯の支度をしているエリザベスやマヘリアが聞いたら、ツッコミどころが多すぎて困る言葉を吐いて、リームサンド伯爵は乱暴に椅子に腰かけ、ワインで満たされたグラスを一気に呷った。しかし、それで苛立ちが鎮まることはなく、むしろ酒精で怒りが増したような気がする。
「ええいっ! 全てあの不気味なダンピールのせいだ! 奴のせいでエリザベスは追い詰められるどころか、メキメキと実力をつけているというではないか! 既に我が家の騎士達でも一対一では敵わない程らしい! このままでは儂が出した援助を続ける条件を、首席卒業を成し遂げてしまいかねんのだぞ! ぐっ!?」
激しくなった怒りのままに拳を高級な執務机に叩きつけ、その痛みでリームサンド伯爵はやっと冷静さを取り戻した。
投げ捨てた手紙を使用人が片付けるのを視界の端に見ながら、痛む拳をさすりながら荒い息を繰り返す。
「落ち着け……エリザベスが成績を上げるのは、儂にとって……リームサンド伯爵家にとって悪い話ではない。手紙にも、エリザベスを渡せとまでは書いていない」
ヴァンダルーはゾーナから彼女達の事情や知っている事を聞いた。しかし、エリザベスはゾーナ達にも自分がリームサンド伯爵家の敷地内の離れ(と呼称されている小屋)に住んでいる事や、母親であるアメリアが精神的な病で入院している事は話していなかった。
更に、彼がエリザベスを妾にしようと狙っているとはゾーナも夢にも思っていなかった。そのため、ヴァンダルーも知らなかったため手紙にその手の事は書かれていなかった。
「アメリアさえ押さえておけば、エリザベスは儂に逆らえん。このままでは妾にすることはできないかもしれんが……そうだな、体を要求する事はできる。
ふ、ふははははっ! なんだ、むしろ都合が良い事ばかりではないか!」
冒険者としてエリザベスが名を上げれば、後見人であるリームサンド伯爵家の名も上がる。そして、彼女の母親が自分の手の中にいる以上、彼女は自分の要求を飲むしかない。
いや、いっそアメリアの方を妾として囲うか?
「心の病んだ未亡人を妾として囲って、生活の面倒を生涯見てやるのだ。中々の美談になるではないか。それに、エリザベスが名を上げた後も母親を抑えておける。それに……アメリアも歳の割には若く見えるからな」
未亡人との婚姻は、『ラムダ』世界でもある事だ。戦争で夫を亡くした未亡人とその子の面倒を見るために、夫の兄弟や友人が婚姻を結ぶか、妾という名目で囲うのだ。
それは美談として語られる事もあるが……「ぐふっ、ぐふふっ」と笑っているリームサンド伯爵の姿を見れば、彼の場合は誰も美談だとは思わないだろう。
「そうと決まれば、アメリアに飲ませる薬を増やすよう、言っておかねばな。いや、囲うなら壊しすぎない方がいいか?
いや、その前に医院にヴァンダルーが近づかないよう、アメリアと接触させないように言っておくべきか」
そう言いながら、使用人によって再び満たされたグラスを、今度はゆっくりと呷った。
投稿が遅くなってすみません。
自分でも驚くほど執筆ペースが進まない状況が続いております(汗 申し訳ありませんが、一度お休みを頂き、次話の投稿を8月20日とさせていただきます。重ね重ねすみません。




