三百二十四話 過去との会談と理想郷
ヴァンダルーが、というよりザッカート名誉伯爵家が選王領、通称中央のオルバウムに長期滞在する予定である事を、ケイティは早い段階で知っていた。
元々ヴァンダルー達はこの予定を隠さなかったし、英雄予備校に入学する以上隠せる事ではないからだ。だからケイティも父達の会話を【ウルズ】……指定した空間で過去にあった出来事を見聞きするチート能力で把握する事ができた。
そのため、彼女は父にヴァンダルー達がいる時期に合うように中央へ行きたいとねだったのだ。名目は勉強のため。前世の人格と記憶を取り戻した彼女に、以前と同じただの幼女として過ごすことは不可能だった。そのため、彼女は周囲から天才児だと思われている。それを今回は利用したのだ。
もちろん、ヴァンダルーを警戒しているケイティの父、ルーカス・ハートナーが簡単に了承するはずがない。そのため、ケイティはハートナー公爵領の新魔術師ギルドマスターに、オルバウムの魔術師ギルドマスター宛てに推薦状を書いてもらい、自筆の手紙と一緒に出してもらったのだ。
清廉潔白だが政治に疎い新ギルドマスターはケイティの狙い通り、彼女の才能を熱烈に称えた推薦状を書いてくれた。そして、オルバウムのギルドマスターから「ケイティ嬢の留学を歓迎する」と返事が来たため、ルーカスも娘の我儘を許すしかなくなった。
もちろん留学には保護者である代官や護衛がついてきて、ハートナー公爵家の別邸で暮らす事になったが、彼女は構わなかった。公爵令嬢である自分が自由に行動できるとは、最初から考えていなかったからだ。
ケイティは辛抱強くチャンスを待ち、そしてアルクレム公爵家が開いたパーティーに出席し、そして発見したヴァンダルーに向かって突貫したのである。
なまじ前世で身につけた魔術や戦闘技術の腕があるため、エレオノーラ達から美しさ以外にも圧倒的強者としてのプレッシャーを覚えるが、それに足がすくむ前に前に出た。
「……初めまして。ヴァンダルー・ザッカートです。お噂はかねがね」
一方、ヴァンダルーにとってケイティの行動は完全な不意打ちだった。ハートナー公爵家の令嬢で、幼いながら魔術の天才だと評判になっている彼女の名前は知っていた。
だが、知っていただけで今までは警戒に値するとは思っていなかった。天才であるという評判も、「その年齢にしては」という枕詞が付く程度であるし。何より、今ヴァンダルー達が最も警戒しているのは六道聖やその直属の部下だった転生者達である。
六歳になるケイティ・ハートナーが彼らである可能性はゼロだ。だから、ほぼ無警戒だった。
「あなたが【ウルズ】と呼ばれていたとは驚きましたが」
そう言いながら、ヴァンダルーは驚きから立ち直り、【念話】でエレオノーラやベルモンド、そして姿を消したまま会場に潜んでいるゴースト達に『大丈夫』だと伝える。
「ええ、できれば今度お話しする機会を作ってくれれば幸いです。魔術とか、昔の事とか」
「それはいいですね。歴史についてなど、興味深いお話ができると思います」
実際、ケイティを厳重に警戒する必要はなかった。彼女はエレオノーラがわずかに伸ばした爪や、ベルモンドがわずかに膨らませた尻尾、アイゼンが小さく軋ませた枝の一振りで、容易く刈り取られる程度の力しか持っていない。
そして、これまでの短い会話で彼女に敵意がない事と、この場で重要な会話をする気がない事が分かった。ここは他の招待客の目や耳があるから当然だが、【ウルズ】の接触を予期していなかったヴァンダルーとしてはありがたい。
「それでは、ごきげんよう」
そう言って一礼すると、ケイティは離れていった。彼女はヴァンダルーと接触して彼女個人は敵意を持っていない事を伝え、重要な話ができるよう後で時間を作ってくれるように頼めれば、それでよかった。
ちなみに、ケイティが撒いた保護者と護衛はしばらく前から彼女を発見していたが、既にヴァンダルーと会話を交わしていたため、近づくことができなかった。
「ええ、また近いうちに」
そしてヴァンダルーも彼女を追わない。ただ、近いうちに……できれば今日中に話ができるよう、生前斥候だったキンバリーに尾行してもらうが。
そしてケイティが離れた後、その様子をただ見ていただけだった令嬢達ははっと我に返った。相手が公爵家の令嬢だったため、その行動を妨害する事はもちろん倣う事も出来なかった彼女達だが、今なら自由に動ける。
ケイティが突貫した後の様子を見て、ヴァンダルーに話しかけさえすれば会話が成立すると考えた彼女達は、お互いに牽制しあい、それを制した者から話しかけようとした。
「ただいま、皆。大変だったわ、本当に目が回るかと思った」
だが、その前にダルシアが戻ってきてしまった。社交界では親同伴の相手と交流し、親交を深めるのは普通の事だ。というか、そもそも親か保護者が同伴していない未成年者(この世界の場合は十五歳未満)は、ほぼいない。
だが、ダルシアが着ているドレス……ドレスのようにアレンジした変身装具を前にして二の足を踏まない者はいなかった。
変身装具を発動させた後、ヴァンダルーが編んだ液体金属のレースやフリルを加えて露出を抑えているので、印象も華やかだ。そして液体金属の生地であるため光沢があり、このパーティーに出席している令嬢や貴婦人が着ているドレスとは明らかに格が異なっていた。
「お疲れ様です、母さん。変な人はいませんでしたか?」
「大丈夫よ、タッカー……アルクレム公爵の代官さんが招待する人を厳選してくれたから。それに、ヴァンダルーが手直ししてくれたこの装具の事を皆褒めてくれたのよ。オルバウムでも評判になるわよ、きっと」
「それは、着ているのが母さんだからでしょう」
「そうじゃな。儂らはそんな事は言われておらぬし」
「うん、皆遠巻きに見ているだけだったよ」
ちなみに、変身装具にアレンジを加えてドレスとして着ているのはダルシアだけではなく、ザディリスやパウヴィナ、アイゼンもだった。
『それは無理もないと思うけどねぇ』
招待客からしてみれば、ザディリスやアイゼンは客ではなく従魔だ。そして、人とほぼ同じ外見で知能も人間同様である従魔に、どう接すればいいのか招待客達は分からなかったのである。
社交界では女性を褒めるのがマナーだ。しかし、その褒め方にも相手の立場によって違いがある。婚約者がまだいない若い女性を熱心に称賛するのは構わないが、婚約済みの女性や既婚の女性を情熱的に褒めるのは口説いていると誤解されかねないのでマナー違反である。
逆に、婚約者のいない女性を、婚約済みの女性や既婚者と同じように言葉少なく応対するのは、「自分は貴女に対して関心がない」と言っているのと同然と見なされ、失礼となる。
ここに相手の家と自分の家の力関係や、政治的な立ち位置なども関係してくる。
そんなややこしい社交界を生きる貴族達にとって、従魔の女性というのはどんなカテゴリーになるのか分からなかったのである。フリーの女性ではないのは確実だが、婚約済みや既婚者の女性と同様に扱って失礼に当たらないのか?
これでは、どんなに可憐だったり艶やかだったりしても、直接声をかけて称賛するのは躊躇われる。
「そもそも、私達はヴァン様に面倒なのが近づいてこないようガードしているのよ。その私達が面倒なのを呼び寄せてどうするのよ」
変身装具の形状がちょっとしたアレンジでは隠せない程度には鎧っぽいため、ドレスを着ているエレオノーラがそう言う。
「私では貴族の方の顔の判別が……妙な言質を取られたらご迷惑をかけてしまうので、今の扱いの方が気が楽です」
そしてエレオノーラと同じ理由で変身装具を着ていないベルモンドは、いつもと同じ燕尾服の執事姿だった。社交の場での男装は目立つが、彼女は従魔としてこの場にいるため咎められることはない。
「そういえば、ヴァンダルー達の方こそ、変な人が来たりしなかった? パウヴィナちゃんやベルモンドさんも大丈夫?」
「うん、アレックス君はこういう所にいないから大丈夫だよ」
「あの、お気持ちは嬉しいのですが、何故私も?」
しかも、和気あいあいと身内だけの会話を始めるものだから間に割って入る事ははばかられた。元々ヴァンダルーと接触して調べるようにと言われただけで、彼自体に興味や関心があった訳ではない令嬢達は、これは無理だと諦めて、退散する事にした。
親から命じられ、それに応えるつもりもあった令嬢達だが、さすがに本物の工作員程高い士気や、任務の実行能力は持たなかった。
「え、でもモークシーの町では尻尾を……」
「母さん、ベルモンドの尻尾に近づく人はいませんでしたよ」
「ダルシア様、旦那様、私の尻尾はそこまで注目を集めるとは思えないのですが。それとモークシーの町での件は、私の油断です。不徳の致すところです、忘れてください」
「「ごめんなさい」」
頬を赤らめてそういうベルモンドに、声を揃えて謝るダルシアとヴァンダルー。しかし、「他人に尻尾を触られたことがトラウマになっているから触れられたくないのだ」と誤解していた。
「ああ、それと変な人ではありませんがケイティ・ハートナー嬢が来ましたよ。彼女は【ウルズ】なのだそうです」
「まあっ! それは大変……だけど、慌てる必要はないみたいね。カナちゃん達みたいに、仲良くできるといいのだけど」
ヴァンダルー達の様子から、転生者だったらしいケイティが敵意を持っていない事を察して安堵の溜め息を吐くダルシア。彼女にとって転生者はヴァンダルーの仇だが、イヌイ・ハジメのように明確に敵対してくる相手以外に思うところはない。
カナコやダグ、メリッサのように家族同然の付き合いができる者もいるし、そうでない者もいる。そんなものである。
「でも、ハートナー公爵領は……どうするの?」
「多分、その話をしたくて彼女は俺に接触してきたのでしょう。とりあえず話をしてみます」
「そう、じゃあ……ダンスが始まるまでここにいていい? チプラスさんが手伝ってくれたから何とかなったけれど、もう本当に目が回りそう」
次から次に話しかけてくる貴族達に挨拶を交わし、社交辞令を言い合って当たり障りのない応対に成功していたダルシアだが、それは彼女一人の実力によるものではなかった。
「ご苦労様、チプラス」
『身に余る光栄です、ヴァンダルー様』
チプラスは元邪神派吸血鬼の工作員であるため、多くの王侯貴族の顔と名前を憶えている。また、商人として人間社会に潜入していたため、人の顔と名前を覚えるのは得意だった。
さらに、貴族と交流した経験も豊富である。
そんな彼がダルシアの後ろにつき、彼女に貴族の名前と評判などを囁いて教えていたのである。
「そうですね、ダンスが始まったらみんな交代で踊って時間を潰しましょう」
変な貴族に強引にダンスを迫られるよりは、身内で相手を決め交代を繰り返して時間を潰した方が良いだろう。そう思っていたヴァンダルーだったが、実際にダンスが始まると、ダルシアやパウヴィナと繰り返し踊る事になるのだった。
その日の夜、代官から長めのお説教を受けたケイティはようやく解放されて、寝室として使っている部屋に入った。
「あの人たちの気持ちも分かるけれど、長すぎよね」
「彼らにとってあなたは未成年者ですからね」
「っ!?」
ずるりと、ヴァンダルーがクローゼットと壁の隙間から這い出てきたのを見てケイティは思わず悲鳴をあげかけた。
「ど、どうやってそんな狭い隙間に?」
「いえ、この隙間に隠れていた訳ではなく、この隙間に【転移門】を開いてもらっただけです」
キンバリーに尾行してもらい、報告を受けたヴァンダルーは、グファドガーンに目立たない場所に【転移門】を開いてもらったのだ。……家具と壁の隙間に開くとは思わなかったので、若干驚いたが。
「それで、お話というのは?」
「あ、はい。ハートナー公爵家の事なのですが――」
口調を公爵令嬢のものから、普段の自分自身のものにしてケイティはヴァンダルーに【ウルズ】の能力で自分の家と父が何をしたのか見た事を話し、それについて自分が必ずハートナー公爵家として公にして謝罪させ、できる限りの賠償を行うので、それまで待ってほしいと頼み込んだ。
それに対するヴァンダルーの答えは、簡潔だった。
「分かりました。待ちます」
罵声や殺意を浴びる事も覚悟していたケイティに対して、ヴァンダルーは向けたのはその言葉だけだった。
だが、それに対してケイティが覚えたのは背筋が凍るような悪寒だった。
何故なら、ヴァンダルーは元々ハートナー公爵領を諦めている……見放していると言ってもいい。だから、彼が自分からハートナー公爵家やその領地に何かすることはない。
害を与える事もない。その点では安心してもいいかもしれないが……同時に、救いもしない。
もしケイティの父であるルーカスや、叔父であるベルトンが崖から落ちかけているところにヴァンダルーが通りかかったとしても、彼は何もしない。
だから、ヴァンダルーはケイティの頼みに簡単に頷くことができるのだ。何もするつもりが無いのだから、当然だ。
そして、言った通り待つだろう。十年でも百年でも千年でも、永遠に。
「あ、あのっ! 必ず、必ず父達を説得しますっ! どうしてもダメなら、私が公爵家を乗っ取って謝罪と賠償を行います! だから――」
「落ち着いてください、ケイティさん……でいいですよね? ケイティさんの人格と行動には、好感を覚えています。ハートナー公爵家はともかく、あなた個人は応援したいとも思っています」
父であるルーカス・ハートナーを排除ではなく、説得するというケイティの考えにヴァンダルーは好感を覚えていた。
血と愛情で繋がっている家族を捨てられない。それは当然だとヴァンダルーは考えている。
血と愛情で繋がっている家族を簡単に捨て、裏切る事ができる者をヴァンダルーは信じない。いつ自分が裏切られるか分からないからだ。そんな者を信じるには、殺して死者にする以外にない。
「だから、あなたが『説得』するのを応援しましょう。……基本的には応援するだけですが。
ルーカス・ハートナーが父親として不適格で、だけど父親以外の家族を助けたいから来た、という訳ではないのでしょう?」
「もちろんよ。父さんは私を愛してくれている。母さんも。叔父さんは……ちょっと良く分からないけど」
「まあ、叔父さんは別にどうでもいいのではないでしょうか」
「ええ、まあ……そうね」
ケイティの父であるルーカスと、彼の腹違いの弟であるベルトンは数年前にハートナー公爵家の後継者争いをしており、当時はお互いに陰謀を企み合う関係だった。
ルーカスに公爵位を譲った今も、自分の息子を次代の公爵にするために色々と企んでいるはずだ。
ケイティとの会談はお互いに納得できる、実のあるものになりそうだった。
「それはともかく、六道聖とその部下について何か知りませんか? この世界に転生できなかったのなら、それでいいのですが」
「六道聖……? いえ、『オリジン』で死んだのは聞いたけれど、その後は何も言っていなかった。だから魂が傷つきすぎたかどうかして、転生する事ができなくなったのか、ロドコルテは六道を転生させないつもりなのかと……」
だが、話題が六道聖の事に及ぶと、途端にきな臭くなった。
「それはおかしいですね」
六道聖の魂は、傷ついていない。ヴァンダルーは魂を食らおうとしたが、失敗してしまったからだ。無傷ではないかもしれないが、転生できないような傷……人格や記憶に大きな影響が出るには程遠いはずだ。
それよりおかしいのが、ケイティに六道の処遇についてはっきりと教えない事だ。ロドコルテが彼を転生させないつもりなら……何らかの形で手元に置くなり、監視するなり、どうにかするのなら六道の犠牲者の一人でもあるケイティに教えない理由はない。
「六道がこの世界に転生するか否かは、既にこの世界で生きているあなたにとって他人事ではありません。奴が転生して死属性魔術でハートナー公爵領に甚大な被害を与えるかもしれない。
その可能性が無いのなら、はっきりとそう伝えるでしょう。カナコから聞いた亜乱達の性格なら、そうするはず」
ヴァンダルーはロドコルテの御使いとなっている亜乱や泉、そして硬弥と親しかったわけではないが、カナコ達からどんな様子だったのかは聞いている。
彼らはカナコや今は亡きムラカミのように、一度裏切っている仲間には冷たかったが、アサギ達には好意的でヴァンダルーと戦わないよう誘導しようとしていた。
ムラカミは亜乱達を殺した張本人であるし、彼と組んでいた当時のカナコ達も距離を置かれるのは、ヴァンダルーも分かる。
しかし、ケイティは亜乱達を裏切っていない。彼らの感覚では仲間のままであるはずだ。亜乱達なら六道の処遇について、仲間である彼女に伝えようとするはずだ。
「じゃあ、私の口からあなたに情報が伝わる事を恐れたロドコルテが、口止めしたとか……六道に注意を向けさせ続けるために」
「その可能性もありますね。実際、俺達は警戒して情報を集めていますし」
六道聖にヴァンダルー達の注意を向けさせ、その間に何かを企んでいる。それは、ヴァンダルー達からすれば十分考えられる事だ。ロドコルテの手駒となる転生者は六道とその部下以外はアサギ達ぐらいだが、『法命神』アルダとその従属神達が選んだ英雄候補を使っている可能性もある。
……ロドコルテとアルダが会談している様子を見ていれば、そのひび割れだらけの協力関係から、その可能性も低そうだと思ったかもしれないが。
「しかし、最悪の可能性を想定するべきだと俺は思います」
「それって……まさかロドコルテが六道を転生させたって事!?」
そんな馬鹿なと、ケイティは驚いた。死属性魔術師であるヴァンダルーを葬るために、死属性魔術師となって『オリジン』に致命的な被害を出しかけたという六道聖を送り込んでどうするのか。
世界を支配しようとする大魔王を倒すために世界ごと滅ぼすような事は、対応手段として破綻しているとしか思えない。
「六道が俺と同じように魂を砕いたり、喰らったりして滅ぼす事ができるかはわかりません。もしできなかったとしたら、ロドコルテとしてはそれで問題ないのかもしれません。
同じ属性の魔術が使えるからといって、同じことができるとは限りませんし」
理論上は、同じ属性魔術が使えるなら同じことが可能だ。しかし、個人ごとに違いがあるため現実ではそうとは限らない。実際、六道はヴァンダルーや冥のように霊を魅了して操る事はできなかった。
だからヴァンダルーは、実は六道は魂を砕く事ができなかったため、ロドコルテは戦力として利用する事にしたのかもしれないと考えた。
「でも、それで大勢の人が死んだら――」
「世界が存続……この世界がアルダやロドコルテにとって望ましい形で存続するなら、人が大勢死んでも百年後、千年後には数も戻るだろうから問題ない。そう考えているのかもしれませんよ。
もしくは、俺に与する人間は人間ではないと思っているのかも」
ヴァンダルーがそう言うと、ケイティは絶句してしまった。
「じゃあ、亜乱達が六道の事を私に教えなかったのは……!」
「いえ、それは亜乱達なりにあなたに対するメッセージだったのかもしれませんよ」
真っ青になって信頼していた仲間に見捨てられたとショックを受けるケイティに、ヴァンダルーはそう言って落ち着くよう宥めた。
「御使いは仕える神に逆らえないそうですから、ロドコルテに六道に関する情報を流すなと命じられたら亜乱達は何も言えなくなります。
でも、六道の処遇について何も言わないのは不自然ですから、ロドコルテに上手く誤魔化すように言われたけれど故意に何も言わなかったことで、貴女に気が付いてほしかったのかもしれません」
実際にロドコルテと亜乱達の間にどんなやり取りがあったのかは分からないが、そんなところではないだろうかとヴァンダルーは思った。
亜乱達が『ロドコルテは六道を転生させずに、封印する事にしたらしい』とケイティに偽情報を伝えていたら彼女は信じただろう。そして、それを彼女から聞かされていた自分も完全には信じなかっただろうが、警戒を緩めたかもしれない。
そんな簡単な偽装工作をしなかったのだから、それが亜乱達のメッセージだったと考えられる。
(俺は、何故亜乱達を弁護しているのでしょうか?)
そう思わないでもなかったが。
(……まあ、ケイティに『応援します』といったばかりですし、彼女が精神的なショックを受けて落ち込んで家族への説得に影響が出るかもしれませんし)
そうヴァンダルーが自己正当化を済ませた頃には、ケイティは立ち直っていた。
「たしかに、そうかもしれない。でも、これからどうすれば……」
「まあ、俺としては六道が転生してくる可能性が高くなったので、引き続き警戒しますが、新しくすることは……特にないですね」
冒険者ギルドのネットワークを利用した情報収集や、ヴィダル魔帝国やアルクレム公爵領内、オルバウムに攻撃を受けないように警戒している。
これ以上の警戒は難しい。
アミッド帝国があるバーンガイア大陸の西側の警戒は、ダークエルフが非常用に維持している集落やシュナイダー達が頼りだが……別にヴァンダルー達は『ラムダ』世界全体の守護者ではない。アミッド帝国で大きな被害が出ても、それがシュナイダーの関係者でもなければ気にもしないだろう。
アミッド帝国の安全を守るのはアミッド帝国を治める政府の義務であり、ヴァンダルーには何の関係もない事である。
それは同盟を結んでいないハートナー公爵領にも言える事だが……応援すると言ったばかりなので、何もしないのは心苦しいと思ったヴァンダルーは、仲間達の意見を求めた。
「どうしたらいいと思います?」
『ゴブリン通信機を渡してはどうでしょう? または、何人か連絡用のゴーストをつけるとか。そうすれば、緊急事態でもすぐ連絡を取る事ができると思います』
ヴァンダルーが呼びかけると、レビア王女が現れそう提案した。
「っ!?」
太腿の半ばから先の無い、炎を纏っているかのような褐色の肌をした巨人種の美女の出現に驚くケイティに、レビア王女は微笑みかけた。
『初めまして。私の事は分かるかしら?』
「は、はい。レビア王女様、ですよね?」
【ウルズ】で彼女が火炙りにされた過去の映像を見ていたケイティは、その迫力に血の気が引くのを感じていた。
殺意や怒気は感じないが、ただただ圧倒的な力の差を……魔力を感じる。ヴァンダルーの時は差が圧倒的過ぎて気づくことができないのだが……エレオノーラやベルモンド、アイゼンと同じ、圧倒的強者だとケイティは認識した。
『そう……私も陛下と同じで、貴女の事を応援しているわ。頑張ってね』
紅い炎に黒を混ぜたレビア王女は、そうケイティを激励した。その口調はとても穏やかで、浮かべた笑顔には親しみさえ込められているように感じられた。しかし、細められた瞳の奥には何かが燃え盛っているようにケイティには思えた。
「は、はい。頑張ります」
紙のように白い顔をしているケイティに渡すためのゴブリン通信機……ゴブリンの干し首を利用したマジックアイテムを影から取り出しながら、ヴァンダルーは彼女が焦って性急すぎる手段を取らないように言葉をかけた。
「大丈夫ですよ。何年でも、何十年でも待ちますし、もし仮に説得が失敗してもあなたやあなたの兄弟姉妹の責任を問うつもりはありませんから」
そう保証したつもりだったが、ケイティは「説得できなければ、両親の命はない」と暗に言われたと解釈して慌てて頷きながら、「頑張ります!」と返事をした。
こうしてヴァンダルーとケイティ・ハートナーの間にホットラインが置かれる事になったのだった。
次話は7月21日に投稿する予定です。




