三百十九話 大魔王の、ほんの少しの本気
ヴァンダルーとパウヴィナが帰る前に、『呪われた屋敷』……シルキー・ザッカート・マンションの前にアルクレム公爵家の紋章が刻まれた馬車が止まった。
御者や馬車から降りてきた使用人達は、誰もいないのに開いた門や立木の奥からこちらを伺う何者かの気配に怯え、戸惑った。しかし乗客からの催促に背中を押され、しぶしぶ彼女が乗る車椅子を押して入り、そして彼女を託して去って行った。
冒険者学校から帰ったヴァンダルーとパウヴィナの話を聞いた一同は、驚きの声をあげた。
「もう友達ができたなんて、すごいじゃない! 今日はお祝いね!」
『学校生活が不安だと何度もこぼしていた坊ちゃんが……私は嬉しくて、嬉しくて、顔面が崩れそうです!』
「では、さっそく本国に連絡いたしましょう。そういえばお友達は女の子ですか? その場合はカナコとザディリスがすぐ教えるようにと言っていたのですが」
ただ、驚いた内容はヴァンダルーに友達ができた事に対してだったが。
「なあ、おめでたいのは分るけど、そこまで騒がなくてもいいんじゃないかな?」
ヴァンダルーに義肢を与えられて冒険者として復帰する事ができた山猫系獣人種のナターニャは、感動に涙ぐんでいるダルシアや、尻尾を嬉しそうにくねらせるベルモンド、そして喜びすぎて霊体の輪郭が崩れているサムにそう尋ねる。
「ナターニャさん、そんな事はありません。私達が故郷で孤立した生活をしていた時、ミリアムさんという生涯の真友を得た時の喜びは、今でも色褪せる事はありません」
「ええ、あの日を境に私達の人生は大きく変わったのよ」
「学校とは閉じられた小さな社会。そこで光当たる場所から弾きだされた者は、孤独であるというだけで侮蔑される恐ろしい場所と聞いておる。そんな場所で友を得られたのはまさしく僥倖と言うほかあるまい」
しかし、強面の巨漢の剣士アーサー、そしてその妹の美女だが目つきが怖いカリニア、そしてドワーフだが痩身で髪の薄いボルゾフォイが、友達ができた事の重要性を諭す。
「待ってください! 私達の出会いってそんな劇的なものじゃないですから! ただの新米冒険者だった私が道に迷って、オーガーに殺されそうになったところをアーサーさんに保護されただけ……あれ? 思い返すと結構劇的だったかも? それはともかく、いつの間にか『生涯の真友』って、私達の関係がよりすごい事になっていませんか!?」
「そ、そっか。オレも組んだ仲間に裏切られて四肢を失ったけど、ユリアーナさんや師匠や皆みたいに本当の仲間ができた時は嬉しかった。その嬉しさと同じなんだよな」
ミリアム本人は納得してないようだが、ナターニャは信じ合える仲間ができる事の重要性とその喜びを思い出して、涙ぐみながら尻尾を揺らしている。
『そうなるとお友達を呼んでのお茶会に、勉強会、作戦会議……ああ、どの部屋を使うべきかしら? あの部屋は三枚のレリーフを嵌めないと出入りできないし、あの部屋は床のタイルに重しを乗せないと壁が迫ってくるし……それよりもふさわしい茶器はまだ割れていないかしら?』
『庭でガーデンパーティーも良いと思うよぅ?』
そわそわと、約百年ぶりに本来の意味で客を歓迎しようと浮足立つシルキー。彼女に負けまいと、庭でのパーティーを提案するアイゼン。その足下では「ギシャー」「キュィー」と小さくなっているピートとペインが飛んだり跳ねたりしている。
『とりあえず、今日の晩御飯はどうしましょうか?』
『下拵えはお手伝いできますよ!』
「ありがとう、皆。今日はみんなでご馳走を作りましょう」
そしてヴァンダルーも、今年十三になるのに友達ができた事を盛大に祝われることに抵抗や疑問を覚えてはいなかった。
今ならヴィダル魔帝国のヴィダ神殿長、ヌアザに『今日という日を国家的な祭日にいたしましょう!』と言われても頷いたかもしれない。それぐらい彼にとって、「学校で友達ができた」事は嬉しい出来事だった。
しかし、学校で問題が起きていない訳ではなかった。
「実はそのできた友達が、エリザベス・サウロンというサウロン公爵の末の妹だったのです」
「まあ、そうなの。世の中って狭いのね」
「本物のお姫様という事ですね。これはますますカナコ達に連絡しなければ……」
衝撃的なはずの新情報を知っても、穏やかな様子のダルシアやベルモンド達。アーサー達はサウロン公爵の名に驚いているが、それだけだ。
「そしてアレックスというパウヴィナをじーっと見つめてくるだけで、何もしない男子生徒がいまして」
「本当なの!? パウヴィナちゃん、怖くなかった? 平気?」
「うん、怖くなかったけどちょっと気持ち悪かった」
途端に真剣な顔でパウヴィナを心配しだすダルシア。彼女達の中で、ヴァンダルーの友達がサウロン公爵家の血を引く事よりも、怪しげな生徒にパウヴィナがちょっかいをかけられたことの方が重大な出来事らしい。
「大丈夫? 辛かったら母さんにいつでも言ってね、学校に抗議しに行くから! ヴァンダルーに聞いたんだけど、『モンスターのペアレント』って、そういう事を頻繁にしてもいい人の事を言うみたいだし」
「母さん、俺の話を間違えて覚えていませんか?」
「大丈夫! 明日、あたしが直接話を聞きに行くから! ヴァンも連れていくけど」
「なるほど。師匠を放っておくと、アレックスって坊ちゃんに何をするか分からないから、目の見える場所におくと。さすがパウヴィナの姉さんだ」
「サイモン、自覚があるので今回は言い訳しませんが、アレックスという生徒に俺は何もしませんよ。今のところですが」
「ん? そこまで言うってことは、何か訳でもあるんで?」
「ええ。でも、続きは玄関ホールではなくリビングでしましょうか」
「そうだ、ついさっきバルディリアさんが来たの。『義手』の調整をしてくれないかしら?」
「そうですね。ちょうど彼女に聞きたいこともありますし」
賑やかに話しながら屋敷のリビングに向かう。そこに『アルクレム五騎士』の一人、『千刃の騎士』バルディリアがいた。
彼女はサウロン公爵領の旧スキュラ自治区奪還作戦において、両腕を失う重傷を負ったために優れた義肢製作者であるヴァンダルーの元で治療に専念するためにやってきたのだ。
「お久しぶり、というべきでしょうか?」
しかし、彼女には無いはずの両腕があった。
「俺とは使い魔王で会っていますからね」
しかし、ヴァンダルーも含めて誰もその事を驚かない。なぜなら、バルディリアが両腕を失ったというのは茶番だったからである。
正確には、実際に両腕を切断されていた。しかし、その後治療のために後方に運ばれた後すぐに特製のブラッドポーションで腕をくっつけている。ただ、表向きには両腕を失ったという事にし続けて、オルバウムまで馬車で旅してきたのだ。
ちなみに、戦場にはヴァンダルーの一番弟子、ルチリアーノが制作した彼女の腕そっくりに偽装した偽物を転がしておいたので偽装工作も完璧である。
おかげで奪還作戦を主導したサウロン公爵家にバルディリアの主君であるアルクレム公爵は大きな貸しを作る事ができ、今後同じような作戦が提案されても戦力を出さずに済むだろう。
「話は聞きましたが、エリザベス・サウロンか。もしかしたら、我々アルクレム公爵領の貴族は彼女に嫌われているかもしれない」
「サウロン公爵家の後継者争いに、アルクレム公爵も噛んでいたの?」
「いえ、噛んでいたというか……当時の我々に選り好みしている余裕は無かったのです、ダルシアお姉さま」
ヴァンダルーがまだ二歳になる前の、今から十年と少々昔。サウロン公爵領はアミッド帝国の攻勢を防ぎきれず、帝国に占領された。その際、エリザベスの父親である先代サウロン公爵と後継者だった公爵の長男も命を落としている。
その状況で当時既にアルクレム公爵位についていたタッカード・アルクレムは、大いに慌てた。なぜなら、サウロン公爵領がアミッド帝国に占領されたため、自領が敵国との最前線の一つとなってしまったからだ。
もちろん、国境沿いに砦などの軍事拠点はある。だが、彼が公爵になる以前からアルクレム公爵領では経済に力を入れており、軍事力は二の次にされてきた。
タッカードも口では「常に有事に備えている」と言ってきたが、アミッド帝国軍相手に防衛戦を展開して長期間持ち堪える自信は無かった。
それは他の公爵や中央の貴族達も分かっていたので、アルクレム公爵領やハートナー公爵領を援助し、軍を派遣してアミッド帝国のそれ以上の侵略を許さないよう手を打った。しかし、タッカードとしてはサウロン公爵領が帝国の手から戻ってこない限り安心はできない。
そのためサウロン公爵領奪還の旗印、そして奪還後の復興の総責任者になる人物が早く決まる事をタッカードは望んでいたのだ。
だから現公爵であるルデル・サウロンが後継者争いに勝つのを止めなかった。当時既に成人しており、血筋も良く、それなりに政治や軍事の知識もある彼が公爵になる事に異論がなかったからだ。
当時まだ成人していなかったルデルの弟や、幼く知名度も低い末っ子のエリザベス。そしてサウロン公爵の隠し子であると主張しているレジスタンス組織のリーダーより、安定感があると考えたからだ。
「とは言っても、積極的にルデル・サウロン公爵の後押しや他の後継者候補の妨害をした訳ではありませんが。成り行きに任せただけで」
以上の事を説明した後、バルディリアはそう言って話をまとめた。
「成り行きに? 重大な問題だったんじゃないの?」
「だからです、お姉さま。既にそれぞれの後継者候補ごとに貴族が後ろ盾になっていたため、我々が介入する事でより事態が混迷化し、後継者が決まるまで時間がかかると判断しました」
「なるほど……それにしても、お姉さまって呼ばれるのにはまだ慣れないわね。バルディリアさんの方が年上だからかしら」
「気にしないでください、お姉さま! 私はダルシアお姉さまの事を心から尊敬しております!」
キラキラと瞳を輝かせてダルシアを見上げるバルディリア。彼女が一度は両腕を切断する事を了承したのは、こうしてダルシアと一つ屋根の下で暮らすことができるからでもあった。
「そうすると、エリザベス自身については何も知らないのですか?」
そう言いながら、ヴァンダルーはバルディリアがつける『義手』を、彼女の腕のサイズに合わせて細かい調整を行っていた。
『義手』といっても、サイモンやナターニャの義手と同じなのは外見だけ。バルディリアは腕にしばらくこの偽の義手……小手と手袋を嵌めて生活するのである。
両腕を失ったが、優れた義手のお陰で生活に支障はない。このままダルシアとヴァンダルーの元でリハビリしながら現場に戻れるよう努力している。……外に対しては、そう説明して。
アルクレム公爵はバルディリアを預ける事でヴァンダルー達との交流を強め、同時に他の貴族からの干渉がないか見張らせる事ができるという計算もしていただろう。……ダルシアに心酔している彼女からの要望、というのが一番だろうが。
「はい、何も知らないに等しいかと。ルデルもですが、エリザベス・サウロンは母親と共に中央に保護されていたので、知り合う機会もなく、それに――」
「諜報員や工作員を近くに潜り込ませる程、重要度は高くないと判断したと」
「その通りです。同じサウロン公爵領出身の者なら、もっと知っているかもしれませんが……年齢的にあまり期待できないかと」
エリザベスの存在は、アルクレム公爵にとってはそれほど重要ではなかったようだ。
そしてサウロン公爵領出身者にとっても、エリザベスはあまり知られていない存在だ。アミッド帝国にサウロン公爵領が占領されたとき、彼女はまだ子供というより赤子に近い年齢だった。パーティーへの出席どころか、親しい友人すらまだいなかった。
父親である前公爵に認知されたのも、アミッド帝国の攻勢が始まる三日前だ。サウロン公爵領の平民の中には、彼女の存在を知らない者も少なくないだろう。
この場にいない元サウロン公爵領の英雄だったジョージ・ベアハルトや、その娘で今はサキュバスに変化しているイリスも、エリザベスについては名前を憶えているかどうかという程度だろう。
エリザベスの母の父、つまり祖父は騎士だったようだから同じ騎士のジョージなら覚えているかもしれないが、覚えていても意味のある情報が得られるかは不明だ。
ただ、バルディリアの口から話を聞いた限りだと、彼女からアルクレム公爵家が敵視されているとは考え難い。
しかし、これはアルクレム公爵家側の事情を聞いて考えた推測だ。エリザベスには別の意見があるかもしれないし、思わぬところで恨みを買っているかもしれない。彼女の後ろ盾になっている貴族が、良からぬことを吹き込んでいる可能性もある。
「今度、彼女がアルクレム公爵家をどう思っているか聞いてみますね。多分、大丈夫だと思いますけど」
「そう願いたいものですが、彼女の事を気に入ったようですね」
「ええ、教室の片隅で一人昼食をとっていた俺を仲間に誘ってくれたというのもありますが、良い事を言っていました。ゾーナも、新入りの俺が孤立しないよう度々話題を振ってくれる、気配りのできる良い人です」
ヴァンダルーは取り巻きの男子達が提案した、校則にも違反する手段をエリザベスが却下する時に言った「手段は選ぶもの」という言葉に、好感を抱いていた。そんな彼女が仲間だと言ってくれたから、素直に仲間になったというのもある。
……実際には、ヴァンダルーの勘違いなのだが。ゾーナについても、彼女がヴァンダルーに話しかけていたのは、彼女自身が覚えた驚きと困惑を解消し、好奇心を満足させるためである。なので、気配りによるものとは言い難い。
「師匠はそう言ってますが、グファドガーンの姉さんはどう見ます?」
ヴァンダルーの人を見る目が節穴である事を先人から聞いて知っているサイモンがそう尋ねると、グファドガーンは空間の裂け目から顔を出した。
「偉大なるヴァンダルーの言葉通り、誇り高い人間に見えた。彼女に仕えているマヘリアという少女もできた人物であると共感を覚えた。ゾーナというドワーフの少女は私にはよく分からない。
三人の少年は言動から考えるに、見込みは薄いかと」
しかし、グファドガーンの人物眼も大したものではない。彼女は人と価値観が全く異なる邪神だ。そして、彼女にとって世界の中心はヴァンダルーである。彼が白と定義したものが白であり、黒と定義したものが黒だ。
……そんな彼女に見込みは薄いと言われる取り巻きの男子三人の残念さは、悪い意味で凄まじい。
『エリザベス嬢は、成績優秀なようですが、学校内ではヴァンダルー様以外の五人の取り巻きの他は、親しい友人はいないようです。一見、学校の有名人に見えますが、実際には遠巻きにされているといったようです。
取り巻きの人種の少女マヘリアは、彼女の母方の実家に仕えていた侍女の娘。ドワーフの少女ゾーナは、学園に入ってから仲間に加わったようです。
そして残りの三人は、エリザベス嬢の後ろ盾になっている貴族と縁のある貴族家の子弟だそうです』
そのグファドガーンに続ける形で、情報収集を行ったチプラスからの報告になるほどと頷く一同。
「しかし、そうなると男子三人とやらが気になります。あの学校に入れるという事は、ただの馬鹿ではないはず」
「チプラスさん、あのアレックスって人の事は何か知ってる?」
バルディリアは男子三人についてやや怪しく思ったが、ヴァンダルーの関心は彼らになかった。そして彼女自身も直接彼らの言動を聞いていた訳ではないので、話題の方向が変わるとそのまま考えるのを止めてしまった。
『はい、パウヴィナ様。あのガキは現在あの学校でトップの成績を誇っている生徒です。なんでも、人の隠れた才能を見抜く事ができるとか』
「才能を……パウヴィナを見ていたことを考えると、魔眼系のユニークスキルを持っているのかもしれませんね」
『お望みとあらば、とってまいりますが?』
「気持ちだけ受け取っておきます。ありがとう、ダローク。でも絶対にやらないように」
ヴァンダルーのアレックスに対する認識も、敵ではなく「エリザベスの競争相手」だったのでそれほど高くなかった。パウヴィナに危害を加えようとすれば別だが、そうでなければ殺し合いをする相手ではない。
むしろ、言動が危ういエリザベスの取り巻きの男子三人の方が心配だ。校則に違反してエリザベス達や自分まで処分されたらまずい。
「でも、学校の方はヴァンダルー次第だけど……二人とも楽しそうでよかったわ」
学校で起きた問題に対して真剣に考えるのは、冒険者学校に通う事に真剣になったからだと、ダルシアは喜んでいた。彼女にはヴァンダルーが恐れていた学校で起こりえる孤独な日々が、どんなものか想像する事しかできない。
しかし、今のヴァンダルーもパウヴィナも、楽しそうだったので大丈夫だと思ったのだ。
冒険者学校に入学した本来の目的は、有用な人物を導きヴィダ派に加える事だったが……そもそも導く事ができるか否かは、ヴァンダルー本人にしか分からない。ヴィダ信者でさえ導かれない人もいるのだから、成り行きに任せるしかないだろう。
「そういえば、転生者の方は何かありましたか? 我々も冒険者ギルドで聞いてみましたが、特に目ぼしい情報はありませんでした」
オルバウムの冒険者ギルドで活動を始めたアーサー達『ハート戦士団』は、「突然現れて活躍しだしたよそ者」や「妙な名前の新人」等の情報を集めていたが、今日は収穫が無かったようだ。
「それもなさそうです。少なくとも、使い魔王がいる地域では六道達が転生した様子はなさそうです。神々にも何か分かったら教えてくださいと頼みましたが、まだ連絡はないですし」
ヴァンダルーは神々に祈り、捧げ物をしながら、六道の危険性を訴え、彼が転生したら知らせてくれるように頼みこんでいた。
コーラにポテトチップスにカレー、そしてピザ。『オリジン』の人々が見たら、何かの冗談かと思うだろうが、『ラムダ』では神(特にズルワーン)が直接求める聖餐である。
きっと効果は抜群であろう。
『じゃあ、とりあえず報告会は終了ですか? 今日の晩御飯はどうします?』
「そうですね、博が恐竜を食べてみたいと言っているので、夕ご飯は皆を食堂に出して、恐竜のステーキやアンモナイトやオーム貝の刺身にしましょう」
『異世界じゃあ、恐竜って絶滅しているんですよね。なら、きっと子供達も喜びますね!』
次の日、冒険者学校では新入生が実習用のダンジョンやオルバウムの外にある魔境で実習を行うための準備段階である訓練が行われていた。
魔術師も含めた冒険者に共通して必要なものは、当然体力である。
冒険者は武具を纏い、携帯食料や水、そして魔物の討伐証明部位や採集した素材を背負って激しい運動をしなければならないのだ。
だから通常の冒険者学校で最初に行うのは、体力向上のための訓練だ。十分な体力があると判断されなければ、武器の扱いを教える訓練は受けられない。
しかし、ここは英雄予備校。普通の冒険者志望の生徒ではなく、冒険者になって更に英雄になる事を目指す生徒達が入学する学校だ。体力不足の生徒は、受験で既にふるい落とされている。
そのため、この学校で行う体力向上の訓練は、長時間繰り返される模擬戦である。
「走れ、走れ、走れ! そして的を撃て! 呼吸を乱すな!」
魔術師志望と弓使い志望が受けるのは、様々な障害物を乗り越えながら設置された的に魔術や弓で遠距離攻撃を行う、変則的な障害物競走だ。
前衛の仲間に守ってもらい、安全な場所から遠距離攻撃や援護を行う事が理想とされる魔術師や弓使いだが、現実ではそれが不可能なことが多々ある。
そんな最悪の状況で何もできなくなっては、英雄になる事はできない。
「正確に的の中心を射抜く必要はない! 端を掠めるだけでも十分だ! 今、お前たちがしているのは戦闘じゃない、逃走だ! 敵に牽制を繰り返しながら逃げ回っていると思え! 捕まって魔物の餌や慰み者にされたくなければ、死んでも走れ! 呪文を唱え、弦を引き絞れ!」
ダンドリップこと『真なる』ランドルフは、後衛志望の生徒達の教官をしていた。精霊魔術で地面を池に変え、木々を生やして即席の障害物を作り、生徒達がコースに慣れないよう、頭を使いながら走らなければならないようにしている。
普通の教官ではできない巧みな精霊魔術に、他の教師達も感嘆の視線を向けている。
(何をやっているんだ)
しかし、そのランドルフは前衛志望の生徒達が受けている訓練に視線をチラリと走らせ、内心溜め息を吐いた。
なぜなら、前衛志望の生徒達の中にヴァンダルーもいるからである。……無属性魔術が使える彼だが、的を破壊しないように注意しながら走り回るのは、さすがに面倒だったようだ。
彼が参加している前衛志望の生徒が受ける訓練は、ひたすら模擬戦を繰り返すという単純なものだ。防具をつけ、訓練用の武器で教官や自分と同じ生徒を相手に模擬戦を行い、勝敗がどちらでもすぐに再び模擬戦を行う。
それを繰り返し、実践で必要な持久力をつけるための訓練だ。
それはヴァンダルーも例外ではない。
(思っていた以上に下手糞だ)
訓練用の槍……先を丸めた木の棒を持って生徒や教官と模擬戦を繰り返すヴァンダルーを、ランドルフはそう評した。
「うおおおおっ! せいっ! だりゃあっ! ふんぎゅうううううっ!」
ヴァンダルーの身体能力は高い。だから、生徒や教官の攻撃は彼に本来なら当たらない。そして、一撃で彼らを倒せる。しかし、それでは大人げないし実力を出しすぎている。
だから、ヴァンダルーは手加減を行っていた。
わざと接戦を演じたり、避けられる攻撃を回避しなかったり、攻撃の速さを相手が避けられる程度に抑えたり。
そうした手加減が、ヴァンダルーは得意だった。彼は今までタロスヘイムで子供達相手に模擬戦をするなどしてきたのだ。こうした模擬戦で手加減するのは造作もない事だ。
得物である槍を使うための【槍術】スキルは持っていないが、訓練用の穂先まで木製の槍だ。【杖術】スキルで充分扱える。
「うおおおおっ! 何故だ! 何故俺の剣が当たらない!?」
「さすがに頭を狙った攻撃は避けますよ。いくら訓練用の剣でも、怪我をするかもしれませんから」
しかし、手加減している事を相手に悟られないようにするための演技力は大根役者どころではなかった。
激しい運動をしても息を切らさず、汗も浮かべず、無表情のまま淡々と模擬戦を続けるヴァンダルーを見れば、教官達はもちろん生徒達も手加減されている事に気が付く。
そしてプライドに傷がつき、がむしゃらにヴァンダルーに攻撃を仕掛けるが、それでも何も変わらない。
そうしてヴァンダルー相手に全力を振り絞り、体力が尽きて動けなくなった生徒や教官が横たわっていた。今、彼の相手をしている教官が最後の一人である。
「うおおお……俺の、負けだ……」
いや、たった今全滅したようだ。
武器を放り出して座り込んだ教官の肩に、ヴァンダルーは優しく手を置いた。
「なかなかいい筋をしていました。ただ、あなたには敵が大きく武器を振りかぶると、攻撃を実行する前に仕留めようと突っ込んでしまう癖があるようです。気を付けた方が良いでしょう」
「はい……」
「あと、【限界突破】スキルをすぐ使うのはどうかと思いますよ。もっと温存するか、小刻みに発動と解除を繰り返せるようになるといいですね」
「はい……ありがとうございました!」
涙と鼻水で顔をドロドロにした教官は、そう感謝の言葉を述べてから失神した。
ヴァンダルーは彼を模擬戦場から運んで横に寝かせた後、ふと呟いた。
「ところで、模擬戦の相手がいなくなってしまったのですが……どうしましょうか?」
模擬戦を繰り返すべき生徒も教師もいなくなってしまったヴァンダルーは、そう言って途方に暮れたように周囲を見回すが、ランドルフは「知らん」と心の内で答えた後、視線を自分が受け持っている生徒達に戻した。
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名前:エリザベス・サウロン
種族:人種
年齢:13(今年で14)
二つ名:【お姫様】 【庶子】
ジョブ:魔剣使い
レベル:49
ジョブ履歴:見習い魔術師 戦士 魔術師
・パッシブスキル
疲労耐性:1Lv
精神耐性:1Lv
毒耐性:1Lv
・アクティブスキル
家事:2Lv
礼儀作法:1Lv
乗馬:1Lv
槍術:1Lv
限界突破:3Lv
無属性魔術:1Lv
魔術制御:3Lv
土属性魔術:2Lv
火属性魔術:2Lv
生命属性魔術:2Lv
剣術:2Lv
盾術:1Lv
解体:1Lv
魔剣限界突破:1Lv
次話は7月1日に投稿する予定です。




