閑話59 遠いようで近く、断絶しているようで繋がっている場所
博と冥を保護する。そのバンダーの前触れのない発言に、成美は反射的に声をあげようとした。母親として当然の反応だ。
だが、それを雨宮が制止した。そして、バンダーに静かに尋ねる。
「それほど外の状況は悪いのか?」
『ええ、この施設の適当な端末を使えば、少しはわかると思いますが、何かありませんか?』
「それなら、守屋達の持っていた端末を使おう。奴らも、自分達の通信は妨害しなかったはずだ。……あったぞ」
岩尾が守屋達の死体から、携帯端末を取り出して操作する。奇跡的に戦闘での破壊を免れた端末で、ネットにアクセスしてニュースを画面に映す。
「な、なんだ、こりゃ……六道がまた何かしたのか?」
画面に映し出されたのは、この地下施設の地上部分だ。しかし、岩尾達が侵入した時とはずいぶん様相が変わっている。
辺り一面が焼け焦げ、煙が上がる中心には巨大な白いドームが建っている。そのドームの表面には無数の眼球や口が開き、不気味に脈打っていた。
ニュースではそれを、クーデターを起こし合衆国政府を掌握し自分が新大統領であると宣言するセルゲイ・ダラント大統領が、「これこそが神である!」と高らかに紹介したと報じている。
そして世界中に点在し、近年は【ブレイバーズ】への抗議活動を控えていた『第八の導き』信者団体のリーダー達が、揃って声明を発表。「セルゲイ・ダラント大統領の発言は正しい。彼こそ、我らの女神プルートーが崇める死の神。『アンデッド』である」と宣言した。
だが、「北欧連邦の魔術実験、もしくは中華共和国が開発した新型兵器の暴走や失敗によって発生した怪物」、「宇宙から飛来したエイリアンの『ジョニー・ヤマオカ』」として報道されている場合も少なくない。民主主義国家でクーデターを起こして大統領になったばかりのセルゲイと、世間的にはカルト扱いの『第八の導き』信者達の宣言なので、完全には信用されていないようだ。
だが、政府として正式見解を発表しているのは合衆国のみである事と、報じる側のマスコミにも不思議と纏まりがないため、誤った情報も真実と一緒に広がっている。
……この世界に独力で真実を見抜ける調査機関やジャーナリストが存在するとは思えないので、誤った情報ばかりが広がるのも無理はないのだが。
それにヴァンダルーの魂の映像を見ただけで失神したり、幻覚や幻聴を見聞きしたり、突然騒ぎ出したりと、様々な症状を起こしている。そのため、混乱は静かに広がっていた。
大きなパニックに陥っていないのは、ヴァンダルーの魂がただそこにいるだけで、攻撃を仕掛けてくる北欧連邦と中華共和国以外には何の脅威ももたらしていない事が大きい。
それに、ヴァンダルーとは別の要因で国家や組織の機能は麻痺しているので、これ以上混乱しようもないという点もある。
……行方不明になっていた大統領や大物政治家、組織のボスや大手マスコミの社長等が、ヴァンダルーの魂の真下にある地下施設で発見されたと知られたら、改めて騒がれる事になるだろう。
「これは、どうすればいいんだ? 中華共和国と北欧連邦が軍事行動に出るらしいなんて報じられているが」
「俺達、今度はこれと戦うのか?」
「待て、岩尾、デリック。彼はきっとバンダーの本体、ヴァンダルーだ。夢の中で見た覚えがある」
「「マジかっ!?」」
『マジです。六道の死の衝撃波を抑えるために、この施設を包むように展開しているので、戦うのは勘弁してください。穴が開くと、そこから残っている死の衝撃波が漏れだしてしまいます』
バンダーの言葉に、岩尾とデリックは慌てて頷いた。
『やっぱりバンダーなんだ。俺が見た時よりキラキラしてないけど、似てるもんな』
「バンダー、おっきな方はまん丸? 口がいっぱいで歯磨き大変そう」
そして子供たちは落ち着いている。
やはり、既にヴァンダルーに影響を受けている者とそうでない者とで反応や受ける精神的な衝撃の有無が異なるようだ。
「たしかに、これはどう事態を収拾すればいいのか分からないな。行方不明の大統領達が生きていれば……」
『残念ながら、全員死んでいます』
「オジサン達なら、周りにいるよ?」
「……そうか。霊になったおじさん達を証言台に立たせるわけにはいかないな」
雨宮は苦笑いを浮かべながら、まいったなと内心で頭を抱えた。事態は、彼と残った【ブレイバーズ】の力で収拾できる限界を超えていた。
【ブレイバーズ】は世界的に知られ、ヒーローとして人望も厚い組織だが、特定の国に属さない国際組織だ。各国から要請を受けて、それを任務として動いている。
そのため、権限がない。
もちろん、国際組織なので各国の大物政治家や軍関係者にコネクションを持っているが……そのコネクションをまとめていたのが今回の首謀者である六道聖で、コネがあった大物政治家や軍関係者のほとんどが彼の協力者だ。
普段なら【ブレイバーズ】のリーダーである雨宮の発言力は大きいが、今回は身内が首謀者であるため事態を収拾するのは難しい。
「せめて、信用できる伝手があればいいんだが」
「この状況じゃあ、無理じゃないか? なにせ、主だった国のトップが軒並み死んじまったんだぞ。相手も俺達を信用しないだろうし……」
『セルゲイ・ダラント大統領は力になってくれるでしょう。クーデターでできた政権ですから、多少は強権的な事もしてくれるでしょうし』
バンダーがセルゲイの名前を出すと、雨宮だけではなくジョゼフや七森も驚いた顔をした。当然だろう、誰もセルゲイが隠れ『第八の導き』信者とは知らなかったし、知っていたとしてもこの状況で信用できる人物かどうか、以前からの知り合いでもない限り分かるはずがない。
そして冥に憑いているバンダーと、合衆国の軍人だったセルゲイでは、接点があるはずがないのだ。
だが、このとき、バンダーはセルゲイの事を昔からの友人のように語っていた。
「もしかして……私達と同じように夢で会ったことがあるとか?」
『まあ、その通りではありますが……』
真理の質問に、バンダーは言葉を濁した。認めたくなかったのだ。自分の一部が『オリジンの神』になった事を。
自分の一部が『オリジンの神』となった事で、バンダーはセルゲイ・ダラント大統領が今何を考えているのか、そして彼が今見聞きしていることを知る事ができるようになっていた。
他の事は分からないが、バンダーが……ヴァンダルーが言えば彼は【ブレイバーズ】の力になってくれるだろう。
「そうか……なら、新大統領の力を借りることにしよう。それに、この施設を調べれば六道達が行ってきたことの記録や、あいつの研究のデータも出てくるだろう。
負けた時の証拠隠滅は考えていなかっただろうし、その暇もなかったはずだ」
『正確には、施設ごと自爆させ一切合切葬ることを北欧連邦や中華共和国は考えていたようですが、失敗したそうです。
それで今度は軍をここに派遣して攻撃を行おうとしているようです』
「ええ!? それじゃあ、早くここを脱出しないと――」
『ああ、それは気にしないでください。外で俺が適当にあしらっておきますから。それよりも、話を元に戻しましょう』
二大大国による軍事攻撃が迫っているのに、気にするなと言われた成美が目を瞬かせた。しかし、実際気にしなくていいほど降臨したヴァンダルーの魂は存在感を増していた。
ただ【具現化】した魂だけだった時は、『オリジン』の中で動くことだけで精神的な疲労を覚えていた。
しかし、今は自分の一部が『オリジンの神』の一部になっている。そのためヴァンダルーは異世界の存在であると同時に、この世界の存在でもある。そのため、以前よりも強く【具現化】する事ができるようになっていた。
肉体と魂が揃っている状態には及ばないが、バンダーと同じくらいには自由に力を振るえるだろう。
「冥と博、それにボコール達実験体や拉致されていた被害者を保護する、か。具体的には、何処で保護するつもりなんだ?」
「待って、なんで冥と博を預ける話になるの!? 事件はもう解決したし、事態の収拾も――」
「成美、大統領と協力できても事態の収拾にはいつまでかかるか分からない。一か月や二か月では終わらないだろう。それまで博と冥を僕達だけで守り切るのは難しい」
雨宮がバンダーに子供達を預けることに前向きな態度を見せた事に驚き、声を荒げた成美を彼は冷静に諭した。
「合衆国の力は大きいが、合衆国以外の国を圧倒できるほどじゃない。北欧連邦と中華共和国が穏便に済ませるか分からないし、ほかの国がどう出るかも不明だ。ほとんどの先進国のトップが六道とグルで、既に死んでいるのだから」
各国の国民に真実が知らされても、知らされなくても長く混乱が続くだろう。もしかしたら、今回の一件がきっかけになって『オリジン』で二度目の世界大戦が勃発するかもしれない。
「そもそも、僕達【ブレイバーズ】も危うい立場になるだろう。普通の軍人や政治家なら辞めるなり刑務所に入るなりして責任を取って終わりだが……僕達の場合は特殊だからね」
そして今回の黒幕を倒して事態を解決した【ブレイバーズ】だが、そもそも黒幕も【ブレイバーズ】だ。もちろん、それで六道に与した政治家達の罪や責任が軽くなるわけではない。
しかし、自己保身や正当化のために【ブレイバーズ】を過剰に攻撃する国が出る可能性もある。その場合、普通の国際組織なら責任者の雨宮が責任を取ればいいのだが……ただ辞めるだけでは、大国も警戒する力の持ち主である雨宮を野放しにするだけで、むしろ都合が悪い。それに、『オリジン』では魔術を封じる方法はあってもチート能力を封じる方法はない。
「それに……冥が死属性の魔力を持っていることは、遅かれ早かれ世界中に知れ渡るだろう。そうなれば、世界中に冥を狙う連中が出てくるはずだ。死属性の力を手に入れようとする者や、逆に死属性を危険視するあまり関わる者は全て消そうとする者が」
雨宮は知らないが、既に合衆国の中枢には冥の事がばれている。セルゲイは冥を保護するための施設を作るつもりだが……既に冥は普通に生活することは不可能なのだ。
だから、冥達が安全に暮らせる場所をバンダーが用意できるのなら、検討するべきだ。
「でも、だからって……」
雨宮が言いたいことを理解しつつも、成美は感情的に納得しにくいようだ。
「ママ……」
その成美の態度に感化されたのか、冥が不安そうにつぶやき、博も迷っているような雰囲気を漂わせる。
『めー君のママは何か誤解しているようですが、俺は博とめー君をもらうわけではありません。保護するだけです。ちゃんと面会もできるようにしますよ』
その二人に、バンダーは仕方なく口を出した。
「本当に?」
『ええ、本当に。両親から引き離すのは、めー君と博にとって良くないですからね。……さすがに毎日は無理ですが……毎月一回ぐらいは骨を折りましょう。
それにこっちが落ち着けば、めー君が安全に暮らせる状況になれば返しますよ』
バンダーが冥達をどこか遠くに連れて行こうとしていると思っていたらしい成美は、月に一回の面会を保証されて見て分かるほど肩から力を抜いた。
「本当なのか? 世界中の国や組織の手も届かない、しかし一か月に一回は会える場所なんて存在するのか?」
『そんな都合の良い場所は存在しません。ただ単に、俺が頑張って面会できるようにするだけです。
しかし、これ以上は実際に見せたほうが良いでしょう。……行きますよ』
バンダーがそう言うと、ガラスにヒビが入るような音が辺りに響き、虚空が砕けた。
現実では刹那、そして神にとっては数分の間、バンダー……ヴァンダルーは新しい自分と対面した。
『初めまして、認めがたいですが俺よ』
『初めまして、俺よ。しかし、自己否定はいかがなものかと思いますが? 精神を健常に保つ障害になりますよ』
その光景は、常人には邪悪な存在の対面にしか見えなかっただろう。バンダーの前にいる存在は、表面に無数の目や口が生えたドーム状の形態をしており、隣に儚げな雰囲気の美少女が寄り添っている。
それは、大きさ以外は六道の本拠地を包むように具現化したヴァンダルーの魂そのものだった。
『俺が俺なら、俺の気持ちは分かるでしょう?』
『もちろんです、俺よ。俺も好き好んで神になったわけではありません。ですが、なってしまったのだから仕方ないでしょう』
『……それはそうですが』
『それに、俺ならこうなったのは俺自身の行動の結果だと分かっているはずです。納得しがたいですが』
『ええ、わかっています。自業自得とは納得しかねますが』
『オリジンの神』の一部にヴァンダルーが生じた理由は、基本的にはヴァンダルー自身の判断と行動の結果である。
『オリジンの神』は群体であり、この世界の人々が信仰心や畏怖を向ける対象が増減するのに合わせて神格も増減するという存在だ。
そうした世界で、人工衛星の存在を忘れて魂を巨大なドーム状に具現化させて姿を現したのだ。それだけで神格に加わってもおかしくはない。
ただ、あの異形がヴァンダルー……『第八の導き』が崇めた『アンデッド』と同一の存在であると人々が知ったのは、セルゲイ・ダラント大統領が大々的に発表したからだが。
もし彼が沈黙を守っていたら、ヴァンダルーではない異形の神格が新たに『オリジンの神』に加わっただけだっただろう。
『つまり、全て六道が悪い』
そもそも六道が広範囲の無差別攻撃なんて放つから悪いのだ。だからセルゲイ・ダラント大統領は悪くないとバンダーは思った。
『その通りです。もし奴が『ラムダ』に転生したら、今度こそ入念に滅っしてくださいね』
『任せてください。とはいっても、実行するのは俺ではなく本体になるでしょうが』
頷きあうヴァンダルー達。
『私はヴァンダルーが加わってくれて嬉しいわ。それに、神になったからこそ出来る事もあるはずよ』
オリジンの神の一部であるプルートーにそう言われて、ヴァンダルー達は頷いた。
『オリジン』の人類の内大半がヴァンダルーを認識し、崇め畏れている事で『オリジンの神格』の力の大半をヴァンダルーは振るうことができる。それによって、本来よりも多くの加護を雨宮寛人に割り振り、六道聖を倒すことに成功した。
そしてセルゲイに神託を下して【ブレイバーズ】に力を貸すよう頼む事や、『オリジン』と『ラムダ』を……自分が想定していたよりもずっと楽に繋げられるようになった。
神になった事で失ったものはなく、得たものの方が多い。
『それはたしかに。本体や別の俺の仕事が増えるわけではないですからね。『オリジン』の事は、『オリジン』の神の一部でもある俺の仕事ですから。
それに、この状態が長く続くとも限りません。所詮は一時の流行。百年も経てば、俺も人々から忘れ去られるかもしれません』
『オリジンの神』の神格は、人々からの思いによって数や影響力が増減する。今でこそ『オリジンの神』の神格の中でも大きな影響力を持つヴァンダルーだが、時とともに廃れて力を失い最後は消えるだろうと彼自身は予想していた。
『……百年や二百年で消えるとは思えないけれど。特に、北欧連邦と中華共和国の人達が覚えた恐怖は、拭い難いはずよ』
プルートーには、別の意見があるようだが。
『まあ、百年後の事は数十年後にでも考えましょう。そのころには、事態は収拾されているか、どうしようもなくなって泥沼になっているかのどちらかでしょうし』
『できれば前者のほうになる事を祈りたいものですね』
ガラスが砕けるような音が響いた次の瞬間、雨宮達は目の前に広がる光景に驚きを隠せなかった。
「これは、どこの町だ?」
デリックは、さっきまでコンクリートの壁があったはずの空間に足を踏み入れた。彼の目には、色鮮やかな花々が咲く花壇や青々と茂る木が植えられ、いくつも遊具が設置された公園が映っている。そして、公園の向こうに立ち並ぶ二階建ての住宅や、三階から五階建ての集合住宅やビルを見下ろすことができた。
「……日本に【転移】したのか? 中央公園とあるが……」
ジョゼフが驚いて公園に建てられた地図を見る。そこには複数の言語が並んでいたが、一番上は日本語だった。
「いや、日本ではないな」
だが、雨宮は周囲を見回してそう断言した。
「鳥や虫が一匹もいないし、人や車の立てる音もない……それに、ここから見渡せる街には信号がない」
「っ! 本当だわ……ここはどこなの、バンダー?」
『俺がめー君と博、みんなのために作った避難所です。場所は、『オリジン』ではない世界……転生者が次に生まれ変わるはずの異世界にいる、俺の本体の【体内世界】です』
「それは、いったいどういう事なんだ?」
自分達が死後、もう一度異世界に転生する予定であることをまだ知らない雨宮がそう尋ねるが、バンダーは答えなかった。
「こういう事です」
代わりに応えたのは、ヴァンダルーだった。
突然現れた見覚えのない少年に、とっさに身構えてしまう雨宮だったが、その横をバンダーから飛び出した冥が走りぬけ、ヴァンダルーに駆け寄る。
「バンダーッ!」
「こうして会うのは初めてですね、めー君」
駆け寄ってきた冥をヴァンダルーはすっと抱き上げる。雨宮やデリックは、バンダーとヴァンダルーが同一の存在であることがとっさに信じられなかったのか、二人を交互に見て目を丸くした。
「バンダー、ニョロニョロがないからみんな驚いてるよ?はい、出して」
だが、冥がヴァンダルーの口に手を突っ込み、舌を掴んで引っ張り出したのを見て納得したようだ。
「めー君、人の舌を掴んで伸ばすのは感心しませんよ。それに、俺の口には牙が生えているから危ないです。今触角を伸ばすのでそれで我慢してください」
「おまえがバンダーの本体なのか?」
「そうですよ、博。ちょっと待っていてくださいね、今生やすので」
「いや、俺の分のニョロニョロはいいから」
変身装具を解除した博は、舌と触角を伸ばしている事以外は普通の少年に見えるヴァンダルーをじっと見つめる。
「あ、本当だ。同じ魚みたいな目してる。それに今気がついたけど、声も同じだ。……お前、俺と同い年くらいだったんだなぁ」
「……俺は今年で十三になるのですが」
「えっ? そうなの!? でも背はちょっとしか変わらないぞっ!?」
「博、それはあなたが同世代の少年と比べて背が高い方で、俺はその逆というだけです」
博より少ししか背が高くないヴァンダルーは、肩を落として答えた。
「ただ、一時的に大きくなることはできますよ。今も、触角を入れればかなりの高さになるはずです」
「うんうん、目の数も増やせるんだろ? わかってる、わかってるって」
子供同士(?)の交流の横で、バンダーが雨宮達に『ラムダ』や来世の事を説明する。
「教えられてはいたけど、『避難所』がこれほどとは思わなかった」
事情を知っていたジョゼフ達も、そう言いながらしきりに驚いていた。だが、同時に納得もしていた。
同じ転生者でありながらヴァンダルーと自分達の間にある、圧倒的な力の差。そして、冥達を保護するという彼の言葉。
たしかに、いくら大国でも異なる世界まで冥達を追う事はできないだろう。
『物理法則が異なる世界なので、【体内世界】の内一つの環境を合わせました。とはいえ、ここは俺の本体の【体内世界】なので、本体に何かあれば影響が出る恐れがあります』
「君の本体に、何か……か。考えにくいが、六道達ももう一度転生するなら万が一という事もあり得るのか」
「ところで、どれくらいで影響が出るんだ? 体内の世界ってことは、走ったり飛んだり跳ねたりしたらここも揺れるのか?」
『いいえ。本体が飛ぼうが跳ねようが、体に風穴が空こうが【体内世界】には何の影響もありませんでした。ただ、さすがに一刀両断にされたり、全身を焼かれたり、潰されたら、多分影響が出るのではないかと思われます』
そう答えるバンダーに、雨宮達は思わず胡乱気な顔をした。
「……下手に外の世界に出すより、君の【体内世界】にずっといた方が安全かもしれないな」
「そうだな。どんなに治安が良い国でも、隕石が落ちてくる可能性はあるわけだし」
身体能力はバンダーとほぼ同じで、魔術に関してはバンダーよりもさらに圧倒的な魔力を持つヴァンダルー。
そんな彼は【体内世界】の危険性を説明するが、雨宮達はバンダーをどうにかできる存在がいるとは考えにくかった。
「『ラムダ』には、そんな事ができる存在もいるのか?」
『ええ、いますよ。俺は無敵ではありません。六道が転生するかはわかりませんが』
「……恐ろしい世界だな。だけど、今の僕達の世界よりは余程安全か」
「そうね。でも、物理法則が異なるって言っていたけれど、それは大丈夫なの? もしかして、二人の体に影響が出るんじゃない?」
『それも対策は考えてあります』
バンダーがそう言うと、六道が『アークアバロン』を培養するのに使っていたカプセルと偶然だがよく似ているカプセルや培養装置に触手や節足が生えているという、不気味な形状の使い魔王達が集まってきた。
そしてカプセルの中に漂う肉塊や黄金の塊を指さして続ける。
『あれは俺が用意した装置で、あの素材を使えば『ラムダ』にも適応できる肉体に体を作り変えることができます。
ああ、もちろん六道のようにスキンヘッドになる事はありませんし、頭以外も著しく姿が変わることはないはずです。変化したとしても、髪や瞳の色が変わるとかそれぐらいです』
具体的な仕組みは、カプセルに入った者は魂が一時的に肉体から離れ、生金や霊銀、生命の原形等によって肉体が変化させられた後戻るというものだ。
六道が『アークアバロン』に転生するために作った装置とやる事は似ている。だがヴァンダルー(使い魔王)の手作業による、ずっとマイルドな肉体改造と原始的な仕組みでの疑似転生だ。
(ただ、六道と被ったせいでイメージが悪いでしょうか? やはり導きが効かない相手への説明は上手くいきませんね……賄賂としてVクリームやブラッドポーションを出したら逆効果でしょうし。どうしたもの――)
そうバンダーと使い魔王が悩んでいると、熱心に話を聞いていた真理がおもむろにカプセルの中に入った。
「えっ?」
「お、おいっ?」
成美と岩尾が驚いて止めようとした時には、カプセルが閉まり、真理の体を包んでいた汎用変身装具が解除されると同時に内側に培養液が満ち、真理の姿は蠢く金塊と肉塊に包まれてしまう。
「だ、大丈夫なのか?」
『大丈夫でなければ見せません。何度も実験を繰り返しました……俺自身で』
【体内世界】の一つで『オリジン』と酷似した環境の世界を作ろうとした時に、大きな問題が発生した。バンダーがいるのでヴァンダルー自身忘れていたが、『ラムダ』世界の生物である彼にとって『オリジン』世界の環境は体に合わなかったのだ。
そこでヴァンダルーは、まず自身の体を使って『オリジン』の環境に適合できるよう実験と研究を始めた。自分で成功すれば、自身から生やした植物で。植物で成功したら、ブラガ達に顔を剥がされた『ラムダ』の人間たちで。そして検証した結果、実用化可能と判断したため用意したのだ。
「マリさん、どんな気分ですか?」
『んー、全身マッサージを受けてるような気分。なんだか体が蕩けそうぅ』
狼狽している雨宮達と違い落ち着いているユキジョロウが尋ねると、真理の上機嫌な返事が返ってきた。それでようやく雨宮達も安心したようだ。
「……分かった。冥と博達をよろしく頼む。後、被害者と実験体達も。僕達では、『第八の導き』の二の舞になるかもしれない」
「何故あなたが私たちの事をお願いするの?」
「我々の事はお気になさらず」
「……二人の言う通りだが、お願いするよ」
雨宮が頭を下げても、ユキジョロウとボコールがそう言うが、彼は改めてそうバンダーに頼んだ。
『二人とも、内心でどう思っていてもこういう時は黙っていた方が上手く行く事もあるのよ』
『大丈夫ですよ、元々ユキジョロウたちの事はあなた達が何を言っても保護すると決めていましたから』
だが、真理とバンダーの返事にはさすがに苦笑いを浮かべたが。
「……六道も『ラムダ』に転生するのか?」
そしてこれ以上話しても無駄だと悟ったため、ほかの話題を振る。
『さあ。死属性の力を手に入れた六道は、ロドコルテにとって歓迎できる存在ではないでしょうから、どうなるか分かりません。奴が何を考えているのか、俺にはわかりませんが。
ああ、アサギやテンドウ、アカギはこっちの世界に来ていますよ。伝言があっても、承りませんが』
「……浅黄が生まれ変わっているのか。ただ、もう何かあったみたいだな。彼からは、友達だったと聞いていたが?」
雨宮としても、成美が気にしていた自分と名前と容姿が似ている少年の事は気になったらしく、転生者仲間にどんな人物か聞いて回った事があった。その時、最も天宮博人の事を詳しく証言したのが【メイジマッシャー】の三波浅黄である。
逆に言うと、三波浅黄以外は天宮博人についてほとんど覚えていなかった。
『……凄まじい風評被害ですね。断固として抗議します』
だが、浅黄の証言も正しくはなかったようだ。
「そういえば、硬弥が浅黄のいう事はあまり信用するなと言っていたな。硬弥やマオも転生しているのか?」
『硬弥……円藤さんならたしか、ロドコルテの御使い……天使のような存在になっているようです。町田さんや島田さんと、転生者のフォローをするのだとか。
【ノア】のマオ・スミスさんと【超感覚】の後藤田さんは、転生しているはずですが会ったことはありません。
後、【クロノス】と【オーディン】、【シルフィード】、【マリオネッター】、【グングニル】、【デスサイズ】は滅ぼしました』
「……転生した先でも色々あるんだな。俺もあの時一緒に死んでいれば、浅黄を止め……いや、止まらないか。浅黄だしなぁ」
「あの強引さを頼もしく感じたこともあったが……それがまずかったかな」
「精神的に参っていた時、結構頼っちゃったから……」
「俺は忠告したんだがな。いつまでも前世の関係を引きずるなって。まあ、村上達については弁護の言葉もないが」
岩尾、ジョゼフ、七森が頭を押さえる。そして、ふとデリックが顔を上げた。
「そういえば、【ヴィーナス】……土屋やダグ、早乙女の名前がなかったな。それに、田中や鮫島、マッケンジーも。奴らとは会っていないのか?」
「あと、【ゲイザー】の見沼はどうなったか知っているか?」
『マッケンジーという人には会っていません。鮫島さんは部下の甥っ子に、田中さんは俺の師の息子に転生しました』
鮫島悠里は、将軍兼宰相のチェザーレと、その弟で副将軍のクルトの甥っ子、サルア・レッグストンに。田中仁は、【筋術】の原種吸血鬼ゾルコドリオの義理の息子に転生している。
『カナコ達に関しては……俺の仲間に加わったとだけ。他は口止めされているので話せません』
カナコは雨宮達と話す機会があっても、自分達については話さないでほしいとヴァンダルーに口止めしていた。なぜなら、「ヴァンと婚約したとか、アイドルしているとか話したら、混乱して話がまとまらないかもしれませんし。それに、驚くあいつらの顔を直接見たいので別の機会にしたいです」と。
レギオンの人格の一つになっている瞳からも、『今の姿や状態をあの人達が知ったら、変な勘繰りをしてあなたを疑うかもしれないから、仲間になったとだけ言っておいて』と言われている。
「瞳はともかく、土屋達が村上を裏切って仲間に!? ……世渡りが上手いのか、村上が見限られるほどヘマをしたのかは分からんが、大丈夫なのか?」
『大丈夫です』
デリック達にとってカナコは村上と同じ裏切り者の一人という印象しかないため、彼女が仲間として加わっていることに疑問を覚えたようだが、バンダーがきっぱりと答えると、これ以上何を尋ねても無駄だと悟って「そうか、わかった。お前の判断を信じよう」と言って引き下がった。
ここにいたのがアサギなら、さらに質問を重ねて何か聞き出そうとしたかもしれない。だがデリックは自分達がバンダーからある程度信用はされていても、信頼はそれほどされていない事を忘れていなかった。
そしてデリックが引き下がるのに合わせたように、使い魔王がハンドベルを鳴らし処置が終わった事を知らせる。
「はぁ……爽快な気分だけど、どう? 変わったように見える?」
そういいながらカプセルから出てきた真理の姿は、再び変身装具を纏っていたがそれを差し引いても変化しているようには見えなかった。
『いえ、髪も瞳の色も変わっていませんよ』
「それじゃあ成功って事ね。じゃあ、みんなそろそろどうするか決める時よ。私はもちろん、バンダー……ヴァンダルー達の世界に行くけど。
向こうの世界にもう居場所はないし、今更独房に戻るのもね」
真理は雨宮達に決断を促すと、自分が出した答えを口にした。それに異を唱える者も、引き留める者もいなかった。彼女が言った通り、『オリジン』には彼女の居場所がないからだ。
それどころか、六道の影武者をさせられていた真理が『オリジン』に残れば、情報を隠蔽するために各国から命を狙われかねない。
元々死んだことになっているのだから、そのまま異世界に移住してしまうのが、彼女にも『オリジン』にとっても都合がいいのだ。
そこにバンダーと博が作った安全地帯から出てきたのか、ガブリエルやウルリカが他の被害者や実験体、そしてアンデッド達を連れて現れた。
「わぁ、外だ!」
「あの子もいるぞ! 行こう、みんな!」
実験体にするために六道に監禁されていた子供達は、異世界に行く事をあまり理解していない様子だが、表情を輝かせて冥達のところに駆け出していく。
彼らは孤児など、最初から身寄りのない境遇であるため『オリジン』に残しても帰る家がない。そして、下手に残せば六道の研究を継ごうとする者が現れた時に狙われるかもしれない。
「ガブリエル! 俺、大活躍だったんだぜ!」
「……本当か?」
「本当だって! 父さんを助けたし、氷でできた怪人をボコボコにしたし、バンダーにも褒められたんだからな!」
「彼の言う事は本当ですよ、ガブリエル」
ガブリエル達実験体も、当然のように異世界に渡る。『第八の導き』の悲劇を繰り返すことは、避けなければならないからだ。
そしてアンデッド達も同様である。彼らは冥の制御下にあるので、冥からあまり引きはがしておけないのだ。
「話は、ゴースト達から聞かせてもらっていた。私は、『ラムダ』に行こうと思う。すまないが……バンダーや冥ちゃん、博がいない世界は、耐えられそうにない」
ウルリカも異世界に行く事を選んだ。彼女の精神は、バンダー達の支えがあって正気を保っている状態だ。それがなくなれば、今度はもう立ち直れなくなるかもしれない。
「冥ちゃん達も知り合いがいた方が安心するだろうし、頼むよ」
「俺達はもうしばらく残ろうと思う。冥と博のパパとママを助けてやらないとな。ベイカー達だけじゃ、頼りないし」
「無理だったらすぐに泣きを入れるから、助けに来てね」
一方、ジョゼフや陽堂、七森は残る事を選んだ。
「あ、でもこの変身装具はもらっていっていいかな?」
ジョゼフ達の変身装具はヘルメットやマント等、デリックや岩尾に渡された全身を覆うラバースーツ状にしかならない粗製変身装具よりもずっと作り込まれている。そのデザインがジョゼフにとってはネックだったが、機能はすさまじいものだったので手放しがたいようだ。
『構いませんよ。後で貴方達の装具の機能とデザインをバージョンアップしましょう。金属鎧みたいになりますけど』
「……今のままじゃダメかな?」
『ダメです。バージョンアップしなかったせいで貴方達が怪我をしたら、俺は悔しさのあまり降臨し、その場で七転八倒しますよ』
ジョゼフは自分の敵の頭上に、巨大なヴァンダルーの魂が降臨してそのまま跳ね回る様子を想像した。山も丘も敵とその周辺の町や村も、無差別に平らにされそうだ。
「……お願いします」
『分かればよろしい』
ブレイブ戦士、ジョゼフ、陽堂、七森が誕生することが決まった瞬間であった。ウルリカはジョゼフ達に悪いと思いつつほっとしていた。だが、彼女は彼女で後でより大変な目に遭う事になるのだが、まだ彼女はそれを知らなかった。
そして、バンダーは雨宮夫妻に視線を向けた。
「僕は当然だが、残る。何年かかるか分からないが、今回の事件を収拾するのが六道を野放しにし続けた僕の責任だと思うから。だが、君は……」
「いいえ、私もあなたと一緒に残ります」
雨宮寛人が単身赴任するのかと思ったヴァンダルー達だったが、成美も夫とともに『オリジン』へ残ることを選んだようだ。
「二度と会えないのなら子供達と一緒に行ったかもしれないけれど……会わせてくれるのね?」
『ええ、一か月に一回、絶対に会えると確約はできませんが。俺にもいろいろ都合があるので。ですが、努力することは誓いましょう』
「ありがとう。でも、それはいいの。予定が立てられない生活は私も経験しているから。それに、あなたが努力すると約束したら、努力以上の事をする人なのは分かったから」
『……一応言っておきますが、俺はめー君と博の幸福を優先してきました。だから、あなた達を排除するつもりはありません』
本当は、雨宮夫妻が冥の親としてふさわしくない態度……死属性の適性を持って生まれた娘を否定する、それどころか攻撃する態度を見せれば、二度と会わないですむようにするつもりだった。
子供にとって親の存在は大きいが、親にとって子供はどうでもいい存在である場合がある事を、ヴァンダルーは『オリジン』で知っている。子供にとって存在しないほうが幸福な親もいるのだ。
だが、雨宮夫妻は冥と博にとってそんな親ではなかった。なら、ヴァンダルーが雨宮夫妻をどう思っていようが、関係ない。
「ありがとう。その方があなたも異世界を何度もつなげる苦労をしなくていいから、楽なのかもしれないけれど……今の私達じゃあ、あなたのいる世界に行ってもトラブルを起こしてしまうと思うの。多分、私たちの常識が通用しない世界だろうし……」
『まあ、それは否定しません』
「それに、色々知ってからまだ一日も経っていないのよ。まだ意識がついてきていない気がするから、落ち着いて考えたいの。
あと、ほかのみんなを放り出すわけにはいかないし」
そう言う成美に、バンダーは困ったように首をぐるぐると回して見せた。以前の彼なら、ここで『オリジン』の事はどうでもいいと言えたのだ。しかし、今はとてもそうは言えない。
今の『オリジン』には彼が夢で導いたセルゲイ達『第八の導き』信者がいるし、ジョゼフ達も残ると言っている。そして何より、今のヴァンダルーの一部は『オリジンの神』の一部なのだ。
「父さん! 母さん! 俺と冥なら大丈夫!」
その時、博が冥を抱えて両親のもとに駆け寄ってきた。
「前も、しばらくテレビやネットでしか父さんたちの顔が見られない事があっただろ! それと同じだって! こんなの、ちょっと外国にホームステイするようなもんだよ!」
『……反面教師にしますね』
「すまなかった」
この一件が終わって入学式が済んだら、バクナワに会いに行こう。ヴァンダルーはそう心に決めた。
「ともかく……すまないが博、ウルリカおばさん達のいう事をよく聞くんだぞ。冥の事を頼む」
「必ず会いに来るから。お母さんたちも、また一緒に暮らせるように頑張るからね」
「うんっ……うんっ!」
「大丈夫、夢で会いに行くもん!」
『あー……そういえば、夢での面会はできるのか試していませんでしたね』
こうして繋がった二つの世界は、再び別れた……のだが、実際は繋がったままである。
『これからは、信者でもないのに雨宮夫妻も見守らなければならないのですか。……仕方ない、これもめー君と博のためです』
なぜなら、『オリジンの神』にはヴァンダルーが含まれたままなのだから。
これにてオリジン編終了になります。六道がどうなるのかは、本編で……
次話はしばらくお休みを頂きまして、6月3日に投稿する予定です。
6月24日に児嶋建洋先生による拙作のコミカライズ版が更新予定です。よろしければニコニコ静画か、コミックウォーカーでご覧ください。
すみません、更新予定日を5月24日に間違えていました。ご迷惑をおかけしました。




