閑話53 死の神
大変遅くなりました(汗
『オリジン』世界に存在する各国の政府は、混乱に陥っていた。先進国として世界をリードするはずの国ほどその度合いは深かった。
筆頭が合衆国である。
「大統領と何故連絡がつかない!? 軍が他国の領空に勝手に戦闘機を飛ばし、在日合衆国軍基地では【ブレイバーズ】のメンバーに無断で装備を供与した! そして正体不明のモンスターが空を飛びまわっている!
既に外交問題が起きているのだぞ!」
副大統領が幾つもの水晶板やモニターが並ぶ司令室で非常事態に対応しながら、大統領の不在に苛立っていた。
「大統領は北欧連邦訪問中です。今、大使館を通じて連絡を取ろうとしていますが、音沙汰無しです」
「空軍のフォルトラント将軍と国家魔術省のジョージ最高顧問が遺体で発見されました! 何者かに殺害されたものと見られます!」
「諜報部の主だった者が姿を消し、既に国外へ逃亡したものと思われます。本部は爆破されましたが、魔術捜査班が発見した記憶媒体の復元に取り掛かっています!」
「モンスターは、ショッピングに【バロール】のジョニー・ヤマオカのキャッシュカードを使用しているもようです。口座を凍結しますか? 既にかなりの現金が引き出された後のようですが」
副大統領の元にもたらされる報告は、凶報ばかりだった。……最後のは、副大統領個人としてはどうでもいいが。
「国賊共め! 【ブレイバーズ】はどうした!? ミスター六道と連絡は取れないのか!?」
「それが……こちらの連絡を無視しているようです」
「……ガッデム! 奴らも噛んでいるのか!」
『オリジン』世界で一二を争う大国である合衆国を、六道は舐めてはいなかった。諜報部や情報部、軍や魔術省に協力者を作り、いつでも国家機能を麻痺させる事が出来るようにしていたのだ。
事が成就した暁には不老不死を、永遠の命を与える事を餌にして。
「……欧州連合の大統領達とも連絡が取れないようです。中東、アフリカや南米でも、非常事態が起きているようです。そのおかげで、我が国の不祥事について抗議する国はまだありませんが」
「例外は北欧連邦と中華共和国か……ここまで露骨だとミスリードではないかと疑いたくなるな」
副大統領はこの世界規模の黒幕を、【ブレイバーズ】の六道と北欧連邦か中華共和国だと見当をつけた。そして、大統領が滞在中なのに連絡がつかない北欧連邦の方が怪しいと考える。
しかし、だからと言って北欧連邦を直接攻撃するような事は出来ない。そんな事をすれば戦争が始まってしまう。
「こんな時のための諜報部だと言うのに……奴等は何をするつもりだ? 世界大戦でも始めようというのか? 世界を滅ぼしたいのか?」
『オリジン』では『地球』と違い、世界大戦は一度しか起きていない。それは蒸気機関の発明と魔術の産業利用によっておこった産業革命後、初めて起きたマジックアイテムを本格的に使用した第一次世界大戦で想定以上の被害が起きたからだ。
戦場を中心とした地域では数十年の間異常気象が続き、異常な魔力を浴びた事によって変異した動物……魔獣が高頻度で発生するようになってしまった。それによる被害は甚大で……戦後の復興や国際経済まで含めれば、敗戦国は勿論だが戦勝国ですら得た物より失った物の方が大きかった。
領土内に戦場がなかった合衆国ですら、敗戦国の幾つかが亡国となったため賠償金を取れなかったほどだ。
それから各国は大規模な戦争を避けてきた。植民地を舞台にした大国同士の代理戦争や、局地戦は起きたが、その程度に抑えてきた。
だが、兵器の進歩は止まらず魔術の利用は進んできた。今では人型の戦車とも評される軍用ゴーレムや、魔術で兵士を補助するパワードスーツ。そして魔術によって制御され標的を追尾する呪詛式標的感知ミサイル等も発明されている。
これ程高度に発達した軍用マジックアイテムがぶつかり合えば、どれ程の災害が起きるのか計り知れない。学者の中には人類が滅ぶとしたらそれは戦争ではなく、戦争によって引き起こされる魔力災害によるものだと唱えている者もいる程だ。
(だが、我が国がこのまま戦わずに敗戦国となるくらいなら……いっそ……!)
座して亡国になるよりは、鮮血にまみれた勝利を。そう考えかけた副大統領だが、それを一旦は振り払った。
「メディアはどうしている。諜報機関が頼りにならないのなら、彼らの情報網を利用できないか?」
「それが……大手メディアが我が国の不祥事を糾弾する記事を、五分前に発表しました。情報の漏えいを疑い調査を開始しましたが、その記事の原稿は海外から送信されたものでした。恐らく、北欧連邦から……」
「なんたる事だ……メディアまで我が国を裏切るとは」
「副大統領! 諜報部に残されていた情報媒体の復元が完了しました! それによると黒幕はやはり【アバロン】の六道聖! 奴は死属性魔術の研究を進めており、【ブレイバー】の雨宮寛人の長女を本物の死属性魔術師と睨んで身柄を狙っているようです!」
その時、生き残っていた捜査機関の代表が駆け込んで来ると、そう報告してきた。
「なるほど、大統領達が裏切ったのは死属性目当てか。それも国を売る以上は個人的な利益のため……ミスター六道は不老不死を餌にでもしたのだろう」
不老不死。それは死属性魔術の存在が明らかになった時から、実現可能なのではないかと囁かれていた人類の夢だ。
だが、『アンデッド』を用いた実験記録では死ぬまでの時間を先延ばしにするのが精々であり、『第八の導き』のプルートーは余命が限られている重病人を救う事は出来ても、老衰が迫っている老人を生き永らえさせる事は出来なかった。
しかし、それも研究を続けていれば可能になるかもしれない。そして、六道はそれを可能にしたのだ。
そう大統領達は信じており、彼に国を売り渡したのだ。
「六道め、我が国ではなくよりにもよって北欧連邦と組むとは……民主主義国家では秘密の研究はやり辛いと判断したか!」
この段階で黒幕の正体や本拠地がばれる事は、六道にとって計算の内だった。あれほど派手な動きをして、気がつかれないはずがないと事を起こす前から理解していた。
計算外だったのは、この段階になっても目的を何一つ完遂していない事だ。いや、その他大勢の【ブレイバーズ】を散り散りにし、各国を混乱に陥れて動きを封じる事には成功した。しかし、肝心の雨宮冥を手に入れて脅威となり得る邪魔な転生者を始末するどころか、冥を取り逃がして邪魔な転生者達は集結しつつある。
本来なら合衆国が気づいた時には、既に六道の勝利は確定している筈だったのだ。
「こうなれば、雨宮冥を確保しなければならん。我が合衆国が生き残り、大国であり続けるために! 現在残されている戦力で、北欧連邦と六道が手に入れる前にそれは可能か?」
「残念ながら、難しいかと。目標は……モンスターに守られています」
「何と……では、あの化け物に関してネットで騒いでいる『第八の導き』信者の妄言は、一部真実と言う事か?」
ネットでは、現れた化け物を『第八の導き』の残党ではなく、人類に『第八の導き』をもたらす神のごとき存在であると唱えている『第八の導き』を神聖視する者達がいる。
「雨宮冥が死属性魔術使いで、モンスターが彼女の魔術によるものなら、我が国の軍事力では難しいかと。それに、既に【エンジェル】の雨宮成美や、【ブレイバー】の雨宮寛人等とも合流しているようです」
「副大統領、いっそ今は彼等に任せてみてはどうでしょうか。北欧連邦に向かうという事は、ミスター雨宮は組織の長として事態を収束させる責任を果たそうとする意志が見えます。
我々は事態の収束後の事を睨んで動くべきではないでしょうか?」
雨宮が六道と北欧連邦、そして国賊をどうにかすれば世界は変化の時を迎える。北欧連邦を解体させ、不老不死につられて国を裏切った者達の逮捕と処罰。世界のリーダー達は代替わりする事になるだろう。
その時合衆国がいち早く混乱から立ち直り、事後処理で主導的な立場を手に入れ、そして六道が残した死属性魔術の研究データと雨宮冥の身柄を確保する。
名目上は、『保護』という事にすればいい。そして実際に保護するのだ。他国の手の者が触れないよう、彼女が快適に生活する事が出来る環境を整え、親である雨宮夫妻も自由に面会できるよう、希望するなら共に暮らせるように手はずを整える。
豪華な箱庭を拵えるのだ。
それだけの価値が、彼女にはある。彼女を監禁する力が合衆国に無いという事情もあるが。現存する兵器はあのモンスターの手にかかれば、数分とかからずスクラップへ華麗な変身を遂げるだろう。
戦闘力だけではなく、空を飛ぶ機動力まであるのだからお手上げである。手元に抱えるためには、懐柔するしかない。
そう副大統領に進言した捜査機関の代表は考えていた。……本来なら、彼は国策に意見できる立場ではないのだが、本来意見する立場の者が国を裏切るか暗殺されてしまったので、意見しても誰も咎めなかった。
「いや、モンスターにミサイルを放て。雨宮冥を排除するのだ」
しかし、副大統領は別の解答を出したようだ。
「なっ!? 本気ですか、副大統領!? そんな事をすれば……」
「そうか、【エコー】も同乗しているのだったな。では、ミサイルを搭載した戦闘機を接近させ、近くでミサイルを爆発させたまえ。戦闘機は自動操縦に……いや、何も知らないパイロットに犠牲になってもらおう。ミサイルの起動と爆破は遠隔操作できるのか確認しろ。
無論、敵が入り込んでいる可能性のある空軍基地ではなく、現在作戦行動中の空母のパイロットと戦闘機を使え」
【エコー】の反射は、どれだけ距離があろうと発射した者の元に弾を反射する能力だ。それはミサイルでも例外ではない。
しかし、発射しないまま近くで爆発したミサイルの熱なら反射できないと、合衆国軍では考えられていた。仮に【エコー】本人は熱を反射出来たとしても、この方法なら合衆国の基地に被害は出ない。
そして、同乗者が浴びる熱までは反射できないはずだ。
「副大統領、正気ですか!? それでは貴重な死属性魔術師が……それに雨宮寛人を敵に回す事になります! 奴もモンスター同様、個人の枠に収まらない化け物です!」
雨宮寛人の【防御力無視】は、今まで各国の安全保障に携わる者達の頭を悩ませてきた。何せ、防御力を無視するのだ。彼がマシンガンを乱射すれば、兵士達が着る防弾チョッキだろうが戦車の装甲だろうが、紙より脆く穴だらけにされてしまう。
唯一の対抗手段は避けるか、弾丸を防御ではなく攻撃するか、銃の射程距離外に逃げるか。だが、そのどれもが難しいのは明らかだ。普通の兵士や兵器には、銃弾を躱すのも、銃弾を銃で撃ち落とすのも、銃弾より早く逃げるのも不可能だからだ。
これがマシンガンではなく、全属性(死とオリジンに存在しない時間属性を除く)適性を活用した、攻撃魔術の【同時発動】だった場合、本当に手が負えなくなる。
それこそ戦闘機ではるか上空から空爆するぐらいしかない。……以前、それをアフリカの軍事独裁政権の空軍にやられた時は、若干苦労したそうだが軽傷も負わずに撃墜したそうだが。
そんなモンスター親子を一度に敵に回せば、北欧連邦の前に合衆国が解体されてしまう。
そう叫ぶ彼に、副大統領は追い詰められた者特有の危険な輝きを宿した瞳で答えた。
「我が国以外が世界をリードする事は許されない。その可能性が存在する以上、生かしてはおけないのだ! たとえそれで我が国が滅びるとしても、勝者がいなければ敗者もいない!」
そこに、陸軍の将軍が部下を引き連れて作戦司令室に現れた。彼の手には、大統領が職務を遂行する事が困難になった際、副大統領が職務を引き継ぐ宣誓をするための、合衆国憲法が記された書物がある。
「話は聞かせて頂きましたが、まずは宣誓をして頂かなければ。我が国の軍の最高司令官は、大統領なのですから」
「ああ、すぐ済ませよう」
副大統領は将軍の求めに応じて片手を上げて、宣誓を開始する。
「私――ハビャラッチカヴェ!?」
そして、宣誓の途中で将軍に頭を掴まれた。その途端、何かが弾ける音と何かが焦げた臭い、そして奇声を発しながら倒れた。
「しょ、将軍っ!? 副大統領に何を!?」
反射的に銃を抜く捜査機関代表の男や、警備の兵。しかし、その時には将軍の部下達によって銃口を向けられていた。
「何のつもりです、将軍!?」
「クーデターだよ、長官。これより合衆国政府はこの私、セルゲイ・ダラントが大統領に就任する。それと安心したまえ。元副大統領は生きている。この魔術は、スタンガンより安全に人の意識を奪う事が可能だ」
セルゲイ・ダラントが発したクーデターという言葉に、彼と彼の部下以外の全員が騒然となった。まさか彼まで六道の手先だったのかと、驚愕の眼差しが向けられる。
そんな作戦司令室の面々の前で宣誓を済ませたセルゲイ・ダラント大統領は命じた。
「先程の、元副大統領の指示は忘れろ、彼は疲れているようだから、独房にでも放り込んで存分に静養をとらせろ。
そして北欧連邦で何かが起きた時のため、大使を含めた大使館員を引き上げさせろ。軍は現状待機、モンスター、及びミスター雨宮は放置せよ。我々が出来る事は何もない」
「……えっ? それでは何もしないのと一緒では?」
「そうだ、長官。君の提案を採用する」
「お待ちください、私は長官では……」
「いや、君が今から捜査機関の長官だ。不服かね?」
上の人間が国を裏切るか暗殺されたため、結果的に捜査機関の代表だった男はセルゲイの言葉に一瞬目を丸くしたが、すぐに敬礼で答えた。
「いえ! 職務に励みます、セルゲイ・ダラント大統領!」
「宜しい。……我等、銀貨を持ち川へ向かわん」
セルゲイ・ダラント……将軍に就任する以前に、生まれながらに遺伝性の病に侵されていた息子を、プルートー達『第八の導き』に助けられ、それ以後『第八の導き』の隠れ信者となった。
数年前の『第八の導き』崩壊時には何もできなかった彼は、軍での権力と信頼できる部下を集め、この時を待っていたのだ。
「「「我等、銀貨を持ち川へ向かわん」」」
冥界を流れるという死と生を別つ川を渡るためには、銀貨を捧げなければならないと伝えられている。
そこから、最近の『第八の導き』信者達は銀貨を信仰のシンボルとしていた。彼等は、その銀貨を持ってクーデターを起こしたのだ。
夢で遭遇した『神』と神に祝福された『聖女』の力となるために。
彼のクーデターは、彼を止めるべき勢力の主だった人物が不在だったため、そして彼を排除した後大統領につくべき副大統領が危険な人物であると政府に残っていた人々に判断されたため、上手く行ってしまったのだった。
「六道の本拠地は、北欧と中華の国境の間の山の地下にあるの。具体的な場所は――」
【メタモル】の獅方院真理が、広げた地図に印をつける。どうやら六道は、北欧連邦の軍事基地や中華共和国の鉱山を出入り口として使い、その地下を自分の本拠地として使っているようだ。
「『第八の導き』が存在していた頃は、襲撃されるのを恐れて合衆国の空軍基地の地下で研究していたのだけど、壊滅させてからは北欧と中華に移動したの。
それで、最近は中華共和国の方を万が一研究がばれた時のダミーにして、北欧との国境の方で主に研究を進めていたそうよ」
「……六道の行動とも符合するな。彼は、ここ数年は【ブレイバーズ】として中華共和国と会談と交渉を重ねていた。その途中で北欧連邦に立ち寄って君と入れ替わっていたのか」
「そう言う事」
バンダーと合流した真理は、六道の本拠地の場所をやっと明かした。
「本当は北欧か中華、どちらかの地下に造る筈だったのだけど……どちらかを選んだら選ばなかった国が裏切りそうだったから国境の地下に造ったらしいわ」
「おとなりさんなのに?」
「そうなのよ、ママ。お隣でも仲良くなれない人もいるの」
そして真理の話を冥と博も普通に聞いていた。
「……あの、真理? 冥をママって呼ぶのは……あなたのお母さんはずっと前に亡くなったはずだけれど?」
「そうよ、成美。成美で良いわよね? 雨宮って呼ぶとあなた達家族の誰を呼んでいるのか分かり難いから」
「それは構わないけれど……?」
「ありがとう。じゃあ、話を続けるわね」
冥を「ママ」と呼ぶ事に困惑して尋ねる成美だが、真理は彼女に答えるために長く時間を割くつもりがないらしい。何故そんな当たり前の事を気にするのだろうかと、逆に困惑するような態度を見せ、「今、それどころじゃないから」と態度で表している。
彼女の夫と岩尾が、諦めろと言うように彼女の肩に手を置いて首を横に振る。……合流する前に、彼等も話を聞いたのだが、まったく要領を得なかったのだ。
「兄ちゃん! 冥、ママになった!」
「う、うん、凄いなー、冥は。……じゃあ、俺ってあの人のおじさんなのかな?」
『夢ではめー君に懐いているだけのように見えましたが……』
そして実は、バンダー達も困惑していた。ジョゼフやウルリカ達は、彼女がそうやって精神の安定を維持している事を察して、刺激しないようにしていたが。
『では、これからどうしましょうか』
「決まっているだろう。六道と裏切り者共を倒しに――」
『デリック、そうではなくて……あなた達ではなく『俺達』はどうしようか、という事です』
バンダーがそう言うと、雨宮寛人や成美達ははっとした。
『俺としては、六道と裏切り者もその協力者も、どうにかしなければならない義務はありません。それは【ブレイバーズ】や警察、軍の仕事です。
こうして真理達と合流できた以上、俺としてはめー君の安全と幸福が維持できるなら、他は二の次です』
六道とその配下の転生者を殺せるなら殺して魂を砕くか、心を圧し折って転生しても敵にならないようにした方が良いのはたしかだ。
しかし、バンダーがそれをするためには冥を連れて行かなければならないし、【ブレイバーズ】と協力しなければならない。
何故ならバンダーと冥だけでは、転生者を守る幸運を無効にできない。今までの転生者達のように、どんな幸運でも死や消滅を免れられない状況に追い詰めれば、そうできるだろうが……やはり、ヴァンダルーの分身でしかないバンダーで、しかも冥を守りながらでは不安が残る。
……本体を『オリジン』に侵入させて六道達を急襲するのは、それはそれで不確定要素が大きいので最後の手段にしたい。
無茶をして冥達のためにした準備に問題が生じたら、何の意味もない。
『どうします? めー君?』
「バンダーと言ったね。僕としては冥を危険にさらしたくない。勿論博もだ。だが、六道を止めるのは、僕の責任だと思っている」
『それは当然でしょうね。色々な意味で』
口を挟んできた雨宮寛人の言葉に、バンダーも同意した。六道が黒幕のこの大事件の解決に、【ブレイバーズ】が尽力しなければ彼らの組織の未来は潰える。
世界に破滅と混乱を撒き散らした組織として糾弾され、雨宮達は罪人のような扱いを受けるだろう。
「だからこそ、君の力を借りたい。六道と戦ってくれと言っているんじゃない。君には、安全な場所で冥達を守って欲しい。
今の世界に、君の周り以上に安全な場所はない」
『お父さんはそう言っていますが、めー君はどうしたいですか?』
「悪いおじさんに。めってしに行く!」
『そうですね、悪い六道おじさんに滅ってしに行きましょうか』
六道と雨宮の戦いに直接加わりたくはないが、距離を置いて様子を伺い、可能なら雨宮を援護したい。六道が雨宮に勝ったら面倒だし、彼の魂は出来れば砕いておきたい。
そのためには、一緒に行く必要がある。
「あと、真理ちゃんのお友達を助けに行くの!」
「私の友達? ママ、それって私と同じ奴の実験体の事?」
「たしかに、奴の研究施設には我々以外にも実験体がいるはずですが……」
そして六道の本拠地には、冥がまだ夢で会っていない実験体や、実験体にするために拉致されている人々がいるはずだ。それを助けたいと冥は主張しているようだ。
『そうしましょう、めー君。まあ、最初からそうするつもりでしたが』
バンダーと冥がこれまで夢で会った実験体は、真理やボコール達だけではない。他に何人も、何十人も存在する。彼等を無視するのは、バンダー……ヴァンダルーの宗教関係者としての存在意義に関わる。
「僕の話を……いや、僕の頼みを聞く理由が君にはないのか。話していて確信したが、君は冥とは完全に別の人格を持っているようだ。
何処に居ても構わないが、子供達を守ってくれ」
バンダーが自分の指示に従わない事を理解した雨宮に、彼も頷いて答えた。冥と博の前で父親をあからさまに無視するのは、教育的に悪いと考えて。
『それは言われなくても、死力を尽くして』
「待って……あなたについて、話したい事があるの。子供達には、聞こえない所で」
すると、突然成美が思いつめた顔でそう言いだした。
『なるほど……分かりました』
雨宮寛人は納得したが、成美としては子供達を正体不明の異形に任せるのは、やはり不安が残るのだろう。その異形が冥の魔術や能力によるものではない、別の人格を有していると察したのなら尚更。
『ボコール、ガブリエル、ユキジョロウ、ちょっとめー君を任せますね。あ、俺の触角を伸ばしておきますから、それであやしておいてください』
そう彼女の内心を察したと思い込んだバンダーは、頭部から二本の触角をロープのように伸ばしながら、冥から遠ざかる。
「バンダー? にょろにょろ~」
「冥、バンダーはちょっと母さん達と話があるんだって。だから触角……にょろにょろを巻きつけて手繰り寄せようとしちゃダメだぞ」
「触角を持ってクルクル回るお姿の……なんと神々しい事か!」
「バンダーっ! このボコボールってにいちゃんダメっぽい!」
「大丈夫です、博さま。我々は全員彼と同じ程度ですから。頼りになるのはあなただけです。あと、ボコールです」
「嘘だろ!? ウルリカおばさんだっていざって時だけは頼りになるのに!」
「わ、私って意外と頼りにされてる!?」
「……ウルリカ、すっかり前向きになったな」
賑やかに騒ぎ出す一同を置いて、冥から三十メートル程離れたバンダーと雨宮夫妻、デリックと岩尾は話しだした。
「バンダー、あなたの正体は『アンデッド』でしょう?」
『そう、俺の正体は……ん? それはたしか俺に付けられたというコードネームでしたっけ? そう呼ばれた事があまりないので、あまり自覚がないのですが』
自分の正体を何処まで教えようかと考えていたバンダーだったが、成美はある程度彼の正体を察していたようだ。
「やっぱり……冥に死属性魔術を教えられる人と言ったら、あなた以外にないと思っていたわ」
どうやら、世界初にして冥と真理が使えるようになる前は唯一の完全な死属性魔術師である『アンデッド』以外に、死属性魔術を教えられる者はいないと考えていたようだ。
実際には、研究者に操られていた当時の『アンデッド』はそれ程死属性魔術の技量も高くはなかったのだが。
(まあ、それで俺の正体について納得してくれるのなら、好都合……でしょうか?)
バンダーの正体が自分達と同じ転生者、天宮博人だったヴァンダルーの分身だった事を知れば雨宮夫妻の受けるショックは大きいに違いないと、バンダーは考えていた。
二人がどういうなれ初めで恋人になり結婚したのかは、意識して知らないようにしてきたが……息子の名前が博である時点で、真実を知られたら面倒な事にしかならない気しかしない。
最終的には来世がある事を知ってもらい、転生しても敵にならないよう話をつけるつもりだったが……六道との決戦の前に精神的な動揺は起きない方が良い。
「あなたが何故冥と博を守ってくれるのか分からないけれど……ごめんなさい。私達は貴方が助けたプルートー達を、助ける事が出来なかった。それどころか、あの子達と同じ悲劇を六道君が……六道が起こしている事に気がつく事も出来なかった。
本当にごめんなさい、そしてありが――」
『あー、そうした事は別に良いです。謝罪は受け取りますし、その気持ちがあれば十分です。なので、それ以上頭は下げないでください』
バンダー、ヴァンダルーとしてはプルートー達の事も含めて既に【ブレイバーズ】には過度な期待を寄せてはいない。
それに、プルートー達も【ブレイバーズ】に対しては既に恨みも持っていないというか、関心がない。自分達に関わってこないのなら、路傍の石以下の存在として見向きもしないだろう。
ヴァンダルーにとってもそうだが……自分の過去で冥と博が両親に対して隔意を持つようになるのは避けたい。
だから、このまま謝罪を受け入れた事にして水にポイ捨て出来ればそれでいいのだ。
どうせこれから【ブレイバーズ】はこの世界で激務に追われる事になるのだし、バンダーが態々追い詰めなくても報いは十分受けるだろう。
「待ってくれ、君がアンデッドという事は……君は天宮博人なのか? 僕達と同じ転生――」
『黙ってください』
しかし、雨宮が余計な真実を口走ろうとした。そのため、バンダーは口から吐き出した粘液塊を雨宮の顔面に叩き付け、口を封じる。
「~っ!?」
不意を打たれて頭部を粘液に包まれた雨宮がもんどりうって倒れる。
「雨宮っ!? だ、大丈夫か!? いや、さっきの言葉はどういう……天宮? たしか、以前成美が……うああああああっ!?」
そして駆け寄った岩尾の身体に、バンダーが電光石火の勢いで伸ばした触手が絡みつき動きと口を封じる。
『黙ってくださいと言っているのに……デリック、成美、貴方方はどうです? 粘液か触手か舌で、怪我をさせずに口を封じられたいですか?』
突然の強行に動けなかった成美と、生存本能が発する警告に従って動かなかったデリックは、激しく首を横に振って応えた。
『それは結構。俺の正体については、後にしましょう。色々納得できなかったり、疑問に思ったりもするかもしれませんが、後にしましょう。いいですね?
俺はめー君と博、ウルリカやジョゼフ、真理やボコール達の味方です。何故ならめー君達は友達だからです。それ以上の理由はありません。裏も隠された狙いも真意も何もかも。
分かって頂けましたか?』
「分かった。他の【ブレイバーズ】のメンバーにも、そう説明しよう。……後で話しは聞きたいが」
粘液をどうにか取って窒息の危機から脱した雨宮寛人が、青い顔をして頷き、【ブレイバーズ】としてのバンダーに対する方針は決まったのだった。
六道の本拠地では、【ブレイバーズ】を迎撃する準備が整えられていた。
戦車に軍用ゴーレム、重武装の兵士達……そして実験体たち。
「くくく、ようやく暴れられるぜ」
「アフリカじゃあ、結局何も出来なかったからな」
六道が死属性魔術の実験に使ったのは、身寄りのない孤児や誘拐された人々だけではない。北欧連邦や中華共和国等の死刑囚等も大勢活用された。
アフリカに配置されたのは、そうした元凶悪犯達だ。
「俺の手で奴らの綺麗な顔をドロドロに溶かしてやるんだ。くくく、親の前でガキを殺す方が好みだが、手が出せないなら仕方ない。たまにはガキの見ている前で親をドロドロに腐らせてやるぜぇ!」
「お前程度に【ブレイバーズ】がやれるかよ。精々、俺の【殺傷力強化】で強化した銃の射線に入らないように気を付けな」
彼等は限定的死属性魔術使いになる事で、触れた物を腐敗させる能力や、手に持った武器の殺傷力を強化する能力を身に付けていた。
「五月蠅い連中だね、あたしの人形にしてやろうか」
二人に加えて、他者の肉体に【憑依】する事が出来る女の三人が此処に配置された実験体達の中でリーダー格の実力者とされていた。
「しかし、こんな所に来るのかねぇ。この奥はまだ実験体になっていない連中しかいないんだぜ?」
「だからこそ来ると、ボスは考えているのさ。勇者様が犠牲者を助けないはずがないってな。分かったら大人しく備えろ」
だが、実験体は所詮モルモット。戦力としては数えられていても、人としては扱われていない。
北欧連邦や中華共和国の兵士や傭兵に従う事を強制される立場だ。
「逆らえば貴様等の頭の中の爆弾が作動する。俺が呪文を唱えるか、相棒がリモコンを操作するだけで――」
最後まで言い終わる前に、その兵士の身体に無数の風穴が空く。
【殺傷力強化】の能力を持った男が、引き金を引いたのだ。
「貴様っ!? 裏切るのか!」
隣の兵士がリモコンを作動し、男の脳内に埋め込まれた爆弾を起爆させる。
「俺を使え!」
「あいよっ!」
しかし、爆弾が男の脳を破壊すると同時に、【憑依】の女が彼の肉体に乗り移った。そして、脳が破壊された事で停止するはずだった心臓を無理矢理動かし、呼吸を続けながら発砲する。
「ギャっ!?」
「テメェっ、この裏切り者が!」
リモコンを持っていた兵士が倒れ、【腐敗】の男が嬉しそうに叫ぶ。
「丁度良いぜ! お前みたいな綺麗な女の顔を腐らせてみたいと思ってたんだ!」
【腐敗】の男は【殺傷力強化】の男ではなく、倒れて動かなくなった【憑依】の女の方に向かって腕を突きだした。彼は女が【憑依】を使うと、彼女自身の身体が無防備になるという弱点を知っていたのだ。
本体が狙われれば、射線が重なるから【殺傷力強化】の男の身体を操る女は自分を撃てない。自分の身体を守る事を優先して隙だらけになるはずだ。その隙を突いて、銃を奪って二人の心臓を撃ち抜く。幾ら【憑依】の女でも、乗り移っている肉体と本体の心臓に穴が空いていては、持たないだろう。
【腐敗】の男は享楽的な笑みの下でそう冷静に計算を巡らせていた。
彼の計算は普通なら正しい。しかし、彼は他人の痛みが分からないシリアルキラーだった。他人の痛みが分からないから、他人を理解できない。理解できないから、自分が「こうなるだろう」と想像した事の範囲内でしか他人の動きを想定できない。
彼の社会は彼一人で閉じていて、近くの独房だった他の実験体や同じ実験に参加した二人の事を、何も理解していなかった。
だから【腐敗】の男は、【殺傷力強化】の男を操る【憑依】の女が何の躊躇いもなく銃を撃つ事を、予見できなかった。
「っ!?」
【腐敗】の男の手が【憑依】の女の顔に触れる前に、【腐敗】の男の後頭部や背中に穴が空いた。
「「死ぬ事が怖いなら、最初からこんな事はしない」」
二人はそう答えると、他に生き残りがいないのを確かめてから歩き出した。同志たちの身を守るために。
「「ああ、俺とあたしは何て運がいいのだろう。人を殺すだけで、神の国に行く事が出来るなんて」」
そう言いながら兵士達が持っていたアサルトライフルや予備弾装を回収する二人の耳に、遠くで何かが爆発する音が届いた。
どうやら、勇者が来たらしい。
「「それはどうでも良いけれど……神はついて来てるのか? ボコール達と合流できればいいのだけれど……それまで俺の身体とあたしの魔力は持つか?」」
雨宮の放った魔術は容易く戦車を引き裂き、装甲車をなぎ倒した。
「……素晴らしい性能だ」
それは彼の【同時発動】や【防御力無視】のチート能力によるものだったが、彼が纏っているパワードスーツによって身体能力が強化され、魔力の制御や効率が補助されているのも一役買っていた。
並の銃弾が当たってもビクともせず、焼夷弾の高温にも耐える。魔術媒体としては、最新の軍用媒体を上回る。
凄まじい性能だ。これを兵に行き渡らせる事が出来れば、どんな弱兵でも精鋭部隊に早変わりするだろう。
「だから、このデザインに文句を言うのは我儘が過ぎるのだろうな」
そう諦め半分に呟く雨宮寛人のパワードスーツ……変身装具は、ヘルメットにマントに全身を覆うボディースーツと形はシンプルなものだった。
しかし、マントやヘルメット、そしてスーツの胸部には【ブレイバーズ】のロゴや雨宮寛人のサインが配置され、しかも光や炎をモチーフにした模様が派手な色であしらわれている。
その姿は、どう見ても特撮モノのヒーロースーツだった。
「……行くぞ! 皆っ!」
「お、おうっ!」
そんな彼に続くのは、銀色のボディースーツを着た【ブレイバーズ】だった。
その一分前の六道。
「六道さん! 雨宮達が仮装して現れました!」
「そうか、遂にここまで……か、仮装!?」
拙作の書籍版5巻が発売しました! 書店で見かけた際には、手にとっていただけたら幸いです。
また、二十四日には拙作のコミカライズ版が更新されます! コミックウォーカーやニコニコ静画でごらん頂ければ幸いです
次話は四月二十七日に投稿する予定です。




