三百十三話 謎の試験官現る
オルバウムのテイマーギルド長オルロック・トワイスは、普段は好々爺らしい顔つきの老人だ。そして実際穏やかな人格者としてギルドでは知られている。
若い頃は血気盛んで、従魔と共に数々の冒険を成し遂げた。だが、歳を重ね経験を積んだ事で落ち着きと貫録を手にし、何事にも動じない精神力を身に付けた。
そう思っていたが、それは錯覚だったらしい。彼は自分が今どんな顔をすればいいのか、そして何を言えばいいのかすら分からなかった。
『あ゛ぁぁ……』
目の前には、牙を剥き出しにしたゾンビ……ブラッドサッカーが十匹ほど並んでいる。
その濁った瞳には知性が宿っているようには見えず、今にも襲い掛かって来そうだ。そうなれば、若い頃ならともかくすっかり勘の鈍った非武装で従魔も連れていない老テイマーは、瞬く間に血を搾り取られて殺されてしまうだろう。
だが、ブラッドサッカー達に襲い掛かってくる様子はない。彼らはまるで庭師のように帽子を被りベストを着て手袋をして、大人しく並んでいるだけだ。
「ご覧の通り、彼等は俺がテイムしています。これからは、普段はうちで庭師見習いとして働いてもらう予定です」
そして、実際に庭師をさせるつもりのようだ。それを知ったオルロックは、混乱しすぎて逆に表情が抜け落ちてしまった顔のまま聞き返した。
「ヴァンダルー・ザッカート君、だったね?」
どういう経緯なのかは不明だし、一部のヴィダ神殿からは認めないと声明が発表されているが、勇者ザッカートの名前を継いでいるダンピールの少年テイマー。彼もオルロックに仮面のような無表情で答えた。
「はい」
正確には、今の彼のフルネームはヴァンダルー・アーク・ヒルウィロウ・ソルダ・ザッカート。しかしそれを明らかにすると、人間社会のボティンやペリア、リクレント神殿が騒いで無用のトラブルに発展する可能性が考えられる。
だからオルバウム選王国では暫くヴァンダルー・ザッカートのままで通す事にしていた。
「彼等は、アンデッドだ。そうだね?」
「はい、ギルドマスターが先程確認した通りです」
「ああ、たしかに脈も呼吸もしていなかった。体温も、まるで氷のようだった。それなのに動いている。つまり、彼等はアンデッドだ。そうだね?」
「はい、彼らは全員アンデッドです」
「それで、アンデッドである彼等をテイムしているのだね?」
「はい、先程からご説明している通りです」
「そうか……それなら……素晴らしい快挙だ。君の名はテイマーギルドの歴史に……いや、人類の歴史に深く刻まれる事だろう。
お母上と同じ名誉貴族位を……いや、いっそ本物の貴族になるのも夢ではないのではないかな? ナインロードが没した後、初めてドラゴンをテイムしたテイマーも時の為政者から貴族として迎えられたそうだし。
いや、それは難しいかな。アンデッドだし、きっとイメージが悪いだろうから」
そんな事を口走りながら、オルロックは冷静さを維持しようと必死だった。彼が口にした事は、全て事実だ。アンデッドをテイムしたと言う偉業は、大いに評価されるべきものだ。
珍しい魔物をテイムする事が出来たから、というだけではない。戦力としての評価も、十匹のブラッドサッカーは低くはない。しかし、ベテランのD級冒険者十人相当と考えれば決して高くはならない。
それなのにオルロックが偉業と評するのは、今まで誰もテイム出来なかったアンデッドをテイムできた事だ。
【生命属性魔術】で作るライフデッドという例外以外、アンデッドを学術的に観察した事例は殆どない。ランクが低く、捕獲して閉じ込める事が出来るリビングデッドやスケルトン、ゾンビ、カースドツール。
もしくは、特殊なアンデッドとして扱われているグールや吸血鬼のように理性と知能がある種族だが……その二種族は実際にはアンデッドとは異なっている。あくまでも特殊な例外だ。
アンデッドだけではなく、魔物の観察は難しい。それは観察対象である魔物が、多くの場合積極的に人間を攻撃し捕食しようとするからだ。更に、生息しているのが危険な魔境である事も観察を難しくしている。
だから魔物を研究する学者は大金を払って冒険者を雇って魔物を生け捕り、やはり大金を払って町の外に魔物の飼育施設を建造するか、自身が冒険者になるしかない。
もしくは、冒険者から聞き取り調査をするぐらいだ。しかし、多くの冒険者は学術的な研究に興味はない。魔物と戦うため対象の身体能力や特殊能力については詳しいが、対象の詳しい習性や生態まで調べようとはしない。
彼らの仕事は魔物を倒すのが第一で、第二に素材を持ち帰る事なのでそれでいいのだが。それに、その冒険者や魔物から街を守る騎士や衛兵が欲しがる情報はそれで十分なのだ。
そうした状況を変えるのがテイマーだ。テイマーにテイムされた魔物なら、戦闘能力のない学者でも安全に観察する事が出来る。
野生本来の姿は観察できないが、その魔物が好むものや嫌うもの、ランクアップした場合の上位種の有無、魔境の外で繁殖する事が出来るのか否か等を調べる事が出来るのだ。
こうした研究の積み重ねによって、魔物が嫌う臭いを発する魔物避けの液体や逆に引き寄せる偽餌等が実用化されており、テイマーの重要な役目となっている。
アンデッドの場合でも、そうした細々とした研究から重要な成果を上げる事が出来るかもしれない。
「それに、労働力としても魅力的だね。我々テイマーギルドは、従魔を労働力としても利用しているから」
魔物を牛馬の代わりに使った場合の価値は、かなり高い。行商人の荷馬車を引くのが、もしバイコーン等の馬の魔物だった場合道中で山賊に襲われる可能性は激減する。それにバイコーンは馬車馬よりも馬力があり、持久力も倍以上。
普通の馬よりは金がかかるが、護衛に冒険者や傭兵を雇う金額とバイコーンとそのテイマーを雇う金額はそう変わらない。ただ、テイマーは冒険者や傭兵よりも圧倒的に数が少ないという点を除けばだが。
そうした希少性を除いても、亜人型の従魔の需要は高い。何故なら亜人型の従魔は人間と同じ道具が使えるからだ。ゴブリンやコボルトはともかく、オーガーやトロール等は開墾や大規模工事でとても役に立つ。そうした魔物をテイムしているテイマーが、戦闘力が高い魔物をテイムしているテイマーよりも高収入を得るのも珍しくない。
「アンデッドは睡眠も食事も必要なく、疲労も覚えませんからね。夜目も効くので警備員としても最適ですし」
「ああ、そうだね。イメージ問題に関しても君がアンデッドをテイムできた事を広めて、ノウハウを他のテイマーに開放してくれれば改善できるかもしれない」
オルロックが口にしたアンデッドのイメージの悪さ、それは人間にとってアンデッドが他の魔物よりも身近な存在であると同時に、危険な存在であるからだ。
アンデッドは他の魔物と違い、町中でも発生しうる身近な魔物だ。このシルキー・ザッカート・マンションのように。
しかも、他の魔物と違い一度発生したら殺せるだけ生者を殺そうとする。理性も何もないので、腹が満ちたり疲れたりする事もなく、飽きる事もなく殺戮を続ける。
凶暴なオーガーでも腹が膨れれば人間を襲う意思が減退するし、眠っている間は殺さないのに。
「そうですが、受け入れられるようになるのは難しいでしょう。アンデッドは、死者が正しく葬られる環境なら、ダンジョン以外では発生しない存在ですし」
そのヴァンダルーの発言に、オルロックは感心した。彼が言ったように、ダンジョン以外でアンデッドが発生するのは死者が正しく葬られていないから……葬儀を行う余裕が無かったり、殺人鬼が野放しで惨たらしく殺された被害者の怨念が晴らされないままだったり、死者を冒涜したり、そうした状態だからだ。
つまり、アンデッドの発生は『悪い』のだ。何もかも良好なら、アンデッドなんて発生しない。
しっかりした聖職者が取り仕切り、参列者がその死を悼み冥福を祈る荘厳な葬儀を行われた死者が、綺麗な墓石や供えられた花を脇に退けながらゾンビとして這い出て来る事はない。
無病息災、家庭円満で人生を親類縁者に囲まれて終えた人物が、死後ゴーストになる事もない。
そのため、人々はアンデッドに悪いイメージを持つのだ。
オルロックはそれをヴァンダルーが理解している事と、従魔に対して友人や家族と同等の感情を持つ事が多いテイマーの中で、そうした客観的なものの見方が出来る事に良い印象を持った。
……もし彼が冷静だったら、今日都の門で殺気を振り撒き衛兵を気絶させたテイマーとヴァンダルーが同一人物である事を思い出しただろうが。
「そうだね。だが、それはアンデッド以外の従魔にも言える事だ。多くの人は従魔から距離を取りたがるし、中には従魔も魔物だから絶対に認めないなんて主張する人もいるからね。
はっきり言うと、イメージの良い魔物なんて存在しないのだよ」
魔物は危険な人類の敵だ。魔物との戦いで命を落とす冒険者は珍しくないし、魔物に滅ぼされた村や町は今まで数え切れない程存在する。
ゴブリンやオークに恋人や妻、娘が攫われて苗床にされた。旅の途中街道に現れたオーガーに友人や同僚を貪り喰われた。畑をヒュージボアに踏み荒らされて収穫を失い、幼い弟妹や子供が飢え死んだ。
そうした話は珍しくもなんともない。アンデッドによる被害は、その中の一部でしかないのだ。
テイマーギルドは、そうした魔物の被害者に対して組織としては何もしない。トラブルが起きないよう、大きな被害を受けた町や村へ組合員が同種の魔物の従魔を連れて行かないように警告するぐらいだ。
魔物による大きな被害が出る度に、「この種族の魔物を従魔にするのは控えて欲しい」とか「この種族の従魔を持つテイマーは、他の公爵領へ行くように」と要請していたら、テイマーが全て居なくなってしまう。
だから、オルバウムから遠く離れたサウロン公爵領の旧スキュラ自治区がアンデッドに占領されていようが、数年前にハートナー公爵領南部のニアーキの街で発生したダンジョンが暴走し、アンデッドや蟲や植物の魔物が街を襲っていようが、考慮する事はない。
それなのにアンデッドのテイムに成功した功績で貴族になるのが難しいかもしれないと言ったのは、政治や信仰でのイメージの悪さを改善するのはテイマーギルドの領分を大きく越えるからだ。弁護はするし、後押しもするが、テイマーギルドの力ではそれ以上は難しいのだ。
「モークシーやアルクレムでは、俺の従魔がマスコットとして受け入れられていますが?」
「……何事にも例外はあるが、アルクレム公爵領が特別なのか時代が変わりつつあるのかもしれないね。
それはともかく、こうした話も君が本当にアンデッドをテイムしていればの話だ」
オルロックは急に口調を厳しくすると、好々爺っぽかった顔つきを引き締めてヴァンダルーを見つめる。
「それは俺が特殊なマジックアイテムや邪悪な神の加護を使って、彼等を強制的に従えているのではないかと疑っているという意味ですね?」
ただ、ヴァンダルーはオルロックに迫力を感じなかった。落ち着いた口調で話す彼は、ヴァンダルーにとって話す時緊張を覚える相手ではなかったのだ。
「う、うむ。悪いがそうだ。普通はそれでも従魔だと認めるのだが……ブラッドサッカーは人間にとって特に危険な魔物だ。その魔物を危うい状態でテイムしているのだとしたら、見逃せない。そこで幾つか確認をしたい」
「ギルドマスターの目の前で彼らに命令を出して、彼等がどんな反応をするかで見分けるとかでしょうか? それなら……踊れ」
自身の迫力や威厳が通じない十歳少々の少年の態度に面食らうオルロックの前で、庭師姿のブラッドサッカー達は素早く動き出した。
『あ゛、あ゛、あ゛』
手を叩きながら陽気なステップで、その場でぐるぐる回る者。
『う゛ぁぁ……』
ぐらぐらと身体を揺らしながら、酔っぱらいのようにふらふら動く者。
『お゛ぉぉぉ……下手ぐぞぉ!』
『う゛ぎぃぃぃ!』
ペアを組んで意外なほどしっかりした社交ダンスを踊るブラッドサッカーもいるが、どちらも男性パートを踊ろうとして、途中で牙を剥いて罵り合っている。……相手が女性パートを踊らないという致命的な問題に気がついていないらしい。
「如何でしょう?」
猛獣よりも血に飢えたアンデッドに対するイメージからは程遠い、どこか間抜けな様子を見せるブラッドサッカー達を指して、ヴァンダルーはオルロックに訊ねた。
「……見事なものだ」
当然だが、それはブラッドサッカー達の踊りに対するものではない。ヴァンダルーのテイマーとしての腕に対してのものだ。
テイマーが従魔をテイムする方法は、テイマーごとに違う。魔物の幼体を捕獲して、猟犬や軍馬のように調教するもよし。同じ幼体を手に入れるのでも、自身も子供の頃から生活を共にし、自然と絆を育んでもよし。知能の高い魔物と取引をしても構わない。
ヴァンダルーがブラッドサッカー達をどんな方法でテイムしたのかは、オルロックも分からなかった。
しかし、ブラッドサッカー達が強制されて嫌々従っているのではなく、自らの意思でヴァンダルーに従っている事は長年の経験から見てとる事が出来た。
(これなら、『ギルドの組合員の従魔』として、私も胸を張って守る事が出来る!)
オルロックはテイマーギルドのマスターとして、アンデッドに良くない感情を持つ神殿関係者や貴族からの苦情を受ける立場だ。「アンデッドを従魔だなんてふざけているのか! そんな事は許されない! もしアンデッドが暴れ出したらどうするつもりだ!?」と怒鳴り込まれた時、「その時は我々ギルドが責任を取る!」と怒鳴り返し、追い散らさなければならない。
だからこそ、もしヴァンダルーのテイムに問題があれば、他の組合員を守るためにアンデッドの従魔を認める事は出来なかった。しかし、この様子なら大丈夫だとオルロックは確信し、安堵した。
「ありがとう、よく分かった。このブラッドサッカー達を君の従魔として認めよう、手間をかけさせて悪かったね」
「いえ、前例のない事でしょうから。こちらこそ夜遅くまで審査してもらい、助かりました」
実際、ヴァンダルーはオルロックの対応に満足し、感謝していた。行動は迅速で、審査は中立。モークシーの町のギルド長ベラードと同じように信用できる人物だと感じる。
「最後に一つ質問だが……アンデッドは食事の必要はないとは言え、ゾンビは食欲そのものはあるのだろう? その辺りはどうなっているのかね?」
「ええ、それも対応済みです」
オルロックに訊ねられたヴァンダルーは、懐から出したハンドベルを鳴らした。すると、待機していたサリアとリタ、そしてメイド姿の美女や美少女、美少年達が、ガラガラとワゴンを押して現れた。
『ブラッドサッカー達の食事をお持ちしました、坊ちゃん!』
そしてテキパキといつの間にか用意された木製のテーブルに皿を並べ、食事のセッティングを始める。
「か、彼女達は何だね!?」
先頭の姉妹らしい二人は顔色がヴァンダルーと同じく屍蠟のようである事以外は、人間のようにオルロックには見えた。しかし、それに続いていたメイド達はよく見れば目がガラス玉に置き換わっている者や足の無いゴーストだった。
「この屋敷にいたリビングアーマーやアンデッド化した人間の標本、ゴースト達です。館の前の持ち主の被害者達ですね。当然ですが、俺がテイムしています」
「まだいたのかっ!?」
「勿論です。呪われた屋敷にブラッドサッカーが十人だけなんてそんなはずがないでしょう?」
ヴァンダルーはそう言うが、サリアとリタはこの屋敷のアンデッドではなく、彼がオルバウムの外から連れて来たアンデッドだ。しかし、面倒なのでこの機会に一度に従魔として登録してしまう事にしたのだ。
「た、たしかにこの屋敷の広さを考えれば……不自然でないか」
それに、オルロックが言うように数十年以上封印されていた公爵の弟の屋敷だ。多少アンデッドが増えても、不自然には思われない。
屋敷を管理していたセノーパ商会にしても、敷地内に足を踏み入れた者は生きて帰らない呪われた屋敷の内部まで、詳細に管理していたはずがない。彼等は屋敷の封印が維持できているか管理していただけで、中に入ってはいない。
だから、「あんな下着みたいな鎧が屋敷にあったのか?」とか、「あんなリビングアーマーが屋敷にはいたのか?」と追及されても、セノーパ商会は答えられないのだ。
もしかしたら、ジャハン公爵家には屋敷に存在した物品について詳細なリストがあるかもしれない。だが、リストがあってそこにハイレグアーマーやビキニアーマーが載っていなかったとしても、「呪われた屋敷と化した後に、誰かが外から持ち込んだのだろう」と言われれば否定できない。
ジャハン公爵家としては屋敷の存在自体無かった事にしたいだろうから、リストが存在しても既に処分しているかもしれないが。
そうこうしている内に、ブラッドサッカー達の食事の準備が終わった。
『前菜は吸血樹の血のドレッシング和えに、血のスープ。主食はパンと血のクリーム。メインディッシュはヒュージボアの肝臓に血のソース添えです』
「うぷっ」
血の香ばしい匂いが広がり、ブラッドサッカー達が目をギラギラと輝かせ涎を垂らし、オルロックが口元を抑えてよろめく。
「召し上がれ」
ヴァンダルーがそう告げると、ブラッドサッカー達は「いただきます」の代わりに濁った咆哮を上げてから、フォークやスプーンを使って食事を始める。
その様子はがっついてはいるが、理性の無い獣ではなく人間らしいものだった。
「こうして血に対する欲求を満足させる予定です。ちなみに、血は特殊な方法で保存した魔物の血を利用する予定です」
「な、なるほど。それなら……ん? 予定?」
「ええ、今日は在庫が無かったので俺の血を使いました」
ブラッドサッカーを含めた呪われた屋敷とアンデッドをテイムしたのは、不測の事態だった。そのため最近ダルシアやベルモンド達の血ばかり飲んでいるヴァンダルーは、ブラッドサッカー達に飲ませる魔物や動物の血を持っていなかった。
だから、自分の血を使うのはヴァンダルーにとっては当然の事だった。
「君の血を!?」
そのためオルロックが驚いた理由が理解できず、困惑してしまう。
「ええ、俺はダンピールなので怪我の治りも早いですから」
咄嗟にそう説明していると、ブラッドサッカー達が食事の手を止めて痙攣を始めた。
『ぐる゛る゛あ゛あ゛あ゛!』
みしみしと骨を軋ませて仰け反り、目を限界まで見開く。その眼球全体が血の色に変色し、口は耳まで裂け、牙と鉤爪が太く長く発達する。
「こ、これは……!?」
「ランクアップしたみたいですね。ギルドマスターは、ブラッドサッカーの上位種はご存知ですか?」
「ああ、たしかディープブラッドサッカーという種族のはずだ。ブラッドサッカー以上の凶暴性と狡猾な知能を併せ持つ危険なアンデッドと……!?」
オルロックは記憶を辿る途中で、ディープブラッドサッカーと化したアンデッド達がヴァンダルーのテイムから抜け出し……主人との絆を忘れ、ただの魔物に戻るのではないかと危惧した。
「ディープブラッドサッカー、新種ではありませんが妥当なランクアップみたいですね。では、お祝いに血のプティングをデザートに付けましょう」
『あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ~!』
ヴァンダルーの決定に、歓声を上げて喜ぶディープブラッドサッカー達。それを見たオルロックは自身の危惧は、的外れだった事を悟った。
「では、他の従魔の確認もよろしくお願いします」
「ん? ああ、彼女達の事か」
食事を持ってきたサリア達の事かと、オルロックは彼女達に向き直った。危険性と存在感の大きさからディープブラッドサッカーばかり注目していたが、彼女達もアンデッドだ。やはり早急に審査する必要があるだろう。
……食事を準備していた時の様子から考えると心配いらないように思えるが、神殿や貴族に突かれるかもしれない粗は少ない方が良い。
「それもありますが、まだ庭の吸血樹やリビングスタチュー、ゾンビ犬がいまして」
「まだ居るのかね!?」
「はい。アイゼン、連れて来てください」
ヴァンダルーがそう声をかけると、アイゼンが歩いてくる。
『こっちだよぅ』
その後ろには、何体もの吸血樹や動く石像、頭がい骨や肋骨の一部が剥き出しになっている犬が一列に並んでいる。
ちなみに、蟲型の魔物はヴァンダルーの【体内世界】に収納されている。一度に審査してもらうには、数が多すぎると判断したからだ。
蟲型の魔物は後日、日を改めてピートやクインと一緒に審査すればいい。
「…………」
「それが終わったら屋敷の中のアンデッドも審査して頂けたら、幸いです。後、アンデッドの衛生問題の対処についても確認をお願いしたいのですが、もし良ければ夕食と部屋を用意しましょうか?」
「…………頼めるかね」
今夜は残業だ。そうオルロックは覚悟した。
そして、オルロックは翌日から暫く精神的疲労を理由に休暇を取ってしまったので、ヴァンダルー達はピート達蟲型の魔物の審査を冒険者学校に入学した後に伸ばす事にしたのだった。
オルバウム選王国の首都、オルバウムにある特別な冒険者学校……生まれた順が遅くて家督を継げない貴族の子弟や有力な商人の子弟、上級冒険者の子供等が入学する、通称英雄予備校の入学試験が行われる日になった。
この学校を卒業できれば騎士団に入るにしても、そのまま冒険者として活動するにしても箔が付く。また、単純に普通の冒険者学校よりもカリキュラムがしっかりしており、卒業生の生存率が高い。才能を持つ一般人の子弟にとっては、入学出来ればコネも技術も手に入れられる立身出世の登竜門。
そうした魅力ある学校へ入学するために、半年に一度多くの子供や若者が集まるのだ。
勿論、『地球』の日本の受験戦争程ではない。精々数百人ぐらいだ。
「思ったより少ないね、ヴァン」
「普通の冒険者学校と違い、入学資格を二十五歳までに限っているそうですから、そのせいかもしれませんね」
その中でパウヴィナは物理的に頭一つ分以上抜きんでており、視線を集めていた。巨人種の入学志願者もいるが、さすがに身長が三メートルに達しているのは彼女だけだ。
「あれが、ダルシア・ザッカートの養女か……本当に獣人種なのか? 豚系獣人種なんて聞いた事がないぞ」
「巨人種の血が混じっているらしいから、大きいのはそのせいだな。聞いた事がないのは……希少な種なんじゃないか? ダークエルフの隠れ里で一緒に暮らしていたらしいし」
「ふん、種族が希少だろうと審査されるのは実力だ。あの図体ならパワーはあるだろうが、他はどうかな」
他の子供達がひそひそとパウヴィナについて囁くが、彼女はあまり気にしない。
「じゃあ、ダンピールは何処にいるの? 噂では、一緒に受験するんでしょう? まさか、彼女が抱えている人形がそれ?」
「あれ人形か? 結構大きいぞ」
「うわっ、動いた!?」
そしてヴァンダルーの存在は、注目されていたが気配が薄かったので中々気付かれなかった。
そうしていると試験を開始するベルが鳴り、受験生は学校の敷地内に入り、まず全員が共通して受ける試験に挑む。
それは冒険者に必要な基本的な能力……体力や基本的な学力があるか否かの試験だ。
皮鎧や荷物を想定した重りを背負ってのマラソン。その後、自身の生命力や魔力の配分を計算するのに必要な算数、ついでに依頼書を読むのに必要な読み書きのテスト。
運動の直後にペーパーテストとは意地が悪いが、激しい運動と緊張を伴う戦闘中でも自身の生命力と魔力を把握できなければならないので、これくらいは基本である。出来なければ、普通の冒険者学校に入ればいいのだ。
「ヴァン、(目立たないようにするのが)大変だね」
「練習はしてきたのですけどねー」
勿論、パウヴィナとヴァンダルーにとっては楽勝な試験だった。楽勝過ぎて、ちょっとしたジョギング感覚で走っても他の子供達をごぼう抜きにしてしまうので、かなり加減するしかなかった。
その余裕を試験官はある程度見抜いた。
(なるほど、体力を温存して次のペーパーテストを受ける時、頭が回るようにする作戦か。この試験は速さを競うものではなく、完走出来れば合格だからな。良い作戦だ)
そして、そう考えて感心していた。
そしてペーパーテストの後は、午後まで休憩。昼食を挟んだ後、受験生は持っているスキルや志望ごとに別々の試験を受ける事になる。武術スキルを持つ前衛志望と魔術が使える後衛志望、斥候職志望ではそれぞれ必要な素質が異なるからだ。
「注目!」
ダルシア手作りのお弁当を食べ終えたヴァンダルーとパウヴィナは、会場に現れた一人の男に視線を向けた。
その男は赤毛のエルフで、精悍な顔つきに鍛えられ引き締まった体つきで歴戦の猛者を連想させた。実際、その挙動には隙がない。ヴァンダルーの目から見てもただ者ではないのは明らかだ。
だが、どこか疲れたような雰囲気を放っている。特に、瞳には生気がなく死んだ魚のようだ。
「後半の試験総監督を任された、ダンドリップだ。お前達が入学出来れば、俺が教える事もあるだろう。貴族だろうがなんだろうが、俺は差別も区別もしないのでそのつもりで試験に臨むように」
しかしそう厳しい口調で告げると、後半の試験を開始する旨を発表した。
「ヴァン、どうしたの?」
立ち上がって歩き出す受験生の中で、立ち止まって首を傾げているヴァンダルーにパウヴィナが訝しげに尋ねた。
「いえ、あのダンドリップというエルフの人の声が、ルドルフさんと似ていた気がして」
モークシーの町でカナコからレッスンを受けた青い髪のエルフの吟遊詩人を、ヴァンダルーは思いだしていた。
「もしかしたら、兄弟かもしれませんね」
拙作の書籍版5巻が、3月28日に発売予定です! 一二三書房さんの公式ホームページではカバーイラストも公開されていますので、よろしければご覧ください。
次話は三月三十日に投稿する予定です。




