閑話46 「神ではない」などと神は申しております
英雄神、ベルウッドの復活。
その衝撃的な報せは、ガルトランドで戦勝を祝う宴を開いていたヴァンダルー達に大きな衝撃を与えた。
彼等にとって、ベルウッドは、十万年前にヴィダとアルダの戦いの際、先頭に立ってヴィダの新種族を虐殺した殺戮者。そして、ヴィダや彼女を支持したリクレントやズルワーンの従属神達を封印し、ザッカートの誘いに乗って寝返った元魔王軍の邪悪な神々を倒した、呪わしき存在である。
ベルウッドによる被害の大きさはナインロード、そして約五万年前に魔大陸へ合流したファーマウン・ゴルドの比ではない。
ヴィダの化身であるダルシアや、十万年前ベルウッド達に襲われたゾッドやグファドガーンは勿論、それを覚えている。悲劇的な伝説として聞かされてきた、十万年前の生き残りの子孫であるプリベルやドーラネーザ達も、強くなった今だからこそ彼の恐ろしさを察する事が出来た。
そしてヴィダとアルダの戦いの後、ベルウッドが眠った約五万年前までの間、彼から身を隠し続けたゾーザセイバ達ガルトランドの神々やその民、そしてルヴェズフォルにとっては、「魔王復活」と同じくらい恐ろしい報せであった。
たしかに、この世界は、ベルウッドが魔王グドゥラニスを倒したからこそ、今も存続している。そうした面では、彼に感謝するべきだろう。
しかし、だからと言って今現在生きている自分達や家族、恋人友人知人の身を、甘んじてベルウッドの凶刃の錆にして良い訳はない。
ベルウッドとそれを復活させたハインツに対して、対話よりも先に、攻撃は最大の防御と言うかのような防衛体制を整える事を優先するのは、当然であった。
「まあ、それはともかく蟹グラタンが出来ましたよー。後、ゴーンサラミのピザと、マドローベーコンのパスタ、ブラテオフリットも」
当然であったが、防衛体制を整えながら宴を継続できるのなら、継続するのも当然であった。
それに、使い魔王を新たに創り、グファドガーンが設置する場所に【転移】させるだけなので、ヴァンダルーの主観では魔力の消費量が大きい事以外は、宴を中断する程の作業ではなかったのも大きい。
だが、そんな彼に異を唱える者達がいた。
『……すまないが、ゴーンとかマドローとか、誰だったのか分かる名称はやめてくれないか?』
『うむ、さすがに食欲が……』
十万年以上前からゴーン達を知っている、ディアナとタロスが料理名に異を唱えた。敵と味方に分かれ、戦ったが、さすがに彼らの顔が思い浮かぶ名前の料理が並ぶ光景は嫌だったらしい。
「分かりました。でも、亜神毎に肉質が異なりますからね……じゃあ、岩サラミのピザと大海ベーコンのパスタ、轟雷フリットでどうでしょう?」
『む、むむっ……それなら何とか』
『いや、名前だけで良いのか?』
ティアマトが半眼になって尋ねるが、ディアナ達はそれで納得したようだ。ゾーザセイバと違い、料理も口に運んでいる。
おそらく、彼女たちなりに解釈した弔いなのだろう。
「だけど、そのハインツ、どれくらいで身体にベルウッドを降ろすのに慣れるのかな?」
独り言のように訊ねたパウヴィナに答えたのは、『紅南海の正悪神』マリスジャファーの巫女でもあるドーラネーザだった。
「残念じゃが、分からん」
……参考になる答えではなかったが。
「えぇ~」
「仕方あるまい。神をその身に降ろせる者など、歴史上、そうそう現れるものではないのじゃからな。【御使い降臨】でも、かなりのレアじゃ」
厚い信仰心と鍛え上げられた肉体を持つ信者が習得する事が出来る、神の御使い……『地球』の天使や神使に当たる存在を肉体に降ろす【御使い降臨】スキル。
神を降ろすのに比べれば、効果も負担もずっと小さいが、それでも習得すれば聖人として称えられる程のスキルなのだと、ドーラネーザは説明した。
「じゃから、比較できる対象の数が少ないのじゃよ」
「そうなんだ。ルヴェズ、リオーはどうだったの?」
『……タスケ……ああ、鱗王か。懐かしい名前を聞いた』
バクナワに飛行機の玩具代わりに遊ばれた後、死んだ目をしたままだった『暴邪龍神』ルヴェズフォルは、かつての信者の名を聞いて、瞳に生気を取り戻した。
竜種の魔物だった鱗王は、【分霊降臨】を習得していた非凡な個体だった。
『鱗王は、【分霊降臨】を最初から使いこなしていた。身体に降ろしている時に副作用を覚えるような事はなく、使用後も多少疲労するぐらいで、苦しむ様子はなかった。
我々の血が薄まった竜種とは言え、肉体の頑強さは人間と比べられないので……まあ、それでも負けた訳だが』
「まあ、降臨させる前に撃ちましたからね」
ヴァンダルー達とタロスヘイムの南に広がる大沼沢地をかけて戦った鱗王だったが、分霊を狙撃されて奥の手を封じられ、倒されている。
今はアンデッド化した後、骨人の乗機リオーとしてタロスヘイムで待機している。
『パウヴィナ様、気になるのなら……【御使い降魔】は参考にならないので? あれは、分霊のようなものでは?』
ヴァンダルーの分身を身体に宿す【御使い降魔】は、【御使い降臨】や【分霊降臨】と基本的には同じだ。降ろす存在が、神々の眷属やその分身ではなく、ヴァンダルーの魂の欠片から創られた分身であるというだけで。
「んー、ルヴェズ、ヴァンの分身は参考にならないよ。優し過ぎて」
『や、優しい!?』
驚くルヴェズフォルに、パウヴィナだけではなく【御使い降魔】スキルの使用者達が頷いた。
「身体に負担を覚えた事は、一度も無いな」
「効果時間が終わる前に、警告してくれるわ」
「我が聞いたところ、使用者ごとに、降りる分身がだいたい決まっているらしいぞ」
「その使用者にあった大きさの分身が降りるみたい。大きさって言うのは、多分小さければ御使い寄りで、大きければ分霊寄りの分身って、事なんじゃないかなとボクは思っているけど」
「色々工夫しているみたいですね、俺達は」
バスディアやエレオノーラ達の言葉に、ヴァンダルーは自分の分身達の事を他人事のように評した。
……意識して【御使い降魔】の処理をしている訳ではないので、仕方がないのだが。
ちなみに、プリベルが推測した通りヴァンダルーの分身は、御使いや分霊に相当し、その違いは力の量……つまり大きさによる。そして、降りる時も使用者のスキルレベルによって分身の大きさを変えているのだ。
「じゃあさ、ヴァンは何で【御使い降臨】を覚えないの?」
パウヴィナがそう尋ねた瞬間、ヴァンダルー以外の動きが凍りついたかのように止まった。
「俺も覚えたいのですが、中々難しいのですよ」
「そうなんだー」
暢気に会話を続ける二人を見下ろすバクナワが、不思議そうに首を傾げている。
『パパは神様なのに、なんで、他の神様の御使いを降ろしたがるんだろう?』と、考えているのだろう。
『ダルシア様、坊ちゃんはまだ……?』
「ええ、こればっかりは納得してくれなくて」
『神像が完成すれば、観念するかと思ったんだがなぁ』
「さすが偉大なるヴァンダルー。不屈不断のお方だ」
ヴァンダルーに聞こえないようにダルシア達がヒソヒソと話し、グファドガーンが褒め称える。
話しは、ボティンが復活する前、バクナワが誕生して間もない頃に遡る。
その日、タロスヘイムはいつもよりも賑わっていた。
スケルトンはカラカラと笑い、ゾンビは生き生きと踊り、ゴーストは褒め称え、物言わぬゴーレムすら誇らしげだった。
『いよいよ今日だな』
『ああ、こんな日が来るとはな……』
普段はタロスヘイムを守る城壁に詰めている彼等も、今日ばかりは浮足立っていた。
『ランクアップして身体を持てるようになってから、これ程誇らしい日はないぜ』
クロスボウを構えたまま、城壁の外に危険な魔物や侵入者が居ないか見張っている影のように黒い男達は、楽しげに話していた。
『ああ、全くだぜ』
彼等は当然だが人間ではない。ヴァンダルーが作った、武器に悪霊が憑りついて誕生するとされる魔物、カースウェポンからランクアップしたアンデッド。ランク5のシャドウスナイパーだ。
クロスボウを持っている黒い男ではなく、クロスボウの方が本体なのだ。
『さあ、記念すべき今日という日のために、近づいて来た魔物を射殺してヴァンダルー様に捧げようぜ』
『ああ、偉大なるヴァンダルー様のために』
そして、本体が物品であるためか、好きな事は働く事である。
シャドウスナイパー達が城壁の外の脅威に備えているため、タロスヘイムの内側では平和な国を挙げての祭が開催されていた。
数々の出店が軒を連ねている。
「さあさあ、変身装具の玩具だよ! 音と光が出る最新式だ! 元祖魔法少女ザディリス仕様から、最近仲間入りしたミリアム仕様まで取り扱っているよ!」
「ガルトランド産の茸はいかが!? 焼いて良し、煮て良し、干して香り付けに使って良しの、万能茸だよ!」
最近交易を始めたガルトランドの物産を取り扱う屋台も出ている。
そんな楽しげな国民の様子を、ヴァンダルーと使い魔王達は死んだ魚のような眼差しで眺めていた。
彼は敗北した。そう、あらゆる面で敗北したのだ。
交渉力でも、実力でも、ヴァンダルーは負けていた。いや、もしかしたら最初から勝つつもりがなかったのかもしれない。
事実、勝つだけなら、ヴァンダルーはいとも簡単に勝つ事が出来た。しかし、それをする事は出来なかったのである。
「俺の神像を建立してはならないって、法律を制定するのは幾らなんでも大人気ないでしょうし。……ああ、あと一時間で完成式典が始まってしまう」
そう、今日はヴァンダルーの巨大神像完成を祝うお祭りなのだ。
「税金はもっと重要な事に使うべきです」という彼の訴えは、「これが国民の意思なのです!」というヴィダ神殿長のヌアザの言葉の前に粉砕された。ヴァンダルーの巨大な神像を建立する事に、本当に誰も異を唱えなかったのだ。
その後も、ヴァンダルーは常に後手に回り、実力が発揮できない展開が続いた。
使い魔王を動員した、一見大勢に見えるが実質一人の反対デモは一風変わったパレードとして認識されてしまい、喜ばれたが反対運動に加わる国民は一人もいなかった。
工事中も反対運動を続けたが、今思い返すと、「反対運動」として国民に認識されていなかったかもしれない。
デモをする時は事前に告知し、通りに面した土地に家や店を持つ人々には菓子折り片手に迷惑をかける事を詫びに行き、デモの後は道路の清掃を行う。
工事中は邪魔にならないように静かに抗議し、危険な工程の時や手が足りない時は手伝いに加わる。
国民から見れば、ヴァンダルーが本気で反対運動をしているとは思えない態度だが、彼としては国民に対する精一杯の反対運動だった。
そうして最初から結果が分かりきっていた勝敗は、既に決した。もう、完成した事を祝う段階である以上、反対運動は終わったのだ。
見苦しく足掻く事無く、潔く認めよう。敗北を。
せめてグッドルーザーとして、勝者を称えよう。昨日までは、そう思っていた。
「母さん、仮病で病欠してもいいでしょうか?」
だが、今はただの駄々っ子である。
「ヴァンダルー、仮病はダメだと思うのよ。今日はお友達も沢山来ているのよ。会わなくても良いの?」
壁に【魔王の吸盤】で張り付いているヴァンダルーを宥めるダルシアは、珍しい息子の我儘に嬉しそうだが、さすがに仮病を認める訳にはいかない。
なにせ、お友達……ノーブルオーク王国のブダリオン王とクーネリア妃、魔神国の王ゴドウィンと第一王女のイリス、ザナルパドナのドナネリス女王、ケンタウロス国王シルヴァリ、鬼人国王テンマ、ユラ妃、そして第一子のオニワカ、竜人国のローエンといった境界山脈内部の重要人物たちが集まっている。
更にガルトランドのザルザリット、フェルトニア、ゾルク、ドーラネーザ、デディリア、そしてお忍びでモークシー伯爵に、アルクレム公爵まで来ているのだ。
伯爵と公爵は、タロスヘイムに来た途端倒れそうになったらしい。その後、深刻な様子で連れて来た側近中の側近を交えて、話し込んでいたので持ち直したのかもしれないが。
「……バクナワのお披露目には、ちゃんと出ます」
卵から孵った、彼の第一子のお披露目も今日行う予定だ。バクナワはタロスヘイムの次の為政者という訳でないが、国民に姿を見せるのは当然である。
誕生した経緯は微妙だが、ヴァンダルーもバクナワのことを我が子と認識している。そして、彼は魔帝国の皇帝である。
なら、国民にお披露目するのは当然であった。
「もう上空には目隠し用の魔術を展開してありますから、姿を見られる恐れはありませんし」
ヴィダ派に転向した『雨雲の女神』バシャスから、アルダ勢力の神々が上空から境界山脈内部の様子を監視している事は聞かされていた。
ただ、その方法が結界よりも更に上空から地上を見下ろすという、かなり原始的な方法だった事には逆に驚かされたが。
魔術を使えばヴァンダルーの【根源】スキルで跳ね返され、何が起きるか分からないので、魔術を使わず監視するのは妥当な方法だ。
しかし、雲よりも高い場所から見下ろしては、地上を歩く国民の識別も難しい。しかも、タロスヘイムの建造物の屋根に描かれた、【精神侵食】スキルの効果が付与された絵の効果も受けているらしい。
ヴァンダルーがそれを聞いた時、警戒する必要があるのかやや疑問を覚えたぐらいだ。……結局、警戒する必要があると考えて、屋根に描いた絵を改良したのだが。
そして、彼等の監視の目を防ぐのは実に簡単だ。
魔術で創りだした霧や、幻でタロスヘイムを隠してしまえばいい。そして、その下に太陽の代わりになる照明を設置すれば昼でも問題ない。イメージとしては、日傘を差してランタンを灯したような状態だろうか。
「それでも、ダメよ。皆、ヴァンダルーの意思は無視しても、ヴァンダルーのために建立してくれたのだから、ちゃんと労わないといけないでしょう?」
「……打ち上げには参加しました」
神像建設工事に参加した者達の打ち上げは、工事の最終工程が終わった日に行われており、そこにはヴァンダルーも参加していた。
「それでもダメ。壁から離れてくれないと、お母さん、ヴェルド師匠に降臨して貰って、壁ごと連れて行きますからね!」
ダルシアの『モンスターのペアレント』の二つ名獲得のきっかけになったと思われるヴィダの英霊ヴェルドは、紆余曲折を経たのち彼女が求めた時に降臨する英霊となっていた。
既にヴィダを降臨させる事が出来る彼女がヴェルドを降ろすのは、何かの偽装のためぐらいであるため、シュナイダーが【英霊降臨】スキルを獲得したら、専任になる予定だが。
「……はい、母さん」
こうして観念したヴァンダルーは、ダルシアに連れられて式典に参加したのだった。……本来なら参加ではなく、主催するものなのだが。
式典の最中は、どうやったらここまで死ぬ事が出来るのだろうかと不思議になるほど生気の無い瞳をし、巨大神像を「巨大像」と呼び、神像である事を中々認めようとしなかった。
しかし、バクナワのお披露目になると元気を取り戻し、第一子の誕生を国民と共に大いに祝った。
そうした出来事があり、ヴァンダルーの信仰対象としての自覚が強まるかと思われたが、そんな事はなかった。
そうでなければ、自分が【御使い降臨】系のスキルを覚えない事に、疑問を持ちはしないだろう。
『神が、別の神の眷属や神そのものを降ろしてパワーアップするスキルを覚えるはずがないのだから』
『それも、他者に加護を与え、御使い……分身を降臨させるような神が』
ヴァンダルーは神ではないし、通常の……尋常な亜神とも異なる存在だ。そうした意味では、たしかに、【御使い降臨】を習得する可能性が無い訳ではない。
しかし、彼は既に他者に加護を与えるだけではなく、自身の分身を【御使い降魔】スキルを覚えた者達に派遣している。
この状態で、御使いや英霊、分霊を降臨させてもどうなるものでもない。無数に存在するヴァンダルーの分身と同じか、それ以下の存在が一つ増えるだけだ。
『五悪龍神』フィディルグはヴァンダルーの分身を降ろしてパワーアップしていたが、それはフィディルグが特殊なのではなく、ただただヴァンダルーが常識外れに凄いだけだ。
それに、ヴァンダルーの場合は神の御使いという異分子が入り込む事で弱体化する可能性も考えられる。
分霊ではなく、神そのものを降ろすのも難しい。何故なら、精神構造が異なり過ぎるから……つまり、相性の良い神が存在しないのだ。
「なるほど。そういうものなのか」
『全く気付かなかったよ』
ザディリスとザンディアが、ディアナやタロス達の説明に興味深そうに頷いた。彼女達は優れた魔術師だが、信者の側からこういった事情を想像する事は、中々難しい。
「今度、神域に行った時にお願いしてみましょうか。こういう事を直接頼み込むのは、ズルをしているようで気が引けたのですが……」
「ヴァンダルー、ちょっと話を聞いてもらって良いかしら?」
だが、ヴァンダルーがまだ気づいていないのは問題がある。ダルシア達は、ヴァンダルーを納得させるために弁を尽くしたのだった。
《【料理】スキルが、【神霊理】スキルに覚醒しました!》
なお、亜神料理を作り続けたヴァンダルーは、神霊を料理する【神霊理】(かみりょうり)スキルに覚醒した。
書籍化作業のため、次話は2月10日に投稿する予定です。




