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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十二章 魔王の大陸編
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三百四話 法命神の狂気と五色の刃の歩み

主人公がまったく出てきませんが、ストーリーに関わる話なので、閑話ではなく本編としました。

 人間社会、それもナインロードや風属性の神々の神殿では大騒ぎになっていた。

 昨日、『角笛の神』シリウスの神像が砕け散り、シリウスの聖職者の中でも敬虔とされる者達が一部を残して失神し、彼の加護を持つ騎士がシチューで溺死しかけた。その事件は、失神しなかった聖職者達の狼狽も含めて、まだ終わっていなかった。


 だが、続けて『陣太鼓の神』ゼパオンの神像も砕けるとは、誰が思うだろうか。

 二柱とも魔王がこの世界に現れる前よりも存在する古い神であり、風属性の神の中では珍しい戦神としての側面を強く持つ神だったので、従属神の中でも信者は多かった。


 今年一年で、『雷雲の神』フィトゥンも含めて三柱の神の像が砕けている。人々は自分達の知らない場所で何か、世界の命運が左右されるような何かが起きているのではないかと恐れた。

 特に、アルダ大神殿の少年教皇、エイリーク・マルメが、神より賜った神託によって、魔王復活が告げられているアミッド帝国での混乱が大きかった。


 マシュクザール皇帝の突然の退位と、それまで国民には存在を知られていなかった、エイリークの外戚に当たるイリステル公爵家の長男の即位。

 アミッド帝国の英雄であり、生ける伝説だったS級冒険者、『迅雷』のシュナイダー率いる『暴虐の嵐』のマルメ公爵家への襲撃と、アルダ神殿の破壊。そして、ヴィダ信者である事のカミングアウト。


 裏に隠された事情を知らない、一般の人々にとっては、一生に一度あるかないかの大きな出来事ばかりだ。その上、復活した魔王がシリウスとゼパオン、そしてフィトゥンをどうにかしてしまったなんて、恐怖と不安に震えるだけではすまない。


 パニックに陥り、「この世の終わりだ」と自暴自棄になった民が暴動を起こす可能性すらあった。しかも、その原因は神殿で……彼らの心の拠り所で起きた事件だ。

 本来なら民を律する貴族や騎士、衛兵が「大丈夫だ、心配ない」といくら言っても説得力がない。新たな皇帝の即位ならともかく、神々の身に起きている事を世俗の貴族が知っているとでも言うのかと。


 不安を訴え神に縋る信者達を鎮めるのは聖職者の務めだ。しかし、鎮めようにも神像が砕け散ったゼパオンの聖職者の中でも人望が厚い高司祭は白目を剥いて気絶中。起きているのは、ゼパオンから神託を受け取った事のない者達ばかりだったため、効果は今一つ。


 他の神を主に奉じる聖職者も、何が起きたのか説明できる訳ではない。ただ、神は健在であると、ナインロード神殿とアルダ神殿、そして、従属神の聖職者や、神々の加護を受けた英雄達が各地で奮闘する事となった。


「おおっ! 何と、何と良き日なのか、今日は!」

 だが、人々にとって悪いニュースばかりではなかった。

「まさか、私が生きている内にこの日を迎える事が出来るとは……皆に伝えるのだ、ボティン様が、我等の女神が魔王の封印より解き放たれ、復活されたと!」


 それは『大地と匠の母神』ボティンと、『水と知識の女神』ペリアの復活であった。

 女神達はアミッド帝国、オルバウム選王国の区別なく、神託を受ける事が出来る信仰心の厚い信者全てに神託を下し、自らの復活を告げていた。


 それを聞いた信者達は歓喜の涙を流し、この吉報を人々に知らせるべく動き出そうとした。

「いや、待て! まだ待つのだ!」

 しかし、神託は吉報だけで終わりではなかった。


『我は狂いし炎と和解し、術と創造、知識を得て生命を祝福せん。されど、我等に光無し』

 アミッド帝国の北部に存在する属国、鉄国マルムーク。その首都に存在するボティンの神殿長を務めるドワーフには、神託の後半はそう聞こえた。


(これはいったいどういう事だ? 光無しとは……何かの凶兆か? いや、そうではない。

 狂いし炎はザンターク、術はリクレント、創造はズルワーン。そして知識はペリアだとすると……生命を祝福するとは、まさかヴィダを祝福するという事なのですか!? そして、光が無いとは『法命神』アルダは、仲間ではないと……)


「こ、これを公にすればこの国は……人々はどうなるのだ? 秩序が……国が崩壊しかねんぞ」

 法の神であるアルダを主神として奉じるアルダ教を国教とするアミッド帝国は、国民すべてがアルダの信者であると言える国だ。


 このボティン神殿にも、アルダの像が存在する程である。

 だからこそ、ドワーフの神殿長は神託から推測した事を軽々しく口にする事は出来ない。引き留めた神官に、ボティンが復活した事だけを伝えるようにと命じ、自身は「神託の意味をより深く考察するため、一人になりたい」と言って、自身の部屋に引きこもり誰も近づかぬよう護衛の神官戦士も待機させた。


「ボティン様は、いったいどんな意図でこのような神託を? それとも、儂が未熟であるために神託を受け取り損ねたのか?」

 神託は、偉大なる神々の意思を矮小な人間が受け取るため、どうしても正確さに欠ける。神が下そうとした神託の一部しか受け取れない場合や、違う言葉に聞こえる事がある。


 今回もそうではないかと、神殿長は考えた。本来なら、『されど、我等に光無し』の後に、更に言葉が続いていたのかもしれないと。

 しかし、そうではない事に気がついた。


「そう言えば、儂は何故女神の復活だけを信徒の皆に伝えようとしたのだ? 神託は、一度に伝わるものだ。どんなに神のお言葉が長くても……。

 もしや、あの神託は二度、続けて下された物なのか!?」


 神託は、そう滅多にあるものではない。間髪入れず新たな神託が下された事等、聞いた事もない。聞いた事もないが……出来ないという事も聞いた事がない。

 問題は、何故ボティンがそんな事をしたのかだ。


「もしや、一つ目の神託を正しく受け取る事が出来たのだから、二つ目の神託も正しく受けとったのだという事を、儂に教えるために……!」

 ボティンが復活したという神託が正しいのだから、二つ目のアルダ以外の大神がヴィダ派についたという神託も正しい。


 それが分かっても神殿長の顔は晴れなかった。

「今更儂がどの口でヴィダに祈る事が出来るのか……しかし、女神が儂に神託を下したのは、女神が期待しているからに違いない。

 皆の知恵も借りて、どうにか女神の真意を人々に伝えなければ」


 それが神の地上における代行者としての聖職者の意義である。

 そうプレッシャーに耐えるために使命感を燃やす神殿長だったが、実はボティンからの神託は彼以外にも大勢のボティンの聖職者が受け取っており、さらにペリアも自身を奉じる聖職者たちに同じ意味の神託を下していたので、彼が思うよりも早く、「皆の知恵」を借りる事が出来たのだった。




 その頃『法命神』アルダの神域では、重苦しい沈黙に包まれていた。

 ペリア防衛隊の神々と『鏡像の神』ラーパンからの報告を聞き終えたアルダが押し黙ったままである事と、従属神達を纏め、事態に対応するためにナインロードが居ない事で、その沈黙がより重苦しくなっている。


 ここに集まっている従属神達にも、口を開く余裕は無かった。特に土属性と水属性の従属神達は、この世の終末に直面したような様子で呆然自失としている。

 何故なら、眠っていたペリアと封印されていたボティンが解放され、彼女達がそのままヴィダ派に与してしまったからだ。


 彼らの中には、ボティンとペリアの代理の神が認め、神に昇華させた者が圧倒的に多い。そうした若い従属神達は、今まで一度も己の主である大神と会った事はなく、ただただ人だった時に教わっていた事の延長で「ボティンとペリアは、目覚めたらアルダの味方になるに違いない」と考えていた。


 いや、正確に述べるなら考えてすらいなかった。太陽が東から昇り、西へ沈むように、アルダの味方になる以外にないと思い込み、思考していなかったのである。

 だからこそ若い神々は混乱し、動く事も出来なくなっていた。


 そして魔王との戦い以前から存在する古参の神の困惑も深かった。何故ボティンとペリアがヴィダに味方するのか、理解できなかったからだ。


 ペリアが、危険な【魔王の欠片】を自ら肉体に埋め込み、醜悪な姿に身体を変貌させるヴァンダルーの側に立つのは何故か。


 ボティンが、汚らわしいアンデッドや、タロスやティアマト等亜神達だけではなく、邪悪な神々の血を引くヴィダの新種族を従えるヴァンダルーの味方になると宣言したのは、何故なのか。


 いくら考えても答えが出せない。

 中には、『もしかしたら、自分達は間違っていたのではないか。アルダやベルウッドの主張を、他の大神達の意思だと思い込んでいたのではないか?』と考える神もいる。


 だが、それを認めるのは神々にとって難しい事だった。

 何故なら、彼等は神となってからアルダ勢力の神として振る舞い、信徒達に教えを伝え、信徒達もアルダ勢力の神として彼らを奉じている。


 それを否定するのは、自己の否定。アイデンティティの喪失に他ならない。

 方向性は違うが、信徒に殺生を禁じ慈愛の精神を説いていた神が、「暴力こそ正義、強者による殺戮こそが世界を正しく導くのだ」と突然主張するようなものだ。


『や、やはり……ボティン様とペリア様は、狂われたのでは?』

 だから、ボティンとペリアが狂気に陥ったという安易な考えに飛び付く神もいた。実際、リクレントとズルワーンの時は、その考えが正しいと多くの神が納得していた。


『貴様っ! 我等の主を愚弄するのか!?』

 だが、リクレントとズルワーンと違い、ボティンとペリアには彼女達を実際に知っている人格を持つ従属神がアルダ勢力内に存在する。彼等にとっても、女神達の宣言は信じ難い。だが、仕える存在が狂気に陥ったという暴論に納得する事は出来ない。


『だが、あのような宣言、とても正気とは思えぬ!』

『いや、正気であった!』

 そして、堂々とした宣言を行ったボティンは、その目撃者が存在している。『鏡像の神』ラーパンは、自身が見た通りに証言した。


『少なくとも、我等の前で宣言を述べられたボティン様は、正気だった。目には強い意志の輝きが在り、覇気に溢れていた。

 狂気に陥り、世迷言を口にしているだけとは、とても思えん』


『だ、だが、それでは何故あのような宣言をして、ヴァンダルーの味方に付くなどと……我々に『アルダ様から離れて、中立の立場でいよ』などと言われるのだ? まさか、ヴィダ派が……あの汚らわしいヴァンダルーが正しいとでも言うつもりか?』


『それは……しかし、大神方が狂っていると決めつけるのは危険ではないのか!?』

『危険だと!? 貴殿は我々を割るつもりなのか? 我々が争っていては、ヴァンダルーを倒す事等、夢のまた夢。ゴーン殿達の奮戦を、無駄にされるおつもりか!?』


『そんな事は言っていない! ただ、我は――』

『皆よ、鎮まるのだ』

 それまで黙っていたアルダが、重々しく口を開いた。口論になりかけていた従属神達は、口を閉じて長の言葉を待った。


『皆の驚きは尤もだ。だが、ボティンは正気を失ったのではなく、正気のままヴィダに与する事を選んだ。我々を欺いていたペリアと同じく、な』

 だが、アルダの言葉は従属神達を更に驚愕させた。


『アルダよ、それこそボティン様達が正気を失っている証拠ではないのですか!?』

『いったい、どのような理があって、ヴィダに……ヴァンダルーに付いたというのです!?』

『まさか、強い側に付いたと、ボティン達は強者に膝を折ったのか!?』


 堪らず騒ぎだし、本来なら彼らを黙らせる『断罪の神』ニルタークも声が出せないでいる。

『そうではない。ボティン達は、我々が理想とする未来とは違う未来を選び、それを自らの理想としたのだ。

 私には到底受け入れられない。そして、理解も出来ないが……』


 アルダ自身も、ボティンの宣言、そしてペリアが長年自分達を欺いていた事を察した時はあまりのショックに言葉を失った。それは、ズルワーンとリクレントの裏切りが明らかになった時よりも大きかった。

 しかし、それで思い出した。神々は、特に大神は本来、別々のものを優先していたと。


 ヴィダと決別してから十万年以上、あまりにも長く神々を纏めていた為、魔王グドゥラニスが現れる以前は当たり前だったことが、意識の外に置かれていた。

『我々は、グドゥラニスが現れる以前の正常な……清浄な世界に戻す事を理想としている。魔境やダンジョンが存在する世界に、魔物の素材を利用する事に、どんなに人間達が慣れ、それを当然と思うようになっていても。

 何十万年かかっても魔境を浄化し、何百万年とかけても人間達を説き伏せ、何千万年かけても邪悪な神々や魔王の欠片を封印し、理想を実現させる覚悟がある』


 アルダにとって目指すべき理想は、それだった。魔物も、それを生み出す魔境とダンジョンも存在しない、正常な世界。

 そして、ヴィダの新種族達の存在しない世界。


 現在は、ナインロードの提案とその後の協議の結果、ステータスにランクが表示されない、邪悪な存在の血を受け継いでいない種族の存在は受け入れる事になったが、それがアルダにとっての限界だった。


 十万年前、ヴィダは自らの子供達を『強い新たな人間』と評したが、アルダにはそうは思えなかった。彼にとって、ヴィダの新種族とは『人』ではないのだ。知能の高い魔物であり、邪悪な神を奉じる彼らの眷属でしかなかった。


 ダークエルフだけなら、認める事が出来たかもしれない。それに巨人種や獣人、人魚、竜人までなら存在を認める事も不可能ではなかっただろう。


 アルダや、ペリアが眠った後水属性の神の代表となった『氷の神』ユペオン、そして今は亡きブラテオやマドローザにとって、彼等は『新たな人間』ではなく、『人間並みに力の劣る同族』や『かつての友の出来損ない』としか思えなかった。

 しかし、それでも邪悪な血は……悍ましい因子は流れていなかったからだ。


 だが、魔人族等のランクを持つ種族の存在は認められない。あれらは、邪悪な神々の因子を受け継ぐ存在。群れれば魔物と同じように世界を汚染し、魔境を創りだす害悪だからだ。

 彼等にも知恵が、仁愛の心がある事は知っている。だが、人間達の間にも『ゴブリンは殺せ』という言葉があるように、彼等の性根が邪悪であろうがなかろうが彼等は排除しなければならない存在なのだ。


 そうした理由が無くても、アルダにとっては魔人族達が正常な人間を侵食する、醜悪な存在としか思えなかったのだが。

 しかし、それはアルダの思考だ。他の大神も同じ意見とは限らない事を、アルダは忘れていた。


『だが、ボティンとペリアは、そしてリクレントとズルワーンも、今の世界と……魔境から魔物が生まれ続ける世界のまま、共存していく事を良しとしたのだろう。ヴィダの新種族達も、ヴィダ式輪廻転生システムも認めて』

 どういった経緯でそうなったのか、彼等の思考がどのように巡ったのかは、アルダには分からない。だが、結論は明らかだ。


『そんな……それこそ正気を失ったとしか思えませぬ! だが……ペリア様が正気を失う事は、あり得ない』

 ペリアがヴィダ派についた事で最も衝撃を受けていただろう、ユペオンが叫ぶ。しかし、本来の主がどんな神か思い出し、萎れるように膝を突いた。


『では……アルダよ、我々はどうすれば良いのでしょうか? 私には、今の世界が正常とは思えません。まして、我々を欺いていたペリア殿を信じる事は……』

『隠れ潜み、自らの考えを説く事もしなかったリクレント殿とズルワーン殿もです。彼等は、ただ魔王が現れる以前の正常な世界を取り戻すという理想を諦め、魔物が存在する現在に屈したとしか思えません!』


 若い神々は口々にそう訴えた。

 狸寝入りをしていたペリアや、目覚めていたにもかかわらず表に出ず暗躍していたリクレント達にとっては、『アルダが正気を失っているようにしか思えず、彼と合流する事は出来なかった』という事情がある。


 しかし、ここに集まっている神々はアルダが正気を失っているとは考えもしない者ばかりだ。そのため、ペリア達を『己の主張や意志を訴えず、自分達を一方的に非難している』と感じていた。

 こうなる事はペリア達も予想していただろうが……のこのこアルダの前に現れて、ヴィダ寄りの意見を言い、彼女を弁護して【法の杭】を打たれては堪らない。

 自らの安全と引き換えに、アルダ勢力の若い神々からの信頼を無くすことは、最初から分かっていた。


 そして、彼女達の考えは正しかった。

『どうする事はない』

 アルダは理性を失ってはいない。ただ、理想を信じる事に、理想に向かって邁進する事に狂っているのだ。


『彼女達が良しとしたものが、我々と異なっているからといって、我々が間違っている事にはならない。

 我々が目指す理想に、間違いはないのだ。いつかは彼女達もそれを理解してくれるだろう』

 そう、理想は間違っていない。ただ、その理想を目指す事が現実的ではないだけだ。


 実現させるのには、アルダ勢力の神々の力だけでは到底足りない。ヴィダ派の神々の力を合わせたとしても、無理だ。少なくとも、一千万年先までに理想を達成する事は出来ない。


 そして、億年先に理想を達成できるとしても……それを現在から未来の人間達に課すのは正しい事だろうか?

 十年先なら、正しいだろう。百年先でも、子孫の為だ。千年先でも、エルフのような長命種族にとっては曾孫や玄孫の代の話だ。


 しかし、万年以上だとしたらどうだろうか? 想像もできない未来に実現する理想のために、命と魂をかけてヴァンダルーと彼の帝国と戦う事を強いて良いのか?

 アルダは、それを良いと考えている。正しい人間なら、戦うのが当たり前だと認識している。


 太陽が東から昇り、西に沈むのと同じように。アルダにとっては、考えるまでもない事なのだ。


『ですが、ヴィダとザンタークも含めて、六柱もの大神が敵に回っては……!』

『案ずる事はない。これより、戦いの場は人跡未踏の地ではなく、人々が暮らす地で行われる事となるだろう。我等が育てている英雄達が、ついに真価を発揮する時が来たのだ』


『っ!? ゴーン達が破れた相手に、我々の英雄が勝てるのでしょうか!?』

 アルダの言葉に、従属神の一柱が思わずといった様子で聞き返す。当然だろう、巨大で強靭な肉体を持つ亜神に、英雄とはいえ人間が勝てるとは、俄かには信じ難い。


『無論、勝てる。勝てるように、汝らは育てたはずだ』

 だが、事実として真の英雄……神々がいずれ神に至ると期待する人間達は、亜神と互角以上に強い。


 確かに亜神達は強い。約百メートルの巨体、強靭な筋肉や鱗、毛皮に殻は堅固な鎧であり、司るものによって様々な能力を持っている。魔王の大陸のような、人間ではとても生存できない場所でも活動が可能だ。

 そういう意味では、間違いなく英雄より亜神達の方が強い。


 しかし、闘争に限れば別だ。真の英雄は、真なる巨人や龍、獣王に勝つ事が出来る。

 実際、ヴィダ側の英雄ではあるが『迅雷』のシュナイダーは、悪に堕ちた龍を何頭も討伐している。そして過去には、アルダ勢力の神々の英雄も原種吸血鬼等の亜神を倒している。


 英雄達はステータスシステムの恩恵を極限まで活かし、巧みな戦術を立て、優れた武具を装備し、更に神々の御使いや英霊をその身に降ろす。そうする事で、自然の驚異の象徴である亜神にも勝つ事が出来るのだ。


 そうした英雄の最たる例が、ベルウッド達勇者だ。神々の力を受ける最適な器を探すため、異世界から招いたとはいえ、彼等も人間だったのだから。


『そして皆よ、ついに我が英雄、ハインツ率いる『五色の刃』がベルウッドの眠る階層に到達した。遠からず、彼は復活するだろう』

 アルダの言葉に、神域は久しぶりに歓声に満ち溢れた。




 ダンジョンによって再現された魔王グドゥラニスとの数々の戦いは、熾烈を極めた。

 ハインツ自身、グドゥラニスが粒子となって消えるのを見ても、勝った事が信じられず、何かの罠ではないかと警戒を解かなかったほどだ。


「これって、あたし達がベルウッドと並んだって事かな?」

 次の階層に進むための階段を下りながら、人種の女格闘士、ジェニファーがそう尋ねる。しかし、誰も彼女の言葉に同意しなかった。


「確かにグドゥラニスは倒しましたが……十万年以上前の戦いでは、ベルウッド達は魔王と戦う前に数え切れないほどの邪悪な神や、その手先の魔物と戦っていたはずです」

「近づきはしたけど、並んではいないでしょうね」

 『眠りの女神』ミルの神官、エルフのダイアナがそう諭し、女ドワーフの盾職であるデライザも彼女に同意する。


「それに、私達は魔王を倒すまでに何回も死んでは戻り、対策を練った。本当の戦いで倒したベルウッドやファーマウン、ナインロードには遠く及ばないさ」

 そしてハインツの言う通り、彼等の勝利は数え切れないほどの経験……学習の結果である。


 本来の管理者である『記録の神』キュラトスが滅ぼされた事で、このダンジョンに出現する過去の強敵の記録から再現された敵は、本当にただの過去の再現と化した。

 思考能力も判断力もなく、過去に実際行った戦闘パターン通りに、ハインツ達と戦う事しか出来ない。咄嗟にパターンにない行動をし、ハインツに合わせて変化させる事も無理だ。


 たとえるなら、プログラミング通りにしか動けないロボット。もしくは、ゲームの敵キャラである。


 ハインツ達は何度も死にながら魔王の行動パターンを学習し、その隙を突き続けて倒したのである。

 学習し、隙を突けるだけでも十分彼らの実力は高い。今の段階でも、シュナイダーには勝つ事が出来るだろう。

 だが、もしキュラトスが健在であり再現された敵が多彩な行動パターンと、それなりの思考能力と判断能力を持ったままだったら、まだまだ倒す事は出来なかっただろう。


 ベルウッドに並んだなんて、とても言えない。


「偽者に勝ったからって、調子に乗るなって事だ」

「ヘイヘイ、分かったよ。でも、そんなに睨まなくても良いだろう?」

「睨む……?」

 ジェニファーを窘めたエドガーは、彼女に言い返されて初めて気がついたように自分の顔に手で触れた。


 無意識のうちに眉間に力が入っていたらしい。それぐらい、ジェニファーの言葉に……いや、偽者との戦いが不愉快だったのだ。

「……悪いな。ちょっと緊張していたらしい」

 何故不愉快だったのか、エドガーには思い出せない。咄嗟にそう誤魔化すが、誰も深くは気にしなかった。


 何故なら、これから彼等はベルウッドが眠る階層に足を踏み入れるのだから。


 階段を下りた先に見えてきた扉の奥から、微かに鎖の揺れる音がする気がした。

次話は1月21日に投稿する予定です。


以前告知しました、頂いた二千件の誤字報告ですが、修正し終わりました! ご報告が送れてすみません。

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― 新着の感想 ―
清浄な世界とやらを目指すなら、魔王の痕跡たる欠片を全て消滅させるとかそちらを優先すべきだったのに そっちのけでヴィダと内輪争い始めるわ、魔王大陸に全部集めるとか頭トンチキでしょう、全然清浄目指してない…
仮にアルダ勢の目標を知り得たとしたら、公表するだけで致命傷。 熱心なアルダ勢の信者に御使い降臨なり神への問いかけなりさせてみれば肯定が返ってくる。 その時点で信者たちはドン引きよ。 誰がン十万かン百万…
なんだかんだ言われてるけど、「アルダ=悪」の図式は流石に違うよなぁ。 実際、滅亡に半身を浸からせてた世界を復興して見せて、それからも世界を維持管理し続けて来た功績はこれまでの言動行動で相殺されるモノじ…
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