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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十二章 魔王の大陸編
367/515

二百九十九話 女神の復活と勇者達の名を継ぐ大魔王

12月21日に拙作、四度目は嫌な死属性魔術師のコミック版一巻が発売されます。

書店で見かけた際は、手にとっていただけたら幸いです。

 彼女は眼の前に現れた何かを見て、思った。

(なんだい、こいつは? 見た目は明らかに邪悪な神の類よりも邪悪な何か……いや、そこかしこに魔王の一部っぽいものがあるのは何で!? しかし、何故か……)


 巨大な、無数の目や手足を持つ異形の存在を見つめたまま、彼女は動く事が出来なかった。視界に姿はないが、恐らく彼女の従属神達も同様だろう。

 その異形の存在のそこかしこに、明らかに魔王グドゥラニスの一部が組み込まれ、一体化している。漂わせている魔力も、グドゥラニスに似ている。


 それだけ考えれば、グドゥラニスが創りだした奴の眷属か子孫なのかもしれない。だが、どう言う訳か彼女は……『大地と匠の母神』ボティンはその異形に、親しみのようなものを覚えていた。

(何故か、こいつを見ていると落ち着く)


 その異形は、殺気も悪意もボティン達に向ける事はなく、ただゆらゆらと蠢きながら何か言っているような気がする。


 封印される直前の状況は、今でも覚えている。そして、封印された後の事は特に語る事は何もない。

 何故なら、封印されている間ボティンの思考は、止まっていたからだ。恐らく、内側から封印を解除されないように仕掛けられていたのだろう。


 しかし、実際に時間の流れを止める程の力はなかったらしい。消耗していた力や、受けていたダメージは全て回復している。

(あれから長い年月が過ぎているようだね。あの後、どうなったんだろう?)

 そう思った刹那、ボティンの意識に膨大な情報が流れ込んできた。


 正確に述べるなら、ヴァンダルーによって封印が解除され始めた事で、それまで止まっていたボティンの思考が動きだし、届いていた信者達の祈りを思い出したのだ。

 魔王グドゥラニスとの戦いの行方、ヴィダとアルダの確執とその後の戦い、そして現在に至るまでの情報。


『もしもし? 聞こえていますか?』

 それらを認識し、理解したボティンの意識は、やっと異形の……ヴァンダルーの声を正しく認識した。

『すまないね、ちょっとぼんやりしてたんだ。あんたがヴァンダルーかい?』


『はい。初めまして。ヴァンダルー・ザッカートと申します』

 見た目の異形さからは連想できない挨拶をする『ヴィダの御子』に、ボティンは様々な感情が込められた溜め息を吐いた。


『ヴィダもリクレントもズルワーンも、そしてザンタークも、随分変わったのを選んだもんだ。いや、違うね。元からそうだったのか』

 ヴィダ達はヴァンダルーを選んだのではない。ただ、認めたのだとボティンは考えを改めた。


 ヴァンダルーの魂が、ザッカートやヒルウィロウ……生産系勇者達の魂の欠片から出来ているのは、ヴィダ達の選択によるものではない。

 ヴィダ達はヴァンダルーに気がつき、「彼こそ自らが選んだ勇者の後継である」と認めただけだ。


 ボティン達が与えた力も、記憶も、何も持っていない。ただの……現在の人間達と同じ「昔、生きていた誰かの生まれ変わり」でしかない魂を認めたのだ。

『ヴィダ達に認められた人の子、ヴァンダルー。あんたが封印を解いたんだね?』

『はい。正確には、今も解いている途中です』


『今も?』

『ええ、俺の分身達が。後、内部から肉体も作業中です』

 言われて視線を向けると、そこには白髪の小柄な少年が黒い壁……魔王が施した封印に向かって魔力を照射していた。


『……ここは神域のようなものだから、人間が入ったら肉体は魂が抜けて、動けなくなるんだけどね』

『スキルで動かしています。俺は普通とは違うようなので』

『やれやれ、生まれ変わっても働き者なのは変わらないようだねぇ。記憶も無いだろうに、どうして似るのやら』

『偶然だと思いますよ』


 丁寧な口調で野暮な事を言うヴァンダルーに、ボティンは快活な笑い声をあげた。

『そうかい、そうかい! それで、あたしに何をして欲しい? アルダと殴り合うのに協力しろって? あたしがヴィダの味方をするって確信でもあったのかい?』

 そして試すようにヴァンダルーに尋ねた。


 封印された後の事に関して、正直に言ってしまえば彼女は十万年前のヴィダとアルダの戦いまでの全ての事に、文句を付ける気はなかった。

 自身が選んだ勇者が滅ぼされた事にも、ベルウッド達勇者が魔王を倒した時の世界の状況にも、その後のヴィダとアルダの間に生まれた確執にもだ。


 ヒルウィロウを含めた七人の勇者を選んだのは自分達で、彼らを助けられなかったのは自分達の落ち度だ。

 その後、残った三人の勇者が先頭に立って戦う時、作戦上の間違いに気づいて指摘できなかったのも自分達だ。

 そして、後にヴィダとアルダの間に生まれた溝が取り返しのつかなくなるほど深くなった時、自分は力及ばず封印されていたのだ。


 これ程無能、無力な神に何を言う資格があるだろうか。

 そもそも、「自分達の世界が滅びに瀕しているから、全く関わりのない別世界のあなたに戦ってほしい」と他の世界の人間に頼み込む時点で無責任だし、恥知らずだ。


 ボティン達が真に神として相応しい存在なら、勇者を選ぶ事はなかった。魔王グドゥラニスと魔王軍を神々だけで撃退していただろう。

 だが、現実では無責任で恥知らずな事を、この世界を存続させるために行った。それだけ追い詰められていたのだ。


 だから、ボティンは文句を言う気にはなれない。自分だけ「追い詰められていたから」と言う免罪符を使う訳にはいかないから。

 ベルウッドやアルダの過失にも、「追い詰められていたから」と言う免罪符はあってしかるべきなのだ。


『確信と言う程のものはありませんが……仲間にペリアの神託を受けた子が居ます。その子の神託によって、ここに来ました』


『ああ、それは知っている。今、知ったよ。

 封印を解いてくれたことには、感謝している。本当さ。もしあんたが解いてくれなければ、後十万年以上経っても封印されたままだっただろうからね』


 それは否定しようのない……否定する気もないが、事実である。普通なら加護の大盤振る舞いをして、二つ名を贈って、更に自ら武具を何十振りと仕立てても足りない程の大恩だ。

 アルダが十万年以上かけても、傷一つ付けられなかった封印を解いて大神を復活させたのだ。控えめに言っても、歴史に名を刻む大偉業である。


『だけど、だからってヴィダの味方をしてアルダと戦うとは限らないよ。あんたの国の在り方に、全面的に賛成する訳でもない。

 意見を言ってもいいかね、大恩人?』


『拝聴します』

『じゃあ手短に言うが……端的に言って、あたしにゃあんたが危なっかしく見えるんだよ。あの国の在り方……アンデッドや魔物が理性的でいるためには、あんたが存在し続けなければならないってのにね』

 『蒼炎剣』のハインツがかつて言ったのと、同じ理由をボティンは語った。


『むぅー、そう言われると痛いですね』

 だが、ヴァンダルーも言ったのが母の仇ではなくボティンなので、反発せずにその言葉を受け入れた。

 実際、アンデッドや一部の魔物も民とするヴィダル魔帝国の在り方が、自分の存在あってこそなのは、彼も自覚している。


 だからこそ、死なないように強くなり、殺されないように敵を殺すのだが、本気を出すと戦い方がどうしても自傷的になってしまう事をヴァンダルーは自覚していた。

 それ以外にも、ボティン達から見れば色々と危なっかしく見えるのだろうが、それはもうどうしようもない。


 将来的に大丈夫か疑わしいと言われても、直せないし止められない。「そんな事はないから大丈夫です」と言っても、相手は説得力を感じないので、どうすれば良いのか分からない。


『せめて、アルダの味方はして欲しくないのですが』

 万が一にもないだろうと思っていたが、もしボティンがアルダの味方をするなら、ヴァンダルーは敵を増やすために半年以上作戦を続けていた事になる。

 それは避けたいのだが――。


『ん? 何を言ってんだい、今のアルダの味方なんて、死んでも御免だよ』

 しかし、ボティンはあっさりとそう言った。


『えっ?』

『えっ、って、当たり前だろう。十万年前なら、確かにアルダに味方したかもしれないよ。ヴィダを諌めたり、アルダに早まるなって宥めたり、色々してね。

 だけど、あの二柱の戦いが始まった後から今に至るまでのアルダに味方をする理由はないよ』


 戦いが始まるまでは、ヴィダとアルダ、どちらが正しいとも言えなかった。ボティンも含め、誰もが力不足で、誰もが間違ったのだ。

 だが、戦いが始まった瞬間からその後についてはシンプルだ。明確に、アルダが悪い。


『ヴィダ達は戦うつもりはなかったってのに、いきなり殺し合いを仕掛けるなんて、とても賛同できないね。

 ヴィダの行動が幾ら性急だったとしても、一刻も早くとめないと世界が滅びるとか、そんな問題じゃなかったはずなのにだ』

 ボティンから見れば、明らかに先に手を出したアルダが悪い。


 ヴィダがザッカートをアンデッド化させ、吸血鬼やグールを含めた新種族を生み出した。それをアルダが快く思わないのは、分かる。

 当時のアンデッドはほぼ……万どころか兆分の一の例外でもなければ生きとし生ける者の敵だったし、アルダはザッカートが魔王軍の邪悪な神の一部を味方に引き入れた時も、反対していた。


 しかし、だからと言って戦いを仕掛けて良い理由にはならない。魔王は封印されたのだから、もっとじっくり話し合っても……百年や二百年かけてもよかったはずだ。

 それに、アルダにだって非がある。教え導くべき勇者を暴走させ過ぎだし、ヴィダの言葉にもっと耳を傾けるべきだった。


『それに、新種族を排斥しようとしているのも気に食わないね! 別にヴィダの考えに賛同する訳じゃないけど、気に食わない!』

『……その心は?』

『決まってんだろう! あたしは母神だよ? 事の善悪、事情の有無以前に、認められる訳がないのさ!』


 ボティンは土属性の大神で、職人と母を司る女神だ。彼女にとって生まれた子を排斥するのは、どんな事情があっても許し難い罪だ。

 これは彼女の神としての性質なので、自分でもどうしようもない。


 ただ、全知全能から程遠い神よりも力の無い人間達の社会が、ままならない事は知っている。だからと言って無条件に許容する事は出来ないが、贖罪の意思があるならボティンはただ見守るだけだ。

 だが、アルダは人ではない、神である。


『人の子ならともかく、同じ大神のアルダに遠慮する理由はないよ。勿論、ザンタークの馬鹿とヴィダにも言いたい事はあるけどね』

『なるほど』

 神によって司っているものと教義が異なるのだから、是か否か判断する物差しが変わるのは当然だと、ヴァンダルーは納得した。


 そして二人の会話を見守る従属神達は、ここまで一柱も口を挟まなかった。彼等は止まっていた思考が再開したばかりで、情報の整理に専念している者や、彼女に賛同する者だからだ。


『戦いの後の事も、気に入らないね。確かに、十万年でよく世界を復興してくれたと思う。色々と手抜かりもあるが、寝ぼけていたあたし等が言えることじゃない。

 だが……十万年もずっとヴィダの子供達と争い続けるってのはどうなのさ。あたしに『頭が固すぎる』なんて思われたら、お終いだよ。まったく』


 ボティンはドワーフ達がそうであるように、頑固で保守的な側面を持つ。そんな彼女から見ても、アルダの行動は異常だった。

(焦って先走った挙句、視野が狭くなって自分が考えている事しか見えなくなったんだろうけれど。……どうしてそんなにロドコルテを信頼できるのかね? 昨日までと同じ事を今日も繰り返したからって、明日も今日と同じだとは限らないだろうに。

 それとも、他に選択肢が無いと決めてかかっているのかね?)


 そう胸の内で思案し、ボティンは『そう言う訳だから』と言って、結論を述べた。

『だけど、あんたの全てに賛成も出来ない。だから、危なっかしいあんたの味方をしよう』

 ヴァンダルーはそのボティンの言葉に、首を数回転ぶん捻った。


『……前後の言葉が繋がらない気がしますが?』

『そうかい? あんたみたいな子には一番効く手だと思うけどね』

 気に入らない、賛成できない、だからと言って殴り合うばかりが世の中ではない。正面に立って怒鳴り合うのではなく、肩を並べ意見を交わす方法もある。

 ヴァンダルーの場合は、それが特に有効だろうとボティンは見抜いていた。


『それに、危なっかしく見えるなら、支えてやれば良いってだけの話さ。十万年も寝ぼけていたって、あたしは神だからね。人間のあんたに、手でも肩でも幾らでも貸すさ』

 そして、危なっかしさに対する答えは力を貸す事だった。危なっかしいから反対するのではなく、危なっかしいから力を貸すのだ。


 何せボティンは神なのだから。危ない時に人間達から神頼みされる事には、慣れきっている。


『ただ、ヴィダの味方をする訳でも、アルダと戦う訳でもない。ただ、神としてあんたを応援するだけさ。

 わかったかい?』

 異形としか評せないヴァンダルーの魂に、ボティンは子供の頭を撫でるように触れた。


『理解できた、と思います。ありがとうございます』

 そう一礼するヴァンダルーだったが、ボティンの従属神達の一部が異を唱え出した。

『お待ちください! その判断こそが性急です。信者達からの思念では、神々の事情は分かりませぬ』

『まずは、アルダ殿達にも話を聞くべきです!』


 彼らの言う通り、信者達からの思念ではアルダ達が何を考えて今の状況になったのかは分からない。ヴァンダルーが直接会って話しているといって、片方の話だけを聞いて判断するのが良くないのは尤もな話だ。

『嫌だね』

 しかし、ボティンは従属神達の意見に首を横に振った。


『今のあいつとは、話し合いが出来る気がしないよ。面を見たら、あたしの方から殴っちまいそうだしね。

 そもそも、どんな事情があっても賛成できる気がしないし』

『そ、そのような事を言わずに……アルダ殿は母様の兄にして弟ではありませんか!』

『無理だね。あたしはそういう性質の神なんだよ』


『何を言われるのか……母様はその者の魂にヒルウィロウの残滓があるというだけで、贔屓しているだけではありませぬか!』

 従属神の一柱からの糾弾に、ボティンはあっさりと頷いた。

『そうだよ。それがどうかしたのかい?』


『えっ……?』

 あっけにとられて固まる従属神の肩を、それまで黙っていた他の従属神が掴んで下がらせる。

『勘違いをするな。神が公明正大で平等な存在だとでも思っていたのか』


 神とは、差別的な存在だ。気に入った者や優れた者、信仰心が厚い者達の中から選んだ一握りの人間に加護を与え、そうでない者には加護を与えないのだから。

 そもそも、司るものや教義が神ごとに異なる時点で、善悪の判断や評価する基準が異なるのだ。この時点で、公平でもなんでもない。


 選んだ勇者の残滓を宿している。それはボティンが加護を与えるのに、十分すぎる理由だった。


『従属神といっても、本当の意味で従属する必要はないんだ。どうしてもこの子が気に食わないなら、仕方ない。

 だけど、一つだけお願いだ。この子の敵に……あたしの敵にだけは回らないでおくれよ』


 ボティンの言葉に、異を唱えた従属神達の間に激震が走った。それはヴィダの味方でもアルダの敵でもないという彼女の言葉が、建前に過ぎないと彼女自身が告げたから。そして、たとえ自らの従属神であっても、アルダの味方になるなら敵とみなすという宣言だったからだ。


『それでもアルダの味方をしたいのなら、せめて奴を説得するなりなんなりして、ヴィダを敵視するのを辞めさせるぐらいの気概を持ちな。

 それなら、あたしも止めないさ』


 そこまで言われた従属神達は、肩を落として引き下がった。ヴァンダルーはそんな彼らを見ていたが、ここはボティンの顔を立てて何も仕掛けなかった。


『さて、じゃああんたには封印を解いてくれた礼に加護と二つ名を――』

『あ、二つ名は遠慮していいですか? もうかなりあるので……正直身に余っています。神像や壁画や地上絵は、もう十分だと思うのです』


『……あんたの方が、あたしより信仰されているみたいだね。でも、だったら尚更ここで受け取っておいた方が良いと思うよ。

 どうせ、あたしを解放した事が広まったら、新しい二つ名がつくだろうからね。だったら、今の内にどんな二つ名を受け取るか、自分で決めた方がマシだろう?』


 二つ名と言うのは、普通は本人である呼ばれる側ではなく、不特定大多数の呼ぶ側が決めるものだ。そして多くの場合、最初から一つに纏まってはいない。

 偉業を成した剣士を称える場合、強さを称えて『最強の戦士』と呼ぶ者がいれば、その剣の速さを称えて『最速の剣士』と呼ぶ者もいるだろう。他にもその容姿を称える者もいれば、偉業を達成した不屈の精神と勇気を称える者もいるだろう。


 それらの二つ名の中からどれがステータスに反映されるのかを選ぶのは、ステータスを司る神々ではない。ただ、複数の二つ名の中から最も支持されたものが、ステータスに表示されるのだ。

 だから、その時まで何が自分のステータスに反映されるのか、本人には分からない。


 ただし、発言力のある存在……神や一国の為政者から、二つ名を授けられた場合は別だ。その場合は、名づけた存在の権威によって大多数の民衆は、既に名づけられた二つ名で呼ぶからである。

 そうしたことを聞いたヴァンダルーは、『分かりました。では、お願いします』と手の平を返した。


『じゃあ、『女神の解放者』とでもするかね。ヴィダも解放したし、名前負けって事はないだろう。後、『大魔王』とでも名付けようか。

 グドゥラニスと同じ『魔王』ってのは、印象が悪いからね』


『あまり変わらない気がしますが……ありがとうございます』


『あと、これはお願いだけど……ザッカートの名前と一緒に、他の勇者の……ヒルウィロウの名前も継いでくれないかい? ミドルネームとしてさ』

 生まれ変わりと言うには、あまりにも輪廻転生を繰り返している。そして吸血鬼の始祖の片親であるザッカートとは違い、ヒルウィロウの血は一滴も流れてはいない。


 それでもボティンはそう言わずにはいられなかった。

『……俺でよければ』

 ヴァンダルーも彼女の気持ちを察して、頷いた。既に勇者の名前を継いでいるのだ。二人分になっても構いはしない。


『重ね重ね、礼を言うよ。ありがとう。……さ、あんたはもう外に戻りな。身体と分身が動いているたって、魂も動いた方が早いだろ』

 ボティンがそう言うと、ヴァンダルーの魂と肉体は音もなく姿を消した。封印の外に出たのだろう。


 そして、彼と入れ替わるように懐かしい顔が現れた。

『ボ――』

『せいやああああ!』

 その懐かしい顔の一つを、ボティンはぶん殴った。何か言いかけていた気がするが、言わせずその頬に握り拳をめり込ませ、そのまま振り抜いた。


『あぁ!? ザンターク様が飛んで行った!?』

『か、母様!? お、落ち着いてください、母様! あれは、色々混じっていますが多分ザンターク様です!』

『ご乱心! ボティン様ご乱心!』


 ヴァンダルーが居た時は静かに控えていた従属神達が、一斉にボティンを止めにかかる。今、彼らの心は一つになっていた。

『知ってるわ!』

 それを狙っていた訳ではないボティンは、組みついて自分を止めようとする従属神達を引きずりながら、姿を現した他の兄弟姉妹達に向き直った。


『うわぁ……覚悟を決めて現れたザンタークが、一瞬でボロ雑巾にされた』

『程々にしてやってほしい。これでザンタークが眠る事になるのは、流石に避けたい』

 唖然とする『空間と創造の神』ズルワーンに、無表情の『時と術の魔神』リクレント。


『ええっと……ごめんなさい!』

 そして、頭を下げる『生命と愛の女神』ヴィダである。

 ボティンはそのヴィダ……神話では自身の夫とされていて、共にドワーフを生み出したザンタークと交わり、魔人族や鬼人を生み出した姉にして妹に、にっこりと笑顔を向けた。


『いだだだだだだ!? いひゃいっ!?』

 そして両頬を強くつねった。

『よし。じゃあ、これで許す!』


『ひぇっ? ふぃふぃひょ?』

 驚いた様子のヴィダの頬から手を放して、ボティンは笑って頷いた。

『いいの、いいの。色々事情があったんだろうってのは、あたしにも分かるしね』


『それに、ボティンがヴィダとザンタークと揉め続けるのは、ヴィダの新種族間の問題になる可能性がある。そのせいで魔人族と鬼人族が肩身の狭い思いをするのは本意ではない。そんなところだろう』

『それに、当時は結婚って概念もあやふやだったから。神話や伝説によっては、我々神のカップリングも異なっていたし』


 ヴィダとザンタークが交わった当時、眠っていたリクレントとズルワーンは他人事のように論じている。

『あんた達は、相変わらず余計な口を……まあ、でもその通りだよ。殴って抓ったけど、本気で怒っている訳じゃない。この話はこれで終わりだ。

 あんたも、苦労したみたいだしね』

『……ありがとう、ボティン』


 手を握り合う女神たちの向こうで、立ち上がろうともがいている戦神。その姿に、リクレントは思わず『哀れな』と呟いた。

『それはともかく、こんな時に姿を現したんだ。再会の挨拶をしに来ただけじゃないんだろう?』

『勿論だ。この封印は完全な状態では内からも外からも、ヴァンダルー・アーク・ザッカート以外には手も足も出せないが……綻びが出来た今なら、我々も解呪に手を貸す事が出来る』


 グドゥラニスがボティン達を閉じ込めた封印は、アルダやベルウッドでもどうにもならず、魔王の大陸の濃厚な魔素の影響も遮断する程完全だった。しかし、リクレントが言ったように今はこうして大神達が入って来られる程綻びが広がっている。


 今なら、封印を解除する事が出来る。

 しかし、ボティンは訝しげに眉をしかめた。

『ヴァンダルー……アーク? ヴァンダルー・ヒルウィロウ・ザッカートの間違いだろう?』

『彼は他の勇者の名を継いでくれることを了承した。と、いう事はヒルウィロウだけではなくアークの名も継いでくれるだろう』


『いや、確かにそう頼んだけど……便乗するかい? 普通!?』

 リクレントの本人に無断で便乗する姿勢に思わず声をあげるボティンだが、リクレントはすまし顔で頷いた。

『今は言い争っている場合ではない。ヴァンダルーの仲間達は、今こうしている間も戦っているのだ』

 しかも、この物言いである。ボティンも、思わず『ザンタークと一緒に殴り飛ばせばよかった』と文句を述べた。


 しかし、事実なのでボティンも、そして彼女の従属神達も封印を解除するために力を練る。

『でも、そうなるとソルダだけ仲間外れになってしまうわね』

 ヴィダもそう言いながら力を込める。ヴァンダルーによって少しずつ魔力の壁が融解し、解け始めている封印に大きな亀裂が走った。


『気にする必要はないだろう。彼女はしたたかだから』

 そして、陶器が砕けるような音を響かせながら、封印は解けボティンは解放された。




《名前が、ヴァンダルー・アーク・ヒルウィロウ・ソルダ・ザッカートに変更されました!》

《【女神の解放者】の二つ名を獲得しました!》

《【魔王】の二つ名が、【大魔王】に変化しました!》

12月24日に次話を投稿します。

申し訳ありませんが、諸事情で年末年始は投稿をお休みさせていただきます。24日の次の投稿は、1月5日の予定です。すみません。

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― 新着の感想 ―
そもそも魔王の欠片を封じるだけで何もできない時点で、魔王以前に戻したいなんてのは寝言なんだよな 己の教義に従わない者を消し去りたいだけの方便に過ぎない
アルダの行き過ぎた「回帰主義」は他の兄弟姉妹たちから見ても異常に映るのか。 アルダぁ、おめぇ。どこか引き返せる段階で自分を顧みる必要があったなぁ。
[良い点] 確かに、アルダ神のほうが「悪い」と感じられますよね。 >『ヴィダ達は戦うつもりはなかったってのに、いきなり殺し合いを仕掛けるなんて、とても賛同できないね。 >ヴィダの行動が幾ら性急だった…
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