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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第十二章 魔王の大陸編
337/515

二百七十二話 賑わうアルクレムと欺く魔王

 『法命神』アルダは己の神域で、仲間達の元に戻り、再び試練に挑むハインツを複雑な心境で見守っていた。

『……いつの世も、人は神の思い通りにはいかないものだな』

 そうため息をつくと、『眠りの女神』ミルが『申し訳ありません』と謝罪した。


『説得はしたのですが、聞き入れてはもらえませんでした。ご指示通り、我々が知り得たヴァンダルーに関する情報をそのまま伝えたのですが……彼には我々と違うものが見えていたようです』

 アルダはミルに指示を出し、ハインツの迷いを断つために自らが持ち得るヴァンダルーの情報を彼に開示した。


 勿論アルダ達神々も、ヴァンダルーについて全てを知っている訳ではない。だが、ヴァンダルーが『堕ちた勇者』ザッカートを含めた勇者四人の魂の欠片を持つ事や、『輪廻転生の神』であるロドコルテの余計な干渉によってこの世界に遣わされた、異世界からの転生者である事も告げた。


 ミルグ盾国の遠征軍との戦いでゴルダン高司祭と、かつて仲間だったライリーをアンデッド化させ、罪もない開拓地の人々から土地と財産を奪い、街を襲撃した事。


 ハートナー公爵領で奴隷鉱山を消滅させて奴隷を奪い、開拓民を扇動して赤狼騎士団を壊滅させた事。サウロン公爵領では同じヴィダ信者であるはずのレイモンド・パリスを殺してその死体を利用し、原種吸血鬼グーバモンを滅ぼし【魔王の欠片】を奪った事。


 それら全てを伝えた。……全てアルダ勢力側から見た情報だったが、全て真実である。


 これでハインツの迷いは晴れ、ヴァンダルーが新たなグドゥラニスへとなる前に討伐しなければならないと、決意を新たにしてくれるはずだとミルは思っていた。

 だが、結果は逆でハインツはヴァンダルーを高く評価した。


 ゴルダン高司祭のように信仰心の厚い信者なら、ヴァンダルーの邪悪さに怒り、一刻も早く討伐しなければならないと決意を新たにするはずだった。

 しかし、ハインツはヴァンダルーに対して、「彼はヴィダの新種族は勿論、そうでない大勢の人々も助けている」と言い、それに比べて自分はと自嘲していた。


 ミルは、それは違うとハインツに語りかけ続けたが、彼の意思は治療が終わっても変わらなかった。


『構わん。我々は人々に教えを授けるが、それをどう受け取るのかは授けられた一人一人の意思に任せられている。

 それに、ヴァンダルーの所業にはハインツが言った通り、人々を助けている面もある』

『確かにそうかもしれませんが……それではヴァンダルーの存在をお認めになるのですか?』


『そうは言っていない。我の意思は変わらないが、ハインツが我と同じ意志を持つ必要はない。それだけの事だ』

 かつて、アルダ達神々は教え導く存在として人間を創造した。決して、ただ信仰を捧げさせるためのエネルギー源や、僕を創ったのではない。


 だから人間達には己の意思を持ち、思考する力が備えられている。だから人間達は時に堕落し、間違いを犯すが、それは人間の可能性の負の側面に過ぎない。

『ですが、ハインツがもし今の考えを変えなければ……』

『分かっている』


 ハインツは、ヴァンダルーの国の将来を危険視している。ヴァンダルーの導きによって纏まっている国から、核であるヴァンダルーがいなくなった時、どうなるのか。

 他の国でも為政者が突然倒れれば、危険な状態になる。事前に後継者を定めていても、分裂し内乱に発展。そのまま滅亡し、他国に吸収されてしまった例は、幾つもある。


 だがヴァンダルーの国、ヴィダル魔帝国には人間社会の国々には無い危険性がある。まず、ヴァンダルーを至高の存在であるとする、ヴァンダルー狂徒の存在だ。

 普通の国にも為政者に熱狂的な忠誠心を……信仰心と言い換えられる程崇拝する者が存在する。だが、ヴィダル魔帝国にはそのような者達が、異常なほど多いのだ。その数は、こうして危険視しているアルダやロドコルテの想像を遥かに上回っている。


 だがヴァンダルー狂徒以上にハインツが危険視しているのが、魔帝国を支える強力な魔物達、特にアンデッドだ。

 A級冒険者でも倒す事が難しく、一度暴れ出せば山を崩し、海を割り、空を覆い、地を埋め尽くす魔物達。それが野放しになってしまう。


 ヴァンダルーの死後も魔物達が、理性を保ち続けられるならいい。知能の高い種族ならそれも可能だろう。だが、魔物の中でもアンデッドにそれを期待する事は……信じる事は出来ない。

 何故なら、本来アンデッドは正気を保っている個体より、失っている個体の方が圧倒的に多い存在だ。生前に抱えていた未練や、死の間際に意識を満たしていた恐怖や絶望、憎悪や恨みを晴らす事に支配されているか、生きとし生ける存在を等しく憎み、攻撃する事しか頭にない。


 そうした状態からヴァンダルーの【導き】によって解放されたアンデッド達が、ヴァンダルーの後を追って自ら消滅するのならいい。だが、もし主人を失った事に寄る悲しみや絶望から狂ったら、【導き】を失った事で元の野良アンデッドに戻ったら、どれ程の脅威になるか想像も出来ない。


 ヴァンダルーが存在しなくなる、数百年から数千年後の未来の、今現在よりずっと強くなった『剣王』ボークスや骨人、クノッヘン、『蝕帝の猟犬』アイラや、属性ゴースト達。彼等が正気を失い、破壊と殺戮をばら撒けば、数え切れない数の村や町が……精強な軍によって守られた城塞であっても、瞬く間に瓦礫の山と化すだろう。


 その時の人間達に、彼等に対抗できる戦力があるか……彼らと同じ数だけのS級冒険者相当の実力者が何人いるのか。最悪の場合、バーンガイア大陸の知的生命体は絶滅し、第二の魔王の大陸と化すかもしれない。


 止めるのなら、今しかない。アルダ勢力の神々がヴァンダルー達を討伐すべく戦力を集め、鍛えている今でなければ、遠い未来に在るかもしれない破滅を防ぐ事は出来ない。


 だからハインツは、今の内にヴァンダルーに『自分が存在しなくなった時の備えはしているのか? しているとして、それはどんな備えなのか』を訊ね、確かめるつもりなのだ。彼が答えなければ、答えがあったとしても納得できなければ、倒してでも止めなければならないと覚悟して。


 だが、それはつまりヴァンダルーがハインツも納得できる答えを返せば、倒さないと言う事だ。

 その時ハインツはどうするつもりなのか? 彼はヴァンダルーの方がヴィダの新種族を助けるのに相応しく、自分達よりも多くの人を助けていると評価していた。そして、自身がヴァンダルーにとって母親の仇である事も認めている。


 それから推測すれば、彼は自らヴァンダルーに殺されようとするかもしれない。


『目覚めたベルウッドとの対話によって、ハインツが考えを変えれば……いや、過度に期待する事は出来ない』

 【導き】の効果を失っていると言う点では、ベルウッドも同じだからだ。勿論、それに代わる神としてのカリスマ性を備えているが、今のハインツを心変わりさせられる事が出来るかどうか。


 そこまで考えたアルダだったが、いつの間にか俯いていた顔を上げて首を横に振った。

『不安要素ばかり並べて思い悩んでも、状況は良くはならない。ベルウッドなら、我が勇者ならハインツに正しい道を示す事が出来るはずだ』


 ベルウッドに対する信頼を感じさせるアルダの言葉に、ミルは興味を覚えたようだった。

『失礼ながらアルダよ、ベルウッドとはそこまでの存在なのですか? かの英雄神を信じない訳ではありませんが、私は直接言葉を交わした事が無く……知っているのも、彼の強さを表す逸話が中心なので』


 ミルが『眠りの女神』に至った時には、ベルウッドは『罪鎖の悪神』と相打ちになって封印されていた。

 同じ戦闘系勇者のファーマウン・ゴルドとナインロードを上回る力量の持ち主であるベルウッドが、何故邪悪な神の一柱でしかない『罪鎖の悪神』と相打ちになったのか、神々の間でも話題になったものだ。


 ベルウッドが油断したのか、『罪鎖の悪神』が余程狡猾な罠を仕掛けたのか……。それはともかく、彼には英雄的な演説と戦いで人々を導く『英雄神』としての性質ばかり注目され、思い悩む信者を導くようなイメージは薄い印象があった。


『そうか。汝が神となった時には、ベルウッドは既に眠りについていたか。……ベルウッドの言葉には、人々に訴えかけ、奮い立たせる力があった。

 絶望に屈した者を再び魔王軍との戦いに奮い立たせ、魔王への恐怖から裏切ろうとした者を思いとどまらせる事が出来た。ザッカートの暴走は完全に止める事は出来なかったが……彼の言葉で勇気を得て、魔王軍との戦いに挑んだ者達は数知れない。

 それは、神々も同じだ』


『神々も、ですか? 肉体を持つ巨人や龍、獣王だけではなく?』

 ベルウッドがまさか人であった内から、神々までも動かしていた事に驚くミル。そんな彼女に、アルダは『その通りだ』と頷いた。


『我を含めた大神もまた、彼と言葉を交わして――』

 その時、アルダの神域に別の神が姿を現した。

『アルダよ、ご報告に上がりました』

『汝が直接か。『角笛の神』シリウスよ』


 シリウスと呼ばれた神は、まるで蛮人のような姿をしていた。狼の毛皮を被り、顔や胸に染料でペインティングを施し、腰には石で出来た手斧を差している。

 まるで戦神であるザンタークの従属神のように見えるが、彼はこれでも今は亡き『風と芸術の神』シザリオンの従属神、その中でも古株の神であった。


『はい。我が御使いと英霊達には、ボティンが眠る大陸の見張りを任せておりますので。魔王も、まだアルクレムにて戯れているのが確認されています。今離れても、問題はないかと。

 それで肝心の報告ですが……やはりバシャスは裏切り、ヴィダ派に転じたようです。ゼルゼリアと、ハムルも同じく』


 シリウスがもたらした重大な報告、この世界の維持と正義の為に結束していたはずのアルダ勢力の神々の中から、魔王ヴァンダルーを後押ししているヴィダ派に寝返る裏切り者が出た。

 驚愕のあまりミルは声をあげそうになったが、それを手で制してアルダはシリウスに聞き返した。

『……そうか。バシャス達の神域はどうなっている?』


『神域ごと移動したようです。既に我々が接触する事は困難かと。ただ、世界の管理と維持は継続して行っている痕跡があります』

『そうか。……此度の件は、バシャスらを境界山脈内部の監視の為に使い続けた、私の落ち度だ。バシャスの件で私以外が責任を覚える必要はないと伝え、その後再びボティンの守りに戻るように』


 シリウスは目礼すると、再びアルダの神域から退去した。それを見送った後、落ち着きを取り戻したミルが案じるような声でアルダに話しかけた。

『我が主よ、十万年以上前、魔王グドゥラニスに神々が寝返った事と同じ事が再び起こるのでしょうか?』

 魔王の恐怖に屈したルヴェズフォルや猪の獣王のような、裏切り者がこれからも出るのだろうか? その問いにアルダは答えられなかった。


『今は結束が必要な時。神々にはお互いの連携を密にし、ヴァンダルーとヴィダに付け入る隙を与えぬようにしなければならない』

 そう口にするだけだった。だが、胸中では別の事を考えていた。


(想定以上の困難を前にすると、痛感する。たとえ神だったとしても、中心になり皆を奮い立たせる象徴が必要なのだという事が。

 ハインツが十万年前のベルウッドのような象徴になってくれれば、この流れも止められるかもしれん)




 式典を終えた次の日、アルクレムではお祭り騒ぎの余韻が残っており、普段以上に賑わっていた。

 式典当日には間に合わなかったが、吟遊詩人は新たな英雄譚を作曲するために、商人は商機を求めて、各地の貴族の使いが都の無事をお祝いすると言う口実で情報収集の為に、続々と集まっている。


 また、公爵が『荒野の聖地』のボルガドン神殿の再建を約束したため、建設工事に関わる職に就こうと労働者も集まり始めていた。今はまだ近隣の村からだけだが、その内アルクレム公爵領全体から職を求めて人が集まる事だろう。


 それに悪神が残したとされる、魔王の欠片から発生した黒い巨大結晶群を調査するために、各地から魔術師ギルドの研究者達が派遣される事も決まっている。


 当分、アルクレムの賑わいは納まる事はないだろう。そうして集まって来た人々を獲物にしようとする賊も集まるだろうが、今のところ問題にはなっていなかった。

「は~い、串焼き五本お待ち」

「ゴブゴブの串焼きでござるよ~」

 そして広場では、今日も屋台が営業していた。


「冷やしたハーブティー、お待ちしました!」

「……いや、何であんたが売り子なんてやってるのさ」

 恰幅の良い中年女性、『たっぷりサンドイッチ』のサンディは、エプロン姿で串焼き屋台の売り子をしているダルシアに、眉間に皺を刻んでそう話しかけた。


「まあ、サンディさん。今日からゴブゴブの串焼きも始めたのよ、一つどうかしら?」

「ゴブゴブって、あの不味くないって噂のゴブリン肉かい!? じゃ、じゃあ一本もらおうかね」

 噂で聞いて興味を持っていたらしいサンディは、ダルシアから串を一本受け取ると、早速ぱくりとゴブゴブを食べ始める。


「ふぅん……これは……なかなか、不思議な味だね。見た目は紫でとても美味そうには見えないけど、まるで野菜みたいな歯ごたえで、塩気の利いたチーズソースと良く合っているし……。サンドイッチの具にしても良いかもしれないね。

 って、そうじゃない!」

 もぐもぐ食べながら食感や味を吟味し、サンドイッチに使えるか考え、一串分食べ終わってから、サンディは正気に返った。


「何で名誉貴族にまでなったあんたが、親子で屋台なんてしているんだいって聞いてるんだよ、あたしは!」

「そう言われても……私は冒険者じゃないし、神殿で仕事に就いている訳ではないから……。それに元々、私は息子の屋台で皆と一緒に働いているから、何でと聞かれても困ってしまうわ」

 そうサンディに答える、ダルシア・ザッカート名誉女伯爵。法律上は貴族であり、今のサンディのように、平民が怒鳴りつけていい身分の人間ではない。


 だが、彼女は今現在アルクレムの正門広場で親子揃って屋台を開き、調理された串焼きを、リーズナブルな値段設定で売っている。

 街の人々も最初は何かの冗談か、似た別人だろうと思い込もうとしたが……ダルシア達に隠す気が全く無かったので、現実を受け入れるしかなかった。


 そして、ダルシア達に気取る雰囲気が無かったので、「まあいいか」と以前サンディ達『アルクレム屋台五芒星』と決闘した時のように、普通に接する事にしたのだった。

 ……昨日の式典を見ていない、今日都に着いたばかりの冒険者や行商人の中には、本当に気がついていない者も多いようだが。


「カマキリの姉ちゃん! こっちにゴブゴブ串とオーク串を五本ずつ頼む! 後、果実水のお代わりも!」

「了解でござる! ただし、某はカマキリではなくエンプーサなので、それは覚えて帰るでござるよ!」

「なあ、酒は売ってないのかい? 昨日は出してくれたじゃないかよ~」

「この都は、特別な日以外は屋外で酒を飲むのは禁止でしょ。昨日は式典で、公爵様のお許しが出たから出しただけよ」


 もっとも、エンプーサのミューゼやグールのカチアもダルシアと一緒に売り子をしているので、ダルシアの関係者である事は分かっているようだが。

 名誉貴族になった親子が、新たに雇った店員と従魔を使って営業しているのだとでも思い込んでいるのかもしれない。


「色々あって、後数日は街から離れられなくなったでしょう? それで、折角だから滞在費を稼ぎながらヴィダの新種族や従魔について皆に知ってもらえたらいいかなって思ったのよ」

「滞在費って、名誉貴族なんだろう? 使用人付きの大きなお屋敷が貰えたりしないのかい?」

 驚いたように聞き返すサンディに、ダルシアは「貰えないのよ」と小さく首を横に振った。


「名誉伯爵になっても、急にお金持ちになる訳じゃないのよ。勲章が貰えて、私が伯爵位の貴族、ヴァンダルーが貴族の子弟と法的に同じ扱いになるだけで、領地や役職を貰える訳ではないの。年金は伯爵位の貴族と同額を貰えるけれど、うちは大所帯だから」


 名誉貴族とは、功績を遂げた冒険者や平民に、貴族と同じように扱うという名誉を与える、と言う制度である。そのため、勲章と身分、そして爵位に応じた年金を受け取る事が出来るが、それだけだ。

 文官や武官としての職を斡旋される訳でもなく、勿論領地も無い。


 だが、考えてみれば当然で、名誉貴族になる者にはそれまでの生活が在り、特に冒険者の場合はB級やA級冒険者である事が多く、既に並の法衣貴族を上回る財産を持っている事も珍しくない。

 それに名誉貴族には、非貴族の功績に報いる為とはいえ爵位を簡単に与えて、貴族が増え過ぎたら後々の統治に支障をきたすので、それを防ぐためと言う側面もある。


 そのため、名誉貴族に爵位に相応しい屋敷や金銭を与える制度は無かった。


「勿論、悪神討伐の報奨金は別に受け取っているから、本当にお金に困っている訳ではないのよ」

「じゃあ、後者の理由……ヴィダの新種族と従魔に親しみを持ってもらうため、かい?」

 ミューゼやカチアに声をかける様子を見ると、その試みは概ね成功しているようにサンディには思えた。

 他の面々は――。


「わー、脚がワキワキ動いてるー」

「揺れなーい」

「あまり拙者から身を乗り出さないようにするのだぞ」

 子供達を蜘蛛の下半身につけた特製の鞍に乗せて、屋台の周りを大きく一周するアラクネの大型種のギザニア。

 サンディが『地球』の遊園地等を知っていれば、ミニSLを思い浮かべたかもしれない。


「「「チュー」」」

「赤いネズミ!」

「今度は銀色のネズミちゃん!」

「俺は白いネズミ!」

 一方、マロル、ウルミ、スルガの鼠三姉妹は、三匹並んで地面に腹を付けて平べったく伸びており、大勢の子供以外にも見物人を集めている。


「「「チュッチュチュチュー!」」」

 そして、マロル達が一斉に後ろ足で立ち上がる。すると、マロルの腹の下敷きになっていたヴァンダルーの姿が露わになる。


「正解は赤いネズミのマロルの下でしたー! 当たった子には木苺をあげるから手を出してねー!」

 どうやら、ヴァンダルーを下敷きにしているのはどのネズミか、賭け……と言うよりクイズを行っているようだ。

 可愛らしい服装の小柄な少女……いや、ドワーフの女性が子供達に籠から木苺を配って行く。


 サンディはヴァンダルーが屋台から離れた場所に居たので、驚いて屋台を覗いてみると……串焼きを焼いていたのはヴァンダルーと同じくらいの背丈の、ユリアーナだった。

「なんだい、ユリアーナちゃんが焼いていたのかい」

「はい! 私も頑張らないといけませんからっ!」

「そうかい、頑張るんだよ。おばちゃんも応援しているからね……って、そうじゃなくて」


 娘より小さなユリアーナがお手伝いをしている姿に、ほっこりしたサンディは、我に返るとダルシアに向き直って訊ねた。

「理由は分かったけど、良いのかい? 別に屋台を開かなくったって、皆があんた達に興味を持っているんだから人は集まるよ?

 それに滞在費だって、あんたなら近くの魔境やダンジョンに行けば、十分稼げるんじゃないのかい?」


 サンディの言葉を否定する理由はない。実際、サイモンとナターニャはアーサー達とファングを連れて、冒険者ギルドの依頼を受けて魔境で狩りと採集を行っている。

 それにダルシアかヴァンダルー、片方一人だけでもついて行けば、滞在費を十分賄えるだけの収獲が望めるだろう。


「それはそうなのだけど……今の私は冒険者じゃないし、こうして働くのも好きなの」

 ダルシアがそう言うと、サンディは苦笑いを浮かべて今度こそ引き下がった。

「そう言われちゃあ、何も言えないね。世の中に仕事は幾らでもあるけど、好きな方法で稼ぐのが一番だからね」

 そう言って納得するサンディに、ダルシアは微笑みながら頷くが……実は嘘をついているので、多少罪悪感を覚えた。


「でも、気を付けるんだよ。中には名誉貴族なのに屋台を営業するなんて気にくわないって、妙な言いがかりを付けに来る輩がいるからね。

 そんな奴は――」

「妙な言いがかりとは、それこそが言いがかりと言うものだ」

 ダルシアに忠告しようとするサンディの声を、彼女の背後から発せられた、傲慢さが滲んでいる男の声が遮った。


 反射的に振り返ったサンディは、自分の後ろに立っていたのが護衛の騎士を二名引き連れた、見るからに貴族然とした青年である事にギョッとしてその場を飛び退く。

「まぁ、すごい」

 そのサンディの身軽さや、彼女が言いかけた忠告がすぐ現実になった事、そして青年が『言いがかりをつけて来る嫌な貴族』の見本のような姿である事、全てにダルシアは思わず感嘆の溜め息を漏らす。


 それをどう解釈したかは不明だが、青年は得意気に鼻を鳴らし、ダルシアに向かって慇懃に一礼した。

「お初にお目にかかる、ダルシア・ザッカート名誉女伯爵殿。私はピスコット・オーランブ子爵と申します」

「これはご丁寧な挨拶をありがとうございます。それで、ご注文はお決まりですか?」

 それに対してダルシアは朗らかにそう応じて注文を取ろうとした。


 何の迷いも見られない対応に、思わずピスコットと護衛の騎士達の動きが硬直する。

「ふ、ふざけるな! 屋台で売られているような粗野な料理が、オーランブ子爵家当主であるこの私の口に合うとでも思うのか!?」

「まあ、それは残念だわ。じゃあ、私は他のお客さんの注文を取りに行かないといけないので、失礼します」


 そうピスコットに小さく一礼して、動けなくなっていたサンディを連れてその場を離れようとしたダルシアだったが、彼女達の前を騎士達が立ち塞がった。


「ピスコット様に対して、無礼だぞ!」

「何処へ行くつもりだ!」

 剣こそ抜いていないが、武装した騎士の恫喝にサンディは震え上がり、ダルシアは……深いため息を吐いた。そして、彼女が少し本気を出せばすぐ肉塊に出来る騎士達の主人へ視線を向ける。


「まだ何かご用でしょうか? それとも、ご注文が決まりましたか?」

「君は、私を馬鹿にしているのか!?」

「いいえ、屋台の売り子として、相応しい対応をしているつもりよ」

 ダルシアはピスコットを馬鹿にしているつもりはなかった。だが、今彼女は串焼き屋台の売り子、いわゆるウェイトレスだ。ピスコットがお客ではなく注文しないのなら、それ以上応対する理由が無い。


 彼女もここが何処かの舞踏会の会場で、貴族として出席している立場だったらもっと他の対応をしていたのだろうが。もしくは、ピスコットが先にダルシアに用件を言えばいいのだが……。


「くっ、やはり私を馬鹿にしている! 名誉貴族位を得て、我々貴族の仲間入りをしたと高慢にも思い上がっているのかね!?」

「いえ、本当にそんなつもりでは……あの、それでご用件は?」

 しかし、ピスコットに用件を言い出す様子がないので、ダルシアは仕方なく促した。


 彼女にとって、ピスコットを馬鹿にしても面白い事は一つも無い。主従共に大声を出して他の客を怯えさせるし、仕事の邪魔をするので、出来るだけ早く立ち去って欲しいと言うのが正直なところだ。

「ぬぅ、いいだろう。私は、名誉貴族位を得た君が我々貴族の端くれとして、困る事のないようにと指導するのが真の貴族の務めだと、こうして注意をしに来たのだ!」


「……まあ」

 本当に名誉貴族になった私が、屋台の売り子をしているのが気に食わなくてやって来る貴族がいるなんてと、ダルシアは驚いた。


 だが、ピスコットは自分の言いたい事をダルシアが察したのだと誤解した。

「フッ、どうやらやっと理解したようだね。君が、如何に貴族としての品位を貶めているかと。分かったのなら、下らない屋台を畳みたまえ。ご子息にも、下賤な見世物を止めさせろ。

 君には私がオーランブ子爵家当主として、責任を持って貴族に相応しい立ち振る舞いを教えよう」


 そう得意気に言うと、ダルシアの肩に手を置こうとする。その瞬間、空間属性のゴースト達がオーランブの背後の空間を揺らめかせ、人気のない路地に潜んでいたブラガが短剣を抜き、ミューゼ達がそれとなく客や子供達の視線を遮ろうとする。


「その役目に、貴殿は相応しくないと思うが?」

 しかし、その前に冷たい女の声によって、オーランブ子爵は手を止めた。


「何だ、貴様は? 小汚い平民が、この私を誰だと――」

 苛立ちと共に声の主に視線を向けたピスコットは、色とりどりの飾りが付いた可愛らしい服を着たドワーフの女性を見て、目を丸くした。


「せ、『千刃の騎士』バルディリア・レッドゴーダ女伯爵!?」

 そう、クイズのアシスタントをしていたドワーフの女性は、鎧を脱ぎ可愛らしい服を着たバルディリアだったのだ。ピスコットは慌てて姿勢を正し、護衛の騎士達も急いで主君に倣う。


 自分よりも歴史のある、そして上の家柄の貴族で、更に公爵の側近であるバルディリアを前にしたピスコットの顔から、見る見るうちに傲慢さが剥がれ落ちていく。


「な、何故こんな所に!?」

「見ての通り、大恩あるダルシア様のお手伝いをしていたのだ。騎士団は副職を禁じているが、無償故に問題はない」

「そ、それでそのような恰好を?」


「ほぅ。そのような、か。貴殿は貴族の品位について強い拘りがあるようだが……私がその品位を汚しているとでも?」

 明るいピンクや水色のカラフルな、そしてフワフワして可愛いワンピースドレス姿のバルディリアに睨まれたピスコットは、彼女が放つ冷たい怒気に押されるように後ずさり、額に浮いた冷や汗を飛び散らせるような勢いで首を横に振った。


「宜しい。では、貴殿がダルシア様の指導役に相応しくない理由を教えてやろう。

 第一に! 面識すらない間柄の貴族家当主に面会するのに直接出向くのは、戦時中でもなければ重大なマナー違反だ! 前もって使者を遣わし、アポイントメントを取れ!

 第二に! 他家の当主を恫喝し、立ち塞がる騎士を叱責しないのは何故だ!? 主君の程度が知れると言うものだ!

 そして最後に、ご夫人に馴れ馴れしく触れようとするなど言語道断! 出直して来いっ、青二才が!」


「ヒ、ヒイィ!? も、申し訳ありませんでしたぁ!」

 バルディリアの怒声を受け、ピスコットは悲鳴のような声で謝罪すると、走って逃げ出した。騎士達も、「ピスコット様!」と慌ててついて行く。


「いいぞーっ、バルディリア様!」

「いよ、鬼教官!」

 いけ好かない貴族を追っ払ったバルディリアに、野次馬から惜しみない賞賛が贈られた。そして一旦屋台から距離を取ろうとした人々も、戻って食事を再開する。


「我が公爵領に仕える貴族の一人が、恥ずかしいところをお見せしました、ダルシア様」

「いいえ、バルディリアさんのお蔭で助かったわ。ところで……」

「ええ、どうやら奴はダルシア様に良からぬ事を考えて近づいたようです。名誉貴族は一代限りであるがため、自分達より下と考える輩はどこの公爵領にもいますが……奴はダルシア様の美貌と名声を利用しようとしたのでしょう」


 バルディリアが口にしたのは、貴族社会ではありがちな事であった。名誉貴族の爵位がどれほど高くても、代々爵位を継いできた自分達の方が格上の存在だと考える貴族は多い。

 先祖代々仕えて来た貴族達にとって、突然現れた名誉貴族が自分達と同等に扱われるのは、面白くない。実際、代々領地を治め、様々な役職についている貴族は国に対して貢献をしている。更に政治的な影響力やコネクション等は多くの場合名誉貴族よりも持っているので、完全な間違いではないのだが。


 それにしても、自分を真の貴族と自称して、名誉伯爵のダルシアを直接侮辱するのは、やり過ぎであった。


「いえ、そうではなくて、私の事は様付けじゃなくて、ダルシアって呼んでいいのよ?」

「ほ、本当ですか!? でも、そんな、いきなり呼び捨てなんて……!」

 何故か頬を染めて身体をくねらせるバルディリアに、ダルシアは「どうしたのかしら?」と首を傾げる。


 そしてサンディは、「全く、冷えた胆もあんた達のやり取りを聞いてすっかり戻っちまったよ」と言って、笑いだした。


『ジャア、くいずノ続キヲシマスヨー……ブグルル』

 それを眺めていたヴァンダルーの姿をした存在は、そう言って仕事に戻った。




 その頃、神々の目を欺いた本物のヴァンダルーは、セレンに出す返事を書くのを中止して、顔を上げた。

 幽霊船クワトロ号の甲板から、遥か彼方にだが影が見えて来たからだ。それを認めて、彼は満足気に頷く。

「魔王の大陸、発見」

8月22日に273話を投稿する予定です。

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― 新着の感想 ―
多分ベルウッドは導きか魅了スキルあってそれに神たちも導かれたんじゃないかな
居なくなったら云々とか、戦って殺そうとしてる側の言い訳始める事じゃないだろクソゴミ偽善者www ハインツはどこまで行ってもそのラインを越えられない小物、流されてやらされた事に死ぬまで言い訳続ける気だろ…
触らぬ神に祟りなしを神が破ろうとしているのは皮肉たっぷりジューシー
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