二百二十二話 グドゥラニスを弄ぶ存在達
【魂格滅闘術】を発動し、【具現化】した魂を纏って異形の姿となったヴァンダルーの言葉に、ビルカインは叫び返した。
「自分の欠片とお喋りとは……もう勝ったつもりか。このクソチビがああああ! 私を下に見るなあぁぁ!!」
なんと彼は拘束されていた四肢を自ら切断したのだ。
無属性魔術の【身体能力強化】を、意図的にアンバランスに施して骨と筋肉を断裂させ、無理矢理引き千切って拘束から脱出したのである。
通常の生物ならただの自殺行為だが、ビルカインは原種吸血鬼だ。胴体だけになった彼が飛行して建物から離れた時には、新しい手足が再生しつつある。
ビルカインを追おうとしたヴァンダルーだったが、彼が引き千切った両手足がやはり拘束を抜け出し、矢のように飛んでくるのに気がついて脚を止めた。
『【遠隔操作】スキルか』
ヴァンダルーは特に動揺せず、ビルカインの四肢を迎撃した。【死弾】や【投擲術】で手を、背中から伸ばした【魔王の節足】で足を打ち砕く。
そして再びビルカインを追おうとしたが、その瞬間身体が動かなくなった。それを見て空中のビルカインは胸中で喝采をあげる。
(馬鹿め! 拳の中に【魔王の影】を仕込んでおいたのさ!)
ビルカインも【遠隔操作】スキルで【魔王の欠片】を操る事が可能だった。魔術や【魔王の欠片】で肉と骨の欠片にされようと、影は消えない。
拳の中に忍んだ影が、形を変えて再びヴァンダルーを拘束したのだ。ビルカインはこの隙にヴァンダルーから少しでも距離を取ろうとする。
だが青白く光るヴァンダルーの霊体が眼前に現れた事で、前言を撤回する事になった。
『さっき気がついたのですが、お前が拘束できるのは物理的な存在……影が出来る物だけのようですね』
「えっべがあぁっ!?」
念のために、【幽体離脱】していたヴァンダルーの蹴りを顔面に受けたビルカインが、再び空中を華麗に舞う。攻撃が当たる瞬間だけ【具現化】したヴァンダルーの蹴りは影でも止められず、ビルカインの貴公子然とした美貌が一瞬で全損してしまった。
(だ、だが距離は取れた!)
ヴァンダルーの身体は、まだ影によって拘束されている。ビルカインは蹴り飛ばされた勢いを利用して空を飛び、【高速飛行】スキルまで発動させ、その場から離脱する事に成功した。
そしてヴァンダルーの姿が見えなくなってから、再生した新しい手で懐のアイテムボックスから、瓶に入れておいた処女の生き血を取り出し強引に飲み下す。
途端に顎だけでは無く頬骨まで陥没していた顔が再生し、折れていた首もコキリと音を立てて正常な角度に戻った。
生命力が高い……『地球』のゲーム風に言うなら、HPが桁外れに多い原種吸血鬼には、ポーションよりも血を飲んだ方が回復には効果的だ。
「回復は出来たが、やはり戦うのは拙い……しかし、これは……!」
本来ならビルカインはヴァンダルーと戦うつもりはなかった。少なくとも、雌雄を決しようなんて考えは欠片も無かった。
だがヴァンダルーと実際に相対すると、特にビルカインの思惑に逆らい自分を窮地に追い込む彼に対して怒りが、苛立ちと悔しさが沸き起こって来るのだ。
その激情がビルカインに降伏するという選択を取らせない。状況は最悪で、勝ち目は無く、逃亡すら蜘蛛の糸で綱渡りをするような真似をしなければならないと言うのに。
ヴァンダルーの靴を舐めてでも命乞いをし、それが叶わず殺された後アンデッドと成り果てたとしても、魂を砕かれ永遠に消滅するよりはマシではないかとすら考えている。
だがそれは絶対に出来ないと、ヴァンダルーを前にしたビルカインは激情に支配されるのだ。何時もの癇癪とは違う。ヴァンダルーに屈する事に、根源的な絶望と忌避感を覚え、怒りに突き動かされてしまう。
「そうだ、奴に屈する事は無い。私は【魔王の欠片】を使いこなしながら自我を完全に保っているのだ! 出来る、私にも奴と同じ事が!」
そう口に出せば激情は薄れ、己に対する自信が湧いてくる。その自信に突き動かされるように、ビルカインは【魔王の影】を発動して自分自身の身体に纏わせた。
「……出来たっ! 出来たぞっ! 奴と同じ事がっ! 最早奴には負けん!」
【魔王の影】で自分自身の肉体を支配し、肉体的な力を【魔王の影】の支配力で増幅する。黒い衣を全身に纏ったような姿になったビルカインは、全身を支配する万能感に高笑いをあげた。
もう逃げる必要も、戦いを避ける必要も無い。今すぐ戻って、ヴァンダルーを今度こそ殺し、奴が持っている欠片も手に入れてやる!
「勘違いもここまで来ると笑えるわね、グドゥラニス」
だが、聞き覚えのある声にビルカインは空中で立ち止まった。
『おや、誰かと思えばエレオノーラじゃないか。君もこの町に来ていたとは……ヴァンダルーは随分と君を躾けたようだ。
それに私が魔王だと? 随分と褒めてくれるじゃないか、この【魔王の影】を纏ったこの姿を』
今の自分の力量を見抜いたらしいかつての主人に、エレオノーラは冷たい笑みを向けた。
そんな彼女に続いて、ベルモンドとアイラも姿を現す。
『これはこれは、残りの『五犬衆』も揃ったか。どうやら、ヴァンダルーはテイマーとしての素質は私やテーネシアよりも上だったようだ。本当に良く飼い慣らされている』
そう侮蔑を向けるビルカインに、エレオノーラ達は思わず顔を見合わせる。
「……こいつ、急にヴァン様の事を褒め始めたわ」
『ええ、しかも誰もが認める当たり前の事を態々……』
「やはり正気では無いようですね」
皮肉を放ったはずのビルカインだが、エレオノーラ達にとってはそうとしか聞こえなかったようだ。
これまでビルカインを裏切った者達の内、エレオノーラのようなパターンの者は「私達はもうお前の家畜では無い!」と言い返し、少なからず冷静さを失って来たのだが。
『き、貴様等ぁ!』
だが今回冷静さを失ったのは、ビルカインの方だった。激高し、そのまま【魔王の影】を纏わせた黒い鉤爪でエレオノーラに向かって襲い掛かる。
そのスピードは【魔王の影】を纏った影響でこれまでよりも早く、激高しているとは思えない程無駄の無い動きだった。やはり、そうは見えないが【格闘術】の達人ということだろう。
それに対してエレオノーラは剣を鞘ごと構えるのでやっとだ。
(待て、鞘ごとだと?)
エレオノーラの挙動がおかしい事に気がついたビルカインだが、彼が何かする前に彼女の唇が言葉を紡いだ。
「変身!」
その瞬間装飾過多に見えた剣の鞘が生き物のように蠢き出し、エレオノーラの身体に装着される。その変化に危機感を持ったビルカインが、彼女の首に向かって鉤爪を振るう。
「やっぱり、昔のように恐ろしくは無いわね」
だが、その鉤爪は、エレオノーラの剣によって弾かれていた。硬さと柔軟さを両立させた、液体金属である冥銅の鎧を全身に纏った彼女は、驚愕するビルカインに対して攻勢に出る。
「【超加速】!」
時間属性魔術で自分の時間を加速させ、ビルカインに次々に武技を繰り出す。ビルカインはそれを殆ど防ぎ、一見すると互角の戦いが繰り広げられる。
(馬鹿な!? いくら奴に仕込まれたからと言って、見慣れないマジックアイテムを与えられたからと言って、貴種吸血鬼のエレオノーラが……僕の血を与えた『娘』が何故僕と、更なる進化に成功した僕と互角に渡り合える!?)
ビルカインは【魔王の影】を纏う事で力も早さも格段に上昇している。だと言うのに、エレオノーラと互角なのだ。吸血鬼になってまだ百年と経っていない小娘と。
いくらヴァンダルーの導きで強化されているとしても、異常過ぎる。
一方のエレオノーラは奇妙な気分だった。昔はビルカインが恐ろしかった。彼の機嫌さえ取っていれば、この世に恐れる者は何も無いと思える程だ。
実際、以前のエレオノーラの力量から考えればビルカインは次元が違う相手だ。戦いにもならず、また逃げる事も難しい。
だが、今はどうだろうか? 互角に剣を交える事が出来ているではないか。しかも、腹心達は彼から引き離され各個撃破されている。孤立無援で、その上袋のネズミだ。
油断している訳でも、侮っている訳でも無い。だけれども、絶対的な恐怖には程遠い。
彼女がヴァンダルーから感じる、身体の芯が痺れるような感覚と比べれば些末な感情でしかない。
「やはりっ、お前はヴァン様の足元にも及ばないわ!」
そう断言してエレオノーラが振るった剣は、受け止めようとしたビルカインの鉤爪を切断し彼の胸を深く切り裂いた。
『があぁ! よくも……! 優れた道具を与えられて調子に乗りやがって!』
ビルカインは斬られた胸を抱えるように俯き、エレオノーラは彼の無防備な後頭部に向かって更に剣を振り下ろそうとした。
しかし、ビルカインの身体に纏わりついていた【魔王の影】が、触手のように伸びて彼女に絡みつこうとしたので舌打ちを残して一旦後ろに下がる。
「知っているぞっ! それは異世界の技術だろう!? ヒルウィロウやソルダが話していたっ、異世界の、特殊な姿に変身する戦士! ライ――」
『黙れ、外道!』
「それ以上は言わせない!」
何か叫ぼうとしたビルカインだったが、それを遮ってアイラが投じた鎖が彼の身体に巻きついて締めあげ、ベルモンドの糸が四肢や胴体を輪切りにする。
「ちょっ!? まずは私が煽る手はずだったでしょう!?」
突然乱入した二人にエレオノーラが慌てて抗議するが、彼女達は悪びれる様子も無く言い返した。
「追い詰められていると言っても奴は、まだ人間社会の闇に君臨する大物です。そんな奴に魔法少女と呼ばれるのは避けねばなりませんでした」
『その通りよ。だけど、ヴァンダルー様と違う世界から召喚されたはずの勇者達も魔法少女について知っていたなんて…魔法少女は世界を超えて存在すると言うの?』
魔法少女関連の二つ名を獲得してしまう事や、ジョブが出現するような事は避けなければならなかったと主張するベルモンドに、異世界における魔法少女の存在に戦慄を覚えるアイラ。ビルカインは、魔法少女では無く別の特撮ヒーローの名前を出そうとしたようだが……タイミングが悪く気がつかなかったらしい。
そんな彼女達も、既にヴァンダルーとタレアの合作である変身装具を発動させていた。ベルモンドは、ボディスーツの上にいわゆる執事服らしい装飾を加えたシックな、アイラは枝分かれした鎖に締め付けられているようなボンテージのような服と鎧が混在しているような衣服に変化している。
以前ヴァンダルーが言ったように、エレオノーラも含めてその姿は魔法少女らしくないかもしれない。ただ、『地球』の特撮作品のヒーローや、悪役側の女幹部を連想させるかもしれない。
「き、きさ……ふざ……け!」
【魔王の影】で切断された身体を無理矢理繋ぎ止めているビルカインが、三人を睨みつける。しかし【魔王の影】で反撃しようにも、アイラの鎖もベルモンドの糸も既に彼から離れており影を伝う事は出来ない。
(どう言う事だ!? 傷が……再生が鈍い!)
ビルカインは、中々つながらない胴体や四肢に苛立ちを覚えた。先程は自ら切断した四肢を、瞬く間に再生する事が出来たと言うのに、今はやっと骨がくっつき始めようとしているところだ。
通常なら、数秒で切断された手足や胴体の接合が始まるだけでも尋常ではない再生能力だと言えるのだろう。だが、普段のビルカインからは考えられない事だ。
「私の……身体に……私に何をした!?」
これもお前達の仕業だろうと、決めつけて来るかつての主人にして吸血鬼としての『親』に、エレオノーラ達は視線を戻して言った。
「魔法少女はともかく……そろそろ限界のようね。わざと隙を見せても、攻撃どころか逃げもしないし」
『そうね。ヴァンダルー様の買い被りだったか、グドゥラニス』
エレオノーラ達はビルカインの再生能力を妨害するような何かは、何もしていなかった。ただ装具を使用して変身し、パワーアップして攻撃しただけなのだ。
「なんだと!? そんな、この僕が、ボクが、私が、限界だと!? これまでとでも、言いたいのか!? そんな、馬鹿な事が――」
『その通り、貴様は終わりだ、ビルカイン。いや、自らをビルカインだと思い込んでいる存在よ!』
その瞬間、ビルカインの精神に『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカの声が響いた。途端に彼の感覚は肉体から離れ、時間が引き伸ばされる。
(ヒヒリュシュカカ様!? お、お待ちくださいっ、これには訳が……私は貴方様の忠実な僕! 御身を裏切るつもりなど微塵もありません!)
自らが奉じて来た神の声に、ビルカインは咄嗟に心を二重構造にする。表面ではヒヒリュシュカカにへりくだりつつ、底では何とか邪神の怒りを買わないよう誤魔化し、その力をうまく利用して切り抜けられないかと思案する。
ヒヒリュシュカカはヴァンダルーの抹殺をビルカイン達に命じており、彼がヴァンダルーと不可侵の約束を結ぶことを目論んでいた事を知られれば、神罰を受けかねない。だから最近はヒヒリュシュカカに何を考えているのか覗かれないようにしていた。
モルトール達配下の思考から、ヒヒリュシュカカに自分の企みがばれる事は考えなかった。何故なら邪神の精神構造は人間と異なり過ぎ、モルトール達人間の枠に留まっている存在の思考を読み解く事が難しい事を知っていたからだ。
ヒヒリュシュカカが思考を読み取れる相手は、人間の枠を越え神の領域に近い存在、龍や真なる巨人と同じ亜神である原種吸血鬼達が殆どだった。だからばれていないとビルカインは考えていたのだが……。
『貴様の小賢しさは、我にとって好ましいぞ。ただただ忠実な者を眺めてもつまらぬ。舌の上で転がすには、あれやこれやと企む者の方が面白い』
しかし、実際には見抜かれていたようだ。
『今回の策も中々惜しかったな。特に奴の脳を操ろうした時は惜しかった。成功していれば、我が干渉して奴の脳を内側から掻き回してやったものを……』
ヒヒリュシュカカは全てを知った上で、ビルカインの企みを利用するために今まで様子を見ていた。礼拝堂で彼がヴァンダルーを影で拘束する、ずっと前から。
(な、ならば私にどうか御助力を! このままでは私は奴らに討ち取られ、御身の僕でヴァンダルーに対抗できる者はいなくなってしまいます!)
まだ邪神派の吸血鬼は数多く存在する。しかしその多くは従属種や、男爵未満の貴種でしかない。そうした有象無象を百人集めたところで、ヴァンダルーの相手にはならないだろう。
テーネシアとグーバモンも無く、めぼしい貴種吸血鬼もいないのなら、ヴァンダルーを殺すためにもビルカインを失う訳には行かないはずだ。
(私はまだ終わってはいない! 御身の力添えがあれば、この戦況を打破してご覧に入れます!)
そう訴えるビルカインだったが、ヒヒリュシュカカは愉快そうに笑いながら彼の言葉を否定した。
『いいや、貴様は終わりだと言っただろう。まだ気がついていないのか? 貴様の魔力と、そして特に肉体は限界に達しているのだ。
ヴァンダルーの猿真似、【魔王の影】を自身の肉体に装着し、肉体の機能の限界を精神で強引に超えさせたのが悪かったようだな』
ヒヒリュシュカカがそう指摘した通り、ビルカインの魔力は残り三割を切っていた。【魂格滅闘術】は【魔王の欠片】もそうだが、何よりもヴァンダルーの莫大な魔力が必要不可欠。その真似を練習も無しにいきなり実戦で行ったのだ。
魔力の加減も分からず浪費してしまうのは当然だった。
(ですから、それも御身の力があれば――)
『無理だと言っているだろう。我は万能無限の神ではないのだ、ククク! 特に貴様の肉体……貴様の精神に耐えられず生命力が摩耗しきった肉体を強引に復活させたところで、すぐ崩れ始めるぞ! そのビルカインの肉体は諦めるのだな、グドゥラニス!』
(な、何を言っているのです!? 私はグドゥラニスではない、原種吸血鬼が一人、ビルカインです!)
『ハハハハハハ、おかしなことを言う! では聞くが、貴様の【魔王侵食度】のレベルは10! 限界まで魔王グドゥラニスの魂の欠片に侵食された貴様の魂は、一体何者なのだ!?』
高笑いと共に投げかけられた問いに、ビルカインは頭を殴られたような衝撃を覚えた。それはヴァンダルーの回し蹴りや、エレオノーラの斬撃よりも大きく彼を揺るがした。
『自分は自我を保っていると思い込んでいたか? 貴様のヒステリーは、何時から起きるようになった? それは魔王の精神と原種吸血鬼の肉体が起こす拒絶反応によるものだと気がつかなかったか、グドゥラニス。
いや、貴様は【魔王の影】……魔王グドゥラニスの虚像! 影でしかないのだったな』
ビルカインの正体、それは魔王グドゥラニスの人格の影だった。人間の心理学に当てはめれば、ペルソナと呼ばれるものである。
ただ当然魔王の精神構造と人間のそれは大きく異なる。その上、【魔王の影】はグドゥラニスとしての記憶も知識も、感情すらも無い空虚な存在だ。
ビルカインを侵食して乗っ取ったが、そのままでは自分を保つ事が出来ないので、自分をビルカインだと思い込んで活動していた。それが彼だ。
だから彼は、ヴァンダルーに対して怒りや苛立ちを覚えたのである。本来なら自分の一部であるべき欠片を奪い吸収する存在に対して、根源的な拒否反応が出たのだろう。
「私がっ、この僕が、魔王グドゥラニスの影だっただと!?」
ビルカインの精神が現実に帰還し、時が通常の長さで流れはじめる。
「……やはり気がついてなかったのね。ヴァン様から言われたけど、そんな様子は無かったから半信半疑だったけれど」
エレオノーラには、ヒヒリュシュカカとビルカインの精神でのやり取りは聞こえていない。だが、ビルカインの叫びから大体の事情を察する事が出来た。
ヴァンダルーは、彼が「【魔王侵食度】が上限までレベルが上がっているが、自我を保っている」と自慢げに宣言した時から、ビルカインの精神は魔王に乗っ取られているのではないかと考えていた。
そこで念話で魔王と直接面識のあるグファドガーンに、グドゥラニスの言動を聞き、それを利用してこのダンジョンに誘い込んだのである。
『魔王グドゥラニスは冷静で策士としての面がありました。同時に自分の力に絶大な自信を持っており、自身に逆らう者、思い通りにならない存在に対して激しい怒りを覚える短気な面も持ち合わせていました。ですから部下の前で恥をかかせ、人質を掻っ攫えば必ず追って来るでしょう』
そして彼はグファドガーンが語った通りに行動した。
「嘘だっ、そんな馬鹿な事がっ、私は原種吸血鬼ビルカイン! 十万年以上前から邪神派の吸血鬼を纏めて来た三人の中の一人だっ! そうだろう!? そうだと言えぇっ!」
瞳孔の開いた目を見開き、辛うじて繋がっていた四肢や胴体の切断面がずれるのも構わず喚き散らす。
エレオノーラ達から見ればただ正体が明らかになっただけだが、彼にとっては精神的な柱を一瞬で全て圧し折られた衝撃の真実であり、自己の完全否定だ。
しかも彼の精神は歪みきっており、精神の崩壊に耐えるだけの強さを持たなかった。
『だからこそ、容易く乗っ取れると言うものだ』
ぼめ゛ぎりぃ。前触れも無くビルカインの肉体が歪んだ。
「あああああああっ!?」
『ハハハッ! ハーッハハハハハ! この十万年心地良かったぞ! かつてこの我を従属させた魔王グドゥラニス、その魂の一部を仕えさせ、弄ぶのは!』
ビルカインの口から絶叫とヒヒリュシュカカの哄笑が同時にあがる。
それを見たエレオノーラ達は、かつて『解放の悪神』ラヴォヴィファードがしたように、ヒヒリュシュカカがビルカインの肉体を寄り代に受肉しようとしているのだと気がつき、動いた。
「【遅滞】!」
「今です、旦那様!」
変貌しつつあるビルカインの肉体の時間をエレオノーラが時間属性魔術で遅らせ、ベルモンドが更に糸で締め付ける。
「ファイエル」
そこを、ずっと様子を伺っていたヴァンダルーが【魔王砲術】で狙い撃つ。
ヒヒリュシュカカが受肉しようとする事までは見抜いていなかったが、ビルカインが魔王グドゥラニスとしての力を隠している可能性があった。
それを引きずり出す為ビルカインの神経を刺激するのに適役のエレオノーラが、ベルモンドとアイラの三人で挑発し、その間ヴァンダルーは狙撃する準備を整えていたのだ。
左右の腕から生やした、凝固させた【魔王の血】製の銃口から、【魔王の角】の弾丸が放たれる。それは身動きが取れないでいるビルカインの頭部と胸の中心を的確に撃ち抜いた。
ビルカインの額と胸に小さな穴が空き、後頭部と背中から骨や脳漿、血肉が飛び散る。
『ハハハハハハ! 姿を見せないのはそういうことだろうと分かっていたぞ! ヒヒヒヒヒ!』
だが、ヒヒリュシュカカの哄笑は止まらない。どうやらビルカインの肉体の中に、スペアの脳と心臓を既に作り出していたようだ。
受肉した邪神は、肉体の影響を受ける。精神生命体だった頃には無かった、脳と心臓という急所を獲得してしまう。それを狙われる事をヒヒリュシュカカは警戒していたのだ。
しかし、不意打ちが不発に終わってもエレオノーラとベルモンドは拘束を解かない。
「では、三の矢を撃ちましょう」
そうヴァンダルーが言うと、彼が隠れていた建物の真横の建物の壁が左右に開き、中から大きな砲身が顔を出す。
『大砲型使い魔王、狙いよーし』
『砲弾型使い魔王、装填よーし』
『っ!?』
ビルカイン達の記憶から見ていた情報に無い大きさの砲身に驚愕したヒヒリュシュカカが、動揺し慌てて逃げようとする。
だがまだ変貌を完了していない上に魔術と糸で拘束されている彼は、身動きが取れない。
「ファイエル」
轟音を立てて大砲型使い魔王から【魔王の瘤】をベースにした砲弾型使い魔王が、撃ち出される。
同時に、アイラがエレオノーラとベルモンドを抱えて【高速飛行】スキルを使用し、ヒヒリュシュカカから距離を取る。
『うおおおおおおおおおおっ!?』
魔力と筋力の力押しで自由を取り戻したヒヒリュシュカカが、悲鳴をあげながら地面に降り立って逃げようとするが、砲弾型使い魔王はそれを追尾し、衝突する。
『【炎獄死】』
衝撃波だけで、街を模した広いダンジョンの階層全体が震えるほどの爆発。【魔王の瘤】の中に詰められた、火薬代わりの【魔王の脂肪】が燃える事で発生する獄炎が、火柱をあげる。
『ヴァンダルー様……これ、本物の町の中で使っていたら町が半壊するわよ』
エレオノーラとベルモンドを左右のわきに抱えたアイラが戻ってきて、そう言った。
ここは町を模しただけのダンジョンであるため、建物は爆発に巻き込まれて炎に飲み込まれても、ススと埃で汚れるだけだが、本物の建造物なら被害は甚大になっただろう。
アイラに短く礼を言って離れたエレオノーラは、燃え盛る火柱を見て頬を引き攣らせた。
「それより、マイルズやサリア達は巻き込まれていない? ビルカインの腹心達を追って始末しているはずだけど」
『ご心配なく、エレオノーラ。我々が光になって確認しましたが、私とチプラス、ベールケルト以外偽孤児院の方に戻っている』
「そして偽孤児院への衝撃波は、メリッサの【アイギス】で防ぐ手筈でしたね」
姿を隠したままの転生者でカオスエルフのメリッサは、ダンジョンの壁で創った建物の中で【アイギス】を使うのが役目だった。
本来なら彼女も戦いに参加する予定だったのだが……ビルカインが孤児院の人々を人質にとったため、グファドガーンと一緒に彼女達の保護の為に待機する事になっていた。
「彼女には損な役回りをさせてしまいましたから、次は前線で戦えるようにしないといけませんね」
「ヴァン様、メリッサだったら逆に喜んでいると思うわよ。彼女、戦いはそんなに好きじゃないみたいだから」
「そうでしたか。……まだみたいですね」
燃え盛る炎の中から、人型の影が飛び出してきた。
『ク、クハハハハ……終わるかと思ったがな。グドゥラニスを弄ぶと言う点では、汝の方が得意なようだ』
うじゅるうじゅると得体の知れない粘液を滴らせながら、ビルカインだった物が言葉を紡ぐ。
バラバラになった原種吸血鬼の肉体を、影と様々な大きさの黒い触手が繋ぎ止めている。とても正常な生命体には見えない。
「……【魔王の触手】をメレベベイルから奪ったのはお前でしたか」
『奪った? 負担を肩代わりしてやったのだよ』
爆発で砕かれたのか、鼻から下しか残っていないビルカインの顔でヒヒリュシュカカがそう言い返す。確かに【魔王の欠片】は武器であると同時に危険物でもあるが……『汚泥と触手の邪神』であるメレベベイルに最も相性の良い欠片を奪っている時点で、彼の言い分は通用しない。
「では、今度は俺が肩代わりします」
『断言したな。……貴様が今までどれ程の相手を倒して来たのか、全ては知らん。だが、我をそれと同じだと思うなよ!』
ヒヒリュシュカカがそう叫ぶと同時に、彼から放たれる殺気が増大する。同じ受肉した邪悪な神でも、『解放の悪神』ラヴォヴィファードとは、比べ物にならない。
ヒヒリュシュカカとラヴォヴィファード。神としてはほぼ同格だが、寄り代に使った肉体の質が異なる。ラヴォヴィファードはブギータスを短い期間で調整したが、ヒヒリュシュカカはビルカイン達原種吸血鬼をいざという時の寄り代として使うため、十万年以上当人達にも気がつかれないまま密かに調整し続けてきたのだ。
魂を完全にブギータスに降ろせなかったラヴォヴィファードに対して、ヒヒリュシュカカは自身の魂を完全にビルカインの肉体に降ろしている。
それだけでも大きな差だが、何より取り込んでいる魔王の欠片が違う。
『虚像とは言え魔王グドゥラニスの魂の欠片と、肉体の欠片が揃っている! 新たな魔王と名乗っても過言ではない!』
その全身から放たれる禍々しさは、確かに尋常ではない。今の彼なら、『五色の刃』全員を正面から相手にする事も、ヴァンダルーと互角以上の戦いを繰り広げる事も不可能ではないだろう。
しかし、ヴァンダルーは勿論エレオノーラ達にも動揺は見られない。
何故なら彼女がいるからである。
「では、神代の時代の戦いの再現と行きましょうか、ヒヒリュシュカカ」
ヒヒリュシュカカは新たに現れた、レオタードにスカートやリボン状の装飾が付いた奇妙な衣服を着た女ダークエルフに見える存在……ダルシアに気がついて硬直した。
『貴様……ヴィダか! 忌々しき女神よ! 良かろう、貴様が化身としているヴァンダルーの母を奴の見ている前で弄び、我が贄としてくれる!』
既に【女神降臨】を発動させているダルシアをヴィダの化身だと見抜いたヒヒリュシュカカに動揺が走る。
「とは言っても、直接戦った事は無かったけれど。……【身体能力極限強化】、【命神獣推参】!」
ダルシアが杖を掲げて自身の身体能力を極限まで高めると同時に、生命エネルギーで出来た神々しい獣を創りだす。
『っ! お、おおおおおお! 【超即応】! 【鋼体】! 【螺旋抜き手】!』
それに対してヒヒリュシュカカは、寄り代にしたビルカインの記憶から【鎧術】の武技を発動させた後、触手を指に見立てて束にし、それで抜き手を放つ。
「【回し受け】、【微塵切り】!」
だがダルシアは回転する触手の束を逸らして回避すると同時に、【混沌】スキルで腕を変化させて生やした短剣状の骨の刃……オリハルコンの刃で【竈流短剣術】の武技を発動。魔術で創り上げた命神獣と連携してヒヒリュシュカカの触手を一瞬で切り裂いた。
『馬鹿なっ!? 生命属性魔術はまだしも、何故貴様が武術を!?』
驚愕しながらも、ヒヒリュシュカカは触手に忍ばせていた【魔王の影】を使って彼女の影を縛ろうとする。
「【邪輝】」
だが、ヴァンダルーが唱えた光属性の死霊魔術によって【魔王の影】が蹴散らされてしまう。
そして神獣の牙と爪で身体を切り裂かれ、更にダルシアが背中に背負っていた短弓から放った矢に胸を打ち抜かれる。
『馬鹿なっ!? 降臨しただけのヴィダよりも、寄り代を乗っ取り受肉した我の方が地上で発揮できる力は上の筈だ! だと言うのに、なぜ我が圧倒される!?』
混乱したヒヒリュシュカカが叫ぶ通り、本来なら受肉して神としての力を完全に振るう事が出来る彼の方が、女神の一部を身体に降ろしているだけのダルシアよりも強いはずなのだ。
しかもヒヒリュシュカカはこの十万年の間に力を蓄え、魔王の配下だった頃よりも強くなっている。当時は存在しなかった【魔王の欠片】という武器もある。
『生命と愛の女神』であり、戦いとは無縁の筈のヴィダの化身に対して、劣勢に立たされるはずがないのだ。
『何故だ、ヴィダァァァ!?』
「それはね……私の方の名前を一度も呼ばないあなたには、理解できない理由よ!」
原種吸血鬼の記憶を読み、ビルカインの記憶を乗っ取っているヒヒリュシュカカはダルシアの名前を知っているはずだ。なのに、それを呼ばないヒヒリュシュカカに対して、ダルシアは両腕を翼に変化させて飛びかかり、蹴爪に変化した足で蹴りを放った。
「【飛翔脚】! 【竜尾一閃】!」
やはりオリハルコンの骨格を利用して作られた蹴爪に切り裂かれ、更に一瞬で生やした鱗に覆われた尻尾にスイングされてしまう。
ヴィダの一部を身体に降ろして女神の化身と化しているダルシアの主体は、当然ダルシアだ。彼女はヴィダの支援を受けながら自身の経験、自身のスキルを活用して戦う事が出来る。本来ヴィダが苦手なはずの肉弾戦もこなす事が出来るし、変化させた身体を武器にする事に何の問題も無い。
『ぐほぉがっ!?』
一方、地面に叩きつけられたヒヒリュシュカカは、ビルカインの肉体に受肉している。だからビルカインの記憶を乗っ取って、本来彼が使えないはずの武技も使う事が可能だ。
だが、その主体はあくまでも『悦命の邪神』ヒヒリュシュカカである。他者の命を嬲り、弄ぶ邪神の在り方に、地道なトレーニングや武術を習得し戦闘能力を向上させると言う発想は存在しない。
これがヒヒリュシュカカの想定していなかった差となって表れていた。特に、彼は【魔王の欠片】を発動する事によって強力な武器を手に入れたが、同時に【無属性魔術】以外の属性魔術の行使を封じられてしまっている。
そのため、差は更に顕著なものとなっている。
(だが、今【魔王の欠片】の発動を止めれば、限界を超えて損傷したビルカインの肉体はバラバラになってしまう! ここは一旦距離を取り、我が力で肉体の再生を――)
『暢気に寝ている暇は無いわよ!』
『何ぃっ!?』
地面に横たわったヒヒリュシュカカが立ち上がる前に、アイラの鎖が素早く巻きつき、彼を再び空中に投げ飛ばす。
「最早どこが急所だか分かりませんが――」
「再生しなくなるまで切り刻めばいいだけの事よ!」
宙を舞うヒヒリュシュカカを、ベルモンドの糸とエレオノーラの剣が切り刻む。【魔王の触手】もビルカインの一部も切断される。
「っ! そう、これよっ! これこそよ!」
残ったビルカインの頭部を破壊したエレオノーラは、何かを掴んだか目覚めたかしたらしい。目の色を変えて手にした剣の刃を見つめて叫んでいる。
『オノレェエエエ! 元ハ我ヲ奉ジテイタ身デ、節操ナク女神ト小僧ニ乗リ換エタ、尻軽共ガアアアア!』
ビルカインの頭部が破壊された事で、発声が不自由になったらしいヒヒリュシュカカが喚き立てる。まるでビルカインのヒステリーのようだった。だが、それは自身が発するものよりも更に重く、濃い禍々しい気配と声によって途切れた。
「第二砲台から第四砲台まで、砲弾型使い魔王装填、良し」
ヴァンダルーの声に気がついて我に返ったヒヒリュシュカカが、空中から周囲を見回すと、先程自分を爆砕しかけた砲塔が三つ、別々の建物の中から新たに出現していた。
『っ!? ま、待てっ! 降参だっ、我はお前に服従する! だから――』
「母さんを弄ぼうとし、俺の仲間を尻軽呼ばわりする邪神は信用に足りえない。……【邪輝砲弾】、ファイエル」
【死霊魔術】によってチプラス達が付与された砲弾型使い魔王が、轟音と共に射出される。
『ヒャハッハハハハハハ! 蜂の巣にしてやるぅぅぅ!』
『おお、主の魔力を注がれた今、我が輝きは、神を討つに至ったか!』
『悦命の邪神よ、かつての僕の成れの果てに焼かれるが良い!』
太陽が出現したかのような激しい閃光に呑まれて、ヒヒリュシュカカの姿は掻き消えた。
・名前:チプラス
・ランク:6
・種族:イビルブライトゴースト
・レベル:0
・二つ名:【蝕帝の名犬】
・パッシブスキル
霊体:5Lv
精神汚染:5Lv
光属性無効
光体操作:5Lv
魔力増大:1Lv
自己強化:隷属:10Lv
能力値強化:導き:3Lv
能力値強化:魔王の光:3Lv
実体化:3Lv
能力値強化:創造主:5Lv
・アクティブスキル
無属性魔術:3Lv
水属性魔術:10Lv
魔術制御:10Lv
格闘術:7Lv
高速飛行:6Lv
限界突破:10Lv
射出:4Lv
光属性魔術:1Lv
遠隔操作:4Lv
・ユニークスキル
ヴァンダルーの加護
・名前:ダローク
・ランク:6
・種族:イビルブライトゴースト
・レベル:0
・二つ名:【闘犬】
・パッシブスキル
霊体:5Lv
精神汚染:8Lv
光属性無効
光体操作:3Lv
魔力増大:1Lv
自己強化:隷属:10Lv
能力値強化:導き:4Lv
能力値強化:魔王の光:3Lv
実体化:3Lv
能力値強化:創造主:5Lv
・アクティブスキル
闘殺剣術:1Lv
格闘術:10Lv
弓術:3Lv
限界超越:1Lv
火属性魔術:7Lv
無属性魔術:1Lv
魔術制御:5Lv
射出:4Lv
光属性魔術:3Lv
・ユニークスキル
ヴァンダルーの加護
・名前:ベールケルト
・ランク:6
・種族:イビルブライトゴースト
・レベル:0
・二つ名:【狂犬】
・パッシブスキル
霊体:5Lv
精神汚染:10Lv
光属性無効
光体操作:7Lv
魔力増大:2Lv
殺業回復:10Lv
自己強化:隷属:10Lv
能力値強化:導き:4Lv
能力値強化:魔王の光:3Lv
実体化:1Lv
能力値強化:創造主:5Lv
・アクティブスキル
高速飛行:7Lv
射出:6Lv
限界突破:10Lv
光属性魔術:1Lv
魔術制御:1Lv
遠隔操作:7Lv
・ユニークスキル
ヴァンダルーの加護
魔物解説:イビルブライトゴースト ルチリアーノ著
読んで字の如く、邪な輝きの霊。師匠がチプラス達をウィスプからランクアップさせ、ゴースト→ライトゴースト→シャインゴーストになり、ビルカインの腹心を倒した事でブライトゴーストにランクアップ。その後、ヒヒリュシュカカとの戦いを経て至った魔物。
当然だが、ライトゴーストの辺りから新種の魔物である。
チプラスは大体生前の人格と記憶を取り戻しているが、ダロークは記憶と知識の欠損が酷く、ベールケルトはほぼ別人状態らしい。
そのためチプラスは水属性魔術を達人並に唱え、ダロークは剣術の上位スキルを持つなど高いスキルを持つが、ベールケルトにはそれが無い。
しかし代わりに発狂しているせいか、自身の霊体を操作するのが得意で、自分の一部を撃ちだす【射出】、その後操作する【遠隔操作】スキルを高レベルで取得している。
祝、文字数三百万越え!
11月8日に223話を投稿する予定です。




