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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第一章 ミルグ盾国編
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二十二話 終戦処理で眷属が増える

 その女は生ける屍のように寝台に横たわったまま、天井を眺めていた。

『そろそろ決着が付いたか?』

 生ける屍のようにとは、実はただの形容詞ではなく真実だった。その女は死んだばかりの死体に生命属性魔術で生命力を無理矢理注ぎ込み、鼓動と呼吸を再開させたライフデッドという存在だ。


 そして、冒険者【退廃】のルチリアーノがノーブルオークの動向を探るために、オークの生態と性欲の強さを利用して送り込んだ使い魔だった。

 ライフデッドのあまり鋭くない五感、主に聴覚を通して外の状況を探るが先程まで響いていた剣戟や雄叫び、断末魔の悲鳴が聞こえなくなっていた。


『グールは想像以上に善戦したな。これは大規模な討伐隊を組む必要はもう無いんじゃないか?』

 彼の雇い主のバルチェス子爵がミルグ盾国軍軍務卿、パルパペック伯爵に泣き付いて大規模な討伐部隊を組まなければならなくなったのは、この集落の魔物の群が五百体以上という異常な数を抱えているからだ。


 しかしグールとの戦いで数が三分の一程に減っていれば、C級冒険者のパーティーを十組程雇えば十分だろう。特に、ブゴガンの息子全員とオークジェネラルやオークメイジ等の幹部クラスが殆ど倒されたという報告がブゴガンに齎されていた事は、伝令の声が馬鹿デカかったお蔭でライフデッドの耳にも届いている。


 それならC級冒険者にとって強敵と言えるのはブゴガン本人くらいで、そのブゴガンにしてもランクは7。確かに竜種のアースドラゴンと同ランクだが、C級冒険者がパーティーを組んで攻略に当たれば倒せない相手ではない。

 そのC級冒険者だって雇うのは安くないが、それでも数百人の討伐隊を組むよりずっと安い。犠牲が出ても軍の騎士とは違って、臨時雇いが数人なら問題無い。


 そう思っていたルチリアーノだが、所有者本人が怒りに任せて破壊した家の中に何者かが入って来る気配に気がついて思考を中断した。

 戦いに勝利したブゴガンが戻って来たにしては、足音が小さいし気配は複数だ。戦いのどさくさに紛れてゴブリンでも入り込んだのだろうか?


「居たぞ、人間だ」

「……これ、生きてるのか?」

 だが、何と姿を現したのは獅子の頭を持つグール達だった。思わずルチリアーノは目を見開いた。

『まさか、グールがノーブルオークに勝ったのか!?』

 この森にはグールタイラントやグールエルダーメイジ等の上位グールは存在しないと聞いていたのに、ノーブルオーク相手に勝つなんて、ルチリアーノの予想を超えた結果だった。


 いや、ルチリアーノだけではない。ノーブルオークが支配する数百匹規模の魔物の群が魔境の内側の争いで消滅する可能性なんて、誰もが存在しないと思い込んでいた。

 だが、どれだけ信じ難くてもルチリアーノの視界からグール達の姿が消えるような事はない。


「今少し動いたぞ。生きてる」

「よし、他の人間の所に連れて行くぞ」

「待ちなさいっ、運ぶ前にせめて身体を隠すぐらいしてやりなさいよ」


 二匹の男グールに加えて、女グールも後からやって来た。彼女はブゴガンに犯される途中で放置されたままの、肌も露わなライフデッドの身体を寝台の毛皮で包んだ。

 そんな気遣いをルチリアーノは冷めた気分で眺めていた。


『グールが勝ったとなると、捕まっている女達を助ける事はもう不可能だな』

 グールが人間の肉を喰うのは、冒険者ならずとも誰でも知っている。きっとこれからグール達はオークが捕まえていた人間の女達を食材にして、戦勝を祝う宴でも開くのだろう。


 若しくは女達を儀式でグールにしてしまうかだが、どちらにしても助ける事はもう出来なくなる。

『まあ、助けられた後の事を考えれば、ここで殺されておいた方がずっと幸せだろうがね』

 彼女達はオークに汚された哀れな被害者だが、助けられた後不幸になる可能性の方が高い事をルチリアーノは知っていた。


 オークに囚われて一か月も経てば、オークの凄まじい性欲と劣悪な扱いで肉体だけではなく精神が深く傷つき、自力で立ち直るのは困難。そんな状態では冒険者に復帰するのは不可能だろうし、しようにも彼女達の装備は全てオークに奪われている。


 ギルドに預金があれば兎も角、囚われていた女冒険者達は全員D級以下だ。装備を全て新調できる蓄えは無いだろう。

 諦めて引退しても、オークに汚されたと知られれば『汚らわしい』と真面な縁談は来ないし、普通の職に就く事すら難しい。


 これが普通の村娘ならまだ行政府からの救済が期待できる。バルチェス子爵は、ルチリアーノの目から見ても貴族にしては良心的だ。一生面倒を見るような事は無いだろうが、一、二年は援助してくれるだろう。だが彼女達は冒険者だった。冒険者とは基本的に何があっても自己責任の職業であるため、行政からの救済も望み薄。良くて一月分の生活費を給付されるぐらいだろう。


 魔物に囚われたお嬢さんが勇者に助けられ、末永く幸せに暮らせるのは物語の中だけなのだ。

 尤も、『魔物に胎を貸した魔女』として処刑されたり、魔物を退治した冒険者の『戦利品』として奴隷商人に売り飛ばされたりした昔よりもずっとマシではあるのだが。


 ルチリアーノがそんな世の無常に思いを馳せていると、彼のライフデッドをグール達が運び始めた。これから喰われるのだろうが、幸いライフデッドには痛覚が無いので五感を共有しているルチリアーノは痛みを感じなくて済む。

 そのため彼はこのライフデッドが破壊されるまでに少しでも情報を集めるつもりだった。


『外はオークやコボルト、ゴブリンの死体だらけか。それに比べてグールの死体は見かけないな』

 戦いの様子を見ていなかったルチリアーノは、外で何があったのか殆ど知らない。それを補おうとライフデッドの眼球を動かして周囲の様子を探るが、それは彼にとって……正確には彼の雇い主のバルチェス子爵とパルパペック軍務卿にとって、気分が暗くなるような情報ばかりだった。


 グール側の損傷は見る限り軽微で、数は百以上。そして何故かどのグールも良い武装をしていて、中にはマジックアイテムらしい武器を持っている個体もいる。


「これもキングのお蔭だ。一対一でノーブルオークの頭を倒した、最強のキング!」

「グールキング万歳! ヴァンダルー万歳!」

 しかも勝利に興奮しているグールがそう叫んでいるのが聞こえた。


 つまりグールにキングが現れ、その個体は統率能力と指揮能力に優れ、グール達にそこらの兵士よりずっと優れた武装を調達できる何らかの方法があって、更にランク7の魔物と一対一で戦い勝つだけの力があると。

『……このライフデッドが破壊されたら、土下座してでも仕事の延長を断ろう』

 そんなキングに統率された百匹以上のグールの群れと戦うなんて、絶対に御免被る。幾ら金貨を積まれても、自分が死んでは使えない。


 そういえば何故か集落の外壁が無くなって、代わりに丸太がそこかしこに転がっているのもそのグールキングの仕業なのだろうか?

『しかし、グールのキングは複数の集落を纏める時にだけなる称号のようなものだったと聞いた事があるが……』

 すっと、ライフデッドが比較的無事な建物の床に降ろされた。


「ここで待ってろ。すぐ、ヴァンダルーが来る」

 そう言って、ライフデッドを運んでいたグール達は離れて行った。見張りに残らないのは、敵とはみなされていないからだろう。


『まあ、グールにとっては敵ではなく餌だろうが』

 周囲には十数人の女達が集められていた。全員が人種で、そして瞳が死んでいて手足や顔にまで痣がある。

「ぁぁ……ぁ……い……やあ……」

「ううっ、うああっ……ひっぐ……あああ……」

「殺して……もう……殺してよぉ……」


 【退廃】なんて二つ名で呼ばれるルチリアーノでも、耳を塞ぎたくなる啜り泣きや力の無い呟き。やはり彼女達はオークに囚われていた女冒険者のようだ。

 冒険者だけあって一般人の女性よりも精神的にも肉体的にもタフなはずだが、見事に壊されている。


 そんな彼女達が生きたまま喰われる様子は流石に見たくないので、できれば楽に殺してやって欲しいものだ。

「っ!?」

 そんな事を思っていたルチリアーノは、ぎょっとした。彼の視界に何時の間にか、自分をじっと見つめる子供がいたからだ。


 真紅と紫紺のオッドアイが、じっと見つめている。その子供はとても幼く、三歳程にしか見えない。それが何故こんな所に居るのか。

『こいつ、ダンピールか? 何故ダンピールの子供が居る? こいつの親は何処だ? ノーブルオークの配下に従属種吸血鬼は居なかった、まさかグールと組んでいるのか?』


 そんな疑問がルチリアーノの脳裏に浮かぶが、ダンピールの子供が発した言葉にそれらは掻き消されてしまった。

「あなたは、何故そこに入っているんですか? それは他人の身体でしょう」

『これがライフデッドだと見破られただと!? そんな馬鹿なっ、私の術は簡単にバレるようなものではないのに!』

 驚愕するルチリアーノに、ダンピールが近づいてくる。


「あなたの横に、その女の人の霊が憑いていますよ。身体を返せ、私を汚すなって」

『霊が見えているのか、こいつ霊媒師か!』

 優れた生命属性魔術師であるルチリアーノだが、霊媒師のジョブに就いていない彼には霊は見えない。だからライフデッドの材料にした死体の霊が憑いている事に、今まで気がつけなかった。


 これはもう誤魔化せないとルチリアーノは諦めた。っと、同時に彼にはまだ余裕があった。何故ならルチリアーノは魔術でこのライフデッドと五感を共有しているだけで、この場にいる訳ではないのだ。

 意識を戻すだけで、ルチリアーノは魔境から逃げる事が出来る。後に残ったライフデッドにこのダンピールが何をしても、彼は痛くも痒くもない。


「逃げないでくださいよ」

 しかし、ライフデッドの身体にダンピールの手がずぶりと入り込んだ。その冷たい手が、ルチリアーノの意識を鷲掴みにする。

「ガ!? な、何ヲしタ!?」

 慌てて意識をライフデッドから本来の身体に戻そうとしても、何故か戻らない。感じるはずの無い圧迫感と不快感を覚え、ルチリアーノは悲鳴を上げた。


「質問に答えてもらえますか?」

 質問に答えずルチリアーノは抵抗を試みたが、本来の身体ではなくライフデッドに意識を移していたのが災いして碌に魔術を使う事が出来ない。

「わ、私ハ冒険者だ。この、オークの集落の情報を探るタメ、このライフデッドを使っタ」


 このままでは何をされるか分からないという危機感から、ルチリアーノは白状する事にした。

「……詳しく話してください」




 ヴァンダルーはルチリアーノから、既にこの辺りの領主であるバルチェス子爵、そしてミルグ盾国の軍務卿パルパペック伯爵に、ブゴガンの大集落の存在とその野望が町を襲撃する事だと情報が伝わっている事を聞きだし、更にパルパペック伯爵主導で大規模な討伐隊を組織する動きがあると聞いて、頭痛を覚えた。


 ノーブルオークさえ排除すれば、グール達は問題無くこの魔境で暮らしていけると思っていた。主だったオークが排除されれば、この魔境の生態系の頂点に君臨するのは当然ザディリス達グールになるからだ。

 勿論これまで通り冒険者は来るだろうが、一度に来るのは精々多くても数パーティーでその頻度も低い。数人のグールがやられる事はあるかもしれないが、集落全てが討伐される程の脅威ではない。


 しかし既にブゴガンの脅威を人間側の、それも国の上層部が知っていて大規模な討伐隊を派遣する計画があるとなると、ヴァンダルーの予想は大きく崩れる。

「ノーブルオークの集落が壊滅したのを知ったら、軍務卿はその計画を中止しますか?」

 その質問に、ルチリアーノはライフデッドの顔を強張らせたまましばし沈黙し、諦めるように答えた。

「私ハ、ただの冒険者ダ。指揮権も決定権モ無い。ダガ、軍務卿は計画を中止しないト思う」


 でしょうねと、ヴァンダルーは息を吐いた。

 人間社会に直接の脅威となっていたノーブルオークは、今日排除された。配下のジェネラルやメイジといった主だったオークは全て死に、何匹かオークや奴隷のゴブリンやコボルトが逃げていたとしても、それは大した脅威にはならないだろう。


 しかしパルパペック軍務卿と領主のバルチェス子爵にしてみれば、脅威の対象がオークからグールに替わっただけの話だ。

 最低でもランク6のノーブルオークが複数いた、合計五百匹以上の魔物の群れを蹴散らしたグールキングに率いられたグールの大軍。そのグールが人間社会の脅威にならないと何故言い切れるのか?


 人間にとってグールもオークも同じ魔物である以上、町から三日の距離にある魔境に数百規模の魔物の群れが存在していれば、それだけで脅威なのだ。

 しかも、ダンピールがそのグールの群れに居ると知られればアルダ教の連中が介入してくる可能性が高い。特にゴルダン高司祭のような吸血鬼専門の聖職者が。


 それはヴァンダルーにとって、母の仇であるゴルダン高司祭を殺すチャンスかもしれない。しかし、その仇を殺す力が自分に在るかというと、まだ彼には自信が無かった。

 ダルシアを火炙りにした当時、ゴルダンは冒険者ランクでB級に匹敵する実力があったらしい。それが本当なら、ゴルダンはランク7のブゴガンと一対一で戦い、ほぼ確実に勝つ事が出来る。ヴァンダルーのように、肉も臓腑も切らせるような奇策を弄する事無く。


 だから、余程の幸運に恵まれない限りヴァンダルーは勝てないだろう。そして幸運こそ、彼に最も足りない物である。


 だからこのチャンスを見逃す事に躊躇いは無い。寧ろ、積極的に潰したい。

(でも潰す手段が無い)

 ルチリアーノにしっかり顔を、ダンピールの特徴であるオッドアイを見られてしまった。

 彼はライフデッドを使い魔にして意識を一時的に移し、五感を共有しているだけだ。彼の本体はここから離れた町の中に在る。そのため彼の口を封じる手段をヴァンダルーは持っていなかった。


 ルチリアーノは逃げられない事と何をされるか分からないという恐怖心から素直に情報を吐いたが、実はヴァンダルーは彼がライフデッドから意識を本体に戻さないように止める事しか出来ないのだ。しかも、そうしている間常にこうしてライフデッドに【霊体化】した腕を突っ込んでいなければならないため、何時間も止めておけない。

 このまま不眠不休でルチリアーノをライフデッドに止め続けて、彼の本体が餓死するのを待つなんて絶対に無理だ。


 そうなると残る方法は情に訴えるか買収するか脅すかして、口をつぐんでもらうぐらいだが……情は却下。ルチリアーノがどんな人間性をしているかは知らないが、仮に博愛主義者であったとしても彼は依頼を受けて動いている。それに反してヴァンダルー達の事を黙っていれば、後で露見した時冒険者ギルドからの制裁どころか首に懸賞金がかけられかねない。

 そんな危険は冒してくれないだろう。


 買収も却下だ。ヴァンダルーがどんな利益をルチリアーノに約束しても、彼からすれば雇い主の貴族から受け取る正当な報酬と評価の方が望ましいはず。無意味に危険を冒す真似はしないだろう。

 残ったのは脅しだが、これも効果的ではない。今はヴァンダルーに怯えているルチリアーノだが、元の身体に戻ったら、一切ヴァンダルーは彼に手出しできないからだ。


 言葉だけで脅す事ならできるが、それは逆効果だとヴァンダルーは思い込んでいた。

(三歳に満たない子供に脅されて怖がる大人が何処にいる)

 実際には、外見や雰囲気の異様さのせいでかなり怖いのだが。


 情報の隠蔽は無理だと思考を切り替えたヴァンダルーは、当初の質問に戻る。

「何のためにこの人の中に入っているのかは分かりました。それで、この人を殺したんですか?」

 この人……ライフデッドは見た限り若くて、オークに捕まっていたにしては健康的に見えた。致命傷を治療した痕も無さそうだ。

 だったら意図的に殺されたとしか思えない。


 この女の人をライフデッドにするために、お前が殺したのか? そう聞かれている事に気が付いたルチリアーノは首を横に振った。

「違ウ、私は、領主が用意シタ死体をライフデッドにしただけダ! この女ガ、何で死んだのかなんテ、知らない!」

『こいつの言っている事は、本当?』

 そうライフデッドの肉体の本来の主に聞くが、彼女は『身体を盗られた!』『私の身体っ、返して! これ以上汚さないで!』と繰り返し主張するだけで要領を得ない。


 死後一か月以上経っているようだし、その間自分の身体がブゴガンに凌辱されているのを延々見せ続けられたのだから精神が壊れるのも無理はないか。

「……分かりました。今回は見逃します。でも、次に見かけたら殺します」


「っ!」

 手を放すと、ルチリアーノの意識がすぐにライフデッドから離れて行った。それまで怯えた表情を浮かべていたライフデッドから表情が消えると、ピクリとも動かなくなった。

 元の死体に戻ったのかとも思ったが、まだ呼吸も鼓動も続けているようだ。多分、込められた魔力が無くなるまでは術者が離れてもライフデッドのままなのだろう。


『ありがとう、私の身体、取り返せた』

「どういたしまして。それでこれからどうします?」

『これから? 私、もう死んでる、これからなんて……』

「生まれ変わるつもりはありませんか?」


『えっ? それってどういう意味なの? 死んだ人は皆、何時か新しい命を神様から頂いて生まれ変わるのよ』

 このラムダには、輪廻転生の概念がある。ロドコルテの名は知られていないが、死んだ魂が何時か新たに生まれ変わるという話は誰でも知っている。

 なので彼女は当然これから成仏して死後の世界に行けば、何時か生まれ変わると常識のように思っていた。それを何故態々聞くのだろうと疑問に思ったのだ。


「俺が言いたいのは、今すぐ生まれ変わって新しい人生を手に入れるつもりはないかという事です」

『今すぐ? そんな事が出来るの?』

「はい。俺はあなたを生き返す事は出来ません。ですが、都合良くあなたの中に新しい命が宿っています」

 ぐったりと横たわるライフデッドの中に、まだ胎児とも言い難い小さな生命反応がある事にヴァンダルーは気がついていた。


 その中に宿ってそのまま生まれ変わるつもりはないかと、彼女に聞いているのだ。

『私に、オークになれって言うの!?』

 【死属性魅了】の効果と身体を取り戻した事で友好的だった女の霊だが、ヴァンダルーの提案には流石に拒否感を滲ませた。


 死後とはいえ自分の身体を凌辱した相手の子供に、それもオークに生まれ変われと言うのは拷問だろう。実際、ヴァンダルーも「このまま成仏するのと今すぐオークに生まれ変わるのと、どっちが良い?」なんて聞かれたら速攻で成仏を選ぶ。


「大丈夫です、ノーブルオークの因子は出来るだけ削りますから。オークにはなりません」

『そんな事出来るの? オークの血が入ると、その子供は絶対にオークになるのよ』

「できます。ちょっとなら経験がありますから」


 しかしヴァンダルーには動物や植物、人間の品種改良の経験があった。正確には、死属性魔術でそういう事が出来ると知っていた。

 オリジンで行われた実験で、死属性の魔力で遺伝子の一部だけを殺す事で品種改良が出来るかという研究が行われた事があり、その試みは成功した。


 ロバとラバの混血で宿った胎児の中にあるラバの遺伝子を殺して、完全なロバの子を作りだした。

 病気と寒さに強いが暑さに弱い品種と、暑さに強いが病気に弱い品種を掛け合わせて出来た種の遺伝子から余計な部分を削り、病気にも寒さにも暑さにも強い品種の種を作った。


 同じ事を家畜や、人種の違う人間の精子と卵子から出来た受精卵等に行い、九割以上の確率で望んだ結果を出した。

 お蔭でヴァンダルーを捕えていた研究所を要する軍事国家は農業や畜産業で発展し、更に数々の遺伝病を克服して医療大国として名を馳せたのだった。


(俺が死んだ後、どうなったか分からないけどな)

 そう暗い期待が籠っている呟きは胸の中に納めて、彼女を安心させるために説明を続ける。

「精子と卵子が受精する前か直後なら完璧ですけど、もう子宮に定着してから暫く経っていますから完全な人種には出来ません。でも、ノーブルオークと同種とは思えない程人種寄りの子供になるはずです」


『獣人みたいになるって事?』

「……俺は獣人を見た事が無いので、断言はできませんが」

 そう言うと、彼女は黙り込んだ。深く考えているのだろう。


 ヴァンダルーは、彼女が答えを出すまでじっと待った。それはこれが純粋な善意であり、人助けだからではない。彼にとって、彼女がこの「生まれ変わり」を選んでくれれば都合が良いからだ。


 ヴァンダルーの目的は敵討ち、この世界に転生してくるチート共相手に生き残る事、そして母ダルシアの復活だ。

 そのための手段の一つとしてヴァンダルーはダルシアの霊を、霊に適性の高い受精卵に憑依させる疑似転生を考えていた。


 ダルシアの霊と適性の高い受精卵は、彼女自身の身体が灰になってしまっているため見つかる見込みはほぼ無い。だからあまり現実的ではない方法だ。しかし、手札は多いに越した事はない。


 ただこのラムダでもオリジンで行った時のように上手くいくとは限らない。この世界の生物に遺伝子やDNAがあるか否か、あったとしてそれはオリジンの生物と同じなのか、ヴァンダルーは知らないからだ。

 それを確かめるための実験台として、彼女を使おうとしているのだ。


 だからヴァンダルーは悩む彼女に対して無言のまま、ただ待つ。事情を話したら、【死属性魅了】スキルの効果で彼女が首を縦に振ってしまうだろうから。だからといって、嘘はつきたくない。

 何とも偽善的だ。それを自覚しているため、もし彼女が協力してくれたら結果がどうなっても彼女の新しい人生を助けるのが道理だろうと、ヴァンダルーは思っていた。


『決めました、生まれ変わらせてください』

「分かりました。最善を尽くします」

 再び腕を【霊体化】して、ライフデッドの下腹部に腕を埋める。そして子宮の中に息づく、小指の先より小さな胎児に魔力を通し、その状態を探る。


 胎児からは殆ど人種の因子を感じない。ほぼノーブルオークの因子で、このまま育ったらノーブルオークになるのは確実だろう。

 以前ヴァンダルーが推測した通り、オークやノーブルオークの生殖は普通の物とは違い、オークの因子が母体の因子を吸収する形で胎児が育つようだ。


 だったらその関係を逆にしてしまえばいい。ノーブルオークの因子に死属性の魔力を与えて弱め、人種の因子からは逆に弱くなるのを止めて強まるように促す。そして胎児が死ぬ事も止めれば、後は人種寄りの子供が産まれるという訳だ。

『……魔術制御スキルを覚えておいて良かった』

 各種実験器具が無い状態で実行するのは、とても難しかった。普段のように魔力のゴリ押しで何とかなるものではなかったからだ。


 そんな事をすればこの脆い胎児は潰れてしまう。とにかく繊細に、細胞一つ一つの因子を選別し処置を施していく。

「では、また会いましょう」

 そして名前も知らない彼女の霊を胎児の中に宿らせた。そういえば、地球では人に魂が宿るのはどの段階からなのか……受精卵からなのかそれとも胎児になってからか、若しくは母親から生まれた瞬間かと、議論が起きていたらしい。


 ラムダにおける魂が人に宿るタイミングは、今回のケースでは今この瞬間になる訳かと、大して意味の無い事をヴァンダルーは思った。

 そしてライフデッドに追加で魔力を譲渡しておく。ルチリアーノがこのライフデッドにどれくらいの魔力を込めたかは分からないため、彼女が生まれ変わる前に鼓動が止まるような事が無いようにだ。


 これで後は残りの女冒険者達をどうするかだが……。

「キング、何故モテてる?」

「……スキルの影響かな」

 ヴァンダルーがルチリアーノに本格的な尋問をする前から、女冒険者達はヴァンダルーに纏わりついていた。


「ああ……」

「お願い……お願い……」

 半裸の女達に纏わりつかれていたら、大体が通りすがりのグールのように「モテてるな」と思うだろうが、実態は違った。


 精神が崩壊して生ける屍状態だったり、絶望し死ぬ事だけが希望だったりと、そんな状態の女冒険者達はヴァンダルーが纏う死属性の魔力が、自分達を救いに来た死神の鎌に見えたのだ。

 生きている人には効果が無いはずの【死属性魅了】スキルだが、どうやら死ぬ事を本気で望んでいる人間には生きていても効果が及ぶらしい。


 それで殺してもらおうと、明らかに正気じゃない彼女達に囲まれて懇願されるヴァンダルーの精神はゴリゴリと削られていた。


 さっきまでの霊とのやり取りやその後の施術等では、自分に纏わりつく彼女達を見たくないため逆に集中力が高まったぐらいだ。

 しかし、何時までも見たくないからと目を逸らしていても彼女達は消えない。どうするかグールキングであるヴァンダルーの判断が待たれているのだ。


「まず、殺すのは無理として……」

 ヴァンダルーにとってミルグ盾国の冒険者である彼女達は敵に等しい存在だが、流石にこんな状態で殺す気にはなれない。


「町の近くで解放するのは――」

「いやぁぁぁぁっ!」

「やめてっ、殺してっ、殺してよぉっ!」

「……ダメなんですね」


 ルチリアーノのように世の無常に詳しい訳では無かったが、このまま彼女達を解放しても救いにならない事はよく分かったヴァンダルーだった。

 町に家族や恋人等、帰りを待っている人達がいるのではないかと思ったが、そういう様子も無かった。居ないか、家族との関係が悪かったか、それとも一緒にパーティーを組んでいたためにオークに殺されたのかもしれない。


 かといって、彼女達をこのままグールの集落で世話するのは絶対にダメだ。

 今はヴァンダルーに魅了されている彼女達だが、生きる気力を取り戻した後もそうかは分からない。寧ろ、スキルの効果が無効になる可能性の方が高い。それで正気に返って、冒険者らしく敵に戻るかもしれない。

 女冒険者達を哀れには思うが、それでもヴァンダルーにとってはグール達の事が優先だ。


「じゃあ、グールになりますか?」

 だからヴァンダルーがそう提案するのは自然な流れだった。以前ザディリスから聞いたが、グールは人間の女を同族にする儀式を行う事が出来る。

 その実例がタレアだ。


「グールに……?」

「はい、俺の眷属に――」

 ヴァンダルーが言い終る前に、女冒険者達の死んだ瞳に輝きが宿った。


「なります、あたし、グールになる……」

 獲物を前にした肉食獣のような炯々とした光る瞳、瞳、瞳、瞳、瞳――浮かんでいる表情はどれも笑みなのだが、新たな希望を見つけて救われたというよりも、元の形も分からない程壊れた結果、別の存在になってしまったような異様さが浮かんでいる。


「私も、グールに……」

「なる、なるよぉ、あたしも眷属にして……」

 そして女冒険者達は全員グールになる事を希望し、ヴァンダルーは新たに眷属を十三人増やしたのだった。




「坊やは首尾良くあの冒険者達に、グールになる事を同意させたようじゃ。人間社会に戻ってやっていけるなら兎も角、それが出来ないなら儂らに出来るのは同族として迎え入れる事だけじゃからな」

「確かにそうだが、一人だけ妙に話しこんでいた女が居たな。何か魔術を使っていたようだし」


 女冒険者達にグール化の儀式を行う選択肢もあるぞと、タイミングを見て言いに行くつもりだったザディリスとバスディアは、やや離れた所からヴァンダルー達の様子を窺っていた。

「そうじゃな。しかもあの女、会話の後はまるで死んだように動かん。一段落したら事情を聞きに行くか」


 極楽から垂らされた蜘蛛の糸に集まる亡者のように、女冒険者達がヴァンダルーに手を伸ばして揉みくちゃにするのを眺めながら、ザディリスは彼女達が落ち着くのを待っていた。

9月13日の午前0時から午前01時の間に、23話を投稿します

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[気になる点] 陵辱された記憶を持ったまま生まれ変わりたいと思うだろうか? レイプされた女性は心に深い傷を負うと聞くけれど、人間ですらない相手にされてた記憶は消し去りたいと思うんじゃないだろうか? […
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