百七十九話 母娘の対話と微妙な再会
ルチリアーノは真剣な顔で、幾つものケージの中の実験動物達……繁殖活動に励む小動物を観察していた。
ネズミやウサギ、小鳥やカエル、ヘビや昆虫等、その種類は様々だ。頭に角の生えたホーンラビットや、中型犬と同じ大きさのビックフロッグ等、ランク1までだが魔物まで含まれている。
ここまでなら研究者の観察と実験の対象としては、珍しくないだろう。だが、その組み合わせが異様だった。
ネズミと昆虫、ウサギとヘビ、ホーンラビットとビックフロッグ……実験動物たちは、野生では絶対に交配しない異種と交配しているのだ。
だが、更に異様なのは実験動物が全て普通の意味で生きていない事だった。
これは、アンデッド化した動物の異種交配実験なのだ。
「経過は順調……なのだろうかね? 交尾はしているし」
そんな異様な、アルダ信者じゃなくても「生命への冒涜だ!」と叫びそうな実験記録を付けながら、ルチリアーノはそう呟いた。
「それは喜ばしい。また一歩、ヴァンダルーは生命の神秘に近づいた」
そう彼に返したのは、エルフの美少女に見える憑代に宿った邪神、グファドガーンである。彼女は、彼女が信奉するヴァンダルーと同じくらい無表情だが意外と饒舌だ。瞳も、狂信の光が炯々と輝いている。
「ヴァンダルーが創りだした新たな物質、生金を移植したアンデッドの交配による次世代の誕生……この実験が成功すれば、歴史にまた一つヴァンダルーの名が刻まれる事でしょう」
ただ、口にするのはヴァンダルーに関する事が殆どだが。
それはともかく、ルチリアーノが記録を付けているこの実験はアンデッドの交配実験だった。
通常、生前どんな生物だったとしてもアンデッド化すると繁殖活動を行う事は出来ないし、その欲求も薄れる。
特定の異性に対する執着や愛情を抱えたままアンデッド化した場合はその限りでは無いが……それでも精気を吸う事が目的になっていたり、性欲がそのまま食欲に変化していたりする。
肉体的に死んでいる以上子孫が作れないのは至極当然の事……なのだが、それをヴァンダルーは克服しようと試みている。
死属性の魔力を浴びた金や銀が変化する事で作られる魔導金属「生金」や「霊銀」を実験用アンデッドの内臓に移植し、「交尾しなさい」と命令して。
そしてこの実験は、実は既にある程度の成果を収めていた。生前同種、若しくは近い種だったアンデッド同士の場合の繁殖に成功したのだ。
今は産まれた第二世代が正常に成長できるのか、そして生前異種だったアンデッド同士での交配実験を行っている。
「しかし、まだまだ先は長い。師匠は最終的には、肉体の無いアストラル系アンデッドのゴーストや、リビングアーマーも子孫を残せるようにしたいらしい。
アンデッド同士だけでは無く、アンデッドと生者の組み合わせでも可能にするのが当座の目標だが……生きている実験動物は、師匠の命令だけで交尾してくれないのが問題だがね」
この実験の目標は、アンデッド同士の交配を繰り返す事で最強のアンデッドを創り出す事や、死体を利用せずとも新たな僕を創造できるようにする事では無い。
ボークスやリタやサリア、レビア王女等タロスヘイムのアンデッド達が子供を得られるようにするためだ。そのため、目標設定が高いのも当然である。
「境界山脈の外で、山賊等を生け捕りにすれば解決するのでは?」
「……そうなのだろうが、流石に彼らの生殖活動を観察するのは気が進まないね。私は」
「では、その役目を代わりましょう。ヴァンダルーの偉業達成の為に」
「それは君の外見だと辞めておいた方が良いと思うのだが……ところで、君が大好きな師匠の所に行かなくて良いのかね?」
この交配実験も城の地下にあるヴァンダルーの工房で行われているのだが、頻繁に遊びに来るパウヴィナ達年少組の情操教育に悪いという事で、壁を建てられて隔離されていた。
そして今、ここにヴァンダルーは居ない。
「そのヴァンダルーの言葉に従って、私はここに居る。親子の極めて繊細な話し合いが行われているらしく、その間離れていてほしいと」
グファドガーンの言葉から、ルチリアーノはこの部屋の外で誰が何について話し合っているのか、すぐに察した。
「ああ、ザディリスとバスディアか」
グールのランクと種族について深く関わる話題の筈なので、彼女達の話し合いに興味が無い訳では無い。しかし自分がその場に居たら不用意な発言をして、アイアンクローか何かを食らう事に成りそうなので止めた方が良いだろう。
「後で、師匠に聞く事にしよう」
果汁を炭酸水で割ったジュースを人数分用意したヴァンダルーは、緊張感を漂わせたバスディアとザディリスの間に座っていた。
「母さんには今まで言えなかったのだが、実は私も『ザッカートの試練』でランクアップした」
思いつめた様子でそう告白するバスディアに、ザディリスは「そうか」と力無く微笑を返した。
「儂に言えなかったと言う事は……そういう事なのじゃな? ランクアップして変化した種族名は……」
「ああ、クイーンだ。グールアマゾネスクイーン、それが新しい私の種族名だ。ステータスにも、そう表示されている」
グールアマゾネスクイーン。
ランク10の、ほぼ伝説上の存在とされているグールアマゾネス達を統率する女王。ランクアップしたバスディアは、その種族に変化していた。
「バスディア、確認なのじゃが……クイーンになる前はプリンセスだったりはしなかったのじゃな? グールアマゾネスプリンセスになってから、グールアマゾネスクイーンになった訳では無く」
「そうだ。グールアマゾネスチーフから、プリンセスを経ずにグールアマゾネスクイーンにランクアップした」
「そうか……」
沈痛な表情で、暫し黙り込む母娘。コップの中の氷が動いて、からんと音を立てた。
「すまない、母さん。母さんの夢というか、希望を否定する事になってしまって」
「いや、気にする事は無い、バスディア。ランクアップすれば、プリンセスから自然とクイーンに変化する。そんな儂の考えの方が、浅はかだったのじゃ」
現在ランク11のグールウィザードハイプリンセスであるザディリスは、来年三百歳を迎え娘どころか孫もいるのにと、種族名にプリンセスが付く事を気にしていた。
彼女は種族的な特性によって外見こそ十代前半の少女で成長が止まっているが、以前は百名のグールを率いる族長であり、タロスヘイムに移住した今でもグール達から一目置かれる魔術の達人である。
それがプリンセス、姫とは微妙なのではないかと。
そのため、種族名に女王とあるゲヘナアブソリュートクイーンビーのクインや、女帝であるスクーグクロー・エンプレスのアイゼンに相談を持ちかけて困らせたり、彼女なりに姫から女王にランクアップするための努力をしてみたり、変身杖で変身する時のコスチュームを一部変更するようヴァンダルーに頼み込んだりしていた。
「寧ろ、謝るのは儂の方じゃな。気を遣わせてしまったようじゃが、バスディアよ。お前がランクアップした事は素直に嬉しいと思う。
それに、種族名だけではなく実際にグールの代表者になっている事も、とても誇らしい」
「最近バスディアは、サウロン領から移住してきたグール達に講習会を開いたり、武術の指導をしたり、色々していますからね。立派だと思いますよ」
「母さん、ヴァンまで……私は、母さんやヴィガロやタレアが忙しいから、代わりにやっているだけのつもりだったのだが」
照れながらそう言うバスディアに、ザディリスは苦笑いを浮かべて、この場に居ない二人の分も頭を下げた。
「うむ、いや本当にすまん」
本来はグール達の中でも年長者で中心的な立場のザディリス達三人がするべき事なのだが、それぞれ自分の事にかまけていた為、若いバスディアがその役目を担っていた。
ヴィガロは武術の鍛錬に熱中していて、タレアはあれで職人であるため工房での武具作りや同じ職能班の者達を指導する事が本分だ。そしてザディリスは、クイーンを目指すのに夢中になっていたのだ。
勿論、既にタロスヘイムという国の一員になった今、ザディリス達がグール達を治める義務は無いのだが。形としてザディリス達は宮廷魔術師だったり武官だったりするが、業務を割り振られている訳でもなく、逆に俸給を受け取ってもいないのだから。
しかしそれ等諸々の事情を抜きに考えても、丁度良い頃合いかもしれないとザディリスは思った。
「じゃが、ヴィガロは別として儂やタレアも歳じゃからな。そろそろ潮時かもしれん」
「何っ!? ヴァンっ、母さんを【若化】だ!」
「はい、では早速横になってください」
「別に老け込んだ訳ではないわい、ただ世代交代の時が来たと思っただけじゃ!」
ザディリスの老化が一気に進んだのかと慌てるバスディアとヴァンダルーを制止すると、彼女は再びしみじみとした口調で話しだした。
「坊やのお蔭で若返りはしたが、儂が何時までも大きな顔をしていたら若い者のやる事が無くなるからの。
それに……今の儂が何かやろうとすると、魔法少女関連の説明会や講習会になりかねんし」
「ジャダル達に人気ですもんね、魔法少女ザディリス」
ヴァンダルーの言葉に、ザディリスの視線が遠くなる。液体金属製で、合言葉を叫ぶとコスチュームに変形する変身杖と、それを使用した彼女のインパクトは衝撃的で一気にタロスヘイムの子供達、そして若年層に広がっていた。
どれくらいかというと、『魔法少女』の二つ名が付くくらい。
「母さんは、ジャダル達だけでは無く若い女の魔術師達の注目の的だぞ。やはり変身するのと、強くなれるのが重要らしい」
世界は違っても、やはり変身願望は誰もが持っているらしい。しかもヴァンダルーが作る変身杖は、外見だけでは無く機能的にも優れているマジックアイテムだ。
見た目はヒラヒラした薄い布だが防御力は並の甲冑を遥かに越え、魔術の行使を補助し、能力値を底上げする等様々な効果がある。
その実戦で通用する高い機能性のためか、小さい子供だけでは無く若い女性達も「私も魔法少女になりたい」と注目していた。
もっとも、変身杖がどんなに高機能でもあくまでも補助的なアイテムに過ぎない。そのため装着者が普通の人の場合、魔法少女コスチュームを着ている防御力が高いだけの普通の人にしかなれなかったりするのだが。
「『魔法少女』扱いも多少は慣れたし、一度や二度のランクアップでプリンセスから他の種族名に変わる事も無さそうじゃしな。観念して十年ぐらいは地道にやってみるつもりじゃが……あまり目立つと魔法少女の元祖と歴史に名が残り、永遠に魔法少女から抜け出せなくなるかもしれん。
そういう訳じゃから、後十年ぐらい頼むぞ、娘よ」
「分かった。集落を率いていた母さんの頃よりはずっと楽なのだろうし、十年や二十年くらいでいいのならやってみよう」
寿命が三百年のグールにとっては、それ程長い時間では無い。
「ただ、忙しい時はジャダルの相手をしてやってほしい」
「うむ、任せておけ。可愛い孫じゃからな……じゃが、外での変身は勘弁して欲しいのじゃが」
ザディリスとしては戦闘でもないのに変身するのは気が進まないのだが、可愛い孫にお願いされると断り辛いようだ。
「二人とも、解決したと言う事で一息入れましょう」
頷き合ってジュースを飲む三人。果汁を使った健康的な炭酸ジュースは、専門の屋台が出来る程人気の品である。『地球』や『オリジン』の人々にとっては、やや甘さが物足りないかもしれないが。
炭酸水までは再現できても、コーラ等は流石にヴァンダルーやレギオン達もレシピを知らなかったので再現できないでいる。
『陛下、一息入れたところで報告です。お手紙が来ているみたいですよ』
記憶の中のコーラの味を思い出していると、火属性のゴーストになった旧タロスヘイムの第一王女、レビアが姿を現した。どうやらヴァンダルーに憑いたまま、タイミングを見計らっていたらしい。
「手紙、ですか?」
魔人王ゴドウィンやザナルパドナの女王ドナネリス等、境界山脈内部の国々で指導的な立場に就いている者達には例外無くゴブリン通信機を配ってある。
そのため短い内容なら手紙では無く、ゴブリンの干し首を加工して作る通信機で伝えて来る。通信機に込められる魔力量の関係で通話時間に限界があるが、込み入った内容の場合でもまずはヴァンダルーに来るよう頼んでくる事が多い。
【迷宮創造】スキルで最寄りのダンジョンに転移する事で、時間さえあれば即日訪問する事が可能だからだ。
だから手紙での連絡は珍しい。
「他の国か、『ヴィダの寝所』からか? 原種吸血鬼や昔の魔人族が石化から目を覚ましたとか」
「坊やが連絡を待っている、『暴虐の嵐』からかもしれんぞ」
考えられるのはバスディアが言った、境界山脈内部を『法命神』アルダ勢力から守るための結界の中核であるためか通信機が使い辛い『ヴィダの寝所』か、ザディリスが口にしたアミッド帝国で活動している冒険者パーティー、『暴虐の嵐』ぐらいだ。
『そのどちらでも無くて、サウロン領で警備しているアンデッドの人達からです。転生者っぽい名前の人達から手紙が来ているって連絡があったそうです』
「……手紙で連絡してくるパターンは普通過ぎて、逆に驚きました」
新しくサウロン公爵位を継承したルデル・サウロンが治めるサウロン領の、しかしその統治が及んでいないほぼ魔境と化した森で三人の冒険者が野営をしていた。
エルフの少女が二人と浅黒い肌をした人種の少年が一人のやや珍しい構成の彼女達は、捌いた魔物の肉を串に刺し、焚き火で焼きながらこれからの事を話し合っていた。
「とりあえず、紙代わりの布もありますし今月は手紙を出し続けましょう。中々反応が返って来ませんけど、続ける事が大事ですからね」
「カナコ、その今月は残り半分切ったぞ。もしかして、冬まで続けるとか言わないよな?」
「ダグ、十月の次は十一月でまだ秋よ」
「この辺りの十一月は、俺達の感覚で冬と同じくらい寒い。メリッサ、この装備で野営を続けてアンデッドの仲間入りするつもりか?」
そして三人の冒険者は、ヴァンダルー宛の手紙を出した転生者達だった。
リーダー格らしいエルフの少女は【ヴィーナス】のカナコ・ツチヤ。もう片方のエルフの少女は、【アイギス】のメリッサ・J・サオトメ。そして少年が【ヘカトンケイル】のダグ・アトラス。
『オリジン』では転生者達の組織ブレイバーズから離反し、『ラムダ』では更に自分達のリーダーだった【クロノス】のムラカミからも離反した三人組である。
「確かにそうね。魔術で暖を取るのも限界があるし、本格的に冷える前に一度町に戻りましょう」
「う~ん、仕方ありませんね。町の人達に私達がしている事を気づかれる可能性は低くしたいですが、それで凍死したら意味ないですし。
冬支度をしっかり整えてから、再挑戦しましょう」
「やっぱり冬もやるのか?」
「勿論です。彼から反応があるまで、ずっと続けますよ」
力強く頷くカナコに、ダグは深いため息を吐いた。
「……無人島から空き瓶に手紙を入れて救助を待っているような気分だぜ」
「それよりはまだ返事がある可能性は高いと思う。来るのが救助とは限らないけど」
ロドコルテの依頼を受けてヴァンダルーを殺そうとしているムラカミ達のグループから離れたカナコ達の目的は、何とヴァンダルーが治めるタロスヘイムへの亡命だった。
前世の『オリジン』で死属性の魔力の暴走によって命を落とした彼女達三人は、ヴァンダルーに勝てるとはとても考えられなかった。
そうである以上、この世界で最も危険な場所はロドコルテの依頼通りヴァンダルーを殺す事を目的にしているムラカミの傍。そして逆に最も安全な場所が、ヴァンダルーの側である。
そして両者のどちらからも離れて身を隠す選択は、逆に危険だと考えた。
何故なら、『オリジン』で彼女達三人はヴァンダルーを信仰する『第八の導き』に協力する振りをして近づき、裏切ったからだ。しかも、その後【デスサイズ】の近衛宮司がヴァンダルーに攻撃した時に現場に居合わせてしまった。
既に敵だと認識されていても、おかしくない。
身を隠す事でヴァンダルー達の警戒心を刺激し、執拗な追跡を受ける事になるかもしれない。
だったら、下手に隠れたりせず額を地面に擦りつけ足を舐める事になっても降伏を試みた方が、生き延びられる可能性は高いのではないか?
それが三人の共通した認識である。
それに亡命が認められなくても、自分達に敵意が無い事を伝えれば降伏後に追われる事は無いだろうと言う考えもあった。
しかし、その伝える相手であるヴァンダルーと接触する事に三人は手こずっていた。
「なあ、やっぱり手紙を立て札の外から投げるなんて当てにならない手段じゃなくて、他の手を考えないか?」
「考えません~。絶対に立て札の内側には入りませんからね」
自分の提案を即座に却下されたダグは顔をしかめたが、怒らずカナコに「何でだ?」と説明を求めた。
「立て札の内側に入ると、アンデッド達に敵として認識されるからです。彼等が敵の言葉を彼に伝えてくれるか怪しいですし、残した手紙を拾うかも分かりません。それに、噂だと正体不明の首狩り魔もいるそうですし」
「逆に、立て札の外側で敵対的な行動をしない限りは安全だって話だったじゃない。忘れたの?」
カナコ達が話したのは、ヴァンダルーが旧スキュラ自治区を占拠してからのサウロン領の冒険者達の間に流れる有力情報だった。
今までマルメ公爵軍を始めとした幾つもの集団が旧スキュラ自治区の境界に建てられた立て札を越え、そして戻って来なかった。
しかし、立て札の向こうに踏み込まなかった者は全員無事に戻ってきているのだ。
この事から、ここは立て札を越えさえしなければ弱い魔物が出現するだけの魔境だとギルドでは見なされていた。
ただダグ達は転生者だ。ロドコルテの思惑に反した行動をとっている今もチート能力はそのまま使えるし、加護や幸運もそのままだ。
冒険者ギルドでジョブチェンジをするようになってから一年以上経つため、実力も既にA級冒険者に近づいている。
謎の首狩り魔が出て来なければ、ランク4や5のアンデッドの相手ぐらいどうとでもなる。だがカナコ達が恐れているのはアンデッドとの戦闘では無い。
「最悪なのは、俺達が間違ってアンデッドを倒した場合だろ。覚えてるよ、もしかしたらアンデッドの敵討ちの為にヴァンダルーが俺達を殺しにくるかもしれないって事は」
カナコが最も恐れているのは、ダグが今言ったような状況になる事だ。世間一般では、アンデッドの敵討ちなんてあり得ないと誰もが思うだろう。
いや、アンデッドでなくてもそうだ。前線に配置した警備兵の敵討ちの為に、一国の為政者が飛び出して来る可能性を考えるなんて、正気の沙汰では無い。
しかし、短い間でもタロスヘイムの様子を見たカナコ達にはあり得ないとは思えなかった。あの都市ではアンデッドが生者と同じように笑い、同じテーブルを囲み、酒杯を掲げていた。
それに当時受け取ったロドコルテからの情報でも、ヴァンダルーはアンデッドと普通に会話し、仲間として信頼関係を築いている様子だった。
科学と魔術が存在する『オリジン』でも、アンデッドは極稀に発生していた。しかし、二つの例外を除いてアンデッドは全ての生者を捕食対象としか見ない獣か、無差別に恨みをぶつける狂人でしかない。
その例外の内一つが、アンデッド化した後も自分と同じ実験動物扱いされていた者達を助けたコードネーム『アンデッド』……前世のヴァンダルー本人。
そして二つ目が、その『アンデッド』に助けられた『第八の導き』のメンバー、イシスが製作しワルキューレが指揮するゾンビ兵士達だった。少なくともワルキューレの指揮下にある間は、ゾンビ兵士達は獣ではなく高度な連携を誇っていた。
二つだけしかない例外のどちらも死属性と関連がある。なら、この『ラムダ』でも死属性と関連のあるアンデッド達は、その発生源共々例外だと考えるべきだろう。そう三人は認識していた。
「ムラカミとかアサギは、それに気がついて無かったみたいだけど」
「あれはアンデッドがどうこう以前に、ヴァンダルーや、『第八の導き』の奴らの頭がおかしいんだって思っているからだろ。正直、俺もまだ半信半疑だ」
串を手に取り、丁度良い具合に焼けた肉を一口齧ってからダグは続ける。
「ゾンビ物の映画で、『ゾンビは病気にかかっただけの人間だから、治療すれば元通り治る』だとか、『ゾンビにも人権がある』とか騒ぐ奴らが出てくる事があるだろ。あいつ等には、ヴァンダルーがそういう連中と同じように見えているのさ。
ヴァンダルーがアンデッドを操作しているなら、人格があるように振る舞わせる事も出来るかもしれない。ワルキューレがしていた人形遊びと同じだろうって」
肉の串片手にそう語るダグを、メリッサとカナコはマジマジと見つめて言った。
「ダグ、前世より頭が良くなってない?」
「この世界の食料には頭に効く栄養素が含まれているのかも」
「……お前等が俺の事をどう思っているのか、よく分かった」
「いえいえ、中々興味深い意見でしたよ」
『人形遊びとは酷い言われようだな! 本当の事だが!』
すぐ近くから発せられた声に、カナコ達は思わず硬直した。そして何時の間にか自分達の近く、焚き火の明かりが届くギリギリの場所に、二人の人物が佇んでいる事に気がついた。
二人とも、ある意味では既知の人物だが、同時に初めて会うとも言える。
「て、手紙は受け取ってもらえたみたいね。ええっと、『久しぶり』でいい?」
「はい。お久しぶりです、土屋加奈子さん。【デスサイズ】を滅ぼした時を除くと、十年ぶり? いや、前世の俺を殺した時に居なかったら、三十年ぶりくらいでしょうか?」
『我々とは、一年と数か月ぶりか! まあ、人によっては十分『久しぶり』ではあるな!』
『また会えて嬉しいわ……と言うのが社交儀礼よね』
衝撃から立ち直ったカナコが何とか話しかけると、二人はまるで世間話でもしているかのように答えた。
「改めて自己紹介をしますが、俺がヴァンダルーです。こっちの黒フードにマントなのが『第八の導き』だったレギオンです。
あなたが【ヴィーナス】のカナコさんで、そちらが【アイギス】のメリッサさん。彼が【ヘカトンケイル】のダグさんですよね?」
旧スキュラ自治区に転移してカナコ達が書いたらしい手紙を見たヴァンダルーは、とりあえず彼女達と会って話を聞く事にした。
勿論、手紙が罠である可能性も考えていた。使い魔のレムルースがカナコ達の焚き火を見つけた後、準備してから話しかけている。
「因みに、この場所は既に仲間に伝えてあります。おかしな動きをすれば数百のアンデッドがここに殺到するのであしからず」
「そりゃあ、それぐらい警戒しますよね。ところで、そっちの……レギオンさん? からワルキューレとイシスっぽい声が聞こえるのは何で?」
『あなた達への気遣いよ。今の姿は、とても刺激的だから』
レギオンが【形状変化】や【サイズ変更】スキルで人間大の大きさと形に変化した後、フードとマントで姿を隠しているのはカナコ達を驚かせないようにという、純粋な気遣いからだった。
一応話を聞くつもりで来ているのに、いきなりパニックに陥られたら困るのだ。
「それで、亡命を希望との事ですが……どう言う事でしょう?」
ヴァンダルーは『地球』の頃と外見年齢以外はすっかり変わった元クラスメイト、カナコにそう問いかけた。特に親しかった訳ではないが、彼女が三人の中ではリーダーのようだったし、他の二人は同じ転生者でも『地球』の頃から接点が無かったからだ。
だが、彼女の内面は『地球』で彼のクラスメイトだった頃と比べて大きく変化している筈だ。
「【デスサイズ】が仕掛けて来た時に、必死な様子で腕を組んでバッテンを出していたのは、見ましたけど」
あの仕草はかなりコミカルだったが、多分変化しているはずだ。
「あ、気がついてくれたんですね! いや~、良かったです。実は、あたし達ムラカミとそのグループとは縁を切ったんですよ」
一方、そうにこやかに話すカナコもヴァンダルーが『地球』の天宮博人だった頃と比べて完全に別人である事を実感して、内心冷や汗をかいていた。
直接会ってこうして言葉を交わしてこそ分かる事だが、あの頃とは外見以上に……存在そのものが変化している。
(一応軍事訓練まで受けて、修羅場も潜って来たあたし達が接近に気がつけなかったのは死属性の魔術だとして……それを抜きにしても勝てる気がしませんね)
カナコ達も、軍隊式の格闘術を身に付けている。その彼女達の目を通して見ても、ヴァンダルーの雰囲気は異様だった。
ただ立っているだけなのに、恐ろしい程隙が無い。外見は今の自分達よりも若く……幼い筈なのに未熟さが全く感じられないのだ。
(多分、能力値やスキルがあたし達よりずっと上なんでしょうね。格闘だけじゃなくて、色々と。まあ、この世界ではずっと先輩だから当然ですけど……横にいるレギオン? も、気配が異様ですし)
やはり、彼等と敵対するべきでは無い。カナコと、その横でヴァンダルーとレギオンの気配に呑まれていたダグとメリッサは、その思いを新たにしたのだった。
そして『第八の導き』が全滅した後自分達が死んだ経緯だけを、ざっと説明するカナコ。裏で糸を引いていた【アバロン】の六道聖の事など、幾つかは交渉が難航した際の切り札にするために黙っていたが。
『ふぅん。懲りずに死属性の研究をしようとした連中を幾らか潰せたのなら、私が死を溜めこんだのも無駄じゃなかったわね。無差別テロみたいになったのは残念だけど、それは私達の意図した結果じゃないし』
「ええ、それであたし達三人は思ったんですよ、もう死にたくないから、あなた達の敵になるのは嫌だって!」
『カナコとメリッサはともかく、ダグまでそう考えたっていうのは違和感を覚えるかな。君、戦闘狂だったよね?』
「……その声はシェイドだな? 確かに俺は戦いが好きだ。でもあれはもう戦いじゃなくて災害みたいなものだったぞ。ハリケーンや地震と変わらない。
それに、戦闘は勝つためにやるものだ。勝ち目が無いのに戦おうとする程、俺は馬鹿じゃない」
レギオン達は積極的にカナコ達と会話を重ねた。彼女達の言い分に、嘘が無いか確かめるために。
数年の間カナコ達と行動を共にしたため、レギオンは彼女達の事をよく知っていた。将来また敵になる事がお互いに分かっていたため、その分相手を観察していたのだ。
それはカナコ達も同じだったが、彼女達の方は変装したレギオンにやや困惑しているようだが。
複数の声が聞こえるのは気にしない事にしたようだが、その口調や態度に怒りや恨みが含まれていないからだ。
しかし、その訳をカナコ達の方から確かめる事は躊躇われた。
「なるほど。あなた達の話は分かりました」
そして躊躇っている間に、ヴァンダルーが話題を変えてしまった。
「つまり、まだ隠れているそっちの三人とは関係無いのですね?」
「っ!? 誰かいるの!?」
驚いて振り返ったカナコ達の目には何も見えなかったが……やがて観念したように木の影から自分達と同じ年頃の三人組が現れた。
「頃合いを見て出て行くつもりだったんだけどな。久しぶりだな、天宮」
三人組の一人……【メイジマッシャー】のアサギ・ミナミはそう言って苦笑いを浮かべた。
・名前:バスディア
・ランク:10
・種族:グールアマゾネスクイーン
・レベル:7
・ジョブ:鬼斧刃
・ジョブレベル:65
・ジョブ履歴:見習い戦士、戦士、見習い魔術師、魔術師、魔戦士、風属性魔術師、魔斧士
・年齢:外見年齢27歳(34)
・パッシブスキル
闇視(暗視から変化!)
怪力:10Lv(UP!)
痛覚耐性:6Lv(UP!)
麻痺毒分泌(爪):5Lv(UP!)
魔術耐性:5Lv(UP!)
直感:6Lv(UP!)
斧装備時攻撃力強化:大(UP!)
精神耐性:3Lv(NEW!)
魔力増大:1Lv(NEW!)
能力値強化:導き:4Lv(NEW!)
眷属強化:4Lv(NEW!)
色香:1Lv(NEW!)
・アクティブスキル
斧術:10Lv(UP!)
盾術:9Lv(UP!)
弓術:7Lv(UP!)
投擲術:6Lv(UP!)
忍び足:3Lv
連携:9Lv(UP!)
無属性魔術:3Lv
風属性魔術:7Lv(UP!)
水属性魔術:6Lv(UP!)
魔術制御:5Lv(UP!)
料理:2Lv
魔斧限界突破:7Lv(UP!)
鎧術:3Lv(NEW!)
魔闘術:3Lv(NEW!)
解体:1Lv(NEW!)
・ユニークスキル
ゾゾガンテの加護(NEW!)
ガレスの加護(NEW!)
■■ンダ■■の加護(NEW!)
・種族解説:グールアマゾネスクイーン ルチリアーノ著
伝説では女性だけのグールの群れ、グールアマゾネスを指揮する女王だと記されている。勿論、実際に見たという目撃情報は人間社会には存在しない。境界山脈内のグール国でも、グールアマゾネスまでは何人かいるらしいが、クイーンは未確認らしい。
外見的特徴はグールアマゾネスやジェロニモ、チーフ等と大きくは変わらないように見えるが……もしかすると、今現在唯一の個体であるバスディアが元々百九十センチの長身で体が大きい為、ランクアップ時に変化しなかっただけかもしれない。
バスディア個人としての力は、上位スキルにこそ覚醒していないがA級冒険者の域に在り、魔王の欠片製の装備の性能を合わせると並のA級冒険者にはまず負けないだろう。
グールの女性に対してのみと効果範囲は狭いが【眷属強化】スキルを獲得しており、指揮官としても将来有望である。
因みに、彼女が今就いている【鬼斧刃】というジョブは人間社会では未発見のものだが、鬼人国では既知のものだ。鬼人族が鬼人国の守護神『戦士の神』ガレスの加護を所有していて、【斧術】スキルを高レベルで修めている女性が就く事が出来るジョブなのだそうだ。
ヴィダの新種族の「きふじん」は高貴さはともかく、嫋やかさとは無縁であるようだ。
4月10日に180話を投稿する予定です。




