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四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第八章 ザッカートの試練攻略編
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閑話24 西から昇って東に沈む

 鼻筋の通ったハンサムな青年が、緊張した面持ちで膝を突く。

 その頭の先には職人が大急ぎで修復した『生命と愛の女神』ヴィダの神像と、オルバウム選王国から派遣されたヴィダ神殿の大司教が柔和な笑みを浮かべている。

 そして何人もの貴族や騎士が、歴史的瞬間を見逃すまいと注目していた。


「我、ルデル・サウロンはここに十二の君主の一人に加わり、我が剣を民の為に振るう事を誓う」

 誓いの言葉を聞き届けた大司教は、「うむ」と頷くと司祭から王冠を受け取ると、厳かに告げた。

「汝をサウロン公爵とここに認める。女神の祝福があらんことを」

 そして王冠……オルバウム選王国では選王へ立候補する権利を持つ十二の公爵のみが頂く事が出来る印を手に入れたルデルが立ち上がると、貴族達の歓声が上がった。


「ルデル・サウロン公爵万歳! サウロン公爵領万歳!」

「ルデル公爵閣下に栄光あれ!」

 ルデルを讃える者、感極まって涙を流す者。その多くはアミッド帝国の侵略を受けた時戦った貴族や騎士、その縁の者達だ。


 彼等はこの瞬間の為に何年も雌伏の時に耐えて来たのだ。このサウロン領のヴィダ大神殿で先代公爵の遺児であるルデルの戴冠式は、彼等にとって侵略を受ける前の栄光を取り戻した印であり、戦争の終わりを象徴する一大イベントなのだろう。


「皆にも今まで苦労を掛けたが、よく私を信じてついて来てくれた、これからも父同様私を支えてくれると期待しているぞ」

 ルデルが鷹揚に頷くと、貴族達は更に感極まった様子で更に歓声を上げルデルを讃える。公爵本人が今までの働きを評価し、これからも期待していると述べたのだ。自分達の復権とこれからの栄達が同時に保証されたのだから、無理も無い。


 一方冷静さを保ち、浮かべている笑顔も心からのものでは無く薄っぺらに見える者達もいる。

「おめでとうございます、ルデル閣下」

「ですがここからが肝要ですぞ。帝国が荒らしに荒らしたこの地を治めて行かなければならないのですからな」

「勿論、我が主人も援助は惜しまないとの言葉を預かっております」

「今後とも選王国の繁栄の為、力を合わせて参りましょう」


 彼等はルデルを援助してきた他の公爵領や中央の貴族達から、使者として遣わされた者達だ。

 彼等も自分達が後ろ盾に成ったルデルが権力闘争を勝ち抜き、無事サウロン公爵に就任した事を喜ぶ気持ちはある。しかし彼等と彼等の主君にとって重要なのはこれからだ。

 サウロン領の復興事業や、新しい防衛計画での利益供与。子弟達が仕官する際の優遇措置、交易などでの利権。

 様々な見返りを期待しているのだ。


「勿論です。若輩の身ですが、今後ともよろしくお願いしますとお伝えください」

 そしてルデルにとっても、まだまだ彼等の主君の後ろ盾が必要だ。

 復興に、新しい防衛設備に、公爵軍の再編成に、金は幾らあっても足りない。それにアミッド帝国が引いたとはいえ、国境沿いの防衛を任せる将兵も足りない。

 援助無しではとても立ち行かないのだ。


 それらと比べるとまだ小さな問題だが、ルデルが権力闘争を勝ち抜く過程で信頼できる親類をほぼ喪った事も、後々響いてくるだろう。

 父と伯父、長男である兄は戦争で死に、姉や妹は他の公爵領に嫁いだ。三男四男は蹴落としたし、特に最後まで争った五男との関係は最悪だ。


 同じく蹴落とす事に成った末の妹は利用価値がそれなりにあるので、頼って来ればそれなりの家に嫁がせても良いのだが、妙なプライドを発揮しているのかその気配は無い。これだから庶子は困るのだ。

(そう言えばもう一人庶子の兄弟がいたが、あれも死んだのだったな。まあ、そんな事より暫くは励まなくてはならない訳か。

 まさか、こんな形で父上を見習わなくてはならないとは……養子では効果が低いからな)


 今は亡き『新生サウロン公爵軍』リーダー、レイモンド・パリスの事をすぐ忘れ去ったルデルは、自分の代で減った一族を増やさなくてはならないだろうと、内心苦々しく思っていた。

 多すぎる親類兄弟姉妹はお家騒動の元だが、少なくても統治が安定しない。当主に何かあれば、それだけで折角取り戻した領地の支配体制が揺らいでしまう。


 実際、権力闘争に負けた弟達はルデルの暗殺を狙っているかもしれない。ルデルに子供がいない今、もし彼に何かあれば自分達が公爵位に就ける可能性があるのだから。

「では陛下、民にそのお姿を」

 そう大司教に促されたルデルは、内心の憂いを覆い隠したままバルコニーに向かって歩き出した。新しいサウロン公爵の姿を一目見ようと集まっている民に向かって、手を振って見せるために。




 取り戻した城の、自分が主人となった執務室の椅子に深く腰掛けたルデルは、肺の中の空気を全て吐き出すような溜息をついた。

「冠や外套は煌びやかなせいか、見た目よりも重い物だな。肩が凝って仕方がない」

 そう愚痴を零す彼に以外に、執務室には二人の人物がいた。


「なに、緊張で体が強張っているせいでそう感じるのですよ。半年もすれば慣れますとも」

 一人は薄くなりつつある頭と深い笑皺を顔に刻んだ、見るからにおべっかが上手そうな男。強面の男や豪華なドレスを着た女の横に居たら、太鼓持ちにしか見えない。


 彼の名はファザリック・ドルマド。オルバウム選王国の中央の法衣侯爵にして、現軍務卿本人である。

「私なんて慣れ過ぎて法衣や家紋付きのローブをすぐに忘れてしまうぐらいですからな」

「それはそれで不味いと思うがな。さっきも兵士にただの文官と間違えられただろうに」

 じっとりとした口調で大物貴族二人の会話に加わったのは、エルフの男だ。しかし、繊細さや優美さ等エルフらしいイメージからは見るからに程遠い。


 顔は整っているが陰気で、背は長身だが椅子に座ったまま猫背気味なので中背程度に見える。髪は無造作に肩まで垂らし、顎には無精髭を生やしている。体つきは細いが鍛えられており、新人冒険者が使う様なレザーアーマーを着て、武器屋で纏め売りされていそうなナイフを何本かベルトに差している。


 ピンと伸びた耳が無ければ、くたびれた中年傭兵にしか見えない。少なくとも、この執務室の中に居る事が許される身分の人物か疑わしい格好だ。

 それを棚に上げ、男は視線を応接用のテーブルに落したままドルマド軍務卿に文句をつける。


「お前が表を歩くだけで、新サウロン公爵の重要な支援者である侯爵様を木端文官と間違える奴が出る。不敬罪でこの城の兵士や使用人を全員ぶち込むつもりか?」

「木端文官とは酷いですな。そう言うあなたも、それらしい格好があると思いますよ、『真なる』ランドルフ殿」

 特に気にした様子も無いドルマド軍務卿にそう言い返されたエルフの男……オルバウム選王国のS級冒険者の一人、『真なる』ランドルフは小さく鼻を鳴らした。


「ファザリック坊やも言うようになったな」

 そう彼が言っただけで、ルデルには部屋の温度が急に下がったように感じられた。

(やはりこの男、只者では無い……)

 ルデルは兄がアミッド帝国に討たれなければ、サウロン公爵軍の将軍に成る予定だった。だから普通の貴族よりも武芸には優れているし、ドロドロした権力闘争だけでは無く本物の戦場も経験している。


 それなのにドルマド軍務卿からランドルフを紹介された時は、彼の実力が全く分からなかった。

 ただこの男は自分がどんなに抵抗しても、絶対に勝てない。そんな妄想めいた確信があるだけだった。

(百年以上前にS級の称号を得て、誰もが「彼こそ真の冒険者だ」と称賛したというランドルフ。同じS級でも『蒼炎剣』のハインツとは、役者が違うという事か)


 ルデルが内心そう戦いている事に気がついているのか居ないのか、ランドルフもドルマド同様気を悪くした訳では無かったらしい。何事も無かったように懐から出した酒の小瓶を開けて、中身を呷る。

「依頼を受ける前に確認したぞ。ドレスコードは無し、貸すのは名前だけ、万が一の事態が起きない限り俺はいるだけでいい。そうだったな?」

 そしてそう雇い主であるドルマドに聞き返した。


 実はランドルフは冒険者としてはとっくに引退していた。正確には、S級冒険者としては引退する事を宣言していた。

 ある時懇意にしていた冒険者ギルド支部のギルドマスターに、「これからは依頼を受けず、勝手に魔境に入って喰うのに困らない程度に魔物を狩って生きていく」と告げ、ギルドカードを返そうとしたのだ。


 冒険者を止めれば魔物の討伐証明を含めた素材や、魔境やダンジョンの産物もギルドでは買い取ってもらえず、その度に個人で商人に売り込むか、自分自身で売りさばかなくてはならない。

 しかし、元とはいえランドルフはS級冒険者。冒険者の資格と身分の保証は失われたとしても、彼が身につけた実力や経験はそのままだ。そうである以上、どんな商人でもランドルフと取引したがるだろう。


 それにランドルフは普段から贅沢に興味の無い男だった。しかもエルフらしく森で暮らす術に長けており、町に入らなくても自活できる。

 適当な獲物を狩って、草木や獣の毛から繊維を採って服を仕立て、果物から酒を造り、それで満足してしまう男だ。


 一応、当時彼は選王国の名誉貴族位を得ていたが、それすら「要らん、年金も必要無い」と言い捨てた。

 それを聞いて慌てたのはギルドマスターだけではなく、当時のオルバウム選王国上層部まで震撼する事態となった。

 国を代表する冒険者であるランドルフが、その力を持ったまま引退する。もしアミッド帝国側にヘッドハンティングでもされたら一大事だ。


 何より問題だったのがそれを止める方法が無い事だった。そこでランドルフに頼み込んで、最大限彼の要望を取り入れつつも、『真なる』ランドルフは第一線を退いただけで健在であるという事にしてもらった。

 その彼を雇う条件が、先程口にした物だ。


「分かっていますとも。そして今のところ、万が一の事態は無い。どうやら、貴方の名前が効いたようです」

 撤退したアミッド帝国軍はミルグ盾国の国境越しにこちらを観察しているだけで、大人しくしている。領内に潜伏している帝国の密偵が、何か事件を起こす兆しも無い。

 順調そのものだと、ドルマド軍務卿は事態を楽観していた。


 それはルデルも同様で、寧ろ彼の警戒心は他の公爵、そしてここにいるドルマドとの政治闘争に向けられていた。彼等は大切な支援者だが、だからと言って彼等の傀儡に堕ちるつもりはないからだ。

 しかしランドルフの意見は違うらしい。


「ファザリックの坊や、レジスタンスの連中の事はいいのか? あとそこの若いの、旧スキュラ領はどうするつもりだ?」

 若いの呼ばわりされたルデルの頬が若干引き攣ったが、ドルマドは柔和な笑みを浮かべて答えた。


「何の心配も要りませんよ。十分対処できます」

 ドルマドとルデルは選王国の情報網を使って以前からサウロン領に密偵を複数潜入させて情報を収集していた。

 集めた情報の中には『光速剣』のリッケルトが討ち取られた日に観測された、砕かれる光の柱や激しい爆発音の報告も含まれる。


 そしてマルメ公爵軍の混乱と、帝国が発表した情報。そしてその後のレジスタンスの動き…それらを分析した結果ドルマド、そしてルデルはこの時点でレジスタンス組織『サウロン解放戦線』はほぼ壊滅状態にあり、僅かな生き残りが自分達の実家を通じて連絡を取って来ている状態だと判断していた。


 いや、ドルマドは以前から『サウロン解放戦線』の存在そのものに疑問を持っていた。

 彼等のリーダーである『解放の姫騎士』が、恐らくベアハルト騎士爵家の一人娘、イリスである事は調べがついていた。しかし、ある時期から『解放の姫騎士』を含めた組織全てが変わり過ぎている。


 それは『新生サウロン公爵軍』の残党を吸収した程度では、説明が出来ないものだった。

 まず、以前と比べて戦果を急激に挙げるようになった。それも、高度な情報戦や戦略での勝利では無く、単純な戦闘能力での勝利を重ねている。短期間の間に、まるで別人のように強くなっているのだ。


 更に、同時期から物資の消費量が明らかに減っている。レジスタンスの支援者とされる者達の周辺や、占領軍が受けた被害や奪われた物資を調べて分析したが、明らかだ。

 ポーションを含めた医薬品や武具、そして食料の援助をイリスがいるレジスタンス本隊は殆ど求めていないのだ。


 他にも、レジスタンスのメンバーにヴィダの聖印を持つ者が増えたとか、『解放の姫騎士』が以前は口にしていたアルダの格言を言わなくなった等、奇妙な点は探せば幾らでも出てきた。


 この事から、ドルマドは『サウロン解放戦線』の中心メンバーは「別人に入れ替わり、物資の援助や鹵獲が必要無い状態にある」のではないかと推測した。

 つまり、『新生サウロン公爵軍』と同時期に『サウロン解放戦線』もアミッド帝国の占領軍の手によって壊滅させられ、偽者にすり替わっているのではないかと考えたのだ。


 恐らくサウロン領内部の反乱分子を探り、一か所に纏めるための偽装部隊だったのだろう。実際は占領軍から補給を受けていたので、物資も必要無かったのだ。

 恐らく、自治区のスキュラ達も占領軍によって殺されたか、更に境界山脈の奥へ追いやられてしまったのだろう。


 そんな大規模な偽装を行い、最終的にはオルバウム選王国軍を罠に嵌めようと企んだ。『邪砕十五剣』を派遣したのも、何らかの作戦に違いない。

 しかし絶妙なタイミングで境界山脈を越えて現れた強力なアンデッドによって、自分達も壊滅の憂き目にあったのだろう。


「まだ連絡があるようですが、それこそ運良く数人が生き残っているだけ。勢力としてはとるに足らない。今そのルートを逆に辿り、彼等を捕える段取りをつけています。

 表向きには死んだ事にして、何も知らない末端のメンバーを英雄だと持ち上げて町や村の名士や騎士に取りたてれば、それで終わりでしょう」


「随分都合良く……薄汚く物事を考えられるな。奴らの言葉通りだとは考えられないのか?」

 鼻で笑うランドルフに、ドルマドは即答した。

「考えられませんな。A級冒険者に匹敵する猛者揃いの『邪砕十五剣』を倒した強力なアンデッドとの戦闘に巻き込まれて、レジスタンスだけ無傷だったとは思えません」


 その時恐ろしい爆発音と麓からも分かるほど激しい閃光が二度も起きたとの情報を手に入れている。スキュラ自治区はそれなりに広いが、偽レジスタンスが巻き込まれずに済むとは思えない。


「そういう事を聞いたんじゃない。レジスタンスが潔白だったらどうするのだと聞いている」

「ランドルフ殿、それは貴殿が嫌いな政治の話だ。遠慮して頂こう」

 尚もランドルフはドルマドに問い続けたが、顔を強張らせたルデルがそれを遮った。


 エレオノーラやマイルズが推測した通り、ルデルが支援者の子弟や尽力してくれた家臣に名誉と領地を振る舞う事は決まっていた。そして、同時にイリス達は将来自分の治世の障害になる可能性が高いとルデルは考えていた。

 イリスを妻に迎えて見せれば大衆の支持は集まるだろうが、彼女が他のメンバーが蔑にされるのを納得するとは思えない。


 そうである以上、このまま死んで利用可能な英雄に成ってもらった方が良いのだ。


 ランドルフには話していないが、レジスタンスメンバーが実家に送った手紙の筆跡から、何人かは本人であると確認が取れている。その者が真にレジスタンスなのか、それとも占領軍に寝返った裏切り者なのかは関係無い。

 誘き出して捕え、締め上げて情報を吐かせた後消えて貰う算段は付いている。後は実行するだけの状態だ。それが済んでから、スキュラ自治区の調査を行う予定になっている。


 レジスタンスの支援者や末端のメンバーも、五月蠅いようなら相応の対応を執る予定である。


「成るほど。全てはオルバウム選王国の盾であり矛である、サウロン公爵領の安定の為、選王国の繁栄の為か」

 だが、察したのだろう。ランドルフはそう言うと、もう一度酒を呷ってから席を立った。

「どちらへ?」

「何処かへ、だ。暫くはこの町の中に居てやるから心配するな。お前の曾祖母には、それぐらいの恩を受けたからな」


「何でしたら、ご自分で確かめてみますか? 現在旧スキュラ領は閉鎖していますが、貴方が赴くのなら話は別ですよ」

 『真なる』ランドルフなら『邪砕十五剣』を倒すような強力な個体を含む、数百数千のアンデッドの群れが待ち受けていても成果を上げるだろうと確信しての言葉だったが、彼はその気は無いと背中越しに手を振った。


「目立った働きをするつもりはない。お前等がどうする気なのかも、聞かないでおいてやる。精々ダンピールに気を付けろ」

 そう言って部屋から出て行ってしまった。


「……気難しい人だ。それに、存外青い」

「こういう事に慣れる事が出来ないから、彼は冒険者を辞めようとしたのだと曾祖母が漏らしていたと、祖父から聞いた事がありますよ。

 だというのに、政治の世界とは無縁でいられない程の強さを身につけてしまった。才能というのは、持ち主を幸福にするとは限りませんな」


 くたびれ諦めきった様子なのに、時たま口を挟んでくる。ルデルにはレジスタンスや境界山脈を越えて現れたアンデッドよりも、ランドルフの方が危険な存在のように思えた。

 そして緊張を誤魔化すようにドルマドに話しかけた。


「彼が言った、ダンピールとは何の事です? 私は『蒼炎剣』のハインツに保護されているセレンという少女以外にダンピールが存在したとは知らなかったのだが」

「ははは、帝国の流した偽装情報ですよ。恐らく、冗談のつもりでしょう」


 ドルマドはルデルと違い、ミルグ盾国で従属種吸血鬼とダークエルフの間にダンピールが産まれたらしい事は知っていた。ハートナー公爵領のニアーキの町に現れた事も。

 アミッド帝国が、そのダンピールが境界山脈から出てくるところを見逃すまいとしていた事も耳に入っている。


 だが、ドルマドはそのダンピールの経歴を疑っていた。ダンピールとは言え、三歳に満たない幼さでグール数百匹を率いて境界山脈を越え、ミルグ盾国の遠征軍をアンデッドにして返したなんて、どうやって信じられるのか。

 そもそも情報があまりに不自然だ。


 グールを率いているようだったという情報は冒険者一人の目撃証言でしか無く、その後グールを率いて境界山脈を越えたらしいという情報も、それらしい痕跡が見つかったという報告があっただけで目撃された訳ではない。

 ミルグ盾国の遠征軍が撃退されたというのは、ただの推測でしかない。生存者どころか、目撃者すらいない。


 ドルマドはそれらを統合して考えた結果、ミルグ盾国にダンピールが発生し、それが約二年前ハートナー公爵領に現れたのは事実だ。しかし、グールを率いて境界山脈を越えたダンピールは存在しないと推測した。

 アミッド帝国が様々な工作の為に創り出したのだと考えたのだ。

 帝国内の獅子身中の虫である悪徳貴族や、独立を企む属国の軍事力を削り、オルバウム選王国の情報部を惑わすための。


 そう説明すると、ルデルは「なるほど」と納得しつつも、「しかし」と続けた。

「しかし、あの帝国がそんな馬鹿げた事をするだろうか? 正直、太陽が西から昇って東に沈んだと言われた方が、まだ信じられると私は思うのだが。偽情報にしても、もっと説得力のある話をでっち上げるのでは?」

「だからこそですよ、ルデル殿。馬鹿げた話を帝国が存在するかのように工作する事により、もしかしたらと考えさせる。それが狙いです」


 そうだと、ドルマドは思い込んでいた。

 ミルグ盾国のトーマス・パルパペック伯爵は宗主国との関係が良くないと噂される人物だ。だが、そう噂されているが実は裏で繋がっているなんて事は、政治の世界では珍しくない。

 冒険者や密偵に偽の証言をさせるくらい、軍務卿の地位と権力があれば簡単な事だっただろう。


 現ハートナー公爵のルーカスもダンピールを警戒しているとの情報が入っているが、あれは帝国の偽情報を利用して、領内で起こった数々の失態や事件の責任を有耶無耶にするための偽装工作に違いない。賊に奪われたという【魔王の欠片】の封印の行方も、怪しいものだ。

 もしかしたら独自に『魔王の装具』を創り出そうとして失敗した結果城が傾くような事態になり、それを隠すためのでっちあげかもしれない。


 そう考えた方が常識的だ。いや、そう考えない者は正常な思考力を失っている。

「ルデル殿も、常に冷静な判断と思考を手放してはなりませんよ。そうでなければ、馬鹿げた話に踊らされて後で後悔する事になります」

「な、なるほど。胆に銘じておきます」


 ドルマドがこうしてルデルに説明するのも、自分に対しての警戒心を緩ませるためだ。

「それでこそサウロン公爵です、ルデル殿」

 ファザリック・ドルマド。彼は猜疑心が強く、太陽が西から昇って東に沈むとは決して考えない常識的で、有能な政治家だった。




 一枚の地図を囲んで見ている三人は、顔を突き合わせて唸った後息を吐いた。

「これは……また山脈の内側に引っ込んだな」

「意外だわ。てっきりサウロン領を武力で支配すると思っていたのに」

「まあ、あいつもそこまで事を荒立てるつもりはないって事だろ」


 そう言い合いながら、宿屋の一室に集まった三人……【千里眼】の天道達也、【イフリータ】の赤城晶子、【メイジマッシャー】の三波浅黄はそれぞれの椅子に座り直した。

 彼等はこの世界に転生してから数か月、ハートナー領のある町で冒険者として活動していた。


 街道沿いの宿場町の冒険者ギルドで登録してジョブに就き、そこから更に離れた町でE級に昇格してまたジョブチェンジ。そうして活動場所を短期間で変える事で、「妙な新人が異常な速さで昇級していく」と目を付けられない様にしていた。


 この『ラムダ』世界では情報伝達の手段が発達してないため、ある程度離れた町まで移動を繰り返すだけで簡単な偽装が行える。ギルドも、数多い新人冒険者の情報を以前活動していた町まで問い合わせるような事はまずしないからだ。

 ただ、流石にC級冒険者以上に成れば「拠点を次々に変える妙な連中」と逆に目立つ事になるが。


 それは兎も角、宿屋の部屋で彼等が行っているのは、ヴァンダルーの動向を探るための作戦会議だった。

 転生者達には一定以上の死属性の魔力を持つ者の居場所を探知する【ターゲットレーダー】が、ユニークスキルとしてロドコルテから与えられている。

 それによってヴァンダルーがいる方向と距離が分かる。


 その反応と神域で見たバーンガイア大陸の映像から書き起こした地図を比較していたのだ。

 ……頼りの地図は、正確さに疑問が残る出来だったが。しかし、人工衛星等高所から地形を観測する手立ても無く、地図が軍事上の機密扱いをされているこの世界では、個人が所有している物では十分すぎる物だった。

 これ以上の正確性を求めるなら、何処かの公爵家に盗みに入るしかない。


 天道……転生してタツヤ・テンドウになった彼の【千里眼】でも、生まれ変わった後では限界がある。

「テンドウ、やっぱり透視で見るのは無理か?」

「無理だ。透視で何もかも見える訳じゃ無いのは、『オリジン』に居た時と変わらない。それに、直接見たら【デスサイズ】の時みたいに、気づかれる可能性が高い」

「離れていれば気がつかれても問題無い、ってのも怪しいしね。あいつ、どうやらテレポートまで出来るようだし」


 【ターゲットレーダー】で居場所を探ると、不可解な事にヴァンダルーの反応が瞬間的に移動する事が多々ある。彼等はそれを瞬間移動だろうと考えていた。

 今のところは、自由自在に移動できるわけでは無いらしいが、そう見せているだけかもしれない。


「だけど、これからどうするつもりだと思う? 大人しく引き下がるとは思えないけど」

 赤城晶子……ショウコ・アカギがそう言って首を傾げた。ラムダに転生する前のヴァンダルーを彼女は……彼女を含めた転生者全員が何も知らない。

 しかし、転生した後のヴァンダルーの情報は知っている。


 それによると彼は、自分達が何かされた時、相手が誰であってもやり返している。それが国や、神であっても。

 だというのに今回は大人しく引いているように見える。それがショウコには奇妙だった。テンドウも同感だと頷く。


「いや、あいつも守るものが増えて落ち着いて来たって事だろう。それに元々悪い奴じゃないし、頭に血が上らなければ、穏便に事態を治めようとしても不思議はないだろ?」

 しかし浅黄……アサギ・ミナミには異論があるようだ。そう言ったあと腕を組み、うんうんと一人頷いている。


 それにショウコとテンドウの二人は顔を見合わせると、微妙な苦笑いを浮かべた。

「確かに、元々悪い奴じゃないとは思うが……」

 地球に居た頃は普通の学生だったし、咄嗟にクラスメイトの女子を助けて自分が代わりに死んでいる。オリジンでも、アンデッド化した後に自分と同じ実験体だったプルートー達を助けている。

 当時のヴァンダルーは悪い奴どころか、善人に分類されるべき人物だったはずだ。


「でも『悪い奴じゃない』のなら六千人の軍、それも降伏しようとした奴も含めて皆殺しにして、アンデッド化させた後故郷で暴れさせたりはしないんじゃないか?」

「アサギ、あたし達が通っていた日本の学校じゃ『捕虜は取るな』なんて教える授業は無かったはずだよ」

 以前のミルグ盾国の遠征軍の、特に降伏を願い出た兵士達にした仕打ちについてテンドウとショウコが言及すると、アサギも顔を顰めた。


「あれは……あいつも精一杯だったんだ、きっと。今のあいつは、自分の仲間以外世界中が敵だらけだと思い込んでいる。だから自由に成るアンデッドや魔物で周りを囲んでいるんだ。

 でも本当はそれじゃいけないと思うから、生きている人達も助けている。そう思うだろう?」

 そう力説するアサギだが、二人は声を揃えて「分からない」と答えた。


「地球から人格と記憶をずっと引き継いでいる筈なのに、おおよそ行動が過激で奇抜で、あいつがどんな精神状態にあるのかなんて、想像がつかないよ」

「寧ろ、場合によっては話が通じそうなのが逆に不自然だ。でも俺達の目的は、まず彼と話を付ける事だ。ムラカミ達以外君を殺すつもりはないって。

 アサギ、君のその説得はその後にしてくれよ」


「何度も念を押すなよ。分かっているって。

 とりあえずこの後は境界山脈沿いの公爵領で活動して、あいつが出て来るのを待とう」


 アサギ達は彼等が転生した後に起きた事、『邪砕十五剣』がヴァンダルーに破れた一件も含めてサウロン領で何が起きているのかを正確には知らない。

 ただヴァンダルーが『サウロン解放戦線』の『解放の姫騎士』、イリス・ベアハルトに肩入れしており、そうである以上彼女が死ぬはずがない。なのにオルバウム選王国軍が彼女の死を発表した事から、選王国がヴァンダルーの不利益に成る事をしたのだろうと思っただけだ。


「あとはそうだな……タイミングを見て、ダンジョンにでも行ってみるか。人気の無い階層……ボスの部屋とかで【御使い降臨】を使えば、誰にも知られる事は無いだろう」


 ロドコルテの神域に居る御使いになった仲間達からの情報も、まだ送られてきていない。

 当初の予定では、【御使い降臨】スキルを使用して彼等か、彼等が情報を込めた御使いを降臨させ、情報を受け取る手筈となっていた。

 しかし、空から光の柱が降って来たら目立つという理由で、まだそれを実行していなかったからだ。【御使い降臨】のスキルは、本来新人冒険者が使えるものではないのだ。


「そうだな。何か分かるかもしれない。……この辺りに在るダンジョンは、D級で難易度が低くて人が多いのばかりだから、他を探すべきだろうけれど」




 冷たい水と泥をものともせず、酷く痩せた農夫が棚田の整備をしていた。

『カカカカ』

 いや、痩せた農夫ではなかった。ボロボロの布を纏ったスケルトンだった。彼は崩れた棚田のあぜ道の補修を丁寧に行っている。


『お゛おぉ……稲を植えぇ』

『田を耕せぇ』

 その近くを、田植え中のレイスの集団が通り過ぎる。


「まさかアンデッドに畑仕事を教える事に成るとは……キューバス村長、儂等大丈夫かのぅ?」

「情けない声を出すな。アンデッドが文句を言わずに働いてるのに、生きている儂らが見習わないでどうする!」

「幾らなんでもそりゃ無茶じゃよ。最近妙にゴブリンや魔物も増えている様じゃし、危なくないかの?」

「男が文句を言うんじゃないよ! 給金まで貰ってるんだ、黙って働きな!」

「婆さんや、黙っていたら教えられんだろう」


 キューバスを含めた壮年から老年の男女が、リビングアーマーやゾンビに護衛されながら、アンデッドに農業を教えていく。


 旧スキュラ領では、マルメ公爵軍や傭兵団だった粗製アンデッド達に管理される事に成ったが、そこはやはり粗製。しかも、生前軍人や傭兵をしていた者や、紛れ込んだゴブリン等の魔物だった者ばかりだ。

 防衛に関してはプロだが、農業に関しては素人だ。


 そして『サウロン解放戦線』を解散してタロスヘイムに移住する前に、キューバスの村のような自分達に深くかかわった支援者を、このまま放っておくことは出来ないとイリス達が主張した。

 新サウロン公爵の騎士達からレジスタンスの事について口止めされていたキューバス達は、サウロン領ではこれから暮らしにくくなる事が確実だった。


 それに加えて最悪の場合、何もせず姿を消したレジスタンスを不審に思ったルデル・サウロンやその家臣達に捕えられ、拷問にかけられ、その後口封じのために山賊の仕業に見せかけて皆殺しの目に遭うかもしれない。

 そのためヴァンダルーは、ハートナー公爵領で開拓村にしたように、村にレジスタンスのメンバーと共に日参して医療支援等をしつつ、村人を説得したのだった。


 村ぐるみでイリス達に協力していたキューバスの村の人々は、元々新しいサウロン公爵に不信感を持っており、説得には数日しかかからなかった。

 そして村人の働き口として、旧スキュラ領での農業指導を斡旋したのである。


「お爺さんお婆さん、足元に気を付けてね~」

 彼等の世話にはここの住人だったスキュラに数人付いてもらい、護衛に水田での作業に向かないリビングアーマーを中心としたアンデッド達を付けた。


 そして自治区外円部には、修復したモノリスやストーンサークルゴーレム。棚田に収まりきらなかった粗製アンデッド約二千。元『邪砕十五剣』の一人、アンデッドスレイガーとその配下を配置してある。

 自動アンデッド化魔術陣も、魔力が残っているので当分は動き続けるだろう。

 近々飛行可能なワイバーン等の魔物のアンデッドも配置して、航空戦力も揃える予定だ。


「しかし、真冬だって言うのに何でこの稲は育つんだ?」

「魔境に在る私達の新しい田んぼから持ってきた稲だからだよ、きっと。それにしても最近ゴブリンだけじゃなくて、他の魔物も多いよね。私や護衛のアンデッドから離れちゃダメだからね」


 そしてこの時ヴァンダルーを含めて誰も気が付いて無いが、このスキュラ自治区全体が魔境と化していた。

 魔境とは、一般的に汚染された魔力に土地が侵されて出来る魔物の巣窟だ。


 設置されたモノリスやストーンサークル、激しい『邪砕十五剣』との戦い、その後の自動アンデッド化魔術陣の設置に、大量発生するアンデッド。

 これだけ魔力が大盤振る舞いされれば、旧スキュラ領が魔境と化すのは必然であった。


 しかし繁殖力を増したアンデッド以外のゴブリン等の魔物は、そのままでは無数の粗製アンデッドに狩り尽くされてしまう。幾ら魔物にとって魔境の環境が好ましくても、生きていけないのでは意味が無い。

 魔物達が生存するため自治区の外に向かうのも、必然であった。


 そして連絡が取れなくなったレジスタンスや、人が消えたキューバスの村等奇妙な事が続けて起こったため、ルデルやドルマドが予定より早く調査に乗り出そうとした時には、スキュラ自治区に接している仮設砦で魔物の被害が続発する事態にまで陥っていた。


 こうしてルデル・サウロンはスキュラ自治区だけでは無く、それに隣接した土地も統治できない状態に陥ったのだった。

 サウロン領全体の面積と比べれば、まだ微々たる被害である。ただ大本である旧スキュラ自治区を攻略できない限り、魔物は溢れ続け魔境は徐々に広がる事だろう。

拙作「四度目は嫌な死属性魔術師」の発売日が12月15日に決定しました!

ネット小説大賞のホームページでキャラクターラフやカバーイラスト等も公開されていますので、よければご覧ください。


もし書店で見かけましたら手にとって頂けると幸いです。



12月11日に156話を投稿する予定です。


○追記 『魔王』の二つ名効果に、『魔王の再来』の効果を追加しました。

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