百五十二話 ちょっと顔を貸してください
『五頭蛇』のエルヴィーンを経験値に変えた後、ヴァンダルーは致命傷を負ったイリスを助ける為、彼女が生まれ変わるのに必要な場所に送り届けた。そしてタロスヘイムに戻ってきた彼は、ふらふらとした足取りでジョブチェンジ部屋に入った。
イリスは聖剣ネメシスベルで重要器官を傷つけられていて、【死亡遅延】の魔術を維持し続けなければ半時と持たずに死亡する状態だった。
その彼女を吸血鬼以外のヴィダの新種族に変化させ、肉体が再構成される際の再生や、変化後の生命力や治癒能力の向上を利用して治療する。
その儀式を行うために必要な場所に向かうために怪鳥形態、【幽体離脱】した霊体を翼の形に【実体化】スキルで実体化したり、必要な魔力を用意したり、大変な労力だった。
「……眠い」
労力よりも時間的な問題の方が大変だったが。
儀式を行う場所の近くにレギオンが転移先に指定できる相手がおらず、まだダンジョンも作っていなかったので飛んで移動しなければならず時間がかかったし、儀式が長年行われていなかったので、必要な道具を集め、手順を確認する事が必要で手間がかかった。
協力して貰うための説得がごく短時間で済んだお蔭で大分短縮できたが、それでもきつい事に変わりは無い。
移動中の時間を使って魔王の装具の封印を破壊して、【魔王の触角】を手に入れられたのは収穫だったが。
「【状態異常耐性】スキルで眠気も我慢できますけど、我慢できるからって辛くない訳じゃ無いのですよね~。
でもこれからすぐ一仕事しなくちゃいけないし……その前に、ついでにジョブチェンジを」
『蟲軍』のベベケットに止めを刺したエルヴィーンで得られた経験値は、かなりの量だった。他に【魔王の眼球】越しに見ていた事で手に入れた『王殺し』のスレイガーや、『光速剣』のリッケルト、それに『柄』の構成員の経験値で、ヴァンダルーの【魔王使い】ジョブのレベルは100に到達していた。
流石冒険者ならS級も狙えた男と、その同僚達だ。
【魔王の眼球】越しに視ると肉眼で見たのと同じように経験値が得られるのも幸運だった。
「まあ、情報を引き出した後食べるとして……『解放の悪神』ラヴォヴィファードを食べて能力値やスキルは上がったけれど、記憶は引き継がなかったので大丈夫でしょう。
それは兎も角……」
ペタリと水晶に触れると、脳内にジョブチェンジ可能なジョブが表示される。
《選択可能ジョブ 【病魔】 【霊闘士】 【鞭舌禍】 【怨狂士】 【死霊魔術師】 【冥医】 【迷宮創造者】【魔砲士】 【冥王魔術師】 【神敵】 【冥導士】 【創導士】 【堕武者】 【蟲忍】 【滅導士】(NEW!)》
「うん、増えた」
【滅導士】……名前からしてダメな導きでは無いだろうか? 色々と滅びそうなのだが。
「魂を砕いたり食べたりしたせいかな……まあ、兎も角【冥導士】を選択」
誰かが首を狙っていると【危険感知:死】の魔術で分かったにも関わらず、スレイガーの動きが速すぎて対応する事が出来なかった。
寸前で気がついたが身体を動かし魔術を発動する前に、スレイガーが背後に現れ得物を一閃していたのだ。……得物がオリハルコンだったし、一撃に込められた威力も大きかったので、咄嗟に張れる結界程度では無駄だっただろうけれど。
あの時首を刎ねられたのがヴァンダルーでなければ、即死していただろう。
その超スピードを可能にしていたのが、スレイガーが所持していたアーティファクトと上位スキル。超人的な身体能力だ。
そんなスレイガー並の暗殺者はそういないだろうが、零では無いだろう。ではどうするのか……。
「とりあえず、俺がスレイガー並みに身体能力を鍛えるしかない」
簡単に解決できる問題では無いので、有効な解決策を思いつくまで地道に鍛えよう。
《【魔力増大】スキルのレベルが上がりました!》
《【導き:冥道】、【冥道誘引】スキルを獲得しました!》
《【導き:冥道】スキルが【導き:魔道】スキルと統合され、【導き:冥魔道】スキルに変化しました!》
《【冥道誘引】スキルが【魔道誘引】スキルと統合され、【冥魔道誘引】スキルに変化しました!》
・名前:ヴァンダルー
・種族:ダンピール(ダークエルフ)
・年齢:9歳
・二つ名:【グールキング】 【蝕王】 【魔王の再来】 【開拓地の守護者】 【ヴィダの御子】 【怪物】 【鱗王】 【触王】 【勇者】(NEW!)
・ジョブ:冥導士
・レベル:0
・ジョブ履歴:死属性魔術師、ゴーレム錬成士、アンデッドテイマー、魂滅士、毒手使い、蟲使い、樹術士、魔導士、大敵、ゾンビメイカー、ゴーレム創成師、屍鬼官、魔王使い
・能力値
生命力:9,291
魔力 :1,516,260,108+(758,130,054)
力 :1,557
敏捷 :1,229
体力 :1,675
知力 :3,100
・パッシブスキル
怪力:8Lv(UP!)
高速再生:3Lv(UP!)
冥王魔術:2Lv(UP!)
状態異常耐性:10Lv
魔術耐性:7Lv
闇視
冥魔道誘引:3Lv(冥道誘引と統合後変化!)
詠唱破棄:6Lv
導き:冥魔道:5Lv(導き:冥道と統合後変化!)
魔力自動回復:8Lv(UP!)
従属強化:8Lv
毒分泌(爪牙舌):7Lv(UP!)
敏捷強化:5Lv(UP!)
身体伸縮(舌):7Lv(UP!)
無手時攻撃力強化:大
身体強化(髪爪舌牙):6Lv(UP!)
糸精製:3Lv
魔力増大:5Lv(UP!)
・アクティブスキル
業血:4Lv
限界超越:1Lv(限界突破から覚醒!)
ゴーレム創成:3Lv
無属性魔術:9Lv
魔術制御:8Lv
霊体:10Lv(UP!)
料理:5Lv
錬金術:7Lv
格闘術:8Lv(UP!)
同時発動:8Lv
遠隔操作:8Lv
手術:7Lv
並列思考:7Lv
実体化:6Lv
連携:7Lv
高速思考:7Lv(UP!)
指揮:7Lv
操糸術:6Lv
投擲術:6Lv
叫喚:4Lv
死霊魔術:7Lv(UP!)
砲術:7Lv(UP!)
鎧術:4Lv(UP!)
盾術:4Lv(UP!)
装群術:2Lv
欠片限界突破:2Lv(UP!)
・ユニークスキル
神喰らい:2Lv(UP!)
異形精神:9Lv(UP!)
精神侵食:7Lv
迷宮建築:7Lv
魔王融合:9Lv(UP!)
深淵:4Lv
対敵
魂喰らい:2Lv(UP!)
・魔王の欠片
血、角、吸盤、墨袋、甲羅、臭腺、発光器官、脂肪(NEW!)、顎(NEW!)、眼球(NEW!)、口吻(NEW!)、体毛(NEW!)、外骨格(NEW!)、節足(NEW!)、触角(NEW!)
・呪い
前世経験値持越し不能
既存ジョブ不能
経験値自力取得不能
「うん、こうして見ると能力値も上がったな。
生命力は一万に近いし、敏捷も千を越えた。スキルもあるし、今なら並のB級冒険者相手なら魔術を使わず肉弾戦だけで戦っても勝てるかもしれませんね」
尤も、結局スレイガーの速さには対応できなかったのだが。
魔力が合計二十億以上あっても死ぬ時は死ぬという事を忘れてはいけない。
「それより【導き:冥魔道】と【冥魔道誘引】……元の名称だと生きている人を死に導きそうでイメージが悪いから、変わったのは良いのですけど」
導きや誘引する対象が増えたという事だろうか? まあ、その内分かるだろう。
「とりあえず、一仕事するのが先ですね。とりあえず、イリスが生まれ変わる前に頭は潰しておかないと」
マルメ公爵は占領軍司令部の執務室で心安らかに午後を過ごしていた。
このサウロン領に就任してからずっと悩まされてきた問題が一つ、片付くからだ。
「マシュクザールに頭を下げるのは屈辱だったが……どうと言う事は無かったな」
従兄弟であると同時に政敵であるマシュクザールに頭を下げて、『光速剣』のリッケルト達『邪砕十五剣』の出動を願った。
そして昨日到着した。マルメ公爵が姿を見て挨拶を交わしたのは、領地の無い法衣貴族だが同じ公爵であり、何より親戚であるリッケルト・アミッドだけだったが、姿を隠しているだけで他にも何人か来ていたはずだ。
そしてリッケルトは昨日の内に姿を現さなかった他の『邪砕十五剣』と共にレジスタンス共が巣くう旧スキュラ自治区に赴いた。
旧スキュラ自治区との境界にある砦……が去年アンデッドの群れに襲われて破壊されたので、急拵えの仮設の砦に詰めている兵達の報告では、旧スキュラ自治区で遠くからでも分かる激しい輝きや爆発、木々が砕け倒れる轟音を何度も確認し、【御使い降臨】スキルの発動時に天から降りてくる光の柱も三度見たとあった。……その内二度は柱が不自然に消えたという記述もあったが、恐らく気のせいだろう。
「フッ、リッケルト達の勝利を祝うためのパーティーを催さなければならんな。兵共にも振る舞ってやるとしよう。いや、その前に愚かな民草に姫騎士の首を見せてやるのが先か」
その報告を受ける前から、マルメ公爵の中ではリッケルト達の勝利が確定していた。愚かにも調子に乗っていたレジスタンスは駆逐され、姫騎士と名乗る小娘と裏切り者のラグジュ男爵が首だけになって彼の前に置かれる事を疑わなかった。
こうして念のために占領軍司令部に詰めているが、それは任務を終えて戻ってきたリッケルト達を占領軍のトップである自分が出迎えて、直々に労を労ってやるためだ。そこまですればリッケルトと、彼を派遣したマシュクザールの印象も少しは良くなるだろう。
今回の一件で自分の政治的な影響力は低下したが、皇帝や英雄と同じ一族である事をアピールしておけばある程度抑えられるはずだ。
出来れば姫騎士は生け捕りにして民衆の前で火炙りの刑にでも処したいところだったが、帝国貴族でありながら裏切ったクオーコは兎も角、姫騎士は若い女であるらしい。下手な事をして処刑した後も反乱分子にカリスマとして利用されたら厄介だ。
それに出動を嘆願した手前、『光速剣』の名声が陰るような事はさせられない。首を晒すだけで我慢するとしよう。ラグジュ男爵の家族についても、特別に助命を許してやろう。……その後出家させて世俗から離れさせるし、折を見て「病死」して貰うが。
愉悦に酔いながらグラスの中身を呷る。
「次のワインを持ってこい。出来ればもっと良い物を」
背後に居るはずの従僕に振り返らずにそう命令する。
「どうぞ」
すると、子供のように高いが静かな声と共に赤いワインで満たされた杯が差し出された。
「ほう、良い香り――だ、誰だ貴様!? 子供、いや、その瞳はダンピール……なのか!? 何故ここにダンピールが!?」
驚いて仰け反る中年の終わり頃に見えるマルメ公爵を見上げて、額から二本の【魔王の触角】を生やしたヴァンダルーは首を傾げた。
「おや、俺の事を知らない? ……ああ、知らされてないのでしたね。こいつは」
「こいつだと!? 貴様、公爵である私に向かって不敬にも程がある! 汚らわしいダンピールめ、子供と言えど許さんぞ!」
顔を怒りで赤くしたマルメ公爵が、扉に向かって「何をしている兵士共っ! この礼儀知らずを処刑しろ!」と叫ぶ。
叫んだが、誰もやって来ない。
「な、何故だ? 何故誰もやって来ない? 部屋の前に居るはずの兵士は? 私の騎士達はどうしたのだ!?」
「どうしたって、殺したり生け捕ったりしましたよ。まあ、この部屋に血の臭いが入って来ないよう【消臭】していますから、気がつかなくても無理は無いですけど。この触角でも分かりませんし」
「こっ!? 馬鹿を言うな! ここの兵士共は兎も角、私が連れて来たのは腕利きの――」
マルメ公爵の言葉の途中で扉が開き、そこから彼の目には黒いゴブリンと全身の肉が剥き出しの男、それに一目見てアンデッドと分かる継接ぎだらけの槍使いが姿を現す。
「キング、言われた奴以外皆やったぞ!」
『久しぶりに俺だけで動くと、逆に落ち着かない』
『ボークス達がぼやいていました。砦が狭すぎると』
ブラックゴブリンニンジャマスターにランクアップしたブラガと、レギオンから一時的に分離したゴースト、それにミハエルだ。彼等は片手にそれぞれの武器を、もう片方の手にはいくつかの生首をぶら下げていた。
その生首は、マルメ公爵の騎士や武官達だった。
「ひっ、ヒィィ!? 魔物にアンデッド!?」
顔を青くして尻餅をつくマルメ公爵を、ヴァンダルーはただ見つめる。
「現地採用の兵士の殆どと、下働きの人とかは見逃しましたし、クオーコが渡してくれたリストに在る人達は無事ですよ。貴方にとってはどうでも良いかもしれませんが」
そう言ってやるが、本当にどうでもよかったらしい。マルメ公爵は豪華な衣服の股間の部分を濡らしながら、少しでもヴァンダルーから遠ざかろうとする。
「き、貴様、まさか境界山脈の向こうに居るはずのダンピールか!? そ、そんな……どうやって、どうやってこの司令部の守りを突破したのだ!? そもそも何故軍勢を率いて山脈越えをしたのに、我が軍の誰にも気がつかれなかったのだ!?」
ミルグ盾国の遠征軍がアンデッドに成って返って来た後、自国のS級冒険者であるシュナイダーを雇って彼を討伐しようと試みた事があるマルメ公爵は、目の前のダンピールがそれだとやっと気がついた。
「こっそり山脈を越えて、砦の中に忍び込んで、後は説得と物理で対処しました」
境界山脈を越えたのはレギオンの【転移】で、その後は【死角】の【冥王魔術】や、ゴーストの力、ブラガを筆頭にブラックゴブリンニンジャ達の忍びの業で、内部に侵入。その後、ミハエル達アンデッドや蟲の魔物を解放。
ターゲットを物理的に惨殺、及び捕獲。マルメ公爵の言う腕利きの者達も、ミハエル達の敵では無かった。ターゲットの内、マシな連中の末路こそ彼等が持っている生首である。
現地採用の兵士や下働きの非戦闘要員は、【精神侵食】スキルで洗脳して外に出てもらった。
「エルヴィーン……リッケルトかな? あいつ等が勝つと信じ込んで油断していたのでしょうが、お蔭で楽でしたよ。普段通りに守りを厳重にしていたら、もっと荒っぽい手段を取る必要があったでしょう」
占領軍司令部と言っても、一つの建物の中に兵士全員が詰めている訳では無い。速やかに、そして静かに侵入して抹殺したので、同じ敷地内でも少し離れた建物の中に居る将兵はまだ状況を認識していない。
その少し離れた建物の兵士達がすぐ異変に気がつくような体制を維持していれば、少しは違っただろう。そう淡々と述べるヴァンダルーにマルメ公爵は絶句していたが、すぐに我に返った。
「ま、待て! 降伏だっ、降伏する! 貴様の目的は何だ!? オルバウム選王国での栄達か!? 何であれ私が協力できるはずだ! 私は皇位継承権を持つマルメ公爵だぞ!」
マルメ公爵は自分にどれほどの価値があるのか知っていた。なんといっても公爵である。選王国に連れて行けば多額の報奨金と交換できるし、帝国と人質交換の交渉を行えばそれ以上の金額を引き出せるだろう。
若干過剰に見積もり過ぎているが、公爵という地位が当人の能力以上の付加価値となっているのだ。
「私をここで殺しても、マシュクザールは痛くも痒くもないぞ! それどころか全面戦争の引き金に利用しかねない。ここは私を捕虜にして、名誉ある扱いを――」
「はい、ご期待に応えて殺さずに捕虜にするつもりです」
そう言われてほっと息を吐くマルメ公爵だったが、それは早計だった。ヴァンダルーの唇の間から、舌がのぞいた。
「【魔王の口吻】」
紅い舌の先端から、蝶等の口と同じ細長い口吻が伸びる。
「な、何だ、それは!? 何をすぎゃっ!?」
口吻は目にも止まらぬ速さで伸びると、マルメ公爵の胸に突き刺さった。
「これは口吻です。蝶々の口ですよ」
「貴様……捕虜に、すると……」
次第に動かなくなって行く舌や四肢に、マルメ公爵はこのまま血を吸われて死ぬのだと誤解した。
「俺が血を吸っていると思ったのなら、誤解です。逆に舌から分泌している麻酔……麻痺毒を注入しているだけです」
何故そんな事をするのかと、抵抗する積りの無かったマルメ公爵は目を見開いた。すると、ミハエルに続いて現れた、首輪をした女が近づいてくるのが見えた。
彼女は公爵の髪を乱暴に掴んで上を向かせる。
「いげっ!? にゃ、にゃひをひゅる!?」
呂律が回らないまま抗議の声を上げるマルメ公爵に構わず、アイラは愛用のナイフを抜くと紫色の舌でその刃を舐め、主人に尋ねた。
『この場で処理いたしますか?』
「はい、麻酔はしたからショック死する事は無いでしょう。捕虜として……実験台として連れて帰るけど、ちゃんと宣戦布告はしないといけませんから」
ヴァンダルーやマルメ公爵自身も含めて、公爵の顔を見たのはこの日が最後に成った。
占領軍司令部が惨劇の舞台となっている頃、顔を隠した男が一人駆けていた。
男は、今頃占領軍が危機的状況に在る事を予想していた。もしかしたら、一人も残さず全滅しているかもしれないとすら思っていた。しかし、一言の忠告もしなかった。近づこうとすらせず、男は帰る事を優先した。
(私の役目は情報を持ち帰る事、それのみ!)
ただ一人、最初から離れた場所で戦闘に一切関わらず隠れ潜んでいた故に生き延びた『柄』の男は、ただ急いでいた。
『法命神』アルダの神域では、狼狽し騒ぐ神々の喧騒で満ちていた。
人間から神に至った者もいるが、神と成った以上簡単な事では動揺しない。狼狽して我を失う等、滅多な事では無い。
だが『五頭蛇』のエルヴィーンや『光速剣』のリッケルトの記録から見た光景は、神々を混乱の渦に叩き落すには十分だった。
『あれは何なのだ!? 既に人の範疇では無いぞ!』
『一体いくつ【魔王の欠片】を……それでいて自我が飲み込まれてもいない! 奴は魔王の化身か!?』
『それよりも、『断罪の神』ニルターク殿の御使いが二柱消滅した事の方が大事ぞ! 魔力で作り上げた自我の無い御使いだったとはいえ、人の身で神の眷属を滅ぼすとは何と忌まわしい……!』
見苦しく騒いでいるなと、『雷雲の神』フィトゥンは冷めた目で同胞である神々を眺めていた。
彼は取り込んだ転生者、【マリオネッター】のハジメ・イヌイからヴァンダルーが幾つもの【魔王の欠片】を取り込み、それを我が身のように操っている事を知っていた。だから聞いていたよりも大分欠片の数が多い事に驚きはしたが、狼狽えるほどの事じゃない。
神の眷属である御使いが砕かれた事に関しては、それで動揺して顔を青くする神に軽蔑すら覚えた。
(そもそも戦争ってのは、殺し合いだろうが。自分が殺されるかもしれないから、スリルがある。それなのにこいつ等、自分の頭が『今は魔王軍残党とヴィダ派との戦時だ』って散々言っていたのを何だと思っていたんだ?)
英雄神で戦神でもある自分のように期待に震えろとは言わないが、仮にも神ならもっと泰然とするべきではないのか?
『各々方、落ち着かれよ! 地上に新たな罪人が……大罪人が誕生した。それだけの事だ!』
御使いを砕かれ、信者の魂が囚われた『断罪の神』ニルターク本人は鉄面皮で動揺の欠片も見せていないというのに。
(もっとも、信者の方は御使いを捨て石にするような奴だ……いや、奴の事だから必要な犠牲だと容認するか。砕かれたのも木偶だったようだし)
フィトゥンが暇つぶしに思考を巡らせている間にも、『眠りの女神』ミルや、フィトゥンの上司である『風の英雄神』ナインロードが落ち着かせようとするが、中々混乱は収まらない。
どうやら、魔王グドゥラニス率いる魔王軍との戦いを経験した神々の動揺が大きいようだ。恐らく、過去のトラウマが蘇ったのだろう。
(こうして見ると神も人も変わらねぇなぁ。おっと、しまった)
『フィトゥン、何か考えがあるのか?』
一人だけ黙って落ち着いているので、逆に目立ったのだろう。ナインロードがフィトゥンに目を止め、そう尋ねて来た。他の神々の視線も彼に集中する。
正直に何を考えているのか話す訳にはいかないし、だからと言って「ただ黙って突っ立っていただけです」と言うのも間抜けすぎる。
そこでフィトゥンはそれらしい事を言う事にした。
『考えという程のものじゃありませんが、まだ【欠片】を十以上使えて魂を砕く事が出来るだけでしょう? それに神の眷属を滅ぼすといっても、やったのは降臨する途中の無防備な御使い程度を滅ぼしただけ。
だとしたら、手は幾らでもあるのではないかと思いましてね』
『御使い程度だと!? ニルターク殿の前でよくも言える!』
『若輩者の分際で、貴様は事態の深刻さが解っているのか!?』
激高した様子の幾柱かの神々がフィトゥンに詰め寄ろうとする。
『その手とは?』
しかし、主神たるアルダが発言した事で押し黙り、後ろに下がった。
『私は若輩者故、大した手ではありませんが……我が主ナインロードのような勇者を、出来れば複数育て上げ、それに【魔王の欠片】に対抗できるネメシスベルの様なアーティファクトか、魔王の装具を授け、かのダンピールの五体を砕き完全に破壊。その後奴の残骸も魂も欠片と一緒に封印してしまえば良いのではないかと』
つらつらと考えを述べるフィトゥン。それは「出来れば複数」という点を除けば彼がハジメを使って実行しようとしていた作戦の概要そのままだった。
『馬鹿な事を……机上の空論だ!』
『言うのは簡単だな。フィトゥン殿、現実にそんな事が出来れば誰も苦労はしない。魔王軍残党やヴィダ派との戦争も、とっくに決着がついていただろう』
口々にフィトゥンの提案を否定する神々。実際、彼が述べた事はそれ程実現が困難……不可能なものだった。
子供が遊びで考えた世界征服の作戦と大差無く、現実感が無い。素質のある者を見繕い、加護を与える事までなら可能だ。魔王の装具は兎も角、アーティファクトを授ける事もやや難しいが不可能でない。
だがそうして選び育てた英雄が、かつての勇者と並び立てるかどうかは別問題だ。
加護を与えて成長速度を速め伸び代を増やそうが、アーティファクトを与えようが、無限に強くできる訳ではない。単純に素質だけの問題でない。成長する過程で経験した出来事や、力を得てから初めて見える欠点もある。
神だから全てが分かる訳では無い。先日ヴァンダルーに倒されたエルヴィーンに及ばない段階で終る勇者候補も多いのが現実だ。
(そんな事は言われなくても分かっている。可能かどうかわからない事に挑戦するから、楽しいんだろうが。この平和ボケした馬鹿共が)
自分を殺せる相手との殺し合いだ。負ければ全てを失う戦いに勝つための準備が、困難である事は当たり前だろうに何を言っているのだが。
『はい、浅慮を申しました』
そんな内心の呟きを表に出さず、一礼して神々の中に下がろうとするフィトゥンだったが、『いや、その通りだ』と他成らぬアルダが口にした事で場の空気が変わった。
『首を刎ねられても死なず、【魔王の欠片】を十数個取り込んでも自我を失わずにそれを操り、未知の属性魔術を唱え、人心を惑わし数多の配下を率いるダンピール。正に机上の空論、妄想の類だ。
そんな存在と戦わねばならないのだ。こちらも通常通りとは行かん。どれ程困難でも机上の空論を現実にするしかあるまい。
我が信者にして英雄、『蒼炎剣』のハインツとその仲間達に試練を課し、しかる後に力を授け机上の空論の実行を担わせる。汝らも、各々英雄候補を見出し、育てる様に』
その決定に神々は再び動揺したが、今度は『アルダ自ら率先して動いていただけるなら、あのダンピールも倒せる』という肯定的な動揺だった。
(ハインツを鍛えるねぇ……ククク、すぐにとはいかないだろう。その間に、俺はハジメを徹底的に強くしてやるとしよう)
どちらが速くヴァンダルーを殺せるかの競争に成る。楽しい予感を覚え、フィトゥンは笑いを堪えるのに苦労した。
一方、アルダは内心は苦悩に満ちていた。
(ナインロードは薄々気がついているようだな。フィトゥンも気がついてはいないか。ヴァンダルーの最も厄介な……魔王グドゥラニスとの相違点に)
魔王グドゥラニスは、この世界に元から存在していた生物と神々全てを滅ぼそうとしていた。自ら創り出した魔物は上位のものでも駒でしかなく、配下の邪悪な神々ですら逆らう者や役立たずを見せしめの為容赦無く滅ぼした。
故にこの世界に生きる全ての存在が力を結集する事が出来た。勇者ザッカートによって、敵の裏切りすら誘発させる事が可能だった。
神々が直接人々を治める神治の時代だった事を差し引いても、魔王グドゥラニスはそれ程の脅威だったのだ。
しかし、ヴァンダルーは異なる。彼はこの世界全体の敵対者や侵略者では無い。
アンデッドを含めた魔物や人間、ヴィダの新種族を問わず自らに従う者には等しく保護し、安寧をもたらす事を当然とする。敵と見なした者は滅ぼそうとするが、それも彼の中では明確な基準があるのは疑いようがない。
そしてその基準も、この世界では苛烈とは言い難い。
つまり、ヴァンダルーもこの世界で国を治める者の一人でしかないのだ。
……ただ目標とそれに至る手段、そして価値観が絶対的にアルダと彼に従う神々と相容れないというだけで。
ただ地上を生きる人間達にとっては違う。事実、ヴァンダルーはハートナー公爵領の開拓村や、《サウロン解放戦線》の者達を取り込んでいる。
アルダから見れば信じ難い事だが、ヴァンダルーは人々にとってグドゥラニスのような、世界中の人々が利害関係を超えて手を取り合い、力を結集して立ち向かう様な存在ではない。
(故に、ナインロードが提案したヴィダの新種族との和解を成し遂げなければならないか。それで、ヴァンダルーがヴィダの新種族全体の旗頭になる事を防ぐ事が出来る)
ヴィダの新種族は、人間同様神々の事情を知らない。だから人間社会で生活している者には、アルダや彼を支持する神々を信仰する者も少なくない。
そのためにはロドコルテの主張するように、ヴィダ式輪廻転生システムを破壊し、ロドコルテのシステムにヴィダの新種族達の魂を移転させなければならない。
(だが、その前提としてヴィダを神から零落させなければならない。それが成功したとしても、拾い上げられるのはヴィダの新種族の内、巨人種や獣人種等、悍ましい者達にルーツを持たない種族のみ)
アルダにとってヴィダは己の勇者を失った悲しみで正気を失い、ただ二柱残った大神として団結しリクレントやズルワーン達が復活するその日まで魔王軍の残党と戦わなければならない時に、寝返ったはずの邪悪な神々を扇動し狂気に堕ちたザンタークを惑わして世界に新たな混乱と災いを撒いた、道を誤ってしまった姉にして妹だ。
しかし、共に生れ出た時から意見を戦わせ、この世界を導いてきた事は否定できないし、するつもりも無い。
だからヴィダを十万年前、永い眠りの末に正気に戻る事を期待して倒した。
そして今、狂気の中で産みだしたのだろう彼女の子等の半数を救うために、彼女自身を完全に神の座から追いやり、残りの子等を結果的に完全な魔物に堕とす事になる。
それに躊躇や罪悪感を全く覚えない訳では無い。
『しかし、やり遂げなければならないか。元をただせば、十万年前に全てのヴィダの新種族の根を断ち、世界に秩序を守れなかった我の力不足が原因だ。だがベルウッド、我が勇者よ……汝がやがて来るハインツとの接触によって目覚めてくれることを心から願う』
ベルウッドが今も活動していれば、ファーマウンが乱心して従属神達を率いてザンタークの元に走る事も無かったろうにと、アルダは悔い、彼が目覚める事でファーマウンも正気を取り戻してくれることを願った。
・名前:リッケルト・アミッド
・種族:人種
・年齢:27
・二つ名:【光速剣】 【邪砕十五剣】
・ジョブ:剣聖
・レベル:32
・ジョブ履歴:騎士見習い、準騎士、騎士、魔騎士、魔剣使い、聖剣士、剣豪
・パッシブスキル
筋力増強:1Lv
敏捷増強:1Lv
剣装備時攻撃力強化:大
鎧装備時防御力強化:大
病毒耐性:3Lv
・アクティブスキル
光速剣術:1Lv
鎧術:8Lv
盾術:5Lv
騎乗:5Lv
弓術:3Lv
指揮:5Lv
連携:6Lv
限界超越:1Lv
魔剣限界超越:1Lv
御使い降臨:2Lv
『光速剣』のリッケルト・アミッド。当初は順当に騎士として経験と武勲を積み、剣の才能を磨くうちに聖剣ネメシスベルを手に取り、『邪砕十五剣』の一員に任命されるようになった。
基本的に直接前線に出て戦う事によって真価を発揮する人物で、騎士として兵を指揮統率する能力は平均を少し超える程度でしかない。
また、剣術に特化しているため防御力に難がある。しかしパッシブスキルで筋力と敏捷を増強して放つネメシスベルの一撃は、A級冒険者と比べても劣るものではない。
その実力は生前の『剣王』ボークスと並ぶ。装備を含めた場合は、ネメシスベルを含めてアイテムバック等の貴重なマジックアイテムで身を固めているため、ボークスを超える。
・名前:エルヴィーン
・種族:エルフ
・年齢:249
・二つ名:【五頭蛇】 【邪砕十五剣】
・ジョブ:邪鞭士
・レベル:100
・ジョブ履歴:見習い戦士、戦士、鞭使い、盗賊、魔術師、付与魔術師、魔鞭士、双鞭士、断罪者
・パッシブスキル
暗視
敏捷強化:7Lv
筋力強化:6Lv
鞭装備時攻撃力強化:大
能力値増強:忠誠:1Lv
精神汚染:3Lv
状態異常耐性:5Lv
直感:2Lv
気配感知:5Lv
・アクティブスキル
殺蛇鞭術:4Lv
格闘術:7Lv
投擲術:4Lv
無属性魔術:2Lv
魔術制御:7Lv
火属性魔術:6Lv
水属性魔術:6Lv
土属性魔術:5Lv
風属性魔術:5Lv
光属性魔術:6Lv
忍び足:9Lv
開錠:4Lv
罠:5Lv
魔鞭限界突破:10Lv
限界超越:3Lv
御使い降臨:3Lv
・ユニークスキル
ニルタークの加護
『邪砕十五剣』の『五頭蛇』、エルヴィーン。メンバーの中では古株で、冒険者ならS級への昇格も狙える腕を持つ腕利き。その力量と忠誠心は、危険な魔王の装具を貸与される程信用されていた。
元々はマシュクザールの母親である、先帝の妾だったエルフの女性と同じ集落の出身者で、それが縁となってアミッド帝国に仕える事になる。
五つの属性に適性を持つが、才能そのものはそれ程では無く、才能があった鞭の腕と密偵としての技術を磨く事を優先した。魔術に目を向けたのは、武術だけでは限界があると思ったから。そのため、鞭を含めた武器や鎧に付与する付与魔術以外の魔術は得意では無い。
生前の『氷神槍』のミハエルとほぼ互角の力量を持つ。
・ジョブ解説:魔王使い
【魔王の欠片】をその身に宿しながらも、自我を欠片に飲み込まれず、逆に欠片を飲み込み己の一部として利用する者が就く事が出来るジョブ。
【魔王侵食度】スキルを持つ欠片の所有者や、魔王の装具の所有者は就く事が出来ない。装具の所有者は封印によって欠片を武器として扱っているだけで、飲み込み己の一部としている訳では無いからだ。
拙作「四度目は嫌な死属性魔術師」の発売日が12月15日に決定しました!
もし書店で見かけましたら手にとって頂けると幸いです。
11月13日に153話を、17日にキャラクター紹介、21日に閑章 種族紹介、25日にルチリアーノレポート2 29日に八章開始 154話を投稿する予定です。




