百四十七話 神々との謁見 皇帝就任への打診と美味しいお茶菓子
大陸南部には各ヴィダの種族や魔王からヴィダ派に寝返った邪悪な神々に従う魔物達が、『ヴィダの寝所』を守る原種吸血鬼達以外それぞれの神を奉じる国を興している。
それらの国は、ザナルパドナ王国のみアラクネとエンプーサの二種族が運営するため神の名を冠した国名となっているが、他の国は全て種族の名を冠した王国となっている。
帝国を名乗るのはノーブルオーク帝国のみだ。境界山脈外の噂や伝説では兎も角、実際はそうだ。
何故ノーブルオークの国だけが帝国なのかというと、それは境界山脈内部の国々を纏める主導的な国家だったからだ。
「つまり、帝国では無く王国に戻る事はその主導的な立場を放棄する事に成る訳ですね」
そんな事情を説明されながら、ヴァンダルーはムブブジェンゲ神殿の奥に在るB級ダンジョン『大肉洞』を進んでいた。
「うむ。余がブギータスの謀反を止められなかったばかりに、特にハイコボルト国とハイゴブリン国には大きな犠牲を出してしまった。それに、我が国の国力も大きく減じた。
この状態で余と我が国が帝国に期待される役目を果たすのは、不可能だ」
のっしのっしと軽快な足取りで進むブダリオン新皇帝、もとい、国王。
彼自身はラヴォヴィファードとの戦いで、かつての賢帝ブーギと同じランク12のノーブルオークアビスハイキングにランクアップを遂げ、原種吸血鬼を除けば境界山脈内部でも最強の一人に数えられる実力を手に入れたが、流石に国家間の問題を為政者一人の戦闘力だけでどうにかする事は出来ないと、彼と彼の側近達は考えたようだ。
「引き留めてくれた各国には申し訳ないのだが」
ブダリオンが宴の席で帝国の王国への国名変更を発表した後、宴に出席していた各国の代表者達は彼に思いとどまるように説得を試みた。心から、本気で、必死に。
境界山脈外部の人間社会の国家なら、これを自国が躍進するチャンスと捉えるだろう。五万年以上も不動だった地位を自国が捥ぎ取り、他国に対して優位に立つ事を考えるはずだ。
為政者が考えなくても、貴族の中には自分達や自分の子孫が享受する利権や領地の拡大を狙って派閥を組み、国を動かそうとする者達が絶対に出てくる。
それ以外にも、もし自国と関係の悪い国がその主導的な立場を手に入れたら、自国の立場が拙くなると考えて動く国もあるだろう。
しかし、やはりこの境界山脈内部の国々は事情が異なる。
各国の為政者はそれぞれの国が奉じる神の司祭を兼ねているため、あまり無体な事をすると直接神から叱られてしまう。各国で奉じられている神にとっては自分を奉じる信者達が栄えるのも重要だが、それ以上にこの地をアルダ側の神々から守る結界の維持が重要であるため、他の国が大きく衰退してその国の神が弱る事を忌避しているからだ。
それに危険な魔境の中に都市国家が存在する状況では、他国に対して優位に立ったところで利益はたかが知れている。
何より、本来なら権力争いを始めそうなノーブルオークに次ぐ大国を構成する種族の価値観が、人間社会の王侯貴族とは異なる。
「ドナネリス女王は頭を抱えるだろう。自分達に役目が回って来そうだと」
実力的にB級ダンジョンはまだ辛い為、ヴァンダルーに守られながら進むギザニアはそう言い、同じように進むミューゼも同意した。
「そうでござるな。某達ザナルパドナは現状で十分栄えているでござるし……もっと栄えそうでござるし」
クーネリア姫がブダリオンの、そしてその妹のギザニア、そして前女王の親類に当たるミューゼがヴァンダルーの元に嫁ぐ事が決まって居るザナルパドナでは、帝国の地位なんて無くてもやっていける目算が立っている。
逆に、地位に付随する義務の方を面倒に思う者ばかりだろう。
「ところで、ブラッシングして良いですか?」
大型種のアラクネであるギザニアの背中に座るヴァンダルーは、見た目よりも硬い彼女の下半身に生える毛に手で触れながらそう質問した。
「……構わないが、後にして欲しい」
「ヴァンダルー殿、某は?」
「ミューゼは毛が無いでしょうに……羽や鎌の手入れなら手伝えるかも?」
「おぉ、是非に!」
目を伏せて頬を染め応えるギザニアと、嬉しそうにするミューゼ。その会話を後ろで聞く魔人国の王、魔人王ゴドウィンは溜息を吐いた。
「イチャついてくれるなよ、この非常時に……」
捻じれた二本の角に青い肌、先端が逆三角形になっている尻尾を生やした筋肉の塊で、巨人種の様な巨体を誇るこの男は、各国の間でも知られた猛者だ。
しかし、今の顔つきはげっそりと痩つれて見える。
「やっと再来年には国王の座を後任に放り投げて、戦いと酒に溺れる甘美な日々に戻れると思ったのに……儂、皇帝なんて絶対嫌だからな」
「……ゴドウィン殿、流石に余らが聞いているのにその物言いはどうかと思うのだか」
「ブダリオンよ、儂に言動を顧みて欲しいなら皇帝に戻ってくれ」
ただの我儘ダメオヤジにしか見えないゴドウィンだが、魔人族ではこれでも常識的な部類だ。
魔人族は個々が強力で寿命も吸血鬼と同じく際限が無い種族だ。そのためか普段はマイペースで我が道を行く者……己の趣味嗜好を優先する者が大多数だ。性格は享楽や酔狂、快楽主義者が多い。
共通しているのは個人の強さを重視する事だ。国王を選ぶ際も、希望者のトーナメントやバトルロイヤル等の競い合いで決定する。それは竜人族や鬼人族でも同じだが、魔人国の場合強さの定義が広いため、戦闘だけでは無くボードゲームや飲み比べ、知恵比べ等で王が決められた時もある。
だと言うのに仲間意識や同族意識が強固で、特に同じ趣味嗜好を持つ者同士の絆は強い。
そんな種族の国であるため、国王は地球の学級委員長のような皆の纏め役的立場で、ほぼ名誉職扱いだ。
「ゲラゾーグの馬鹿者をあれ以上放置しては、魔人族の名が廃ると出て来ればこれだ。あの馬鹿が……ブダリオンや先帝の爪の垢でも煎じて飲んで来れば少しはマシに成るだろうと留学に送り出したと言うのに」
「……そのゲラゾーグって人、何をやらかしたんですか?」
そうヴァンダルーに尋ねられたゴドウィンは、顔を皺だらけにして答えを濁した。
「お前の様な子供には聞かせたくない類の事を、一通り。部類としては軽犯罪ばかりのチンピラだから、今までは長期間牢に繋ぐ事も出来なかった。
奴の曾祖母には儂も世話に成ったので、更生させようとはしたのだが……妙な者に被れおって」
そうゴドウィンが苦りきった口調で語り、ギザニアとミューゼが「これ以上は聞かないであげて」とヴァンダルーに目で訴える。
どうやらゲラゾーグの出来の悪さは、距離的に離れているはずのザナルパドナまで聞こえるほどだったらしい。
ブギータスはまだしも、ラヴォヴィファードが自らの司祭とした他の二人のガルギャやギィドーもかなりの問題児だった。能力的にもそうだが、特に人格的に。
どうやらラヴォヴィファードは、加護を与える者の選別に才能や実力では無く、力を与えたら容易く理性のたがを外し欲望を解放してしまう類の人格かどうかを重視して選んだようだ。
「それに皇帝とか、絶対に無理だ。儂に国家間の揉め事の仲裁や、各国合同の会議の主催なんて……もしもの時の援軍ぐらいなら出せるが、それでも一度に複数個所には派遣できんぞ。儂等魔人族は鬼人族と違って数が少ないのだからな」
魔人族には寿命が無い。そのせいか、出生率が極端に低い……生殖機能的にはエルフやダークエルフと変わりない程度なのだが、魔人族には子孫を残そうという意識が薄いのだ。
吸血鬼やグールと同様に人種等を同族に変える儀式もあるが、色々面倒であるため積極的に実行できる代物では無いそうだ。
結果、魔人族は個人としては強力であるものの、境界山脈内部には千人程しか存在しない最も少ない種族となっていた。
境界山脈外部の魔人族は多くても十数人程の集団で生活しているので、千人でも十分すぎる大集団なのだが。
「ゴドウィン殿、それに関しても恐らく神々からお言葉を賜る事だろう」
「むぅ……見所の有る若造だとは思っていたが、片腕と片目が黒くなった途端落ち着いたな。
神々が妙な事を言い出さなければ良いのだが」
ブダリオンやゴドウィン達が何故宴の直後にこの『大肉洞』を進んでいるか。それは彼等がそれぞれの神々から神託を受けたからである。
『最も近い聖域に来い』と。そしてブダリオン達から最も近い聖域とは、『堕肥の悪神』ムブブジェンゲの神殿の最奥に存在する『大肉洞』の、更にその最奥に存在する部屋だ。
ノーブルオーク帝国……王国は先祖代々このダンジョンをソロで攻略できる実力と、ムブブジェンゲに認められた者が、宝物庫で神に謁見して言葉を賜って治めて来たのだ。
これは境界山脈内部の国々で共通した仕組みなのだが……普通は他国の神が他国の聖域に自らの司祭を呼ぶなんて要求はしない。
数千年以上生きているゴドウィンの記憶にも無い事なので、建国以来初の事態かもしれない。
「ドナネリス女王が居ないといえ、何故某達なのでござろうか?」
「クーネリア姫もいるのだが、それを差し置いて……ザナルパドナには何かお考えがあるのか?」
初の事態かもしれないだけに、ミューゼとギザニアは困惑していた。王以外の者でもダンジョンに挑戦し、攻略して聖域に足を踏み入れる事は在った。しかし態々神が降臨して姿を現す事はほぼ無いので、「何故自分が? 本当にこのまま行って良いのか?」という思いが拭えないようだ。
「もし、全て拙者達の勘違いだったら……神託を受けたと思い込んでいただけだったら……拙者達は凄く場違いな事をしようとしているのでは?」
「ギザニア殿っ、恐ろしい事を言わないでほしいでござる! それに二人同時に同じ勘違いをする等、そうそうある事ではないでござる。なら、あれは神託に違いないでござろう」
「だが、神託と言っても拙者には『来い』としか聞こえなかった……ミューゼ殿は?」
「某は……『聖域』としか」
ギザニアとミューゼは神託を受け取る能力があまり無いらしい。
「まあ、最初に神託を受けた時はそんなもんだって。儂なんか白昼夢だと思い込んで無視していたら、我が神ゼルクスから神託を受けた前任者にぶん殴られて聖域まで連れて行かれた挙句、ゼルクスに直接殴られたぞ」
ガハハハと笑うゴドウィンだが、二人を安心させる事は出来なかったようだ。
「ゴドウィン殿、拙者達だとその仕置きを受けたら死ぬしかないと思う」
「プチッと、逝ってしまうでござろうな」
「いや、儂が言いたいのは、まあもし勘違いでもそんなに怒られんのではないかとだな……」
「ゼルクスは『炎と破壊の戦神』ザンタークの従属神で、やや荒っぽい神格であると聞き及んでいる。ザナルパドナなら殴られる事は無いだろう」
しどろもどろになるゴドウィン。見かねたブダリオンがそう言うと、二人とも少し安心したようだ。
「勘違いだったら一緒に謝りましょう。きっと許してくれますよ」
そしてメレベベイルから『すみません、聞いてもらいたい話が色々あるのでちょっと来てください』と神託を受けたヴァンダルーが、のんびりと請け負う。
「ゲンコツが降って来たら、抗議しますから」
暴力は良くない。そんな奴には暴力を持って対抗すべし。
「ありがとう……でもお手柔らかに」
「そうでござるな。勘違いだったらその時でござるな。だから穏便に」
「うむ、余からも頼む」
微妙にトラウマが刺激されているらしいヴァンダルーを宥めながら、一行は進んだ。
B級ダンジョン『大肉洞』は、創り主の人格を反映したのか出現する魔物は積極的に攻略者を探して襲い掛かって来ない、罠を仕掛けたり保護色などで擬態したりと、待ち伏せを行う習性がある種族の魔物が大多数だった。
そのため既に正しい道順を知っているブダリオンが先導して最短コースをまっすぐ進めば、戦闘が必要な回数は最低限に抑える事が出来た。
そして罠や待ち伏せも、ヴァンダルーは【迷宮建築】スキルや【危険感知:死】の魔術で看破する事ができ、その最低限の戦闘も簡単に攻略する事が出来る。
元々、このダンジョンはランク10未満の者を振るい落とすためのものなので、既にランク12に達しているブダリオンがいる時点で、苦労する類の物では無かった。
最下層のダンジョンボスも、ブダリオンに瞬殺されてしまった。
そしてボス部屋の奥に在る、ダンジョンの宝物庫兼神が降臨する聖域に入るのだが、その前にブダリオンから聖域でのルールについて説明を受けた。
この『大肉洞』の聖域は神々が降臨する際、神域に似た性質の空間に変化する。そのため謁見する者は剥き出しの魂に等しい状態で、神々の前に出る事に成る。
だから決して顔を上げてはならない。顔を上げ、神々の姿を見てしまったら人の魂では精神が持たないからだ。膝を床に着け、謁見している間ずっと下を向いたまま視線を上げない様に。
「むぅ、流石元帝国。聖域も特別仕様か」
それを聞いたゴドウィンはそう唸っていたが、ヴァンダルーは、特に何の疑問も抱かずブダリオンの指示に従った。
既にフィディルグやメレベベイル、ゾゾガンテ等の神々と直接会っているが、ムブブジェンゲを直接見ても大丈夫であると言う保証は無いからだ。
それに、今ヴァンダルーは余所様にお邪魔している立場である。確かにクーデターを鎮圧した功労者だが、それを笠に着てブダリオンの国のルールを尊重しなくて良い訳が無い。
なので床に膝を突いて下を見ていたのだが、気がつくと横に居たはずのブダリオンやギザニア達がいない。代わりに、ヴァンダルーが見つめている床の上に掌に乗せられそうな小さな人影が見え、視界の端に妙な存在がある。
人影の方は、どうやらギザニア達の様だ。彼女達も膝を突き(ギザニアはそれに近い姿勢を取って)視線を下げているため顔は見えないが、恐らくそうだろう。……なぜ小さくなったのかは分からないが。
そして視界に入る妙な存在は、分からない。シルエットだけなら、だらりと横に成って頬杖を突いているふくよかな人間に似ている。
しかしその体表は蠢く肉塊や膨張と収縮を繰り返す瘤で覆われていて、腹に当たる部分に人間の物と同じ形をした巨大な唇がある存在を、人間とは呼ばないだろう。
正直、人物と呼んでいいかも不明だが、ヴァンダルーには何故か『それ』が自分を見て、頷いているのが分かった。
『良く来てくれました、ヴァンダルー』
『はい。ご招待いただき光栄です』
聞き覚えのあるメレベベイルの声に反応して、視線を下に向けたまま挨拶をするヴァンダルー。
『いえいえ、こちらこそ不躾けな呼び出しに応じてくれて感謝しています』
『そ、そうですとも』
『御足労、ご苦労様です』
『ら、楽にしてくださいッス』
どうやらフィディルグもいるらしい。顔を下に向けたまま周囲を見ると、視界の端に木の根のような物が入った。グール国の『闇の森の邪神』ゾゾガンテもいるようだ。
知り合いが多いとそれだけで安心できるので、好都合である。
『どうぞ顔を上げてください。勿論ヴァンダルーだけです』
『他の人達は決して顔を上げない様に』
『後、出来るだけ後ろも見ない方が良い』
『絶対っス。特に真上とか見ない様にしてほしいッス』
『良いのですか? この聖域のルールだと聞きましたが』
メレベベイルに聞き返すと、彼女は触手の先端でトントンと先程からずっと動かない「それ」を叩いた。
『構いませんよ。そうですね、ムブブジェンゲ?』
どうやら、「それ」はムブブジェンゲだったらしい。
『ぶぢゅっ……え、ええ。楽にしてください』
はっとした様子でそこだけは艶めかしい唇を震わせてそう言うムブブジェンゲ。女神と呼ばれている通り、声は女性のものに近い。
(神域に似た性質の空間とは言っても、よくあるように人間が頭の中で何を考えているのかまで神様はお見通し、と言う事は無いようで良かった)
そう思いながらヴァンダルーが視線を上げると、聖域には数え切れないほどの神々がいた。
……実際には数えられるのだろうが、邪神悪神は姿が独特過ぎて一見しただけでは別の個体なのかそう見えるだけなのか、分からない。
甲殻に覆われた身体に宝石のような複眼が何か所もある、左右で色が異なる甲殻類と甲虫を混ぜたような神。
様々な内臓を大型肉食動物の形に絡み合わせたような姿の神。
右半身は見目麗しい美青年だが左半身は皮膚が無く筋肉繊維が剥き出しに成っている神。
頭部の無い猿がやはり頭部の無い牛に跨って、右手に巨大な眼球、左手に巨大な鼻を持っている神。
逆に様々な動物の頭部……生首の山だけの姿をした神。
それらの間に普通の人の姿をした神や、龍がちらほらといる光景は中々衝撃的だった。
これは凄いなと思ったヴァンダルーだが、同じ事を神々も考えていた。何故なら彼等はヴァンダルーの魂の形を直視しているからだ。
頭部には複数の眼や口が出鱈目に配置されており、人間の腕が何本も束ねられたようになっている腕。それに所々【魔王の欠片】が滅茶苦茶に生えている。凝固した血の塊や角や甲羅が突起物のように生え、腕の表面が無数の吸盤で覆われ、所々不気味に光っている。
そんな邪神や悪神にしか見えず、しかも自分達を直視しても「凄いな」としか感じないヴァンダルーに、神々は思っていた。人間じゃないと。ムブブジェンゲも含めて、殆どの神が唖然として言葉を失っていた。
実際、一度ヴァンダルーの魂を見た事があるメレベベイルは平然としているように見えるが、『あの時よりも悪化……いや、変化している』と内心では動揺していた。
因みにフィディルグは緊張はしていても、動揺はしていなかった。彼はヴァンダルーの魂を見るのは初めてだが、最初からヴァンダルーを人間だと思っていないので、ヴァンダルーの魂がどんな異形の姿をしていても「やっぱりな~」と思うだけだったからだ。
『それで、御用件の方は?』
『は、はい。妾共神々で話し合った結果此度のラヴォヴィファードの企みと、今現在の奴の状況。それに感謝と願いを伝えたいと思いまして……』
『ムブブジェンゲ、後は引き受けましょう。そのために態々十万年前から没交渉に成っていた私達に声をかけたのでしょう?』
声が震え上ずっているムブブジェンゲに代わって、以後はメレベベイルが司会の役割を買って出た。
そして所々推測で補完しながらラヴォヴィファードの野望と、かの悪神に押さえつけられて具体的に動けなかった事情を説明していく。
その間ブダリオン達は大人しく話を聞いていた。
以前ブダリオンが一度謁見した時は、ムブブジェンゲは女神としての威厳ある……遠慮無く評すなら偉そうで怠惰な態度で彼の前に姿を現した。
それがヴァンダルーに対して明らかに緊張しているのは、驚愕に値した。何度か顔を上げかけたが、その度にフィディルグが「止めるッス」と声をかけるので、何とか堪えていた。
『なるほど、事情は分りました。お互い大変でしたね』
そして事情を聞き終えたヴァンダルーがそう言うと、ムブブジェンゲ達は安堵していた。その様子にメレベベイルや既に一度話しているゾゾガンテは『だから無暗に怯える必要はないと言っただろうに』とため息をつく。
自分達を抑え込んでいたラヴォヴィファードを不完全な受肉だったとはいえ倒した、しかも彼等が今も恐れる魔王グドゥラニスと同じ魂を砕く事が出来るヴァンダルーを、ムブブジェンゲ達は頼もしく思うと同時に恐ろしいとも感じている。
概ねヴァンダルーがどんな性格をしているのかは信者達の意識から、特にムブブジェンゲとザナルパドナは知っている。彼等が主と仰ぐヴィダにとっても重要な存在である事も分っている。しかし、やはり実際会って話してみなければ安心できない。
ヴァンダルーが現時点でもフィディルグやゾゾガンテ等の下級の神に匹敵、若しくは超える力を持っているだけに、良好な関係の構築と強化は必須であった。
そこでそれまで没交渉だったフィディルグ、そして湿地帯とタロスヘイムで信仰されるようになり境界山脈内部からでもコンタクトが取れるようになったメレベベイルに、仲介を頼んだのだ。
『それで、頼みごとと言うのは何でしょうか?』
『幾つかあるのですが……ムブブジェンゲ、ザナルパドナ』
『この度妾の司祭、ブダリオンが皇帝から降りる事となりました。そこで、次代の皇帝に成って欲しいなと』
『この場に居る神々全員の推挙で……一考してもらえないか?』
ムブブジェンゲと、キリキリと甲殻が軋むような声で話すザナルパドナ。それに合わせて頷くゾゾガンテや他の神々。
『いや、各国の王様を飛ばして神様だけで決めて良いんですか、皇帝って?』
それにヴァンダルーは若干困惑したが、ふと下を見るとその各国の王様の一人であるゴドウィンが拳を握って小さくガッツポーズしているのが見えた。
(そうだった。ここでの皇帝って、名誉職だった)
多分、ゴドウィン以外の王からも反対意見は出ないだろう。
「神々よ、我々に力を貸してくれた御子にこれ以上――」
『うちの国の将軍と相談してから決めたいですが、その方向で話してみます』
「なんと!?」
『あ、すみません』
責任感が強いブダリオンが異議を唱えてくれたが、ヴァンダルーは気がつかずにイエスと返事をしていた。
実はヴァンダルー自身も、この皇帝の役割が結局自分に回って来るのでは? と思っていたのだ。
戦争で果たした役割と戦功の大きさ。そして各国が大小の違いはあるが消耗している中、タロスヘイムは当然無傷。
寧ろ、ヴァンダルーを含めた遠征参加者の戦闘能力が上昇したため、総合的な国力は微増している。
それにザナルパドナや魔人国でも都市国家であるのに、タロスヘイムはリザードマンとスキュラ族の集落と複数の町を抱えている。まだ人口はそれ程では無いが、将来は確実にザナルパドナを越え、かつてのノーブルオーク帝国に迫る発展を遂げるだろう。
「しかし、余が言うのもなんだが実利は殆ど無いのだぞ。ノーブルオークの父祖達が皇帝を務めていたのも、この地の安寧を維持したいと言う意思があったからこそ」
『まあ、大丈夫かと。名誉職には名誉職の利がありますから』
「え、あんの?」
『マジで?』
『黙っていろ、ゴドウィン、フィディルグ』
ブダリオンの後頭部に答えるヴァンダルーに、口を挟むゴドウィンとフィディルグ。それを叱責する戦旗を肩に背負った男神。
あの男神が魔人国の『戦旗の神』ゼルクスかと思いながら、ヴァンダルーは『ありますよ』と答えた。
名誉職であるだけに境界山脈内部の国家に一定の発言力と影響力がキープできる。特に、各国が奉じる神々から頼まれて皇帝に就任するのだ。その力は以前のノーブルオーク帝国の皇帝を上回るはずだ。
余程妙な事を言い出さなければ、大抵の事は出来るのではないだろうか。
チェザーレも反対しないだろう。
それ等の下心以外にも、先の戦争で大陸南部の国々の人達と仲良くなったので、関係は良好に保ちたいという考えも大きい。
これからブダリオンやハイコボルト国、ハイゴブリン国も大変だろう。ザナルパドナ国は面白いし、ダークエルフ国にも興味がある。グール国王も大兄貴と慕ってくれるし。
そして彼等はアルダ勢力に対し、協力して立ち向かう仲間である。
なので、皇帝に成るのは寧ろ好都合だ。
(多分、オルバウム選王国の王侯貴族より余程付き合いやすいでしょうし)
『あ、でも各国の揉め事の仲裁とかは俺だけだと難しいですよ。俺、そういう経験が無いので。交渉事が得意な部下も居ませんし』
『その辺りはあまり気にせぬように。あまり頻繁に起きるものでもない。ラヴォヴィファードのような存在が手を出してこなければ、本来この地の国家間の関係は平和なのだ』
ゼルクスの言葉で、なら大丈夫かとヴァンダルーは思った。
『それで、他の頼みごととは?』
『まず、各国を回り特に民と交流して貰いたい。私が守護するハイコボルト国でしたように』
片手に弓を、もう片方の手に天秤を持つ『猟の神』リシャーレの頼みに、ヴァンダルーは首を傾げた。
『戦後復興ですか?』
『いえ、何でも構いません。観光旅行でも食事会でも辻説法でも。もっと端的に言えば、導いて下されば宜しい』
『はぁ……分かりました』
そんな事で良いの? と困惑を滲ませながらもヴァンダルーは了解した。【導き:魔道】のスキルの効果をリシャーレ達が期待しているのは分かるのだが、それにしても民を優先する理由がわからない。
話を聞いているブダリオン達も首を内心では傾げていた。しかし、神々にとっては重要な理由がある。
民の中の人種とドワーフ、エルフはロドコルテの輪廻転生システムに魂を管理されている。そのため輪廻転生の神ロドコルテに、境界山脈内部の国々の人種達の記録を見られてしまう。
その危険性を眠りにつく前のヴィダから聞かされたリシャーレ達神々は、それを防ぐために結界を張っている。しかしその結界も、民が死亡し魂がシステムに還った後までは効果が無い。
そのため数年から数十年、長くて数百年のタイムラグはあるが、ロドコルテに境界山脈内部の情報を結局は知られてしまう。
ただリシャーレ達神々も、ロドコルテが人間一人一人の記録を詳細に調査するような真似をするとは考えていなかった。実際、今まで致命的な事態は一度も起きていない。
しかし今は状況が異なる。魂を砕く事が出来るヴァンダルーは、ロドコルテにとっても無視できない存在だろう。人間を家畜や工業レーンの上を流れる製品程度にしか考えていないだろうロドコルテも、今は人間の記録を詳細に調べているかもしれないと、神々が考えるのも当然だった。
それを防ぐために民達を【導き:魔道】で導き、ヴィダ式輪廻転生システムに民の魂を移行して欲しい。それがリシャーレ達の真意だった。
勿論、彼女達にロドコルテの輪廻転生システムで何が起こっているのか、確認する事は出来ない。
しかし、導きを受けたノーブルオーク等の魔物の魂が魔王式輪廻転生システムから他のシステムに移行した事を、悪神のムブブジェンゲが確認している。なら、導きを受けた民達にも同じ事が起こるだろうと推測したのだ。
まだ人であるヴァンダルー達に輪廻転生に関する秘密を明かす事は出来ないため困惑させてしまったが、了解が得られて良かったと、リシャーレは胸を撫で下ろした。
『もう一つ頼みたいのはこれを――』
言いながらリシャーレは、懐からビクビクと脈打つ握り拳大の肉塊を取り出して、ヴァンダルーに差し出す。
『あ、どうも。頂きます』
そしてヴァンダルーは、肉塊をひょいと受け取り反射的に食べていた。
口内で蠢く食感に、咀嚼する程広がる何とも例え難い美味さに、思わず目を見開く。魂だけの状態で物を食べると、味覚まで異なるのだろうか。
それを驚愕の表情で見つめるリシャーレは、肉塊を差し出した姿勢のまま硬直していた。
『た、食べた……』
『喰った、だと? あれを……幾ら封印したとはいえ……』
『マジ? マジで喰ったの?』
『砕くのは知っていましたが……』
『そう言えば、数年前に境界山脈の近くに在った悪神の気配が不自然に消えた事があったが、あれはもしや?』
『いや、幾らなんでも……しかし、この子も奴と同じように人の精神を侵食する事が出来るな』
『あれ? もしかして、食べちゃいけませんでしたか?』
あまりにも美味しそうだったし、「これを食べてください」と言われたのかと思って、反射的に食べてしまったが、不作法だったかなとヴァンダルーが尋ねると神々は揃って首を横に振った。
『『『いや、良ければもっと食べてくれ』』』
そしてリシャーレが出した肉塊と同じものを次々に差し出す。
『そうですか? すみません、こんな美味しい物を。あ、皆も食べます?』
「いや、某達の事は気にしないで欲しいでござる!」
『じゃあ、お土産に幾つか――』
「持ち帰らずここで食べるべきだと拙者は思う!」
『なるほど、鮮度が良い内に食べるべきですよね』
慌てて遠慮し、この場で食べつくすように言うミューゼやギザニア。彼女達は今ヴァンダルーが何を食べているのか、察していた。
恐らく、封印されたラヴォヴィファードであろうと。
ヴァンダルーに半身を砕かれて力を失い弱ったラヴォヴィファードを封印した神々は、封印し続けるよりも招いたヴァンダルーに残りも砕いてもらうことを考えた。それで将来起こるかもしれない脅威と、永遠に封印し続けるランニングコストを削減できるからだ。
それをまさかヴァンダルーがお茶菓子感覚で食べ始めるとは思わなかったが、砕くのも食うのも同じだと思ったのか、神々は自分達が持っている分のラヴォヴィファードを差し出して行く。
ミューゼ達が慌てるのも当然だった。魔王よりずっと格が落ちるとはいえ、悪神の欠片なんぞ渡されてはたまらない。
『食べ物で思い出しましたが、魔王って魂を砕いた相手を食べたりしましたか? それで食べた魂の記憶を吸収していたとか、あります?』
ふと思い出してヴァンダルーが尋ねると、神々は一様に首を傾げた。
『魔王も神だったので普通の食事は不要だったので……奴が何か食べた事なんてあったか?』
『いや、特には無い。何かのポーズや娯楽として食事をとった事は在ったようだが、魂を喰ったとは聞いた事が無い』
意外な事に、魔王グドゥラニスは魂を喰った事は無いらしい。
『……【神喰らい】や【魂喰らい】の検証は、次の機会に自分で試すしかないか。それで、後俺は何をすればいいのでしょうか?』
もりもりとラヴォヴィファードを食べていくヴァンダルーに、半ば放心状態に成ってしまったリシャーレに代わって、再びメレベベイルが口を開いた。
『はい、後二つ……いえ、一つ頼みがあります』
頼みの一つは、後二口程で終るので言い直すメレベベイル。
『ムブブジェンゲやザナルパドナ達が封印している魔王の欠片を吸収して欲しいのです。欠片の封印から解放されれば、彼女達もより結界に力を入れる事が出来るそうです』
『分りました。でもその前に聞きますが、今より結界を強化する必要に迫られているのですか? 脅威が迫っているのなら、知っておきたいのですが』
尋ねられた神々はお互いに目配せをすると頷き合い、ゼルクスが代表して答えた。その顔は苦虫を噛み潰したように歪んでいた。
『……分かった。あれは五万年前の事だ。我が主、ザンターク様が選んだ勇者にして英雄神に至った者、ファーマウン・ゴルドが結界のすぐ傍まで迫った事があるのだ』
10月20日に148話を、24日に閑話、28日に149話を投稿する予定です。




