表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四度目は嫌な死属性魔術師  作者: デンスケ
第一章 ミルグ盾国編
15/515

十四話 師匠にアンチエイジングする修行

 突然二人きりになりたいと言われたザディリスは、きょとんと目を丸くした。

「二人っきりじゃと?」

「はい、とても大事な事です」

 きっぱりと何時になく強い口調で言われたザディリスは、ヴァンダルーが修業を切り上げて旅立つつもりかと思った。


 元々彼らが、この魔境から東に行った山脈を越えた所にあるオルバウムという国を目指している事は聞いていた。しかし、まだ無属性魔術も魔術制御も、錬金術も教えきれていない。この集落に骨を埋めろと言うつもりはないが、まだ留まって欲しいというのが、ザディリスの気持ちだ。


「わかった。儂の家で話そう」

 何とか説得できないかと考えながら、ヴァンダルーを抱き上げて自分の家に向かおうとする。

「……俺、自分で歩けますよ。もうすぐ二歳になるんですから」

「まだ二歳にもなっていないの間違いじゃ、坊や。そう言ってこの前も石に躓いて転んでいたろうに」


 二年近く生きて大人に近づいたつもりのヴァンダルーだったが、周りから見ると赤ん坊が少年にちょっと近づいただけだった。


 普段魔術の手解きや修業を受けるザディリスの竪穴式住居に入ると、中には彼女自身が工夫して作った錬金術の道具や何かに使うらしい水晶球が目立つ位置に置かれている。

 これで大きな鍋でもあればおとぎ話の魔女の部屋だが、流石にそれは無かった。


「のう、坊や。儂は出来たら坊やに儂の全ての術を教えたいと思う」

 定位置の敷物の上に座り込むと、ザディリスは真剣な顔でそう言った。恩人に対する恩返しや単純な好意、集落に貢献してくれている謝礼として等ではなく、真にヴァンダルーを見込んでの言葉だった。


「坊や、坊やには普通の意味での才能は無い。覚えが早くないのは、自分でも解っているじゃろう。

 しかし、坊やにはそれを補って余りある閃きとセンスがある」

 彼女の言う閃きとセンスとは、地球で見聞きしたサブカルチャーの知識とオリジンで霊から吸収した知識と、そこから派生する想像力の事で、それを自覚しているヴァンダルーからすると閃きとセンスとは言えず、「褒められるような物でも……」といった感想だった。


「何よりその常識外れな魔力がある。坊やが研鑽を積むなら、百年もせずに儂など足元にも及ばぬ大魔術師になるじゃろう」

 単純に魔力が多ければ強力な魔術師だという訳ではないが、魔力の量は無視できない要素だ。この世界のスキルのレベルは、使えば使う程上昇していく。なので、魔術を繰り返し何度も行使できる魔力の量は魔術系スキルの上昇に必要不可欠。


 人間の場合魔術師系のジョブに就いてスキル補正を得るのも重要だが、そのジョブにもスキルのレベルが条件に達していなければそもそもジョブチェンジ出来ない。

 そのため人間でも魔物でも魔術師を目指す者は、まず基礎的な魔術を覚えて魔力を必死に増やすのだ。魔物の場合は努力する前に諦めるか、途中で死ぬ可能性が高いので生まれつきの才能に頼る部分が多いのだが。


 その点ではヴァンダルーは恵まれていた。普通なら必要な魔力量を増やす修業をしなくていいのだから。いや、修業しなくても自然と増えていくだろう。何せまだ二歳になっていない段階で一億を超えている。これから成長すれば、後数千万……もしかしたら更に一億以上増えるのではないだろうか。


 なので覚えは凡人でもそんな事は問題にならない程の才能がヴァンダルーにはある。

 それをザディリスは見込んでいた。自分の跡継ぎなどではなく、それを超えて行く器の持ち主として。

「じゃからもっと時間が欲しい。目的のある旅だというのは知っておるが、儂に時間をくれんか?」


「はい、任せてください」

 ヴァンダルーはそう即答した。

「おお、その気になってくれたかっ!」

 微妙に言い回しが妙な気がしたが、ヴァンダルーの返答に喜ぶザディリス。しかし彼が続けた言葉で、何か誤解が生まれている事に気が付いた。


「じゃあ、早速施術するので横になって楽にしてください」

「せ、施術?」

「はい。俺に任せてください」


 一方ヴァンダルーはやる気に満ちていた。彼はザディリスの顔に浮かんでいた死相……死属性魔術に適性があるが故に死の気配に気が付いた。だから、彼女の寿命を延ばそうと思った。

 その為の一番の障害が、ザディリス自身の意思だとヴァンダルーは思っていたのだ。


 ザディリスは以前から「老い先短い」とか「跡継ぎはいる」とか口にしており、生きる事に未練が無いかのような言動をしていた。なので、もしかしたら魔術による延命を拒否されるかもしれないと不安だったのだ。

 だが、彼女の方から「時間をくれ」なんて頼まれるとは。


 もし「寿命に任せる」とか「自然に逝くのが一番」とか言われたら、それどころか死期が近いという自分の言葉を信じてくれなかったらどうしようかと思っていた。だと言うのに、まさかザディリスも自分の死期を悟っており、しかも寿命を延ばしてくれと頼むほど自分を信頼してくれているなんて。ヴァンダルーは感動していた。

 人に信じられる事が、こんなに嬉しいなんてと、ちょっと泣きそうになった。


 まあ、実際はただの誤解なのだが。


「それは、儂から術を学ぶためには必要な事なのじゃな?」

「はい。避けて通れません」

 後早くて数日、遅くとも一月で老衰のため逝ってしまっては学べないので、寿命を延ばすのは避けて通れない。


「分かった。しかし何をするのじゃ?」

 仰向けに横になるザディリス。初めて会った時の姿を思い出す。あの時も彼女を助けようとしていたなと思いながら、ヴァンダルーは答えた。

「ちょっと若返らせます」


「えっ!? 若返らせる? そんな事出来るはずが……っ!」

 ずずっ!

 奇妙な感覚がすると同時に、ザディリスの腹にヴァンダルーの両腕が二の腕まで減り込んでいた。


「か……っ! はっ!?」

 驚きに目を見開き、内臓を冷たい手で直接撫でられているような強烈な異物感に息が出来なくなる。

「今、俺の腕を【霊体化】させてザディリスの身体の状態を直接調べています。ちょっと苦しいですけど、我慢してください」


 冷や汗の浮かんだ顔のザディリスが「無茶を言うな」と目で訴えるが、ヴァンダルーは術に集中していて気がつかない。実は、自分の意思で他人の身体を【霊体化】で調べるのは初めてなので、どれくらい苦しいか彼は知らないのだ。

 しかし、やり方だけはよく知っている。それこそ経験豊かな外科医のように。


 オリジンで研究者達に操られていた時、この【霊体化】で様々な物を調べさせられていたのだ。自分と同じ実験動物や、鉛のケースに入った核廃棄物まで何度も何度も。その後ヴァンダルーから抽出した魔力で作られた【霊体化】のマジックアイテムで、オリジンの医学や科学は大きく前進したらしい。


 それは兎も角、今はザディリスの身体だ。ヴァンダルーは【霊体化】で物理的には存在しなくなった腕を彼女の腹部に突き刺したまま、腕が溶けて液体に成り血流に乗って身体の隅々まで流れて行く様子をイメージする。

 すると、ヴァンダルーの腕はイメージ通りにさらりと崩れる。霊体は精神に直結するので、この【霊体化】を使っている間はこれぐらい可能だ。


『……オリジンの時より簡単なような気がするけど、これは俺の精神力が向上したという事かな? それとも単に操られてやらされた事と、自分の意思でやっている事の違いか』

 やけに簡単だったことが引っ掛かったヴァンダルーだったが、今思考に没頭する余裕は無い。


「ぐっ、あっ……はーっ……はーっ……」

 苦しげに悶えているザディリスの様子に気が付いたからだ。出来るだけ早く施術を終わらせようと、余計な思考を頭から切り捨てる。


 血液、血管、脳、心臓、神経、胃、肝臓、腎臓、膵臓、小腸、大腸、卵巣、子宮、骨、筋肉、リンパ、皮膚。位置や形は人間とほぼ同じ。ただ爪の麻痺毒を分泌する器官があるのが違うくらいか。

 状態は内臓機能が弱くなっている事以外は良好。詰まり易くなっている血管や、動脈瘤、癌と言った死の原因に成りそうな物は見つからず、ウィルスや菌による疾患も無い。


 やはり迫っている死の原因は老衰なのだろう。


 老衰ならする事は難しいが単純だ。まず、三つの方法から一つを選ぶ。一つは細胞が壊れるのを死属性魔術で止めている間に、別の魔術師が生命属性魔術で内臓器官を活性化させ、ザディリスの低下しつつある内臓の機能を取り戻す。オリジンではこの方法が採用されていたが、今は生命属性魔術師が居ないため不可能だ。

 死属性魔術しか使えないヴァンダルーに出来るのは、細胞の死を加速させるか停滞させるか。生命を司る生命属性魔術のように、活力を与える事は出来ない。


『ただの致命傷なら、死を停滞させている間にポーションをかけるって方法もあるけど、流石に老衰まではポーションでも治せないだろう。

 じゃあ、二つ目の方法』


 二つ目の方法は、延命措置。死に向かおうとするのを術で止める。これは簡単で、確実な方法だ。少なくともヴァンダルーが術を定期的にかけていれば、ザディリスは現状維持のまま生き続ける事が出来る。


『でも却下だな』


 逆にいうと、現状維持しか出来ない。これが出血多量やアレルギー性ショックの治療なら、死ぬのを先延ばしにしている間に自然治癒力が働いて峠を乗り越える事が出来るが、老衰の場合は本当にただの時間稼ぎだ。しかも回復はしないので、ザディリスは弱った身体のままになる。

 そして維持には定期的に術をかける必要があるため、ヴァンダルーがこの集落から離れたら遠からずザディリスは死んでしまう。


 それでは意味が無い。この方法でも確かに彼女の技術を学ぶことは出来るが、損得抜きにヴァンダルーは彼女に死んで欲しくないからだ。


 残るのは最後の方法。オリジンの研究者達でも失敗した、最も難易度の高い人類の夢「若返り」だ。

 細胞から『老い』を取り除いて『若返り』を行う術。実験では肌年齢や血管年齢、骨年齢等体の一部の若返りは成功していたが、全身の細胞を若返らせる実験が成功した事は無い。


 だがそれは他人がヴァンダルーの精神と肉体を操作して行った実験だ。それに、オリジンで死んでラムダに転生してから、魔術の技量は落ちたが魔力の量は増えている。

『何時ものゴリ押しでやってみよう』

 まず、霊体の腕をザディリスの全身に行き渡らせる。


「う゛ぅっ……!」

 ザディリスの呻き声に、出来るだけ丁寧にやろうと努力しながら毛細血管、皮膚細胞、神経の末端に至るまで霊体を行き渡らせていく。

「……【若化】」

 そして彼女の身体から、『死』を抜き取っていく。


「あ゛っ……っ?」

 火属性に精通した術者は、炎ではなく熱を直接操る。だから熱を与えて鉄をドロドロに溶かすのも、熱を奪って海を一面氷原にするのも、自由自在。


 だから死属性魔術を使うヴァンダルーは、理論的には死を直接操り、生き物を殺すも生かすも自由に出来るはず。

「くっ……ふっ……っ!」

 時間と共に増えた堆積物をゆっくりと掬い上げるように、ザディリスの中の老化という死を取り除いていく。


 そして徐々にではあるが、ザディリスは若返り始めた。細胞に活力が戻り、内臓の活動が活発になる。

「流石に、魔力の消費量が、桁違いだ」

 ただ魔力の消費量は、今まで使って来た魔術とは比べ物にならない程大きかった。一年分ザディリスを若返らせるのに、一千万近く魔力が削れていく。


「ぼ、坊や、な、何をっ……何をして……くぅぅぅぅっ」

 幸いなのは、ザディリスが先程までの不快感ではなく、気持ち良さそうにしている事だ。全身を万遍なく若返らせるため、焦らず落ち着いて術を維持する必要があるから、苦しまれるよりずっと冷静さを保てる。


「とりあえず若返らせているところです」

「若返らせるっ!? そんな事がかのっ、あっ、うひっ、あああっ」

「正確には、身体から老いを抜いているだけなので子供に戻ったりはしませんけどね」


 時間を巻き戻している訳ではないので、歳以上に若返らせたとしても胎児に戻ったりはしない。死を取り除いているのに、それでは逆に死に近づいているような物だから。

 人間の老婆に同じ事をすれば、多分十代半ばぐらいで止まるのではないだろうか? 研鑽を積み、工夫を重ねれば人間を受精卵まで戻すような事も出来るかもしれないが。


「くあぁぁぁぁぁぁーっ!」

 ザディリスが堪らず甲高い声を上げた。

 微妙な痛みと、凝っていた筋肉を揉み解されるような快感が全身に、それこそ手足や胴体、頭の中にまで走るのだ。腕の良いマッサージ師に寄ってたかって揉まれるよりも激しい快感に口を閉じる事が出来ない。そして、肺の中の空気を全て使い果たしたと同時に、その快感は嘘のように途切れた。


「はぁ……はぁ……はぁ……坊や?」

 息を整えながらザディリスがヴァンダルーを見てみると、こてんと倒れて横になっていた。霊体となって彼女の腹に突き刺さっていた両腕は、何時の間にか元の物理的な存在に戻って抜けていた。

「……久々に魔力を限界まで使いました。少し寝ます」


 ザディリスを十歳程若返らせたところで魔力が尽きかけたので、急いで霊体化していた腕を元の形に戻して引き抜いたヴァンダルーは、そのまま倒れて寝息を立てはじめた。

「……もう少し説明してくれてもいいと思うのじゃが」


 そう呟くザディリスも、瞼が重いのを感じていた。ここ数日感じていた倦怠感は消えたのに、まるで激しく身体を動かした後の様な疲労感が全身に残っている。だというのに一方では元気が有り余っているような気がする。

 何とも妙な気分だった。


 それは全身の細胞が若返ったからで、疲労感の正体は短時間で肉体が変化した副作用だ。ただ初妊娠時に外見年齢が止まるグールだからそれで済んでいるのであって、もしザディリスが人間だったら既に失神していたかもしれない。


「まあ、良い。儂のために何かしてくれたようじゃし、悪い事は起こらんじゃろう。どれ、儂も寝させてもらうかの」

 既に眠っているヴァンダルーを抱き寄せると、敷物の上で眠りについた。


 そして宴の途中から最長老と既に半ば集落の一員と化している客人の姿が見えない事に気が付いた、若いグールの戦士、バナドはザディリスの家の前でゴクリと唾を飲み込んでいた。

 彼が見たのは竪穴式住居に入って行くザディリスとヴァンダルーの姿。そして壁越しに聞いたのはザディリスの呻き声や快感の悲鳴。


「まさか、最長老とヴァンダルーが……あの歳で出来るなんて、ダンピールってすげぇ」

 獅子の顔に畏怖を滲ませて、バナドは思った。これからあいつを子供扱いするのは止めよう。奴は、既に一人前の大人……いや、キングなのだと。




 次の日、元気で食欲旺盛なザディリスに自分がした事を詳しく話すと、「死属性魔術がそんな事までできるとは、驚きじゃ」と賞賛し、「しかしそういう事は最初に言わんか」とお叱りを同時に頂いた。

「じゃが、命を二度も助けてもらった事に変わりはない。心から礼を言おう。もし坊やがテイマーなら、儂をテイムし、僕としても構わん程の恩じゃ。さて、どうやって返したものか」


 ヴィダの新種族の内、魔物にルーツを持つ種族はテイムできる。人間並みの知力がある事と女神にルーツを持つために、成功する可能性はかなり低い。しかし、本人がテイムされる事を望むなら話は別だ。

 そんな事をザディリスが言い出したのは、「命を助けられた恩は命で返す」という気持ちもあるがそれ以上にヴァンダルーについて行くという想像に、心魅かれたからだ。


 年甲斐も無く胸がときめくが、そう簡単に放り出せないのが立場というものだ。

「ザディリスが一緒に来てくれるのは嬉しいけど、それをするとこの集落が大変なのでは?」

 そう指摘され、ザディリスは想像から現実に視線を戻した。


「まあ、確かにの。儂が居なくてもそれなりに上手くやるじゃろうが、儂の代わりのメイジがまだ育ちきっていないのが不安材料じゃな」

 一度は自分が居なくても大丈夫だと思ったが、いざ生き延びると欲も出て来る。ヴァンダルー以外にも、若い女衆に術を教えておきたいし、末娘のバスディアがちゃんと子供を産めるかも気がかりだ。


「それに、まだ無属性魔術も魔術制御も習得していないので暫くはお世話になりますけど」

「おおっ、そうか。それを聞いて安心したぞ。では早速修業じゃ」

「……魔力が回復しきっていないので、もう少し待ってください」


 その後、朝食にゴブゴブを食べた後修業を始めるのだった。

 ただこの日から修行の最後にザディリスの若返り処置が加わった。

 魔力というのはレベルアップで上がる分とは別に、他の能力値やスキルと同じく使えば使う程鍛えられ上昇するという特性がある。


 しかし、これまでヴァンダルーはあまりにも魔力が多かったためその方法で魔力を鍛える事は殆ど出来なかった。ヴァンダルーの魔力は一億以上。その魔力を使い切るには、一回唱えると一万魔力を使う魔術を一万回唱えなければならない。


 一回十秒として、一万回で十万秒。分にすると約千六百六十六分。時間にすると二十七時間。余裕で一日を超えてしまう。

 だがザディリスに【若化】を施すのに必要な時間は、魔力を使い切って失神するまで続けても十分とかからない。


 結果、朝に無属性魔術や魔術制御の修行を行い、昼に胡桃のソース作りやドングリ粉作り。その後幼児らしくお昼寝。夕方に再び朝と同じ修業をして、寝る前にザディリスの住居で彼女に【若化】の施術を行い若返らせて失神。そのまま就寝へと移行。そんなサイクルの毎日を過ごす事になった。


 結構なハードスケジュールだが、石臼型ストーンゴーレムを作る事を思いついたためそれ程でもない。「回れ」と命令し、荒く砕いて灰汁抜きし乾かしたドングリを入れると自動的に粉にしてくれ、地球の電動石臼よりもエコな代物である。


 そして勿論【若化】の術に関しては、秘密にした。集落のグール達を信用しない訳ではないし、寿命の長いグールに若返りたいという欲求は薄い。他の魔物に関してもそうだ。何故なら、魔物の殆どが老衰ではなく戦闘で命を落とすのが現実なのだから。ザディリスのように寿命まで生き伸びるのは、本当に稀な例なのだ。


 ただ、冒険者に生け捕りにされて尋問され、その際に【若化】の事が明らかになったらと考えると恐ろしい。ヴァンダルーには莫大な賞金が懸けられ、数多の冒険者や傭兵が血眼になって彼を捕まえようとするだろう。そして捕まれば様々な方法で自由を奪われ、残りの人生を貴族や王族の寿命を延ばす為に飼われ続ける事になる。


 ヴァンダルー自身も、その過程で滅ぼされるだろうグールの集落も、そんな未来は望まない。なので、遠慮無く秘密を作る事にした。


「魔力の伸びはどうじゃ?」

「一日で一パーセントにも届きません。塵も積もれば何とやら、継続は力なりという感じです」

「……坊やの一パーセントは、百万じゃろうが。塵と言うには巨大すぎやせんか?」


 そして日に日にザディリスは若返って行った。見た目が変わらないグール族であるため、はっきりとした変化は現れていない。しかし挙動に活力が満ちていき、声には張りが、瞳には輝きが増して行くのが傍目にも分かる。

 減退していた食欲も回復し、髪や肌の艶が増したように見えた。


 すると当然他のグール達も注目する。

 明らかなのは、夜になるとザディリスがヴァンダルーと住居で二人きりで籠もり、朝まで出てこない事。耳を澄ませると、ザディリスの押し殺したような呻き声や快感の声が聞こえる事。

 そして日に日に艶々して元気になるザディリス。


 結果、当然のように誤解された。普通なら一歳児がそんな事出来る訳が無いと気がつきそうなものだが、彼らとヴァンダルーは種族が違う。なら、成育についても違うのではないか。ダンピールなら出来るのでは? 普段から見た目からは信じられない程大人びていたし。

 そうグール達が考えるまですぐだった。


「ダンピールが凄いのか、ヴァンダルーが凄いのか」

「私も誘っちゃおうかな」

「産まれた子が娘だったらなんて言わずに、自分でどうにかすればよかったかな」

「あの老け込んでいた長老が、まるで歳若い娘のようだ。あれが恋をしているという事なのか」


「俺が言うのもなんだが、もうあいつが族長で良いんじゃないか?」

「ヴィガロ、若長のお前が言うなよ」

「……来たばかりの頃にどうにかならないかと聞いた時は、無理だと言っていたのに」


『この妙な噂を坊ちゃんの耳に入れるべきかどうか……しかし、もし本当だとしたら差し出がましい真似をしていいものか』

『それとなく、さりげなく、噂の真偽を聞いてみます? 父さん』

『うわぁ、流石将来は貴族に成りたいって言うだけあるよね。じゃあ、もしかしてあたし達にもチャンスあり?』


 ついでにサムとサリアが悩み、リタが気楽に冗談を飛ばしていた。




 二歳の誕生日を迎え、そろそろ本格的な夏を迎える七月にようやくヴァンダルーは【無属性魔術】と【魔術制御】スキルを1レベルずつ獲得した。

 数年かかると言われていたところを一年経たずに習得出来たのは嬉しかったが、1Lvとはダルシアやサムによると社会全体では半人前未満でしかないらしい。


 因みに、ザディリスを襲っていた冒険者達の中にいた魔術師は、【無属性魔術】を2レベルで習得していた。


「先は長いなぁ」

 そう天を仰ぐが、ヴァンダルーの気分は晴れやかだった。誇らしい気持ちだった。何故なら無属性魔術はオリジンには存在しなかった可能性がある魔術だから、もしそうならオリジンで二度目の人生を謳歌している雨宮寛人達よりも一歩先にいる事になる。


 小さな一歩だが、この一歩を続ける事で将来身を守る事に繋がるのだ。


 後、ザディリスの【若化】と魔力を限界まで消費して魔力量を増やす修業は、中止になった。何故なら、ザディリスが外見年齢と同じ年齢まで【若化】したからだ。

「これ以上はどうなるか分からんし、もう十分じゃ」

「そうですね、次の寿命まで二百年以上ありますから」


 魔力量も随分増えたのでできれば続けたかったが、この集落にはザディリス以外に二百五十年以上生きている老グールは存在しなかった。それに、あまりグールに【若化】をかけて回っては秘密を守るどころではなくなるので、止めるしかない。

 今度山賊を襲う機会があったら、始末する前に【若化】をかけるのもいいかもしれない。


 そんな事を思いながらドングリの殻を爪で割り、中の実を荒く砕いて灰汁を抜く準備をしていると、一緒に作業している女グールの事にふと気が付いた。

 いや、彼女の存在を忘れていた訳じゃない。魔物の群れとしては多くても集落の人数としては少ない、百人のグールの顔をヴァンダルーは既に覚えている。


 流石に全員と心を通わせた友だと言えるほど仲がいい訳ではないが、普通に挨拶を交わして軽く話す仲ではある。

「ビルデさん、ちょっといいですか?」

 彼女はビルデ。ヴァンダルーがこの集落に来た日に開かれた宴で、物理的に雑な扱いだったがチヤホヤしてくれた女グールの一人だ。


「何? ドングリをもう少し細かく砕いた方が良い?」

 きょとんとする彼女のお腹は、どう見ても膨らんでいない。あの宴の時、彼女は妊娠していると言っていたはずだが。

 あの宴は去年の十月。今は七月。約九か月が経っている。十月時点で妊娠何か月だったのかは分からない。


「いえ、産まれる子供が男の子だったら、俺の名前を付けてくれるという話ですけど……」

 気になったので口に出したが、これは聞いて良い質問だったろうか? そう思って徐々に声が小さくなっていったが、ビルデは「ああ、覚えていてくれたんだ」と特に気にする様子も無く答えた。


「ごめーん、あの時お腹にいた子産めなかったんだ。今度産めたら名前頂戴ね」

「そうでしたか、じゃあまた今度……はい?」

 えへへと黄色い瞳を細めて舌をちろっと出して、深刻さの欠片も無く言ったビルデの言葉を正しく理解して、ヴァンダルーは思わず聞き返しながら彼女の表情を二度見したが、聞き間違いや見間違いではないようだ。


「残念だったよねー、去年は結局一人も生まれなかったし」

「私は二か月持たなかったな~、ビルデが一番長く持ったんだっけ?」

「うん、もう少しで三か月だったんだけどな~」


 他の女達も、深刻な様子も辛いのを我慢して明るく振る舞っている様子も、無い。確かに残念だったと思っているようだが、その度合いはとても軽いように思えた。

 それに何か事情があって仕方なく……っと、いう様子も無い。


「あ、もしかしてザディリス長老の次はあたしとか?」

「待てヴァンっ、なら先に私を――」

「バスディアさん、ちょっと聞きたい事があります。こっちへ」

 とんでもない方向に話が転がりかけているので、ヴァンダルーはザディリスやヴィガロを除けば最も仲が良いバスディアを連れ出す事にした。


 後ろから「バスディアの次はあたしだよーっ」と言うビルデの声や、「その次は私でどう?」「え~、そこはあたしでしょ」といった、身体的に可能だったら嬉しい声が聞こえるが、不可能なので無視だ。

「ヴァン、私を選んでくれて嬉しく思うが、昼間からは――」

「バスディアさん、聞かせて欲しい事があります」

 やはり誤解しているバスディアの言葉を遮って、ヴァンダルーは質問した。




「ビルデ達が、子供が産まれなかった事を何故そんなに嘆かないのか聞きたいのか。それはなヴァン、生まれない事の方が多いからだ」

 バスディアによると、グールは種族的に妊娠し難く更に妊娠初期の内に流産しやすいという事だった。

 正確な妊娠する確率や、妊娠した後産まれる子供の割合等は不明だ。ただ昔から子供が無事生まれるのは五回に一回程度が普通だと言われているらしい。


 どう考えても少子化待ったなしの生態だが、約三百年というグールの寿命の長さがそれを補っているのだろう。少なくとも、今までは。

「ビルデ達があまり嘆かないのも、それが普通だから……ではないだろうか? ああ、我が子が流れた事を嘆いて何日か泣き暮らすグールも珍しいが居ないでもない。ヴァンが不思議に思うのは、人間達はそれが普通だからなんだろうな」


 普通だからあまり悲しくない。慣れているから大丈夫。地球で聞いたら「我が子が死んだのに、それで良いのか!?」と驚愕や怒りを覚えるような事だが、ここは異世界で彼女達はグールだ。事情が違い過ぎる。

 そもそも、そういう生態の種族として約十万年前からグールは生きて来たし、この集落の環境を思えば分かるが基本的に他種族との交流が無い生活をしている。


 そのため、自分達の常識に疑問を覚えないのだ。もし他の種族とグール達が暮らしていたら、何故我々の子は他種族と比べて無事に産まれにくいのだろうかと嘆き、疑問を覚えただろう。しかし、グールだけだと「昔から我々はそうだったのだから、仕方がない」で済んでしまう。


 それに、流産する時期にも原因がある。妊娠初期の、お腹も膨らまず母乳も出ない時期。この世界にエコーや超音波診断等は無いが、あっても胎児の性別すら分からない時期だ。

 それだけに子供を失ったという意識が薄いのだろう。


「まあ、少なくとも明るく話す話題じゃないと思いますよ。多分」

「やはりか」

 バスディアもヴァンダルーに聞かれて初めて人間とグールの違いに気が付いたらしい。


「今まではゴブリンやコボルト、オークぐらいしか比べる相手が居なかったからな。それにしても私達より弱いくせに、ボコボコ増えるのが気に喰わないと思っていただけだった」

 ……もしやとは思うが。グールがゴブリンやコボルトを食用にする方法を発明出来たのは、その嫉妬が原動力だったりするのだろうか?


「なるほど。教えてもらって色々納得しました。前々から不思議だなとは思っていたんです、この集落で子供を見ない事を」

 ヴァンダルーは、この集落でグールの子供を見た事が無い。赤ん坊の泣き声を、一度も聞いた事が無い。子供だと思ったら、童顔なだけだったりザディリスのように若い頃に妊娠した女グールだったりした。


 百人も大人のグールが生活している集落なのに、子供がいないのはおかしいと違和感を覚えた。それで、最初はまだ自分達が警戒されていて、赤ん坊や子供を目につかない何処かに隠しているのだと思った。


 しかし魔術修業に夢中になって、何時の間にか感じた違和感も疑問も忘れていた。

 だが真実は、単純に子供がいないだけだった。もしヴァンダルーが積極的にグールの子供を探そうとすれば、ザディリスやヴィガロがすぐ教えてくれただろう。彼女達にとっては、大したことない真実だ。


 後、グール達が性に積極的な理由も分かった。

 妊娠し辛く、また妊娠しても五回に一回しか産まれない。なら積極的に励むしかないという訳だ。


「そういう事なら、仕方ないですよね」

 っと、ヴァンダルーはこの問題はこれで終わらせるつもりだった。

 何故ならこれはグールという種族が抱えている、十万年前からの問題だ。それでもグールは種族を維持し続けているのだから、今自分が思い悩んで頭を捻って解決策を模索する必要は無いように思える。


 実際、差し迫った危機ではない事は集落を見れば分かる。だったら頼まれてもいないのに自分が悩むのは要らぬお節介と言うものだ。

 頼まれれば別だが。


「……確かに仕方ないが、ここ十年集落では子供が産まれていないんだ。母さんやヴィガロも悩んでいる。

 母さんの魔術では無理だが、ヴァンの魔術なら何とかならないか?

 勿論、私が妊娠したいというのもあるし、妊娠できるなら無事我が子を産みたいという理由もあるが」


 あ、頼まれた。

「分かりました。考えてみます」

 じゃあ、別だ。




・名前:ヴァンダルー

・種族:ダンピール(ダークエルフ)

・年齢:2歳1か月

・二つ名:無し

・ジョブ:無し

・レベル:100

・ジョブ履歴:無し

・能力値

生命力:42

魔力 :113,550,000

力  :37

敏捷 :13

体力 :39

知力 :60


・パッシブスキル

怪力:1Lv

高速治癒:2Lv

死属性魔術:3Lv

状態異常耐性:3Lv

魔術耐性:1Lv

闇視

精神汚染:10Lv

死属性魅了:3Lv(UP!)

詠唱破棄:1Lv

眷属強化:1Lv(NEW!)


・アクティブスキル

吸血:3Lv

限界突破:2Lv

ゴーレム錬成:2Lv

無属性魔術:1Lv(NEW!)

魔術制御:1Lv(NEW!)


・呪い

 前世経験値持越し不能

 既存ジョブ不能

 経験値自力取得不能

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ■作者の頭脳明晰さが感じられます。 ●「問題発見」や「問題解決」のために、 ㋑「論理的解析力」や「仮説設定」や「推論」を駆使して「原因探究」を行い、 ㋺「既存の知識」と「インスピレーショ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ