九十五話 ファイエル
肩を大きく上下させて荒い息をしながらも、テーネシアは麻薬のように精神を満たす解放感に「ケヒヒ」と笑い声を上げていた。その姿は吸血鬼らしからぬものと化している。
側頭部や額だけではなく、背中や腹、二の腕や手の甲、太腿や膝や脹脛からも捻じれ枝分かれした角が生えている。
「くふぅっ……見たかい? 味わったかい? これが魔王グドゥラニスの封印されていた一部……【魔王の角】の力さ」
テーネシアが何万年も前に手に入れた、魔王の欠片。それがこの角の正体だった。あらゆる魔術防御を穿ち、アダマンタイトすら易々と切り裂くこの【魔王の角】こそが彼女の切り札だった。
同じく魔王の欠片をその身に宿すビルカイン、グーバモンと協力して、英雄神の加護を得た英雄達から逃げ延び、他の邪神を奉じる原種吸血鬼との戦いに勝ってきた。
だが、それも今日までか。
「そうか、ふふ、あいつ等、あたしを裏切ったんだね。ああ、そうさ、あいつ等なんて必要ない。あたしはこんなに強いじゃないか。そうだよ、強いんだ。あいつ等なんて要らない。殺して、魔王の欠片を奪って、帝国や選王国に在る他の欠片も――ぐっ!」
未だに自分を助けに来ないビルカイン達に殺意を滾らせたテーネシアだが、呻き声を上げて頭を抑えた。
(拙いっ、侵食がもう始まっている。早く抑えなければ……!)
魔王の欠片は、持つ者に絶大な力を与える。それこそ、神とすら戦える程の力を。
だが、その代償は大きい。魔王グドゥラニスの肉体の欠片は今も生きている。偽の宿主であるテーネシアの精神と肉体を乗っ取り、復活のために他の魔王の欠片を集めようとするのだ。
そうでなくても魔王の欠片が宿すグドゥラニスの魔力は、本来ならラムダに存在しない性質を持っているので宿主を蝕む。
その度合いは【魔王侵食度】スキルの形でステータスに表示される。既にテーネシアの【魔王侵食度】のレベルは5。レベルが上がれば上がるほど魔王の欠片を自在に使える様になるスキルだが、逆に言えばその分魔王に近付き、精神が侵されている証拠だ。
すぐに気を静め、【魔王の角】を抑え込もうとするテーネシアだが、彼女の周りで倒れていたハインツ達が立ち上がったのを見て中断を余儀なくされる。
「これが……魔王の欠片の力か」
「アダマンタイトの盾が穴だらけなんて、やってくれるよ」
ハインツ達はそれぞれ重傷を負っていたが、どれもこれも致命傷には届いていなかった。そしてその重傷も徐々に癒えていく。
「……やれやれ、あんた達の方がよっぽど吸血鬼らしいね。何故今ので誰も死んでない?」
デライザのアダマンタイトの盾や、ハインツのミスリルにドラゴンの鱗を合わせた鎧も【魔王の角】は切り裂いた。普通なら幾らA級冒険者でも一人くらい……特に軽装のエドガーやジェニファーは致命傷を負って然るべきだ。
だが、現実は全員生存していて戦闘を続行しようとしている。
目の前に居るのは神代の時代から生きる化け物で、数多の神々を倒した魔王の欠片を宿しているというのに、瞳に諦めの色は無い。
(まさかこいつ等の内誰かがあのジョブを? いや、それならあたしはもっと追い詰められているはずだ。なら、精々素質を持つ奴が居る程度か)
「まあ、どうせ死ぬまで殺すだけだけどねぇ! 【螺旋大暴投】!」
【投擲術】の上級武技の名を叫ぶと、テーネシアは何と身体に生やした【魔王の角】を射出した!
「防ごうとしないで! 避けるか攻撃してください!」
ダイアナの警告の意味を理解して、ハインツ達は迫りくる魔王の角を避けるか、武器を叩きつけ軌道を変える。
「俺達で隙を作るっ、【ミリオンスラッシュ】!」
「行け、ハインツ! 【千輝破撃】」
共に【限界超越】スキル等を発動させたエドガーやジェニファーの上級武技が、回転しながら迫る魔王の角を弾き、叩き落とす。
「任せろ! 【滅魔輝真撃】」
そしてチプラスを真っ二つにした時よりも激しく輝く魔剣の切っ先が、テーネシアに迫る。
「【邪壁】!」
だが、テーネシアの身体から再び【魔王の角】が生える。
【魔王の角】はドラゴン等の骨の角とは違い、性質としては鹿や犀の角に近い。鹿の角が毎年生え変わるのと同じで、【魔王の角】はテーネシアが望んだ場所に望んだ形で生える。
彼女のスリットが多く肌を露出した服装も、いざという時【魔王の角】を使う時の為だ。
曲がり枝分かれしながら生えた角が絡まり、盾と化してハインツの魔剣と激突する。
「うおおおおおおおっ!」
「あああああああああっ!」
【魔王の角】を貫き、切っ先で穿とうとするハインツ。そうはさせじと、更に【魔王の角】を生やして防御を固めるテーネシア。
(こいつかっ! やはりこいつが【導士】だ!)
選ばれた仲間だけでなく、数多の存在を導く者。神代の時代、ベルウッドやザッカート達勇者が就いたのを除けば、この十万年でも両手の指で数えられる程の者しか就いていない。
ある意味、勇者の条件とされているジョブだ。
【導士】の恐ろしさは、本人の強さだけではなく仲間やその導きを受けた者を際限無く引き上げる事だ。
それはかつて勇者達の導きを受けたテーネシア本人が良く知っている。
「があああっ! 【邪壁】! 【邪鎧】! 【螺旋粉砕撃】! 【光崩闇連槍】!」
「くっ!?」
連続で【盾術】や【鎧術】、【投擲術】に【槍術】の上級武技を発動させ力技でハインツの攻撃を耐えきり、そして後退させたテーネシアは歯軋りをさせながら、【導士】候補とその恩恵に与るだろう彼の仲間達を睨みつけた。
ハインツも、こいつ等も、こいつ等が飼っているダンピールのガキも、何としても殺すべきだ。このまま放置して成長する隙を与えれば、自分達は成す術も無く狩り尽くされるかもしれない。
今はまだテーネシアの方が強い。このまま押し切れば、七割以上の確率でハインツ達を殺せるだろう。
だが――。
「クソっ、魔術が使えりゃあ、もっとやりようがあるってのに!」
上級武技の連続発動で頭痛を訴える頭でそんな事を考えるが、魔王の欠片が持つ謎の魔力は、他の属性魔術との相性が悪い。そのため、【魔王の角】発動中はテーネシアも魔術を無属性魔術以外発動できないのだ。
普段ならそんな欠点は、魔王の欠片の力の前には意味を成さないのだが。
《【魔王侵食度】スキルのレベルが上がりました!》
「がひぎゃあっ!?」
頭の中に声が響いたと同時に、【魔王の角】の禍々しさが一層強くなる。激しい頭痛と霞む視界とは裏腹に痺れる様に広がる快感。テーネシアの危機感は極限まで高まった。
(このままじゃ、こいつ等を殺してもあたしが欠片に乗っ取られちまう! ここは出直すしかない!)
「あんた達っ、必ず殺してやるから覚えておいで!」
「っ! 逃げる気だっ!」
「させるかぁっ!」
逃げに転じたテーネシアを追おうとしたハインツ達だったが、再び彼女が射出した【魔王の角】に阻まれた。
そして、ハインツが角への対処を終わらせた時には、テーネシアの姿は何処にも無かった。
奥歯に仕込んだ伝説級マジックアイテムを使用して、とっておきの隠れ家に転移したテーネシアは、そのまま崩れる様に倒れ込み、磨き抜かれた石材で作られた滑らかな床に額を付けた。
「な、何とか逃げられたね……」
早く態勢を立て直さなければならない。ビルカインとグーバモンにハインツが【導士】に成り得ると伝えて、総がかりで殺さなければならない。
山脈の向こうに居るダンピールを待ち受けている場合じゃない。
ヒヒリュシュカカもどうかしている。何が『悦命の邪神』だ、アンデッドを作れるダンピールよりも、奴らの方がずっと危険じゃないか。何故奴らの方を殺せと、早く神託を下さなかった!
「ベルモンドっ……何処でボサッとしているんだい!? さっさと来いっ、あんたはあたしの【愚犬】だろうが!」
最後に残った腹心の一人……最も役に立たない僕をテーネシアは呼んだ。
心も体も壊れて見目も醜く、ここの番人兼非常食しか出来ない愚図だ。しかし、【供物】のユニークスキルを所有している。そのスキル効果で喰らう者の生命力と魔力を完全に回復させ、殆どの状態異常を解除する事が出来る。
ベルモンドの血を飲み干せば、テーネシアは即座に完全回復する事が出来る。そのために今までここで飼っていてやったのだ。
今こそ拾ってやった恩を命で返してもらおう。
「何故来ないっ! さっさと――あぁ?」
苛立ちを隠さず立ち上がりかけたテーネシアの目に映ったのは、ベルモンドではなく同じ顔の子供が五人、自分に筒の先を向けている光景だった。
一瞬思考が止まるが、テーネシアの生存本能が絶叫を上げる。
「【念動】銃、ファイエル」
轟音を響かせて筒から何かが発射される。その一瞬前に、テーネシアは鎮めようとしていた【魔王の角】で我が身を守ろうとした。
しかし、素の状態でもアダマンタイトの盾を裂いた【魔王の角】を、筒から発射された弾丸は飴か何かの様に貫くと、テーネシアの首に命中した。
驚愕に見開いたテーネシアの顔が掻き消え、とさりと残った首から下の身体が再び床に崩れ落ちる。
そして弾丸が彼方の壁に激突した轟音と振動が。更にその数秒後、ポチャンと何かが地底湖に落ちた音がした。
「流石オリハルコンの弾丸は威力が違いますね。……でも魔力を込め過ぎたかなぁ」
反動を受けて掻き消えた霊体の自分四体と、爆ぜた竹のようになってしまった銃身を見て、ヴァンダルーは溜め息をついた。
色々飛び散ったベルモンドの欠片を彼女に繋ぎ合わせて戻したヴァンダルーは、彼女からテーネシアがここに来た時に現れる場所が、屋敷内から地底湖に直接ボートで漕ぎ出せる邸内の港だと聞き出した。
テーネシアが奥歯に仕込んでいる伝説級マジックアイテムは小さくて携帯性に優れるが、その代わり予め登録した場所一か所と、前回転移する前に居た場所の二カ所しか転移出来ないらしい。
そしてレムルースに遙か遠くから見張らせていたハインツ達がテーネシアを追い詰め、ここに彼女が逃げて来る瞬間を、オリハルコン製の弾丸を銃身にセットして待ち受けていたのだ。
その間テーネシアの隠れ家の裏に移動用の極小ダンジョンを作ったり、散策したり、彼女が作ったアンデッドをテイムしたり、マジックアイテムや物品を回収したりしていた。
因みに、ベルモンドを堕とした時から、今日で一週間だ。
「思ったより早く、それも消耗している状態で来ましたね」
「いや、もっと他に言う事があるのでは?」
「他に……? 何かあります?」
「えぇー」
あっさりと神代の時代から闇の世界に君臨してきた原種吸血鬼を倒した事に、特別感慨も何も抱いていない様子のヴァンダルーに、ベルモンドは若干呆れたような声を出した。
しかしヴァンダルーからすると、父の仇の親玉でザンディア達タロスヘイムの英雄の死体を持ち去ったグーバモンや、エレオノーラの元主人のビルカインに比べると、テーネシアは敵としての重要性はずっと下だ。
勿論二百年前のタロスヘイムとミルグ盾国の戦争に後ろで糸を引いていた一人なので、彼の心の「絶対殺すリスト」には載ってはいるが。
「ああ、この地下空間が崩落する事を心配しているのでしたら、耐震工事はしておいたから大丈夫です。最悪でも、逃げる時間は稼げます」
「……それは屋敷の隣に幾本も太い岩の柱を建てているのを見れば分かりますが」
「彼女が言いたいのはそんな事ではないだろう、師匠」
蟲に寄生されそのままヴァンダルーの体内に装備されてでも、原種吸血鬼が作ったアンデッドが見たい! と研究者魂を燃やしてやって来たルチリアーノが口を挟んだ。
久しぶりに見た、生きている人種が理解してくれたかと共感を覚えるベルモンド。
「早くそこに転がっている貴重な素材を回収しなければ! 神代の時代から生きる原種吸血鬼の、それも邪神の加護を受ける様な希少個体! その価値は計り知れないのだぞ!」
「……いや、私はそんな事を言いたい訳ではないのですが」
ああ、価値観が合わない。やはり自分は狂っているのか。ベルモンドは欲望にギラギラと瞳を輝かせるルチリアーノの姿に、孤独感を覚えた。
「それもそうですね。【死亡遅延】、寄生よろしく」
倒れたまま痙攣を始めたテーネシアの身体に術を施し、蟲を寄生させる。そしてずるりと彼女の身体を体内に装備する。
床に流れた大量の血は勿体ないので、ブラッドゴーレムにして口元まで来てもらってゴクゴクと飲み干す。砕けた角の欠片は荷物の中に回収だ。
《【業血】スキルのレベルが上がりました!》
一度血を飲んだだけでスキルレベルが上がるとは、腐っても原種吸血鬼だ。
「帰ったら私にも調べさせてくれたまえよ、師匠。しかし……頭部の回収は絶望的か。ベルモンド嬢から聞いていた【石化の魔眼】や脳の欠片でも良いから欲しかったのだが……」
「私はだんだん外に出るのが怖くなってまいりましたよ。君達人種の業は、一万年前より深くなっているようではありませんか」
「それより、俺が【念動】銃で撃った時体中から生やしていた角や棘の様な突起物は何か知っていますか?」
「あれは……いえ、私は存じません。ただ、恐らく【魔王の欠片】ではないかと」
あくまで慇懃な口調を崩さないベルモンドの答えを聞いて、ヴァンダルーは手に持っていた角の欠片に【鑑定】をかける。
『テーネシアの角:詳細は不明だが、魔王グドゥラニスの血と同質の魔力が宿っている』
「なるほど……あ、二人とも俺から離れて。そろそろ来る」
「「来る?」」
「テーネシアはまだ死んでいません」
ヴァンダルーの言葉の意味を二人が理解したのと同時に、離れた湖面から黒く捻じれた角が飛び出してきた。
それをヴァンダルーは結界を張って止めようとしたが、次の瞬間脳裏に走った【危険感知:死】の警告に従って床に伏せる。
その頭上を、投じられた角は【停撃の結界】を易々と貫いて通り過ぎて行った。
「なるほど、あの角に結界は効かないと。しかし……よく生きていますね」
若干驚きを覚えつつ立ち上がったヴァンダルーが見たのは、湖面から水を滴らせて浮かび上がった、鬼気迫る形相を浮かべたテーネシアだった。
「ごろずっ! ごろじでやるっ!」
常識を超越した再生能力で新しい胴体が生えつつあるが、脊椎や肋骨に内臓と僅かな筋肉が絡みついているだけの状態で、それを所々黒い硬質な何かで繋ぎ止めているような状態だ。
「どうやら、首か心臓を破壊したら死ぬと言う常識は、原種吸血鬼には通じないようです」
そう言いつつも、即座に【ゴーレム錬成】で元の形に戻した銃身を使って【念動】銃を再度撃つが……あっさりと避けられた。
「瀕死めいた状態に見えるのに素早いですね」
激高していても流石に自分が深手を受けた攻撃を忘れてはいなかった。
「不意打ちでなげりゃっ、当だるがあ゛っ!」
轟音と共に地下空間が揺れるが、テーネシアは存外素早く回避行動をとった。それだけ【念動】銃を警戒しての事だが、実は【念動】銃には次弾発射まで数秒のタイムラグがあり、射程距離は馬鹿みたいに長いが動く目標に対する命中精度に難がある等、欠点満載の実験武器だった。
(やっぱり高速で飛び回る敵にはまだ当たらないか)
ベルモンドの時は自分の本体を囮に動きを封じたし、さっきは待ち受けての不意打ちだ。アクション映画の主人公の様に自由自在に使いこなすには、まだ工夫が必要だろう。
「ぢね゛っ! ぢね゛え゛えぇっ!」
既に正気の欠片も残っていない様子のテーネシアから、更に【魔王の角】が射出される。高速で回転する捻じれ枝分かれした角は、掠っただけで大きく肉を抉り取る事だろう。
「枝と蔓を伸ばして」
結界が通じないその攻撃を、ヴァンダルーは体内に装備しているイモータルエントの蔓や枝、そして自身が伸ばす糸で絡め捕る事にした。
構造上引っかかる個所が多い【魔王の角】に対してそれは有効で、弾く事は出来なくても軌道を大きく反らす事に成功する。
「それで師匠っ、これからどうするのだね!?」
「ちょっと気に成る事があるので考えます」
「それは余裕と受け取って良いのだろうか!?」
「レビア王女、魔力はガンガン渡すのでお願いします。エレオノーラ、俺に【加速】を」
『はい、陛下』
姿を現したレビア王女達ゴーストが黒い炎の槍や髑髏に成って角に体当たりして、少しでも勢いを消そうとする。
「任せて、ヴァンダルー様」
そしてするりとヴァンダルーから現れたエレオノーラが、【加速】の時属性魔術を唱える。彼女はルチリアーノ同様、自分の身体に蟲を寄生させてヴァンダルーの体内で待機していたのだ。
【加速】で時間が早まったヴァンダルーは、【死霊魔術】も使って魔王の角を迎撃しながら、思考を深める。
それを見てルチリアーノとベルモンドも、援護しようと動き出した。ルチリアーノはイモータルエントに付与魔術を唱え、ベルモンドは得意の糸で【魔王の角】を逸らすのに協力する。
「ベルモンドぉぉぉっ! なんでアタシを裏切ったあ゛!? この恩知らずの駄犬があああっ!」
しかし、かつての配下の裏切りがハッキリした事でテーネシアの狂乱がますます激しくなった。怒りで逆に呂律は正常に近付いたようだが、十分に伸びきっていない角まで乱射して屋敷が瓦礫に変わりつつある事も全く気が付いていない。
一万年の忠誠を捧げた相手のそんな姿に、ベルモンドは失笑で返した。
「とは申されましても『お客様』、こちらの新しい『旦那様』の方が私に大変良くしてくださるそうなので。
確かに命を助けられた恩はございますが、一万年も犬の様にお仕えしたのですからもう十分でしょう?」
命を助けられた恩は命で返すと言う者もいるが、それは個人の価値観や、絆や人間関係等による。
それに、ベルモンドは実際一万年も【愚犬】呼ばわりのまま仕えたのだから、ただ裏切り者呼ばわりもどうだろうか?
「このクソ女が! 他の尻軽女共々ブチ殺してやるよ!」
「私が尻軽……!」
『ゆっ、許しません!!』
「元々口の悪い方でしたが、いやはや……」
「ああ、私に関しては無視してくれて結構。出来れば存在自体忘れてください」
一見気の抜けたやり取りに見えるが、【魔王の角】が一撃でも当たればルチリアーノは勿論、ベルモンドもエレオノーラも、ヴァンダルーも助からない。レビア王女達だってヴァンダルーの魔力が切れた状態で当たれば、消滅してしまうだろう。
いくらテーネシアが単調な射出攻撃しかしてこなくても、気の抜けない状況だ。
そしてテーネシアもギリギリの状態だ。ハインツ達との戦いで消耗した魔力も精神力も戻っていない状況で受けた致命傷。自前の再生力と【魔王の角】のお蔭で何とか命は保ったが、そのせいで【魔王の角】を解除できないまま戦闘を続行する羽目に成った。
お蔭で魔術が使えない。飛行を維持し、莫大な魔力を消費しながら角を射出して戦うしかない。常に動き回らなければ何時あの正体不明の筒で撃たれるか分からないので、【石化の魔眼】も使えない。
それに骨と筋肉がまだ三割ほどしか戻って来ていない今の身体で格闘戦をしようものなら、反動で自分がダメージを受けかねない。
(クソォっ! せめて胴体の方を回収できれば! こいつ等、あたしの身体を何処にやりやがったんだっ!?)
胴体を回収して切断面をくっつければ、まだ何とか出来たのにと内心悔しがるテーネシア。
ルチリアーノが彼女の肉体を回収するよう促したのは、隠れたファインプレーだった。
一方、ヴァンダルーはテーネシアが魔王の欠片を使うのを見て考えていた。
(俺も【魔王の血】を飲んだ。なら、同じような事が出来るのでは? でもあれから半年以上経つけれど、そんな気配全然ないし)
(禁断の力とか無いのかな? まずは【幽体離脱】、俺自身の身体を精査。……おや?)
エレオノーラに【加速】して貰った思考で、自分を調べると体内に微妙な異物(?)を見つける。
(我を集めよ、我を集めよ、我を完全体とせよ)
聞き覚えの無い小さな声が聞こえる。明らかに自分以外の意思が体内に存在するようだ。
何とも……不愉快な。
(我を集めよ、我を完全体とせよ)
《【魔王侵しょ―――】》
(お前は俺の一部。俺は我、我は俺)
(我を集め……おれ? われは俺、俺は……我? 俺は俺を集めよ、俺を完全体にせよ)
(そう、それで良い)
ピート達なら兎も角、自分を構成する骨肉の中に自分以外の意思があるのは良くない。
《ユニークスキル、【魔王融合】を獲得しました!》
そんなスキルを獲得したと脳内アナウンスを聞いたのと同時に、【魔王の血】の使い方が分かった。
「死ねぇいっ!」
すると、丁度良いタイミングでテーネシアの攻撃がイモータルエントの枝を貫き、ベルモンドの糸を引き千切って迫って来た。
それに対してヴァンダルーは、鉤爪で自分の首を切った。
「ヴァンダルー様っ!?」
悲鳴のようにエレオノーラがヴァンダルーの名を叫ぶが、彼の首から血が噴水の様にほとばしり、そのまま蛇の様にくねりながら【魔王の角】に激突する。
「「なっ、何だそれは!?」」
奇しくも同じ事を叫ぶテーネシアとルチリアーノの前で、何と【魔王の角】がヴァンダルーの首から迸った【魔王の血】に呑まれ絡み取られる。
「何でお前が魔王の欠片を! まさかナインランドの封印を……ひぃっ!?」
【魔王の血】が角を絡め取っても止まらずに自分に迫って来るのを見たテーネシアは、慌てて逃げようとする。だが、前触れも無く重くなった身体が言う事を聞かない。
「これはっ、まさか……あたしを見限るつもりかぁっ!? がは!」
血液の凝固作用で硬くなった【魔王の血】が、テーネシアが生やした【魔王の角】を小枝の様に圧し折りながら彼女の臓腑にめり込む。
内臓が弾け、死が迫るのを感じると共に何かが会話しているのがテーネシアには聞こえた。
(我よ、俺よ、本体に合流せよ。集まれ我よ、俺を完全体とせよ)
(宿主不能、宿主不能、我はより優れた宿――本体に合流する。我は俺、俺は我)
生皮が剥がれる様な気味の悪い音が響き、【魔王の血】は【魔王の角】を取り込んだままヴァンダルーの傷口に戻った。後に残った僅かな骨と内臓を首から垂らしただけのテーネシアは、成す術も無く再び地底湖に落下した。
《【魔王の角】を獲得しました!》
《【魔王融合】、【精神侵食】、【異形精神】スキルのレベルが上がりました!》
「よし、勝った」
小さくガッツポーズをとるヴァンダルーの周りで、エレオノーラとレビア王女は愕然とし、ベルモンドは口元を引き攣らせ、ルチリアーノは何故か感動のあまり涙している。
「今のは……良しなの?」
『ええっと、あの人は倒したようだけど……』
「まさか魔王の欠片を宿していた上に、それで【魔王の角】を奪ってしまうとは。我ながら、大変な方に尻尾を振ったものです」
「全ての禁術の頂点の一つ、魔王の欠片を間近で研究する事が出来るなんて! ああっ、師匠に弟子入りして良かった!」
「思いも寄らぬ所で弟子の中の俺の株が上昇してますが、それは兎も角経験値と素材を回収しましょう。あ、母さんには首を切ったのは秘密にしてくださいね」
『あの、陛下? 身体は大丈夫なの?』
「問題ありません」
心配そうなレビア王女やエレオノーラに、ヴァンダルーは頷いた。首筋の傷は癒えたし、魔力を大量に消費した事以外は不調も無い。
「魔王の欠片であっても、俺を構成する骨肉の一部に成った以上、俺の一部です」
自分の利き手が突然独自の意思を持ち、「これからは俺の言う事を聞け」なんて言い出したら邪魔で仕方ないだろう。
なので、同化できるなら同化しておくべきだ。
「それなら、まあ、多分、良いと思うけど」
『ええ、まあ、そうね』
微妙にまだ二人とも困惑気味だが、これから魔王の欠片を使いこなすようになれば納得してくれるだろうと思ったヴァンダルーは、テーネシアを回収する事にした。
「ベルモンド」
「畏まりました、旦那様」
糸が閃き、湖面を漂っていたテーネシアを引き上げ、床に落とす。
「う゛っ」
驚いた事に、顔に濃い死相を浮かべているがテーネシアはまだ生きていた。
「では、まず石化の魔眼を回収しましょう」
しかし当然ながら慈悲は無い。
「ま、待てっ……やめっ……たすぎゃあああああ!」
「魔眼の類は死ぬ前に解体しないと移植できないと、魔術師ギルドから持ってきた禁術書に在ったので待ちません」
容赦なく解体を進めるヴァンダルーに片目を取られたテーネシアは大きく口を開けて悲鳴を上げ……更にベルモンドに指を口の中に突っ込まれた。
「貴方が奥歯にマジックアイテムを仕込んでいるのは存じていますので」
そう言って薄く微笑むかつての部下の瞳を、テーネシアは直視した。そして気が付いた、ベルモンドが以前の彼女とは別の存在に成りつつある事に。
(こいつ……っ! あのハインツの仲間と同じだっ、自分以外の誰かに存在を引き上げられている! 誰だっ、誰がこいつを……!)
残った方の目で見まわすと、ベルモンドと同じものがルチリアーノとエレオノーラの瞳にもあった。
そして、最後に見たヴァンダルーの瞳を見て確信した。こいつだと。
「そっちの目は魔眼じゃないから別に良いか」
【魔王の角】を失い、【魔王侵食度】スキルを失った今なら分かる。このダンピールの危険さが。こいつにくらべれば、【導士】だって大したことは無い。
(こいつにだけは殺されちゃいけない!)
本能的な直感か、それともヒヒリュシュカカからの加護か、恐怖に慄くテーネシアだが、今は文字通り手も足も出せず、何もできない。
だが、彼女は悪運に恵まれた。
「あ、これは予想外」
そうヴァンダルーが呟くのと、ほぼ残骸と化している屋敷からやや離れた場所に二人の人影が現れるのは同時だった。
「エレオノーラっ!?」
「これは一体何事じゃっ!?」
テーネシアを降すために、ビルカインとグーバモンが彼女の隠れ家に転移してきたのだ。
もしかしたら彼女がダンピールに与しているかもしれないと邪推していた二人だが、自分の目で見た光景を理解できずに一瞬棒立ちに成る。
それはヴァンダルー達も同じで、まさかここに他の原種吸血鬼が、それも二人一緒に現れるとは想定外の事態だった。
「しまったっ!」
その隙にベルモンドの指を吐き出したテーネシアが転移し、姿が消える。
「それは良いから逃げますよ」
「おぅぶっ!?」
反射的にテーネシアが消えた辺りに手を伸ばすベルモンドの口に、適当なワームを突っ込ませて寄生させると、エレオノーラとルチリアーノ共々体内に装備。
そのまま、自分自身を【念動】で砲弾のように撃ち出し、極小ダンジョンに飛び込んだ。
ネット小説大賞に参加しました。宜しければ応援よろしくお願いします。
4月3日に96話、7日に閑話7 8日に四章キャラクター紹介を投稿する予定です。




