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彼が目覚めると

 ライリーが伸ばした手は、ハリエットの両手に包まれた。

「目が覚めましたか」

「……あれ。また寝過ごしてしまいましたか?」

 ライリーは寝惚け眼で妻の顔を見た。

 起き抜けに妻の笑顔。なんて幸せな目覚めだ。

 ライリーは反対側の手も伸ばして、ハリエットを引き寄せた。

 ハリエットは抵抗することなく、ライリーの胸に倒れ込むようにして抱きしめられた。

 ライリーの広くなった視界に映ったのは、自宅の天井ではなかった。見覚えはある。なぜか花が飾られていたり、クッションやら膝掛けやらで居心地良くなっているが、ここは間違いなく隊舎の仮眠室だ。

「ああ……。うっかり寝たんでしたっけ。何故ハリエットがここに?」

 ハリエットはくすくす笑って答えた。

「あまりにお帰りが遅いから、迎えに来てしまいました」

「え、……そんなに寝てましたか。晩餐会の準備を」

「いいのです。もう夕刻の鐘が鳴りましたよ。ウィルには欠席すると伝えました」

 慌てるライリーの胸を押して、ハリエットは身体を起こした。

 寝台の上に座るライリーの手を握って、彼女は優しく、諭すような口調で話しはじめた。

「ねえ、ライリー。わたし、お金ならたくさん持ってます。人を雇うこともできるけど、自分の手でなんでもやってみたかったんです。あなたのために何かしたかったから、慣れないなりに家の事をやってました」

「……ハリエット」

「それが却ってあなたの負担になっていたなんて、気づかなかったの。ごめんなさい」

「謝らないでください。負担になんて思ってない」

「それなら、あんまり無理をしないでください。こんなになるまでひとりで頑張らないでください」

「無理なんて」

「してたでしょう。いいですか。あなたが背が伸びるのを恐れていることくらい知っています。ご自分の稼ぎで甲冑を新調できるか、なんて気にしなくても、そんなものわたしが買って差し上げます」

「何故それを」

 騎士になるには、まず最低限成長が止まっている必要がある。ライリーも十八歳になった年に、半年前に測った身長と比べてほとんど変化がないことを確認してから、叙任式を受けた。

 騎士になるのに必要な甲冑が、非常に高価であるにも関わらず、体型の変化に対応できないからだ。身体中をきっちり計測して造る完全受注生産の甲冑は、背が伸びたら買い替えなくてはならなくなる。実現可能かどうかは置いておいて、アドルフのような体格になったときも、それは同じだ。

 なんだか最近寝てばかりだ、まさかな、と気になって身長を測ってみたら、僅かではあるが伸びていたのだ。ライリーの成長期は終わっていなかった。

 今の甲冑は、叙任式の祝いに父伯爵が買ってくれた。従騎士の俸給では到底手が届かない代物だから、実家が用意するのが普通なのだ。他にも馬がなくては話にならないし、騎士になるには金がかかる。

 順調に出世するならともかく、そうでなければ出費のほうが多くなる。ある一定以上の家の出でないと騎士にはなれない理由のひとつがそれだ。

 このまま身長が伸びるのであれば、なんとしてでも甲冑の代金を貯めなくてはならない。

 ライリーだって無理は承知の上だ。だが、働きを認められて昇格する必要があったのだ。

「歳上の妻を見くびらないでくださいな。ロブフォードには引退した侯爵に、在位年数に応じて支払う年金があるんです。わたしは五年間だけの代理でしたから大した額ではありませんが、あなたがお財布を預けてくださったから、その分年金は甲冑代にと思って貯めてあります。」

「…………なんか俺、必要無さそうですね」

「そうおっしゃると思っていたから黙っていたのです! 夫の稼ぎを当てにしない女は可愛くないですか? ライリーはわたしの余生を彩ってくださるんでしょう?」

「ええ、……はい。申し訳ありません」

「わたしは結婚なんてしなくても生きていけます。元よりそのつもりでしたけど、ライリーが求婚してくださったから、余生はあなたと生きることを決めたのです」

「ええ。そうでした」

 ハリエットの勢いに押されて、ライリーは頷くことしかできなかった。

「ライリーのことが好きです。あなたがいてくれるだけで、それだけでわたしは幸せです」

 それはライリーが言いたかった台詞だ。妻に言われてしまった。

 心中は複雑だったが、ライリーは胸に頬を寄せるハリエットの背をそっと抱きしめた。

「俺もです。ただ、あなたに苦労をかけている自分が歯痒くて、情けなかったんです」

「苦労なんてしていません」

「はい。あなたを見くびっていたみたいです」

「睡眠時間を削って領地経営に頭を悩ますくらいなら、そんなものはわたしに任せてください」

「お見通しでしたか」

「夫の仕事に口を出す妻は嫌われると聞いたから、黙っていただけです」

「それくらいでは嫌いません。……嫌えません」

 ハリエットはため息をついて、ライリーから身体を離した。

「…………今回は驚きました。もう二度とこんな思いはしたくありません」

「? なんの話ですか」

「そのお話はどうぞ小隊長様から」

 見計らっていたように、扉を叩く音がしてエベラルドが顔を出した。

「失礼。目を覚ましましたか」

「ええ。ご覧の通り」

「……隊長、いつからそこに」

「さあな。子爵夫人、侯爵家の晩餐には程遠いですが、よろしければ夕餉を召し上がっていきませんか」

「よろしいのですか?」

「ええ。騎士団の食堂にご招待させてください」

「……嫌ですよ。帰りましょう、ハリエット」

「残念だったな。おまえが持ち帰るつもりだった山鳥まで、全部調理済みだ」

「嘘でしょう⁉」

「ほんとだよ。あんまりおまえが起きないから、せっかくの新鮮な肉が腐っちまうと思ってな」

 俺はなんのために頑張ったんだ、と落ち込むライリーを、エベラルドは呆れて見遣った。貴族の当主がそこまで肉に執着するなと言いたい。

「やっぱ特別訓練延長する必要があるか。一生終わりそうにないな」

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