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夜の襲撃

 野営訓練でやることは毎日同じだ。目的地まで行軍し、手際良く宿営できるよう練習する。狩りをして得た獲物を調理して食べ、疲れ果てて眠る。

 三日目の狩りでは、獲物一覧表のすべてを用意することができた。

 明日は無事帰路に就けると、みなで喜んで夜を迎えた。

 最初に見張りに立った騎士が、そろそろ交代の刻限かと満ちかけた月を見上げたときにそれは起こった。

 束の間の休息を取る騎士達の、貴重な時間を奪う声が森に響き渡った。

「敵襲――――‼」

「おおるああああっ」

 異変を知らせる声とほぼ同時に、怒号が響き渡る。何かが起きている。

 何か、がなんなのかは予想がついていた。

 ライリーは素速く身体を起こし、剣の柄を握った。

 天幕の布を跳ね上げると、宿営地の先端部に人が集まっているのが分かる。

「来やがったぞ」

「予想通りだな」

 これも訓練の一環だ。

 そういうことだったのだ。

 ライリーは獲物一覧表を見てから、ずっと考えていた。

 エベラルドは、鍛錬地獄は終わっていないと言った。

 これまでの鍛錬内容と比べて、楽すぎると思った。ライリーは狩りが得意だ。入団当初から何かと世話を焼いてくれているエベラルドも、それは承知しているはずだ。

 何故、この程度の内容なのか。

 野営訓練に参加しているのは、もちろん新婚の騎士ばかりではない。だが、やはり特別訓練を課される何かしらの理由がある騎士が多かった。ライリーのように妻を得た者。恋人ができたと浮かれている者。彼ら幸せボケとは逆に、失敗続きで落ち込んでいる者。問題ばかり起こす者。

 その他の騎士や新顔の従者は、ただのとばっちりだろう。今回は、普通の野営訓練では終わらない。

 何かが起こるのだ。

 簡単に課題に合格できない何かが用意されているはずだ。

 ライリー達を合格させないために用意された何か。答えは明白だ。

 課題は、指定された獲物を持ち帰ること。獲物を狩る過程も、それなりの試練だ。もし達成できなければ、達成できるまで鍛錬は続く。その間、邪魔は入らない。

 何か、はおそらく妨害だ。指定された獲物を揃えたら、それを奪いに来る輩が現れる。

 そんな訓練に多くの人手はさけない。敵は少数。ならば闇に紛れたほうが有利と判断するだろう。

 今夜来る。

 確信を得たライリーは、密やかに情報を浸透させた。難しいことではない。話し合う時間はたっぷりあった。

 問題は裏切者の存在だ。どこかで様子を伺う襲撃者役に、情報を流す者は必ずいる。

 そんなもの、いくら考えても誰だか分かるはずがない。

 ライリー達、特別訓練を課されている数人は除外しても構わないだろう。相談の結果、以降は三人組での行動を義務として、互いを監視することにした。

 従者の少年達は不可解な命令にきょとんとしていたが、ライリー達追い詰められている騎士に手段を選ぶ余裕などなかった。

 今夜襲撃があると、気づいたらどうするべきか。

 罠を仕掛けるのだ。

 簡単なものでいい。長く伸びた下草を結ぶ。要所要所に紐を張っておく。

 森の中は月明かりを遮る枝木が多い。篝火だけではほとんど何が起こっているか見えないが、一方的にやられているようではない。混乱しているのだ。

 子どもの悪戯のような罠だが、それなりに効果はあったようだ。

「獲物班走れ! 絶対に取られるなよ!」

「毎回毎回やられっぱなしでいられるかあっ!」

「隊長覚悟おおぉ!」

 大っぴらに上官を叩く機会だと嬉々として向かう騎士達だが、ライリーが到着した頃にはすでに幾人かは地に伏していた。

「篝火増やせ! 黒い外套が敵だぞ! 囲め!」

 狩りと同じ要領だ。せっかく数で勝っているので、活かさない手はない。

 狩りのときに示し合わせた合図を送り合いながら、じわじわと敵役の騎士を追い詰める。敵は四人ぽっち。舐めてかかったことを後悔すればいい。

 …………ここだ。

「やれ!」

 黒い外套の頭上に繋ぎ合わせた毛布が降る。就寝前にこっそり木の上に仕込んでおいたのが活きた。身軽な騎士を数人、木の上に潜ませておいたのだ。

 慌てる襲撃者役に一斉に飛び掛かる。一人ずつ拘束してしまえば、こっち側の勝利だ。

 揉み合う騎士達の耳に、野太い声が飛び込んできた。

「おおおおおおおおおおっ」

 その咆哮には、若い騎士を震え上がらせる効果があった。ライリーも例外ではない。

「団長⁉」

 目を凝らすまでもない。篝火の灯りに浮かび上がる熊のような巨躯は、騎士団長その人以外にあり得ない。

 なぜここに。訓練に参加するとは聞いていない。まさかこのためだけに王都から駆けてきたのか。

 ライリーは夜会でのアドルフの言葉を思い出した。まさか。

「駄目だ、逃げろ! 走れ!」

「熊と同じだと思え!」

「昨日の猪よりも強いぞ!」

 随分な言い草である。随分な言い草だが、正しい忠告だ。

 毛布の網を被った敵は、ひとりしか拘束できていない。残りの三人は、騎士団長の咆哮の直後に体勢を立て直していた。

 駄目だ。思考を切り替えろ。

 ライリーは震えそうになる膝を必死で励ました。

 敵役の四人を拘束したら勝ちだと思っていた。

 木剣の一振りで、鍛えた騎士ふたりを同時に薙ぎ倒す化け物に勝てるわけがない。

 敵を倒すことに固執するな。

 今回の勝利は、命令を遂行することにある。

 命令、即ち、獲物を持ち帰ること。

 ライリーは叫んだ。

「落ち着け! 獲物班は走ったな⁉ ここを死守すれば、俺達の勝ちだぞ!」

 事前にまとめておいた獲物を持って、王宮まで走る係を決めてある。すでに走り出しているはずだ。

 彼らが確実に帰還できるよう、時間を稼ぐのだ。

 ライリーはアドルフの間合いから外れて指示を飛ばした。

「十二人残るぞ! 他、弓班八人、馬の準備したら、距離を取って待機! 他は死ぬ気で走れ!」

 敵は隊長格ばかりだが、三人掛かりなら互角以上に戦える。

 新米がでしゃばるなと後から叱られるかもしれないが、他の騎士はほとんど恐慌状態だ。

 今回の訓練は、いつもの小隊単位で動いていない。今のように散り散りになったときの纏め役が明確になっていないのだ。

 誰かが指示を出す必要がある。例えそれが的外れだったとしても、烏合の衆に成り下がるよりは数倍マシだ。

「おまえが残るか、ティンバートン」

「団長の、ご指名かと思いまして」

「そうだ。約束通り見に来たぞ」

 律儀なことだ。忘れてくれてもよかったのに。

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