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野営訓練へ

 ライリーは、小隊長に社交の予定を聞かれて、ありのままを答えた。

 警備の当番表を作るのに必要なのだろう。

 騎士団は万年人手不足だ。繁忙期である社交の季節にひとりが丸々抜けてしまったら、他の騎士が過労で倒れる。

 予定が空いている日には任務に就くべきだと、ライリーも考えていた。

 ある日突然子爵位を継いだライリーに配慮して、当たり前のように都合を訊いてくれる小隊長には感謝しかない。警備の当番を回せるよう、最大限の努力をすべきだろう。

 ライリーが断り切れない付き合いを厳選して予定を提出した翌日、命令が下った。

「明日から野営訓練に行ってこい。これだけの獲物を狩るまで帰って来るなよ」

 エベラルドは羊皮紙をライリーに手渡して、世間話のような口調でそう告げた。

「…………帰るな?」

「王城の厨房に持って行く分もある。それに書いてある獲物を全部狩るまで帰るな」

「…………もしかしてまだ」

「地獄は終わってない」

 五日後にはハリエットの親族が集まる、ロブフォード侯爵主催の晩餐会がある。

 ライリーは無言で俯いて、片手で顔を覆った。つまりこういうことか。

 四日間で命令を遂行しなければならない。



 王立騎士団では、定期的に野営訓練が行われる。戦時下に於いては実戦で覚えることができるが、ここ数年は小競り合い程度の紛争しか起こっておらず、平和が続くキャストリカでは必要な訓練だった。

 整然とした行軍、野営地の作り方、食糧の現地調達など、普段の鍛錬では教えられないことを王都を出て若手に経験させるのだ。

 ライリーは侯爵家の晩餐会までにはなんとしてでも帰ります。とハリエットに告げて王都を出発した。男手のなくなる家は、長屋に住む他の騎士家族が気にかけてくれることになっている。

 ウィルフレッドも顔を出してくれるそうだから、心配はいらないだろう。

 できることはしてきた。ライリーは残してきた家人を想い、前の騎馬と馬脚を揃えた。

 訓練は他の隊と合同で行われ、現地での狩りの成果によっては豪華な食事が期待できる。大変な行事ではあるのだが、若い騎士のなかには楽しみにしている者も多い。

 予定通りの刻限に野営予定地に到着し、従騎士が従者にそれぞれ指示を出して野営地の設営を始めた。

 騎士は馬の世話をしてから、慣れない作業に手こずる少年達に手を貸してやる。

 実戦を想定しての訓練を、というのが建前だが、今年は初めての従者が多いため、厳しくするばかりというわけにはいかない。

 ライリーも従騎士の目が届かない従者に、天幕の張り方を教えてやる。

 早く狩りの準備をしたい。

 小隊長からの獲物指示表は確かに多くはあったが、無理ではない程度に抑えられていた。指定されたよりも獲物が多ければ、ハリエットへの土産にできるだろうと内心張り切っていたのだ。

 王都の森はすべて王の狩り場であるから、新鮮な肉を食べる機会はそう多くない。普段の食材は王宮の厨房から分けてもらえるのだが、優先順位の低い子爵の家では、あまり贅沢が言えない。

 騎士団の食堂で焼いた肉を食べているライリーと違い、ハリエットはその機会が少ないはずだ。

 貴婦人であるハリエットが自分ほど塊肉を喜ぶとは思えないが、食卓が豪華になるのは歓迎してくれるだろう。

 狩りは、基本的にはその土地の王侯貴族だけに許された娯楽だ。

 自分達で食糧を調達する必要がある騎士団は、王都にいる間はこの森でのみ狩りの許可が下りている。国境の砦ではもっと自由に獲物を得ることができるが、駐屯期間はそう長くない。

 幼い頃から領地で狩りに参加していたライリーは、入団当初から狩りの腕だけは騎士団随一の腕を誇っていた。

 街育ちの従者は森の歩き方もままならないため、今回の狩りには不参加だ。彼らは野営地を守る騎士の指示に従って、全員分の食事を用意する。

「よし、行くか」

「頼んだぞ! 狩猟隊長!」

「今日の飯はおまえに任せた!」

 ここぞとばかりに持ち上げてくる騎士達を身回して、ライリーは担当を考えた。

 狩猟は集団だと効率がいい。特に今回の名目は野営訓練であるから、猟犬も鷹も連れていない。人数がものを言ってくれるだろう。

 地理を読んで獲物を追い込む方向を決め、人間の頭と体力だけで仕留めなければならない。弓が得意な者、馬術に長けた者、身体が大きく力自慢の者、いくつかの組に分けて役割を指示する。

 このときばかりは、年嵩の騎士達も若手のライリーの指示に忠実に動く。狩猟隊長がライリーだからだ。

 狩りには不慣れでも、上官に従うことを疑わない騎士集団は素晴らしい成果を上げるのだ。

「小動物は各自の判断で。鳥も見つけ次第射ってください。大きいのを見つけたらすぐに合図を。指示を出すので、打ち合わせ通りにお願いします」

 作戦会議といっても、獲物を見つける前なので班分けと合図の確認だけで終わる。獣の糞や足跡から獲物を見つける方法は、同じ班の先輩に聞けばいい。

「じゃあそんな感じで。あとは俺が行けと言ったらひたすら進んで、飛べと言ったら飛んで、逆立ちしろと言ったら死ぬ気でしてください」

「調子に乗るなよ小僧!」

「結果出なかったら覚えとけや!」

「はいはいはい。……いくぞ! 作戦開始!」

「「「応!」」」

 狩りは暗くなる前に終えなければならない。あくまでも、名目は戦時下における食糧の現地調達訓練だ。最速で獲物を調達し、調理して腹を満たしたら翌朝の出発に備えて交代で身体を休める。その繰り返しだ。

 目的地に着いたら、今度は違う経路を辿って王都へ引き返す。

 キャストリカの起源は、狩猟民族まで辿り着く。狩りは本能を呼び覚ます。

 食事がかかっていることとも相まって、騎士達は普段の鍛錬よりも生き生きとしていた。

 短時間の狩りの成果は、上々と言えるだけの獲物が得られた。

 鳥が五羽、兎が二羽に狐が三匹、猪が一頭。初日から大物が獲れたのは大きい。

 終了間際にライリーの合図で弓班が仕留めたときは、興奮して騒ぐ若い騎士がそれぞれの上役にどつかれていた。

 戦時下の設定を忘れるほどに喜びが大きかった。今日の夜は新鮮な肉にかぶりつける。

 開始前に大口を叩いたライリーは、その成果にほっとした。

 だが、土産を持ち帰るにはまだ心許ない。喜ぶ騎士達に背を叩かれながら、明日以降は編成を組み直してみるかと考えていた。

 その夜は、獲物を解体、調理分と保存分とに分けて、それぞれの担当が作業にあたった。

 狩猟隊長の任を解かれたライリーも解体班に組み込まれて、手元が怪しい従騎士に皮の剥ぎ方を指導する。

 従騎士や従者の教育は若手の仕事だ。野営訓練とひと言でいうが、下っ端の雑務は山程ある。

 普段より豪華になった食事は、いつだったか食堂で食べた、香辛料を効かせた肉のことを思い出させた。

 あれを作った従者がいるのだろうか。新鮮な肉の旨味を殺さない調理が食欲をそそった。

 腹が満たされたら、迅速に片付け、点呼、就寝だ。

 ライリーは眠気と闘いながら、最初の見張りに立った。

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