騎士団の見学者
キャストリカの建国記念祝賀会が開催された日から、貴族の令嬢達の間で流行したことがある。
騎士との結婚を夢見ることだ。
王国の華と持て囃された侯爵代理は、凛々しい騎士と物語のような結婚をした。世慣れた貴婦人だった彼女は結婚してから急に可愛らしくなって、夫婦で並ぶ姿は一幅の絵のようだった。
夜会に出て遊びまわる貴族の子弟より、よっぽど素敵だわ。近衛の方々ならお家柄は間違いないし、お近付きになりたいわ。
近衛騎士団は見た目だけじゃないの。ライリー様みたいに王国騎士団の方のほうが素敵よ。幸い私の家はそこまでじゃないし、そこまで身分が高くなくても、素敵な騎士様と結婚したいわ。
王立騎士団の方でも、戦功を挙げて出世したら大貴族と同等よ。騎士団長だって、ご実家は地方の男爵家よ。今では陛下のお側近くに立ってらっしゃるんだから。
恋する乙女というにはギラギラした目で、連日鍛錬場には見学の令嬢が集まった。
騎士団の人気が高まると、息子を騎士にしようと送り込む裕福な市民が増える。煌びやかな世界に身を置き、戦功を立てることを夢見て自ら志願する少年も増えた。
王国における騎士団の在り方が変わる。
元より男子が成り上がる唯一の手段であった騎士団が、王国を象徴するものにまで昇華されていく、その最初の一歩となった。
夜会への出席は、ある程度は貴族の義務だ。ライリーは新参者として壁際で時間を潰し、翌朝には遅い時刻から騎士団の鍛錬に参加した。
しばらくは任意とされていたが、長い期間隊務から外れていては身体が鈍る。騎士団長が視察に訪れた際に、ヘマをするわけにはいかない。
ライリーの勤務態度は、そのままハリエットの評判に繋がることに気づいてしまった。
ハリエットだけの騎士に、なんて簡単にはいかない。心は捧げても、彼女の名誉を守るためには、ライリーの王の騎士としての働きが必要なのだ。
参加が遅くなったため、今日は残って素振りだ。立ち合いでは木剣を使うが、人が減ったのを見て真剣を振る。
「ライリー、そのくらいにしとけ」
「…………隊長」
ライリーは素直に剣を収めて、息を整えた。
「真面目にやってるな。団長も認めてくださるだろう」
「……本当ですか?」
小隊長は、四年近く育ててきた配下の頭を乱暴に撫でて笑った。
「情けない顔をするな。ほら、裏で水を浴びて来い」
鍛錬場の裏にある井戸の周りには、先客が三人いた。順番を待って桶を受け取り、冷たい水を被る。
最初の二杯までは火照った身体に心地好い。三杯目からは冷たさが沁みるので、桶に直接頭を突っ込んで頭の汚れを落としてしまう。桶を洗って、もう一杯。最後に残った手足の汚れを落として、水場に背を向けた。
これが、最近ライリーが自分に課している隊務後の手順だ。
「……なんですか」
帰ったと思っていた三人が、下穿き一枚のライリーを眺めていた。
騎士のなかには一定数、従者を稚児扱いする者もいる。幸いライリーは生家の名に守られてここまできたが、正式に騎士に叙任されて、一家の主となった今更身の危険を感じなければならないのか。
ライリーは急いで服を着込んで、いやに真面目な顔をする若い騎士達の前を通り過ぎようとした。
「なるほどな。やっぱりもっと水浴びて行くか」
「は?」
ちょっとそこで待ってろと言う先輩命令を無視できず、ライリーは帰り支度を中断した。
丁寧に汚れを落とし直す三人をぼんやり待つ羽目になる。この三人は全員ライリーより三つか四つほど歳上で、全員独身のはずだ。最近まで同じ官舎で暮らしていて、妙な話を聞いたこともない。
「ああ、急いでるとこ悪いな。ちょっと付き合えよ」
汚れを落としてさっぱりした三人組にずるずると引きずられ、食堂まで連れて行かれた。
たまには食べて行けばいいだろうと言われ、大鍋から少なめによそった皿を持って座る。
今日は夜会に出席する予定はない。ハリエットが夕食を用意して待つ家に早く帰りたい。
何故、隊務後にまでむさ苦しい連中に囲まれて、必要のない食事を摂らなければならないのだ。
「顔に全部出てるぞ」
「失礼しました。修行が足りず」
しれっと言い返す程度には、最初の警戒を解いていた。
「ライリー気づいてたか? 最近見学者が多いだろう」
「騎士家族のですか? 姉妹やら娘さんやらをよく見かけますけど。それとも、従者志願者のほう?」
万年人手不足の騎士団に従者志願が複数現れたと聞いている。
騎士になるには、二つの方法がある。ライリーのようにひとりの騎士に仕える従者になるか、騎士団付きの従者になるかだ。
個人の騎士付きになるにはコネが必要だから、貴族以外はまず無理だ。
騎士団付きになるには試験に合格する必要がある。合格した後は下働きをしつつ空き時間に稽古を付けてもらい、認められれば配属予定先の隊で従騎士に昇格する。
ライリーは騎士団で剣術指南をしていた騎士の元で二年ほど従者を務めたのち、推薦状の宛先だった王立騎士団の試験を受けて従騎士となった。現在所属の小隊で三年間修行を積んで、正式に騎士に叙任されたのが昨年のことだ。
騎士団付きの従者の仕事はキツい。子どもにとってはただただ辛い日々が繰り返されるだけのため、辞めてしまう者のほうが多い。従騎士に昇格しても辛いのは変わらない。
なんとか騎士になったら、それまでは子ども待遇で免除されていた勤務形態もあるため、まだ辛い。
つまり辞めるまでキツいツラいままだ。
今度の従者志願も何人残ることやら。
「それもだけど、貴族のご令嬢だよ」
「ああ。隊長、前にうるさいってキレてたじゃないですか。ほっといていいんですか」
近くの席に座っていたエベラルドは、鼻で笑った。
「構わん。寄附金が集まった。簡易ではあるが、湯屋が建てられるらしいぞ」
「マジっすか隊長!」
「それなら隊務後の行水もちゃんとできる!」
「やっぱライリーみたいに切羽詰まらないと無理なんだよ」
(何故、俺の話になる)
内心湯屋の建設を喜びながら、ライリーは黙ってスープを啜った。最近やたらと話題にされている気がするが、なんなのだろう。
「見学者が増えてるから、おまえみたいに令嬢とお近づきになる好機があるんじゃないかと、夢見てるらしいぞ」
「思春期の子どもですか」
「結婚適齢期の夢見る若人だよ。だからとりあえず、ライリーの真似しとけって話になってな」
井戸で見られていたのはそのせいか。ハリエットに嫌われたくなくて、汚れを入念に落としてから帰るようになったのは結婚後だが。指摘すべきだろうか。
「ならもっと敬意を払ってください。師匠と呼んでもいいですよ」
話を終わらせたくて、ふんぞり返って言ってみたら逆効果だった。他の騎士まで乗ってきた。
「よし、師匠! 今度ダンス教えてくれ」
「講習会とかやってらんねえって思ってたけど、よく考えたらこいつ入隊してすぐの頃から可愛い子に声かけられて踊ってたんだよ」
「それは会場警備を俺にばっか押し付けるから……」
昨年までの押し付け合いから一転、舞踏会中の王宮警備は奪い合いになっているようだ。
「いいだろ。また新しい技教えてやるから」
「そうだよ。毎晩楽しんでんだろ」
ライリーは嫌な顔をして、ニヤニヤする連中から距離を取った。
そんな余裕はない。
毎日、祝賀会後から増えた訪問客の応対をし、時には断りきれない夜会にも出席する。夜の予定がない日にはこうして鍛錬場で身体を鍛える。日々の予定をこなすのに精一杯で、寝台に入ったらすぐに眠気に襲われるのだ。
たまに起きていられた夜も、領地からの報告書を読んでいるうちに眠くなってしまう。
片手で数えられるだけあった夜は、嫌がられないようにとそればかりを気にして、教わったあれこれを試せずにいる。
「なんだ、まだ慣れないか」
小隊長まで話に加わってくる。
「…………おかげさまで、鍛錬地獄の後はほぼ記憶がないもので」
そして今日は、見学の令嬢との恋を夢見る騎士に捕まってしまって今に至る。
「若いんだから、数打って早く子ども作っとけよ」
「や、それは別にまだ」
生活の基盤が整っていないし、もう少し妻との夢のような生活を楽しんでいたい。
「おまえはよくても、夫人は今おいくつだ? 遠征だ、砦に駐屯だ、っていつ命令が下るか分からないぞ。時期を逃したら、跡継ぎがいないって騒ぐことになる」
ライリーは言葉に詰まった。そこまでは考えていなかった。ハリエットとは、いつまでも一緒にいられるわけじゃないのだ。
「ほら、もう帰れよ。おまえらも夜は解放してやれ。こいつには守る家があるんだ」
「……ありがとうございます」
ライリーは家路を急いだ。
忘れてしまっていた。自分は騎士だ。ハリエットの、と言いながら、その実王の騎士として働く兵士なのだ。
従騎士時代に、戦場に出たことがある。正式な騎士でなかったため基地より前に出ることはなかったが、それなりに危険な目にも合った。運が悪ければ、ちょっとした不注意で。命を落とすのは、次の戦場、王都内でもおかしくない。
家に帰り着き、出迎えてくれたハリエットを見て、ライリーは改めて心に誓った。
このひとを守るだけの力を持たなくては。例え死地に赴くことがあっても、彼女が穏やかに生きられるだけの準備を。
危険の多い職を選んだ自分がしなくてはならないことだった。
「どうしました? 息を切らして」
「帰り際に先輩たちに捕まってしまって。早く帰りたくて」
ハリエットは笑ってくれる。いつまでもこの笑顔がなくならないように。
その日の夜、ライリーはハリエットを強く抱きしめて眠った。




