第四十一話・おんきかごきか、おんじしごじし
医師に対するあて名書きの下に書く尊称、脇付の話です。
呪文のような言葉ですが、製薬会社のMRさんや、医療秘書さんはご存知のはず。
漢字で書くと「御机下」。読みですが、「おんきか」 も、「ごきか」 もどちらも正しいです。御を「おん」もしくは「ご」 と読むだけの違いですね。
目上の人に直接渡すのは恐れ多いので、机の上に置いておきますから読んでねという意味です。「御侍史」 も同じような意味で、目上の人に直接渡すのは恐れ多いので、秘書などのおつきの人に渡しますからね、という意味です。
昔は目上の人、特に尊い家柄の人は直接目をあわすことすら無礼とされていました。書き物でだろうがなんでも直接渡せません。失礼にあたる。相手を尊重するがため、単なるお知らせでも、こんな感じでへりくだって読んでいただく態をしています。医師相手の連絡事項にだけ生き残ったのは、それだけ医師の権力が強かった時代の名残です。
ちなみに私は「ごきか」「ごじし」 と読んでいます。病院に勤務するようになってから、医師への報告書をあげるときに、名前の下に添えて書くように言われました。こういうのは大学では習わないので、職場の先輩から代々伝えられるのでしょう。
単に「様」 付にしない書き方は「脇付」と言います。尊敬と尊攘をあわせもっている。古式豊かな、もしくは大変に古臭い形式が令和の現在でも生きています。電子メールでもみかけるので今後も生き残るでしょう。
脇付は江戸時代から残存してはいますが、伝統文や古文書系で過去使われた脇付一覧を見ますと、もう使われていないものが多い。一般人で今でも繁用されているのは「親展」「御中」 ぐらいかな。
……おんきか ごきか、おんじし ごじし……
私はこれを見るたびに、お医者「さま」「さま」「さま」 と三回分以上の価値があるのだろうなと換算してしまいます。嫌いではありません。最先端の医療を引っ張る医師もまた昔からの流れを汲んだ医療に生きる子孫だと感じることがおもしろくもあり、うれしくもあるから。




