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旅立ち:1

【ピレウス港】

 1946年7月18日


 数週間ぶりの大地を本郷は有り難く踏みしめていた。やはり揺れない地面は信頼に足る。乾いた暑さと降り注ぐ日光が愛おしく感じる。船旅で硬くなった身体をほぐすため、背伸びをすると遠くの人だかりが目に入った。


 ちょうど彼の愛車が<大隅>から陸揚げされている最中だった。他の車両ならクレーンで降ろさなければいけないところだが、そんな面倒をかけずともよかった。そもそもアレを吊るせるクレーンなどない。ならば直接降りる(・・・・・・・・)しかなかった。


 <大隅>の飛行甲板にやたら角ばった戦車が現れると、そのまま滑るように舷側から飛び出した。歓声と悲鳴が入り混じる中、その重戦車は水平と垂直運動を経て港に降り立った。


 少しして人ごみをかき分けて、ひとりの青年士官が彼の元に駆けてきた。


「隊長、<マウス>の陸揚げが完了しました。ユナモちゃんのおかげですぐでしたよ」


 額に汗を光らせて、中村中尉が報告してくる。ここしばらく快適な艦内にいたせいで、少し身体が鈍っているように見えた。


「そうか、ご苦労さん。ユナモは?」


「まだ車内にいます。ちょっとご機嫌斜めですよ。珍しくぶすっとして拗ねているみたいです。ひょっとして自分は嫌われているんですかねえ?」


 いつもなら本郷が<マウス>の指揮を執るところだが、彼は中隊長として英国軍と煩雑な折衝を行わなければいけなかった。そのため今日だけ中村に代わってもらったところだ。


 本郷は苦笑すると、部下の不安を解消することにした。


「いいや、違うさ。彼女は人混みがあまり好きじゃないんだ」


 ドイツ製の日本軍の戦車は異国の兵士にとって、好奇の的になっていた。遠巻きだが、英連邦の兵士たちと港湾労働者が取り囲み始めていた。


「誰だってジロジロと見られるには嫌だろう」


「ああ、それは確かに」


 中村がほっとした顔で汗をぬぐった。


「兵を使っていいから、あの人だかりを解散させてやってくれ。英語なら通じるはずだ」


「了解」


「難しいようなら僕に相談してくれ。英国軍の上に掛け合ってみる。


「とんでもない! 隊長の手は煩わせませんよ。任せてください」


 中村はそう言うと、回れ右をして人ごみへ戻っていった。途中でたどたどしい発音だが、腹から声を張るのが聞こえた。


プリーズ(Please!) ムーブバック(Move back!) |クリアザウェイ《Clear the way!》」


 群衆が振り返り、兵士たちが眉を上げ、労働者が荷物を抱えて後退していく。中村の「ムーブバック」とともに渋々離れる一方で群衆の野次が響いた。誰かが「化け物の戦車」と揶揄するのが聞こえた。


 マウスが静かにエンジン音を唸らせて、砲塔が微かに動く。


「どうしたんだ?」


 予想以上にユナモの機嫌は悪いのかもしれない。


 本郷は中村の後を追い、マウスの装甲を叩いた。ユナモの声は聞こえないが、車内の気配が重い。人混みか、それとも別の何かかが原因か?


 マウスの砲塔に上り、中に入るとすぐに無線機を手にした。


「ユナモ、大丈夫か? らしくないぞ」


 しばらくしてくぐもった声が返された。


『はやくいかないといけないの』


「ネシスのために?」


『それだけじゃない。みんなのため』


 真意はわからなかったが無線機の向こうから切迫した感情が伝わってきた。


「わかった。すぐにここを離れられるように手配するよ。だから、もう少しがまんしくれるかな」


『うん……』


 続けて「ごめんなさい」と小さく聞こえた。本郷は「ああ」と返し、キューポラから上半身を出した。進路はクリアになっていた。


「ユナモ、戦車前へ」


 エンジンが轟き、重戦車らしい足取りでマウスの履帯が回転し始めた。夕陽が戦車の影を長く伸ばす。


 全てがうまくいけば来月には足を踏み入れているはずだ。


 本郷ははるか遠くにあるバルカンの山脈を視界に収めていた。アテネの空に、不穏な風が吹いていた。その茜色の空を小さな黒い点が横切っていく。



 やはり空はいい。


 アテネの風が心地よく全身を打たれながら思う。機密性の高い飛行服とはいえ、風防なしでは否が応でも空気が生地を突き破ってくる。


『兄貴、そろそろ戻ってきてよ。もうすぐ日が沈んじゃうじゃない』


 耳当て(ヘッドフォン)に妹の声が響き、戸張は腕時計を見た。確かに、そろそろ日没の時刻にさしかかろうとしている。母艦に戻る頃合いだろう。


「おい、シロ。そろそろ帰るぞ。小春がうるさいからな」


 手綱を軽く引きながら、戸張は自分の意思を竜に伝えた。少し前から、彼は現実離れした遊覧飛行を続けていた。


 シロの背に乗り、戸張はアテネ上空を旋回していく。操縦席代わりに専用の鞍がシロに装着され、そこに戸張は跨っていた。ベルトで身体を固定しつつ、飛行ゴーグルと無線機を頭部に装着している。無線機は簡易的なスイッチで乗竜であるシロと交信できるようになっていた。


 シロは知能が高く、ある程度は日本語を介することができた。戸張は手綱の動きと連動して、命令を無線で伝えることで乗りこなしている。


「少し高度を上げろ。あまり低く飛ぶと、下の人間を驚かしちまうからな」


 英国軍にはシロの飛行訓練について伝わっているはずだが、ギリシャ軍は定かではなかった。下手をすればそこらの魔獣と勘違いされかねない。


 戸張の命令に対して、シロは不満気に唸った。


「文句を言うな。東京の時みたいに、味方から撃たれたくないだろうが。いいから、ほれ早く上がれって」


 再度手綱を引くと、シロはしぶしぶ従った。翼を大きく羽ばたかせ、急角度で上昇していく。思わず体勢を崩しかけ、戸張は鞍の手すりにしがみついた。


「おい、馬鹿! 落ちるだろうが!!」


 乗り手の抗議を無視し、竜は涼しい顔で飛んでいく。


『兄貴、ねえ、聞こえているの!? 返事してよ!』


「聞こえているよ」


『なら返事しなさいよ』


「こっちにも事情があるんだよ。そんなことよりなんだってお前が俺らを管制してんだ?』


『あたししか、シロと莫迦兄貴の面倒を見れないからよ!』


「なんだと、生意気な。もういいから、お前はとっとと本土へ帰れよ。嫁の貰い手がいなくなるぞ」


『いま、なんて言ったの?』」


 耳元ではきゃんきゃんと妹がうるさく吠えだしていた。シロは相変わらず不満気に喉を鳴らしている。戸張は小さくため息をついた。


 畜生、こいつら揃いもそろって反抗期か。


 やがて水平飛行に移り、しばらくすると眼下に2隻の軍艦を捉えた。いずれも紅く染まった旭日旗を掲げている。


◇========◇

月一で不定期連載中。

(のつもりでしたが、だいぶ前回より間が空いてしまいました。申し訳ないです)

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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更新ありがとうございます。 面白くなりそうなメンツが集まってきましたね。 続き楽しみにしております。
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