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海獣(cetus) 7

『禍津めが妾に触れたとき、同胞の念を感じた……』


 ネシスが同胞の最期をどこまで深く感じたのかはわからなかった。儀堂に聞こえた少女の慟哭は、恐らく断末魔の類だったのだろう。儀堂には声だけだった。しかしネシスは同時に見ていたのかもしれない。いずれにしろ、彼女の心が抉られたのは確かのようだ。


「そうか」


 事務的に儀堂は答えた。第三者視点では冷血漢なのかもれないが、儀堂からすれば最短距離を目指しただけだった。


 今のネシス(こいつ)に必要なのは感傷ではなく殺意なのだ。


「なら、ちょうどよかった」


 使いを頼むように儀堂は言った。


「お互いに奴を殺す理由が出来たわけだ。そうだろ?」


 耳当て(レシーバー)の先から息を飲むが伝わってきた。ついで喉の奥がひくつくように鳴らされる。ようやく鬼が嗤った。


『何を今さら……妾とお主は(はな)から一蓮托生であろう』


 元の軽口でネシスは応じた。


「そうだ。さっそくだが、こいつの始末にとりかかろう」


 舞い上がっていた泥のヴェールがはがれ、ぬらりと巨大な頭部が姿を現した。


『よかろう。して、いかんせん?』


「まずは、このまま下がれ。やつとの距離を取るんだ」


『なんじゃ、考えなしかや? お主、呆れたぞ』


「お前にだけは言われたくないよ」


 ため息交じりに言い返す。


 この鬼、数秒前の自分を棚上げしやがる。


 とはいえ、ネシスの言うことにも一理あった。平たく言えば、八方ふさがりであることに変わりはない。禍津竜を撃破する手段が<宵月>にはなかった。


 幸いと言うべきか、禍津竜の動きは遅々としたものだった。どこからともなく触手を繰り出して<宵月>を捕まえようとするが、その動きも緩慢だ。<宵月(ネシス)>は造作もなく避けていく。


 しばらく時間は稼げそうだった。


「副長、ローン大尉、いるな?」


 ほぼ同時に二人から返事があった。


「知恵を貸してくれ。現状を整理したい」


 ネシスから得た情報を儀堂は開陳した。時間にして十分ほどだが、少し疲れた。自分が話好きではないと、嫌というほど自覚する。


「ネシス、これからは俺の頭に話しかけるのではなく、艦橋へ貴様の声をつないでおけ。いちいち説明するのも億劫だ」


『そんなに面倒ならば御調に話させればよかろう? こやつならば妾と一緒におるのだから、何を話しておるか全てわかっておる』


「少尉は外の状況がわからないだろうが、いいから艦橋に音声をつなげ」


 やや少し遅れて、不満げに「承知」と高声令達器(スピーカー)から返される。


 何か気に食わないらしいが、まったく意味が分からなかった。


「まずは禍津竜の能力(スペック)についてですが……」


 苦笑交じりにローンが切り出す。儀堂とネシスのやり取りに、兄妹喧嘩にも似た諧謔を感じていた。


「第一に、生物の魂を活動源(エネルギー)にする理解で合っていますか?」


『しかり。あやつは生者を殺めて、離別した魂を食い物にする』


「単なる肉食とは違うのか」


 興津が誰もが思った疑問を口にした。


『肉も食らうが、それはつまみ(・・・)のようなものじゃな。あやつの関心は、あくまでも中身よ』


「ああ! そういうことですか」


 ローンは合点がいったようだ。


死因(・・)は無関係。何でも良いわけですね。自然死でもいいし、事故死でもいい。手っ取り早く、自分で殺しても良い。とにかく死んだ魂があれば、それを自分のものにする」


『左様。おぬし、筋が良いではないか』


「お褒めに預かり光栄です」


 高声令達器(スピーカー)へ向けて、恭しくローンは一礼した。


「厄介だな」


 興津が険しい顔を浮かべた。


「司令、今の状況は奴にとって好都合じゃありませんか。地中海だけでも、ここ数年で大量の戦死者を出しています。もっと遡るのならキリがない」


 死因を問わず魂を糧にするのならば、地中海はまさに楽園だろう。有史以来、幾たびも大規模な海戦や海難事故が起きた海だ。それこそ、そこら中に未練を残した魂が漂っているだろう。


 顔を青くする興津に対して、儀堂は首を振った。


「俺が考えるに、そこまで酷い話にはならない。ネシス、奴は新鮮な魂しか食わないんじゃないのか」


「というと?」


 ローンが小首をかしげた。


「いや、そんな古い魂まで食えるのだとしたら際限なく奴は力を増していただろう。それこそ地中海なんぞに収まっているとは思えない」


 高声令達器から特有のひくついた嗤い声が木霊した。


『やはり、おぬしとは契ったかいがある。左様。禍津めが糧にできる魂には限りがある。古すぎては奴の力にならぬのよ。仮に食らうても僅かに腹を満たすだけじゃ。ただし──」


 ネシスは声を落とした。


『月日に関わらず、食われたものは奴の繰り人形になる。幾千年過ぎようとも、奴に囚われた魂は為すがままじゃ』


「それが怪異の正体か。ガレー船から弩級戦艦まで、手広く奴の手下になるわけだ」


 なぜネシスの声が沈んだのか、儀堂には見当がついていた。


◇========◇

毎週月曜と木曜(不定期)投稿予定

ここまでご拝読有り難うございます。

弐進座


◇追伸◇

書籍化したく考えております。

実現のために応援いただけますと幸いです。

(弐進座と作品の寿命が延びます)

最新情報は弐進座のtwitter(@BinaryTheater)にてご確認ください。

よろしくお願いいたします。

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