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新たな戦影(The shadow of war)5

【パナマ】

 1946年2月27日


 人目を惹く二人組がパナマ市内を歩いていた。


 他人(ひと)から見れば親子と思われたかもしれない。子供の方は、国際結婚で生まれたのかと勘繰られるだろう。


 あるいは人さらいの類かとも思われたかもしれない。赤い靴こそ履いていなかったが、壮年の東洋人に手を引かれる白人の幼女という組み合わせは異様に見えた。


 もちろん、正解はいずれでもない。だいたい、軍服を着た人さらいなどいるはずがなかった。


「疲れたんじゃないかい。抱っこしなくて大丈夫かな」


 本郷史明中佐は、手をつなぐユナモに尋ねた。


「ううん」


 ユナモは首をぶるぶると振った。どうやら、子供扱いされるのがいやらしい。ちょっとした反抗期と言うところだろうか。


「よし、わかった。さあ、どこへ行こうか。あまり時間がないからね。明日には、もうここを発たなきゃいけない」


 本郷はユナモに合わせたゆっくりとした歩調で、パナマの市街地へ入っていった。久方ぶりに上陸を許され、落ち着いた時間を過ごせるようになっていた。


 儀堂が拉致された事件以来、なかなか上陸許可が出なかったのだ。おかげで、すぐそこの陸を眺めながら、パナマの大半を<大隅>で過ごすことになってしまった。


 本郷だけではなく、中隊の陸戦兵や<大隅>、<宵月>の海兵たちも上陸許可を得ていた。交代制だが、明日の出港までは自由に過ごせるらしい。


「ホンゴー」


 ユナモが立ち止まり、街の一角へ顔を向けていた。


「うん? ああ……」


 崩壊した住居と喪服を身に着けた一団が見えた。中年の女性が泣き崩れ、親せきと思しき男たちが棺桶を二つかついで続いていた。片方は大きめで、もう片方はとても小さかった。


「……わたし、なにも、できなかった」


 ユナモがぽつりと呟いた。パナマ一帯が魔獣の惨禍に見舞われる中、本郷たち陸戦兵はひたすら<大隅>で、その光景を見守るしかなかった。とてもではないが、本郷たちの装備を陸揚げする余裕などなかったのだ。


 背丈の関係で本郷から表情を覗くことはできなかった。本郷は腰をかがめ、ユナモに向き合った。ユナモは伏し目がちに地面を見ていた。


「ユナモ、君は悪くない」


 ユナモは肯いたが、表情は対極的だった。感情の処理に戸惑っているようだった。百年以上生きた月鬼でも、心はまだ子どもだった。罪悪感を背負うには頼りすぎる心だ。


「いいかい。よく聞きなさい」


 本郷は敢えて厳しい顔で話を続けた。


「僕も、ユナモもただの人だ」


「ひと?」


「同じってことだよ」


「わたしとホンゴーが同じなの?」


「そうだよ。ユナモが月鬼だろうが、なんだろうが同じだ。何も変わらない。だから──」


 本郷は少し逡巡した。ここから先は殊更に言葉を咀嚼しなければならない。


 一呼吸おいて、本郷は口を開いた。


「全てを救うことはできない」


「…………」


「なぜなら、僕らは神様じゃないからね。だから、何でもできるわけじゃない。できないこともある。それが当たり前なんだ。君は、ちょっとできることの数が多いだけだ。それ以外は、僕と何も変わらない。わかるかな」


 ユナモは少し考えると、こくりと肯いた。


「たぶん、わかる。全部じゃないけど……」


「それでいいんだよ。ユナモ、君はやさしい。そして力がある。とても、すごい力がね。だからこそ、君はできないことに苦しむことになるだろう。だけど、これだけは覚えておいてくれ。ユナモがいたからこそ、助かった人たちもいるんだ」


「そうなの……?」


 ユナモは心底意外な顔で尋ねてきた。思わず、本郷の方こそが面食らってしまった。なんということだ。今、気が付いた。僕は、この子に伝えていなかったのか。


「そうだよ。だって、僕がそうなんだ。北米で君と出会わなかったら、とっくの昔に命を落としていた。改めて、礼を言うよ。ユナモ、ありがとう」


 北米でドラゴンと戦った時、本郷の中隊は壊滅寸前だった。あのとき、ユナモが力を貸してくれなければ彼は小さな木箱に収まって、日本へ帰還することになっただろう。


「わたしが、ホンゴーをたすけた……」


 ユナモは自分に言い聞かせるように呟くと、顔を上げた。僅かにだが、元気が戻ってきたようだった。


「さて、行こうか。そうだ。市場でおいしい果物を買っていこう。きっとネシスや小春ちゃんも喜ぶよ」


「うん……!」


 力強く頷くと、ユナモは手を握り返してきた。


 本郷は優しい顔に戻り、再び歩き始めた。


 少しだけ喪服の一団に目を向けると、先ほど泣き崩れていた中年の女性がこちらをぼうっと見ていた。ずきりと突き刺されたように、胸が疼く。


 本郷はそっと会釈をすると、その場を立ち去った。


 ああ、全く……恥を知れ、本郷史明。


 僕だって、人のことを言えないじゃないか。


◇========◇

次回8月5日(木)に投稿予定

書籍化に向けて動きます。

まだ確定ではありませんので、

実現のために応援のほどお願いいたします。

(主に作者と作品の寿命が延びます)


詳細につきましては、作者のTwitter(弐進座)

もしくは、活動報告(2021年6月23日)を

ご参照いただけますと幸いです。


ここまで読んでいただき、有り難うございます。

引き続き、よろしくお願いいたします。

弐進座


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