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まだら色の夜明け(Mottled dawn) 4

 ワイバーンの編隊は<ベッドフォード>の鼻先をかすめる針路をとっていた。その先には、キューバ島グアンタナモがある。


 合衆国軍のグアンタナモ基地には大規模な飛行場があった。すでに日が昇り、航空機の発進は可能だが、望み薄だった。昨夜の魔獣の襲撃によって基地機能が完全に麻痺している。散発的な抵抗がせいぜいだろう。


 グアンタナモ湾内には、有力な艦艇が控えていたはずだが、こちらも弾薬を消耗しきっていた。基地には手つかずの物資が集積されているが、それらを積み込む余裕は全くない。


 湾外への脱出も不可能だった。


 空母<レキシントン>が座礁し、図らずもグアンタナモ湾を閉鎖してしまったのだ。


 つまり現状において、グアンタナモ周辺で<ベッドフォード>が数少ない稼働戦力だった。


 艦長のウィテカーは、その点を十分に認識していた。周辺の基地や艦艇からひっきりなし無線で救難信号が出されていた。だからこそ|、退役間際の旧式駆逐艦フラッシュデッカーを引きずりまわし、カリブ海を奔走したのだ。


 <ベッドフォード>の第一砲塔が発砲し、その先をウィテカーは双眼鏡で追った。複数の黒点が移動している。ワイバーンの群れだった。


 夜明けを迎えた空に、黒いシミのような煙が舞った。<ベッドフォード>が撃った砲弾が破裂したのだ。


「遠弾じゃな……」


 ワイバーンの群れは遥か遠くにあった。


「畜生め」


 ウィテカーは聞こえるほどの声で呟いた。


 二射目には数十秒かかる。人力で装填しているせいで、通常の数倍時間がかかっていた。その間にもワイバーンの群れは、どんどん遠ざかっている。三射目はきっと射程外だろう。


 二射目が第一砲塔から放たれた。命中弾はなかった。レーダーが射程外へ逃れたと告げてきた。


「騎兵隊になりそこねたのう」


 軍帽をぬぎ、薄くなった白髪の頭を撫でる。汗でびっしょりとして、気持ち悪かった。


「やれることはやったかと……」


 舵を握ったまま、恐る恐るマンスフィールドは振り向いた。


「ああ、そうだとも。その点に関しては、わしは疑問の余地はない。兵士たちはよく戦ったと信じている。だが、それでも悔いは残る」


 ウィテカーは大きく嘆息した。


 クラァケンを先に始末した自分の判断は正しかったのだろうか。クソダコなど放って、ワイバーンを優先すべきだったのではないか。


 いいや、あのクラァケンが変な気を起こして、こちらに向かってきたら厄介なことになっていた。あるいはグアンタナモ湾に侵入して、味方艦艇に被害が出たかもしれない。そうなれば真珠湾の二の舞だ。


 いくら考えても詮無いことだった。


 おかしなものだ。退官間際にもかかわらず、新兵のごとく自分は戸惑っているではないか。それを年の功で誤魔化しているだけだ。もう少し、しまりのある人間になりたかった。


 ウィテカーは軍帽を被り直すと、手持ち無沙汰な副長へ声をかけた。


「我々は役割を果たしているが、それが十分だったかどうかは誰もわからん。ただ、義務を果たすのみじゃ。さあ、お若いの。針路を右へ取ってくれ。グアンタナモ周辺の警戒に戻らんといかん」


「変針。アイ」


 マンスフィールドが舵輪を回すと、<ベッドフォード>の船体が軋みながら傾いた。


 ウィテカーは双眼鏡をグアンタナモ基地上空へ向けた。仕留めそこなったワイバーンの群れが、到達しつつあった。


 基地方面から黒煙が幾筋も上っているが、対空砲火が上がっているようには見えない。


 きっと酷いことになるだろう。


 そう思った時だ。


 ふと、直線的な軌道を描く物体が見えた。魔獣の飛び方と異なる、明らかに航空機だった。


 グアンタナモ基地からあがったのだろうか。それにしては早すぎるように思えた。飛行場の復旧には半日はかかるだろう。


 航空機の部隊は、ざっと二十機ほどだった。グアンタナモ上空のワイバーンに対して、制空戦を仕掛けると、あっと言う間に制してしまった。機動性から、恐らく戦闘機だろうとウィテカーは思った。


 <ベッドフォード>のあちこちから、歓声が聞こえた。


 そのうちワイバーンは全て撃墜され、戦闘機隊がカリブ海へ向けて飛行してきた。<ベッドフォード>からも、そのシルエットが鮮明に見えるほどの距離まで近づいてくる。聞き慣れないエンジンの音が鼓膜を震わせてきた。どこか余所余所しさを感じる。


 舵をとっていたマンスフィールドだったが、つい気になってしまい、上空へ目を向けた。彼の位置からも空を征くスマートな機影は見えた。


 陸軍機だろうかと彼は思った。


「マスタングか」


 たしか、そんな名前だったように思う。


「いいや、違うぞ」


 低い声が背後から聞こえた。ぎくりとマンスフィールドは硬直した。よそ見をしていたことをとがめられるのかと思ったのだが、そうではなかった。


「副長、あれは味方(合衆国)ではない」


 ウィテカーは重苦しい声で言った。双眼鏡越しに、彼の網膜にはシンプルな国籍マークが映っていた。白地に黒十字の模様だ。一般的にはバルケンクロイツと呼ばれる。


 ウィテカーは文字通り、副長の間違いを正したかっただけだった。


「ドイツ空軍だ」


 彼は双眼鏡を降ろすと、すぐに司令部へ無線で問い合わせを行った。


 なぜ、合衆国の領空をナチが飛んでいるのかと。


◇========◇

次回7月8日(木)に投稿予定

書籍化に向けて動きます。

まだ確定ではありませんので、

実現できるように応援のほどお願いいたします。


詳細につきましては、作者のTwitter(弐進座)

もしくは、活動報告(2021年6月23日)を

ご参照いただけますと幸いです。


ここまで読んでいただき、有り難うございます。

引き続き、よろしくお願いいたします。

弐進座


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