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カリビアン・ロンド(Round dance) 33

【キューバ グアンタナモ湾】

 1946年2月16日 深夜

 

 駆逐艦<ベッドフォード>に緊急電が入ったのは、ちょうど深夜の哨戒を終え、グアンタナモ湾へ入ろうとした頃だった。


 灯台の明かりを前に、<ベッドフォード>は大きく舵を右に切った。


 これから全速でハバナ市へ向かう。<ベッドフォード>だけではなく、周辺海域から合衆国海軍が集結しつつあった。ハバナで起きたゲリラの反乱鎮圧を支援するためだった。場合によっては、艦砲射撃も辞さない。グアンタナモの合衆国軍司令部は、あらゆるオプションを視野に入れていた。


「よもや、カリブ海の初戦闘が人間相手になると思いませんでした」


 艦橋内の手すりにつかまりながら、野太い声でシドニー・マンスフィールド少尉は言った。最大速度で面舵を一杯にかけているため、左側に重力がかかっている。


「いや、そうとも限らんよ」


 艦長席でリチャード・ウィテカー中佐は窘めるように言った。しわがれた声だった。


「君は、ハバナを見たことあるかね」


 特徴的なたれ目を副長へ向ける。


「いいえ。話に聞いた程度です」


 マンスフィールドは答えた。その昔、彼が一兵卒だった頃に、やたらと野球の上手い奴がいた。確か、そいつがキューバ出身だったはずだ。


「そうか。結構な街だ。この騒ぎが落ち着いたら、一度は行ってみたまえ」


了解(ラジャー)


 何の疑いのない、反射的な返事だった。ウィテカーは苦笑した。


「何か、自分はおかしなことをしたのでしょうか」


 訝しむマンスフィールドに、ウィテカーは手を振った。


「いいや、そうじゃない。兵士とはかくあるべきだと思ったのじゃ。最近の若いのは、返事をする前に質問が多くてな。久方ぶりに良い返事を聞いて、つい嬉しくなっての」


「はあ」


 納得しがたい顔でマンスフィールドは肯いた。


 どうにも、この老人との距離感がつかみかねていた。いや、そもそも自分は、この艦の誰とも打ち解けていない。


 マンスフィールドは合衆国海軍の中でも極めて稀な黒人士官だった。乗員の大半が白人だらけの艦で、文字通り浮いた存在だった。数年前までマンスフィールドは水兵にすぎなかったが、数奇な巡り合わせが続き、今に至っている。


 きっかけはカメラだ。優秀な撮影技術をもっていたため、何かと彼は軍内で重宝された。水兵としても腕は確かだった。そもそも精密機械の扱いに慣れた兵士は、軍では得難い存在だった。最終的には上官の推薦を受けて、彼は士官候補の道筋へたどり着いてしまった。


 同胞の境遇に顧みれば恵まれているのかもしれない。しかし、本心から望んだものではなかった。


 彼の実家はニューヨーク郊外に小さな写真館を構えていた。父の代に始まったもので、幼いころからマンスフィールドはカメラの操作と現像の知識を植えこまれていた。子供心に、魔法を教わっているような気持ちだったと覚えている。


 現実の景色を、小さなフレームに閉じ込める機械。その仕組みを把握し、自在に駆使する自分は魔法使いの一人だと思った。自然と工学に強くなった彼は、学校でも優秀な成績を収めるようになった。


 必然的に人生計画は定まった。もちろん家業を継ぎ、魔法使いの系譜をつなぐつもりだった。


 しかし、1941年が来てしまった。


 12月の寒い夜。摩天楼の上空に黒い月(BM)が現れた。


 誰もが立ち止まり、空を見上げた直後、月は無数の光弾を摩天楼に降らせた。たちまち悲劇が量産される。光弾の直撃で、高層ビル群は破壊され、市民の多くが瓦礫の下敷きになった。


 後にニューヨークBMと呼ばれる異世界の月は、瓦礫の上に多くの魔獣を生み出した。かつての百万都市(メトロポリス)は、魔界都市(ソドム)へと姿を変えた。今でも犠牲者の正確な総計は出ていない。その多くががれきの下か、魔獣の餌食となってしまった。


 マンスフィールドの家族も例外ではなかった。


 五年前から、彼は家族と連絡が取れずにいる。地球が月に覆われた日、マンスフィールドはノーフォークの空母<ラングレー>で写真を撮っていた。飛行甲板で気の合う水兵らと記念撮影を行ったとき、サイレンが鳴った。


 日本軍が攻めてきたと思ったが、現実は深刻で悲惨だった。


 あの日から、彼の被写体は異形の化け物だらけになった。


「ハバナの人口は五万ほどだ。そこそこ大きい街じゃよ。見るものには困らん」


 ウィテカー少佐は続けた。


「可能なら艦砲射撃の照準ではなく、シャッターのフレームに収めたいと思わんかね」


 マンスフィールドは何かに気が付いたように頷いた。


「ええ、全くその通りです」


 彼はハバナへの砲撃が何を意味するのか、失念していた。放たれた砲弾はえり好みしない。相手が市民であれ、ゲリラであれ、等しく的にする。


 マンスフィールドの顔に深い後悔と罪悪感を認め、ウィテカーは満足した。同時に不憫さも覚えた。


 わしらと違い、彼ら若者には時間が足りない。


 かつての自分をマンスフィールドに重ねていた。1918年の春、地中海の荒波に揉まれていた自分を。


 ウィテカーの世代が、数十年かけて身に着けた経験と覚悟を、わずか数年で刷り込まれようとしている。促成の士官育成が、いかに本人にとって精神を擦り減らすものか、ウィテカーは推して知っていた。第一次大戦から、彼は水兵として合衆国海軍に身を捧げていたのだ。一兵卒から、艦長にまで成り上がった老人だ。兵士にとっては神以上の何かだった。


「陸軍のほうが早いかもしれんのう」


 ウィテカーは呟いた。左側の窓から、徐々に小さくなる灯台の光が見えた。


 既にグアンタナモに駐留している機械化歩兵がハバナに向けて動き出していた。規模は一個大隊ほどだが、完全充足状態だった。ゲリラごときの攻撃など、ものともしないだろう。


 朝になれば、航空機も発進する。ひょっとしたら、空母<レキシントン>(レディ・レックス)まで出てくるかもしれない。いずれにしろ、三日も経たずしてハバナの治安は回復されるだろう。


 不意に真後ろで電話のベルが鳴った。すぐにマンスフィールドが受話器を取った。


 短いやり取りの後でマンスフィールドは受話器を手に近づいてきた。


「艦長。グアンタナモからです。すぐに戻れと」


「そいつはまた急な話じゃな。何があった?」


「それが途中で通信が切れたらしく──」


 マンスフィールドの顔が赤く照らされた。


 ぎょっとウィテカーは反対側の窓を見る。


 遠くで爆発炎が舞い上がっていた。


 それも一か所ではない。


 グアンタナモ湾全体が炎に包まれているようだった。


「取り舵。グアンタナモへ」


 ウィテカーはしわがれた声で叫んだ。


 それにかぶさるように艦全体からアラートが発せられた。


「ソナーより多数の感あり。サーペントタイプ!」


「レーダーに大規模編隊を確認。本艦0時より接近中」


対獣戦闘(ABW)用意。配置に着け」


 ウィテカーはマンスフィールドを見ると、方眉を上げた。


「副長、長い夜になるぞ」



◇========◇

次回4月14日(水)に投稿予定


ご拝読、有り難うございます。

よろしければ、ご感想や評価をいただけますと幸いです。

(本当に励みになります)

弐進座


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