カリビアン・ロンド(Round dance) 30
【パナマ マッデン湖畔】
1946年2月14日 深夜
3号線を複数の大型貨物車が走っていく。決して整備された道ではなかったが、深夜にかかわらず車両の通行は絶えなかった。
3号線はパナマ地峡を横断する主要幹線道路だ。パナマ運河が開通する以前から大西洋と太平洋をつなぐ貴重な物流ルートだった。運河開通により両洋をつなぐ役割は終えたが、それでも廃れることはなかった。運河の両端に位置するパナマとコロンが栄えたため、両都市をつなぐ動脈として機能するようになっていた。
大きく車体が揺れ、オクトは助手席で抗議の声を漏らした。わき腹に酷い疼痛が走った。
恐らく道のどこかが陥没していて、そいつにタイアが突っ込んだのだろう。元が軍用トラックだったため、車体はびくともしなかったが、快適さとは何ら相関はなかった。
「畜生め」
一週間ほど前、あの鬼子との戦闘で肋骨にひびが入っていた。モルヒネを打てば幾分か気が晴れるだろうが、過剰摂取による中毒はごめんだった。その昔、オクトよりも肉体的に優れていた戦士が薬で身を崩したのを見てきた。脂肪とは一切無縁だった奴だったが、副作用の過食症で油の肉ダルマになってしまった。後になって、心臓発作でくたばった|と聞いた。
「あと数時間でパナマに着く」
運転席でオロチが言った。気休めにしかならないが、終わりがあるに越したことはない。車を降りれば幾分かは痛みも軽減されるだろう。
「そうかい。ようやく、この陰気な景色ともおさらばできるわけか」
窓の外には暗闇が広がっている。月明かりで仄かに林の中を走っていることがわかるが、ただそれだけのことだった。
「あるいは昼間ならば、気晴らしになったかもしれない」
オロチはバックミラーに目をむけた。かなり後方にフロントライトの明かりが見える。つけられているわけではなさそうだ。
「この辺りからならば、マッデン湖が見える」
マッデン湖は人造湖だった。1935年に完成したマンデンダムによって形成されたもので、蓄えられた水はパナマ運河の水位調整に用いられている。
「仕方ないさ。荷物が届いたのが昨日だったんだ。どうあがいたって、この時間になっちまう」
オクトは苦笑した。こいつなりに俺のことを心配しているらしい。まったく黄色人種ってのはどいつもこいつもわかりにくい奴らだ。
「何も君も来る必要はなかったはずだが? 療養していてもよかったのではないか」
オロチは首をかしげた。オクトは「まあな」とうなずいた。
「新しい玩具を見ておきたかったのさ。じっとしていると、どうも気が滅入っちまう。パナマシティにいたところで、おおっぴらに動けるわけじゃない。俺の顔は割れてしまっているからな。むしろいないほうがいいだろう。それとも足手まといだったか?」
オロチは少し考えたうえで否定した。
「いいや、そうではない。実際ところ、現地人に任せるわけにはいかなかったからな」
「だろうな」
オクトはのぞき窓から荷台を覗いた。コロンで新たに受領した装備が積載されていた。かなりの重量で、載せるのにクレーンがいるほどだ。幸い、オロチもオクトも重機の取り扱いには慣れていたため、難なく積み込むことができた。
「問題は、こいつをどうやって下ろすかだな。さすがに人力と言うわけにもいかないだろう。何かプランはあるのか。パナマで重機を調達できるとは思うが、少し手間だぞ」
「いいや、降ろす必要はない」
オロチは即答した。いぶかしげにオクトは、平らな横顔へ眼を向けた。
「どういう意味だ?」
「時間がない。この車ごと海に沈める。コロンで動作の検証は済んでいる。証拠も隠滅出来て、一石二鳥だろう。君は操作方法のマニュアルでも読んでいてくれ」
オクトは吹き出すと、続けて大笑いしようとして失敗した。横隔膜が肋骨のひびに過度な刺激を与えたのだ。
悶絶するオクトへ、オロチは不可思議な目を向けた。
【駆逐艦<宵月>】
1946年2月15日 早朝
後甲板に、生ぬるい潮風がそよいでいた。
「いつだったかしら。あなたとここで一緒になったことがあったわね」
キールケ・リッテルハイムは背後へ語りかけた。舷側の縁に立ち、その手には煙草が握られていた。
少し間があった後に、返事があった。
「北太平洋だったと記憶している」
儀堂は答えると、キールケの横に並んだ。その手には杖がある。拉致されたときに受けた傷が癒えていないのだ。歩くのにも杖の介助が必要だった。
「そう、あの冷たい海。何もかもが、こことは逆の世界。あのとき何を話したか、覚えているかしら?」
「さあ、どうだろう」
「いつの日か。この世界が魔獣との戦いを止めることになる。そういう話を、あなたにしたのよ」
返事はなかった。
「聞いたわよ。あなたの上官、あの肉ダルマが北米での戦いを止めるように提案したそうね」
「君は知っているだろう。俺もその場にいたのだ」
「ええ、だから驚いているのよ」
キールケは紫煙を吐き出すと、手持ちの携行灰皿に捨てた。
「よく同意できたわね。あなたは真っ先に反対しそうなものなのに。それとも本心ではいまだに納得していない?」
「何も変わっていない」
儀堂は静かに断言した。
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次回4月4日(日)に投稿予定
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弐進座




