カリビアン・ロンド(Round dance) 2
「しかし、こんな小島に価値があるとは思えないな」
グレイは着替えながら言った。
「未来に備えての投資さ」
オロチは窓の外へ目を向けていた。夜にもかかわらず、人通りは途絶える気配はなかった。物売りや屋台が居並び、娼婦と思しき女どもが裏路地近くに立ち並んでいる。物乞いがやや多いように見えたが、誰も気にせずに歩いている。
外国人の姿もあった。グレイと同じくアングロサクソン系からコーカソイド、アフリカン、そしてオロチと同種のモンゴロイドもちらほら歩いている。おおかた日本から来た商社マンか、役人だろう。
「少なくとも総統代行は、この島に対して独特の魅力を覚えているらしい」
オロチは窓を閉めると、ブラインドを下ろした。
グレイは着替えを終えていた。シャツ、ズボン上下ともに木綿素材だった。
「なるほど、わけは聞かないよ」
「そうだな。私も話したくない」
珍しくオロチは険しい表情を浮かべていた。グレイは気づかぬふりをして、話を進めた。
「ところで、そちらの首尾はどうなっている」
「来週、伯爵が来る予定だ。両手に花束とシャンパンを抱えて、お付きの従者も一緒だ」
「そいつはいいね。派手にできそうじゃないか」
「君のほうはどうだ? 官邸については十分把握したのだろう」
答える代わりに、グレイは旅行鞄の鍵を開けた。幾重にも折り曲げた紙を取り出すと、寝台に広げていく。大判の用紙で、大統領官邸の見取り図だった。
「将軍は、かなりの自信家らしい。官邸にシークレットルームや抜け道は一切ない。念のため、建設業者を当たってみたが大規模な改装工事が行われた形跡はなかった」
「民を信じているのだろう。肝の据わった王様だな」
嘲るように、オロチは言った。
ハバナ市内おいて、バティスタに逆らえるものはいなかった。バティスタ軍政は強力な軍隊を背景にしている。大統領官邸は高い塀で囲まれ、周辺と内部には武装した兵士が配備されている。
「正面突破は難しそうだな」
兵力の配置を確認しながら、オロチは呟いた。
「装甲師団でも連れて来るしかないな」
「バティスタの予定は把握しているか? 遠出してくれるのなら理想的だが」
グレイは首を振った。渋い顔だ。
「いいや。一昔前まではコミュニスト掃除に自ら前線に出ていたようだが、最近では部下に任せきりだ。ほとんど引きこもっている。外に出ても、せいぜいハバナ市内までだ」
グレイはバティスタの動向とキューバ国内の政情をつぶさに報告した。全て口頭によるものだった。書面に残す必要なかった。オロチは、その全てを記憶していった。
「なるほど、おおよそ状況は把握した。戻って上司に報告しよう」
「長期戦になりそうだな」
グレイはテーブルの温いコーヒーをカップに注ぎ、口にした。オロチは首をかしげた。
「君の長期がどれくらいを指すか知らないが、私は数か月で済む問題だと思う」
「意外だね。根拠はあるのか?」
「原則だよ。敵の敵は味方だ。そして先例もある」
「どういう意味だ?」
「レーニンをロシアに送ったのは誰だった?」
グレイはすぐに気が付いた。
「ちょうどいいな。たまには自然を満喫するのもいいかもしれない。明日は郊外に足を延ばしてみよう」
オロチは微笑んだ。
「それがいい。珍しい動物に会えるかもしれない」
「二足歩行で道具を使う奴か?」
失笑が室内に響き渡った。
部屋を出ようとするオロチをグレイは引き留めた。
「飯ぐらい食って行けよ。マリネの美味い店を見つけたんだ」
「すまないが、上司を待たせている。今日は失礼するよ」
グレイは顔をこわばらせた。
「おい、まさか。ここに来ているのか?」
「安心しろ。海の底だよ」
オロチは、そう言い残すと部屋を後にした。
◇========◇
次回12月27日(日)に投稿予定
ご拝読、有り難うございます。
よろしければ、ご感想をいただけますと幸いです。
(本当に励みになります)
弐進座




