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休息の終わり(Condition all green) 1


本令ニ於テ軍艦ト称スルハ海軍旗章条例第十三条第十四条第十八条第十九条ニ依リ旗旒ヲ掲クル艦船艇ノ一又ハ二以上ヲ謂ヒ指揮官ト称スルハ軍艦ノ最高指揮官ヲ謂フ


軍艦外務令 第二条より



【浦賀沖 上空】

 昭和二十(1945)年十一月二十日 昼


 雲量はゼロ。天候は快晴にして、視界は極めて良好。


 浦賀沖の冬空を十二機の翼が翔けていく。


 帝国海軍の艦上戦闘機<烈風>の編隊だった。


 発動機の調子はすこぶる快調で、機体を操る隊員の練度も仕上がっている。その中には北米の戦火を潜り抜けてきた猛者が少なからずおり、彼らは一様に小隊長として中核を担っている。


 恐らく海軍の飛行中隊の中でも、極めて有力な部隊だった。


 誰もが、自信に満ち、晴れ渡った心境で蒼空に身をゆだねる中で、ひとりだけで仏頂面を浮かべるものがいた。


 戸張大尉である。彼は、この中隊の指揮官だ。


『アカバ1より、キヨセ1へ。そろそろ合流予定の海域です』


 耳当て越しに、小隊機が戸張の鼓膜を震わせた。


「こちらキヨセ1、わ()ってるよ」


 ぼやきがちに返し、内心で舌打ちする。


 もちろん戸張とて目標が近いことは、とうの昔に気が付いていた。いずれ高度を下げて海上を視認すべきだが、それは今ではない。


──どこの馬鹿垂れだ。なめてんのか。


 そこで戸張は相手が補充されたばかりの士官(ぺーぺー)だと気が付いた。ならば仕方がない。もう半年もすれば、俺の扱い方がわかってくるだろう。アカバには古株の飛行曹長がついている。あいつなら、うまく教育してくれるはずだ。


──ったく、俺の若い頃なら隊長からぶん殴られていただろうよ


 ふと戸張は笑いをこぼした。彼にとって若い頃(・・・)とは、数年前の出来事である。いまだ二十代にして若い頃(・・・)とは。


 よく考えてもみれば、この中隊の大半が二十代前半の若者で構成されている。古株にしても、三十前だ。


 やがて目標海域につき、戸張は機体をわずかにロールさせ、斜めに傾けた。天蓋(キャノピー)越しに海上を捜索、特徴的な飛行甲板を発見する。


 艦橋のない、一昔前の軽空母のような船影だ。


 そののっぺりとした船から、すぐに無線が入る。


『こちら第十三独立支隊所属、特務輸送船<大隅>。これより着艦誘導を行う。指示に従われたし。送れ』


「こちら第一飛行中隊。隊長の戸張だ。了解。よろしく頼む。以上」


 そのまま戸張は部隊に着艦準備を命じ、無線を切った。


 海上を大きく旋回しながら、改めて輸送船(・・・)を望む。思わず、小さなため息が出た。


──戦闘機の着艦が可能な輸送船。輸送船ねえ。


 詐欺にあった気分だ。


 戸張が不機嫌になるのも無理はなかった。


 ひと月ほど前、彼の中隊は第十三独立支隊とか言う怪しげな部隊へ配備された。なんでも独自の指揮系統の下で、あらゆる戦地をめぐり、技術開発に必要な戦闘データを持ち帰るのが主任務らしい。


 初めは空技廠管轄かと思いきや、そうでもないらしい。聞けば海軍大学の研究機関が指揮権を握っていた。


 第十三(なにがし)について調べれば調べるほど、戸張の戦意は急降下していった。


 はっきりと言ってしまえば、改称された時点で戸張は転属願を出そうかとすら彼は思っていた。


 彼は戦闘機に乗るために海軍に入った。血の気の多い戸張からすれば、前線の基地航空隊か空母に配属されるのが本懐だった。わけのわからぬ研究とやらに付き合うなど、願い下げだ。


 しかし紆余曲折を経て、今では浦賀沖の輸送船に機体を預けることになってしまった。


 理由はいくつかある。あらゆる戦地をめぐることに魅力を感じたこと。その戦地の中に、欧州が含まれていたこと。彼が欧州のご婦人方に並みならぬ興味を抱いたこと。


 加えて、これまで彼が指揮していた隊員を見捨てるわけにはいかなかったこと。


 北米で生死を共にし、内地では手塩にかけて飛行訓練を積ませた部下だ。それを放っていくなど、末代までの恥だ。きっと妹の小春にも怒られる。


 <大隅>から着艦誘導の指示が入る。いよいよ戸張の番だった。


 機体の速度を落とし、飛行甲板への進入路をとる。


──やっぱり、これで『輸送船』はねえだろ。


 迫りくる直方体の板を眺めながら、戸張は思った。


 こちとら何に乗っていると思ってやがる。


 艦上戦闘機(・・・・・)だぞ。



【上大崎 海軍第二技術研究所】

 昭和二十(1945)年十一月二十日 午後



 海大の一角にある第二技術研究所。


 その一室で、黒電話が鳴った。


 二回目の呼び鈴で受話器が取られ、用件に関するやり取りが行われる。


 数分後、矢澤中佐はゆっくりと受話器を下ろした。


「<大隅>からです。飛行隊の収容が完了したと」


 部屋の主は「あ、そう」とだけ返した。まるで知っていたかのようだ。長椅子に横たわり、いかにも暇そうに海外の新聞に目を通していた。


 矢澤は咳払いをすると、さらにつづけた。


「それから護衛総隊(EF)の大井大佐が怪しんでいましたよ」


「ほう、大井君がね。どれのことだ?」


「いろいろですよ。<宵月>の排水量や<大隅>の装備について。今回、聯合艦隊(GF)ではなく向こう(EF)の施設や伝手を使いましたから。さすがに感づいたのかもしれません。二隻とも書類上の存在ではなくなりましたし」


 矢澤は自席に着くと、部屋の主たる六反田少将はのっそりと起き上がった。寝ぐせのついた髪を軽くなで、大きく伸びをする。


「<大隅>については、やむなしさ。あの改装には海軍の船渠(ドック)が必要だったからな。まあ、大井君なら要らぬ節介はやかんよ。こちらが彼の仕事の邪魔をせんかぎりはね。その点は伊藤さん(EF長官)も同じだ」


「あの二人はそうでしょうが、さすがに聯合艦隊(GF)の目は誤魔化せませんよ。あの見た目はどうみても──」


 額をもむ矢澤を六反田は鼻で笑った。


「聯合艦隊が何か言ってきても筋は通っている。たまたま飛行甲板を有した民間の船舶を、輸送船として月読機関が接収した。ただ、それだけだ」


「暴論が過ぎませんか」


「否定はせんよ。しかし、書類上の手続きでは何の問題もない。そうだろ」


「ええ、全く。その点はぬかりなく」


 書類を用意したのは外ならぬ矢澤自身だった。彼は今まで六反田の副官として、十全に機能している。


 今回も例外ではなかった。


「<大隅>の種別は、あくまでも輸送船です。よって空母のような軍艦ではありません」


 矢澤は六反田の計画(悪だくみ)を正当化し、航空機運用機能を備えた輸送船(・・・)を手に入れていた。


 日本海軍は『軍艦』という種別を明確に定義している。一例をあげると戦艦、巡洋艦、空母などだ。これら軍艦として定義された艦船は、原則として主力戦闘部隊へ配備される。


 一方、軍艦の種別から外れる駆逐艦や輸送船は『艦艇』と呼称される。軍艦同様、戦闘部隊へ配備されることもあれば、哨戒や輸送任務を担うこともあった。


 本質的に、軍艦とそれ以外の艦艇に差はない。両者ともに戦闘機能を備えた船だった。しかし海軍では伝統(傾向)的に軍艦のほうが、艦艇よりも強力かつ巨大な船として扱われる。


 六反田は海軍の認識を逆手に取ったのである。彼は軍艦に匹敵する船を艦艇として海軍に登録させたのだ。


 かくして、航空母艦機能を備えた輸送船<大隅>が誕生した。


 子供じみた言葉遊びに近いものだが、固定観念とは恐ろしいものだった。


◇========◇

次回10月11日(日)に投稿予定

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引き続き、よろしくお願い致します。

弐進座


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― 新着の感想 ―
[一言] 「烈風」はスペックを見る限りでは優秀そうだけど実際はどうだったんですかね? なんかデカいし。
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