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復活祭(Easter) 22

【オアフ島 エワ】

 1945年12月24日


 テントのカバーを開けて入ってきたのは、海軍士官だった。細長の体形を草色の軍服で包み、顔つきからスマートな印象受ける。


 黒木は椅子から立ち上がると、すぐに敬礼をした。相手はゆっくりと指先を伸ばし、返礼してきた。


「貴官が黒木軍曹だね」


 海軍士官はやわらかな物腰で尋ねた。軍人らしからぬ印象を受けつつ、黒木は肯定した。


「はい、自分が黒木であります」


 その士官は満足そうにうなずくと、着席を許可した。机をはさみ、士官も椅子に腰を下ろす。


「よろしい。私は法務少佐の小鳥遊(たかなし)だ。見ての通り、海軍に所属(・・)している。今回の一件について、細々とした処理を担当していてね。それで、君の面会を頼んだところだ」


 黒木は合点がいったようにうなずいた。


「承知しました。ご説明いただき、ありがとうございます」


「早速だが、少し困ったことになっている。というのも、榊少尉と接触した状況について、君くらいしかまともに話せる相手がいないのだ。榊少尉本人に聞くことはできないからね」


「なるほど……」


「聞けば、君自身の立場もまずい状況らしいじゃないか。差し迫った状況で申し訳ないのだが、少し時間をとらせてもらうよ」


「なんなりとどうぞ」


 黒木は少し砕けた口調で応じた。少し自棄になった気分でもあった。


「時間についても、気にする必要はないかもしれません。今の自分は何の任務も負わず、ただ沙汰を待つのみですから」


 小鳥遊は黒木の変化に気が付いたが、態度を変えることなく応じた。心中では一種の懐かしさを覚えている。十数年前、自分が最初に弁護した青年を思い出したのだ。その筋のもので、兄貴分の仇討ちをして捕まったチンピラだった。


「そう言ってもらえると助かる。まあ、君の罪状について私は関与する立場にないのだが、どうしても触れずにはおれないからね。まずは、そこから聞こうかな。榊少尉と接触した当時の状況、その後に起きたことについて。なぜ君が上官を殴ったのか、経緯を聞かせてくれ」


 黒木は一呼吸おくと、訂正を求めた。


「少佐殿、あの男は上官ではありません。ただの連絡将校です」


「それは失礼した。その連絡将校を君が殴ったのだね」


「はい、私が殴りました」


 黒木は淡々と肯定した。


 一瞬の出来事だった。誰もが予想できず、よって制止も入らなかった。銃弾に倒れた榊の言葉を聞き取ると、おもむろに黒木は立ち上がった。


 すぐに彼は無線機を持った兵士を呼びつけ、中隊本部に状況を報せた。そして、取り急ぎ為すべきことを済ませて、連絡将校の少尉のもとへ歩み寄った。少尉は子供のような顔で黒木を見ると、なにが起きたのか説明するように求めた。


 直後に黒木は数発の殴打で応えた。あまりに突発的で、誰もが動けずにいた。彼の拳が血と唾液にまみれたところで、ようやく周辺の兵士が二人を引き離した。


「ありがとう。おおよそは把握できたよ」


 事の顛末を話し終えた黒木に、小鳥遊は礼を言った。胸ポケットから煙草を取り、差し出す。


「見たことのない銘柄ですね。アメさんのやつですか?」


 物珍しそうに黒木は煙草を拝んでいた。


「南米産だよ。ここに来る前にパナマで買ったんだ。悪くはないよ」


「へえ、パナマから遠路はるばるこちらへ?」


 小鳥遊は苦笑した。


海軍(うち)の中では、私が一番適任で近かったのさ」


 黒木は一本だけ抜き取ると、マッチで火をつけた。


 しばらくして、二本分の煙があがった。


「なるほど、悪くないですね。少しクセがありますが」


「だろう。ところで、君の処遇について今井少佐から相談を受けている。覚悟はしているだろうが軍法会議は免れないだろう。いかなる理由があったにしろ、暴行を働いた事実に変わりはない」


「ここは戦場ですよ」


 詭弁とわかりつつも、黒木は言った。


 小鳥遊は紫煙を吐き出すと、備え付けの灰皿に煙草を置いた。


「確かに。しかし無制限の暴力が容認されるわけではない。それではただの獣だからね」


「ええ、承知しています。失礼しました」


「気にはしていないよ。君の言う通り、ここは戦場だ。つまり非常の空間でもある。よって法規の適用は一層弾力的に行われるべきだと思う。(けだ)し、今回の任務は殊の外に特異でもあった。その点も考慮に入れるべきだ。私の見立てでは良くて降格処分、悪くて懲役。そんなところだろう」


「銃殺でない分、幸運と思うべきでしょうね」


「そうとも言える。今井少佐としては、君が塀の向こうに送られないようにしたいらしい。私への相談も、その点についてだったよ」


「有り難いことです」


 黒木は恐縮した面持ちだった。


「君は良い兵士で、少佐はできた上官。まあ、そんなところだろうね。私から彼に、ひとつ提案をさせてもらった。海軍の知り合いで、ちょうど人手がほしい部署がある。君のような経歴をもつ人間を求めているようだ。少し変わった奴だが、彼の上官は陸軍にも顔が効くらしい」


「陸戦隊でしょうか?」


 黒木は経歴の意味を取り違えていた。彼は兵士として求められていると思ったのだ。


「陸戦隊? いや違うな。海軍大学の研究機関だよ。聞けば、君は大学を中退して従軍したそうだね」


「ええ、それが何か──」


「そこは高等教育を受けた将兵を欲しがっているんだ。うまくすれば、君を引き抜いてくれるかもしれない。不本意だろうが、問題児扱いで陸軍にいるよりは幾分か救いがあるだろう」


「そうかもしれません……」


 思いもよらぬ話を切り出され、黒木は返事に窮した。


 小鳥遊は灰皿の煙草を手にすると、そのままもみ消した。


「私の話は以上だが、君から質問はあるかな」


 黒木は逡巡すると、やがて意を決したように口を開いた。


「ひとつだけ。榊少尉殿はどうなりましたか」



◇========◇

次回9月27日(日)に投稿予定

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引き続き、よろしくお願い致します。

弐進座



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― 新着の感想 ―
[一言] 登場だけでSD風味を醸される“あの”法務士官殿ですか……実に“らしい”出番ですぬ
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